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第一三話 捻じ曲げられた情報

 Bランクパーティ『鋼の戦斧』のリーダーは、アルマード王国の王都にある冒険者ギルドの酒場で、ジョッキに波打つエールを豪快に呷りながら、周囲の冒険者たちに武勇伝を語って聞かせていた。

 もちろん、その内容は、彼自身の手によって大幅に脚色されたものだ。


「……いやあ、凄まじい死闘だったぜ。あの純白の風竜、噂に違わぬ化け物だった!」


 リーダーが芝居がかった大げさな口調で言うと、周りに集まっていた若い冒険者たちが


「おおっ!」


とどよめき、身を乗り出す。


「俺の武技『大地割り』と、ヤツのブレスが激突し、洞窟を揺るがす衝撃が走った。まさに、互いに一歩も譲らぬ激戦よ!」


 実際には、彼の自慢の武技は小石を払うようにあしらわれ、竜はブレスすら吐いていない。だが、真実を知る者は、ここにいない彼のパーティメンバーだけだ。


「それで、どうなったんだ!? 討伐はできなかったのか?」


 駆け出しとおぼしきCランク冒険者が、興奮した様子で尋ねる。


「ふん、討伐は時間の問題だったがな」


 リーダーは勿体ぶるように、ぐいっとエールを飲み干し、口元の泡を腕で拭った。


「だが、俺たちは土壇場で気づいちまったんだ。あの竜、どうやら俺たちを殺す気がねえらしい」


「殺す気がない? どういうことだ?」


「俺たちの攻撃は、確かにあの堅牢な鱗には通じなかった。だがな、ヤツの攻撃もまた、俺たちに致命傷を負わせることはなかったんだ。まるで、手加減してるみてえにな」


 この言葉は、半分は本当で、半分は嘘だった。

 傷を負わなかったのは事実だが、それは竜が手加減をしたからではなく、ヴァイスが意図的に攻撃を外したからだ。

しかし、リーダーにとっては、

「自分たちの実力で竜の攻撃を凌いだ」

と吹聴した方が、冒険者としての箔がつくと判断したのだろう。


「俺はヤツと対峙して確信した。あの竜はただの魔獣じゃねえ。高い知性を持っていて、無益な殺生を好まない、気高い竜なんだとよ。だから俺たちは敬意を表して、剣を収めてきたのさ」


 リーダーはそう言って胸を張った。

 恐怖で腰を抜かし、洞窟から命からがらみっともなく逃げ出したという事実は、彼の口からは決して語られない。


 このリーダーの武勇伝は、ギルドの酒場であっという間に広まっていった。

 そしてその情報は、欲に目のくらんだ冒険者たちにとって、非常に都合の良い魅力的な形で解釈されることになる。


『あの純白の風竜はとんでもなく強い』

『だが、どういうわけか、人間を殺さないらしい』

『つまり、負けても命までは取られないということか?』

『Bランクパーティが生還したんだ。Aランクの俺たちなら、あるいは……』


 本来ならば、Bランクパーティですら手も足も出なかったという事実は、他の冒険者への強力な警告となるはずだった。

 しかし、「命の保証がある」という誤った情報が加わったことで、事態は一変した。

 白き風竜討伐依頼は、ハイリスク・ハイリターンな危険な任務から、

『安全に伝説級の竜と戦える、またとない腕試しの機会』

へと、その意味合いを変えてしまったのだ。

 金貨一万枚と爵位という破格の報酬も、彼らの射幸心をこれ以上ないほどに煽った。


 リーダーの報告から数日後。

 アルマード王国の冒険者ギルドには、噂を聞きつけた腕利きの冒険者たちが、近隣の都市や国から続々と集結し始めていた。


「面白いじゃねえか。人を殺さないドラゴンだと? 甘いな。俺様が本当の恐怖と殺し合いを教えてやるぜ」

 全身を漆黒の鎧で固め、巨大な魔剣を背負ったAランク剣士『黒剣のザイード』。


「竜の素材は最高の魔法薬の材料になるのよね。心臓はいらないわ。鱗の一枚でも剥がせれば、一生遊んで暮らせる大儲けよ」

 甘い香水の匂いを漂わせ、妖艶な笑みを浮かべるAランク魔術師『紫煙の魔女・リリス』。


「我が神に仇なす邪悪なる竜よ。聖なる魔法の前に、いかなる竜であろうとひれ伏すことになるでしょう」

 西方の宗教国家から派遣された、白銀の甲冑に身を包む聖騎士団『聖なるアイギス』の精鋭たち。


 彼らは皆、それぞれのギルドで名を馳せた、超一流の冒険者たちだった。


 Bランクの『鋼の戦斧』とは、実力も装備も、そして覚悟もレベルが違う。

 彼らは互いに牽制し合いながらもギルドで情報を交換し、純白の風竜の巣があるというエルロード山脈へと、次々と出発していった。


 かつて栄えたという幻の王国「エルロード」の名を冠するその山脈は今、さながら「ドラゴン討伐祭り」の前夜のような、異様な熱気に包まれていた。

 一方、そんなこととは露知らぬヴァイスは、自分の巣で呑気に昼寝をしていた。


 先日の一件以来、人間の気配はぱったりと途絶え、再び平穏な日々が戻ってきたからだ。


(ふむ、やはり一度きっちり脅しておけば、もう来ないものだな)


 俺は満足げに鼻を鳴らした。

 人間も捨てたものではない。話が通じるだけ、そこらの理性なき魔物よりはマシだ。

 このまま誰も来なければいい。神殿の静寂の中で、ゆっくりと魔力を練ろう。


 俺はそんな甘い考えのまま、再び心地よい眠りの中へと落ちていった。

 しかし、その眠りは長くは続かなかった。

 数日後、洞窟の入り口から、以前とは比較にならないほど多くの、そして強力な人間の気配が、一度に押し寄せてくることになる。

 それは、ヴァイスにとって長い長い戦いの日々の、本当の始まりを告げる合図だった


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