第十二話 不殺の流儀
俺の威圧的な登場と、神殿の闇に浮かぶ青色の瞳に、冒険者パーティは完全に凍り付いていた。
彼らの顔には恐怖と絶望が色濃く浮かび、武器を握る手はわなわなと震えている。常識的に考えれば、このまま武器を捨てて逃げ出すのが賢明な判断だろう。
しかし、彼らは「冒険者」だった。
富と名声のため、あるいは自らの腕を試すため、命の危険を承知で魔境に足を踏み入れる特殊な人種。その肥大化したプライドと欲望が、彼らに「撤退」という選択肢を許さなかった。
「……ひ、怯むなァッ!」
最初に我に返ったのは、リーダー格の戦斧使いだった。
彼は恐怖を怒声で無理やりねじ伏せると、巨大なミスリル製の戦斧を両手で構え直した。
「俺たちはBランクパーティ『鋼の戦斧』だぞ!ドラゴンの一匹くらい、討伐できなくてどうする!フォーメーションB!戦闘準備!」
その檄に、他のメンバーも覚悟を決めたようだ。
戦士と斥候が左右に散開して俺の注意を引き、後方では魔術師が早口で詠唱を開始し、神官が弓に聖なる力を込めた矢をつがえる。
見事な連携だ。何度も死線を潜り抜け、巨大な魔物を狩ってきたのだろう。
俺は少しだけ感心しながらも、内心では深く呆れていた。
無駄なことだ。まるで蟻が巨象に挑むようなものなのに。
「喰らいやがれェッ! 武技スキル『アース・インパクト』!」
戦斧使いが雄叫びと共に、地面に戦斧を叩きつけた。
Bランクの戦士が放つ衝撃波は凄まじく、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、鋭利な岩盤の破片が散弾のように俺に向かって飛んでくる。
なるほど、武技か。
この世界の戦士は、ただ武器を振るうだけでなく、マナを身体強化に使うことで、こうした特殊な力を行使できる。
だが、その程度。
俺は飛んでくる岩片を、巨大な前足で軽く薙ぎ払った。
まるでテーブルの上の埃を払うかのように。
ガガガッ!と軽い音がして、全ての岩片が砕け散る。俺の鱗には傷一つ残らない。
「なっ……!? 『アース・インパクト』を防いだだと!?」
切り札の一つであっただろう武技をあっさり破られ、戦斧使いが動揺する。
その一瞬の隙を逃さず、左右から戦士と斥候が同時に切りかかってきた。
「はあっ!」
「死角はもらったぜ、トカゲ野郎!」
彼らの長剣とダガーが、俺の脇腹の鱗の隙間を狙って突き立てられる。
しかし、結果は先日の騎士と同じだった。
キンッ、カァン!
軽い金属音を立てて、彼らの武器は俺に傷一つ付けることなく弾かれた。ダイヤモンド以上の硬度を持つ白銀の鱗の前では、鉄塊など爪楊枝にも等しい。
「馬鹿な!? 俺の魔法剣が通じないだと!?」
「硬すぎる……! こいつ、本当に生物なのか!?」
彼らが絶望に染まる中、後方から二つの高火力の攻撃が放たれた。
「貫け! 『フレイム・ジャベリン』!」
「聖なる光よ、邪悪を討て! 『ホーリー・アロー』!」
魔術師の杖から放たれた灼熱の炎の槍と、神官の弓から放たれた浄化の光の矢が、螺旋を描きながら俺の顔面へと殺到する。
なかなかの威力だ。もし直撃すれば、俺の鱗でも少しは焦げるか、痒みを感じる程度にはなったかもしれない。
だが、当たらなければ、どうということはない。
俺は大きく息を吸い込むと、彼らの魔法に向かって、フッ、と軽く息を吹きかけた。
それはブレスと呼ぶにはあまりにも穏やかな、ただの「ため息」のようなものだった。
しかし、最強種である風竜の吐く息は、それだけで指向性を持った強力な風の塊となる。
俺の吐息に押され、炎の槍と光の矢はあっさりと軌道を変えられ、天井に向かって飛んでいき、轟音と共に鍾乳石を砕いた。
「……うそだろ……」
「魔法を……息で……消した……?」
魔術師が信じられないものを見たという顔で、杖を取り落とし、へたり込む。
これで、彼らの持ちうる攻撃手段は全て出し尽くしたと言っていいだろう。
そしてその全てが、俺には全く通用しなかった。
圧倒的で、絶対的な力の差。
それを彼らは、その身をもって、魂の底から理解したはずだ。
『……さて、こちらの番だな』
俺はテレパシーで、彼らの頭の中に直接、重々しい声を響かせた。
「なっ!? 頭の中に声が……!?」
「テレパシー!?こいつ、本当にドラゴンなのか!?」
パーティ全員が驚愕に目を見開く。
『警告はしたはずだ。それでもなお、我が領域を侵すというのなら、相応の覚悟はできているのだろうな?』
俺はゆっくりと巨大な顎を開いた。
喉の奥が、バチバチと音を立てて淡い光を帯び始める。それは先ほどまでの遊びとは違う、本物のブレスを放つ予兆。
冒険者たちの顔が、今度こそ完全な絶望の色に染まった。
「ひ……」
「や、やめろ……俺たちはただ……」
「死ぬ……殺される……!」
「に、逃げろおおおおおおっ!」
誰かが絶叫したのを合図に、彼らは蜘蛛の子を散らすように洞窟の入り口に向かって我先にと逃げ出した。
武器を放り出す者、パニックで仲間を突き飛ばす者、あまりの恐怖に腰を抜かして這って逃げる者。もはや、パーティとしての連携やプライドなど、どこにもなかった。
俺は、そんな彼らの無防備な背中に向かって、
ブレスを放つ......ふりをした。
喉の光をすっと消すと、代わりに翼を大きく羽ばたかせる。
バサァッ!!
洞窟内に強烈な追い風を発生させ、彼らが逃げるのを「手伝って」やったのだ。
「うわあああ!」
「ぎゃあああ!」
風に押され、彼らは面白いように転がりながら、洞窟の外へと勢いよく吹き飛ばされていった。
あっという間に、洞窟内は静寂を取り戻した。
床には、彼らが落としていった武器や、高価そうな魔法道具がいくつか転がっている。
俺は一つ、大きなため息をついた。
(……これで少しは懲りてくれるといいんだが)
殺しはしなかった。大きな怪我もさせてはいないはずだ。
これが、俺なりの「不殺の流儀」。
ふと、床に散らばる武器を見て、俺は遠い昔の記憶を思い出した。
母さんの巣にあった、山のような財宝。
あれは単に光るものが好きで集めただけではなかったのかもしれない。
こうして愚かな挑戦者たちを退け、彼らが残していった「生きた証」の集積だったのだ。
母さんもまた、無益な殺生を嫌い、何度もこうして挑戦者たちを追い返していたのかもしれない。
(母さんの苦労が、今になってわかるよ……)
だが、この一件が、俺の予想とは全く違う方向へと事態を動かしていくことになる。
Bランクパーティ『鋼の戦斧』が、伝説の風竜から、傷一つ負わずに生還した。
このニュースは、彼らが持ち帰った
「あの竜は、強いが甘い」
「人は殺さない」
という誤解を招く情報と共に、冒険者たちの間に瞬く間に広まっていった。
それは、恐怖を乗り越え、より多くの野心ある冒険者をこの地に呼び寄せる、格好の呼び水となってしまったのだ。
ヴァイスの受難の日々は、まだ始まったばかりだった。




