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第十一話 招かれざる客たち


 古代の神殿が眠る洞窟を新たな住処と定めてから、一週間が過ぎた。

 俺はすっかりこの場所が気に入っていた。

 広さは十分で、天井も高く、雨風をしのぐには完璧だ。何より、奥にある神殿の神秘的な雰囲気が、俺の荒んだ心を不思議と落ち着かせてくれた。

時折、苔むした祭壇の前に座って瞑想にふけると、体内の魔力の流れが清流のように穏やかになる気さえする。


 日中は近くの山脈で狩りをし、腹を満たしては洞窟に戻って眠る。

 百年間続けてきた生活と、何ら変わりない。あの街道での出来事は、まるで夢の中の出来事のようだった。

 この静寂と平穏が、ずっと続けばいい。

 俺は、そんな淡い期待を抱いていた。

 だが、その期待は、ある日の午後、あっさりと裏切られることになる。


 洞窟の入り口付近で心地よくうたた寝をしていた俺の耳が、微かだが、明らかな異物の気配を捉えた。

 一つや二つではない。五人ほどの集団だ。金属の擦れる音、革のブーツが砂利を踏む音、そして、興奮を抑えきれないひそひそ話。


「……おい、本当にこの洞窟なのか?」

「間違いない。ギルドで手に入れた情報図によれば、ここがあの風竜の巣の最有力候補だ」

「それにしてもでけえ穴だな……。本当にいやがるのか?」

「いるさ、金貨一万枚と準男爵の地位がな! 見ろ、地面に巨大な爪痕があるじゃねえか」


 声のトーンからして、彼らが友好的な訪問者でないことは明らかだった。

おそらく、あの王女の一件が、何らかの形で彼らをここに導いたのだろう。

俺は深く、深くため息をついた。


 やはり人間とは関わるべきではなかったのだ。ほんの少し芽生えかけた人間への淡い期待が、早くも萎んでいくのを感じる。


(さて、どうするか)


 選択肢は三つ。


 一つ、問答無用で皆殺しにする。これが最も手っ取り早く、後腐れもない。母さんの仇である人間だ。殺すことにもはや躊躇はない……はずだった。

 だが、アリア王女のあの真っ直ぐな瞳が、脳裏をよぎる。全ての人間が殺されるべき悪人ではない。この選択肢は、俺の中ですぐに却下された。


 二つ、この巣を捨てて、また別の場所を探す。これも簡単だ。だが、せっかく見つけた理想的な住処を手放すのは癪に障る。それに、俺が逃げれば彼らは「竜を追い払った」と勘違いし、さらに多くの人間が調子に乗って竜狩りに来るかもしれない。


 となれば、残る選択肢は一つしかない。


(……追い返すか)


 殺さず、傷つけず、ただ心の底から恐怖を与えて、二度とこの山に近づこうと思わないように叩きのめす。


 面倒だが、それが最善だろう。

 俺はゆっくりと身を起こすと、洞窟のさらに奥、神殿の方へと姿を隠した。奇襲をかけるなら、相手を十分に引き込んだ方がいい。



 やがて、松明の赤々とした光と共に、五人組の冒険者たちが洞窟の中へと足を踏み入れてきた。

 先頭を歩くのは、見るからに頑強な、巨大な戦斧を担いだ大男。その両脇を剣と盾で武装した戦士と、短剣を持った軽装の斥候らしき男が固めている。後方には、杖を持つ魔術師と、弓を構えた神官らしき女性がいた。

 攻守のバランスが取れた、手慣れた「パーティ」といったところか。

 


パーティとは、役割の異なる冒険者たちがチームを組み、互いの短所を補い合いながら任務を遂行する分隊のことだ。彼らの装備や足取りを見るに、おそらく中堅クラス、Bランクといったところだろう。



「……静かすぎるな。罠かもしれん、警戒を怠るなよ」


 リーダー格の大男が低い声で仲間たちに指示を出す。

 彼らは慎重に、着実に洞窟の奥へと進んでくる。

 俺は闇に溶け込み、巨大な岩陰から彼らの様子を窺っていた。今にも飛びかかりたい衝動を必死で抑える。


(まだだ。もっと、奥へ。)


 パーティが洞窟の中ほどまで進んだ、その時。

 斥候の男が何かに気づいて足を止めた。


「リーダー、待ってくれ。何か……おかしい」

「どうした?」

「風だ……。この洞窟、入り口から奥に向かって、常に微かな風が吹いている。だが今、その風が止まった……」


 その言葉に、パーティ全員の顔に緊張が走る。

 彼らが気づいた時には、もう遅い。

 俺は、洞窟の入り口に向かって、巨大な翼を一度、ゆっくりと羽ばたかせた。

 それだけで、洞窟内の空気の流れが逆流を始める。入り口から吹き込んでいた自然風は完全に遮断され、代わりに洞窟の奥から、俺の魔力を帯びた冷たく重い空気が、彼らに向かって流れ始めた。


「な、なんだ……!?」

「空気が……突然重くなったぞ!?」


 彼らが狼狽する中、俺は静かに闇の中から姿を現した。

 神殿の苔の淡い光を受けて、白銀の鱗がぼんやりと浮かび上がる。そして、青色の双眸が、闇の中でぬらりと光った。

 俺の巨体を見た瞬間、冒険者たちの顔から血の気が引いていくのが、暗がりでもはっきりとわかった。


「……で、でたああああああ!」

「ば、馬鹿な……ここまで巨大だとは……! 情報と違うぞ!」


 彼らの恐怖を煽るように、俺はゆっくりと一歩、前に踏み出した。

 ズシン、と大地が揺れ、天井から砂がぱらぱらと落ちる。

 そして、洞窟全体を震わせるような、地鳴りのような低い唸り声を上げた。


「グルルルルルルル……」


 それは、この巣の主からの明確な警告だった。


『我が領域より立ち去れ』


 言葉には出さずとも、その圧倒的な威圧感だけで、俺の意思は十分に伝わったはずだ。

 さあ、どうする? 尻尾を巻いて逃げ出すか?

 それとも、金と名誉のために、この絶望的な戦力差に挑んでみるか?

 俺はの瞳で彼らを見据えながら、その答えを待った。




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