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第十話 王都の波紋と懸賞首


 風竜ヴァイスがアリア王女を救ってから、数日が過ぎた。

 エルロード王国の王都は、この前代未聞の事件の噂で持ちきりだった。


「聞いたか? アリア様が盗賊に襲われたらしいぜ」

「ああ、だがそれを助けたのが、なんと伝説のドラゴンだったって話だ!」

「馬鹿言え、おとぎ話じゃあるまいし。どうせ、屈強な傭兵でも雇ってて、話を盛ったんだろう」


 酒場や市場では様々な憶測が飛び交っていた。

 ほとんどの民衆は竜の出現を半信半疑に受け止めていたが、実際に現場に駆けつけた兵士たちの興奮した証言には妙な真実味があり、噂は瞬く間に王都全域へと広がっていった。

 そして、その波紋は王城の中枢にまで達していた。

 国王アルフォンス・フォン・ロミールは、玉座の間で、娘であるアリアと生き残った護衛騎士団長からの報告を、苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。

「以上が、事の顛末でございます、陛下」


 騎士団長が、額に脂汗を浮かべながら報告を終える。


「……にわかには信じがたい話だな」


 アルフォンス王は深くため息をつき、ひげを撫でた。


「だが、お前たちが見たというのは事実なのだろう。して、アリアよ。お前も、その目で竜を見たのだな?」


「はい、お父様」


 アリアは父王の前に進み出て、凛とした声で答えた。


「それはそれは雄大で、息をのむほどに美しき白銀の竜でございました。その御力は圧倒的で、盗賊どもを一瞬で吹き飛ばしてしまわれました。そして……その瞳には、深い知性の光が宿っておりました。あれは、決してただの魔獣などではございませんわ」


 アリアの言葉には、竜への畏敬と感謝の念が込められていた。

 しかし、アルフォンス王や周囲の大臣たちの反応は、彼女の期待とは全く異なるものだった。


「知性を持つ竜、だと……?」

「馬鹿な! 竜はただの破壊の化身のはず!」

「王都の目と鼻の先に、それほど強大な竜が住み着いたなど、由々しき事態だ!」


 大臣たちは口々に懸念を示し、玉座の間は騒然となった。

 彼らの言い分ももっともだった。ドラゴン一頭がいれば、近隣の村の家畜は食い荒らされ、作物は焼かれ、最悪の場合は村ごと消滅する。さらに、そんな脅威を放置しておけば、隣国から「国民を守れない弱腰な国」と見なされ、政治的な不利益を被る可能性さえあるのだ。

 彼らにとって、「竜が王女を救った」という美談はどうでもいい些末なことだった。重要なのは、「制御不能な圧倒的な力を持つ存在が、自国の領内に現れた」という、国家の安全保障を揺るがす脅威、その一点に尽きた。


「お父様、お待ちになって!」


 アリアが、その険悪な空気を打ち破るように声を上げた。


「その方は、わたくしたちの命の恩人ですわ! 脅威と決めつけるのは、あまりにも早計ではございませんか?」

「アリア、お前は黙っていなさい」


 アルフォンス王は、娘の言葉を冷たく遮った。


「お前は、竜の気まぐれで助かったに過ぎん。次に会った時、その竜がお前の命を奪わぬと、どうして言い切れる?そもそも、竜が住処を求めてこの山脈に現れたのなら、いずれ我々の街や村に被害が及ぶ可能性も否定できんのだ」


 国王の言葉は、冷徹な為政者としての判断だった。

 彼は個人の感情ではなく、民の安全を第一に考えなければならない。そのためには、たとえそれが娘の命の恩人であろうと、潜在的な脅威は排除しなければならないのだ。

「宰相、すぐに冒険者ギルドへ通達せよ」


 アルフォンス王は、重々しく決断を下した。


「エルロード山脈に出現した『白き風竜』に懸賞金をかける。ランクは……A級以上推奨だ」



 冒険者ギルド。それは魔物討伐を生業とする者たちが所属する組織だ。

 その中でも「A級」というのは、小規模な軍隊に匹敵する戦闘力を持つ、国でも数えるほどしかいない英雄クラスの冒険者を指す。


「討伐、もしくは捕獲に成功した者には、金貨一万枚と、準男爵の位を与えると伝えよ」


 金貨一万枚は遊んで暮らせるほどの大金。そして「準男爵」とは、一代限りの名誉貴族であり、平民でも貴族の仲間入りができるという、野心ある者にとっては喉から手が出るほどの破格の報酬だ。


「陛下!?」


 アリアが悲鳴に近い声を上げるが、王の決定は覆らない。


「これはエルロード王国の民を守るための、王としての責務だ。アリア、お前も王族ならば、私の判断を理解できるはずだ」


 アリアは唇を強く噛みしめ、うつむくことしかできなかった。

 自分の善意が、恩人である竜を、逆に窮地に追い込んでしまった。その冷酷な事実が、彼女の心を重く苛んだ。



_________________________



 一方、そんな人間たちの都合など露知らぬヴァイスは、ようやく安住の地を見つけようとしていた。

 エルロード山脈の奥深く、人が決して足を踏み入れないような険しい断崖の裏側に、巨大な洞窟が口を開けている。そこは故郷の巣を彷彿とさせる場所で、広さも十分だった。


(よし、ここを新しい巣にしよう)


 俺は満足して、その洞窟の中へと足を踏み入れた。

 外からの光が届かない洞窟の奥へと進んでいくと、不思議なことに、暗くなるどころか徐々に周囲が明るくなっていくことに気づいた。壁には「ヒカリゴケ」の一種だろうか、淡い燐光を放つ苔が一面に生えている。

 そして、最も奥まった場所。そこはドーム状の巨大な空間になっていた。

 その中央に、それはあった。


(……神殿?)


 苔の青白い光に照らし出されていたのは、明らかに人工物だった。

 風化して崩れかけてはいるが、荘厳な石造りの柱が何本も高い天井を支え、奥には祭壇のようなものも見える。

 こんな人里離れた山奥の洞窟に、なぜ、これほど立派な神殿が?


 誰がいつ、何のために建てたのか。

 俺は、この場所がただの洞窟ではないことを直感した。

 だが、その古代の謎を解き明かす前に、俺は新たな厄介ごとに巻き込まれることになる。


 数日後、エルロード王国の冒険者ギルドに張り出された一枚の依頼書。

 そこに記された『白き風竜』の討伐依頼は、一攫千金と名誉を夢見る、腕利きの冒険者たちの心を大いに沸き立たせていた。


 ヴァイスの、新たな戦いの日々が幕を開けようとしていた。





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