【第一部 魔王大戦編】第一話 殻の中の意識
【作者より】
ずっと自分の手で小説を書きたいと言う思いがあり、今回筆をとりました。異世界転生の王道な展開ではありますが、自分が一番「書きたい」と感じた物語を形にしています。王道ゆえに先が読める部分があるかもしれませんが、精一杯描いていきますので、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
また、毎日数話ずつの更新を目指して投稿していく予定です。ぜひ、お気軽にエピソードを覗いてみてください。
また、挿絵については【第七話】あります。
現時点では、
【第一部 魔王大戦編】
第二十七話
第三十一話
【第二部 偽りの平和と伝説の再臨編】
第三十八話
にも挿絵を載せようと考えています。それ以降のシーンも、現在は一生懸命描き途中ですので、お話と一緒に楽しみにしていただけると嬉しいです。
第三十一話と第三十八話の挿絵はかなりうまく描けました。
意識が浮上する。
それは、深い海の底から、にじむような水面の光へと吸い寄せられていくような、どこまでも頼りない覚醒だった。
脳裏に焼き付いているのは、目に突き刺さるような真夏の日差しと、あのけたたましい音だ。
アスファルトの焼け付くような黒。どこまでも広がる青い空。
そんな景色をぶち壊すように目の前に現れたのは、銀色の巨大な壁、トラックのフロントグリルだった。
耳をつんざくブレーキ音と、タイヤが地面をこする臭い。
思考が追いつくよりも早く、鈍い衝撃が全てを粉砕した。
「え?」
痛みを感じる暇すらなかった。
(ああ、俺、死んだのか)
俺の名前はレン、十七歳。ごく普通の高校二年生。
テストの点数に一喜一憂し、放課後はファミレスでダラダラと友人と駄弁る。
そんな、どこにでもいるような平凡な高校生活。
その人生は横断歩道の上で、スマホの着信に気を取られたわずか一瞬の不注意によって、唐突に幕を閉じた。
痛みも、苦しみも、今はもうない。
ただ、どこまでも穏やかな暗闇が広がっているだけだ。これが死後の世界というやつだろうか。意外なほど静かで、そして心地よい。
……心地よい?
その思考に至った瞬間、強烈な違和感が走った。
ここは、虚無なんかじゃない。確かに「存在」している感覚がある。
肌に触れるのは、温かく、少しぬめり気を帯びた液体。ねっとりとしたそれが、羊水のように全身を優しく満たしている。
そして、自分の身体が、硬く滑らかな壁に全身を、ぎちりと包まれていることに気づく。
手足を伸ばそうとしたが、指先はすぐにその壁にぶつかり、押し返されてしまった。
まるで、自分が非常に狭い、卵の殻に閉じ込められているかのように。
(なんだ…これ?棺桶か? いや、違う)
棺桶にしては、壁の感触が生々しすぎる。すべすべとしていて、どこか温かい。
それに、全身を包むこの安らぎ。まるで、母親の胎内にいるかのような……。
(まさか、胎児に戻ったとか?)
いや、それもおかしい。俺の意識は、高校二年生のレンのままだ。記憶だって鮮明にある。今さら赤ん坊からやり直しなんて、そんな馬鹿げた話があるか。
混乱しそうな思考を無理やり落ち着かせ、聴覚に意識を集中させる。
(……聞こえる。)
ごくかすかに、壁の向こうから外の音が。
ヒュゥゥゥ……
と、荒野を吹き抜ける風のような乾いた音。
そして、もっと近くから響く、重く、力強い振動。
ドクン……ドクン……。
それはまるで大地の脈動のようで、同時に巨大な生物の心臓の音のようにも聞こえる。その規則正しいリズムは、不思議とレンの恐怖心を拭いぬぐい去り、本能的な安心感を与えてくれた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
時間の感覚は曖昧で、数分のような気もするし、数日が過ぎ去ったような気もする。
暗闇の中で、レンはひたすら思考を巡らせた。
凄惨な事故死、そして目覚めたこの謎の空間。
生前に読み漁ったラノベや漫画の知識が、頭の中で一つの突飛な結論を導き出す。
(まさか……転生ってやつか?)
馬鹿げている。そう笑い飛ばしたいのに、現状がそれ以外の可能性を許してくれない。
だとすれば俺は今、何の生き物として、どこにいるのだろうか。
レンはおそるおそる、もう一度自分の身体の形状を確かめようとした。
手足を動かす。
液体を掻くその感触は、重く、短く、やはり人間のそれとは決定的に違っていた。
指先にあるのは、柔らかな皮膚ではない。
石のように硬く、鋭く尖った「爪」の感触だ。
背中には、まるで折りたたまれた傘のような、奇妙な突起物が張り付いている感覚がある。
(なんだこれ……動くのか?)
意識して力を込めると、その器官、おそらくは「翼」が、背中でピクリと反応した。
そして極めつけは、尻のあたりから伸びる、長くしなやかな部位。
(……尻尾、だよな。これ)
自分の意思で動く尻尾が、まとわりつく液体を掻き分け、ゆらりと揺れる。
全身を覆う皮膚もそうだ。つるりとした人間の肌ではない。硬い何かが規則正しく並んでいるような、ザラついた手触り。
( 鱗だ。間違いない。)
恐怖と好奇心が入り混じった複雑な感情が、レンの心を支配していく。
自分が人間ではない、異形の怪物になってしまった。
その事実は絶望的であるはずなのに、なぜだろう。胸の奥底から湧き上がる、抑えきれない高揚感があった。
再び、長い長い時間が過ぎていく。
意識は途切れ途切れになり、深い眠りと覚醒を繰り返した。
夢の中で、レンは何度も前世の光景を見た。
母が作る朝食の味噌汁の匂い。通学路の桜並木。教室で馬鹿話をして笑い合った友人たちの顔。
もう二度と戻れない、愛おしい日常。
夢から覚めるたび、喪失感で胸が押しつぶされそうになり、叫び出したくなる。
しかし、目を覚ませばそこは変わらず温かく、狭い殻の中。
外から聞こえる巨大な心音だけが、自分が決して独りではないことを、優しく教えてくれていた。
ドクン……ドクン..........
やがて、その時は訪れた。
身体が、爆発的な勢いで成長を始めたのだ。
これまで多少の余裕があった空間は、今やぎゅうぎゅう詰めで、少し身じろぎするだけでも窮屈でたまらない。
全身を満たしていたあの液体も、ほとんど吸収されてしまったのか、乾きかけた肌に不快にまとわりつく程度しか残っていなかった。
(このままじゃ、圧し潰される……!)
生存本能が、けたたましく警鐘を鳴らす。
ここを出なければならない。この殻を破り、外の世界へ行かねば、俺は死ぬ。
外がどんな場所なのか、自分がどんな姿をしているのかもわからない。もしかしたら殻を破った瞬間に、天敵に食われてしまうかもしれない恐怖もある。
だが、このままここに留まっていても未来はないのだ。
「……っ!!」
レンは、覚悟を決めた。
声にならない叫びを上げ、全身の筋肉に力を込める。
人間だった頃には決して持ち得なかった、爆発的な力が身体の芯から湧き上がるのを感じた。
鼻先に感じる、ひときわ硬い突起。それを、力任せに内壁へと叩きつける。
ゴンッ!!
鈍い衝撃が頭蓋を駆け巡り、脳が揺れる。
壁はびくともしない。硬い。まるで岩盤のように硬い。
だが、諦めるわけにはいかない。
もう一度。さらにもう一度。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
何度も、何度も、何度も、狂ったように頭を壁に打ち付け続ける。
体力が尽き、意識が遠のきかけても、ただひたすらに、「生きたい」という渇望だけが彼を突き動かした。
前世であっけなく終わってしまった命を、ここでは終わらせない。今度こそ、生き抜くのだ。
そして、何十回目かの衝撃が走った、その時。
―ピシッ。
小さく、確かな亀裂が走る音が、殻の中に響き渡った。
その細い亀裂から、鋭い一筋の光が差し込む。
それは、レンがこの世界に来て初めて見る、本物の「光」だった。
眩しくて、温かくて、希望に満ちたその輝き。
(あそこだ……!)
光に導かれるように、レンは最後の力を振り絞る。全身をバネのようにしならせ、亀裂の中心に向かって、渾身の一撃を叩きつけた。
バキィッ!
高く、澄んだ音が響き、世界が砕け散った。
堰せきを切ったように、新鮮で冷たい空気が肺になだれ込んでくる。それは今まで味わったことのない、濃厚な魔素を含んだ大気だった。
強烈な光が、生まれたての目を容赦なく焼く。
バラバラになった殻の破片が散らばる中、
レン。いや、この世界に産み落とされたばかりの新たな生命は、まぶしさに目を細めながら、ゆっくりと顔を上げた。
視界が徐々に鮮明になっていく。
そこに広がっていたのは、雲よりも高い場所にある岩山の巣。
そして、自分を見下ろす、あまりにも巨大な「存在」だった。
山のように巨大で、真珠のように輝く鱗を持つ一頭の竜。
その青色の瞳が、慈愛に満ちた光を湛え、生まれたばかりの我が子を覗き込んでいた。
その神々しいまでの姿を目の当たりにして、彼は言葉を失い、ただ魂が震えるのを感じていた。
毎日5話ずつ6:00, 12:00, 15:00, 18:00, 21:00
に投稿していこうと思います。




