第7話 境界の男と、異郷の真実
夜の静寂の中、ダンジョンの入り口で男は俺をじっと見据えていた。
三歳の子供が一人、深夜に二時間走ってここへ来る。その異常性を、彼は即座に見抜いていた。
「……お前、『外』から来たのか?」
男の第一声に、俺の心臓が跳ねた。
まさか転生者だとバレたのか? だが、男の視線は俺の魂ではなく、この国の住人離れした「動き」に向けられているようだった。
「……違うよ。俺はノーブルグレン家のヒルス。ただ、なんだかこの国に違和感があって……。ねえ、あんたの言う『外』って何? 外の話、聞きたい! もっと教えてよ!」
俺が身を乗り出して尋ねると、男――ザハクは意外そうな顔をした。
この国の人間は「外」に興味を持たない。王の庭が世界のすべてだと信じているからだ。
「……物好きなガキだな。俺はザハク。お前のようなガキに話すことなどねえが……その目は、この国の連中とは少し違うな」
ザハクは自嘲気味に袖を捲り、黒い紋章を見せた。この国では不吉な「外から来た者の印」とされるものだ。
「俺は、外で死にかけたところを、ここの老人に拾われてこの国に来たんだ。外の世界じゃ、12歳の成人の儀式で魔物を一匹倒さなきゃならない。だが、俺の時は運が悪かった。凶悪な魔物が出て、身体をズタズタにされてな……」
ザハクは遠くを見るような目で、かつて自分を救った老人の話を始めた。
その老人は、一度はこの国を捨てて外に出たが、外のあまりの過酷さに絶望して戻ってきたのだという。
「老いぼれが言っていたよ。この国は異常だってな。外じゃ、スキルってのは5歳になった時に神殿へ高い金を払って、ようやく一つ授かるかどうかの代物だ。それもしょぼいものばかり。なのに、この国の人間は3歳で、誰にでも『当たり』のスキルが降ってくる。神殿も金もいらねえ。……この国は、外から見れば狂ったほど恵まれてるんだ」
外の世界ではスキルは「買うもの」であり、しかも質が低い。
対して、この国は「与えられるもの」であり、質が異常に高い。
ザハクの話を聞くほどに、王オメガが作ったこの国の「温室」としての厚みが浮き彫りになっていく。
「……じゃあ、どうしてまた外に行かないの? そんなに凄いなら、外の方が自由じゃない?」
「自由、か。そんなもんで腹は膨らまねえよ、ヒルス。それに、ここは広すぎる。外に出る方法が分からんし、移動手段の馬も、この国じゃ一部の娯楽用として管理されてる。自分の足で世界の果てまで行くなんて、一生かかっても無理な話だ」
ザハクは立ち上がり、ダンジョンの暗がりを指差した。
「今日は帰れ。ダンジョンは学校へ行ってから入るのがこの国の『常識』だ。……外じゃ、ダンジョンは一国が滅ぶほどの魔窟だが、ここでは王様が牙を抜いたスタンプラリー。それでも、三歳のガキが夜遊びする場所じゃねえよ」
話が長すぎたと、ザハクは背を向け冷たく「帰れ」と言い放った。
だが、立ち去る俺の背中に、彼は最後にこう付け加えた。
「……お前の感じている『違和感』、それは間違いじゃない。忘れるなよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に不思議な安心感が広がった。
この国に来てからずっと、俺がおかしいのか、世界がおかしいのか分からなかった。
でも、俺の感覚は、日本にいた頃の「自分の力で生きていた時」の感覚に近い。
(……間違ってないんだ)
完璧な雪道を走りながら、俺はザハクの言葉を噛みしめた。
違和感はより確信に変わり、俺の『反復』は、さらに鋭さを増していく予感がした。




