第5話 百歳の若者と、異端の「騎士」たち
季節は巡っても、この国に変化はない。
道ゆく人々は皆、穏やかな表情で「今日」を繰り返している。
ある日、近所に住む老人のゼノさんが、100歳の節目を迎えた。
父ダニエルが、朗らかに声をかける。
「おめでとう、ゼノさん! ついに百歳か。昨日、王様に『お代わり』を願ったら、あと30年分ほど命を『継ぎ足して』いただけたんだってね」
「ああ。死ぬのは怖くないが、まだ孫が成人するまで見ていたいからね。手続き一つで寿命が伸びる。本当に王様は慈悲深いお方だよ」
老人は事も無げに言った。死は克服すべき恐怖ではなく、王に申請すれば先延ばしにできる「手続き」に過ぎないのだ。
(……命の重みが、この国にはないんだな)
俺が庭で木刀を振りながらその会話を聞いていると、村の街道を「騎士」と呼ばれる一団が通り過ぎた。
動きやすそうな魔導衣を纏い、腰には鋭い剣、背中には巨大な杖を背負った彼らは、まるでファンタジー世界の「冒険者」のように自由で、力強く見えた。
「わあ、かっこいい! あの剣、光ってるよ!」
近くにいた男の子たちが目を輝かせて駆け寄る。その姿に、セーラ叔母さんが鼻を鳴らした。
「……やれやれ。わざわざあんな武器を持ち歩いて。まだ王様の加護を信じられないのかしら。ああいう『野蛮な真似』を好む人は、心が汚れているのよ」
叔母さんの言葉には、明確な差別意識が混じっていた。この国で自らの力を誇示することは、王の慈悲を拒む「出来損ない」の証なのだ。
「まあ、そう言うなよセーラ」
意外なことに、父ダニエルが苦笑しながら口を挟んだ。
「男の子なら、一度はああいう力に憧れるものさ。俺だって若い頃は、村の近くにある『ダンジョン』に潜って、伝説の騎士にでもなろうなんて夢を見た時期もあったんだから」
「まあ、ダニエルさん。あんな薄暗くて退屈な場所へ?」
「ははは、そうなんだよ。行ってみたら、王様の加護で魔物は牙を抜かれたように大人しいし、宝箱の中身も王様が補充した決まったものしか入っていない。結局、決まった道を歩くだけの、ただの『散歩コース』だったよ。……すぐに飽きて、こうして農夫になった。それが正解だったのさ」
父の言葉は、理解を示しているようでいて、その実「努力や冒険は無駄だ」という確信に満ちていた。
この国のダンジョン。それは未知の探求の場ではなく、王が民に「冒険ごっこ」をさせるために管理している、安全でつまらないアトラクションに過ぎないのだ。
騎士を目指す者たちは、そんな「用意された正解」に満足できず、未だに牙を研ぎ続けている異端児なのだ。
「ヒルス、あんな人たちを羨んじゃいけないよ。もうすぐ七歳だろう? 学校に行けば、王様が人生に必要な知恵をすべて教えてくださる。自分で苦労して学ぶことなんて、この世には存在しないんだよ」
父は優しく諭すが、俺はその優しさが怖かった。
「……ねえ、ヒルス。学校、楽しみだね。もしかして、ヒルスもあの騎士様たちみたいになりたいの?」
リナが隣で、俺の素振りに合わせて小さなステップを踏んでいた。
「……騎士になりたいわけじゃないよ、リナ。俺は、ただ……」
通り過ぎる騎士の一人が、ふと足を止めた。
その男は、腰の剣に手を当て、じっと俺の「素振り」を見つめている。
叔母のような蔑みでも、父のような諦念でもない。
一万回、十万回と繰り返した者だけが放つ、皮膚を刺すような熱量を、その男だけが鋭く感じ取っていた。
男は何も言わず、ただ一度だけ頷いて、去っていった。
「学校は『できること』を教える場所だろ? でも、俺がやってるのは、『できないことを、できるようにする』ことなんだ。……ダンジョンの中身さえ決まってるようなこの国で、自分だけは『決まってない何か』になりたいんだ」
俺は一万一千回目の一振りを終え、大きく息を吐いた。
全身から湯気が立ち上り、心臓が爆音を立てる。
死を忘れ、冒険を娯楽に貶め、思考を止めた楽園。
その中で、俺のこの「疲労」と「熱」だけが、唯一の生々しい真実だった。
「ヒルス……。なんだか、ヒルスの体、熱いね。お日様みたい」
リナがそっと俺の腕に触れる。加護で守られた彼女の冷たい手とは対照的に、俺の腕は、自分の意志で動かした熱に満ちていた。
「ねえ、ヒルス。学校に行っても……その熱いままのヒルスでいてくれる?」
「……ああ。約束するよ」
俺は笑って、木刀を握り直した。
情報の閉ざされた地図なき国で。
俺はリナの心に灯った小さな「ドキドキ」を消さないように、また次の一振りを積み上げていった。




