第20話:陽炎の予感と、孤独な帰郷
学園での日々は、瞬く間に過ぎ去っていった。
午前中はヘミング先生による『並列演算』の集中講義。四つの魔法を維持しながら複雑な術理計算を行う授業は、脳が焼け付くような負荷を強いる。
午後はヴォルガン先生に加え、上級生のメイ・リン先輩による『瞬歩』の回避訓練や、レイラ先輩の極寒地帯を想定した魔力制御など、実戦に次ぐ実戦。
俺とリナは、その合間を縫って『双極・螺旋穿孔』の精度を極限まで高め、二人で一人の「怪物」として完成されつつあった。
だが、そんな矢先、学園の掲示板が騒がしくなった。
■ 夏の闘技会と「個」の宣告
「ついに来たか! 『夏の王立学園闘技会』だ!」
ゼクスが拳を突き上げ、掲示板に張り出された要項を読み上げる。
「全クラスの精鋭が揃う、この学園最大の祭りだ。ここで活躍すれば、王都中央の騎士団からも注目される。……そして何より、アルドを公衆の面前で叩きのめすチャンスだ!」
盛り上がる一同に対し、ヴォルガン先生が冷徹に告げた。
「勘違いするな。この闘技会は完全な個人戦だ。他者の補助、ましてや魔力を共有しての共鳴など一切禁じられる。戦いの場に立てるのは、己自身のスキルと、己が練り上げた術理のみだ」
「……えっ」
隣にいたリナの表情が凍りつく。俺たちの「共鳴」という最強の武器が、ルールによって封じられたのだ。
■ 週末の帰宅、静かな日常
その週末、学園の規定に従い、俺は一時的に寮を離れて実家へと帰省した。
学園のある辺境から少し離れた、緑豊かなノーブルグレンの領地。馬車を降りると、そこには学園の殺伐とした空気とは無縁の、穏やかな風が流れていた。
「おかえりなさい、ヒルス」
母の優しい声と、温かい手料理。学園での過酷な訓練を忘れさせてくれるような、静かなひと時。
だが、夜、自室の窓から月を見上げていると、どうしても昼間のヴォルガン先生の言葉が頭を離れなかった。
(個人戦……。俺一人で、何ができる?)
自分の手のひらを見つめる。ここにはリナの莫大な魔力はない。あるのは、一瞬で枯渇してしまう、あまりに細い魔力の糸だけだ。
庭に出て、月明かりの下で剣を振る。
一、二、三……。
学園で身につけた『反復』のリズムを刻みながら、俺は自問自答する。
リナという最強の「心臓」を失った俺は、ただの「逃げ足の速い無能」に戻るのか?
……否。リナに頼っていた演算能力を、今度は自分の肉体と、最小限の魔力だけに全投入させるんだ。
■ 決意の再会
月曜日。再び学園へ戻ると、演習場には既にリナの姿があった。
彼女も週末、家で自分と向き合ってきたのだろう。その瞳には、不安を振り切ったような鋭い光が宿っていた。
「ヒルス君! ……私、決めたよ。君がいなくても、君の教えてくれた『回転』を完璧に制御してみせる。君が一人で戦う時、私が足を引っ張るわけにいかないもん」
「リナ……。ああ、俺もだ。共鳴が使えないなら、俺の少ない魔力を『一瞬』に全て凝縮する術理を編み出す。アルドの闇を、その瞬きの一撃で貫くために」
その様子を、アルドが遠くから冷ややかに見つめていた。
「……無意味な足掻きを。一人で立てぬ者は、あの舞台では無に還るだけだ」
アルドの言葉を背に、俺たちは別々の場所で、しかし同じ志を持って特訓を開始した。
共鳴という「杖」を捨て、自らの足で立つための、孤独な夏の戦いが幕を開ける。
「一、二、三……。リピート開始」
俺の『反復継続』が、今度は自分自身の限界を突破するために唸りを上げた。




