第18話:螺旋の穿孔と、多重なる深淵
午後の演習場。突き抜けるような青空の下、ヴォルガン先生が一人、中央に立っていた。標的はもはや鉄格子ではない。この学園で最も苛烈な「壁」そのものだ。
「並んで魔法を放て。昨日までの垂れ流しのスキルではない。ヘミングから教わった『過程』とやらを俺に見せてみろ。……まずは新入生からだ」
ヴォルガン先生の挑発に、最初に動いたのはゼクス・ボルトだった。
「ちまちました数式は性に合わねぇが……『圧縮』の理は理解したぜ! 雷霆・収束砲!!」
四散しがちだった雷を、術理によって一点の極光へと収束させる。昨日よりも遥かに鋭い雷撃が先生を襲うが、先生は素手でその雷を弾き飛ばした。
「甘い。一点に絞りすぎて周囲の警戒が疎かだ。次!」
カイ・グラビティが続く。
「引力だけじゃ足りねぇ。……二重引力!」
二本の腕で異なる地点に引力を発生させ、ヴォルガン先生を左右へ引き裂こうとする「並列起動」の模索。先生の足が一瞬、地面を鳴らして揺らいだ。
「少しは頭を使ったようだな。だが、出力が足りん!」
■ リナの進歩:螺旋の力
そして、リナ・フォルトゥナが前に出る。
彼女は昼休みに俺が伝えた「回転の術理」を反芻するように、深く息を吐く。
(……一、二、三。リナ、落ち着いて。流れを一点に、中心へ)
俺が隣で唱える「反復」のリズムに合わせ、リナが魔力を練り上げる。
「行きます……! 清流・穿孔!!」
瞬間、放たれたのは濁流ではない。超高密度に圧縮された水が、超高速で自転しながら、極細の「ドリル」となってヴォルガン先生の胸元へ肉薄した。
――ギギギギィィィンッ!!
激しい金属音が響く。先生が咄嗟に展開した魔力障壁を、リナの水が力ずくで削り取っていく。
「……っ!? 水の壁を、削岩機に変えたか」
先生が僅かに一歩後退し、手でそのドリルを叩き落とした。
■ 天才の回答:五重の闇
リナの鮮やかな進歩に、クラスに希望の光が差した――かのように見えた。だが、その光を飲み込むほど深い「絶望」が、静かに歩み出る。
「ふん……。器用なことを」
アルド・イグニート。彼はリナの新技を一瞥し、鼻で笑った。
「ヘミングは言ったな。並列こそが真髄だと。ならば、俺の闇もまた、一つである必要はない」
アルドが両手を広げると、俺たちの背筋に氷を押し当てられたような悪寒が走った。彼の周囲から湧き出す漆黒の闇が五つに分離し、独立した意志を持つかのようにヴォルガンを取り囲んだ。
「……五つ同時に!?」
六年生のバルト先輩さえもが戦慄する。触れたものをすべて消し去る絶対的な虚無が、五方向から同時に襲いかかる。ヘミング先生の「四重並列」をも超える、異次元のスキル運用。
「……来い、アルド!」
ヴォルガン先生が初めて、その瞳に鋭い戦士の光を宿した。
アルドが指を振る。五つの黒い太陽が、先生を消滅させるべく一斉に放たれた。
爆音も、衝撃波もない。ただ、先生が立っていた場所の空間そのものが「無」に削り取られていく。――はずだった。
■ 断罪の一閃:時空断裂
「――甘いぞ、雛共が」
ヴォルガン先生の低い声が響いた。
彼が腰に下げた漆黒の重剣を抜き放つ。それは剣を振るというより、世界の境界線をなぞるような、異様なまでに静かな動作だった。
「絶技・次元断」
キィィィィン――!!
世界が静止したかのような錯覚。
先生が放った一閃は、アルドの放った「五つのダークマター」を、その周囲の「空間」ごと切り裂いた。
触れたものを消し去るはずの暗黒物質が、切り裂かれた空間の裂目に吸い込まれるようにして、跡形もなく消滅した。
「……っ!? 俺の、ダークマターが……消された!?」
アルドが初めて、驚愕に目を見開いて立ち尽くす。
「触れたものを消すのがお前の闇なら、俺のは『在るべき場所』を切り分ける刃だ。空間そのものを断てば、お前の闇が食うべき対象すら存在しなくなる」
ヴォルガン先生は重剣を鞘に収め、冷徹な視線でクラス全員を見渡した。
「思い上がるな。お前たちが辿り着こうとしている深淵の先には、既に立っている者がいる。……今日の演習はここまでだ。ヒルス、リナ。明日までに今の術理を百回は反芻しておけ」
先生の圧倒的な格の違いを見せつけられ、演習場には沈黙が流れる。
アルドの絶望、リナの進歩、そしてヴォルガンの異次元の力。
「……ヒルス君。あの先生を、いつか超えられるかな?」
リナが震える声で尋ねる。
「……ああ。一歩ずつ、繰り返すだけだ」
俺は、先生が切り裂いた空間の残滓を見つめながら、固く拳を握った。
辺境の学園での二日目。俺たちは本当の「強さ」というものの正体を知った。




