第16話:『清流』の限界と、届かぬ剣
寮生活二日目の朝。
鏡に映る自分の体に傷はない。王の加護は完璧だ。昨晩、アルドの闇に打ち据えられた衝撃さえ、一夜明ければ肉体からは消え去っている。
だが、内側に溜まった「重さ」だけは、加護でも消せない。魔力回路が軋むような感覚を抱えながら、俺は演習場へと向かった。
食堂で合流したリナ・フォルトゥナも、どこか顔色が優れない。昨晩、彼女もまた女子寮で一人、己の限界と向き合っていたのだろう。
■ 合同演習:絶対的な「虚」
「全員揃ったな」
演習場の中央、ヴォルガン先生の鋭い視線が15人の精鋭たちを射抜く。
「今日の課題は『対集団防御』。圧倒的な個を前に、いかにして生き残るかの足掻きを見せてもらう。アルド、前へ」
アルド・イグニートがゆっくりと歩み出る。彼が通るだけで、周囲の空気が重苦しく澱む。
対戦相手として呼ばれたのは、俺とリナ、そして新入生のゼクス・ボルト、カイ・グラビティ。さらに「防波堤」として六年生のバルト・ガンドール先輩までもが、ヴォルガン先生によって指名された。
「五人でアルドを止めろ。手段は問わん。始めろ!」
ヴォルガン先生の号令と共に、アルドの周囲に「闇」が湧き上がった。それは魔法というより、この世の理から切り離された「虚無」そのものだった。
「消えろと言ったはずだ。昨日のうちに」
アルドが軽く手を払う。
放たれた漆黒の魔弾に対し、リナが必死に詠唱する。
「清流・円環の盾!!」
水の壁が展開されるが、彼女の魔力はまだ細く、壁は薄く不安定に揺れている。
――ズシュッ。
音もなく、リナの水の盾に大きな「穴」が開いた。
防いだのではない。**暗黒物質**に触れた瞬間に、水という概念ごと魔力が消滅させられたのだ。
「……っ!? ああぁっ……!」
リナが悲鳴を上げる。盾を維持するための魔力さえ闇に吸い取られ、彼女は膝をついた。
「させるかよ! 雷霆!」
ゼクスが最速の雷を放つ。だが、その雷光すらアルドの闇に触れた瞬間に「無」へと還された。
「嘘だろ、俺の雷が……吸い込まれた!?」
「逃がさねぇ! 引力!」
カイがアルドの闇そのものを引き寄せ、軌道を逸らそうと試みる。だが、引き寄せた瞬間にカイ自身の魔力回路が逆流するように闇に侵食され、彼は激しく吐血した。
「どけ! 俺が止める! 剛体!」
六年生のバルト先輩が、丸太のような腕を鋼鉄化させて前に出る。しかし、その無敵を誇るはずの肉体でさえ、アルドの闇がかすめた瞬間に「存在」を削り取られ、先輩は顔を歪めて吹き飛んだ。
残ったのは、俺一人。
一、二、三……。
俺の『反復継続』が、闇の揺らぎを凝視する。
あの闇に触れてはいけない。剣で受け流すことも、軌道を逸らすことも不可能だ。触れた瞬間に剣は消える。
俺はアルドの懐へ踏み込もうとするが、彼が指先を微かに動かすだけで、俺の足元の「空間」が闇に塗りつぶされる。
「おっと……!」
一歩間違えれば脚を失っていた。王の加護があるとはいえ、存在を消される激痛は防げない。
「逃げ回るだけか。反復だかなんだか知らんが、止まっていれば楽に終わるものを」
アルドが両手を広げる。
演習場の半分を埋め尽くすほどの暗黒物質が、波となって押し寄せてきた。
「そこまで!」
ヴォルガン先生の声が響き、闇が霧散した。
「リナ、お前の『清流』はまだ未熟だ。密度も足りず、ただ水を浮かべているに過ぎん。ゼクス、カイ、バルト。お前たちは自分のスキルの強度を過信しすぎだ。ダークマターに『強度』など通用せん。そしてヒルス……」
先生が俺に視線を向ける。
「よく避けた。だが、避けるだけでは勝てん。剣を振ることすらできなかったのが、今の貴様の限界だ」
「……はい」
俺は、握り締めていた剣の柄を見つめた。
アルドは、鼻で笑って俺の横を通り過ぎる。
「避け続けるだけのネズミに用はない。……明日には、その足も動かなくしてやる」
夕方、放課後の演習場。
俺は一人、剣を振り始めていた。
「……ヒルス君」
リナが、魔力枯渇で震える足を引きずりながらやってきた。
「私……全然ダメだった。バルト先輩の『剛体』すら通用しないなんて……」
「リナ……」
「でも、わかったの。今の私の水じゃ、あの闇には追いつけない。もっともっと、速くて強い流れを作らなきゃ……! じゃないと、君を助けられない!」
リナ・フォルトゥナの瞳に、初めて「敗北」から生まれる本当の闘志が宿った。
一、二、三……。
俺とリナ。そして圧倒的な壁、アルド。
この学園での二日目は、届かない剣の重さを知る一日となった。
技名を書くようにしてみました、人物名が書いてる途中分からなくなって違う人になってたりしたら教えてもらえると嬉しいです(っi ᗜ i c)
技名が変わったりしてたらすみません




