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第15話:自立の鐘と、宿命の背中

王立学園の敷地の最奥。高くそびえ立つ石造りの門が、重厚な音を立てて俺たちの背後で閉ざされた。それは、昨日までの「家族に守られた子供」としての時間を切り離す、断頭台の刃のようでもあった。

 門の前で、俺とリナは一度足を止める。

 女子寮は右手の並木道の先にあり、男子寮は左手の切り立った崖のそばに位置していた。

「……じゃあ、ヒルス君。また明日、教室でね」

 リナ・フォルトゥナが小さく手を振る。その瞳には不安もあったが、それ以上に強い光が宿っていた。

「ああ。また明日、リナ。……マーサ母さんのスープ、冷める前に飲めよ」

 母さんは、俺だけでなくリナの分も魔法瓶を用意してくれていた。あの中には、飲むだけで魔力を活性化させ、疲労を根こそぎ奪い去る『滋養の極致』が詰まっている。

 リナは「うん、大切に飲むね」と頷き、女子寮の白い扉へと吸い込まれていった。

■ 女子寮の洗礼

 リナが女子寮のロビーに入ると、そこには異様な緊張感が漂っていた。一歩入っただけで、ここが「修練の場」であることを理解させられた。

「……新入生?」

 声をかけてきたのは、四年生のエルナだった。

「はい。今日からお世話になります、リナ・フォルトゥナです」

「フォルトゥナ……。ヴォルガン先生が期待している一人ね。あなたの魔力は綺麗だけど、少し『優しさ』が混ざりすぎている。この寮で一人で眠る夜に、その優しさがどう変わるか楽しみだわ」

 エルナはそれだけ言うと、風のように去っていった。

 リナは自分の部屋に入り、窓を開けた。遠くに見える男子寮の明かりを見つめる。

(……ヒルス君も、今頃一人で頑張ってる。私も、負けてられない)

 彼女は母さんから貰ったスープを一口飲み、その熱い滋養を全身に巡らせると、一人、水の構築練習を始めた。

■ 男子寮:圧倒的な闇との邂逅

 一方、俺――ヒルス・ノーブルグレンは、男子寮203号室のベッドに腰を下ろしていた。

 この国の民には、平等に王からの『加護』が与えられている。傷は瞬時に塞がる。その絶対的な守りがあるからこそ、俺たちは死を恐れず修練に没頭できるのだ。

 俺はダニエル父さんから譲り受けた鋼の剣を手に、寮の裏手にある鍛錬場へと向かった。

 そこには、月明かりの下で『暗黒物質ダークマター』を迸らせているアルドがいた。彼が指先を動かすだけで、空間そのものが磨り潰されるように標的が消失していく。

「……来たか、ヒルス・ノーブルグレン」

 アルドがこちらを振り向く。その瞳には、隠しきれない苛立ちが宿っていた。

「貴様の部屋からも見えただろう。俺のこの力が。……昨日、貴様がヴォルガン先生の剣を一度でも受け止めたという事実。それが俺には耐えがたい屈辱なのだ」

 アルドにとって、自分以外の新入生がヴォルガン先生の目に留まること自体が、自身のプライドを切り刻む出来事だったのだろう。

「貴様のような地味なスキルが、俺の隣に立つことなど許されない。ここで教え込んでやる……『格』の違いというものを!」

 アルドの手から放たれた闇が、大蛇のように地面を削りながら俺に襲いかかる。

 

 ――速い。そして、重すぎる。

 俺は4年間の「反復」で培った歩法を全開にし、回避を試みる。

 しかし、避けたはずの場所の空気が「消失」し、凄まじい吸引力に体が引きずり込まれた。

「くっ……!」

 鋼の剣を盾にするが、暗黒物質に触れた瞬間、鋼が腐食するようにボロボロと崩れ落ちる。

 アルドは止まらない。闇の奔流が俺の胸元を直撃した。

 王の加護により、傷こそ一瞬で塞がる。だが、闇に「存在を削り取られる」衝撃と痛みは防げない。

 俺は何度も吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。立ち上がるたびに、アルドの闇が容赦なく俺を打ち据える。

「どうした、ヒルス! 避けるだけが貴様の『反復』か! 貴様の薄っぺらな努力など、俺の宿命の前では無に等しい!」

 圧倒的な力。これが、第一クラスの中でも別格とされる天才の本気か。

 俺の剣はすでに半分近くが消滅し、呼吸は乱れ、立っているのがやっとの状態だった。対してアルドは、未だ底知れぬ魔力を放ち続けている。

「……今日は、これまでにしろ」

 アルドが冷たく吐き捨て、闇を収めた。

「今の貴様を叩いても、何の証明にもならん。……せいぜい、次の授業までそのナマクラを抱えて震えていろ」

 アルドは背を向け、悠々と寮へ戻っていった。

 

 完敗だった。手も足も出なかった。

 だが、俺は部屋に戻り、震える手でマーサ母さんのスープを口にした。

(……強い。強すぎる)

 温かいスープが喉を通り、激痛に苛まれていた感覚が解きほぐされていく。

 悔しさよりも先に、俺の心には猛烈な高揚感が湧き上がっていた。

 あの闇を、いつか俺の「反復」が超えてみせる。

 窓の外、女子寮の明かりが一つだけ灯っているのが見えた。

 きっとリナ・フォルトゥナも、同じように自分を追い込んでいるはずだ。

 

 俺たちの自立の夜は、まだ始まったばかりだ。

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