第13話:極限の反復と、届かぬ銀閃
ヴォルガン先生の体が消えた――そう錯覚するほどの神速。
この第一クラスを任される男が放つ、本気の踏み込み。それは七歳の子供が反応できる領域を遥かに超えていた。
「――終わりだ」
鋭い銀閃が俺の首を刈り取るべく走る。
だが、俺は尻餅をつかなかった。逃げもしなかった。
(……来る!)
俺は、4年間で何百万回、何千万回と繰り返してきた基本のステップ――その「反復」の記憶を全身に巡らせた。
脳が命令するより早く、体が勝手に動く。コンマ数ミリの重心移動で、ヴォルガンの剣先を紙一重でかわす。
「…………ほう」
ヴォルガンの目が、驚きに細められた。
空を切ったはずの剣が、即座に軌道を変え、二撃、三撃と襲いかかる。
「おおおおおお!」
俺は喉が張り裂けるほど叫び、支給品の鉄剣を振るった。
『反復継続』。それは単なる繰り返しじゃない。同じ軌道を、より速く、より正確に。
ガギィィィィィィン!! と、草原に火花が散る。
七歳の子供の腕力で、元八法試験挑戦者の重撃を受け止める。その異常な光景に、周囲の生徒たち――アルドやエルナ、バルト先輩までもが立ち上がり、言葉を失った。
「ヒルス……お前、そんな動きを……!」
リナの驚愕の声を背中で聞きながら、俺は必死だった。
一撃防ぐたびに、腕の骨が軋む。脳が焼けるような集中力。
ヴォルガン先生は、次第に笑みを深くしていった。
「素晴らしい。その地味なスキルで、ここまで練り上げるとはな。……だが、ヒルス。技術だけで埋められぬのが、この世界の『格』だ!」
ヴォルガンの周囲に、爆発的な魔力が渦巻いた。
本気だ。先生は俺を一人の「超えるべき壁」として認め、全力で叩き潰しに来ている。
(……やばい、来る……!)
俺は口を滑らせた。
「助けて……神様っ!」
不意に出た言葉。この国では王以外の超越者を「神」と呼ぶのは禁忌。だが、ヴォルガンはそれを不敬と断じるより先に、剣を天に突き上げた。
「この国に、王以上の救いなどない! お前を救うのは神ではない、お前自身の力のみだ!」
ヴォルガンの剣が、真空を切り裂く絶技へと昇華される。
「――『断空・一閃』!!」
俺は全魔力を剣に込め、4年間で最も完成された「受け」の型で迎え撃った。
激突。
一瞬、ヴォルガンの剣を止めたかに見えた。
だが、現実は残酷だった。
パァンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、俺の持っていた鉄剣が、根元から粉々に砕け散った。
防波堤を失ったヴォルガンの魔力が、俺の胸元を直撃する。
「あ、がっ……!」
内臓を押しつぶされるような衝撃。俺の体は弾丸のように吹き飛ばされ、草原を数十メートル転がった。
全身の骨が砕け、視界が赤く染まる。
(ああ……全然、足りない……っ)
4年間の努力が、たった一撃で粉砕された。その悔しさと、本物の強者と切り結んだ昂揚感が混ざり合う中、俺の意識は途切れた。
数秒後。
『聖域空間』の加護により、俺の体は光の粒子に包まれて蘇生した。
草原に大の字になって横たわる俺の上に、ヴォルガン先生が影を落とす。
「勝負ありだ、ヒルス」
先生の声には、先ほどまでの冷徹さではなく、どこか期待の混じった熱があった。
「お前の『反復』は、確かにここにある全員の度肝を抜いた。だが、武器が、体が、そして魔力が追いついていない。……お前はまだ、始まったばかりだ」
俺はリナに駆け寄られ、抱き起こされながら、砕けた剣の破片を見つめた。
バレてもいい。むしろ、さらけ出したことで、自分がどれだけ弱いかがはっきりと分かった。
「……次は、折れない剣で戦います」
俺がそう言うと、エルナ先輩が「面白い子ね」と微笑み、アルドは悔しそうに拳を握りしめていた。
ヒルス・ノーブルグレン。
第一クラスの「変わり種」は、この日、全校生徒にその牙の片鱗を刻み込んだ。




