第2章 第10話:七歳の入学試験と、異形の五傑
三歳の儀式から四年。俺とリナは七歳になり、ついに村の子供たちの義務である「学校」へと入学する日がやってきた。
この「エステラ・エデン」において、学校は単に読み書きを教わる場所ではない。王から授かったスキルの「正しい使い方」を学び、それぞれの適性を見極めるための場所だ。
校舎は村の境界近くにあり、白大理石で作られた神殿のような美しさを誇っていた。門をくぐると、そこには村中、そして近隣の集落から集まった同年代の子供たちが並んでいた。
「ヒルス、すごい人だよ……。みんな、やっぱり試験のこと考えてるのかな」
リナ・フォルトゥナが、少し緊張した面持ちで俺の袖を掴んだ。
リナの家は街で商店を営む「フォルトゥナ家」。俺の「ノーブルグレン家」とは古くからの付き合いだが、家名が違うことで、改めて俺たちは「家」を超えたパートナーなのだと実感する。
入学初日には**「クラス分け試験」**がある。この試験の結果によって、将来「騎士(戦闘職)」を目指す特進クラスか、街の運営を支える「文官クラス」、あるいは「一般クラス」かに振り分けられるのだ。
大人たちは「どこに振り分けられても王様の愛は平等だ」と言うが、子供たちの間ではやはり、強力なスキルを見せつけることが一つのステータスになっていた。
「大丈夫だよ、リナ。いつも通りやればいい」
俺はリナを励ましながら、試験会場である広大な講堂へと進んだ。
教壇には数人の教師が並び、その中心には大きな**「適性測定の水晶」**が置かれている。
「では、試験を始める。一人ずつ水晶に触れ、自分のスキルを披露しなさい」
名前が順に呼ばれていく。
「花を咲かせる」「火を灯す」「声を遠くまで届ける」――。
多くの子供たちが、生活を豊かにするための穏やかなスキルを披露し、にこやかに去っていく。それはこの国の「平和」を象徴するような光景だったが、時折、講堂の空気を一変させるような「異質な才能」が放たれた。
特に目立っていたのは、教師たちが息を呑んだ**「五人の天才」**たちだった。
一人目は、鋭い眼光を持つ少年、ゼクス。
彼が水晶に手をかざした瞬間、講堂内にバチバチという激しい音が響き、白紫色の閃光が走った。『雷霆』。王の加護があるこの国でさえ滅多に見られない破壊の権化。教師たちの目が、欲望に近い期待でギラついた。
二人目は、物静かな少女、マリエル。
彼女が足元の石床に触れると、地面が意思を持ったように盛り上がり、小さな石の巨像――**『ゴーレム』**を瞬時に形成した。七歳にして無機物に命を吹き込むその力は、建築や防衛において底知れない価値を持つ。
三人目は、不敵な笑みを浮かべる少年、カイ。
彼は水晶に触れることなく、数メートル先から手をかざした。すると、重い水晶が台座ごと彼の方へと引き寄せられた。『引力』。あらゆる物体を、そして不可視の力で戦場さえ支配する力だ。
四人目は、長い髪の少女、シルヴィア。
彼女のスキルは**『空間転送』**。彼女の手元から生まれた小さな光の輪が、離れた場所にいた教師の机に繋がった。距離という概念を無効化するその力に、会場には今日一番のどよめきが起きた。
そして五人目。青白い肌をした無口な少年、アルド。
彼が水晶に触れた瞬間、水晶の光が「消失」した。影が蠢き、水晶そのものを飲み込もうとする漆黒の霧。『暗黒物質』。すべての熱や光を奪い去る、死の香りがするその力に、教師たちは恐怖さえ浮かべていた。
その直後に呼ばれたリナは、彼らのような「異能」ではない。
だが、彼女が放った巨大な水の球体は、虹色に輝きながら静かに、そして完璧な真円を保って回転していた。
「……なんと美しい『清流』だ。属性としては一般的だが、その密度と魔力制御力は、先の五人にすら引けを取らない。リナ・フォルトゥナ、特待Aクラスだ」
リナは少し照れくさそうに俺の方を見て、小走りに戻ってきた。彼女は自分を「普通」だと思っているが、四年間の特訓で磨いた彼女の魔力操作は、すでに神業の域にある。
そして、最後の一人として俺の名前が呼ばれた。
「ヒルス・ノーブルグレン」
俺は無表情のまま、水晶の前に立った。
俺のスキルは『反復継続』。
俺は水晶に触れ、この四年間、毎日欠かさず行ってきた「一万回の素振り」と「二時間の疾走」の、気の遠くなるような反復の記憶を流し込んだ。
瞬間、水晶が鈍い銀色の光を放った。
派手な現象はない。だが、どれだけ時間を置いても光が全く衰えず、岩のようにどっしりと鎮座する魔力の波動。
「……スキル『反復継続』か。地味な力だが、これほどまでに揺らぎがない魔力波は見たことがない。精神と肉体の練度が、他の子とは根本的に違うな」
教師たちは顔を見合わせ、俺の評価欄に筆を走らせた。
結果、雷、ゴーレム、引力、転送、暗黒――「五傑」と呼ばれた少年少女。そして、圧倒的な基礎能力を示したリナと俺。突出した才能を持つ者たちは、必然的に最も能力が高いとされる**「第一クラス」**への入塾が決まった。
試験を終えた帰り道。校舎の裏からは、あの騎士たちの訓練所が見えた。
「ねえ、ヒルス。あの五人の力……まるで、最初から戦うために与えられたみたいで、少し怖かった」
「ああ。王様は、ああいう『分かりやすい牙』がお気に入りなんだろう。……でも、リナ。あいつらは、与えられた力を喜んでいるだけだ。俺たちの力は、あいつらとは違う。自分の意志で磨いてきたものだ」
平和で穏やかな学校生活が始まる。
しかし、能力別に分けられたそのシステムは、やはりこの国の住人を「効率的に管理する」ための仕組みに他ならない。
俺たちは「優秀で従順な生徒」という仮面を被りながら、この白い校舎の中で、自分たちの本当の牙をさらに研ぎ澄ませていくことに決めた。




