滝の裏の秘密基地
「……まさかな」
僕はつぶやきながら覗いた。
唖然として、口が勝手に開いた。
目の前の光景を理解するのに、少し時間がかかった。
もしやと思って来てみれば、滝の裏には、文字通りの秘密基地があった。
滝の轟音に負けじと、心臓が激しく打ち鳴らす。
湿った空気の中、僕はおそるおそる足を踏み入れた。
天井は低く、水滴がポタポタと落ちている。
懐中電灯をつけ、壁をなぞる。
金属製の棚がずらりと並び、そこにはノートや配線、古びた地図が詰まっていた。
ノートにはびっしりと暗号のような文字。
銅線で繋がれた装置の先には、マイクのような部品がある。
地図の上では赤い線が幾重にも交差していた。
まるで、何かを記録しようとしているかのように。
全身の皮膚が波立つ。
僕はリュックを降ろし、カメラを構えた。
──ガタッ。
奥から物音がした。
息が止まる。
汗の一滴が頬をゆっくりと滑り落ちる。
見つかれば捕まるかもしれない。
身体は硬直し、視線すら動かせない。
無限の時間が過ぎたように思えた。
やがて、震える指先がわずかに動く。
僕は懐中電灯を正面に向けた。
そこには、ひとつのスピーカーがあった。
古びた黒い箱。
ケーブルの先が床を這い、先ほどの装置へと繋がっている。
僕が立ち上がると、「ガタッ」とまた音が鳴った。
「……ははっ、子供騙しかよ」
思わず声が出た。
──次の瞬間、スピーカーが答えた。
「あははっ……子供騙しかよ」
笑いが反響し、空気が震える。
その瞬間、視界がゆらりと歪んだ。
金属の棚は木製の玩具棚に、天井は青空の模様に、
冷たい空気は柔らかい陽だまりに変わっていく。
そこは、楽しげな子供部屋だった。
僕は目を見開いた。
今の変化……僕の“声”がきっかけだった。
胸の奥で何かがざわつく。
「これは……」
恐怖が首筋を撫でる。
「ひっ」
思わず、息を呑むような声が漏れた。
スピーカーが反応する。
「ひっ……」と怯えた声が返る。
その声が空気を震わせ、部屋の色がみるみる褪せていく。
壁がひび割れ、青空は黒く溶け、家具は歪んで形を失った。
古びた人形がこちらを睨み、影が壁から這い出してくる。
ひとつ、またひとつと、恐怖が形を取っていく。
光が、音が、匂いが、僕の怯えに合わせて脈動していた。
僕は悟った。
この部屋は、僕の声で世界を描いている。
笑えば笑いが、怯えれば恐怖が、形になっていく。
最初に見た“秘密基地”も、たぶん、僕が作ったものだ。
──もう、何も言えなかった。
沈黙だけが、ゆっくりと部屋を飲み込んでいく。
息をするたび、闇が形を変えていった。




