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SF短編集

モノの心を治す人

今回は、モノの「価値」ってなんだろう、て話だ。新品で、高価なだけが価値じゃない。誰かの手によって、想いによって、魂は宿るんだ。そういうSFだ。

 この世界では、全てのモノに心が宿る。


 使い古された万年筆の誇り。子供に飽きられた玩具の悲しみ。道端に転がる空き缶の虚無。僕たち人間には見えないが、モノたちは皆、自らの価値を問い、感じ、生きている。


 僕の仕事は、そんなモノたちの心を治す「修繕屋」だ。


 捨てられた家具、壊れた時計、欠けたティーカップ。僕は、そんなガラクタたちを拾い集め、ただひたすらに修理する。傷を磨き、割れを繋ぎ、動かない歯車に息を吹き込む。それは、物理的な修理であると同時に、彼らの傷ついた自尊心を、その存在価値を、取り戻させるための「治療」でもあった。


 人々は、僕を変人だと言った。新しいものを買った方が早い、と。だが、僕は、修理を終えたモノたちが放つ、静かで、満ち足りた「ありがとう」という心の声を聞くのが、何よりも好きだった。


 ある日、僕の小さな工房に、場違いなスーツの男たちがやってきた。


「あなたが、高名な『修繕屋』のコウジさんですか」

「……ただのガラクタ好きですよ」

「折り入って、お願いしたい治療があります。対象は、摩天楼『タイタン・タワー』です」


 タイタン・タワー。三日前に完成したばかりの、我が国の新しいシンボルだ。ガラスと鋼でできた、天を突くような超高層ビル。そのビルが、原因不明の「うつ病」にかかったというのだ。


「ビルの統合AIが、深刻な自己肯定感の低下を報告しています。エレベーターは理由なく停止し、空調は勝手に温度を変え、夜になっても照明が半分しか点灯しない。物理的な欠陥はどこにもない。これは……ビルの『心』の問題なのです」


 僕は、巨大なビルの前に立った。見上げる首が痛くなるほどの、完璧で、美しい建造物。だが、僕には聞こえる。その内側から響いてくる、巨大な、巨大な、嗚咽の声が。


 僕はビルの中に入り、その巨大な心に、そっと耳を澄ませた。


(私は、なんのためにここにいるんだ……?)

(誰も、私を見ていない……)

(私は、ただの箱。空っぽの、箱……)


 なんてことだ。このビルは、絶望的な孤独の中にいた。


 僕は、原因を探るため、ビルの設計データや建築記録を取り寄せた。そして、その理由が分かった。


 このタイタン・タワーは、あまりにも完璧すぎたのだ。


 設計は、寸分の狂いもないAI。建築は、全てを寸分の狂いもなく組み上げる、無人の建設ドローン。その建築過程に、人間の「想い」が、一切介在していなかったのだ。職人の誇りも、汗も、熱意も、このビルのどこにも込められていない。


 そして、完成したビルを使う人間たちも、このビルをただの「資産」や「ステータス」としてしか見ていない。誰も、このビルのガラス一枚、柱一本を、美しいと愛でることはない。


 誰からも愛されず、必要とされず、ただ「在る」だけの存在。その巨大さ故の、途方もない孤独。それが、このビルの病の正体だった。


 これほどの巨大な心の病を、僕一人で治せるだろうか。


 僕にできることは、一つだけだった。


 僕は、市中から大量の「ガラクタ」を運び込み、タイタン・タワーの一階、だだっ広いエントランスのど真ん中に、自分の作業場を移した。


 そして、いつものように、修理を始めた。


 脚の折れた木馬。音の鳴らないオルゴール。針の止まった腕時計。


 僕が、一つ、また一つと、小さな命に再び火を灯していく。そのたびに、修復されたモノたちから放たれる、温かい「ありがとう」という心の光が、がらんとしたビルの中に、ぽつ、ぽつと灯り始めた。


 タイタン・タワーは、ただ静かに、その光景を見ていた。


 愛され、捨てられ、そして、もう一度、価値を見出されていく、小さなモノたちの物語。自分自身が経験することのなかった、温かい心の交流。


 巨大なビルの嗚咽が、少しだけ、静かになった気がした。


 僕の治療は、まだ始まったばかりだ。この巨大な心が、いつか自分の価値を見つけ、誇りを取り戻す日まで。僕は、このビルの真ん中で、今日も、小さな心を治し続ける。

心は案外、小さな優しさで救われるのかもしれねえな。

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