エピソード2-3
「ミライバナシ」、エピソード2-3になります。
「そんな無茶を言われても。」
黒い服、黒い「面」を付けたマリナの付添「人」エフは、困り果てた青年男性のような口調で答えた。
「しょうがないでしょ! 操機どころか、1号まで取り上げられちゃって、私にどうしろって言うのよ!」
朝食後の休憩を終えたマリナは、食事部屋の椅子に背もたれを前にして座り、寄りかかりながら、すぐそばに立っているエフに向かって文句を言っている。 食事に不満があったわけではなく、操機関係の機材が一切使えない現状に対し、エフに八つ当たりのようなことを言って困らせている。
「私たち『人』が、武器類の所持や使用を禁じられているのはご存知じゃないですか。」
と、冷静に答えるエフ。 どうやらマリナは、エフを相手に、訓練室で模造武具を使った模擬手合いを頼み込んでいるようだ。 一方のエフは、「人」が、『武器類の所持や使用を禁止』されているため、どうにかマリナの依頼を断ろうとしている。
「だから、訓練室の模造武具で、手合いの真似事をするだけでいいから! 模造武具を持つだけなら、問題ないでしょ! 少しでいいから!」
と、エフの冷たい返事に対し、こじつけるように、マリナは懸命に頼み込む。 続けて、
「こんなんじゃあ・・・、体がなまっちゃうわ・・・。 お願いだから・・・。」
そう言うと、仰け反るように体を伸ばし、食事部屋の天井を見上げて拗ねるように呟く。
「それでしたら、お休みも兼ねて、マリナも遠地でご静養されてはいかがでしょうか? シロもそんな話をしていたと、言っていたじゃありませんか。」
エフは話の流れを変えようとしたのだろうか、落ち着いた口調で切り出す。 が、
「それは絶対に嫌!」
と、マリナからは即座に力強く拒否されてしまった。 一方、
『・・・シロか・・・。 今頃、何しているんだろ・・・。』
と、エフにシロの名前を出されたマリナは、ふと、静養に送り出した時のシロの顔を思い浮かべてしまう。
『「ここは任せろ」みたいなことを言ってしまったけど・・・。 この状況・・・。 さすがに・・・。』
などと、昨今の状況に思い耽ってしまう。 操機に関する物、『操機』、『操機補』、『訓練用操縦席』が使えなくなって、ひと月近く経とうとしていた。
『シロが、実機の操機戦で大怪我をしたから、「安全が確保できるまで、操機に関する全ての運用を休止」するっていっても・・・。 さすがに、操機補や、訓練用操縦席までが、危険とは思えないけど・・・。』
などと、マリナはさらに考えを巡らせていた。 そしてマリナ自身、このひと月近く何もしていなかった訳ではなく、訓練室で身体の鍛錬や模造武具の素振りを行い、休憩の合間をみては、「操機戦管理」に対し、『操機補と訓練用操縦席の使用停止解除』を申し入れていた。 だが、申し入れは、ことごとく却下されている。
『・・・今、使えないものにこだわってもしょうがないか・・・。 こうなったら・・・。』
マリナが昨今の状況を考え始めて、いかばかりかの時間が経っただろうか。 エフに視線を戻し、何かを思いつめたような目でじっと見つめ、
「エフェス! 訓練室で、私と武具の訓練をしなさい!」
エフェスとは、マリナの付添「人」の正式名だ。 だが、マリナはいつもそれを省略し、エフと呼んでいる。 そのエフに向かい、マリナは強い命令口調で指示を出す。 しかし、
「そんな命令をされても。 先程から申し上げている通り、『人』である私は、武器類の使用を禁じられています。 ご命令には従えません。」
と、マリナからの指示を拒むように、エフは黒い「面」を付けた首を横に振り、冷静な口調で返事をする。 片や、エフの冷たい返事を聞いたマリナは、少々頭に血が上ったような状態になってしまい、
『くっ! こうなったら、人間の権限を使ってでも・・・。』
そう考え、エフに向かって真剣な表情になると、
「人間と・・・」
マリナは、「人」を完全に服従させる、『人間の絶対命令』を出そうと、『人間として』と、言いかけた。 だが、咄嗟に、
『・・・さすがに・・・。 これは、やりすぎ・・・か・・・。』
などと躊躇し、別の案を考えはじめる。 しかし、
「・・・ああ、もう!」
暫し後、考えがまとまらなかったマリナは、痺れを切らしたのか、それとも諦めたのか、叫ぶように言い放つと、
「もう、いいわ! エフには頼まない!」
と、椅子から乱雑に立ち上がり、怒った顔で荒々しい足音を響かせながら、食事部屋を出ていってしまった。
『なによ! エフってば・・・。』
マリナは自分が望んでいる訓練ができない苛立ちを、八つ当たりのようにエフにぶつけていた。 頭に血が上ったまま、大きな足音を立てて訓練室へ向かっていく。
区画内をしばらく歩き、訓練室前に到着したマリナ。 扉が自動で開く範囲に入り、ゆっくり訓練室内を見渡すも、室内は無人で静まり返っている。
「・・・はぁ・・・。」
『・・・ちょっと前までは、室内の中央で、1号が出迎えてくれていたのよね・・・。』
マリナはため息をつき、その情景を思い出しながら模造武具置き場へ向かう。 そして、模造武具置き場の前に到着すると、
「・・・はぁ・・・。」
と、再びため息交じりで、模造武具の「ロングソード」と「ラージシールド」を取り出した。 その後、左前腕に「ラージシールド」を固定させ、左手で「ロングソード」の刀身部分をつかみ、今度は訓練室の広間中央へ向かう。 広間中央に着くと、右手のみで頭部覆いと「面」を装着し、「ラージシールド」を胸前に構え、右手に持ち替えた「ロングソード」は腰下で引き気味の姿勢を取る。 そして、暫し呼吸を落ち着かせ、
「せやっ!」
と、大声を上げ、「ロングソード」を上段から大振りする。 次に右側から左に大振り、振り向きながら一直線に突きを繰り出した。 しかし、そこから一旦手を止め、
「・・・はぁ・・・。 ひとりで訓練しても・・・。 ある程度は集中できても、限界があるし・・・。」
と、マリナは構えを解きながらぼやいてしまう。 が、
「・・・いやいや・・・。 こんな時こそ、集中・・・集中・・・。」
と、気を取り直し、再び模造武具を構えると、ひとり黙々と訓練を続けるのだった。
昼食の休憩後、マリナは散歩に出ようと、ひとりで食事部屋を出た。 散歩と言っても外出するわけではなく、1号機の格納庫区画を出発して、2号機格納庫の出入り口手前、3号機格納庫の出入り口手前と順に巡り、6号機格納庫の出入り口手前まで、全ての格納庫の出入り口を巡った後、1号機格納庫区画へと戻ってくる道のりだ。 自分の機体や操機補1号が回収されてしまって以降、この散歩がいつの間にか、マリナにとっての昼食後の日課になってしまっていた。
『・・・さて・・・。 それじゃあ、今日も、実りの無い散歩に出発しますか・・・。』
1号機格納庫の出入り口に着いたマリナは、自身を皮肉るような気持ちのまま、覇気の無い表情でゆっくりと歩き出す。
各区画連絡通路をゆっくりした足取りで歩き、まずはいつものように2号機の格納庫区画へ向かう。 そして、シャッターで封鎖されている2号機格納庫の出入り口前まで来ると、シャッターを軽く二度ほど叩く。 暫し後、何の反応も無いのを確認すると、各区画連絡通路へと戻って行き、今度は3号機格納庫区画へ向かって歩き出した。
『・・・あ~あ・・・。 何やってるんだろう・・・。 私・・・。』
誰もいない・・・、「人」すらいない広々とした通路を眺めながら、マリナはそんなことをぼんやり考えながら歩いていた。 そして、
『・・・あと何日かこのままなら・・・、私も、遠地で休養させてもらえるか、「操機戦管理」に聞いてみようかな・・・。』
そんな弱気なことを考えていると、マリナはふと、ここに来る以前の・・・、操機に関わる前の生活を思い出してしまう。
毎日毎日、姉と共に『剣道』の練習に明け暮れる日々。 マリナの家は、代々『剣道』に携わる一家だった。 だが時節柄、マリナや姉以外に『剣道』を習う人間はおらず、練習相手といえば、姉や父、たまに母が相手をするくらいであった。 その一方で、マリナ自身は『剣道』よりも、幼い頃に昔の映像で見た、西洋の古代から中世にかけての『剣術』に興味津々だった。 その映像を見て以降、親の目を盗んでは、姉を相手に竹刀で『剣術ごっこ遊び』のようなことをして、『姉に言いつけられて親に怒られる』というようなことを繰り返していた。
年月が経ち、姉と『剣術ごっこ遊び』もしなくなったある日、『操機主候補募集』の通知がマリナの目に入る。 毎日変化の無い生活を変えたかったマリナは、すぐさまその募集に応募する。 そして仮採用通知を受け取ると、そのまま家出同然に、家を飛び出してしまったのだった。 それ以来、家には一度も帰っていないし、連絡も取っていない。
『・・・休養か・・・。 それとも一旦、家に戻ってみるかな・・・。 みんな、どうしているかな・・・。』
と、マリナは故郷の景色を思い浮かべ、郷愁に駆られる。 が、
『・・・。』
一瞬、子供のころの・・・姉との嫌な記憶を思い出し、
『・・・いやいやいや! 私は、絶対に帰らないぞ!』
と、郷愁を抑え込み、強がってみせる。 だが、そんなことを考えていると、3号機格納庫の出入り口シャッターを叩く手につい力が入ってしまい、通路内に鈍い音が響き渡る。
「・・・あっ・・・。」
大きな音を響かせてしまったマリナは焦った表情になり、左右を見渡した後、3号機格納庫の出入り口から逃げるように走り去った。 しかし、各区画連絡通路に戻ると、再び覇気の無い表情となり、ゆっくり4号機格納庫の出入り口へ向かう。
「・・・4号機格納庫出入り口のシャッター、問題無し・・・。」
と、4号機格納庫出入り口のシャッターを軽く叩き、何の反応も無いのを確認すると、
『・・・はぁ・・・。 今日も、何の変化も無いわね・・・。』
と、いつもと変わらない、各機の格納庫の巡回になると思っていたマリナ。
だが、今度は5号機格納庫の出入り口に向かおうと、各区画連絡通路から角を曲がった時だった。 ある変化に気付く。
『・・・あれ・・・? 5号機格納庫・・・。 出入り口のシャッターが、上がっているように見えるけど・・・?』
両手を頭の後ろに組んで歩いていたマリナだったが、違和感のある光景に、手を降ろして歩みを止める。 そして、はるか先でシャッターが上がっているように見える5号機格納庫の出入り口へと目を凝らした後、ゆっくり近づいていく。
『・・・やっぱり・・・。 なんで、シャッターが上がっているの・・・。』
マリナは5号機格納庫の出入り口付近に到着し、シャッターが上がっている状況を不思議に思う。 暫し、5号機格納庫の出入り口に立ち尽くして周囲を見回した後、格納庫の奥に続く真っ暗な通路に目を細め、じっと眺める。
『・・・う~ん・・・。 「操機戦管理」が、間違って・・・開けてしまったのかな・・・?』
シャッターが上がっている以外は何も変化が無いように見えたマリナは、「操機戦管理」に対し、『5号機格納庫出入り口のシャッターが上がっている』ことを告げようと、襟のマイクに手を掛ける。 だがその時、5号機格納庫の奥から、何かの音が響いてきた。
「ん・・・? 足・・・音・・・?」
やがてマリナの耳には、身軽そうな足音が徐々に近づいてくるように聞こえる。 すると一拍後、暗かった通路の奥に照明がともると、黒い服の「人」が一体、小走りでこちらへ近づいてくるのが見て取れる。 その「人」を注視したマリナは、
『えっ! ・・・なんで、「人」が白い「面」をっ!?』
と、近寄って来ている黒い服の「人」が、白い「面」を付けているように見えたため、一瞬どきりとするも、
『・・・そう・・・か・・・。 17号・・・か?』
と、辛うじて思い出す。 黒い服に、白い「面」。 「人」操機主の17号と18号が付ける、この建物内だけの専用の装備品だ。 そうこうしているうち、近づいてきていた白い「面」を付けた「人」は、マリナの目の前で立ち止まり、
「こんにちは、マリナ。 何か御用ですか?」
と、若々しい女性の声色と明るい口調で、マリナに向かい話しかけてきた。 一方、話しかけられたマリナは、
『・・・あれっ!? 17号って・・・、こんな声・・・だったかしら・・・? それに、話し方も・・・?』
と、自身に起こっていることが理解できず、驚いてしまう。 目の前に立っているのは、恐らく「人」操機主の17号なのであろう。 改めて冷静に見てみると、背丈はマリナ自身より低いが、操機補3号や4号よりは背が高そうだ。 そして、なにより驚いた・・・いや、違和を感じたのは、17号の声色や口調だ。 シロからも話を聞いてはいたが、確かに、マリナ自身が記憶する17号とは、声色や口調が違う気がする。 ただ、マリナも「人」操機主17号に直接会うのは、今回が二度目だと記憶していた。 初めて会ったのは、ここに来た時、全操機主と全操機補の顔合わせをした時だ。 そして、ふと、
『17号なんだけど・・・。 口調・・・というか、話し方が、顔合わせ時に聞いたのと違って聞こえるんだ・・・。』
静養に出発する前のシロが言っていたことを思い出すと、顔合わせ時の「人」操機主17号の声色や口調と、今、目の前で聞いた17号の声色や口調は、マリナ自身にも違って聞こえるように思えてくる。 だがその一方で、何せしばらくぶりのことなので、自身の記憶も怪しく思えてきてしまう。 そうこうしていると、
「マリナ?」
と、目の前の白い「面」を付けた「人」は、マリナに向かって再び話しかけてくる。 一方、目の前の「人」を見つめたまま立ち尽くしてしまっていたマリナは、はっと気付かされたようになった後、
「・・・ああ・・・。 えっと・・・、操機主・・・17号・・・だよね・・・。」
と、困惑した表情とたどたどしい聞き方で話しかける。 すると、
「は~い。 私は、17号です。 何か、御用ですか?」
と、17号はマリナに対し、再度、明るい口調で訪問の目的を聞いてきた。
「えっ!? っと・・・。 御用っていわれても・・・。 いや・・・、用事があって来た・・・わけじゃないんだけどね・・・。」
片や、再びたどたどしい口調で答えるマリナ。 17号の白い「面」を見ながら話すも、
『・・・黒い服に・・・白い「面」・・・。 17号を見ながら話していると、なんだか、妙な気分になってくるわね・・・。 見慣れていないだけ・・・なのかしら・・・?』
と、自身が混乱し、違和を感じている原因を冷静に考えようとする。 しかし、考えを巡らせる間もなく、
「あの、御用が無いのでしたら、私は待機場所に戻りますね。」
と、17号は身じろぎせず、マリナをわずかに見上げながら明るい口調で話しかけてくる。 一方、17号の話を聞いたマリナは、少々焦り気味に、
「ちょ・・・っとまって! まず、どうして17号がここにいるの?」
と、両手を使って17号を引き留めるような仕草をしつつ、焦った口調で質問をした。
「『管理』から、『5号機格納庫区画内で待機していなさい』と言われ、待機中です。」
と、明るい口調で答える17号。 すると、
『・・・17号の話し方・・・。 顔合わせ時に聞いた、『感情のこもっていない話し方』ではないから・・・、普通に、人間と話しているように感じてしまうわね・・・。』
などと、マリナは17号の話し方にも違和を感じつつ、
「『管理』って・・・、『操機戦管理』のこと?」
と、落ち着いているように装い、冷静な質問を返す。 すると、
「はい。」
と、またも明るい口調で返答する17号。 片や、マリナは返答した17号から視線を外し、改めて周囲をぐるりと見渡した。 そうすると、
『17号と5号は、いつも一緒にいる。』
と、またもシロが話していたことを思い出したマリナ。 しかし、周囲には何の人影も無く、17号しかいない状況を見て、操機補5号のことを尋ねてみようと、
「え~っと・・・。 今日は、操機補の5号は・・・一緒じゃないの?」
と、年少の子供に話しかけるような口調で質問をしてみる。 すると、
「5号はまだ、点検中です。」
と、17号は一転して、どこか寂しげな口調で答える。 そんな17号の声を聞いたマリナは、
「そう・・・なんだ・・・。」
と、同情するような答え方をしてしまう。 そこからマリナは腕を組み、
『・・・「操機戦管理」から、待機を命じられている17号・・・。 操機補の5号はいない・・・。 そうすると・・・。』
と、頭の中を整理し、今の状況をようやく受け入れられるようになる。 すると、ふと、妙案の断片が思い浮かび、
「・・・ねえ・・・、17号。 さっき、待機中って言っていたけれど、何処かでおとなしくしていないと駄目なの?」
と、17号に一歩近づき、自分より頭一つ分ほど背の低い17号を見降ろしながら話しかける。 一方、
「いえ。 私には、5号機格納庫区画内での待機指示が出ているだけです。」
と、近づいてきたマリナを見上げるように、にこやかに答える17号。 片や、17号の回答を聞いたマリナは、
「・・・そうなんだ・・・。 この区画『内』での、待機なんだ・・・。」
と、含みのある言い方をして、暫し考えた後、
「・・・それなら・・・、ちょっと、私に付き合ってよ・・・。」
良からぬことを思いつき、含みのある微笑みを浮かべながらそう告げると、自身の両手を17号の両肩に軽く乗せる。 一方、そんなマリナの微笑みを見た17号は、首を右に傾げて一言、
「はい?」
と、マリナに対し、回答とも質問ともつかない返事をした。
マリナと17号は5号機格納庫区画内を連れ立って歩き、訓練室前にやって来た。 訓練室の扉前に到着するや否や、
「ああ、やっぱり! 1号機から4号機まで、格納庫区画の作りが同じだから、まさかとは思ったけど・・・。 5号機の区画内にも、訓練室があるんだ・・・。」
マリナは驚嘆したように告げると、自動で開いた扉から、勝手に訓練室内に入って行ってしまい、
「ねえ、17号。 ここ、使ってるの?」
と、室内を見渡しながらも、室外にいる17号に問いかける。
「いえ。 私は、この部屋を使ったことはありません。」
と、マリナの後を追って訓練室に入ってきた17号は、はっきりした口調でマリナの質問に答えた。 一方、17号の答えを聞いたマリナは、そのまま室内の周囲を見渡してみる。 マリナの使っている訓練室と同一の造りであり、床に埃が積もっているわけでもなく、掃除も行き届いていて、きちんと手入れされているのが見て取れた。 そして、マリナは17号をちらりと見た後、
「・・・そうなんだ・・・。 それじゃあ・・・。」
にこやかな口調で呟くように話すと、訓練室内にある模造武具置き場に早足で向かう。 その中から模造武具の「ショートソード」、「スモールシールド」を順に取り出すと、両手で抱え、出入り口付近に立っている17号へと近づいて、
「はい、これ。 『人』とはいえ、操機主をしているんだから、『模擬手合い』、できるんでしょ。 一つ、手合わせ願えるかしら?」
マリナは嬉々としてそう告げると、両手で持っていた模造武具の「ショートソード」と「スモールシールド」を差し出す。 一方、模造武具を差し出された17号は、暫し考え込んだかのように動かなかった。 だが、
「は~い。 『管理』から、許可を得ました。」
と、唐突ににこやかな口調で告げ、マリナの差し出している各模造武具を受け取ると、左前腕に「スモールシールド」を装着し、右手で「ショートソード」を握る。
『おお! 「人」なのに、模造武具を普通に所持できるんだ・・・。 それなら模擬手合い、出来そうね。』
模造武具を渡し終えたマリナは期待に胸を膨らませ、小走りで模造武具置き場の前へと戻ると、置き場内から「ラージシールド」を取り出し、手早く左前腕に装着する。 その後、「ロングソード」も置き場内から取り出して左脇に抱えると、訓練室の広間中央に向かい、
「それじゃあ、17号もこっちに。」
と、右手を翳して訓練室の広間中央へ17号を誘う。 一方、マリナに誘われた17号は、ゆっくりした足取りで広間中央に近づき、マリナから五~六メートル離れた位置に立った。
「おお、心得ているわね。 『人』とはいえ、さすが操機主さんね。」
と、マリナは17号に対し、冷やかすようなことを言ってしまう。 片や、17号は何も答えず、「スモールシールド」を胸前に、「ショートソード」を腰下に引きながら静かに身構えた。 その姿を見たマリナは、
『あら・・・? ずいぶんと、攻撃的な構え・・・。』
そう思った次の瞬間、なぜか背筋が凍るような感覚に襲われる。 だが、気を取り直し、
「・・・えっと・・・。 それじゃあ・・・、私が合図をしたら、模擬手合い開始でいいかしら・・・?」
と、怯えたような口調で、辛うじて17号に話しかけた。
「どうぞ。」
一方の17号からは、今までの明るい口調とは打って変わり、低い声色で、落ち着いた口調の回答をしてくる。 その低い声色を聞いたマリナは、ふと、
「・・・あの・・・。 模擬手合いなんで、寸止めでお願いしますね・・・。 わかるわよね、寸止め・・・。」
と、何故か不安に駆られ、咄嗟に再確認するような『寸止め』の依頼を出したのだった。 だが、17号に話したあとで、マリナは、
『・・・あれ・・・? 私・・・、なんで、こんな事をしたのだろう・・・?』
と、どうしてそんなことを言ったのか、自分でも理由が分からなくなっていた。 しかし、
『・・・でも・・・。 あのまま模擬手合いを始めていたら、確実に、模造武具で殴打されていたような・・・。』
ふと、そんな錯覚が、不意に脳裏をよぎる。 だが一方で、
『・・・いやいやいや・・・。 そんなわけ、ないわね・・・。 相手は人間じゃない、「人」よ・・・。』
と、17号の黒い服や「面」を付けた姿を冷静に眺め、考え直したマリナだった。 が、
「わかりました。」
マリナに答えを返す17号の声色は、相変わらず低いままだ。 片や、その声を聞いたマリナは、再び背筋が凍るような感覚に襲われ、
『・・・どうしたの、私? 怖気づいた?』
と、急に自身の戦意が失われていくのを感じる。 しかし、自分で事を進めた以上、
『・・・もう・・・、やるしかないでしょ!』
と、改めて自らを奮い立たせ、少々震える右手で頭部覆いと「面」を装着した後、左脇に抱えていた「ロングソード」の柄を右手で握る。 そして左前腕の「ラージシールド」と共に胸前に構え、防御重視の姿勢を取り、
「ふぅ・・・。 それじゃあ、構えて。」
と、一呼吸置いて気を楽にし、穏やかな口調で告げる。 そして、17号も模造武具を構えたままなのを確認した、一拍後、
「始め!」
と、マリナは訓練室内に響き渡るくらいの大きな声で開始を告げる。 だが、
『・・・17号には申し訳ないけど、まずは様子見で・・・。』
とりあえず17号の出方を見ようと、マリナは防御重視の姿勢のまま、その場から動かずに様子を見る。 一方の17号も、最初に「ショートソード」、「スモールシールド」を構えた姿勢のまま、微動だにしない。
『・・・そういえば、17号は、自ら攻めてくることはなかったわね・・・。』
睨み合いになってからしばらく後、マリナはふと、過去の17号との手合いを思い出す。
『手合い3回目の18号のように、いきなり猛攻を仕掛けてくるかと警戒したけど・・・。 考えすぎだったかしら・・・。』
マリナはそう考えると、「ロングソード」と「ラージシールド」を胸前に構えたまま、
『・・・それなら・・・。』
と、ゆっくりした足取りで一歩、一歩と、17号との間合いを詰め始める。 そして、武具の間合いに入るや、「ロングソード」を素早く上段に振り上げつつ踏み込み、
「せやっ!」
と、17号の頭上に振り下ろそうとする。 片や、17号はマリナの上段攻撃を予測していたかのように、マリナの右腕が動くより早く、「スモールシールド」を頭上に構える。 一方、マリナは上段からの攻撃を寸止めしようと、振り下ろした「ロングソード」を17号の頭上で止めようとしていた。 だが、17号が「スモールシールド」を頭上に構えたため、マリナの「ロングソード」は「スモールシールド」とわずかに当たってしまい、模造武具同士の軽い接触音が訓練室内に響く。
「あっ・・・。」
と、17号の「スモールシールド」に攻撃を当てたようになってしまったマリナは、『自分で寸止めを申し入れたのにもかかわらず、攻撃を当ててしまった』事態に驚き、呆然となってしまった。 片や、17号はその隙を逃さず、「ロングソード」を振り上げてがら空きになったマリナの右脇腹に向かい、無言で「ショートソード」の素早い突きを放つ。 その突きは、「ショートソード」の剣先が、マリナの服に当たるか当たらないかの位置で止まった。
『う・・・。』
一方のマリナは、17号の体が僅かに動いた後、ぴたりと動かなくなったのを見て、ゆっくり視線を落とす。 すると、自分の右脇腹付近に、模造武具の「ショートソード」剣先があることに気付き、思わず息を吞む。
『・・・まぐれ・・・だよね・・・。』
と、マリナは自身へ起きていることに少々戸惑い、
「・・・そう、そう・・・。 寸止め、上手いじゃないの・・・。」
などと、戸惑いを誤魔化すような軽い口調で17号に話しかけた。 その後すぐ、何事もなかったかのように、
「それじゃあ、もう一度、構えからやってみましょうか・・・。」
マリナは引きつった口調でそう告げると、17号に向き合ったまま、後ろ歩きで二~三歩離れる。 片や、
「わかりました。」
と、17号は相変わらず低い声色で返事をし、マリナに向きあったまま後ろ歩きで二~三歩下がると、先ほどと同じように、「スモールシールド」は胸前へと構え、「ショートソード」は腰下に引いた姿勢を取った。 その構えを見たマリナは、
『今度こそはっ!』
と、悔しそうに心の中で叫びつつ、左前腕の「ラージシールド」を胸前に構え、
「・・・ふぅ・・・。」
と、ゆっくり息を吐いた後、
「構えて! 始め!」
と、少々力んだ声で再び手合い開始の合図を告げる。
『さっきは一寸油断しただけ! 冷静になれば・・・。』
そう思っていたマリナだったが、今度は一転、17号が「スモールシールド」を胸前に構えたまま、一直線に突進してきた。
「えっ!?」
自分自身で、『油断がどうのこうの』と思っていたマリナだったが、まさか17号が突進してくるとは思わず、咄嗟に「ロングソード」と「ラージシールド」を体に引き寄せ、突進を受け止めようと強張ったように構える。
「くっ!」
模造武具同士の軽い接触音が訓練室内に響き、17号の突進攻撃をまともに受けてしまったマリナ。 だが、17号の体重が軽かったためだろうか、それとも突進力が弱かったためだろうか。 マリナは転倒せず、「ラージシールド」と自身の踏ん張りで、17号の突進を止めた。 両者の盾がぶつかった後は、マリナ、17号とも、押しつ押されつ、力比べのような状態になってしまう。 しかし、17号の押し込みが非常に弱いことを感じ取ったマリナは、
『・・・この程度なら!』
そう考えると、17号を押し返し、さらに押し倒そうと、左前腕の「ラージシールド」に力を込める。 片や、17号もマリナが「ラージシールド」で押し込んできているのに対抗し、どうにか押し返そうと、「スモールシールド」を支える左前腕に力を込めている。 が、
「せやっ!」
と、マリナは掛け声と共に、「ラージシールド」を外側へと力任せに振り抜く。 一方の17号は、力任せに振りぬかれた「ラージシールド」の勢いに耐えきれず、よろよろとよろめいた挙句、訓練室床へ座り込むように倒れこんでしまった。 それを見たマリナは、
『もらった!』
と、倒れている17号に対し、追撃をしようと一歩踏み込む。 しかし、
『・・・いや、待って! 模擬手合いで、倒れている相手に追い打ちをかけても・・・。』
と、冷静に考え直し、それ以上の踏み込みを止めると、17号に「ラージシールド」を向けていた姿勢から一転、「ロングソード」をゆっくりと左脇で抱え込む。 そこから少し屈みこむと、空いた右手を17号に差し出し、
「・・・大丈夫? 立てる?」
と、心配そうに問いかけた。
「大丈夫です。」
片や、17号は低い声色で答えると、マリナの差し出した右手は取らず、左右の武具を握ったまま器用に立ち上がる。 その様子を見たマリナは、
『怪我・・・じゃなくて、損傷したとかは無さそうね・・・。』
そう判断し、
「・・・それじゃあ、再開できるかしら?」
と、穏やかな口調で告げ、再度「ラージシールド」と「ロングソード」を胸前に構える姿勢を取った。
「はい。」
一方の17号は低い声色で答えると、またもや「スモールシールド」を胸前に、「ショートソード」を腰下に引いて身構える。 片や、マリナは17号が模造武具を構え終えたのを確認すると、
「構えて! 始め!」
と、三度目の手合い開始の合図を力強く告げる。 今回は、暫しの睨み合いとなっていたが、17号は不意に「ショートソード」を顔の高さまでゆっくり掲げると、切っ先をマリナに向けた。
『・・・何を仕掛けてくるのかしら・・・。』
などと考えていると、17号は突然マリナに向かって短く踏み込み、掲げた「ショートソード」で猛然と突きの連撃を放ってきた。
「なっ!」
『しまった! 開始の距離を取らなかったから・・・。』
マリナは後悔の念を抱えながらも驚きの声を上げ、防戦一方に追い込まれてしまう。
「くっ・・・。」
軽い音を一定の間隔で立てている「ラージシールド」越しに、17号の連撃をわずかに見るが、反撃に転じられそうな隙がない。
『「ラージシールド」に当たっている一回一回の剣戟・・・。 寸止めのつもりなの? 盾表面にかすかに触れるような剣戟・・・。 だけど、如何せん、この手数・・・。』
などと思っていたマリナだったが、ふと、
『・・・ちょっと待って・・・。 これ、18号と3回目に対峙した時の・・・「盾にだけ攻撃」をしている状況に似ているわね・・・。』
などと、聞こえてくる音の間隔に耳を澄まし、そんなことを思い出す。 そうすると、頭の中に一つの策が浮かび、
「それならっ!」
マリナはそう叫ぶと、操機6号機の3回目手合い時同様、17号が放つ突きのタイミングを見計らい、「ラージシールド」を自身の左側に力強く振り抜く。 かつて操機6号機の剣戟を逸らし、重心を崩した策だ。 しかし、
「えっ!?」
マリナの思惑は外れてしまった。 「ラージシールド」を振り抜いた瞬間、17号はマリナの動きを見抜いていたかのように、突き攻撃をしてこなかった。
『しまった!』
「ラージシールド」を外側に向けて力強く振り抜いてしまい、マリナの体は17号から丸見えになってしまう。
『防御!』
咄嗟に危機を感じ取ったマリナは、右手の「ロングソード」で体正面を防御する。 だが、17号はマリナが「ロングソード」で防御するのも見抜いていたかのように、冷静に「ロングソード」の刀身を「ショートソード」で払い、「ロングソード」をマリナ自身の右側に弾いてしまう。 その状態から、17号はマリナに向けて突き攻撃を放つ。 狙いは、マリナの首元付近。 鋭く放たれた「ショートソード」の一撃は、マリナの首元、わずか数センチ手前で静止した。
「・・・う・・・ぐ・・・。」
喉元付近に突き付けられた「ショートソード」に視線を落とし、マリナは言葉にならない声を上げる。 一方、その声を聞き取ったかのように、突き付けた「ショートソード」をゆっくりと下げ、直立の姿勢になる17号。
「・・・くっ! ・・・もう一回よっ!」
片や、模造武具を構えた姿勢を解いてしまった17号に向かい、マリナは悔しそうに声を張り上げた。
その後も、マリナと17号は訓練室で模造武具を使った手合いを続けた。 だが、十手合い目を終えた時点で、マリナは17号に対し、わずか三回しか勝てないという、惨敗の状況になっていた。 特に、手合い五回目以降に連敗を重ねたマリナは、この惨敗に納得がいかず、
「はぁ・・・はぁ・・・。 もう一回!」
と、荒い呼吸をしながらも我を忘れ、十一手合い目を申し込む。 だが、
「マリナ。 息が上がっているようですね。 休憩にしましょうよ。」
と、17号から低い声色で冷静に告げられてしまう。 一方、自分の呼吸や疲労具合を省みたマリナは、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・。」
と、息が整ってくると、次第に冷静さを取り戻していき、
『・・・確かに・・・。 相手は、「人」・・・。 このまま手合いを続けていたら、こちらの体力が持たない・・・。』
そう判断し、
「・・・。」
と、17号に対して何も答えず、「面」と頭部覆いを乱雑に取り去り、奥歯を噛みしめて訓練室内にある休憩用の椅子へ向かおうとする。 しかし、
『・・・17号と一緒なのは・・・気まずい・・・わね・・・。』
ふと、そう思い、
「ふう・・・。 17号。 今日は、これで引上げさせてもらうわ。 また明日、模擬手合いをお願いできるかしら?」
と、マリナは17号に負け越して頭に血が上っているにもかかわらず、平静を装い、息を整えながら17号に話しかけた。
「は~い、わかりました。 それでは、明日もよろしくお願いしますね。」
片や、先ほどまでの低い声色とは打って変わり、元の明るくにこやかな口調で答える17号。
一方のマリナは17号の返事を聞くと、「ラージシールド」を左前腕から外して「ロングソード」と共に抱え、模造武具置き場に向かって奥歯を噛みしめながら歩いていく。 その後、各模造武具を置き場内の元の位置に戻し、訓練室の出入り口へ向かってゆっくりと歩いていった。 すると、マリナは出入り口へ向かう途中、後から気配・・・いや、足音のような物音が聞こえてくるのに気付く。 不思議に思ってゆっくり振り向くと、17号が冷水の入った容器を両手で抱え、すぐ後ろをついて歩いてきていた。 そして、
「水分を取ってください。 あと、格納庫の出入り口まで見送りますね。」
と、17号は振り向いたマリナに冷水の入った容器を差し出しながら、明るい口調で話しかけてくる。 片や、冷水の入った容器を差し出されたマリナは、17号の「面」から視線を外し、
「・・・ありがとう・・・。」
と、無感情に小声でぼそぼそと答えると、差し出されている容器を右手で受け取った。
その後は暫くの間、5号機格納庫内の通路を、奥歯を噛みしめて背中を丸めたマリナが先行し、17号がその後ろという並びで、互いに無言のまま格納庫の出入り口に向かって歩いていく。 やがて、5号機格納庫の出入り口が間近になると、
「マリナ。 格納庫の出入り口なので、私はこれで失礼しますね。」
と、17号は後方から、明るい口調でマリナに声をかけてきた。 一方、その声を聞いたマリナは立ち止まって振り向き、17号をちらりと見た後、
「・・・。」
何も答えず、すぐに正面を向いて歩き出す。 だが、ふと、
『・・・あの声・・・。』
今日、17号と会った時の違和感が、ふたたび脳裏をよぎる。 すると、静養に出発する前のシロが、
『・・・17号の声色にも違和感はあるんだが・・・。 素顔・・・と言うか、頭部全てが、別「人」のようになった気がするんだ・・・。 まるで、交換したかのように・・・。』
そんなことを話していたのも、ふと思い出す。 すると、
『・・・確かに・・・。 17号に会ってから、ずっと感じている違和感・・・。 素顔・・・。確かめてみるか・・・。』
マリナは自身が感じていた違和感の正体と、シロが言っていたことの意味を確かめようと立ち止まる。 一拍後、ゆっくりと振り向き、後ろで立ち止まっている17号へと少し歩み寄り、
「・・・あの・・・17号。 素顔・・・『面』を外して、見せてもらえるかしら・・・。」
マリナは少々屈みこみ、17号の白い「面」を直視しながら無感情に話しかける。 一方の17号は、暫しの間をとった後、マリナに言われた通り、ゆっくりと白い「面」に両手をあてて顔から外す。 その後、頭部覆いも完全に取り去ると、
「これでいいかな。」
と、明るい口調で答え、微笑んだ素顔でマリナを見つめる。 一方のマリナは、17号の「人」特有の整った顔に見とれてしまい、
「・・・。」
と、何も言葉を発することが出来ず、固まったようになってしまう。 赤茶色の緩く波打つ綺麗な長い髪。 理想的な目鼻立ちと、可憐で小さな口元。 染み一つ無い肌。 理想の女性像が、そこにある。 マリナは、『17号の素顔』を過去の記憶と比べるどころか、息をすることすら忘れそうになるくらい、その素顔に見惚れてしまっていた。
「あの、もう、『面』を付けていいですか?」
いかばかりかの時間が経っただろうか。 突然、17号は明るい口調でマリナに話しかけてくる。 片や、17号に話しかけられ、我に返ったマリナ。 自身の頬が、少々火照っているのに気付くと、
「・・・えっ! ・・・ああ・・・。 そう・・・ね・・・。 もう、『面』を付けていいわ・・・。」
と、17号の素顔から視線を外し、たどたどしい口調で答えるのが精一杯だった。 一方、17号はマリナの返事を聞くと、髪の毛を纏めて頭部覆いを被り、白い「面」を付け直す。 そんな17号の仕草を、横目でちらちら見ていたマリナだったが、不意に、
「・・・それじゃあ、17号。 また、明日・・・。」
と、小声で早口気味に告げると、身だしなみを整えている最中の17号を置き去りにするように、5号機格納庫の出入り口から走り去ってしまった。
5号機格納庫の通路から各区画連絡通路に着いたマリナは、壁に寄りかかり、冷水の入った容器を頬に当てながら、色々な思いにふけっていた。 『模造武具手合いで惨敗した』こと。 そして、『17号の理想的な素顔に対する嫉妬』。
『・・・なんだか・・・全てにおいて、完敗したような気がする・・・。 見るんじゃ・・・なかったな・・・。 同性形状の「人」の顔なんて・・・。 きれいな顔してたな・・・。 少し前の・・・サリナ姉さんみたいに・・・。 なのに、どうして、私は・・・。』
マリナは左右の頬を冷水の入った容器で交互に冷やしながら、そんな思いに沈み込んでしまう。 そして、いかばかりかの時間が経っただろうか。 17号の素顔に抱いた嫉妬が、自身への劣等感だということに気付くと、
「・・・そうか・・・。 だから、「人」は、「面」を付け・・・、素顔を隠しているのか・・・な・・・。」
と、冷水の入った容器を頬から外して呆然と見つめながら、悲し気にひとり呟くのだった。
その日の夕食。 自身の1号機区画に戻り、食事部屋で夕食が出されるのを待っていたマリナ。 暫くすると、六脚「人」を従えたエフが食事部屋奥から出てきて、マリナの使っているテーブルへと歩み寄り、
「午後は、どうしていたのですか? いつもの散歩からの戻りが、遅かったじゃないですか?」
と、背を向けているマリナに、穏やかな口調で話しかけた。 一方、食事部屋の窓に何も投影させず、窓に映る自分の姿を、虚ろな表情で眺めているようなマリナは、
「・・・ああ・・・。 今日・・・、『人』操機主の・・・17号に・・・会ってね・・・。」
と、話しかけているエフには振り向かず、窓に映る自分の姿に語りかけるように、聞こえるか聞こえないかの小声で無感情に話す。
「それで。 17号との間に、何か問題が発生しましたか?」
エフは六脚「人」の腹部にある収納箱から料理を乗せた皿を取り出し、テーブル上に手際よく並べつつ、マリナを冷やかすような口調で問いかける。 一方、マリナは身じろぎせず、窓に映る自分の姿を眺めたまま、
「・・・ああ・・・。 よく・・・わかった・・・わね・・・。」
と、またも聞こえるか聞こえないかの小声で話す。 片や、エフは小声のマリナを気にしていないように、食事の準備をさらに進めつつ、
「まさか、17号と手合いでもして、惨敗したとか?」
再度、冷やかすような口調でマリナに問いかける。 一方、問いかけられたマリナは、再度のエフの問いかけにも一切体を動かさず、
「・・・。」
と、口をわずかに開くか開かないかで、ぼそぼそと何かを囁いた。 その声はあまりにも小さく、さすがに「人」であるエフにも、マリナの囁いた言葉は聞き取れなかったようだ。 それ以降、エフは粛々と食事の準備を進め、全ての準備が整うと、
「マリナ。 食事の用意ができました。 ゆっくり召し上がってください。」
と、いつも行っている料理の説明をせず、穏やかな口調でそう告げた後は、六脚「人」を従えて食事部屋奥へと消えていった。
片や、エフが食事部屋奥に引き上げてもなお、テーブル上の料理に手を付けず、窓に映る自身の姿を呆然と眺め続けているマリナ。
それから、いかばかりかの時間が経っただろうか。 料理が冷めてしまった頃、マリナはひとり小声で、
「・・・全てが・・・負けだった・・・。 完敗だったわ・・・。 私・・・、また、勝てないのかな・・・。 どうすれば・・・いいかな・・・。 エフ・・・。」
明けて翌日の朝。 虚ろな意識から目覚めたマリナ。 心の奥底で、まだ、昨日の『17号との手合いで惨敗したこと』を引きずっているのを自覚する。
「・・・はぁ・・・。」
何もしたくない、落ち込んだ気分だった。 それでもどうにか体を起こし、不機嫌な表情で辺りを見渡すと、寝具の枕元にある通信装置に、一件の文字通知が届いていることに気付く。
「・・・何の通知よ・・・。 こんな、朝早い時間に・・・?」
無視してもよかったのだろうが、マリナは不機嫌な表情のまま、枕元に近寄って通信装置の通知内容を確認する。 ところが、通知の内容を見た途端、
「・・・!」
と、それまでの落ち込んだ気分を吹き飛ばすかのように、マリナは嬉々として寝具上で力強く立ち上がる。 そして、就寝していた下着同然の姿のまま、自分の部屋を飛び出して行ってしまった。
マリナが全力疾走で向かった先、自身の訓練室前にたどり着くや、扉が自動で開く。 そこから見える訓練室内の中央には、黒い操機補服に黒い「面」を付け、見慣れた背丈でがっしりした体格の「人」が立っていた。 久方ぶりに見るその「人」は、マリナの姿を確認すると、
「戻りました。 ご主人。」
と、青年男性のような声色で、冷静に告げてくる。 片や、聞き覚えのある声で呼びかけられたマリナは、
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 1・・・号・・・。」
息を整えながら震える声で呟くと、半べそのような表情になりながらも涙は流さず、ゆっくり操機補1号の立つ室内中央に近づいて行く。 だが、
「ご主人よ。 感動の再会はいいのですが、その格好は、何とかしませんか?」
と、1号は冷静な口調でそう告げ、右手をマリナに翳してきた。 一方、1号から指摘されたマリナは、
「えっ!?」
と、一瞬戸惑い、冷静になって、自身のあられもない姿をまじまじと眺める。 すると、次第に顔が赤くなり、
「・・・あはは・・・。 ちょっと、浮かれ・・・すぎたかな・・・。」
と、恥ずかしそうに小声で告げる。 同時に、下着姿同然の身体を両手で隠すようにした後、
「・・・着替えてくる!」
そう叫ぶと、再び全力疾走で訓練室を出ていくのだった。
マリナは操機主用の服に着替え、再び訓練室に戻って来た。 そして、1号を訓練室奥の休憩椅子に座らせると、
「話せない部分もあるかもしれないけど・・・、まずは、『操機戦管理』に回収されていた時の事、聞かせてもらえるかしら?」
と、マリナも1号の右隣りに座りつつ、穏やかに話しかけた。 一方、話しかけられた1号は、しばしの間後、「面」越しにマリナを見つめるように、
「残念ながら、回収されていた期間の事で、お話しできることは、ほぼありません。」
と、冷静な口調で話す。
「・・・まあ・・・、そうよね・・・。」
と、予想できた1号の回答に対し、マリナも納得の口調で応じた。 その後、一旦天井付近を見上げて考えたようになった後、続けて、
「う~ん・・・。 それなら・・・、何か・・・、『ここが改善された』とか・・・話せる部分は無いの?」
と、視線を1号に戻しつつ、身を乗り出すように尋ねる。 すると、
「では、お話しできる部分から。 『操機戦管理』から、身体的な変更や改造等は受けていません。 以前のままです。 操機制御に関する部分は、『人間の保護』部分の優先度が、以前にも増して高くなっています。」
と、1号はマリナから視線を外すように、正面を向いて無感情に話した。 片や、マリナはその声色が、いつもの1号の声色と違うように聞こえたため、
『あれ・・・? 1号の声・・・。 久しぶりに、間近で聞いたからかしら・・・。 いつもと、違うような・・・。』
などと、違和を感じてしまう。 が、一拍後、
「以上です。」
と、1号はマリナに向き直り、聞き覚えのある冷静な口調に戻って答えた。 その声を聞いたマリナは、
『ん・・・? やっぱり、聞き間違い・・・だったのかしら・・・。』
と、安堵しつつも、
「・・・って、それだけ?」
と、拍子抜けしたような口調と表情で1号を見てしまう。 すると、
「はい。」
と、再度冷静な口調で言葉短く答える1号。 何日間も操機補1号を修繕改修していたのだから、さぞかし『大きな変更』があるのかなと思っていたマリナだったが、1号のあっさりした回答を聞き、
「・・・あら・・・。 そう・・・なの・・・。」
と、少々がっかりして項垂れてしまう。 一方、そんなマリナの姿を見た1号は、
「人間と組んでいた操機補の改修は、そんなに大きなものではありません。 ですが、今回の件、発端が、『人』操機主の18号と操機補6号ですので、2体は、暫く姿を見せないと思いますが。」
と、変わらずに冷静な口調で話す。 片や、1号の話を項垂れたまま聞いていたマリナは、『「人」操機主』という言葉を聞いた途端、
「・・・!」
はっとしたように、体をびくりと震わす。 そこから、不意に物悲しいような表情になり、項垂れている姿勢から、ゆっくりと1号を見上げ、
「・・・あの・・・ね・・・、1号・・・。 私・・・、昨日ね・・・5号機の格納庫で、『人』操機主の17号に、会ってね・・・。」
と、口調も物悲しいようになり、恐る恐る話を切り出す。 すると、1号からは間を開けず、
「模造武具を使った手合いでもして、惨敗しましたか?」
と、昨日の出来事を見ていたかのように言い当てられ、1号を見上げていたマリナは、再度びくりと体を震わせる。
「・・・まさか!? 見て・・・いたの・・・?」
しばらく後、再び、恐る恐る1号に問いかけるマリナ。 その反応に対し、
「いえ。 見ていたわけではありませんし、過去映像を閲覧したわけでもありません。 ですが、ご主人の話し方や表情を見ていると、内容を予測できたもので。」
と、身じろぎせず、淡々と話す1号。 一方のマリナは、
『そこまで・・・ばれているなら・・・。』
そう思い、
「それでね・・・。 今日も・・・ね、17号と、模造武具を使った模擬手合いをする予定なの・・・。」
と、しおらしく話を再開した。 が、突然、
「・・・1号! お願い! 17号との模擬手合い、負けたくないの! どうすれば、勝てる!?」
と、大声で叫ぶように告げると、隣に腰掛けている1号に向かって手を合わせ、頭を下げて拝み倒すように頼み込む。 それを見た1号は、
「ご主人よ、頭を上げてください。 それに、模造武具を使った模擬手合いに勝ちたいと言っても、私には、手助けが出来ません。」
と、冷たくあしらう様に話す。
「・・・そう・・・よね・・・。」
暫し後、1号からの冷たい回答を聞いたマリナは、合わせていた手を降ろし、頭を上げたものの、再び落ち込んだ口調と表情になってしまう。 しかし、一拍後、
「ただ、模造武具の手合いではなく、あれでしたら、勝てるのでは?」
自信があるかのようにそう告げると、突然、休憩椅子から立ち上がって歩き出す1号。 向かった先は、少し離れた訓練用操縦席だった。 片や、1号の動きを目で追っていたマリナは、
「ん・・・? 訓練用操縦席・・・? それ、今、使えないでしょ・・・。」
と、少し離れた1号にも聞こえるように、残念そうに話しかける。 だが、1号はマリナの声が聞こえていないかのように、訓練用操縦席の扉へと歩み寄っていく。 そして、自動で訓練用操縦席の出入り口扉が開くと、中へ入って行ってしまった。 一方、訓練用操縦席に入って行った1号を見たマリナは、
「あれっ!? 扉が・・・開いた!?」
と、衝撃を受ける。 「操機戦管理」から、『訓練用操縦席使用停止』の連絡があって以降、マリナは、幾度となく訓練用操縦席の扉前に立った。 だが、扉は固く閉ざされ、びくともしなかった。 その扉が開いたため、1号を追いかけるように、慌てて訓練用操縦席内に入って行くマリナ。 すると、内部には、久しぶりに見る光景、操機の操縦席内を模した室内があった。 さらに、操機主用のセーフティベルトがマリナに近づき、閉じたり開いたりする動作を繰り返す。 1号が操作しているのであろう。
「・・・1号・・・。 これ・・・、使えるの・・・?」
マリナは訓練用操縦席の出入口付近に立っている1号に振り向き、震えるような声で問いかける。
「ええ。 今日から、『訓練用操縦席』も使用が再開になりました。 ただ、まだ操機が・・・」
と、1号は、『訓練用操縦席』の使用再開について、色々と説明を始める。 だが、マリナは1号が説明をしている最中、突然、
「・・・そういうことは! もっと、早く言いなさいっ!」
と、1号をすごい剣幕で怒鳴りつけるように言い放つ。 さらに、
「『操機戦管理』を出せ!」
と、1号に話しかけていた剣幕のまま、襟のマイクに向かい、「操機戦管理」を呼び出す。 マリナは、今日から、『訓練用操縦席の使用を再開した』という通知が無かった事を、「操機戦管理」に対して問い詰めている。
「あの、ご主人よ。 少し、冷静に。」
と、マリナの傍に近づき、なだめるように声をかける1号の声は、マリナに届いていないようだ。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 「操機戦管理」に一通りの文句を言い放ったマリナは、マイクを切った後、両手で拳を握りしめ、
「ふふふ・・・。 これで、17号に勝てる!」
と、天井を見上げ、勝ち誇ったかのような表情で大声をあげた。
昼食を終えてしばらく経ち、14時を過ぎた頃。 マリナの姿は、各区画連絡通路から5号機格納庫へ向かう通路上にあった。 威風堂々とした面持ちで、誰もいない5号機格納庫出入り口に到着すると、格納庫通路の奥に向かい、
「たのもーっ!」
と、時代がかった挨拶を大声で叫ぶ。 しばらくすると、昨日と同じように、5号機格納庫の奥からは17号が小走りで現れる。 そして、マリナの前に到着すると、
「遅れました、マリナ。 何か御用ですか?」
と、これまた昨日と同じように、白い「面」をマリナに向け、明るい口調で話しかけてくる。 一方、
「『御用ですか』とは、ご挨拶ね! 昨日の約束通り、模擬手合いを申し込みに来たわ!」
マリナは自信満々にそう叫び、両腕を組んで17号に一歩詰め寄る。 片や、詰め寄られた17号は、後退りするように右足を一歩引き、
「わかりました。 では、訓練室に行きましょう。」
と、マリナの圧に少々怯んだような口調で話すも、右手は5号機格納庫の奥に翳し、マリナを訓練室に誘った。
ゆっくりした足取りで5号機格納庫内の訓練室前に到着する、マリナと17号。 マリナはゆっくりした足取りを保ったまま、訓練室内に先行して入ると、真っ直ぐ訓練用操縦席へ向かって行く。 そして、
「17号! 今日は、これでお相手を願えるかしら?」
マリナは17号に向かって自信満々に告げると、自身の背後にある訓練用操縦席を、頭の横で立てた右手親指で指し示した。
「訓練用操縦席ということは、仮想機体での手合いですか?」
一拍後、マリナの後を追ってきた17号は、冷静な口調で問い返す。
「そうよ! ただ、操機補5号がいないと、操作や動作に問題があるなら、仮想手合いは中止するけど。 如何かしら?」
マリナは余裕のある口調で答えると、右手をゆっくり下ろして腕を組み、自信に満ち溢れた笑みを浮かべて17号を見据える。 一方の17号は、
「わかりました。 では、準備しますので、少々時間をください。」
にこやかな口調でそう言うと、速足で訓練室奥の休憩椅子へ向かい、腰掛けて身じろぎ一つせず動かなくなってしまった。 片や、視線だけで17号を追っていたマリナだったが、17号が休憩椅子に腰掛けたのを見て、
『・・・これは・・・。 ちょっと、長くなりそうね・・・。』
などと感じ取り、マリナ自身も休憩椅子に座ろうと、17号が腰掛けている椅子に向かう。 そして17号を左横目に見つつ、休憩椅子に腰を下ろした時、
「お待たせしました。 こちらの訓練用操縦席の準備が整いました。 マリナの使っている1号機区画の訓練用操縦席と、通信接続を待機しています。」
と、隣に座ったばかりのマリナに「面」を向け、17号は冷静に答える。 片やマリナは、思っていたよりも早い対応に驚き、
「えっ!? もう、準備できたの・・・。 わかったわ・・・。 対応、早いわね・・・。 ははは・・・。」
と、笑顔を装いながら冷静に17号の話に応じる。 その後、椅子から立ち上がりつつ、
「それじゃあ、私も自分の格納庫に戻って、訓練用操縦席の準備をするわね。 20分くらいで連絡できると思うわ。 それまで、待っていてもらえるかしら?」
と、マリナは座っている17号に向かって落ち着いた口調で話しかける。 片や、椅子に座ったままの17号は、
「はい。」
と、立っているマリナを見上げつつ、言葉少なく答えた。
「・・・それじゃあ、後ほど・・・。」
マリナはそう告げると、17号に向かって右手を振り、訓練室の出入り口へ向かう。 すると、17号もマリナを追うように立ち上がり、訓練室の出入り口までマリナの後をついていく。 一方、昨日と同様、背後に気配を感じたマリナ。 ふと、振り返ると、
「見送りです。 今日は、訓練室の出入口までですが。」
と、17号はマリナをわずかに見上げ、にこやかな口調で答えた。
『・・・律儀ね・・・。』
と、マリナはそんなことを感じつつ、
「ああ・・・。 ありがとう・・・。」
そう告げ、訓練室の出入り口から出る際、再度17号に右手を振る。 そして、訓練室の扉が閉じて17号の姿が見えなくなるや否や、マリナは微かな笑みを浮かべ、速度を上げながら5号機格納庫の通路を駆け抜けていった。
マリナは自分の区画に急いで戻り、訓練室内に駆け込むと、
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 戻ったわよ、1号。」
と、立ち止まって両膝に手を当て、息を整えながら1号を見ずに話しかける。
「ご主人よ、そんなに急いで戻る必要は無かったのでは?」
片や、訓練室中央で待ち受けるように立っていた1号は、マリナに近づきながら少々心配するように話しかけてきた。 一方のマリナは、
「はぁ・・・はぁ・・・。 まあ、・・・そう、言わないで・・・。 17号を・・・待たせたら・・・悪いでしょ・・・。」
と、息を整えながら冷静に1号へ答える。 そして1号をちらりと見た後、訓練用操縦席の中に駆け足で入っていってしまった。 それを見届けた1号も、立っていた訓練室中央付近から足早に休憩椅子へ向かい、腰を下ろした。
訓練用操縦席内に入ったマリナは、室内中央に向かいながら手早く頭部覆いを被り、白い「面」を装着する。 その後、1号が操作しているのであろう、セーフティベルトがマリナの両肩、および両脇の下から胸部付近にかけ、直接接触しないように体を包み込んだ。
「ふぅ・・・。 うん・・・。 この感じ・・・。 懐かしいわね・・・。」
マリナは息を整えつつ、セーフティベルトに包まれた感想をひとり呟く。 片や、1号はその呟きを聞いていたのであろうか、
「ご主人よ。 『懐かしい』と言うほど、時間は経っていないと思いますが?」
と、1号の冷静な声が、マリナの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「そうかしら・・・。 でも、人間には、ちょっとの時間しかたっていなくても、『懐かしい』と思える時があるのよ・・・。」
などと、懐かしさに思いをはせるような答え方をするマリナだったが、
「・・・さて、懐かしさに浸っているのはここまで。 1号! 5号機格納庫の17号と話せるかしら?」
と、何も映っていない訓練用操縦席の正面画面を見据え、1号に対して踏ん切りをつけたような、力強い口調で指示を出す。 すると、
「わかりました。 5号機格納庫内、訓練室の17号と通信を繋ぎます。」
再び、1号の冷静な声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 それを聞いたマリナは、数秒の間を開けた後、
「・・・17号! 聞こえるかしら?」
と、訓練用操縦席内正面を見据えたまま、頭部覆い内にあるマイクを使って問いかける。 すると一拍後、
「はい。」
と、言葉少なく答える17号の声が、マリナの頭部覆い内スピーカーから聞こえてきた。
「大丈夫そうね。 それじゃあ、始めましょうか。」
マリナが落ち着いた口調でそう告げると、マリナの視界は「面」から目の網膜に直接投射された映像に切り替わり、仮想空間内の仮想機体視界になる。 そして、目の前、60メートルほど先だろうか、見覚えのある、真っ黒な仮想機体の操機5号機が、直立の状態で音もなく現れた。 周囲の景色に目を移すと、仮想空間内にもかかわらず、見慣れた景色、晴天の闘技場の景色なのが見て取れる。
「・・・。」
と、しばらく無言で仮想空間内の景色を眺めていたマリナだったが、
『・・・また、この景色・・・なの・・・。』
と、見慣れた闘技場の景色が気に入らなかったようだ。 突然、
「・・・1号。 仮想空間内でしょ・・・。 この景色、何とかならないの・・・?」
と、不満を呟くような声で話しかける。 すると、
「わかりました。 少々お待ちを。」
1号の冷静な声が聞こえた一拍後、マリナの「面」視界内に見えていた晴天の空が、満天の星空になる。 さらに闘技場内は、照明に照らされ、ひときわ鮮やかな景色へと切り替わった。
「おお・・・。」
マリナはその景色に、暫し目を奪われてしまう。 やがて1号が、
「夜景の闘技場では、いかがでしょうか。」
と、冷静に告げてくる。
「いいわね! 見慣れた闘技場も、夜景にするだけで、結構雰囲気が変わるもんなのね・・・。」
と、マリナは切り替わった景色を眺めたまま、嬉しそうに告げる。 夜景の闘技場を気に入ったようだ。
「・・・さて、それじゃあ・・・。 17号、武具はどうするの?」
と、夜景の仮想闘技場を一通り眺め終えたマリナは、余裕のある口調で17号に問いかける。 現在、マリナの「面」視界で見えている5号機は、まるで実機手合いの救援時のように、武具の類を何も所持していない。 だが、目の前の5号機はしばらくすると、右手に「ショートソード」を握り、左前腕に「スモールシールド」を装着し、見慣れた姿となった。
『・・・そういえば・・・。 5号機には、追加の武具が支給されなかったのかしら・・・。』
などと、マリナは武具を所持した5号機を見ながらふと思ったが、今は口に出さず、
「・・・1号。 こちらも武具の所持を。 いつも通り、『ロングソード』と、『ラージシールド』で。」
と、冷静に告げる。 すると、仮想空間内の1号機は、右手に「ロングソード」を握り、左前腕には「ラージシールド」を装着した状態になった。 そして、
「装備完了。 ご主人よ、まだ、仮想機体と同期していませんので、ご注意を。」
と、1号が冷静な口調で告げてくる。
「わかったわ。」
と、マリナは軽い口調で返事をした後、
「17号。 まずは1回、手合いをしてみましょうか。」
と、落ち着いた口調で17号に話しかける。
「はい。」
と、今回も、17号は言葉少なく答える。 それを聞いたマリナは、
『・・・17号・・・。 あまり、余裕がないのかしら・・・。 それとも、操機補がいないと、問題があるのかしら・・・。』
などと、勝手に心配をしていた。 だが、その心配をよそに、5号機は「ショートソード」と「スモールシールド」を機体正面に構え、防御を重視した姿勢を取る。 一方、5号機が構えたのを見届けたマリナは、ひと安心し、
「・・・うん。 5号機、大丈夫そうね。 それじゃあ、1号! こちらも同期を!」
と、マリナは直立した姿勢を取り、威勢よく指示を出す。 すると、訓練用操縦席床の感触が、固い地面の感触へと切り替わる。 マリナ自身の服にも負荷圧がかかり、実機の操機を操っている時と全く同じ感覚になった。
「同期、完了しました。」
と、1号が冷静な口調で告げる。 その後、マリナは左前腕の「ラージシールド」を機体正面で5号機に向け、右手の「ロングソード」は腰下に引いて身構えた。
「それじゃあ17号。 昨日と同じ、私の合図で、『手合い開始』。 で、いいかしら?」
と、マリナは武具を構えた姿勢のまま、17号へ冷静に問いかける。 すると17号は、
「はい。」
と、今回も言葉少なく答えるだけだった。 そして、マリナは数秒の間を置き、
「では、構えて・・・。」
と、慎重に告げた暫し後、
「始め!」
と、力強く開始を叫んだ。 しかし、
『・・・とはいったものの・・・。 こちらから開始を告げた以上、いきなりの突進は・・・卑怯よね・・・。』
開始を告げた後のマリナは武具を構えたままそう考え、17号の出方を伺う。 そのため、開始直後は、暫し睨み合いの間となってしまった。 そこから、いかばかりかの時間が経っただろうか。
『・・・5号機・・・。 やっぱり・・・向こうから攻めて来ないわね・・・。 睨み合っていてもしょうがないし、こちらから仕掛けるか・・・。』
と、先手を取ったのはマリナだった。 昨日の模造武具を使った模擬手合い同様、「ラージシールド」を正面に構えたまま、ゆっくりした足取りで一歩、一歩と、5号機に対して間合いを詰める。 そして、
『ここだっ!』
と、5号機を間合いに収めた瞬間、力強く踏み込み、
「せやっ!」
と、「ロングソード」を5号機の頭部めがけて振り下ろす。 しかし、ここから昨日と流れが変わる。 マリナは前日のような寸止めを意識せず、容赦のない剣戟を上段から振り下ろしていた。 片や、5号機も昨日同様、素早く「スモールシールド」を頭部付近に構え、1号機の「ロングソード」の剣戟を、重苦しい音を立てて受け止める。 すると、マリナは昨日の模造武具手合いの流れを思い出し、
『突きがくる!』
そう判断すると、咄嗟に5号機の右手側に「ラージシールド」を翳し、突き攻撃を防ごうとする。 だが、暫しその姿勢を保つも、
『・・・あれ・・・?』
と、5号機からの突き攻撃は無かった。 それどころか、1号機の剣戟を受け止めた5号機は、頭上に構えた「スモールシールド」に、「ショートソード」を握っている右手まで使って盾を支え、潰されそうになるのを懸命に堪えているだけだった。
『・・・それならっ!』
マリナは好機と判断するや、5号機の右手前に翳していた「ラージシールド」を機体左に素早く引き戻すと、がら空きになっている5号機の胴部付近に対し、盾下部の先端を使って無理やり突き攻撃をくり出す。 一方、両腕が上がってしまっている5号機は、なすすべもなく「ラージシールド」の突き飛ばしを胴部付近に食らってしまう。 さらにその勢いを逃せられず、よろよろと一~二歩後退した挙句、仮想闘技場地面へ座り込むように、重苦しい音を立てて倒れ込んでしまった。
『・・・あら・・・。』
何か物足りなさ・・・、いや、昨日の17号の動きの鋭さからすると、別「人」かと勘違いしてしまいそうになるマリナ。 地面に座り込んでしまった5号機に視線を落とし、呆然としてしまう。 片や5号機は、座り込んだ数秒後には動き出し、「ショートソード」を手放すと、空いた右手を使って器用に立ち上がった。
『・・・おっと・・・。 立ち上がるのは、早いわね・・・。』
と、マリナは素早く立ち上がった5号機を改めて警戒する。 その後、5号機はすぐにしゃがみ込み、「ショートソード」を右手で拾い上げると、機体正面に構える。 そして、攻撃を受け止めて少々表面が歪んでしまった「スモールシールド」も機体正面に構え、再び防御重視の姿勢を取った。
『・・・ちょっと・・・。 こっちの「ロングソード」の間合い内よ・・・。』
と、間近で武具を構え、距離を取らなかった5号機に対し、少々呆れたようになるマリナ。 暫し後、5号機が構えている、歪んでしまった「スモールシールド」に目が行くと、
「1号、5号機の損傷状況は?」
と、5号機を見据えたまま、1号へ冷静に問いかける。
「5号機。 『スモールシールド』が少々歪みましたが、左腕の稼働に影響は無いですね。」
と、冷静に答える。 だがマリナは、
『実機手合いでの5号機・・・。 確か、あの程度の損傷で、降参したこともあったわね・・・。』
などと考え、
「・・・17号・・・。 機体は、大丈夫なの?」
仮想空間内とはいえ、手合い中にもかかわらず、心配そうに17号へ話しかけてしまう。 すると、1号が手早く通話通信を繋げてくれたようで、
「はい。 機体は大丈夫です。 手合いを続行できます。」
と、17号の明るい声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「・・・わかったわ・・・。 それじゃあ、手合い再開ね。」
立ち上がった5号機を見定めるように眺めていたマリナは、17号の声を聞き、冷静な口調でそう告げると、左前腕の「ラージシールド」を胸前に掲げ、手合い再開の意思を5号機に伝えた。 そして、改めて「ラージシールド」を機体正面に構え直し、右手の「ロングソード」を腰下に引いた姿勢を取る。 その後は、暫し、両機とも近い間合いで睨み合いが続いてしまう。 が、
『・・・5号機・・・。 「ロングソード」の間合いから、離れないなら・・・。』
と、マリナは判断するや否や、
「せやっ!」
と、掛け声と共に5号機へと力強く踏み込み、「ロングソード」を右真横から左へ、狙いをつけずに全力で薙ぎ払う。 一方の5号機は、「スモールシールド」を1号機の剣筋上に素早く掲げ、薙ぎ払いを受け止めようとする。 金属同士がぶつかる重低音が仮想空間内に響き渡ると、1号機の薙ぎ払い攻撃を「スモールシールド」で受け止めようとした5号機は、その勢いを止めることが出来ず、左前腕どころか機体胸部までが損傷してしまう。 挙句、機体の背面を見せるように半回転し、仮想空間内に轟音を響かせながら、うつ伏せに倒れ込んでしまった。
片や、剣戟を当てた1号機。 薙ぎ払いを放った体勢から戻ると、機体を5号機正面に向けたままゆっくり三歩ほど後退し、「ロングソード」と「ラージシールド」を機体脇に下げ、待機の姿勢を取る。 その後のマリナは、倒れ込んでしまった5号機に視線を落とし、
『・・・これじゃあ、以前の・・・実機の手合いをしていた頃の5号機と、変わらないわね・・・。』
などと落胆し、
「・・・1号・・・。 『人』操機主って、操機補がいないと、本来の・・・自分らしい動きが発揮できないの?」
と、冷静な口調で不思議そうに問いかける。 一方、
「私に聞かれましても、回答に困ります。」
と、苦々しく、答えづらそうに話す1号。 その回答を聞いたマリナは、暫し考え、
「う~ん・・・。 それじゃあ、訓練用操縦席の制御と、仮想機体の制御とで、17号の処理能力が追い付かないとかは?」
と、5号機を注視したまま、再度問いかけるも、
「それは無いですね。」
と、今度はきっぱりとした即答をする1号。 片や、1号からの回答に耳を傾けていたマリナだったが、突然、シロがいつぞやに話していた、
『「人」操機主や操機補同士は、繋がりが薄い。』
などと言っていたことを、ふと思い出す。
『・・・確かに・・・。 さっき1号が答えた、「私に聞かれましても・・・。」の発言。 操機補同士・・・、いや、「操機戦管理」内の「人」同士が、まるで、連携できていないのを証明するような答え方だった・・・。』
などと感じたマリナだったが、
『・・・だけど・・・。 う~ん・・・。 個々の「人」を、尊重している・・・のかしら?』
とも感じ取れた。 しかし、考え込みそうになってしまう思考を抑え、
『・・・いけない・・・、手合い中だったわね・・・。』
と、マリナは現在の手合いに集中しようと、再度、5号機に注視する。 少々考えていた影響で時間が経ってしまったかと思ったが、5号機は倒れ込んだまま微動だにしない。
『・・・あら・・・? 5号機、立ち上がってこないわね・・・。』
と、不安を感じたマリナは、
「・・・どうしたのよ、17号。 機体が損傷したの?」
と、心配そうに尋ねる。 すると、
「はい。 仮想機体の左前腕が、骨折相当の損傷をしました。 左腕は使用不可です。 加えて、機体本体胸部も、一部の骨相当部分が折れる損傷をしました。 この手合い、5号機は1号機に対して降参します。」
と、17号は告げてきた。 一方、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる17号の声が、明るい声色ではあるものの、どことなく物悲しいように聞こえたマリナは、
「・・・わかったわ・・・。 それじゃあ、今日は、ここまでにしましょうか・・・。 17号の調子、良くないみたいだし・・・。」
などと勝手な判断をし、物足りなそうな口調で17号に告げる。 すると、
「は~い。」
と、17号は言葉短く答えるだけだった。 その後、1号機は待機の姿勢を解き、5号機を背にして闘技場の出入り口に向かう素振りを見せる。 しかし、
「ご主人よ。 訓練用操縦席ですよ。」
と、1号から冷静に指摘されてしまうマリナ。 片や、指摘を受けたようになってしまったマリナは、
『しまった! これ、仮想空間の手合いだった・・・。』
と、勘違いに気付き、「面」下の顔が赤くなってしまう。 だが、すぐさま、
「・・・言われなくても・・・わかっていたわよ・・・。 1号!」
などと恥ずかしさを押し隠し、強がって見せた。 そして、マリナは倒れ込んだままの5号機に向き直る操作をした後、
「17号。 明日は、本調子でお相手願えるかしら?」
と、平静を装い、優しい口調で問いかける。 それに対し、
「は~い。 明日は、5号機も武装を変更して、1号機に挑みますね。」
と、17号からは、再び明るい声色の回答が返ってくる。 その声を聞いたマリナは、17号の言った、『武装を変更して』に興味を持ち、
「あら! 新武装、5号機にも来ていたのね。 ちょっと気になっていたんだけど・・・。 それじゃあ、明日もこのぐらいの時間に。」
マリナが余裕のある口調で話し終えると同時、「面」視界内の映像が切り替わり、自身がいる訓練用操縦席内が映し出される。 続けて、仮想機体との同期が切れ、服の負荷圧は無くなり、セーフティベルトもマリナの体からゆっくりと外れていった。 その後、マリナは「面」と頭部覆いを外しながら訓練用操縦席を出て、訓練室内の休憩椅子へ向かう。 そして、1号が座っている左隣にゆっくりと腰掛けてから背筋を伸ばし、
「・・・う~ん・・・。 訓練用操縦席とはいえ、久しぶりの操機戦・・・。 ちょっと物足りなかったけど・・・。 まあ、良くできた方かな、1号?」
と、1号の黒い「面」を眺めながら話しかける。 一方の1号も、訓練用操縦席を操っていた操機補状態から、本体に知能情報が戻ってきたようで、「面」越しにマリナを見るように、
「そうですね。 ただ、今日の手合いからは、マリナの調子を判断するのは難しいです。 ですが、先ほどの17号の動きを見ていると、昨日、マリナが模造武具の手合いで惨敗したというのが信じられませんね。」
と、冷静な口調で答えた後、冷水の入った容器をマリナに差し出してくる。
「そうね・・・。 確かに・・・、今日の17号・・・。 昨日とは、別『人』かと思うような・・・。 仮想機とはいえ、5号がいない影響なのか・・・。 それとも、本当に調子が悪かったとか・・・。 何にしろ、あの状態じゃあ、闘技場で実機の手合いをしていた17号と変わらないような動きだったわね・・・。 でも・・・、まあ、私にとっては、操機戦が出来れば、文句は無いわ・・・。」
と、マリナは冷水の入った容器を受け取りながら話すと、1号から視線を外し、訓練室中空を満足そうに見つめてしまった。 暫し後、マリナはふと思い出したように、
「・・・17号・・・いや、5号機・・・。 明日は、どんな武装でくるかしら・・・?」
と、視線だけを1号に戻し、微笑んだ顔で問いかける。 すると、
「そうですね。 17号の動作思考や武装の志向がどのようなものか、予測するのは難しいですね。 ただ、意外と、マリナと同じ武装で、『ロングソード』と、『ラージシールド』を選ぶのではないのでしょうか。」
と、珍しく、マリナを冷やかすような口調で答える1号。 すると、
「え~・・・。 同じ武装・・・。」
などと、マリナは笑顔ながらも、困ったように話した一拍後、
「まあ・・・、それでも、かまわないわ・・・。 ふふふ・・・。」
と、余裕のある口調で答えるのだった。
その日の夕食。 六脚「人」を従えたエフは、マリナが使っているテーブルの前に来ると、背を向けているマリナに、
「ずいぶんと上機嫌ですね。」
と、穏やかな口調で話しかけた。 一方、昨日と同じように、食事部屋の窓に何も投影させないまま、窓に映る自分の姿を虚ろな表情で眺めていたマリナ。 意外な言葉をかけられ、どきりとした表情を浮かべると、
「・・・えっ・・・? どうして・・・機嫌がいいと・・・?」
と、食事の準備を始めたエフに向き直り、不思議そうに問いかける。 実際、マリナ自身は気分が良いという実感は無かった。 自分の姿が映る窓を眺めながら考えていたことといえば、『17号の昨日と今日の動きの差異』、『明日の5号機武装』の事だった。
「長年マリナの付添『人』をしていれば、マリナの機嫌が良い、悪いくらい、瞬時に見分けられますって。」
と、エフは六脚「人」の収納箱から料理を乗せた皿を取り出しつつ、穏やかな口調で答える。 一方、そんなエフの返事を聞いたマリナは、暫し考えた後、
「う~ん・・・。 そういえば・・・、今日は、1号が戻ってきてくれたのは、うれしかったかな・・・。 それと、仮想空間とはいえ、久しぶりに操機戦が出来たのも・・・。」
と、再び自分の姿が映っている窓に視線を戻しながら、ぽつりぽつりと話す。 片や、その話を聞いたエフは、
「そうですか。 それは、良かったです。」
と、穏やかな口調で告げつつ、手を止めることなく食事の準備を進めていく。 やがて、全ての準備が整うと、
「さて。 今日の夕食は、明日に備え、栄養のあるお肉をいくつか組み合わせた料理にしました。」
と、エフは料理に右手を翳して説明を始める。 一方、エフが料理の説明を始めると、マリナは正面に向き直ってテーブル上の料理に視線を移し、嬉々として説明を聞き入る。 片や、エフは穏やかな口調で説明を続ける。 そして、テーブル上の全ての料理説明を終えると、
「以上となります。 ゆっくり召し上がってください。」
と、テーブルから半歩離れ、マリナに向かいそう告げる。 すると、
「ありがとう、エフ! それじゃあ、いただきます!」
マリナはエフの黒い「面」に視線を戻してにこやかに答え、再度料理全体を見渡してからゆっくりと食べ始める。 それを見届けたエフは、六脚「人」を従え、静かに食事部屋奥へと引き上げていった。
翌日。 昨日同様、昼食を終え、しばらく経った14時頃。 マリナの姿は、今日も5号機格納庫へ向かう各区画連絡通路上にあった。
『・・・昨日のエフ・・・。 どうやって、私の機嫌が良いと判断したんだろう・・・。』
マリナはそんな疑問を抱きつつも、5号機格納庫へ向かう足を速める。
各区画連絡通路を曲がり、さらに進んで5号機格納庫の出入り口が見えるようになると、今日は出入り口付近に、黒い服に白い「面」を付けた「人」が1体、マリナを出迎えるように立っているのが見て取れる。
『・・・ん・・・? 17号・・・ね・・・。』
マリナは17号に気付き、わずかに微笑むと、早足気味だった速度を落とし、区画の出入り口へとゆっくり近づいて行く。 そして、白い「面」を付けた17号の少し手前で立ち止まり、
「こんにちは。 17号。」
昨日とは一転、マリナは右手を腰に当て、笑みを浮かべながらわざとらしい挨拶を告げる。
「こんにちは、マリナ。」
と、17号は明るい口調でにこやかに応じた。 マリナがここに来た要件は、承知しているようだ。
「・・・それじゃあ、今日も、お相手願えるかな。」
暫し、緩やかな睨み合いのようになっていたマリナと17号だったが、マリナがにこやかに話を切り出すと、
「は~い。 訓練用操縦席を使用した、仮想の手合いですよね?」
と、17号は確認するかのように聞いてくる。
「そう! 昨日と同じ、訓練用操縦席を使った仮想の手合い! 準備はできているかな、17号?」
と、マリナは右手を腰に当てたまま、にこやかな口調で問いかけると、
「は~い。 出来ています。 マリナ。」
17号もにこやかな口調で答える。 が、その後はまたも、お互いに睨み合ったような状態になってしまう。 そこから暫しの睨み合い後、
「・・・それじゃあ、私は自分の区画に戻るわ。 訓練用操縦席に着いたら連絡するから、よろしくね。」
と、マリナがにこやかに告げると、
「は~い。 わかりました。」
と、17号もにこやかな口調で答えた。 その声を聞いたマリナは、17号に背を向け、5号機格納庫の出入り口を小走りで後にする。 だが、マリナは走り出して暫くすると、
『・・・そういえば・・・17号。 昨日、「武装を変更して・・・」とか、言っていたわね・・・。』
などと思い出したため、走る速度が徐々に落ち、
『・・・今日の5号機・・・。 どんな武装で来るか、17号に聞いてみようかしら・・・。』
と、さらに考え込んだため、ついには立ち止まって5号機格納庫の出入り口へと振り向き、小走りで去っていく17号の後姿を見つめ、
「じゅ・・・」
と、呼び止めようとしてしまう。 しかし、
『・・・まあ、対峙してみた時の、お楽しみでいいか・・・。』
などと考え直すと、マリナも自分の格納庫区画に向かって再び走り出すのだった。
「はぁ・・・はぁ・・・。 1号! 準備はできているわね!?」
マリナは自身の訓練室に早足で入ってくるや否や、息を整えるのもそこそこに、1号に近づきながら大声で問いかける。 一方、訓練室中央でマリナを出迎えるように立っていた1号からは、
「はい。 仮想手合いの準備、全て整っています。」
と、冷静な返事が返ってくる。 片や、早足のまま1号の返事を聞いたマリナは、そのまま1号の前を通り過ぎて訓練用操縦席に入って行き、
「ふぅ・・・。 それじゃあ、1号。 よろしく頼むわね。」
息を整えながら襟のマイクに向かってそう告げると、訓練用操縦席内の中央に立ってセーフティベルトに背中を向ける。 すると、少々高い位置にとどまっていたセーフティベルトが下りてきて、マリナの両肩、および両脇の下から胸部付近にかけ、直接接触しないように体を包み込んだ。 セーフティベルトの装着が完了すると、服の肩にあるスピーカーから、
「それにしても、ご主人よ。 毎回、律儀に5号機区画まで行かなくても、通話通信で話せばいいのでは?」
と、1号が不思議そうな口調で問いかけてくる。
「ははは! こういうのはね、1号! 『面と向かって伝えないと駄目』、なんだよ!」
と、1号の話を聞いたマリナは、笑い飛ばすように答えた。 そして、マリナがセーフティベルトと服が絡んでいないのを確かめ終えると、
「それでは、今日の手合い場の景色ですが、周囲が高層建物で囲われている臨海部です。」
と、1号の声が訓練用操縦席内天井付近から聞こえてくるように切り替わる。 それと同時、訓練用操縦席内の各画面には、1号の言う通り、闘技場の壁に相当する部分に、高層建物が多数ある景色が映し出された。 さらによく見ると、高層建物の各隙間からは、海沿いの景色が見える。 そんな、見たことも無い景色を目にしたマリナは、
「おお! ありがとう! 1号!」
と、1号の声が聞こえてくる天井付近を見上げ、大喜びで感謝するように答える。 それからしばらく、映し出された景色を見入っていたマリナだったが、
「・・・ところで、この眺めのいい景色、場所はどこなの?」
と、幻想的な景色が気になり、1号へ興味深そうに尋ねてしまう。 すると、
「この景色は、実在する場所ではありません。 私が独自に作り出した、仮想の景色です。」
と、いつも通りの冷静な口調で答える1号。 それに驚いたマリナは、
「えっ! ・・・って、言われてみれば、こんな場所、実在するわけないか・・・。 それにしても、1号・・・いや、操機補って、こんなこともできるんだ・・・。」
と、感嘆まじりにひとり呟く。 そこから、再び眺めのいい景色に、暫し見とれてしまっていたマリナ。 だが、1号から、
「ご主人よ。 17号が、待っているのでは?」
と、冷静な口調で問いかけられてしまう。 一方、問いかけられたマリナは、
「・・・そうだった!」
と、慌てて襟のマイクを使い、
「17号! 待たせて悪かったわね! こっちの準備が整ったわ!」
と、少々焦った口調で17号に話しかける。 すると、17号からの応答は無かったが、訓練用操縦席内の正面画面には、真っ黒な仮想機体の操機5号機が、何の前触れもなく出現した。 だが、現れた5号機は今日も武具を所持しておらず、救援機のような状態で立っている。 そんな姿を見かねたマリナは、
「・・・17号。 今日も、手ぶらなの?」
と、冷やかすような口調で17号に話しかける。 すると、
「少々お待ちください。」
と、答える17号。 だが、マリナの服の肩スピーカーから聞こえてきた17号の声は、冷たく、ゆっくりとした低い声色で、マリナの背筋を凍り付かせるようだった。
『うぅ・・・。 なに・・・? 今の17号の声・・・。 以前にも聞いた、不気味な声・・・。』
と思っていたマリナだったが、5号機の右手側と左手側にゆっくりと出現した武具を見て、マリナの感情は恐怖から驚愕へと移り変わる。
『・・・な・・・んだ・・・。 あれ・・・?』
5号機の左右に現れた各武具は、マリナが模造武具置き場で目にしたことのない、異形の武具だった。 右手は、槍形状に見える武具の石突を地面に突き立て、柄部分を支えるようにしている。 対して左手側には、マリナがいつも使っている「ラージシールド」より、さらに防御範囲の広い大型の盾を持ち・・・いや、こちらも盾下部を地面に突き立て、機体本体に立て掛けるように所持している。 そんな光景を目にしたマリナは、しばし呆然となった後、
「・・・1号! なんなの!? あの武具は!?」
と、驚愕の感情から混乱していると同時に、興奮しているかのような口調で、天井付近を見上げながら1号に質問をぶつける。
「仮想5号機の右手所持武具、不明。 左手所持武具、不明。」
と、1号はいつもの冷静な口調で回答するも、
「不明じゃわからないでしょ! 何か情報を!」
マリナは正面画面に映る5号機を睨んだまま、怒声のような声を上げて1号に再度の指示を出す。 すると、間をおかず、
「失礼しました。 5号機の右手武具、形状や大きさから判断すると、片手槍の一種のようです。 左手は、マリナがよく使用する『ラージシールド』を、さらに大きくした盾のようです。」
再び、1号からは冷静な口調の回答がくる。 だが、
「そうね! それは、見ればわかるけどねっ!」
今度は不機嫌そうな大声で、1号に八つ当たりするように叫ぶマリナ。 だが、大きな声を上げたためか、マリナは徐々に冷静さを取り戻し、深く息を吐くと、
『ふぅ・・・。 それにしても・・・、5号機・・・。 左手の盾は、私が使っている「ラージシールド」の、さらに大きい物だとしても・・・。 右手の・・・閉じた傘みたいなのは・・・槍・・・なの・・・?』
などと考えながら、異形の武具を携えている5号機を冷静に見つめる。 そこに、
「5号機の右手武具、西洋の古代から中世頃の馬上戦闘で使用していた、騎兵槍の『ランス』に形状が類似。 それを、片手で扱える大きさに変更した武具のようです。」
1号は、5号機右手にある武具形状から色々調べたのであろう。 マリナに対して結果を報告してくれる。
「・・・そうなの・・・。 ありがとう。 それじゃあ、槍ってことだと、突くのが主の武器ってことかしら、1号?」
マリナは腕組みをした後、正面画面の5号機を厳しい表情で見つめたまま、だいぶ落ち着いてきた口調で1号に質問する。
「はい。 鋭い先端で突くのが主な攻撃になると予測できます。 また、武器の長さを生かして、上下左右に振り回してくる攻撃も予測できます。」
と、冷静に答える1号。 その応答を聞いたマリナは、腕組みを解いて顎付近に右手を当てると、
『振り回してくる・・・ね・・・。 何で、そんな武具を・・・。』
と、再び考え込んだようになってしまったが、
「・・・まあ、考えてもしょうがないわね・・・。 17号に、種明かしをしてもらいましょう・・・。」
と、不敵に微笑みながら呟いた後、
「17号! その・・・手に持っている武具! それは、なんなのかしら!?」
と、訓練用操縦席内の5号機が映し出されている画面に向かい、叫ぶように大声で問いかける。 その叫びのような質問に対し、数秒の間後、
「右手の武具は、『ワンハンドランス』です。 左手の武具は、『ウォールシールド』になります。」
と、17号からは低い声色の冷静な回答がくる。 一方、5号機が所持する異形の武具に気を取られ、「面」も頭部覆いも着けていなかったマリナ。 正面画面に映し出されている5号機頭部付近から、17号の声が聞こえてくるように切り替り、
『えっ・・・。』
と、仮想の操機5号機が話しているようになったため、少々驚いてしまう。 1号が、音響の操作もしているのであろう。 そこから落ち着きを取り戻したマリナは、17号に対し、
「・・・そうなの・・・。 武具の名前はわかったわ。 だけど、その武具、模造武具置き場に無い武具でしょ。 17号だけ、贔屓・・・いや、特別扱いって訳?」
と、皮肉を込めた質問をぶつける。
「いえ。 私だけ特別支給された武具ではありません。 この武具は、操機戦手合いの4巡目以降、『操機戦管理』から支給される予定の武具でした。 模造武具の提供はされていませんが、この訓練用操縦席内の武具選択で、『ワンハンドランス』、『ウォールシールド』は選択可能になっています。」
と、17号は低い声色のまま、冷静な口調で淡々と説明する。 一方、17号の説明を聞き、マリナは納得してしまいそうになる。 だが、
「・・・いやいや、そうじゃなくてね・・・。 なんで、追加の武具があるのを、私に教えてくれないのかって・・・。 でもまあ、これは、17号に言ってもしょうがないわね・・・。」
と、マリナは困ったように目を閉じ、諦め気味に愚痴を言う。 その後、そっと目を開き、再度、正面画面に映る5号機をまじまじと見た後、
「・・・ただ・・・。 よくよく見てみると、なんだか、武具ばっかり大きくて、機体が小さく見えるわね・・・。 釣り合いが取れていない・・・と、いうのかしら・・・。 どう思う、1号?」
と、マリナは1号に対し、『5号機の外見』について意見を求める。 すると、
「そのようなことを質問されても、回答に困ります。」
と、1号は冷静な口調だが、少々困惑したように答えた。 続けて、
「ご主人よ、申し訳ありません。 17号の説明通り、仮想空間内で使える武具に、『ワンハンドランス』、『ウォールシールド』が追加されています。」
と、珍しく、謝罪するような1号の声が聞こえてくる。
「・・・そうなの・・・。 まあ、選べるようになったところで、あんな武具は使わないから、いいんだけどね・・・。」
と、マリナは気の抜けた口調で返事をする。 そこから一転、
「それじゃあ、今度は作戦会議ね! 1号! 5号機の攻め手は、予測が付くかしら?」
と、強気な口調で1号に問いかける。
「先ほどお話しした通り、槍であれば、突く攻撃が主となります。 左手の『ウォールシールド』を壁の如く使い、『ワンハンドランス』の間合いを生かして突き攻撃をして来ると予測します。 一方的に攻撃されないよう、『ワンハンドランス』の間合い内に入るのが良いかと。」
と、1号は冷静な口調に戻ってマリナの質問に答えた。
「・・・わかったわ・・・。 『間合い内に入る』、ね・・・。」
1号からの回答を聞いたマリナは、呟く用に答えつつも、ふと、実機の手合いで「ロングソード」を最初に使った時のことを思い出した。
『・・・「間合い内に入る」・・・か・・・。 簡単には、入れないだろうな・・・。 シロも、武具間合いが広い「ロングソード」を持った1号機を目にした時、こんな風に悩んでいたんだろうか・・・。』
などという思いが、マリナの頭をよぎった。 そこから、
『・・・まあ、以前のことを考えていても、しょうがないわね・・・。』
と、踏ん切りをつけ、
「1号、始めましょうか。 同期を。 武具は、いつも通りで・・・。」
と、マリナは1号に対して落ち着いた口調で話しかけた後、頭部覆いを被り始める。
「わかりました。 右手、『ロングソード』、左前腕、『ラージシールド』の武装で、仮想機体と同期します。」
マリナは頭部覆いと「面」の装着を終えて直立の姿勢を取ると、1号が冷静な口調で答え、自身の服に負荷圧がかかるのを感じる。 訓練用操縦席内の床も、固い感触へと切り替わった。 準備が整ったマリナは、「面」視界内で見えている仮想5号機を改めて注視し、
「17号! それじゃあ、一度、その新武装で手合わせ願えるかしら!?」
と、力強く告げる。 すると、マリナの頭部覆い内スピーカーからは、
「わかりました。」
と、低い声色で、不気味に応答する17号の声が聞こえてくる。
「・・・では・・・、構えて・・・。」
17号の低い声を聞き取ったマリナは、その響きに少々の恐怖を感じて背筋が震えるようになりながらも、手合い開始前の合図を慎重に告げる。 すると、5号機はマリナからの合図に呼応するように、「ウォールシールド」を機体に立て掛けたまま、右手と左手を器用に使い、「ワンハンドランス」を持ち上げる。 そこから握り部分を右手で掴むと、穂先を1号機の頭部付近に向けた。 その後、機体に立て掛けていた「ウォールシールド」も左手でゆっくりと持ち上げ、1号機へと構える。
一方、5号機の構えが整ったのを見届けたマリナは、左前腕の「ラージシールド」と右手の「ロングソード」を機体正面に構えた、防御重視の姿勢を取る。 そして、マリナは数回深呼吸し、一瞬、息を止めた後、
「はじめっ!」
と、恐怖を断ち切るように気合いを込め、いつになく大きな声で手合いの開始を告げた。 だが、気合いの入った開始の合図とは裏腹に、昨日と同様、開始早々は睨み合いの状況となってしまう。
『・・・5号機・・・。 槍形状の武具を持っているから、開始早々に突進してくるかと思って守りに徹したけど・・・。 相変わらず、開始時は防御重視なの・・・? 深読みしすぎたかしら・・・。』
などと、マリナは微動だにしない5号機を見つめながら慎重に考えていた。 そうこうしているうち、両機とも動かぬまま、暫しの時間が流れてしまう。
『・・・これは・・・。 いつも通り、こちらから仕掛けないと、5号機は動かないわね・・・。』
と、睨み合いに痺れを切らしたマリナは、
「・・・それならっ!」
小声でそう言い放つと、5号機に機体正面を向けたまま、ゆっくりとすり足で距離を詰めつつ、5号機左側面へ回り込むように動き始めた。
『私だって、伊達に大きな盾を使っている訳じゃない。 大きな盾の弱点は、理解している!』
そう考えつつ、5号機からは「ウォールシールド」越しで見えにくい位置へと、1号機をゆっくり移動させていく。 そして、5号機の機影が「ウォールシールド」で完全に隠れたようになった、その瞬間、
『よしっ! 5号機からの死角に入ったわ!』
マリナはそう判断すると、5号機に向かって猛然と走り込む。 狙いは、「ウォールシールド」を支える5号機左腕の肘関節部。 「ロングソード」と「ラージシールド」を機体正面に構えたまま、警戒しながらも素早く間合いを詰め、
『5号機の動き、無し!』
そう見切るや、機体正面に掲げていた「ロングソード」を腰付近までわずかに引き戻す。 そして、警戒していたのとは裏腹に、「ロングソード」の武具間合いへあっさり入り込めると、「ウォールシールド」で隠れている左腕の肘を狙い、
「そこだっ!」
と、盾の内側へ、「ロングソード」を回り込むように突き立てる。
片や、身動き一つせず、1号機の接近をたやすく許したように見えた5号機。 しかし、マリナが「ロングソード」を突き立てているその最中、5号機の「ウォールシールド」左端から突然、「ワンハンドランス」の鋭い穂先が現れる。
「なにっ!?」
危機を感じ取ったマリナは大声で叫び、
『右前腕を突かれる!』
咄嗟にそう判断すると、突きを繰り出している「ロングソード」を引き戻そうとする。 だが、5号機の動きが一瞬早く、1号機は5号機の「ワンハンドランス」で右前腕を突かれてしまう。 仮想空間内に不快な音が響き渡るも、5号機の「ワンハンドランス」による突き攻撃は、速度が遅かったのか、1号機が咄嗟に右腕を引いて狙いがずれたのか、1号機の右前腕装甲面を抉った程度の損傷しか与えられなかった。 その一方で、「ロングソード」を無理やり引こうとしていたマリナは、右前腕を突かれた負荷圧の影響も受け、重心を崩してよろよろと二~三歩下がった挙句、訓練用操縦席内で右膝をつき、しゃがみ込むような体勢となってしまう。
「くっ!」
しかし、仮想空間内の1号機はマリナとの同期が外れず、マリナと同様の右膝をついた体勢で転倒を免れていた。
『・・・全身の負荷圧は・・・大丈夫!』
と、仮想機体との同期が外れていないのを感じ取ったマリナは、すぐさま「ラージシールド」を機体正面で真横に構えると、
「1号! 今の・・・、5号機の突き攻撃! 17号は、眼球視界ではない、別の視界を使ってこっちの攻撃を見切ったの!?」
と、動揺をにじませつつ、荒い口調で1号に問いかける。 マリナは、『17号の死角から攻撃していたつもりが、逆に見切られていた』ため、焦りから思わず声を発してしまっていた。
「いえ。 17号が、別の視覚装置を使っていることは無いです。」
と、1号はマリナの質問を冷静に否定し、断言する。 だが、
『いやいやいや・・・。 今の5号機の攻撃は、こちらの動きを完全に見切っていた攻撃だった!』
と、マリナはまだ、17号に対して疑いの念を持っていたため、
「17号! 今の攻撃! 『人』の機能を使い、眼球以外の視界から見ていて、攻撃したの!?」
と、仮想空間内とはいえ、手合い中にもかかわらず、17号に大声で問いかけてしまう。 すると、1号が瞬時に判断し、17号に通話通信を繋げてくれたようで、
「いえ。 私の現在の視界は、人間の眼に当たる部分以外は使用していません。」
と、17号からは、低い声色の冷静な応答が返ってくる。 すると、17号の声を聞いたマリナは冷静になり、
『・・・そうよね・・・。 よくよく考えれば、1号も、17号も、「人」・・・。 嘘をつくとは思えない・・・。 なら・・・、単なる偶然ってことなの・・・。』
と、右膝をついた体勢のまま、17号が嘘をついていないと落ち着いて判断し、
「・・・そう・・・。 いや~・・・変な質問してごめんね、17号。 先読みされたような攻撃を受けたから、ちょっと驚いてしまって・・・。」
などと、17号に対し、軽い口調で言い訳をするように話しかける。 そして、直ぐに真剣な口調に切り替え、
「1号。 疑ったようになって、悪かったわね。 ところで、右前腕の損傷は?」
と、「ウォールシールド」左端から「ワンハンドランス」を突き出したままになっている5号機から視線を外すと、装甲が抉れてしまった自機の右前腕に注視し、1号にゆっくりと問いかける。
「いえ。 仮想1号機、右前腕の装甲面に深い傷が付きました。 ですが、右腕自体の動作に支障はありません。」
1号も、5号機がすぐに攻撃してこないと判断したのだろうか、マリナに対してゆっくりと答える。
「・・・わかったわ・・・。 それじゃあ、手合い再開ね・・・。」
1号の回答を聞き、機体の損傷状況が軽微なことに安堵したマリナは、呟くようにそう告げる。 そして「ラージシールド」を機体正面に構えたまま、5号機の動きを警戒しつつ、しゃがんだ体勢からゆっくりと立ち上がり始める。 一方の5号機は、1号機が立ち上がっている最中も微動だにしない。
片や、立ち上がった1号機は、機体正面を5号機に向けたままゆっくり五~六歩後退し、「ラージシールド」を胸前に掲げ、手合い再開の意思を5号機に伝えた。 その後は「ラージシールド」を機体正面に戻し、「ロングソード」を右後方に引いた構えを取る。 5号機はそれを見届けたように各武具を構え直すと、機体正面を1号機に向けるため、ゆっくりと立ち位置を微調整する。
『・・・睨み合っていてもしょうがない! こうなったら!』
互いに武具を構えてから数秒の睨み合い後、先に動いたのは、またも1号機だった。 今度は正面に構えていた「ラージシールド」を機体側に引き寄せ、
「うぉーっ!」
マリナはそう叫ぶと、5号機に向かって勢いよく突進を開始する。 それに対し、「ウォールシールド」の下部を地面に突き立て、1号機の突進を受けて立つように見えた5号機。 1号機がさらに間合いを詰め、両機の盾がぶつかると思いきや、5号機は寸でのところで地面に突き立てている「ウォールシールド」をわずかに引き抜き、自機側に寄せる。 そして1号機の「ラージシールド」と激突する直前、今度は「ウォールシールド」を地面へと突き立て直し、前方に勢いよく突き出した。 すると、巨大な盾同士がかなりの勢いでぶつかり合い、仮想空間内に重苦しい重低音が響きわたる。 結果、突進攻撃を仕掛けた1号機だったが、5号機を転倒させるどころか、5号機の「ウォールシールド」に押し戻され、よろよろと一歩、二歩と後退させられてしまう。 そこからさらに重心を崩しそうになるが、
「んぐぐ・・・!」
マリナは苦しそうな声を上げながらも左腕から体全体にかかる衝撃に耐え、重心を保ってどうにか仮想1号機が転倒してしまうのを防いだ。 片や、1号機の突進を軽々とはじき返した5号機は、すぐさま追撃しようと、「ウォールシールド」を地面から引き抜き、1号機が後退した分を一気に詰めてくる。 そこから、「ウォールシールド」を地面に突き立て直して機体を安定させると、「ワンハンドランス」を頭上に高々と振り上げ、1号機に向かって叩きつけようとする。
一方、マリナは自身の視界端に、間合いを詰めてきた5号機が、「ワンハンドランス」を真上から振り下ろそうとしている姿を僅かに捉えた。
「くっ!」
不安定な体勢ながらも攻撃を躱そうと、懸命に機体を右側に移動させる操作をするマリナ。 その直後、1号機「ラージシールド」表面の数センチ外側を通過していく、5号機の「ワンハンドランス」。 5号機の攻撃は回避行動を取った1号機を捉えられず、「ワンハンドランス」の穂先は地面を叩いてしまった。 すると、棒状武具特有の打撃音が仮想空間の地面から響き、5号機は一瞬、固まったように動かなくなってしまう。 マリナはその一瞬を逃さず、1号機を5号機の左側にもう一歩踏み込ませる操作をする。 そして5号機の左側面に達すると、
「せやっ!」
と、「ロングソード」の突き攻撃を放った。 狙いは、「ウォールシールド」を支えている左腕の上腕部。
片や、5号機は地面に突き立てている「ウォールシールド」を引き抜き、1号機の突き攻撃を受け止めようとしたのだろうか。 「ウォールシールド」を1号機の攻撃方向に向けようとするも間に合わず、1号機の突き攻撃は5号機の左肩付近に甲高い音を立てて命中する。
一方、突かれた左肩を軸に、重心を崩す5号機。 そして、地面から引き抜いて振り回した「ウォールシールド」の重さによる影響も受け、さらに不安定な体勢になった5号機は、「ウォールシールド」ごと1号機を巻き込むように倒れ込んでいく。
「うわっ!」
突き攻撃を当てた後のマリナは、左側から「ウォールシールド」が迫って来るのを見て、思わず声を上げてしまう。 それと同時、咄嗟に自分の身を守るかのように、「ラージシールド」を頭部左側に構える。
5号機の「ウォールシールド」が1号機の「ラージシールド」に激突すると、仮想空間内に再び轟音が鳴り響く。 そして、5号機につられて1号機も重心を崩しかけるが、
「くっ!」
左腕にかかる負荷圧に耐えるマリナは右膝を地面につくと同時、「ラージシールド」を地面に突き立て、どうにか転倒を免れた。 さらに「ワンハンドランス」も「ラージシールド」にぶつかるが、1号機への影響は無い範囲での軽い接触だった。 その後、5号機は仮想空間内に複雑な轟音を響かせ、1号機の目の前で仰向けに倒れ込んでしまう。
「・・・ふう・・・。 危なかった・・・。」
仮想空間内に響いた音が静まると、マリナは頭部付近に構えていた「ラージシールド」を恐る恐る降ろす。 そして、微動だにしない5号機を見ると、安堵しながら落ち着いた口調で呟き、右膝を突いた体勢からゆっくりと立ち上がる。 その後は、倒れている5号機に機体正面を向けたまま五~六歩後退し、「ロングソード」の剣先を地面に突き立て、「ラージシールド」を左脇に戻した待機姿勢を取り、
「・・・17号。 立てる?」
と、落ち着いた口調で問いかける。 すると、
「はい。 少々お待ちを。」
頭部覆い内のスピーカーから17号の声が聞こえてくるが、その低い声色に覇気は感じられない。
『「人」とはいえ、こんな声を出す以上、何かあったのかしら・・・。』
などと考えてしまったマリナは、
「17号、体のどこかでも痛めた・・・いや、損傷したの?」
と、心配そうに問いかける。
「いえ。 訓練用操縦席なので、そのようなことは無いです。 ですが、実機の手合いだったら、危なかったかもしれません。」
と、17号からは冷静な口調の回答が返ってくる。
『・・・しまった。 これ、訓練用操縦席だった・・・。』
マリナは手合いに集中しすぎてしまったのだろうか、はたまた実機の手合いと感じてしまっていたのであろうか。 17号の回答を聞くと、昨日と同様に少々顔を赤らめ、この手合いが、『訓練用操縦席の仮想手合い』だということを改めて認識する。
マリナと17号が通話通信を交わしてから暫くすると、仮想5号機は仰向けに倒れたまま各武具を一旦手放し、両手を使ってゆっくりと立ち上がり始める。 そこからマリナは5号機が立ち上がるのを、「面」の下では苦々しい表情を浮かべて見つめていた。 が、唐突に、
「・・・1号。 5号機の損傷状況、わかる?」
と、落ち着いた口調で1号に問いかける。
「5号機。 突き攻撃が当たった左肩の装甲を深く損傷させました。 ですが、機体本体への影響は無いですね。 転倒による損傷も、背面装甲の各処に傷がついた程度で、本体への影響は皆無に見えます。 各関節も、異常無しのようです。」
と、1号は冷静な口調で答えてくれた。 しかし、
「・・・。」
1号に問いかけた後、立ち上がろうとする5号機を苦々しい表情で見続けていたマリナは、何か考え込むようにしていたためか、1号の回答に対しては何の反応もしなかった。
その後、立ち上がった5号機は、地面に手放してしまった「ワンハンドランス」を右手で、「ウォールシールド」は左手で拾い上げる。 各武具を装備し終え、五~六歩後ろ歩きで下がった5号機は、1号機に向かって「ワンハンドランス」を胸前に掲げた後、1号機の頭部付近を狙うように構える。 その後、「ウォールシールド」も1号機に向け、盾下部を地面に突き立てた。 一方、手合い再開の所作を取った後、武具を構え直した5号機を見届けたマリナ。
「・・・それじゃあ、手合い再開ね・・・。」
と、ひとり呟くように告げた後、「ラージシールド」を機体胸前に掲げ、手合い再開の意思を5号機に伝える。 その後、「ラージシールド」を機体正面に、「ロングソード」は腰下へと引き、いつもの構えを取った。
またも睨み合いになった両機。 だが、今回先手を取ったのは5号機だった。 地面に突き立てていた「ウォールシールド」を唐突に引き抜くと、「ワンハンドランス」を体右奥に少し引きつつ、1号機に対して猛然と突進攻撃を仕掛けてくる。
「なっ!」
片やマリナは、「ワンハンドランス」と「ウォールシールド」を構えて突進してくる5号機の姿に圧倒されてしまい、対応が遅れてしまいそうになる。 だが、
『・・・どこを狙ってくる・・・。』
と、正面に構えた「ラージシールド」の端から、5号機が「ワンハンドランス」で突いてきそうな位置を冷静に見定め、
「・・・胴部だっ!」
そう判断すると、「ラージシールド」を地面に突き立て、その陰に隠れるように機体全体を低重心にする操作をして、5号機の突進に備えた。
一方、1号機本体が盾の影に隠れて防御を固めたにもかかわらず、5号機は走る勢いを落とすことなく距離を詰める。 そして武具の間合いに入ると、1号機の「ラージシールド」目掛け、「ワンハンドランス」を勢い良く突き出す。 両機の武具がぶつかり合い、仮想空間内とは思えない轟音が響き渡ると、
「くっ!」
と、マリナの左前腕から左腕全体に相応の負荷がかかる。 そこから5号機は、「ワンハンドランス」の突きと踏み込みを一層強めたため、
『このままだと、盾を貫かれてしまう!』
と、マリナは焦りを感じる。 だが、
『・・・そうだ! 逸らせば!』
咄嗟に判断すると、「ラージシールド」を地面から少し引き抜き、左前腕を内側に捻って盾にかかっている力をいなす。 すると、1号機の「ラージシールド」に突き立てられていた5号機の「ワンハンドランス」は、盾を貫通すること無く、盾表面をけたたましい音を立てながら逸らされていった。 片や、5号機は「ワンハンドランス」に力を込め過ぎたのであろうか。 はたまた、強く踏み込み過ぎたのであろうか。 1号機に攻撃を逸らされた後は、勢い余って前方に大きく重心を崩した挙句、そのまま1号機の右後方にまで走り込み、今度はうつ伏せで転倒してしまった。 一方、仮想空間内に轟音を響かせた5号機の派手な転倒を見て、呆気にとられていたマリナ。 5号機が倒れたまま身動き一つしなくなったのを見て、ゆっくりと立ち上がり、
「・・・17号、大丈夫?」
と、再び落ち着いた口調で問いかける。 すると、
「はい。 機体は、大丈夫です。」
またも、覇気の無い口調で応答する17号。 その回答を聞き、暫し、苦々しい表情で考え込んだようになっていたマリナだったが、意を決し、
「・・・17号・・・。 さっきの、地面を叩いた攻撃といい・・・。 今の、突進攻撃といい・・・。 見ている限り、まだ、その両武具に慣れていないようね・・・。」
と、感じたままを口にする。
「はい。 実は、この武具に慣れていません。」
と、マリナの質問に対し、17号は低い声色で正直に答える。 それを聞いたマリナは、
「・・・そうなんだ・・・。 慣れていないなら、これ以上は続けても同じね。 今日は、ここまでにしましょうか・・・。」
と、少々呆れたような口調で話しかけた。 片や、17号は、
「わかりました。」
と、再び覇気の無い口調で応じる。 だが続けて、
「明日! 明日まで、時間をください! この武具を、使いこなせるようになります!」
と、急に低い声色が変わり、マリナも初めて聞く、17号の・・・いや、「人」が懇願するような声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 エフや1号からも聞いたことの無い、『人間が必死になって懇願している』ような、感情豊かな声を聞いてしまったマリナは、心のどこかに引っかかりを感じながらも、強い違和を覚えて困惑してしまい、
「・・・えっ・・・? うん・・・。 わかった・・・わ・・・。 また・・・、明日・・・。」
と、たどたどしく応じるのが精一杯だった。
「では。」
暫し後、マリナの頭部覆い内スピーカーから17号の短い挨拶が聞こえてくると、仮想機体の5号機はうつ伏せに倒れたまま、煙のように消えはじめる。
一方、5号機が仮想空間から消え去るのを見届けたマリナ。 セーフティベルトが自身の体から自動で外れた後、「面」を取り、頭部覆いを乱雑に外すと、不満げな表情で訓練用操縦席を出て行くのだった。
その日の夕食。 いつも食事を取る席で、夕食を待っているマリナ。 ここ数日と同じように、食事部屋の窓に映る自身の姿を、虚ろな表情で眺めている。
しばらくすると、六脚「人」を従えたエフが、マリナの使っているテーブルの前にやって来て、
「ずいぶんと不機嫌ですね。 午後の仮想手合い、なにかありましたか?」
と、背を向けているマリナに、穏やかな口調で問いかける。
「不機嫌じゃ! ・・・。」
『不機嫌じゃない!』と、マリナはエフに向かって怒鳴りかけていた。 だが、『不機嫌』という言葉を意識したとき、マリナは、声を荒げている自分自身も意識する。 そして、徐々に不機嫌だった事がわかると、気まずそうな表情で言葉を切ってしまった。 その後はうつろな表情に戻ると、再び自身の姿が映る窓へ向き直り、エフには背を向けてしまう。 実際、マリナ自身は、『「操機戦管理」から追加武具の知らせが無かったこと』や、『17号が不慣れな武具で手合いに挑んできたこと』などを考えていた。 そのことに対し、多少、いらいらした気持ちがあったと知り、
「・・・どうして・・・不機嫌って・・・わかったの・・・?」
と、窓にぼんやり映るエフの黒い「面」に向かい、そっけなく問いかける。
「長年マリナの付添『人』をしていれば、マリナの機嫌が良い、悪いくらい・・・」
エフは六脚「人」の収納箱から料理を乗せた皿を取り出し、テーブル上に並べながら昨日と同じ回答をしようとする。 ところが、
「『長年マリナの付添「人」をしていれば、マリナの機嫌が良い、悪いくらい、瞬時に見分けられますって。』 ・・・昨日も聞いた・・・。」
マリナは背を向けたまま、エフの回答に被せるように、呆れた口調でまったく同じ内容を告げる。 一方、エフはマリナと同じ内容を告げた一拍後、料理を並べる手を一旦止め、
「はい。 よく、ご存知で。」
と、機嫌のよさそうな口調で答える。 その後、六脚「人」の収納箱から料理を乗せた皿を取り出すのを再開し、粛々とテーブル上に並べていく。 そして、食事の準備が全て整うと、
「今日の夕食は、魚料理を中心にしてみました。」
と、マリナが見ていないにもかかわらず、エフはいつもと同じように、テーブル上に並べられた料理に手を翳して説明を始める。 やがて、全ての料理説明が終わり、
「不足や追加、もしくは御用があれば言ってください。 それでは。」
そう告げると、エフは六脚「人」を従え、食事部屋奥に向かって歩き始めた。 その時、
「・・・え・・・っと・・・。 ちょっと待って、エフ! あの・・・。 その・・・。」
マリナは焦ったように、立ち去るエフの背中に向き直ると、もじもじした表情と仕草を見せ、唐突に呼びかける。 片や、その声を聞いたエフは立ち止まり、ゆっくりマリナへと振り返り、
「はい。 なんでしょうか?」
と、穏やかな口調で応じる。 が、
「あ・・・っと・・・。 ははは・・・。 いや・・・。 なんでも・・・ない。 ありがとう・・・。」
マリナはエフの黒い「面」を見た途端、視線を外して苦笑いのような表情を浮かべ、たどたどしい回答をするだけだった。
「そうですか。 では。」
一方、呼び止められたエフは、『なんでもない。』を聞き取ると、穏やかな口調であっさりと答える。 その後、再びマリナに背を向け、六脚「人」を従えて食事部屋奥へとゆっくり消えていく。 片や、食事部屋奥に入って行くエフを、苦笑いで見送っていたマリナだったが、
『・・・たまには、愚痴くらい・・・、聞いてほしかった・・・かな・・・。』
などと、ひとり寂しく思いつつ、出された料理に手をつけ始めた。
翌日。 昼食から少し経った、14時頃。 今日もマリナの姿は、5号機格納庫に向かう各区画連絡通路上にあった。 しばらく歩いて角を曲がると、5号機格納庫への通路に入る。 すると、はるか先の格納庫出入り口付近には、今日も17号がマリナを待ち受けるように立っているのが見て取れる。
「こんにちは、マリナ。」
マリナが17号の前に到着すると、17号は昨日と同じように、明るい口調でにこやかに挨拶を告げる。
『・・・昨日の・・・手合い終わり時の声・・・。』
その一方で、17号の付けている白い「面」を見つめながら近づいていたマリナ。 昨日、17号が仮想手合いの終わり際に発した、『違和感のある声』を思い出していたためか、歩みはいつしかゆっくりとしたものになっていた。 だが、17号の前に立ち、にこやかな声での挨拶を聞くと、そんな違和感は消し飛び、
「・・・こんにちは、17号! 準備は出来ているわね!?」
と、両手を腰に当て、17号に対して機嫌よく問いかける。 片や、問いかけられた17号も、マリナをわずかに見上げつつ、
「は~い。 準備、出来ています。」
と、再びにこやかな口調で答える。
「それじゃあ、ここで立ち話をしていてもしょうがないし、訓練室に行って、待っていてもらえるかしら?」
と、マリナは『手合いをしたい』という逸る気持ちを抑えきれず、17号に対して急かすように話しかける。
「は~い。 では、訓練用操縦席内で待っています。」
17号はにこやかにそう告げると、マリナの気持ちを理解したかのように、小走りで格納庫内奥へと消えていった。
『今日は、今まで通りの、にこやかな声・・・。 それにしても・・・昨日の声・・・と、違和感・・・。 なんだったんだろう・・・。』
一方のマリナは、暫し、そんな事を考えながら走り去る17号を見つめていた。 だが、
「・・・考えていてもしょうがない・・・。 私も戻るか・・・。」
と、ひとり呟いた後、小走りで5号機格納庫の出入り口を後にした。
小走りのまま、自身の訓練室前まで来たマリナ。 訓練室の扉が自動で開くと、室内の中央には、1号が待ち受けるように立っているのが見て取れる。 にもかかわらず、マリナは1号が目に入っていないかのように、一目散に訓練用操縦席へ向かい、中に入って行ってしまう。 片や、訓練室中央で仮想手合いの準備を進めていた1号は、小走りで入室してきたマリナに向かい、
「ご主人よ。 また、走ってきたのですか?」
と、冷静な口調で問いかけるも、返事は無く、無視されているかのような扱いを受けてしまう。 そんな状況にもかかわらず、1号は無言で訓練室奥の休憩椅子へ向かい、腰掛けて仮想手合いの準備を続ける。
一方、訓練用操縦席に入ったマリナは、息を整えるのもそこそこに室内中央に立つと、手早く頭部覆いを装着し、「面」も着け終えた。
「ご主人よ。 そんなに急がなくても、17号は逃げたりしませんよ。」
訓練用操縦席内の視覚装置を使い、準備万端なマリナの姿を確認した1号は、マリナの頭部覆い内スピーカーから落ち着いた口調で話しかける。 すると、マリナからは、
「いいから、早く準備して!」
と、少々いらだったような口調での回答が返ってくる。 片や、回答を聞いた1号は、自身の発言がマリナの機嫌を損ねたと判断したのだろうか。 その後は、無言で訓練用操縦席内の準備を進めていく。
しばらくすると、セーフティベルトがマリナの体を捕らえ、「面」視界内は、訓練用操縦席内を映していた状態から切り替わり、昨日の『海沿いの高層建物群』とは別の景色が映し出された。
「今日の手合い場は、荒地を再現してみました。」
と、1号が仮想空間内の景色を説明する。 一方、「面」視界内に見える、高い崖に囲われた快晴の荒地を眺めるマリナ。 暫く、無言で景色を眺めていたが、
「・・・景色を変えて。」
と、冷たい口調の指示を出す。 その声を聞いた1号は、手早く対応し、
「林間部では、いかがでしょうか?」
と、1号が話し終えるや否や、マリナの「面」視界内映像は瞬時に切り替わる。 周囲の闘技場壁相当部には、緑豊かな木々が高々と聳え、その中央に闘技場と同等の広さがありそうな、快晴で開けた場所が映し出された。 マリナは再び、その景色を無言で眺めていたが、
「・・・うん、この景色で。」
と、早口で無感情に答えると、目を閉じて腕を組み、黙り込んでしまった。 それから、二分、三分と、マリナは待たされることになる。
静寂に包まれた訓練用操縦席内、1号からも17号からも何の反応も無いまま、いかばかりかの時間が経っただろうか。 ついに痺れを切らしたマリナは、
「1号! 17号は、どうしたの!?」
目を開いて腕組みを解き、不機嫌そうな口調で1号に問いかける。
「17号から応答がありません。 落ち着いて、お待ちになっては?」
と、1号はいつもの冷静な口調で答える。
『・・・17号・・・。 「準備は出来ています」と、言っていたのに・・・。』
5号機格納庫の出入り口で、17号がにこやかに話していたのを思い出したマリナ。
『待たせるなんて・・・。 どういうことなの!?』
などと、腹立たしく思いながらも、一旦落ち着こうと、
「くっ・・・。 それじゃあ、セーフティベルトに寄りかからせてもらうわよ!」
またも不機嫌そうな口調でそう告げると、踵に体重を移し、セーフティベルトへと体を預けてしまう。 その後は、再び目を閉じて腕を組み、心を落ち着かせるような姿勢を取る。
そこから二分、三分と、マリナはまたも逸る気持ちを抑えながら待つことになる。 だが、
「・・・遅いっ!」
五~六分経っただろうか。 マリナはセーフティベルトに寄りかかっていた状態から姿勢を正すと、右拳で自身の左手のひらを叩き、再び痺れを切らして大声を上げてしまう。 ついには、
「1号! 17号に、通信を繋げて!」
と、マリナは1号に対し、八つ当たりのように怒鳴って指示を出す。 が、
「ご主人よ。 もう少し、落ち着いて待たれては。」
と、1号からは苦言を呈されてしまう。 しかし、
「いいから繋げて!」
と、1号に言われたことを押し切るようにマリナは答える。
「わかりました。 5号機訓練用操縦席に、通話通信を繋ぎました。」
と、渋々ながらの口調で話す1号。 そこに、
「お待たせしました。」
と、頭部覆い内スピーカーから、17号のにこやかな声が聞こえてくる。 その声を聞いたマリナは、
「遅いわよ! 17号!」
と、苛立った様子で大声を上げる。 だが、「面」越しの仮想空間内に変化はなく、
「どこにいるの!? 出てきなさい!」
マリナはさらに左右を見渡すと、緑豊かな木々しか見えない空間に対して声を荒げる。
すると、それは突然、音も無くマリナの「面」視界内に現れ始めた。 いつも対戦相手が立つ、手合い開始位置付近であろうか。 人型・・・と言われれば、そう見えるものが形を成していく。 だが、マリナが眼差しを向ける先で姿を現したのは、見慣れた操機の姿では無く、重厚な要塞のように膨れ上がった物体・・・いや、よくよく見てみると、操機のように見えなくもない、真っ黒な機体だった。
「・・・なん・・・な・・・の・・・。」
仮想空間内とはいえ、信じられないような光景を目の当たりにしたマリナ。 言葉にならない声を上げた後は、目を見開いたまま固まったようになってしまう。
「ご主人よ。 大丈夫ですか?」
暫し後、言葉を失っているマリナを心配したかのように、1号は冷静に問いかける。 すると、マリナは1号から呼びかけられていることに気付き、
「・・・1号! なんなの!? あれは!?」
昨日とは違い、苛立ちが収まっていないのと同時に、混乱したような口調で声を荒げる。
「ご主人よ、落ち着いてください。 今の私には、解析不能です。 17号に聞いてください。」
と、冷静に応答する1号。 そして、1号の声に呼応するかのように、
『・・・服の・・・空調が・・・。』
と、マリナは服内が少し涼しくなるのを感じる。
『・・・冷静に・・・なれってことなの・・・。』
そう感じ取ったマリナは、落ち着いて深呼吸を二~三回した後、
「ふぅ・・・。 17号。 昨日に引き続き、驚かせてくれるわね。 その物体・・・? いや、機体? 説明してもらえるかしら。」
と、マリナは落ち着き払った口調で問いかける。
「はい。 この機体は、手合い4巡目以降に投入予定だった、『装甲形状変更機体』の一つ、『重装甲機体』です。 『操機戦管理』から、仮想空間での機体試用を依頼されましたので、今回はこの機体で手合いをお願いします。 もちろん、拒否も可能です。 その場合は、昨日と同じ、今まで通りの機体で手合いとなります。」
と、17号は今までとは別「人」のような声色で、感情豊かに答える。 一方、その声を聞いたマリナは、
『・・・あれ? この声・・・。 昨日の仮想機手合いの終わり間際、「明日!・・・」と言っていた時の声と、同じような・・・? それに・・・この声・・・。 どこかで、聞いた・・・。』
と、昨日の違和を思い出し、心の中で何かの引っかかりが蘇る。 だが、声を聞いただけで過去に聞いた記憶が急に思い出せるわけも無く、ましてや、目の前に異形ともいえる操機が立っている以上、相手に集中しようと考え直し、
「重装甲・・・ね・・・。 わかったわ・・・。 その機体での手合い、受けましょう。」
と、軽い口調で答える。 すると、間をおかず、
「ご主人よ。 そんな、気軽に受けていいのですか?」
と、心配しているかのような1号の声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 が、
「構わないわ!」
と、マリナは力強く答えた。 そして、もう一度深呼吸をしてから、目の前の機体を観察する。 よくよく見てみると、肩に機体番号『5』が印された真っ黒な操機だが、纏っている鎧の重厚さが、今までの操機とはまるで別物のようだ。 ところどころの装甲形状が大きく張り出し、厚みが増しているように見える。 さらに、重装甲の5号機が所持する左右の武具。 昨日の仮想手合い時と同様、右側は、石突を地面に突き立てた「ワンハンドランス」の柄を手で支え、左側は、「ウォールシールド」を地面に突き立て、機体に立てかけるように所持している。 マリナ自身が見慣れていない武具との組み合わせが、機体の異形さ加減を増長しているようだ。
『・・・なるほどね・・・。 昨日に引き続き、またも、贔屓ってわけね・・・。』
そんな異形の5号機を見ていると、マリナは突然、17号への嫉妬と、「操機戦管理」からは疎外されたような感覚に襲われる。 そしてその感覚は、いつも姉だけが父から贔屓されていた、幼いころの記憶を呼び起こした。
『・・・一緒に剣道の練習をしていても、父から褒められるのは、いつも姉さん・・・。 姉さんと一緒にいたずらをした時、怒られるのは、いつも私・・・。』
目の前の17号が、「操機戦管理」から贔屓されているかのような状況。 そんな状況が、過去の記憶と重なったようになってしまったマリナは、
『・・・17号が・・・、そんなに・・・贔屓されているなら・・・。』
と、暫し唇を噛みしめた後、嫉妬に突き動かされたかのように、俄然やる気を出し、
「・・・よ~しっ! それじゃあ、17号! 手合いを始めましょうか!」
一転して冷静さを失ったように、いつにもまして威勢のいい声を張り上げる。 すると、
「ご主人よ、少し落ち着いてください。 呼吸数と心拍数が上がってきています。」
と、1号が囁くように助言をしてくれる。 しかし、その声を聞いたマリナは、
「うるさ!・・・」
『うるさい!』と、怒鳴り声を上げてしまう。 だが、マリナが怒鳴っている最中、突然、
「マリナ!」
と、1号は珍しく・・・いや、マリナから、『私の事は、「ご主人」と呼びなさい。』と、与えられた指示を破り、マリナの名前を大きな声で叫ぶ。 片や、1号の大声が、頭部覆い内スピーカーから耳に直接響いたマリナ。 どきりとして萎縮した後、
『えっ!? ・・・1号が・・・私の・・・名前を・・・。』
と、自身の名前が呼ばれたことを意識した途端、急に冷静さを取り戻す。 暫し後、またもや落ち着いて二~三回の深呼吸をしてから、
「・・・ふぅ・・・。 17号。 今日は、そちらで手合い開始の合図を出してくれるかしら?」
と、マリナは再度、落ち着き払った口調で17号に話しかける。 すると、17号は、
「は~い。 わかりました。」
と、明るい口調に戻って答えた。 そして、17号の声を聞き取ったマリナは、
「・・・ありがとう、1号。 頭に血が上ったまま、手合いを始めてしまうとこだったわ。」
と、囁くような小声で1号に礼を言う。 それに対して1号は、
「いえ。 それでは、仮想機体との同期を開始します。」
と、いつもの冷静な口調で応じた。
周囲に緑豊かな木々が不自然に生い茂る広場の中央で、互いに武具を所持して対峙する、仮想機体の1号機と5号機。 無機質な二体の機影は、仮想の景色の中でも異質さを際立たせていた。
「構えて。」
頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる17号の冷静な声に応えるように、マリナの操る1号機は「ラージシールド」を機体正面に、「ロングソード」は腰下で引き気味に構える。 片や、17号が操っている重装甲の5号機は、「ウォールシールド」を地面へと突き立て直し、「ワンハンドランス」は右腰脇に抱えるように構えた後、身じろぎ一つしなくなる。
「始め。」
昨日のマリナよりも開始までの長い間を取った17号は、冷静な口調で手合い開始を告げた。
『・・・1・・・2・・・』
一方、開始の声を聞いたマリナは、心の中で落ち着いて数をかぞえ、
「3っ!」
と、大声を発すると同時、「ラージシールド」を機体正面に構えたまま、
「うぉーっ!」
と、5号機に向かって猛然と突進を開始する。 片や5号機は、1号機が走りこんでくるのを見ると、右足を引き、「ウォールシールド」を地面から引き抜いて自機側へと引き寄せ、1号機の進路上に突き立て直した。 1号機の突進を受けて立つようだ。
「くっ!」
5号機の動きを見たマリナは覚悟を決め、「ウォールシールド」に向かってためらわず走り込む。 そして1号機、5号機、互いの盾がぶつかり合い、重苦しい重低音が仮想空間内に響き渡る。
「うぐっ・・・!」
昨日同様、地面に突き立てられている「ウォールシールド」が相手では、さすがに突進を仕掛けた1号機がよろけてしまう。 マリナも服の負荷圧によって重心を崩し、よろよろと一~二歩後退したものの、どうにか体勢を立て直し、すぐさま5号機の左側へ回り込むかのように、右足を軽く振り上げてみせる。 その一方で、「ウォールシールド」で隠れてしまっている5号機の右足元がある位置を見定めるように注視し、
『こんな重そうな機体、足を奪えば、動きを封じられる!』
そう考えると、振り上げた右足を即座に戻し、一転して1号機を5号機の右側に素早く回り込ませた。
片や5号機は、左側に回り込んだように見えた1号機を捉えようと、「ウォールシールド」の左側から「ワンハンドランス」を鋭く突き出す。 しかし、そこに1号機の姿は無く、何もない空間を突くことになってしまう。
「もらった!」
マリナは5号機の攻撃が空振りしたのを視界端で捉え、勝ち誇ったように叫ぶ。 そして、「ウォールシールド」端から見えてきた、5号機の右足脹脛付近に向かい、
「せやっ!」
と、「ロングソード」を勢いよく突き立てる。 だが不快な音が響き渡り、1号機の突き攻撃は、5号機脹脛部分の装甲を深くえぐったものの、貫通することなく弾かれてしまう。 さらに装甲表面を滑ったようになった「ロングソード」の剣先は、勢い余って5号機脚元の地面にまで達してしまった。
「なにっ!?」
突きが装甲に弾かれると思っていなかったマリナは不意を突かれ、大きく重心を崩すと、5号機の足元付近で右膝を突いた片膝立ちになってしまう。 が、マリナは冷静に対応し、
「・・・それならっ!」
と、地面に達してしまった「ロングソード」を引き戻す時、右手と右腕に目いっぱいの力を込め、
『このまま、右足を払って転倒させる!』
と、「ロングソード」を5号機の右足首内側に引っ掛けるように、無理やり引き戻す。 しかし、
「くっ! 何て重さなの! びくともしないっ!」
悔しげに声を上げるマリナをよそに、5号機は微動だにせず、「ロングソード」は足首の装甲表面でけたたましい音をたてて擦り抜けただけだった。
一方の5号機は、足元にいる1号機に対して攻撃しようと、空振りした「ワンハンドランス」を引き戻し、高々と真上に振り上げる。 そして「ワンハンドランス」の石突を、右膝立ちの1号機頭部に向かって勢い良く振り下ろしてきた。
「上です!」
珍しく、1号の危機迫る声がマリナの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 その声を聞いたマリナは、
「・・・!」
と、考えるより早く、「ロングソード」を無理に引き戻した不安定な体勢のまま、左前腕を素早く頭上に振り上げる。 仮想空間内に甲高い音が鳴り響くと、間一髪、1号機の「ラージシールド」は、5号機が振り下ろしてきた「ワンハンドランス」の石突を受け止めていた。 そこからは、押しつぶそうとする5号機、つぶされまいとする1号機とで、力比べのようになってしまう。 すると、
「くっ・・・。」
真上から押さえつけられるようになったマリナの操機主服からは、今まで経験したことの無い負荷圧がかかり、
『重い! この負荷圧・・・。 重装甲機体の影響なの・・・?』
などと感じながら、つぶされないよう圧に耐え、押し返そうとする。 その状態から、正面に立つ5号機をわずかに見上げ、
『・・・5号機の胸や腹、両足も丸見え・・・だけど・・・。 さっき、脹脛に攻撃した時の感触・・・。 こんな・・・不十分な体勢で突いても・・・、弾かれるだろうし・・・。 どこか、装甲の薄そうな部分を狙わないと・・・。』
マリナは力比べの苦しい体勢から、状況を打破しようと考える。 だが、「面」視界で見える5号機の装甲増加は機体全体に及んでおり、胸部や腹部、両足と、自身の操る機体より、例外なく装甲が追加されているように見えた。 しかし、
「・・・ん・・・? 脇の下・・・。 形が・・・。」
と、重装甲機体の形状で、自身の操る機体と同一に見える唯一の部分を見つけたマリナ。 間髪入れず、
「そこだっ!」
そう叫びつつ、力比べの苦しい体勢から「ロングソード」を握る右手に力を込め直し、わずかに見える5号機の右腕付け根付近めがけ、狙いを定めて突きを繰り出した。 片や5号機は、1号機を押し潰そうとするのに集中してしまったのか、「ウォールシールド」を翳して防御せず、甲高い音を立てて1号機の突き上げ攻撃をまともに食らってしまい、腕の付け根の装甲が大きく歪んでしまう。 さらに、突き上げられた勢いもあって重心を崩し、両手の武具を引きずりながらよろよろと後退した挙句、仰向けに倒れそうになる。 だが、五~六歩下がったところで、どうにか「ウォールシールド」を地面に突き立てて踏みとどまり、かろうじて転倒を免れた。
「ふう・・・。」
一方、よろよろと後退していく5号機を見たマリナ。 一息つくと、そこから足元に「ロングソード」を突き立て、
「・・・よし! これで、仕切り直し・・・。」
と、余裕のある呟きをした後、剣先を眺めながら悠長に立ち上がろうとする。 だが、
「ご主人! 回避を!」
再度、1号の危機迫る声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「え?」
少々油断していたためか、とぼけたような声をだしつつも、今回もどうにか体が先に反応したマリナ。 立ち上がっている途中にもかかわらず、1号機を素早く右側に飛びのかせる操作をする。 そして、飛びのきつつ5号機に視線を向けると、重要塞のような5号機が、空中に浮いているかのような光景を目にする。
「なっ!」
目の前の有り得ない光景に、マリナは驚愕の声を上げてしまう。 5号機は機体を安定させると、「ウォールシールド」を地面から引き抜いて「ワンハンドランス」を構え直し、1号機が右膝立ちになっている場所に突進・・・いや、飛び掛かるような攻撃を仕掛けてきていた。
『・・・って、防御!』
片や、マリナは落下してくるように迫ってくる5号機に青ざめつつも、飛びのいた体勢から「ラージシールド」を5号機に向けて構え、できる限りの防御をする。 そして5号機の重苦しい着地音と共に両機の武具がぶつかり合い、仮想空間内に轟音が響き渡る。
5号機は、1号機が普通に立ち上がっていれば、「ワンハンドランス」で1号機本体を串刺しに出来ていたであろう。 しかし、1号機が飛びのいて回避してしまったため、「ワンハンドランス」の突きは「ラージシールド」の数センチ外側を空振り、何もない空間を切り裂くような音だけが響いた。 その一方で、5号機の「ウォールシールド」は1号機の「ラージシールド」と激突した挙句、5号機が着地と同時に体勢を整えたため、今度は盾同士で押し合う力比べになってしまう。
『危なかった! 1号が、指示してくれなかったら・・・。』
と、空振りした「ワンハンドランス」の穂先を視界端に捉え、安堵するマリナ。 その後、左前腕の「ラージシールド」を見つつ、
『・・・でも・・・、また、この力比べ・・・。 どうにか・・・ならないかしら・・・。』
などと苦々しく思いながら、左腕に力と意識を集中する。
そこからしばし、盾同士で押し合う力比べのような膠着状態が続き、マリナは打開の糸口を見いだせずにいた。
『離れれば、5号機の間合い・・・。 近づけば、重装甲・・・。 昨日のように、勝手に転倒・・・は、してくれなさそうだし・・・。』
色々な考えが頭を巡るが、どれも妙案とはいえず、マリナは困り果ててしまう。 が、
『・・・そういえば・・・。 さっき、腕の付け根を突き上げた時、装甲が・・・。』
と、5号機の右腕付け根を攻撃した時、装甲が歪んだのを思い出したマリナは、自身の視界を遮っている「ウォールシールド」をしばらく注視し、
「はぁ・・・はぁ・・・。 それならっ!」
乱れ始めた息を整えつつ叫ぶと、再度、「ロングソード」を握る右手に力を込め直し、「ウォールシールド」の向こう側にある、5号機の左腕付け根があるであろう付近に対して、
「当たれっ!」
と、直感任せで突き上げる一撃を放った。 一方、甲高い音を立てて左腕の付け根に攻撃を受け、またも装甲が歪んでしまった5号機。 「ウォールシールド」を構えていた力が一瞬抜け、重苦しい音を立てて盾下部が地面と接触してしまう。
『当たった!』
手応えを感じ取ったマリナは、そのまま「ロングソード」を短く引き戻し、続けざまに二撃目、三撃目と力強く突き上げる。 さらに四撃目を左腕付け根に突き上げた時、何かが裂けたような音が響き、マリナの右手には、「ロングソード」が5号機に突き刺さった感触が、手袋の負荷圧を通じて伝わってきた。 その後、マリナの左腕にかかっていた、重く押されていた負荷圧はふっと消える。 同時に、5号機の左腕が力無くだらりと下がっていくのが、「ウォールシールド」の端からわずかに見える。 マリナは突き刺さった「ロングソード」を、
「ふん!」
と、勢い良く引き抜いて半歩ほど後退すると、「ウォールシールド」は「ラージシールド」に寄りかかるようになった後、重心を崩し、重苦しい音を立てて地面に倒れていった。 片や、盾を失い、機体が丸見えになってしまった5号機は、左足を引いて半身となり、だらりと垂れ下がったまま動かない左腕をかばうように、「ワンハンドランス」を真横に構え、防御姿勢を取る。 それを見たマリナは、
「はぁ・・・はぁ・・・。 降参は・・・、しない・・・のね・・・。」
と、息を整えつつ、ひとり重く呟く。 そこから両機とも、暫し睨み合いの時が流れる。
その睨み合いから先に動いたのは、5号機だった。 真横に構えていた「ワンハンドランス」を機体右側へゆっくり大きく引き戻すと同時に、右足を一歩引く。 次の瞬間、勢いよく踏み込みながら放たれる、「ワンハンドランス」の突き攻撃。
『狙いは・・・、胴部!』
一方、落ち着いて攻撃位置を見切ったマリナは、5号機が繰り出す突きの軌道に合わせ、右足を引くと同時に、「ラージシールド」を素早く胴部付近に構える。 そして仮想空間内に甲高い音が鳴り響くと、「ワンハンドランス」の突き攻撃は、1号機の「ラージシールド」によって食い止められた。 だが、5号機はそこからさらに力を込めたため、「ワンハンドランス」は「ラージシールド」を貫通し、穂先が1号機の左前腕内部に達してしまう。
「くっ・・・。」
5号機が力を込めている最中も、マリナは全身を強張らせ、押し倒されないように耐える。 すると、「ワンハンドランス」の穂先は、左前腕内で食い込んだように止まり、1号機胴部までは届かなかった。 その状況に、5号機は一転、盾を貫通した「ワンハンドランス」を引き抜こうとする。 しかし、「ワンハンドランス」は「ラージシールド」と左前腕に強く食い込んでしまったためか、すぐに引き抜くことが出来ず、5号機は立ち尽くしたようになってしまう。
「もらった!」
片や、5号機が「ワンハンドランス」を引き抜くのに手間取っているのを見たマリナはそう叫ぶと、右半身を大きく引くのと同時に、「ワンハンドランス」が刺さっている左前腕を自身の体へと引き寄せる。 一拍後、一転して5号機の目前まで力強く踏み込み、「ロングソード」による渾身の突き上げ攻撃を繰り出す。 狙いは、一度攻撃を当てた、5号機右腕の付け根下部。 一方の5号機は、盾に突き刺さった「ワンハンドランス」を懸命に引き抜こうと、右手と右腕に力を込めていた。 そのため「ワンハンドランス」を手放せず、1号機に引きずられるようになり、躱すことも、防御することも出来ずに、突き上げ攻撃をまともに食らうこととなってしまう。
「・・・っ!」
マリナが息を止めつつ「ロングソード」を突き上げると、再び仮想空間内に甲高い音が鳴り響き、1号機の「ロングソード」は、5号機の右腕付け根付近に深々と突き刺さる。 そして、5号機に突き刺さった「ロングソード」を見たマリナは、無理に引き抜こうとせず、
「・・・くっ・・・はぁぁ・・・。」
と、止めていた息をゆっくりと吐きながら、「ロングソード」もゆっくりと手放し、一歩、二歩と後退した。 片や、右腕付け根付近に「ロングソード」が突き刺さったままになってしまった5号機は、「ワンハンドランス」を握っていた右手がゆっくりと力無く開き、武具を手放してしまう。 その後、左腕同様、右腕も力無く機体右側面にだらりと垂れ下がってしまう、重装甲の5号機。 やがて、「ワンハンドランス」は1号機の「ラージシールド」から不快な音を立てて抜け、石突を下にして落下すると、棒状武具特有の音を立てながら地面に転がっていく。 ほどなく、転がっていた「ワンハンドランス」が地面で動かなくなったのを見届けたマリナは、
「はぁ・・・はぁ・・・。 17号・・・、降参かな?」
と、息を整え、穏やかな口調で問いかけた。 すると、
「はい。 5号機は、1号機に対して降参します。」
17号はまたもや、いつもの声とは違う、手合い開始前に使っていた感情豊かな声で、悲しそうに応答する。 片や、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる、悲しそうな17号の声を聞いたマリナは、
『そうだ・・・思い出した! この声、どこかで聞いたことあるなと思っていたけど・・・。 間違いない! サリナ姉さんの声にそっくり・・・。 でも、まさか・・・。』
と、過去の記憶が蘇り、どきりとしてしまう。 が、
『・・・いや・・・。 たまたま・・・似ているように感じただけ・・・だよね・・・。』
などと考え直し、
「ふう・・・。 17号、今日はここまでにしましょうか。 また明日、お願いできるかしら?」
マリナは再度息を整えた後、愕然と立ち尽くしたようになっている重装甲の5号機を見つめ、再び穏やかな口調で問いかける。 しかし、
「・・・。」
17号からの回答は無い。 暫し、回答が返ってくるか待っていたマリナだったが、返事がないので、
「・・・それじゃあ、また、明日。」
穏やかな口調でそう告げると、「面」視界内の映像が切り替わり、自分のいる訓練用操縦席内が映し出される。 その後、体を覆っていたセーフティベルトが自動で外れ、服の負荷圧も無くなる。 マリナは「面」と頭部覆いをゆっくり外し、
「・・・ふう・・・。」
『・・・なんだか・・・剣道で、初めて姉さんに勝った時のことを思い出すわね・・・。』
などと、過去の思い出に浸りながら息を整えると、口元にわずかな笑みを浮かべ、訓練用操縦席を出て行くのだった。
訓練用操縦席から出てきたマリナ。 1号が腰掛けている休憩椅子に向かって足取り軽く走り寄ると、
「ありがとう、1号! 手合い開始前といい、1号の助言がなければ、今日は負けていたわね!」
と、マリナは立ったまま、座っている1号に向かい、にこやかに礼を言った。 一方、話しかけられた1号は、
「ご主人よ。 私は、操機補としての役割を果たしたまでですので。」
と、一拍置いて、マリナを見上げながら冷静な口調で答える。 続けて、
「それと、手合い開始前、名前で呼んでしまい、申し訳ありませんでした。」
と、座ったまま、頭を下げて謝罪する。 マリナはその反応を見てから、ゆっくりと1号の右隣りの休憩椅子に腰掛け、
「いやいや、気にしなくていいわよ・・・。 おかげで、冷静に慣れたし・・・。」
と、微笑んだ表情で返事をする。 だが突然、少々不機嫌な表情になると、右手の人差し指で1号を指さし、
「ただし! この後は、今まで通り、『ご主人』と呼ぶように! ふふふ・・・。」
と、声色も不機嫌になった後、すぐに微笑んだ表情に戻った。 そこから体を背もたれに預け、
「・・・それにしても、よく、5号機が『飛びかかってくるような攻撃をしてくる』なんてわかったわね?」
と、マリナは一転して不思議そうな表情で1号に問いかけた。
「ええ。 今日の5号機の武具を見た段階で、槍状武具の攻撃手法を色々と調べていました。 そして、あの時の5号機との距離が、飛び掛かり攻撃の適正間合いに近かったので、警告を発しました。」
と、冷水の入った容器をマリナに差し出しながら、落ち着いた口調で答える1号。
「そうなんだ・・・。 ともかく、助かったわ・・・。 あんな風に贔屓された5号機を見せられたら、負けるわけにいかなかったからね!」
と、マリナは冷水の入った容器を受け取った後、強がって見せるように答えた。 そして、冷水の入った容器の封を開けようとした時、ふと、何かに気付き、
「・・・そうだ! 今回のお礼をしないとね。 1号! ちょっとこっちに・・・。」
マリナは弾んだ声でそう言うと、冷水の入った容器の封を開けず、自身の右脇の椅子上に容器を置いた後、にこやかに右手で1号を手招きする。 それに応じ、無言でマリナに体を寄せ、顔を近づける1号だったが、
「・・・ほらっ・・・、『面』と頭部覆いを取る!」
と、マリナは急かすように指示を出す。 一方の1号は指示に従い、黒い「面」を外し、頭部覆いも取り去ると、「人」特有の整った顔が露になる。 人間の年齢でいえば、青年位の顔つきだろうか。 片や、マリナにとっては、久しぶりに見る、操機補1号の素顔。
「・・・。」
そして、1号に見つめられたようになってしまったマリナは、「人」特有の整った1号の素顔を意識してしまったため、言葉を発せられず、固まったようになってしまう。 すると、1号は心配そうな表情でマリナを見つめ、
「どうかしましたか? ご主人よ。」
と、口調も心配そうになって問いかけてくる。
「・・・あ・・・。 いや・・・。 なんでも・・・ない・・・よ・・・。」
一方、1号に見つめられて問いかけられたマリナは、どこか照れたように目が泳ぎ、返事も小声になって途中途中で途切れ、1号の素顔を直視出来なくなってくる。
「ご主人よ。 心拍数と発汗が上昇していますが、大丈夫ですか?」
片や1号は、マリナの方へと身を乗り出し、さらに顔を近づけてくる。 マリナはそれに耐えきれず、
「あはは・・・。 それじゃあ・・・、今日の・・・お礼だよ・・・。」
と、恥ずかしそうに笑顔を浮かべて小声で話すと、1号の露になっている頬を両手で数回優しく撫でる。 その後すぐ、
「明日もよろしく!」
一転して大声でそう告げたマリナは、1号を見ないまま素早く椅子から立ち上がり、全力疾走で訓練室を出て行ってしまった。
1号機格納庫内、訓練室から少し離れた通路上。 顔を真っ赤にして息を整える、マリナの姿があった。
「はぁ・・・はぁ・・・。 いや~・・・。 わかっていたとはいえ、1号の素顔・・・。 なんという・・・破壊力というか・・・。」
両頬に手を当て、小声でひとり呟くマリナ。 一旦立ち止まって、胸の高鳴りと顔の火照りを鎮めようと、通路の壁に寄りかかり、頬をさすり続けた。 だが、頬の火照りは一向に収まらず、それどころか、顔全体が汗ばんでくるのを感じる。
「・・・どうしよう・・・。 このままじゃ・・・。 そうだ! お風呂に入って、冷静になろう。」
マリナは再び小声でひとり呟くと、両頬に手を当てたまま、ゆっくりと自分の部屋へ進路を変え、足早に走り去った。
その日の夕食。 マリナは食事部屋で何事もなかったかのように、うつろな表情で、窓に映る自身の姿を眺めている。 しばらくすると、六脚「人」を従えたエフが、マリナの使っているテーブルに近づいてきて、
「どうしたのですか? 落ち着きがありませんね。」
と、背を向けているマリナに、穏やかな口調で話しかけた。 一方、話しかけられたマリナは、突然驚かされたかのように、びくりと体を強張らせる。 一拍後、夕食の準備を始めようとしていたエフへと、恐る恐る振り向きながら、
「・・・えっ! そんな・・・。 大丈夫、大丈夫・・・。 平気、平気・・・。」
と、振り向いたマリナはエフを直視せず、後ろめたいことでもあるかのように、おどおどと答える。
「午後、訓練用操縦席使用後に、心拍数や発汗が急上昇したのと関係があるのですか?」
片やエフは、六脚「人」の収納箱から料理を乗せた皿を取り出してテーブル上に並べつつ、穏やかな口調でマリナに問いかける。
「あ~・・・っと・・・。 え~・・・。 そうそう・・・。 それは、訓練室から部屋に、走って戻ったから・・・じゃないかな・・・。 あはは・・・。」
と、マリナはエフの質問をはぐらかすように、視線を合わせずに答えた。 しかし、
「走ったにしては、訓練室内にいた時から、心拍数が高かったようですが?」
と、エフは落ち着いた口調で、再度鋭く問いかける。
「あはは・・・。 ばれるよね・・・。 こんな服を・・・着ていれば・・・。」
と、マリナは再度エフの質問をはぐらかすように、左手で操機主用服の左襟を摘み上げて見せる。
「ええ。 そして、1号との間に、なにがあったかも知っています。」
と、エフは穏やかな口調で答えつつ、テーブル上に料理が乗った皿を並べていく。 一方、そんなエフの言い方が気に障ったのだろうか、マリナは、
「あれあれあれっ!? なになにっ!? もしかして、やきもち!? エフが!? あははは・・・。」
と、強気な口調で冷やかすように告げた後、開き直ったように大声で笑いながらエフを見つめる。 しかし、
「ええ。 やきもち? 嫉妬? しています。」
と、エフはマリナに黒い「面」を向け、冷静な口調で平然と答えた。 そして、食事の準備が整うと、収納箱を閉じた六脚「人」は食事部屋奥に引き上げていく。 だがエフは、マリナが腰掛けている反対側の椅子に向かい、ゆっくりと腰掛けてしまう。
「・・・エフ・・・。 なに・・・を・・・?」
片や、自分の真向かいに座ったエフに対し、徐々に笑顔が消え去るマリナ。 そんなエフを眺めていると、右手で黒い「面」をゆっくり外し始めてしまった。
「・・・ちょっ・・・と・・・。 エフ・・・。 勝手に、『面』を外さないで・・・。」
マリナが懇願するように言っているにも関わらず、エフは外した「面」をテーブル上に置くと、頭部覆いも取り去ってしまう。 すると、1号とは別の顔立ちの、幼いころから見慣れている、「人」特有の、整ったエフの素顔が露になる。
「・・・あの・・・エフ・・・。 いや・・・、エフェス・・・。 『面』を付け・・・」
と、久しぶりにエフの素顔を見たマリナは、昼間に1号の素顔を間近で見た影響か、あるいはその後ろめたさもあってか、見慣れているはずのエフの素顔を徐々に直視できなくなり、視線を自分の腿付近に落としてやり過ごそうとする。 さらに視線を落とした影響だろうか、発した言葉の最後は、空間に散ってしまったように消えていった。
一方のエフは、テーブル上でそっと指を組み、
「それでは、今日は、久しぶりに、マリナの不満や愚痴を聞くとしましょうか。」
穏やかな口調でそう告げると、表情豊かな笑顔でマリナを見つめる。 片や、エフの笑顔を上目遣いでちらりと見てしまったマリナは、頬を赤らめつつ、小声で一言、
「・・・いじわる・・・。」
翌日。 昼食後、14時頃。 マリナの姿は、今日も各区画連絡通路上にあった。 ところが、5号機格納庫へ向かう途中、ふと、
『ご主人よ。 心拍数と発汗が上昇していますが、大丈夫ですか?』
『それでは、今日は、久しぶりに、マリナの不満や愚痴を聞くとしましょうか。』
と、昨日の1号やエフとのやり取りを思い出してしまい、
「・・・くぅっ・・・。 1号もエフも・・・、私のことを・・・からかって・・・。」
と、歩みを止め、ひとり悔しそうに呟く。 すると、マリナは昨日同様、再び頬がじんわり暖かくなってくるのを感じてしまい、
「・・・こうなったら・・・、今日は、17号に八つ当たりしてやる・・・。」
などと意気込むように呟くと、俄然やる気を出し、5号機格納庫の出入り口へ向かって、不機嫌そうに大股で歩き出した。
そして角を曲がり、5号機格納庫の出入り口が見えてくる場所に来た時だった。
「・・・えっ・・・?」
自身の目に映った光景を疑ったマリナは、全力で出入り口へと走り寄る。 が、
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・えぇ~っ!」
マリナの目の前にあるのは、シャッターで封鎖された、5号機格納庫の出入り口だった。
エピソード2-3、主要登場人物「マリナ」の後日エピソードでした。
続いて、エピソード2-4になります。




