表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

エピソード2-2

「ミライバナシ」、エピソード2-2になります。


「どうしたの、シロ? 眠そうね。」

3号改めサンゴは、車外の景色を映し出している画面を見ながら、うとうとと眠そうにしているシロに向かい話し掛けた。

「・・・ふぁ~あ・・・。 ああ・・・。 天気もいいし、暇だし・・・。 それとも・・・痛み止めの影響かな・・・。 つい、眠気が・・・。」

と、シロは景色を映し出している画面を見つめたまま、あくびをしつつ退屈そうに答える。 すると、

「眠くなるって、いつの時代の痛み止めを使っているのよ? シロ。」

と、シロの話を聞いたサンゴは、呆れたような、からかっているような口調で答えた。


シロ、サンゴ、アムの一行が、遠地の静養先へ向かって車で出発してから、2時間ほどが経過しつつあった。


「なあ、サンゴ・・・。 昼頃には、目的地に到着予定だっけ・・・? あと1時間程度か・・・。 することもないし、このまま、少し休ませてくれないか・・・。」

シロはそう言うと、両目を閉じ、億劫そうに話しながら、今にも寝てしまいそうになっていた。

「それなら、シロ。 私と遊ばない?」

一方、シロの眠そうな姿を見かねたかのように、サンゴは唐突なことを言い出す。

「・・・あそぶ・・・って・・・?」

片や、話しかけられたシロは、返事を返すのも億劫なように間延びした口調で答え、対面に座っているサンゴにゆっくりと視線を向ける。

「シロ。 『じゃんけん』は、知っているわね。」

と、サンゴも、黒い「面」越しにシロに視線を向けながら話しかけてくる。 そして、両手を使ってじゃんけんで使う手の動き、『ぐー』、『ちょき』、『ぱー』を繰り返している。

「ああ・・・。 じゃんけんね・・・。 知ってるよ・・・。 『ぐー』は『ちょき』に、『ちょき』は『ぱー』に、『ぱー』は『ぐー』に勝つんだろ・・・。」

と、車両の席深く体を預けてしまっているシロは、サンゴの手の動きを見た途端、興味を失ったように横目で見るようになり、またも億劫そうに答えた。

「それなら、話は早いわね。 私が最初に、『ぐー』、『ちょき』、『ぱー』のどれか一つを出すわ。 その後、シロに向かって、『勝って』、『負けて』の指示を出す。 そうしたら、シロは、私に指示された条件通りの、『ぐー』、『ちょき』、『ぱー』を出して。 ただし、シロがじゃんけんに使う手は左手で。 どう?」

サンゴはそう言うと、シロに向かって話しかけながら、自身の左手側が勝つようにじゃんけんをし始めた。

「・・・ん・・・?」

だが、サンゴの話を聞いていたシロは、いまいち理解できていないような声を出す。

「それじゃあ、右手が私、左手をシロに見立てて説明するわね。 『じゃんけんぽい』の合図で、私が『ぐー』を出したとする。 そして、『負けて』と言う。 それを聞いたシロは、『ちょき』を出す。 これで、シロの勝ち。 どう? できそう?」

サンゴはにこやかにそう言うと、右手で『ぐー』、左手で『ちょき』を出し、シロに向かってゆっくりと手を揺らして見せた。

「・・・なんだ・・・? 左腕の訓練ってわけか・・・?」

一方、サンゴの一連の説明を聞いたシロは、ぼやくようにサンゴに話しかける。

「そうよ。 さあ、シロ。 じゃーんけん、じゃーんけん。」

片や、シロの返事を聞いたサンゴは、急かすように自身の右手を握り、数回上下に動かし始めた。 一方、サンゴの動作を相変わらず横目で見ていたシロだったが、サンゴにせがまれ、億劫そうにゆっくり左手をサンゴの方に向け差し出す。

「じゃーんけん、ぽい!」

と、サンゴは車内に響く大きな声を上げる。 そして、右手で形作った「ぐー」をシロに向かって差し出し、

「ま、け、て。」

と、ゆっくりした口調でかわいらしく告げた。 一拍後、シロの左手が形作ったのは、「ぱー」だった。

「あら?」

と、シロとサンゴのやり取りを黙って見ていたアムは、不思議そうな声を上げつつ、シロに黒い「面」を向ける。

「ははは。 シロ。 私は、『負けて』と指示したのだから、『ちょき』を出さないと。」

と、少々笑った後、にこやかに諭すような口調で告げるサンゴ。 片や、「ぱー」を出してしまったシロは、事の次第に気付き、はっと焦ったように座席での姿勢を整えなおした。 そして、サンゴに対して正しく向き合い、

「あっ! いや・・・。 ほら、ちょっとまだうとうとしていて・・・。 やり方を理解していなかっただけで・・・。 もう一回・・・。 今度は、大丈夫!」

と、話し方も焦ったようなたどたどしい口調になってしまう。 そこからシロは改めて姿勢を正し、右手は膝の上に置き、左手をサンゴに向かい差し出す。

「それじゃあ、もう一回最初から。 じゃーんけん、ぽい。」

一方のサンゴは、仕切り直したようにそう言うと、握った右手を数回軽く上下させる。 その後、今度は右手で「ぱー」を形作ってシロに差し出し、

「ま、け、て。」

と、またも負けるように指示を出す。 再び一拍後、シロの左手が形作ったのは、「ちょき」だった。

「あら、シロ?」

再び、アムが不思議そうな声を出しながらシロを眺める。 そして、サンゴからも、アム同様、

「シロ?」

と、不思議そうな声が漏れてくる。 そして、双方の声を聞いたシロは、

「・・・あっ・・・。 いや~・・・。 左腕の調子、良くないのかな・・・。 ははは・・・。」

と、右手で左前腕をさすりつつ、少し焦ったような口調でごまかすように答える。 片や、シロが左前腕をさすっている間、無言になってシロを見つめるようになるサンゴとアム。 シロにとって、気まずい沈黙の時間が流れる。

「・・・そうだ! それじゃあ、やり方を理解するのに、まずは右手でやってみよう!」

と、今度は右手をサンゴに向かって差し出し、強がるように言い張るシロだった。

その後、右手で3回、左手で3回。 合計6回のじゃんけんをしたが、サンゴの指示通りにじゃんけんが成立したのは右手の1回だけだった。 もっとも、サンゴは意地悪しているかのように、すべて、『負けて』の指示を出していた。 その結果を受けたシロに至っては、眠気など何処かに吹き飛んでしまっていたが、またも眠っているようにうなだれ、愕然と車両の床を眺めることになる。

「シロ。 そんなに落ち込まなくても。 良かったじゃないの。 左腕訓練の他にも、やらなきゃいけないことが見つかって。 操機主として、咄嗟の判断力は重要よ。」

と、茶化すように、明るくシロに話しかけるサンゴ。 片や、シロはうなだれたまま、

「・・・ああ・・・。」

と、覇気のない声で答えた。 そして、シロとサンゴのやり取りがひと段落すると、

「さあ、シロ。 あと少しで目的地に着きますから、気を取り直してください。 ね。」

と、アムに慰められているシロを乗せた車両は、目的地の近くまで来ていた。


「操機戦管理」が指定した目的地に着いた、シロたち一行。 停車した車両内の画面から見える建物は、今時珍しい、高層階の大きな建築物であった。 そして、車両両側の扉が自動で開くと、

「珍しいですね。 今時、こんな大きな宿泊施設とは。」

と、一番初めに降車したアムが、建物を見上げながら不思議そうな口調で感想を言い、

「え~っと、10階、11階、12階建てね。 こんなに、人間が来るのかしら?」

と、二番目に降車したサンゴが冷やかすように呟く。 その後、最後に降車したシロが、

「こら・・・。 失礼だろ。」

と、サンゴを叱るような口調で注意する。 車両内で落ち込んでいた状態からは、すっかり立ち直ったようだ。

その後も、暫く立ち尽くすように建物を見上げていたシロたち一行。 建物内からは、特に誰か出てくるわけでもなく、困り果てたシロは、

「・・・俺、こういう場所は、初めてなんだよ・・・。 アム、どうしたらいいか、わかるかい?」

と、シロはアムに向かって助けを乞うように話しかけた。 すると、

「わかりました。 少々お待ちを。」

と、冷静な口調で答えたアム。 一拍後、

「シロ。 建物の中に入っていいようですね。 あの大きな扉が入り口のようですので、入りましょう。」

アムはそう告げると、目の前の建物1階に見える両開きの扉に向かって右手を翳した。

数段の階段を上り、自動で開いた扉から建物内部に入っていったシロたち一行。 中に入ってみると、綺麗な建物外装とは裏腹に、明るく照らし出されてはいるものの、古びた感じの内装であった。 だが、手入れが行き届いていない訳ではなく、床やその周囲を含め、周りのものは埃も無く、丁寧に清掃されている。

「・・・誰も・・・いない・・・のか・・・?」

建物内へ進むシロは、さらに内部を見渡す。 建物内部は何の飾り気もなく、また、人間どころか、「人」の気配すらない。 シロたちの足音だけが、建物内部に響いている。

「あちらが受け付けのようですね。 行ってみましょう。」

暫し後、建物内通路右側に手を翳すアム。 そして、アムを先頭に、シロ、サンゴと続いて通路を進んでいった。

しばらく通路を進むと、建物壁内の窪んだ、『受け付けカウンター』のような空間内に、黒い「面」を付け、黒い服を着た、「人」が立っているのが見えてきた。 受け付けの「人」であろうか。 すると、立っていた「人」は、今更シロたち一行に気付いたように、

「シロ様でしょうか? お待ちしておりました。」

と、中年男性のような丁寧な口調で話しかけてきた。 一方、話しかけられたシロは、

「・・・ああ・・・。 そう・・・だけど・・・。」

と、たどたどしくも、どうにか返事をする。 片や、シロの返事を聞いた受け付け「人」は、窪んだ空間から受け付けカウンターをゆっくりと回り込み、シロたちの目の前に進み出ると、

「ようこそいらっしゃいました。 皆様、長旅でお疲れでしょう。 まずは、こちらで休んでください。」

と、シロの前に立った受け付け「人」は、シロから離れるように少し歩いた後、再び丁寧な口調で話しつつ、とある方向に右手を翳す。 受け付け「人」が左手を翳した先には、ホールのような大きな空間に、座り心地のよさそうな多人数掛のソファーがいくつも並んでいるのが目に入った。

「ささ、こちらに。」

そう告げた受け付け「人」は、左手を翳した先に向かい、先行して歩いていく。 その後、ソファー付近に到着すると、

「皆さま。 どうぞ、おかけください。」

と、両手をソファーに掲げ、全員に着座を勧めてきた。 一方、先行する受け付け「人」に誘われるように歩いていたシロたち一行は、着座を勧められると、中央にある低いテーブルを中心に、最奥のソファーにシロ、シロの左側ソファーにサンゴ、手前にアムといった具合に、多人数掛けのソファーに各々が着席した。 そして、シロたち一行が全員着席するのを見届けた受け付け「人」は、

「シロ様は、何か飲み物をご用意しますか?」

と、シロの座っているソファー脇に移動し、屈みこみながら丁寧な口調で訪ねてくる。 一方、いきなり尋ねられたシロは、戸惑いつつも、

「えっ・・・。 では、冷たいお茶で・・・。」

と、シロは屈んでいる受け付け「人」に対し、遠慮がちに答える。

「かしこまりました。 少々お待ちを。」

再び丁寧な口調でそう告げた受け付け「人」は、ゆっくりとした動きで、元居た受け付けの方へと歩き去っていった。

暫し後、受け付け「人」が視界から完全に見えなくなると、サンゴはソファーを降り、シロの隣に小走りで近づいてくる。 そして、軽く飛び上がって空中で体を器用にひねり、シロが座っているソファーの左隣りに座り込んだ。 さらに、シロに耳打ちするかのように左手を口元に添え、小声で、

「シロ。 ここの建物内。 視聴覚装置や、通信装置の類が少ないわ。 というか、ほぼ無いわね。」

と、服の肩にあるスピーカーではなく、「面」越しに、シロに対してひそひそ話のような話し方で語りかけてくるサンゴ。 一方、話し掛けられたシロは、再び建物内の周囲をゆっくりと見渡しつつ、

「・・・まあ、古そうな建物だし、そういった装置類に対応していないんじゃないか・・・?」

などと、サンゴを相手にしていないような言い方で答える。

「そうですね。 建築してからずいぶん経っているので、時代の風情が感じられる建物ですし。 ただ、これだけ視聴覚機能が制限されると、私たち『人』は、少し不安になりますね。」

と、サンゴの小声を聞き取っていたのであろうか、アムが珍しく不安そうな声でシロに話しかけてくる。 片や、それを聞いたシロは、

「そんなことを言ったら、俺は、その『制限された視聴覚』で生活しているんだ。 そんなに心配することもないだろ。 ははは。」

と、余裕のような笑みを見せ、自慢げに話す。 だが、一方で、

『・・・「人」って、一体、どんな視覚や聴覚の世界にいるんだ・・・?』

などと、不思議に思っていたら、

「それと、もう一つ。 シロ。 今、受け付け対応した『人』、怪しいと思わなかった?」

サンゴは左手を口元に添えたままの姿勢を保ちつつ、さらにシロに対して話しかけてくる。

「えっ・・・? 怪しいって・・・?」

シロはサンゴに言われ、受け付け対応した「人」に不審な点が無かったか、記憶をたどってみる。 だが、受け付けてから、今、座っている場所への案内まで、特に怪しい点は無く、シロはサンゴがどの点を怪しいと言っているのか理解できなかったので、

「・・・いや。 別に・・・、『人』の対応に、怪しい点なんか・・・無かったと・・・思うが・・・。 サンゴ、どこが怪しかったんだ?」

と、中空を睨んで数秒考えた後、サンゴに視線を戻してたどたどしく答える。 すると、

「私たちがここに着いた時よ。 私たちが乗った車両がこの建物前に来た時点で、受け付けの『人』は、私たちがここに到着したことを感知出来ていたわ。 だけど、受け付けた『人』は、私たちが視界に入った時点で、初めて私たちに気づいたような動きをしたでしょ。 まるで、人間のように。 そして、私たちが今日ここに来ることは、当然、知っていたわ。 さらにもう一点、『人』である私やアムにまで、着座を勧めてきたわ。 私たち「人」が、疲れるわけがないのに。 あの受け付け、本当に「人」なのかしら。 怪しいわ。」

と、サンゴは長々と、受け付けた「人」の不審点を小声で挙げた。 一方、サンゴの長話を呆れた表情で聞いていたシロは、

「・・・鋭いな、サンゴ・・・。 お前、そう・・・」

と、思わず「操機補」と言ってしまいそうになるも、

「んっん~・・・。 お前、付き添い『人』辞めて、探偵になれば・・・。」

と、シロは咳払いをするように誤魔化しつつ、いつぞやに操機格納庫で言われた仕返しとばかりに言い返す。 続けて、

「『人』が視界に入ってから対応を開始するなんて、おかしいことじゃないだろ。 『人』の主人から、『人間のように対応しろ』って、言いつけられているだけなんじゃ・・・」

と、シロがサンゴに向かって話しかけていた時だった。 突然、サンゴがシロの隣から立ち上がり、元居たシロの左隣りにある多人数掛のソファーに走り戻った。 そして、何もなかったかのように座り、澄ましている。

『なんだ・・・? サンゴ・・・。 いきなり戻って行って・・・。』

と、ソファーに戻り、澄ましているサンゴを不思議そうに眺めるシロだったが、その数秒後、ゆったりとした足音がシロの耳にも聞こえてくる。 さらに数秒後、先ほどの受け付け「人」が、トレーに飲み物容器を携えて戻ってくる姿が、シロにも見えてきた。

『ああ・・・なるほどね・・・。 サンゴには、足音か、何か他の感知方法で、ここに戻ってくる「人」を捉えていたわけか・・・。』

と、シロは察した。

「お待たせいたしました。 冷たいお茶になります。」

シロの元に歩み寄ってきた「人」は身を屈めて丁寧な口調で告げると、シロの目の前の低いテーブル上に、お茶の入った器を置いた。

「ありがとう。」

と、シロは飲み物を持って来てくれた「人」に対し、優しい口調で礼を告げる。 すると、

「それでは、この宿の主を呼んでまいりますので、このまま少々お待ちください。」

再び丁寧な口調でそう告げると、携えていたトレーを左脇に抱え、直立になる「人」。

「わかりました。」

一方、シロはテーブル上に出されたお茶の入った器から、受け付け「人」に視線を移し、再び優しい口調で返事をする。 それを聞き取った受け付け「人」は、

「失礼いたします。」

と、丁寧な口調で告げて一礼をした後、再び受け付けの方へとゆっくり戻って行った。 シロも受け付けに戻って行く「人」を目で追った後、改めて、建物内の作りを見渡し、

『・・・それにしても・・・。 ここ、本当に、「操機戦管理」が関わっている施設なのだろうか・・・。 最新とは、ほど遠い雰囲気だが・・・。』

などと、最新の設備がそろっていた操機施設と比べると、古さが際立っており、違和感すら覚えるほどだった。 その後、ふと、冷たいお茶の器が置かれた低いテーブルに目が行く。 数秒間眺めていても、何の変化の無いテーブル表面。

『あれ・・・? 見つめているのに、何の反応もない・・・?』

と、疑問に思ったシロは、深く腰掛けていた多人数掛のソファーから少々身を乗り出し、目の前の低いテーブルに対し、拳にした右手中指で反応を確かめるようにそっと触れてみる。 その後数秒待つも、テーブル表面には何の変化もない。

「シロ。 このテーブル、情報表示機能は無いわよ。」

シロの無駄な動作を見かねたのだろうか。 サンゴも目の前の低いテーブルを右手でさすりながら、少し落ち込んだような声でシロに話しかけてくる。

「え~・・・。 まいったな・・・。 手持ち無沙汰になる・・・。」

と、サンゴの話を聞き、落ち込んだ表情で呟くように話すシロ。 が、ふと、何かに気付き、

「・・・そうだ! テーブルに表示機能がないなら、自分のメガネ型端末で・・・。」

と、呟くようにそう告げると、シロは自身の上着のポケットをまさぐり始める。 しかし、

「ん・・・? ・・・って・・・あれ・・・? 端末・・・? どこだ・・・?」

と、自身の服のポケットのどこにも、メガネ型端末が入っていない事に気付く。 だが、落ち着いて、

「・・・え~と、アム。 俺のメガネ型端末、持っているよね?」

と、シロの対面に座っているアムに向かい、右手を差し出しつつにこやかに問いかける。 すると、

「いいえ。 ご自分で持っていたのではないのですか?」

と、冷静な口調で答えるアム。 その言葉を聞いたシロは、

「え・・・? 自分で・・・?」

と、記憶を辿るように少々考えた後、徐々に顔が青ざめていき、

「・・・ああっ! メガネ型端末、持ってくるの、忘れた・・・。」

と、落ち込んだ口調と表情で呟く。 操機施設にいた時、普段から所持していた「面」が、メガネ型端末の代わりを十分果たしてくれることを感じたシロ。 しばらくすると、普段の生活で使っていたメガネ型端末は、部屋内にあった収納箱に保管したことを思い出す。 そして、今回の遠地静養に出発する際、収納箱から持ち出していなかった事に気付いた。

「シロ。 連絡して、送ってもらいますか?」

一方、事の次第を察したようになっているアムは、シロに向かって優しい口調で問いかけてくる。 だがシロは、しばし考えるようになった後、

「・・・いや・・・。 取り寄せは、必要になってからでいいや・・・。 たまには、こういう、情報から切り離された生活も、いいかもね・・・。」

と、アムやサンゴに対し、余裕の表情を見せるのだった。


受け付けをしてくれた「人」が、『この宿の主を呼びに行く』と言って立ち去ってから、いかばかりかの時間が経っただろうか。 時計の無い広間にいるシロにとっては、時間の経過を知る術がない。 そして、座り心地の良いソファーと、快適に調整された広間の室温、加えて手持無沙汰のため、シロは再び睡魔に襲われていた。 しかし、

『・・・いやいや。 さっき、アムやサンゴに余裕のあることを言った手前、寝るのは良くないよな・・・。 それに、これから来る、宿の主にも失礼だしな・・・。』

そう思っていると、ふと、目の前のテーブル上にある、手を付けないでいた冷たいお茶の器が目に入る。 遠慮していたとか、警戒していたわけでもなく、なんとなく手を付けないでいたお茶だったが、氷も入っている容器を見ていると、

『う~ん・・・。 一口飲めば、眠気覚ましになるか・・・。』

などと考えたシロは、冷たいお茶の入った容器を手に取り、口を付けてみた。 そして、一口飲んでみてその味に驚く。

『なんだ!? このお茶!?』

声にこそ出さなかったが、シロにとっては、今まで飲んだことのないお茶だった。 お茶の風味もさることながら、砂糖とは全く違う甘味が感じられる。 あまりの驚きに、シロは一気に眠気が吹き飛んでしまう。

そして、シロがお茶に気を取られていた時、

「申し訳ないね。 客人を待たせてしまって。」

と、シロの座っている向かい側から、女性の優しい声が聞こえてきた。 一方、お茶に気を取られていたシロは、声がした方向に視線を向ける。 すると、古式ゆかしい着物を着ている恰幅の良い女性が、シロへ向かってゆっくり歩み寄ってきているのが見て取れた。

「ようこそ。 私は、この宿の主で、ナギオと申します。 ナギと呼んでもらって構いません。 何せ、客人が久しぶりでね。 対応の仕方を忘れかかっていましたよ。 ははは。」

と、シロに間近で一礼した後、右手を腰に当てつつ豪快な話し方をして、宿主を自称する、ナギオと名乗る人間。 さらに、シロにしてみれば、マリナやレイ以外に合う、久しぶりの人間の女性。 シロはその立ち姿に圧倒され、ナギの姿に見とれたようになってしまう。 緩く波打つ黒く長い髪、ほのかに薫る、何かのいい香り。 背丈は、シロ自身と同じくらいか。 そして、シロ自身もあまり詳しくないが、ナギが着ている真っ白な着物にも目が行く。

『確か、この着物って、男性用の着物だったような・・・。』

そう思い、

「初めまして・・・。 シロと言います。 今回は、お世話になります。 あの・・・ナギ・・・さん。 その着物、こういう言い方は失礼かもしれませんが・・・、男性が着るものでは・・・?」

と、挨拶をして名乗った後、無礼な質問をしてしまうシロ。 服に男性用、女性用があるわけではないのに、思わず口から言葉が出てしまった。

「ああ、この服ね。 私の日課絡みでね。 いずれお見せする機会もあると思いますので、その時に詳しく・・・。 さあ、長時間の移動で疲れたでしょう。 まずは、部屋にご案内しましょう。」

そう告げると、ナギは自分の背後に右手を向け、行き先を指し示すように翳した。 片や、それに応じたように、シロもゆっくりとソファーから立ち上がる。 一方、シロが立ち上がったのを確認したナギは、自身がやって来た受け付けの方に向かい、ゆっくり歩き出しながら、

「客人はお三方か・・・。 なら、別邸がいいか。」

と、ナギはシロに聞こえるような独り言を呟く。 そして、アム、サンゴも立ち上がり、シロの後ろを付いていく。 その後は、「人」のいる受け付けの前を通過し、ナギを先頭にしたシロたち一行が、建物の奥へと進んでいく。

建物内から一旦出た後、屋根のある渡り廊下のような場所に出ると、先頭を歩いていたナギが立ち止まり、

「あそこに見える建物が別邸なんだが、どうだろうか?」

と、ナギは胸の高さで短く右手を翳す。 手を翳した先、シロたちがいた大きな建物の裏側には、広い庭が広がっていた。 その庭の少し奥、大きめの2階建て一軒家が建っているのがシロにも見て取れる。

「大きな建物ですね。」

と、感心するように答えるシロ。 建物の外観は、窓が大きく取られ、時代を感じる独特な外観をしている。

「まずは、中を見ていただいてからかな。 お気に召さなければ、別の場所を手配しますよ。」

優しい口調でそう告げると、ナギは再びゆっくりと歩き出した。 どうやら、この渡り廊下は、『別邸』とナギが呼んでいる建物へ直接つながっているようだ。 そこからさらに渡り廊下を進んだ一行は、見えていた別邸の入口に到着した。

「ただ、この別邸、ちょっと不便でね・・・。 古い建物だから、色々と自動化されていないんだ。 ははは。」

と、ナギは再び豪快に笑いながら別邸の玄関扉に手をかけ、手動で開く。 そして、

「だが、建物は古くても、手入れはしてありますよ。 部屋は、食事部屋兼広間の他に、1階に6部屋、2階に6部屋あります。 自由に使ってください。」

と、ナギは玄関で履物を脱ぎ、建物内に上がってそう告げる。 が、そこで、

「ああ、一つ。 履物は、ここで脱いでいただけるかな。」

と、お願いをするように話しかけてきた。 それを聞いたシロは、

「ええ・・・。 わかりました。」

そう告げると、建物内を見た後、玄関で靴や履物を脱ぐ形式の建物なのは理解していたので、自身の靴を脱ぎ、ナギの後を追うように建物内に入って行った。

先行しているナギは廊下をゆっくりと歩き、さらに奥へと進んでいく。 そして、部屋の入り口なのだろうか、襖に手をかけて開くと、

「ここが、食事部屋兼大広間です。 まずは、ここでゆっくりしてください。」

と、ナギはシロたち一行を招き入れるように右手を掲げ、部屋の中に誘う。 その手に誘われるように、シロが部屋の中に入っていく。 部屋自体もかなりの広さだったが、シロは部屋奥の窓から見える景色に目を奪われる。 手入れがされた木々が多数見える広い庭が見え、庭のその遥か先には海が見える。

「おお! いい眺めですね・・・。」

と、景色に見入ってしまったシロは、言葉少なく感動を伝えると、

「気に入っていただけたようで、良かった。 では、後で『人』を寄こすので、何かあった時の連絡方法・・・」

と、ナギがにこやかに話していた時だった。 部屋外の廊下側から、

「主よ。 もう来ていますよ。」

と、先ほどの受け付け「人」であろうか、やや大きな声が聞こえてくる。 その声を聞いたシロは部屋の外へ向かい、廊下を眺める。 すると、アムやサンゴ、受け付けをしてくれた「人」が、何かやり取りをしているように集まっていた。

「シロ。 この方から、受け付けへの連絡方法を含め、注意事項等を教えていただきました。」

と、アムが受け付け「人」に手を翳し、優しい口調で告げてくる。

「何かありましたら、遠慮なく連絡をください。 では。」

一方の受け付け「人」は、優しい口調でそう告げると、浅い会釈をして別邸の玄関に向かっていった。 それを見送ったシロは、ゆっくりと室内に戻り、

「ええっと・・・。 もう、連絡方法などは教えていただけたようです。」

と、ナギに向かい、微笑みながら答える。 それを聞いたナギも、

「ははは。 そのようだね。」

と、豪快に笑い飛ばす。 その後、ナギは建物に関する説明を手短に終え、

「それでは、私も戻るとしよう。」

そう言って、部屋の外に向かう。 シロもナギを見送るように後を付いていくと、

「そうそう。 食事は朝昼晩の三食、ここに運ばせますよ。 その他、変更要望があれば、遠慮なく申し付けてください。 では、ごゆっくり。」

そう告げると、ナギも浅い会釈をした後、別邸の玄関へ向かう。 再び、シロもナギの後を追うと、玄関には、先ほどいた、受け付け「人」がナギを待つように立っていた。 ナギが玄関に到着し、履物を履き終えた後、受け付け「人」がゆっくりと玄関扉を開ける。 開いた玄関をくぐり、

「では。」

と、シロに向かって再度の挨拶を告げた後、建物をゆっくりと出て行くナギ。 その後を追うように、受け付け「人」も玄関扉をくぐった後、ゆっくりと扉を閉めて去って行った。


ナギを見送ったシロは広間に戻り、広間中央のテーブルを囲むように置いてある最奥の座椅子に座った。 サンゴも広間に入り、最後にアムが襖を閉めながら部屋に入って来た。 そして、シロの対面座椅子にアム、シロの左手側にサンゴも座ると、

「ゆっくり出来そうな場所で、よかった。」

と、両手の手袋を外し、落ち着いた口調で切り出すシロ。 すると、

「シロ。 ここの建物も、視聴覚装置の類が無い。 このテーブルも、情報表示機能がないし、各部屋も、私が探知した限り、情報表示機能がある物は一切ないわよ。」 

と、サンゴは不満そうな口調でそう告げながら、シロに「面」を向ける。 片や、「面」を向けられたシロは、「面」の下でふくれっ面をしているサンゴの素顔を思い描きつつ、

「・・・まあ、無いものは無いんだし・・・。 しょうがないじゃないか・・・。」

と、サンゴを慰めるように答える。 一方で、

「シロ。 食事は朝昼晩の三食、ここに運ばれてくるとのことです。 各部屋の清掃も、宿の「人」がするとのことです。 そうすると、私は、何をしていたらいいのでしょうか?」

と、アムもシロに「面」を向けつつ、自分の胸に右手を当て、困ったような口調で尋ねてくる。 片や、それを見たシロ。 今度は、「面」の下で困った表情をしているアムを思い描きつつも、

「えっ!? なにを・・・って・・・。 そうだな・・・、困ったな・・・。」

と、アムの質問に応じられず、シロも右手で後頭部を掻きながら、困ったような口調と表情で答えた。


広間に用意されていたお茶をアムに入れてもらい、一落ち着きしていたシロ。 宿の受け付け「人」が持ってきたお茶と同じ味だったのに驚いていると、

「シロ。 『昼食、どうなさいますか?』と、宿の方から連絡がきています。 昼食にしますか、それとも、もう少し休憩しますか?」

と、アムが優しい口調でシロに尋ねてくる。

「え・・・。 そんな時間だったんだ・・・。 そうだな・・・。 昼食に・・・するか・・・。」

操機格納区画の食事部屋で朝食を取った後、車での移動中は何も口にしていなかったので、腹が減っていたシロ。 少々迷いつつもアムに昼食の依頼を出すと、あまり時間を置かず、昼食が届けられたようだ。

「食事が届いたようですね。」

と、シロの対面に座っていたアムがゆっくり立ち上がりながら伝える。 そして、アムは部屋の出入り口に向かい、広間の襖を開け、シロの昼食を受け取りに行ったようだ。 暫くするとアムは、昼食であろう料理を、大きなトレーに沢山乗せ、室内に運び込んでくる。 その後、トレーに携えてきた料理を手際よくシロの前に並べると、アムはトレーを携え、再び廊下に向かって歩いていく。

『・・・あれ? 料理、全部揃ったんじゃないのか・・・?』

再度、廊下に向かって行くアムを見ながら不思議に思ったシロ。 シロ自身の前には、すでに昼食として十分な量の料理があった。 だが、廊下から戻ってきたアムは、再びシロの前に料理を配膳する。 配膳が終わると、またもやトレーを携え、廊下に向かって歩いていくアム。

「ちょ・・・っと・・・、アム・・・?」

と、困惑してしまったシロは、アムに届いていない声を出す。 シロの前のテーブル上には、肉料理や魚料理をはじめ、すでに、シロ一人では食べきれないであろう量の料理が並んでいる。

「はい。 これで、全てです。」

と、廊下から戻ってきたアムは、またもトレーから料理を配膳する。

「・・・アム・・・。 これ、ちょっと量が多いような・・・。」

と、シロはアムに向かって苦言を言ってしまう。 片や、アムからも、

「ええ。 私も、多いと思います。 栄養素や熱量換算だと、完食した場合、かなりの過剰摂取になりますね。」

と、困ったような声での回答が来る。

「う~ん・・・。 食べ過ぎは良くないし、もったいないけど、残すか・・・。」

と、目の前に並んだ料理を眺めつつ、残念そうに一人呟くシロ。

「・・・それじゃあ・・・、いただきます。」

と、少し沈んだような声でそう告げると、箸を右手に取り、出された食事に手を付け始める。 すると、

「んんっ!」

『操機工場側の医療施設』にいた時以来、シロは久しぶりにアム以外が作った食事を食べることになる。 そして、食した各料理の味に驚く。 アムが作ってくれた料理より、さらに美味しい。 加えて、腹が減っていたこともあり、シロは出された料理を夢中で食し、ほぼ食べきってしまった。

一方、シロが食事する風景を黙って見ていたサンゴだったが、出された料理をほぼ食べきってしまったのを見ると、

「あ~あ。 シロ。 出された料理、全部食べちゃったよ。」

と、シロに対し、冷やかすような、呆れた口調で話しかけてくる。

「・・・しょうがないだろ・・・。 腹が減ってたし、美味しかったんだ・・・。」

片や、サンゴから視線を外し、反論するように話すシロ。 その後は、寄りかかっていた座椅子をゆっくりと横に押しのけ、

「う~ん・・・。 だけど・・・さすがに、ちょっと・・・食べ過ぎたか・・・。」

と、行儀悪く、そのまま仰向けで寝る様にゆっくりと倒れこんでしまう。

「シロ。 かなり、栄養の過剰摂取になってしまいましたが。」

今度はアムが、小言のような苦言をシロに向かって伝えてくる。 片や、広間で横になったまま、ぱんぱんに膨れてしまった腹をさすり、アムの話を少々苦しそうな表情で聞いていたシロ。 操機に携わる前でも、これだけの量の食事を、いっぺんに取ったことは無かった。 少々反省し、仰向けになったまま頭を少し持ち上げ、

「・・・ああ・・・そうだな・・・。 なあ、アム。 『料理は大変美味しかったのですが、量を調整して頂けませんか。』と、受け付け『人』に伝えてくれないか・・・。」

と、引き続き、苦しそうな表情でアムに依頼を告げるのだった。


昼食後、腹が膨れてしまったシロは、移動の疲れも相まってか、そのまま広間で昼寝をしてしまった。 シロが目覚めたのは、日がだいぶ傾いた頃だった。 ゆっくり目覚めたシロは、広間の窓から夕方の日差しが差し込むのを見て、

「・・・あ・・・。 昼食取った後、そのまま寝てしまったのか・・・。」

と、一人呟く。 シロの対面に座っていたアムも、シロが目覚めたのを確認したのであろう、

「ええ。 ぐっすりお休みでしたし、特に予定もないので、睡眠を優先させていただきました。」

と、優しい口調で答える。 一方、周囲を見渡し、この部屋でも時計を見つけられなかったシロは、

「・・・なあ、アム。 今、何時だ・・・?」

と、ゆっくり置き上がりつつ、まだ眠そうな声でアムに問いかける。

「18時3分ですね。 そろそろ夕食の時刻ですが、シロが昼食を多めに取ったため、夕食は、少し遅い時間に量を調整して持ってきていただくように、宿に依頼しました。」

と、またも優しい口調で告げるアム。 操機に携わっていた頃であれば、18時頃は夕食の時刻であった。 だが、アムは今日、シロの昼食の摂取状態から、『18時では、夕食を食べられない。』と、判断したのであろう。 夕食の時刻を調整したようだ。 それを聞いたシロは、

「ああ。 ありがとう、アム。 さて・・・。 それじゃあ夕食前に、少し腹減らしでもするか・・・。 この建物の探索・・・と言うか、各自の部屋割りを決めよう。」

と、落ち着いた口調で言い出す。

その後、シロたちは、建物の1階、2階と見回ってみる。 シロは、1階にある古風な畳の部屋が気に入ったので、その部屋を優先的に使うことにした。 2階の各部屋は、床が古風な板張りだった。 そして、2階部屋の一部の椅子とベッドには、「人」用の充電装置が組み込まれているようで、アムとサンゴはそれぞれ、「人」用充電装置がある部屋を選んで使うことにしたようだ。 サンゴは早速、充電装置が組み込まれているベッドに寝転がり、

「受け付け『人』が教えてくれた通りね。 だけど、この充電装置、かなり旧型だわ。 どおりで、私の情報機器探知に反応しなかったわけね。 それにしても、この古めかしい部屋に調和するように、わざと旧型の充電装置を置いているのかしら。」

と、サンゴは宿の関係者がいないのをいいことに、自身で判断した事を、ありのまま話してしまう。

「・・・こら・・・、サンゴ・・・。 言いすぎだぞ・・・。」

一方、サンゴの話を聞いていたシロは、サンゴを窘めるように注意する。

「は~い。 でも、充電装置が別邸内にあって良かったわ。」

と、反省するように返事をした後、すぐににこやかに話し、ひとまず安心した様子となる。

その後、1階に戻ってきて風呂を確認すると、ここにも古風な、5~6人が同時に入れそうなほどの大きな風呂があった。 湯船に湯気が立ち、すぐにでも入れそうな風呂を見たシロは、

「おおっ! せっかくだし、使ってみるか・・・。」

と、早速、風呂に入ってみる。 だが、一人のびのびと風呂に入ったシロだったが、

『う~ん・・・。 古風だし・・・。 ここまで広いと、なんか落ち着かないな・・・。』

と、あまりゆったりとはくつろげなかった。

風呂に入った後、用意された浴衣に着替えたシロは、広間でサンゴと車中での『じゃんけん』の続きをすることになる。 しばらくシロとサンゴは、サンゴが指示する『負けじゃんけん』をするものの、結局、『負けじゃんけん』の成立率は低かった。 シロは改めて、左腕の反応ではなく、自身の判断力が低いことを認識させられることになる。

その日の夕食。 アムを通しての、『食事量のお願い』が反映されたようで、夕食の量は、操機の施設にいた時より、わずかに多い程度まで調整されていた。 だが、昼間の食事摂取量を考えると、シロには過剰な食事量だったが、夕食の各料理も非常に美味だったため、シロは出された料理を全て食べきってしまった。

その後、シロは再度風呂に入り、広間に戻ってくると、

「それじゃあ、各自の使う部屋も決まったし、今日はこのままお休みってことで・・・。」

と、仕切るような口調で、広間にいるアム、サンゴに話しかける。 すると、

「それでは、お休みなさい。」

「シロ。 お休み。」

と、アム、サンゴ、共に優しい口調で挨拶を告げ、2階に通じる階段を上っていった。

シロは、アムとサンゴが2階に上がっていくのを廊下で見届けた後、自身が使用すると決めた部屋に入り、寝巻に着替え、敷かれている布団に入り、手動で消灯する。 そして、窓から入るわずかな夜光の中、目前に持ってきた義手である左手を見つめ、

「・・・何としても、使いこなせるようにならないと・・・。」

と、強く誓うのだった。


翌朝。 シロは朝起きて着替えを済ませ、広間にやって来た。 すると、昨日の昼食夕食に引き続き、「面」を付けたアムが、手際よく料理の配膳をしている。

「おはよう・・・。 あれ・・・? 食事の準備、宿の『人』がやってくれるんじゃなかったの・・・?」

と、朝食を配膳中のアムに向かい、シロは少々眠そうな口調で声を掛ける。

「おはようございます。 宿の『人』がすべて対応することになっていたのですが、食事の配膳と別邸内の各部屋の整えは、私に任せてもらうことにしました。」

と、朝食の配膳を続けながら、にこやかな口調で答えるアム。

「・・・ふ~ん・・・。」

一方、アムの話を聞き、気の抜けたような返事をするシロ。 だが、内心は、

『・・・自分の仕事が無いのが、不安なのかな・・・。』

などと、勝手な想像をしていた。 そしてシロは、いつの間にか自身の定位置となってしまった、広間中央の最奥の座椅子に腰を下ろした。 片や、配膳を終えたアムは、無言で見届けていたシロに対し、

「さあ、準備が整いました。 ゆっくり召し上がってください。」

優しい口調でそう告げると、ゆっくり立ち上がって広間から出て行こうとする。 それを見たシロは、少し驚いたように、

「・・・あれ? アム、どこに行くの?」

と、広間から出ていこうとするアムに向かって声を掛ける。

「シロの部屋を整えてきます。 それと、宿の『人』に、布団や着替えなど、交換品も回収してもらいます。 早い時間帯に回収した方が、宿の『人』の作業効率がいいので。 何かありましたら、サンゴが対応してくれますよ。」

と、優しい口調で返事をするアム。 一方のシロは、返事を聞きながら、広間を出ていくアムをあっけにとられた表情で見送る。

『・・・アム・・・いや、「人」って、そんな配慮をするように設計されているのか・・・? それとも、人間らしさを出すために、わざとやっているのだろうか・・・。』

などと、呆然と考えてしまっていた。 そして、考えをまとめる間もなく、アムと入れ替わるように、「面」を付けたサンゴが広間に入ってくる。

「・・・おはよう・・・。」

と、あっけにとられたような表情のまま、広間に入ってくるサンゴに向かい、呆然と声を掛けるシロ。

「・・・。」

だが、サンゴはシロに挨拶を返さず、広間に入って来て、サンゴの定位置になってしまったシロの左隣に黙って座ってしまう。

「どうした? 一緒に食べるか?」

そんなサンゴの様子を気にもせず、シロは座椅子に座ったサンゴに向かい、一転してにこやかに冷やかすような声を掛ける。

「・・・。」

だが、サンゴは引き続き何の反応もせず、座った後はシロに「面」を向け、じっと見入ったようになっている。

『・・・どうしたんだ? サンゴは? 俺を見続けているようだが・・・。』

と、不思議に思ったシロ。 暫し、サンゴの「面」を見返すようにしていたが、特段の反応がなかったので、

「・・・それじゃあ、いただきます・・・。」

シロがそう言って、テーブル上の手前に置いてあった箸を右手で取ろうとした時、

「待った! シロ!」

と、唐突に大声を出すサンゴ。 それと同時、シロに向かって自身の右手の平を差し出す。 片や、シロは突然出されたサンゴの大声と右手に驚き、

「うわっ! ・・・なんだよ、サンゴ・・・。 突然・・・。」

と、箸を取ろうとしていた右手を止め、機嫌を損ねたような口調でサンゴを見つめる。

「食事! 今日から食事をする際は、左手のみを使うこと!」

と、サンゴは威張ったような口調でシロに指示をする。 そして、シロに向かって差し出していた右手で、シロの左手を指さす。 一方、それを見聞きしたシロは、

「・・・サンゴ・・・。 言っていることが、よくわからないのだが・・・?」

と、シロは不機嫌な口調のまま、サンゴを睨むように話す。

「左手の訓練! 今日から、主だったことは、すべて左手でやること!」

と、シロの指導者にでもなったように、サンゴは大声で言い放った。 片や、突然言い放たれた言葉に驚いていたシロ。 しかし、数秒後には呆れたようになり、

「・・・あのな、サンゴ・・・。 すべてを左手って・・・。」

と、言いかけていたが、よくよく考え、

「・・・まあ・・・。 やってみるのも、悪くないか・・・。」

と、シロはサンゴに向かいそう答えると、置いてある箸に視線を移し、おもむろに左手で箸を持ち上げ、左手を主にした食事を始めるのだった。


アムは広間から出ると、別邸の玄関へ向かった。 アムが玄関扉を開けると、六脚型の荷物運搬用「人」が玄関外側で待機していた。 開いた玄関からほとんど物音を立てず、別邸内に入ってくる六脚「人」。 玄関扉から内側に数歩入ると、一旦止まる。 そしてアムが玄関扉を閉め、六脚「人」を案内するように、先行して別邸の廊下を進んでいく。 すると、別邸の廊下を土足で汚さないように、足裏から踝付近までを保護膜で包み込む機構を作動させた後、アムを追いかけるように六脚「人」も歩き出す。

物音を立てずに廊下を進んで行き、シロの使用している部屋前に到着する、アムと六脚「人」。 すると六脚「人」は、自分の腹部を開き、アムは部屋の扉を開く。 六脚「人」が開いた腹部内は大きな収納箱になっており、アムはその中から、真新しい布団一式と、シロ用の真新しい着替え類一式、タオル等交換品一式を取り出す。 そして、シロが使っている部屋内に持ち込み、部屋の各収納部分に納める。 次に、シロが着替え終えた服、その他交換品、床に敷かれている布団類一式を持ち、通路で待っている六脚「人」まで運んでいく。 アムは六脚「人」が開いている腹部の収納箱に、使い終えた布団類一式、シロが着替えた服、回収した交換品一式をゆっくり置いた。 次に、洗面回り、風呂場、トイレと、順に交換品を取り換えていく。

その後、一旦、腹部の収納箱を閉じた六脚「人」は、アムと共に2階へ向かう。 2階に到着すると、アムは六脚「人」が開いた腹部収納箱から、アムとサンゴ用の着替えと交換品を取り出す。 その後、自身の部屋にある着替えと交換品の入れ替えをする。 その次に、サンゴの部屋にある着替えと交換品の入れ替えをすると、2階で交換すべき物をすべて六脚「人」の収納箱内に積み込んだ。 六脚「人」は再び開いていた腹部を閉じ、物音を立てずに別邸の玄関に向かう。 アムもその後を追い、玄関まで見送る。

別邸玄関に戻ってきた六脚「人」。 玄関手前で一旦停止すると、腹部表面に格納されているセーフティベルトに似た、2本のベルト状の装置が人間の腕のように動き出し、自ら玄関扉を開けた。 玄関をくぐって外に出た六脚「人」は、再度、セーフティベルトに似た装置を器用に使い、玄関扉を静かに閉めて本館へ向かって去っていく。

その間、すべて無言だったアムと六脚「人」。 「人」同士の間に、会話のようなやり取りはあったのだろうか。


六脚「人」を見送ったアムが広間に戻ってみると、シロが疲れ果てたように、座椅子に仰け反ってもたれかかっていた。 サンゴと視覚装置を共有し、シロの食事状況を見ていたアムは、

「左手での食事、疲れましたか?」

と、シロの右側すぐ近くに膝立ちの姿勢をとり、労わるように問いかけてくる。 さらにアムは「人」の視界で、シロの着ている服から得られている生体データの数値を見てみる。 だが、異常な数値を指している値は無い。

「ああ。 ちょっと・・・、いや、朝からだいぶ疲れたよ・・・。」

と、座椅子に仰け反ったまま目をつむり、一人ぼやくようにアムに答えるシロ。

「私たち『人』では、利き腕という概念がないので、苦労がどのようなものか分からないのですが、疲れるのでしょうか?」

と、アムは不思議そうにシロに尋ねる。

「ああ。 左腕自体は、きか・・・いや、失礼。 これを動かそうとすると、つい意識してしまって・・・。 それで、頭脳が疲れるのかな? ははは・・・。」

座椅子に仰け反っていた姿勢から、ゆっくりと普通に腰掛けた姿勢へと戻ったシロ。 アムやサンゴの前で疲れたような表情になり、義手の左前腕をさすって見せ、『左腕自体は機械』と言いかけてしまったが、慌てて訂正する。

「そうですか。 では、少し部屋に戻られて休んでは? シロの部屋は整えておきましたので。」

と、アムは心配そうにシロに向かって話しかけるも、

「甘い! シロは、この後も左腕の訓練だ!」

と、シロの左隣に座っていたサンゴが威勢のいい声を上げる。

「・・・鬼教官殿がああ言ってますので、休めそうに・・・ありません・・・。」

シロは声を上げたサンゴを見た後、アムに向かい、落ち込んだ口調と表情で答える。 そして、再び座椅子にのけぞるように体を預けた。


その日の昼食を終え、1時間ほど経っただろうか。 シロとサンゴの姿は、宿の別邸から見える広い中庭にあった。 良い天気の中、互いに少し離れた距離でキャッチボールをしているシロとサンゴ。

結局、午前中のシロとサンゴは、左手での『負けじゃんけん』をして、ほとんどの時が過ぎてしまった。 昼食も左手限定での食事だったためか、シロは食後には再度ぐったりすることになってしまう。

『う~ん・・・。 午後も、サンゴと左手じゃんけんの特訓なのかな・・・。』

と、シロはこれからの予定を考えると、気が滅入ってしまう。 だが、食事を取り終えてしばらくたっても、サンゴは広間に現れなかった。

『・・・どうしたんだろう、サンゴ・・・。 俺の食事が終わった後、広間から出て行ったきり、戻ってこないな・・・。』

と、シロは座椅子に座ったまま、義手である左手の指を、親指から小指、小指から親指へと、開いたり閉じたりする動作をさせつつ、少々心配しながら待った。 その後も、左手が負け、右手が勝ちの一人じゃんけんをしたりして、10分、20分と、サンゴが戻ってくるのを待っていたシロ。

しかし、サンゴは一向に広間に現れず、広い窓から見える天気の良い景色と、調整された空調と、食後の満腹感とで、シロはうとうとと眠気を感じはじめてしまっていた。 そして、食事を終えてから30分近く立とうとしたころ、

「遅くなったわね! ちょっと、荷物を受け取りに行っていたわ!」

と、黒い「面」を付けたサンゴが、元気な声で話しながら広間に入ってきた。 一方、その声にどきりとし、眠気が吹き飛ぶシロだったが、

「・・・どこに行ってたって・・・?」

眠そうな・・・いや、寝起きのような無表情の眼差しと口調で、広間に入ってきたサンゴを眺める。

「これよ。 これを受け取りに行っていたの。」

と、にこやかな口調で話すサンゴ。 その後、サンゴはシロに近づき、シロの左側で膝立ちになり、両手で隠すように持っていた物をシロへと見せた。 片や、サンゴが差し出した両手に置かれている物を、ゆっくりと覗き込むシロ。 サンゴの手の中には、シロの拳よりやや大きいくらいの、蛍光ピンク色のボールがあった。

「・・・どうしたんだ? こんなもの・・・?」

と、シロはサンゴが両手で差し出しているボールを右手で掴み取り、ボールの柔らかさを確かめるように握ってみる。 重さは非常に軽く、握った感じは空気が目一杯入っていて、ぱんぱんに膨れている。 だが、表面がビニール樹脂で覆われているため、そこまで硬くは感じ無い。

「いいでしょ~。 送ってもらったのよ。」

などと、にこやかな口調で自慢げに答えるサンゴ。 片や、シロは手に取ったボールをサンゴが差し出している両手に返しつつ、

「・・・それで・・・。 これで、何をするんだ?」

と、不思議そうな口調と表情でサンゴに問いかける。

「キャッチボールよ。 キャッチボール、知っているわよね?」

と、サンゴはシロに向かい、にこやかに問いかけてくる。 一方、問いかけられたシロは、少々考えた後、

「・・・ああ、知ってるよ・・・。 ボールを使った遊びだろ・・・。 確か、『一人がボールを投げ、もう一人がそれを受け取り、これを繰り返す。』・・・だったっけ・・・。」

と、広間の中空を眺め、思い出すように答える。

「そうそう。 あっているわ。 それじゃあ、詳しい説明は不要ね。 早速、やりましょう!」

サンゴはまたもにこやかにそう告げると、シロの右側に移動し、右腕の服を持ち上げるように引っ張る。 一方、シロは、

「ちょっと・・・。 やりましょう・・・って、俺とサンゴで?」

と、右腕の服を引っ張られながらも、不思議そうに問いかける。 すると、

「そうよ。」

と、平然と答えるサンゴ。 続けて、

「さあ、外にいきましょう!」

と、シロに向かい、またもにこやかに話しかける。

「え~・・・。 外で・・・。」

と、シロは億劫そうに告げつつ、サンゴに引っ張られて立ち上がり、右腕の服を引っ張られたまま、いやいやながらも広間を出て行った。

強い日差しが差す中庭中央に出てきたシロとサンゴ。 シロにとっては、昼過ぎの日差しが目に眩しい。 そして、シロ、サンゴ、共に中庭を暫く歩いていると、

「シロはここにいて。」

と、サンゴから指示を出されたシロは、指示通りにその場に立ち尽くした。 そこからサンゴはさらに歩いていき、シロから5~6メートルほどの離れた場所に立つ。

「・・・なあ、サンゴ! こんなところで遊んで、大丈夫なのか!?」

中庭の左右をゆっくり見渡した後、少々離れた場所に立つサンゴに向かい、大きな声で問いただすシロだったが、

「大丈夫よ! 宿の『人』に、許可は取ってあるから!」

と、サンゴも大きな声で返事をする。

「わかった! ・・・それで! なにをするって!?」

と、シロは右手を口付近に当て、再び大きな声で離れたサンゴに問いかける。

「キャッチボールよ! ただし、シロは左腕のみで!」

そう言いながら、サンゴはシロに向かい、持っていたビニールボールをゆっくりと投げてきた。 片や、シロはサンゴの話を聞くのに集中していたため、飛んできたビニールボールを思わず両手で捕球してしまう。 すると、

「ああ、駄目よ! 左手だけで受け取って!」

サンゴはシロに向かい、自身の右手で高く掲げた左腕を軽くぽんぽんと叩き、左腕で捕球するように催促する。 そして、

「投げるのも、左腕でね!」

と、サンゴは念を押すように、再度、自身の右手で左腕を軽く叩く。 一方、サンゴに言われ、シロは受け取ったビニールボールを義手である左手で握ってみたものの、上手く投げられるか困惑してしまい、途方に暮れるようにボールを見つめていた。 すると、

「大丈夫! シロが、最初から上手に出来るとは思っていないわ! ゆっくり投げてみて!」

と、サンゴは優しい口調で話しかけてくる。 だが、少々棘のある言い方に対し、一瞬むっとなりそうになるシロ。 しかし、

『・・・そうだよな・・・。 最初から、うまくいかなくても・・・。』

と、気を楽にし、

「・・・わかった! 投げるぞ!」

サンゴに向かってそう叫ぶと、左手でボールを投げ返そうと、左腕を振り上げる。 その時、

『うっ!』

普段使わないような左腕の振り上げ方をしたからだろうか、はたまた、服の筋力補助機能が過剰に作動した影響だろうか、不意に鈍い痛みがシロの左上腕を襲う。 その拍子に左手から離れたボールは、正面のサンゴとはかけ離れた右方向に転がっていってしまった。 そして、シロは苦しそうな表情を浮かべ、右手で左上腕付近を抑え、しゃがみ込んでしまう。 それを見たサンゴは、

「シロ!」

と、焦った口調で叫び、慌ててシロに向かって駆け寄ってくる。

「ごめんね。 左腕、痛かったでしょ。 大丈夫?」

と、心配そうに言いながら、サンゴはシロの左上腕付近をそっとさすってくれる。

「・・・ああ! 大丈夫! 久しぶりの痛みで・・・ちょっと驚いただけだ・・・。」

一方のシロは、介抱してくれているサンゴに対して強がって見せる。 だが、サンゴの「人」視界では、シロの着ている服を通じ、シロの生体データ数値がわかってしまう。 数値を見る限り、義腕と繋がっている左上腕付近は、かなりの痛みを示す数値となっている。 そして、苦しそうな表情ながらも、立ち上がろうとしているシロ。 それに対し、サンゴは、

「シロ。 キャッチボールは、左腕の訓練として、ちょっと早かったわ。 室内に戻って、他の左腕訓練を・・・」

と、気落ちしたような声で話しかけてくる。 だが、シロはサンゴの話を遮るように、

「・・・いや! このまま続けよう! 左上腕を上手に使えば、大丈夫! 大丈夫!」

と、作り笑顔で義手部分の左肘と左手首を曲げたり伸ばしたりして見せる。 それを見たサンゴは、暫く考え込んだかのように、「面」越しにシロを見つめた後、

「わかったわ。」

優しい口調でそう言うと、転がってしまったボールを小走りで取りに行き、最初に送球した場所に戻って行った。 そして、

「それじゃあ、もう一回! いくわよ!」

と、シロに対して大きな声で告げ、ビニールボールを高く掲げた後、シロに向かってゆっくりと投げた。 対してシロも、

「おう!」

と、作り笑顔のまま、力強く答えつつ左手を肘高で振る。 そして、サンゴが投げたボールを左手のみで捕球しようとするも、左手の動きとボールの軌道が合わなかったため、うまく受け取れずに落してしまった。

「はは! やっぱり、難しいな!」

と、笑い飛ばしながらそう告げた後、落としてしまったボールを小走りで追いかけるシロ。 ボールに追いついて左手でつかみ上げると、再び左腕を振りかぶり、サンゴに投げ返そうとする。 だが、

『・・・また、あの痛みが・・・。』

と、先ほど感じた左上腕の痛みを思い出してしまうと、痛みに対する恐怖がよぎり、左腕を振りかぶれずに、下手投げに変えてサンゴに送球する。 しかし、狙い通りに送球できず、サンゴが立っている位置から少し離れた右方向に飛んで行ってしまう。 だが、サンゴはボールの行く先を見越していたように素早く動き、難なく捕球した。 そんなサンゴの姿を見たシロは、

「すごいな、サンゴ! ボールの飛んでいく位置、わかるのか!?」

と、右手を口脇に当て、大声で不思議そうに問いかける。

「ええ!」

片や、サンゴは言葉短く答えた。

そんなやり取りをしながら、何回かのキャッチボールを繰り返していたシロとサンゴ。 昼過ぎの強い日差しの影響か、キャッチボールに熱中してしまったせいか、シロは体が汗ばんでくるのを感じる。 だが、すぐさま服の空調機能が働き、服の中に涼しく乾いた風が流れ、皮膚から汗が出るのを抑えてくれた。


シロとサンゴがキャッチボールを初めてから、1時間程経っただろうか。 途中途中で休憩や水分補給をはさんでいたが、さすがに暑さと疲労を感じ始めたシロは、キャッチボールを切り上げようと思った。 そこから、サンゴに対して少々意地悪するように、左手に持っていたビニールボールを右手に持ち替え、

「それじゃあ! 今日はこれで終わりにしようか!」

大声でそう告げると、服の筋力補助機能も有効に使って全力で遠投をしてしまう。

「ああっ! 何してるのよ! シロ!」

と、サンゴはシロに対して文句を言い、自分の遥か頭上を飛んでいくビニールボールを見ながら小走りで追いかけていく。 だが、ビニールボールが落ちてとどまった場所にたどり着いたサンゴは、落ちているビニールボールを拾わず、シロに背中を向けたまま立ち尽くしてしまった。

「・・・どうした!? サンゴ!」

シロは立ち尽くしてしまったサンゴに聞こえる位の大声で叫ぶも、なんの反応も無い。

『・・・立ち尽くしているようだが・・・何かあったのだろうか?』

暫し後、シロは少々心配になり、サンゴの元に小走りで走り寄る。 片や、背後から近づいてきたシロに対し、サンゴはシロが後方の間近まで来た時、

「ねえ、シロ。 あれ、なんだと思う?」

と、右手でとある方向を翳し、不思議そうに問いかけてくる。

『・・・なんだ・・・。 無事だったのか・・・。』

と、シロは安堵するも、

「あれって、どれだ・・・?」

と、シロはサンゴの質問に対し、質問を返してしまう。

「あの建物よ。」

サンゴが手を翳した先を見てみたシロには、木々が茂った合間から、建物らしきものがあるのがわずかに見て取れた。 シロとサンゴが立っている位置から二~三百メートル先、宿の敷地内に立つ、もう一つの古めかしい建物。 シロたちが寝泊まりしている別邸からは、木々が生い茂って死角を生み出し、もう一つの建物が見えにくくなっていたようだ。 見えている建物の大きさは、シロが寝泊まりしている別邸と同じくらいであろうか。 シロとサンゴは、暫しその建物に見入ってしまう。

「・・・なんだろうな・・・? もう一つの・・・別邸かな・・・?」

しばらく後、シロは不思議そうにそう言いつつ、落ちていたビニールボールを左手で拾い上げ、ゆっくりと建物に近づいていく。

近づいた先、シロは建物の出入り口らしき扉を見つける。

『俺たちが寝泊まりしている別邸の玄関とは、作りが違うな・・・。 宿泊用の建物じゃないのか・・・。』

と、不思議に思ったシロ。 後ろを振り返り、追いかけてきていたサンゴに向かい、

「・・・ちょっと、これ、持っていてくれるか・・・。」

小声でそう告げると、左手に持っていたビニールボールをやんわりと投げ渡す。 その後は、見つけた出入り口の扉に向かい、ゆっくりと近づいていく。 すると、

「シロ! 何をする気なの?」

片や、ビニールボールを両手で受け取ったサンゴは、小声だが、扉に近づいて行くシロに向かって警告をするように話しかけてくる。

「ちょっと・・・。」

シロはサンゴに向かって一言だけそう告げると、建物扉の前に立ち、中から聞こえてくる音に対して聞き耳を立てるように両手を両耳に当てた。 その間が数秒続き、

「・・・う~ん・・・。 中からは・・・、何も、聞こえてこないな・・・。」

と、シロは呆然と一人呟く。 その後、サンゴに振り向き、

「・・・中は、無人みたいだな。 何にしろ、俺たちには関係ないし、別邸に戻ろう・・・。」

と、右手を建物に翳してにこやかに声をかけ、別邸に引き上げようとした時だった。 サンゴの後方から、黒い服に黒い「面」を付けた「人」が一体、シロのいる方向へ歩いてきているのが見て取れた。 一方、向かってきている「人」は、シロが気付くより早く、シロたちを認識していたようで、遠間から、

「これは、シロ様。 こんなところまで、お散歩ですか?」

と、中年男性のような声で、にこやかに問いかけてくる。 その声は、昨日聞いた、受け付け「人」の声だった。

「えっ!? いや・・・。 あの・・・。 申し訳ありません・・・。 中庭で遊んでいたら、この、別の建物を見つけて・・・。 何かなと・・・。」

片や、建物扉前で問いかけられたシロは、驚いたためか、たどたどしく言い訳をするように答えるのが精一杯だった。

「そうですか。」

一方、受け付け「人」はシロの間近で一旦立ち止まり、再度にこやかに言葉短く答えた後、暫し黙り込んでしまう。

「・・・あはは・・・。 では、失礼します・・・。」

シロはその沈黙の間に、気まずい雰囲気を感じ取った。 自身の心拍数が上昇しているのを感じつつ、誤魔化すように右手で頭の後ろを掻き、その場から立ち去ろうと歩き出す。 そうすると、

「ああ、シロ様。 中に主がいますので、少々お待ちいただけますか。」

と、受け付け「人」はにこやかな口調のまま、歩き去って行こうとしていたシロの背中に向かって話しかけてくる。 片や、それを聞いたシロはどきりとし、一旦停止して振り向き、

「えっ!? いや・・・。 はぁ・・・。」

と、心拍数がさらに上昇するのを感じつつ、返事になっていない答え方をしてしまう。 それを聞いた受け付け「人」は建物に向かって歩き出し、引き戸に手を掛けて扉を開くと、中に入る。 その後、扉は静かに閉じられてしまった。

「どうするのよ! シロ!」

受け付け「人」が建物内に消えてしばらく後、初めて聞く、サンゴが混乱したかのような声が、シロの服にある肩スピーカーから、シロのみに聞こえる機能を使って聞こえてくる。

『・・・迷惑にならないうちに、別邸に戻った方がいいか・・・。 でも、勝手にいなくなるのも失礼だし・・・。』

などと、シロは色々と考えてしまった挙句、混乱気味になってしまい、

「・・・いや・・・。 どうするって・・・、言われても・・・。」

と、サンゴにたどたどしく小声で答えるのが精一杯だった。

永遠かと思えるほどの時間の経過を感じつつ、その場を動けないシロだったが、実際には数十秒もせず、建物の引き戸が再び開き、

「お待たせいたしました。 シロ様。 どうぞ、中にお入りください。」

と、建物内から受け付け「人」が再び現れ、シロを招き入れるような仕草を取った。

「・・・はあ・・・。 失礼します・・・。」

片や、受け付け「人」が建物内に招き入れようとする仕草を見たシロ。 何の抵抗も出来ず、高い心拍数を保ったまま、受け付け「人」に従って建物扉から建物内に入って行く。 サンゴもシロを追いかけるように、建物内に入って行った。

建物内に入ったシロが内部を見渡すと、広大な空間と板張りの床が見て取れた。 その空間の中央には、細い繊維を丸めて束ねた人間ほどの高さの置物が置かれている。 そこから少し離れた床には、この宿の主人ナギが、昨日と同様の古式ゆかしい着物を着て、なにやら集中しているように正座で座っていた。 そして、シロが建物内に入って来たのに気付いたのだろうか、玄関口に視線を向けると、ゆっくりと立ち上がり、

「いや~、客人。 こんなところまで散歩ですかな? ははは。」

と、にこやかな口調でシロに話しかけながら近づいてくる。 一方、ナギが何やら集中していたのを邪魔してしまったのに気付いたシロは、

「・・・いえ・・・。 あの・・・。 申し訳ありません。 何かの儀式か、作業中だったとは知らず・・・。」

と、こわばったように直立し、両手を肩高に上げて謝罪する。 そして、後ろから着いてきていたサンゴも、ビニールボールを右手に持ったまま、シロの腰回りにしがみついてしまっている。 片や、怯えたようになっているシロとサンゴの姿を見たナギは、

「あはは! 客人、そんなに怯える必要はないですよ。」

と、豪快に笑いながら話した後、中に招き入れようとする仕草を見せ、

「まあ、立ち話もなんですし、中に・・・。」

そこまで話すと、ナギは言葉に詰まった。 その後、シロとサンゴの姿を暫し眺めていたが、足元を見るや、

「客人。 しばしお待ちを。」

ナギは珍しく冷静な口調でそう告げ、右手を肩高に掲げた後、扉を開けている受け付け「人」に向かい、

「敷物と、椅子を。」

と、落ち着いた、静かな口調で指示を出す。

「承知いたしました。」

受け付け「人」は丁寧な口調で答えると、扉を静かに閉め、建物の壁沿いを早足で進み、奥の扉へと向かっていく。 一方、受け付け「人」が向かった建物内奥にある扉からは、もう一体、黒い服を着た「人」が、椅子と、何やら丸まった物を脇に抱えて出てくる。 そして、建物の壁沿いを早足で歩き、シロがいる玄関付近に近づいてくる。 シロの目の前まで来た「人」は、椅子をゆっくりと脇に置き、丸めて持っていた敷物を、床に器用に広げていく。 そして、敷物を広げ終えると、その上に持ってきた椅子を乗せ、

「どうぞ、お座りください。」

と、成人女性のような声色で話し、右手を差し出してシロを椅子に招いた。

「もう一脚準備しますので、少々お待ちください。」

そう告げて会釈をした後、出てきた扉に向かい、建物の壁沿いを足早に立ち去る「人」。 よくよく見てみると、「面」が固定された種類の「人」である。 足早に立ち去る「人」を、あっけにとられたように目で追っていたシロだったが、

「客人。 座られては、いかがかな。」

と、いつの間にか、間近に近づいていたナギからも、優しい口調で着座を進められる。 一方、

『えっ!? いつの間に・・・。』

と、気配もなく近づかれ、少々驚いたシロ。 そのままナギの指示に従い、

「はい・・・。 失礼します。」

そう言うと、靴を脱いで土間を上がり、置かれた椅子に腰かけた。 さらに暫く後、一脚分の椅子を抱えた受け付けの「人」が戻ってきて、シロ用の椅子の右後方敷物上に椅子を置く。 そしてサンゴに対し、着座を促すような仕草をした後、再び、建物内奥にある扉に向かい、足早に去って行った。 片や、再び「人」が建物内奥の扉に戻っていくのを見守っていたシロ。 ナギも両手を腰に当てながら「人」の動きを見守っていた。 そして、「人」が建物奥の扉内に消え、一拍後、

「さて、客人。 お時間はあるかな?」

と、建物内奥にある扉を見ていた体勢からシロに振り向き、優しい口調で尋ねてくる。 一方のシロは、緊張した様子で、

「あの・・・えっと! ・・・はい・・・。」

と、急に椅子から立ち上がり、言葉に詰まったような回答をしてしまう。

「ははは。 客人。 何も、取って食おうというわけではないんだ。 まあ、演劇でも見ると思って、座って見ていてください。」

と、ナギは緊張した面持ちのシロに向かって笑顔で話しかけ、立ち上がったシロの右肩をぽんぽんと右手で叩き、座るように促した。

『ああ・・・。 なんだろう・・・いい香りが・・・。』

片や、間近まで近づいたナギから薫る、何かのいい香りに魅了されたようになったシロは、

「・・・はあ・・・。 わかりました・・・。」

と、緊張がほぐれ、腰掛けていた椅子に、再度ゆっくりと腰を下ろした。

シロが椅子に腰を下ろしたのを見届けたナギは、座っていた建物内の中央付近に向かい、ゆっくりと歩きながら戻って行く。 そして床に正座で座ると、目を閉じ、瞑想したようになってしまう。

ナギが目を閉じてから、いかばかりかの時間が経っただろうか。 ナギはゆっくりと目を開け、脇にあった細長い棒状の物を左手に持ち、ゆっくりと立ち上がると、手に取った棒状の物を自身の腰帯左側に差し込む。 立ち上がった後、ナギの顔から表情が失せたようになり、繊維束の置物に向かい、一礼をした。 そして、腰帯にある棒状の物を左手で握りこんだまま、身動き一つせず立っている。

『・・・あれは・・・武具? 「刀」だったか・・・?』

と、ナギが腰に差し込んだ物を遠目に見たシロは、過去に見た映像等を思い出していた。

暫く立ち上がったナギを見ていたシロ。 「刀」の鍔に左手の親指を掛けた後、動きがないのを不思議に思いながら見守っていたが、

『動きが・・・止まって・・・? ・・・いや、違う!』

シロは、十数メートル先にいるナギの左手の親指と、「刀」の鍔から目が離せなくなっていた。

『動いて・・・いる!』

ゆっくり、ゆっくり、時間が止まったような感覚に陥りつつも、僅かに動いているナギの左手の親指。 ゆっくりと鯉口を切っている。

やがて、鎺がすべて見えただろうか。 ナギはやおら「刀」の柄に右手を掛けた。 鯉口を切る時よりは早いが、やはり、ゆっくりと「刀」を鞘から右片手で抜刀する。

その後、切っ先を地面に向け、正面に置かれている繊維束の置物に向かい、力強く立つナギ。 そして再び、ナギは身動き一つせず動かなくなる。 それを見ていたシロも、時が止まったように感じながら、真剣な表情でナギを見守っている。

固唾を飲んで見守っていたシロだったが、一瞬ですべてが終わったように感じた。 ナギは右片手で持っていた「刀」に左手を添えると同時、繊維束に向かって力強く踏み込みながら、「刀」を右頭上に大きく振り上げ、そして左下に振り下ろした。

「刀」が空を切り裂く音が、建物内に静かに響き渡る。

振り下ろされたその先、繊維束の置物は寸分も動くことなく、斜め上から袈裟斬りで両断された。 切られた繊維束がゆっくり重々しく床に落ち、動かなくなるのを見届けると、ナギは姿勢を正しつつ左手で鞘の鯉口を握る。 そして右片手で握る「刀」を地面に向け、左腰高から自身の右側に素早く一振りした。 再び「刀」が空を切り裂く音がしたかと思うと、腰に差していた鞘を左手で少し引き出し、ゆっくりと「刀」を鞘に納め始める。 「刀」本体は動かさず、鞘を腰から引き抜きそうなほど動かし、鞘の鯉口と「刀」の鎺が触れるまで、ナギは鞘を引き出す。 鞘の鯉口と「刀」の鎺が接すると、右手を「刀」の柄から柄頭に移し、優しく押し込むように、「刀」を元の左腰の位置に収めた。

その後、ナギは繊維束の置物に対し、再度一礼すると、真剣な、いや、冷酷な無表情に見えていた顔が少し緩んだ。

一方、息をするのも忘れそうなほど、真剣な表情でナギの動きを見ていたシロ。 一連の動作が終わったのを悟り、慌てて拍手をする。 両手が手袋だったため、シロの拍手は建物内に響かなかったが、拍手に気付いたナギはシロに向かって歩み寄ってきて、

「いかがでしたかな、客人?」

と、シロの真正面に立ち、優しい口調で話し掛けてきた。 片や、シロは、自身の心音が聞こえそうなほどに興奮してしまいながらも、

「・・・あの! よく知らないのですが、これ、演武というものでしょうか!?」

と、椅子から素早く立ち上がり、ナギに尋ねる。

「ん~・・・。 演武とは、ちょっと違うかな・・・。 私のは・・・。 そうだな、『藁切』とでも言えばいいかな。 ははは。」

と、シロの問いかけに対し、豪快に笑い飛ばしながら答えるナギ。 そして、答えを聞いたシロは、

『うわ~・・・。 本物の、武具だ・・・。』

と、ナギの左腰にある「刀」に対し、憧れの目が行ってしまう。 ナギもシロの目線に気付いたようで、

「ん? 『刀』に興味がおありか?」

と、左腰に差していた「刀」を左手で外し、シロの前に掲げるように鞘を持って両手で差し出す。 

「おおっ! 凄いですね!」

シロは差し出された「刀」に魅入られたように興奮してしまった挙句、心拍数もさらに上昇し、視線が釘付けとなってしまう。

意匠の凝らされた柄、鍔、そして真っ黒で光沢を帯びた鞘。 シロは自分が使っていた模造武具を思い出しながら、目の前の本物の「刀」と比べてしまう。 そして、

『・・・これが、本物の武具・・・。 俺が使っていたのは、模造品の武具・・・。 こんなに違うんだ・・・・。』

などと思い、シロは「刀」を眺めていた興味津々の表情から、徐々に落ち込んだような暗い表情に転じていた。 ナギはその表情の変化に気付き、

「どうしました? 客人。」

と、シロを気遣って声を掛けるも、

「・・・。」

シロからの反応は無い。 暫しの間を置いて、ナギは再びシロに声を掛けようとする。 そうすると、

「・・・あの、ナギさん! 俺にも、この、『刀』の使い方を教えていただけませんか!?」

と、シロはナギに懇願するように頭を下げつつ、建物内に響き渡るほどの大声で叫んだ。 一方、シロの大声と突然の申し出に、さすがのナギもあっけにとられたような表情になる。 が、

「ははは・・・。 客人・・・。 残念ながら、私には・・・、指導する資格がなくてね・・・。」

と、困ったような表情で、たどたどしく答えるナギ。 そして、両手で差し出すように持っていた「刀」を、自身の左の腰帯に戻しつつ、

「客人。 どうしてまた、『刀』を使いたいのかね?」

と、ナギは腕を組んだ後にシロを見据えながら、優しい口調で尋ねてくる。 一方のシロは、頭を上げつつも、ナギの質問に即答できず、

「・・・あの・・・、その・・・。」

と、言葉に詰まったようになってしまう。 だが、シロは思い切って、

「あの、ナギさんが、『そ・・・管理』の関係者なら、わかっていただけると思いますが!」

と、再度頭を下げながら大声で答える。 思わず、「操機戦管理」と言いかけたシロだったが、数日前に「操機戦管理」の責任者から言われた、『外部に情報が漏れるのは・・・。』の一言を不意に思い出し、慌てて言葉を伏せた。 しかし、

「『管理』・・・。 『管理』とは、『旅館管理』のことかな・・・?」

と、ナギからの答えを聞いたシロは、驚いた表情で頭を上げると、ナギは不思議そうな表情でシロを見つめていた。 

『・・・あれ? 話が・・・嚙み合っていない・・・。』

と、シロは訝しく思い、咄嗟に、

「あの・・・。 いえ、間違えました。 気にしないでください・・・。」

と、両手を肩付近まで上げ、作り笑いで誤魔化そうとする。 片や、ナギは一度シロから視線を外し、右手で顎付近をさわりながら床を虚ろに眺めた。 その後、微笑みながらシロに視線を戻し、

「客人。 先ほど言った通り、私には指導の資格が無くてね。 それでもというのであれば、明日、このくらいの時間に、再度、この建物に来てください。」

ナギは優しい口調でそう言いながらシロに歩み寄り、右手でシロの左肩を軽くぽんぽんと叩く。 が、シロの左肩を叩いた直後、ナギは一瞬曇った表情をする。 だが、直ぐに元の微笑んだ表情に戻った。 一方、明日の誘いを受けたシロは、ナギの表情の変化を気にもせず、

「・・・ありがとうございます!」

と、頭を下げつつ震えたような声で謝意を伝える。 ただ、ナギは謝意を伝えているシロを頭上からつま先まで視線のみで見た後、再び曇ったような表情をして、

「そうだね・・・。 明日、ここに来るのであれば、今日中に、これと同じ服を客人に届けるので、それを着て来てもらえるかな?」

ナギはそう告げた後、微笑みの表情に戻りながら、自分の着ている古式ゆかしい着物の左胸部付近を右手で軽くぽんぽんと叩く。 それを聞いたシロは、頭を上げ、ナギが着ている服を暫し眺めるも、

「・・・あの・・・すいません。 俺、着方が・・・。」

と、困った表情を見せる。 シロにしてみれば、生まれてこの方、生活で来ている服といえば、ほぼ洋服のみであった。 操機戦に携わるようになって、初めて違う種類の衣服、上下一体服を身に着けたのだった。 まして、ナギの着ているような服は、昔の映像で見たことはあったが、実物を見るのすら初めてであった。

「それなら、大丈夫ですよ。 お付きの方が、『着付け』を出来ますよ。」

と、ナギは左手でサンゴを指し記し、自信満々に答える。 片や、ナギが差し記した先がサンゴだったため、シロは驚いた表情になりながら少々小声で、

「・・・『着付け』っていうの、出来るのか?」

と、少し屈みこみながら、背後で椅子に座ったままだったサンゴに問いかける。 すると、サンゴは無言で首を縦に一回、頷く様に振る。 サンゴが頷くのを見たシロは、

「・・・だいじょうぶそうですね・・・。 ははは。」

と、ナギに向き直ってにこやかに笑って答える。 だが、ナギに対して話す時、まだ幾分の緊張をしてしまい、ぎこちない答え方になってしまっていた。

「・・・さて、客人。 この後は、後片付けになりますが、それも見て行かれますかな?」

一拍後、ナギは一歩下がり、シロに向かって優しい口調で問いただす。 一方、シロも察したように、

「いえ! 今日は、素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました!」

力強くそう告げた後、一礼して建物の出入り口へ向かった。 サンゴも無言で椅子から立ち上がり、ナギに対して軽く一礼をした後、シロの後を付いていく。

そして、自身の靴を履き、引き戸を引いて建物から出て行こうとしていたシロだったが、ふと気付き、

「あの・・・、ナギさん! 先ほどの『藁切』所作ですが、この、付き添い『人』が録画しています。 その映像を拝見してもいいでしょうか!?」

と、ナギに向かい、緊張しているかのように問いかける。

「ええ。 個人で見る範囲なら、ご自由に。」

と、ナギは優しい口調で気さくに答えてくれる。

「ありがとうございます!」

シロは再度緊張しているように答えた後、建物内から外に出た。 その後、サンゴも後ろから着いてきて、建物の外に出たのを確認した後、見送っているように立っている建物内のナギに向かい、

「失礼しました!」

と、シロは力強く告げて再度一礼し、引き戸を閉めた。


ナギが『藁切』を見せてくれた建物から、自分たちの寝泊まりしている別邸へ早足気味に向かって行くシロとサンゴ。 中庭をしばらく歩いていると、シロの後ろを歩いていたサンゴが小走りでシロを追い抜き、1メートル程先行した後、シロに振り向く。 その後は、器用に後ろ歩きでシロと歩調を合わせて歩くようになり、見上げるようになった後、

「シロ! どうしたのよ? 突然、『刀』の使い方を習いたいなんて言い出して?」

と、シロの服にある肩スピーカーから、サンゴの困惑した声が聞こえてくる。

「・・・いいだろ! 別に・・・。」

一方、問いかけられたシロは、憮然とした表情でサンゴを一瞥した後、別邸を見据えて足を速めた。 だが、突然立ち止まり、

「それより、サンゴ。 ナギさんの着ていた服の着せ方?・・・『着付け』? ・・・なんてわかるのか?」

と、シロは右手を腰に当て、少し屈みこみ、不安そうな表情と口調でサンゴに問いかける。

「ええ。 それは、大丈夫よ。 着付け方は、調べ終わっているわ。 あの服、『道着』って名称なんだって。 まあ、詳細を知りたいなら、シロ自身で調べてみたらどうかしら?」

と、サンゴは立ち止まらず、シロの服にある肩スピーカーを使い、余裕のある口調で答える。 片や、立ち止まったため、少しサンゴとの距離が離れたシロは、小走りでサンゴに駆け寄り、

「・・・あと。 さっき、ナギさんが・・・こう・・・繊維束を切っていた時の映像。 録画って、できているよな?」

と、シロは右手に『刀』を持っているかの如く握り込み、中庭に向かって切り下ろすような動作をサンゴに見せつけた。 すると、サンゴは立ち止まり、

「あの繊維束は、『藁束』よ。 それで、藁束を切った時の録画はしてあるわ。 というか、私たち「人」は、常に映像を録画しているのだけど。 けれども、シロ。 あの建物内にも、共有の視覚装置が無かったから、私の体にある装置のみでの撮影になってしまっているわ。 だから、シロの望んでいる映像かは、わからないわよ。」

再び、シロの服にある肩スピーカーからサンゴの声が聞こえた後、サンゴは自身の目があるであろう部分を、「面」越しに両手の人差し指で指し記す。 すると、シロには、不思議とサンゴの「面」下にある素顔の幻が見え、ちょうど両目を指さしているように見えた。

「え~っ・・・。 そうなのか・・・。」

サンゴの素顔の幻に気を取られたことと、少々落胆させられるような話を聞いたことから、落ち込んだように呆然と答えるシロ。 だが、すぐに気を取り直し、

「・・・でも、映像の加工なら、サンゴはお手の物だろ?」

と、「面」を付けているサンゴに向かい、右手を捻るような動作を数回してみせながら、にこやかに答えた。

「確かに、加工はできるわよ。 だけど、出来上がった映像、どうやって見るつもりなの? メガネ型端末、持ってきて無いんでしょ。」

と、サンゴは自身の両目付近を指していた両手を下げつつ、シロに対して不安そうに問いかける。

「えっ・・・? そうだった・・・。 別邸内に、情報表示機器も無いし・・・。 アムに言って、俺のメガネ型端末、取り寄せてもらうか・・・。」

シロは弱々しい口調でそう告げると、両手の人差し指を両目付近に持っていき、サンゴに向かってメガネ型端末を付けようとする仕草をして見せた。


その日の夕食後。 シロは広間のテーブル上で、サンゴが取り寄せた『折り紙』を使い、義手である左手の動作訓練をしていた。 すると、夕食の食器類を下げたはずのアムが、またもやトレーのような大きな木枠を抱え、広間に入ってくる。 それを見たシロは、折り紙を折っていた手を止め、

「アム、どうしたんだい? 今日は、夜食がある日なのかな?」

と、木枠を抱えて近づいてくるアムに向かい、冷やかすように話しかける。

「いえ。 これは、宿の主から、シロへのお届け物だそうです。」

と、大きな木枠を抱えながら、極々真面目な回答で返すアム。 シロが座っている近くまで来ると、大きな木枠をシロの右脇床にゆっくりと下ろし、アム自身も膝立ちでしゃがみ込んで、

「これが、道着ですか?」

と、木枠の中に畳まれている物が判別できないかのように、シロに向かい尋ねる。 一方のシロは、昼間にナギから、『今日中に服を届ける』と聞いていたため、大体の察しがついた。

「ああ・・・。 ナギさんからか・・・。 アムの言う通り、宿の主人が着ていたのと同じ、道着だよ。」

シロはアムが置いた木枠の中を覗き込み、その中に折りたたまれている真っ白な道着の上着を右手で持ち上げてみた。

「おおっ! しっとりとしていて、なめらかでひんやりとした感覚・・・。」

と、自分が今まで触ったことのない服の手触りに驚きつつ、シロは立ち上がって道着の上着袖に右手を通してみる。

「・・・うん。 大きさは・・・、ちょうどいいみたいだな・・・。」

シロは、道着の袖端から出てくる自身の右腕が、手首より若干上気味なのを確認してそう告げる。 確か、昼間見たナギの袖端も同じくらいの位置にあったからだ。 その状態のまま、シロは左腕の袖も通し、道着の上着だけを羽織ったようになった。

「・・・どうだろう?」

大きく両腕を広げて見せびらかすように、座っているアムやサンゴに尋ねるシロ。 一方、アムは立ち上がり、シロの着ている道着の左右の襟を両手で持ち、左前で合わせ、

「はい。 ちょうど良い大きさですね。 よく、お似合いです、けど。」

と、にこやかな口調でシロに向かって答えてくれる。 だが言葉の最後は、何か躊躇しているかのような答え方だった。 当然、シロもそのことが気になり、

「けど?」

と、不思議そうに聞き返す。 だが、

「・・・。」

珍しく、アムは黙して答えなかった。 しかし、いつの間にか、シロの後ろに来ていたサンゴが、

「この服、空調機能、各音響装置等々、一切付いてないんだね。」

と、シロに対し、不思議そうに話しかけてくる。

「ん・・・? まあ・・・。 古い形式の服だし・・・。 しょうがないんじゃないか・・・。」

シロはサンゴが立っている背後に顔を向け、納得したように答える。 すると、

「そうですか。 現在位置の通知機能も無いですし、筋力補助機能も無いです。 シロ。 このような服で、大丈夫なのですか?」

一拍後、シロの話を聞いたアムは、左右の襟を持ったまま、言い出しづらそうにシロの間近で問いかけてくる。

「ああ、大丈夫! 心配性だな、アムは!」

と、にこやかに力強く答えるシロ。

「そうですか。 でも、私は、シロの事が、本当に心配で。」

アムはそう言うと、左右の襟を持ったまま、さらにシロに近づいてくる。 一方のシロは、アムとの距離がかなり近かったためか、「面」下で心配そうな表情をしているアムの素顔の幻が見て取れた。 そして、アムの素顔を意識してしまったシロは、少々頬を赤らめつつ、アムから目線をそらし、

「・・・うん・・・。 心配・・・してくれて・・・、ありが・・・とう・・・。」

と、言葉に詰まったような、ぎこちない話し方で答えた。 その後も、アムは左右の襟を左前合わせで合わせた体勢から離れようとしない。 少々困ったシロは、

「・・・そういえば、アムは、着付けって出来るのかな?」

と、アムから目線をそらしたまま、裏返ったような声で尋ねる。 片や、問いかけられたアムは、ゆっくりと左右の襟から手を放し、

「ええ。 昼間の出来事は、サンゴから通知をうけていますので。 着付けの件も、情報を共有しています。」

と、まだシロから近い位置に立ったまま、優しい口調で答えた。 続けて、

「今から、道着をすべて試着してみますか?」

と、再びシロの道着の襟を左前合わせでそっと持ち、優しい口調で問いかけてくる。 一方、アムが再度近づいてきたのを意識してしまったシロは、

「・・・え~と・・・。 いや。 ほら、今は、昼間サンゴとキャッチボールして、体が汗だくだから・・・。 そうだ! 風呂、風呂・・・。」

シロはそう言うと、アムが持っている道着の襟を利用し、左右の手を器用に道着から引き抜くと同時、しゃがみ込んで道着の上着を脱ぎ去る。

「あっ! シロが抜け出した!」

と、サンゴが冷やかすように叫ぶが、一方のシロはそんなことに構いなく、アムとサンゴから逃げるように、広間の出入り口に向かって早足で歩き出す。 片や、アムはシロが脱いだ道着を胸元で抱えたまま、シロに向かい、

「待ってください、シロ、お伝えすることがあります。 メガネ型端末ですが、ここへの到着は、今夜遅くになってしまいます。」

と、広間から出て行こうとするシロに対し、呼び止めるように早口で伝える。 しかし、

「わかった。」

と、簡素に答えたシロの姿は、あっという間に広間から消え去っていた。


風呂を済ませ、アムとサンゴに手伝ってもらいながら道着の試着を終えたシロは、寝室として使っている部屋に戻ってきた。 すでに、寝巻に着替え終えてはいる。 だが、昼間に休息をとらなかった割には、珍しく眠気が無かった。 そのため、部屋の窓を開け、月明かりに照らされている宿の中庭を呆然と眺めていた。 すると、ふと、昼間に見た、ナギの『藁切』の所作を思い出し、

『昼間の、「藁切」と「刀」・・・。 なんか、操機を初めて見た時を思い出すな・・・。』

と、操機を初めて見た時と、今日のナギの『藁切』所作を見た時の感覚が似ていることに気付く。

『・・・どきどきしたような・・・。 あの・・・、衝撃的な感覚・・・。』

などと、シロは自身が初めて操機格納庫で操機を見た時のことを思い出す。 20数メートルほどもある鎧を着た大きな巨人が、格納庫内に立っている。 これを自分自身が操作して動かすのだと思うと、心臓がどきどきし、興奮していたのを思い出していた。

しかし、そんな思い出から現実に引き戻され、義手の左手をゆっくりと胸前に持ち上げ、握ったり閉じたりをしながら、

『・・・だけど・・・、あの、「藁切」の動き・・・。 この左腕で・・・、ついていけるだろうか・・・。』

再度、昼間見た、ナギの『藁切』所作を思い出す。 鮮やかな袈裟斬りの一太刀で、藁束を両断するナギ。 その姿を見終えたシロは、心臓がどきどきし、興奮していたのを思い出す。 だが、そんなナギの鮮やかな一連の動きを思い出したシロは、義手である自身の左手を見た途端、急に不安が押し寄せてくる。

『・・・やっぱり、明日から指導を受ける前に、正直に、左腕のことを話した方が・・・。』

などと考えていたが、

『「管理」とは、「旅館管理」のことかな・・・?』

と、ナギが言っていたことを思い出し、

『・・・そういえば・・・。 ナギさんは、「操機戦管理」のことを知らないような雰囲気だったよな・・・。 でも、「操機戦管理」の責任者は、この宿が、「操機戦管理」の管理下みたいなことを言っていたし・・・。 どういうことなんだろう?・・・?』

と、不思議に思った。

『「操機戦管理」の管理下なら、俺の情報は、ナギさんが知っていて当然だ・・・。 でも、万が一、「操機戦管理」の管理下でないなら、余計なことは言わない方がいいのだろうか・・・。』

などと、シロは次第に考え事を纏められなくなってくる。

『ただ、俺の左腕が無いのは事実だからな・・・。 それだけは・・・伝えておくか・・・。 でも・・・。』

さらに、明日の腹積もりも決められないシロ。 暫し悩んだ後、

『・・・もういいや・・・。 これ以上考えても、何も決められなさそうだ・・・。』

そう結論付け、結局、何も決められないまま、部屋の窓を閉めて明かりを消した。 そして、全てを忘れるように布団を頭まで被り、床に着いてしまった。


明けて翌日。 朝食を終えたシロは、前日に取り寄せを頼んでおいた自身のメガネ型端末を、アムから受け取る。 その後、昨日サンゴが録画した、ナギの『藁切りの所作』映像を、広間でサンゴと一緒に加工し始めようとしていた。

「さて・・・。 まずは、昨日のナギさんの所作を再確認してみるか。」

と、座椅子に座ってメガネ型端末を右手で弄びつつ、「面」を付けて左隣に座っているサンゴに話しかけるシロ。 そして、おもむろにメガネ型端末を装着し、

「それじゃあ、サンゴ。 まずは、昨日の録画映像を見せてくれないか?」

と、シロはサンゴに向かい、にこやかな口調で指示を出す。

「了解。」

と、サンゴも小気味の良い、操機格納庫以来の懐かしい口調で答える。 その後すぐ、サンゴの応答に答えるように、シロの視界はメガネ型端末から目に直接投射される映像によって、昨日の、『サンゴ目線での、ナギが藁束を切るまでの所作映像』を見ることになる。

『・・・う~ん・・・。 サンゴの目線、低いな・・・。 そのせいか、違和感はあるし・・・なんか気持ち悪い・・・。 ん・・・? 今、見えたのは、俺の右腕か・・・?』

と、映像を見たシロは、映像内のナギの動きに全く集中できないでいた。 気持ちを切り替え、藁束を切る場面を2度、3度と繰り返して見てみるが、あまりにも映像が精細なため、次第にシロ自身がサンゴになったような、妙な感覚に襲われる。 同時に、軽い頭痛も感じ、呼吸も少し早くなり始めた。 そんなシロの身体的な異常を、シロが着ている服の生体データ監視機能から察知したサンゴは、

「どうしたの、シロ? 体調不良? 呼吸と心拍数が早いようだけど?」

と、シロに向かい、心配しているように問いかける。 するとシロも、

「・・・いや・・・。 ちょっと・・・、数日ぶりに、目に、直接投射を受けたからかな・・・。 目の奥に痛みが・・・。 それと、自分の右手がちらちらと見えているのも、なんか気持ち悪い・・・。」

と、メガネ型端末を外し、右手で両目元を押さえながら、少々苦しそうにしている。 一方、シロが目元を押さえている間、無言でシロを見ていたサンゴだったが、暫く後、

「大丈夫? 今日は無理せず、明日以降にする?」

と、シロを気遣うように、サンゴが優しい口調で問いかけてくる。 だが、シロは、

「いや! 大丈夫だ! 続けよう!」

と、再びメガネ型端末を装着し、気を張ったような声でサンゴに向かって答えた。 暫し後、

「わかったわ。 でも、体調が悪化するようなら、映像の再生を止めるからね。」

と、心配そうに答えるサンゴ。 片や、シロには、サンゴの黒い「面」下に、心配そうな表情をしているサンゴの素顔の幻が見て取れる。 シロはそんなサンゴの素顔の幻を見つつ、

「・・・わかった。 それじゃあ、この映像を加工してくれないか。 まずは、ナギさんとサンゴの距離はそのままで、ナギさんを正面から捉えたような映像はだせるかな?」

と、シロはにこやかにサンゴに依頼してみる。 すると、

「正面からだと、藁束が邪魔になるわね。 藁束を消す?」

と、サンゴからは、すぐさま冷静な口調の回答がくる。

「ああ・・・そうか・・・。 藁束、消せるのか?」

と、シロはサンゴの回答を聞き、自身が考えなく依頼してしまった事に気付き、改めて指示を出す。

「了解!」

片や、サンゴは自信満々に答える。 そして、サンゴが答えるや否や、シロのメガネ型端末内視界は、ナギの所作を正面から捉えた映像に切り替わる。 続けて、藁束を置いていた台は、まるで存在していなかったように綺麗に消された。 一方、あっという間に映像が加工されていく様子を見たシロは、

「おお! いつ見ても、凄いな・・・。」

と、驚いたように一人呟く。

「いや~。 そんなに褒めてもらっても。」

片や、シロが見ていないにもかかわらず、右手を後頭部に持っていき、あたかも謙遜したような態度を取るサンゴ。 だが、

「いや。 別に、褒めたわけじゃない。 驚いただけだ。」

と、シロにきっぱり否定されてしまう。 一方、それを聞いたサンゴは、

「む~う。」

と、不機嫌そうな声を出す。 そんなサンゴの声が聞こえていないかのように、シロはサンゴが加工した、『ナギが藁束を切る正面からの映像』を3回ほど連続で見ていた。 その後、今度はナギの所作を左側から写した映像に切り替えようと思い、サンゴに、

「なあ、サンゴ。 今度は、ナギさんの左側から見た映像に切り替えてほしいんだが?」

と、冷静な口調で要望を出す。

「え~と。 左側どころか、その映像は、既に360度、どの方向からでも見られるように加工済みよ。」

と、サンゴは自身の右手を使い、人差し指と親指を捻りこむような動作をして見せる。 シロはナギの映像で視界が塞がれていたため、サンゴの動作を見れてはいなかった。 だが、メガネ型端末の操作方法は覚えていたので、伸ばした右腕を顔前付近まで掲げ、ゆっくりと人差し指と親指を捻りこむような動作をしてみる。 すると、右手の人差し指と親指を捻りこむ速度に合わせ、メガネ型端末内のシロの視点位置も変化していく。

「おお!」

と、シロは再び驚いたような声を上げる。 そして、ふと、ナギの左半身の映像や、サンゴから見た、建物内死角位置が綺麗に映像に再現されているのを見て、

「サンゴ・・・。 この映像に映っている、ナギさんの左半身や、サンゴの背後にある建物内の壁・・・。 どうやって再現したんだ?」

と、シロはメガネ型端末内の映像を注視したまま、サンゴに不思議そうな声で問いかける。

「え~と。 宿の主人は、ここに到着した時に録画した映像や、当日に立ち話ししていた時の映像を加工したりしているわ。 私から見た背面側映像の出所は、ないしょ!」

と、前半は冷静に話していたが、後半は悪戯っ子のように答えるサンゴ。 それを聞いたシロは、

「・・・サンゴ・・・。」

と、呆れたような、少々不機嫌そうな口調でそう言いつつ、メガネ型端末を鼻下に下げてサンゴを睨む。 一方、そんなシロの仕草を見たサンゴは、慌てたかのように、

「冗談よ。 私たちの視界は、この両眼だけではないのだよ。 シロの旦那。」

と、シロを冷やかすような口調でそう告げると、サンゴは「面」下の両目位置を両手の人差し指で指した後、自身の両肩や背中、両手首など、いろいろな部分を指し記して答える。 片や、サンゴの仕草を見たシロは、

『・・・「人」って、そんなにたくさんの視覚装置が付いているのか・・・。』

と、改めて「人」の機能を思い知らされつつ、メガネ型端末を元の位置に戻す。

シロが再びメガネ型端末の映像に集中すると、端末視界内の端部分には、最初にナギに会った時の映像や、サンゴの複数視界で見た建物内映像が映し出されていた。 そして映像を加工した工程を再現して見せている。

「・・・なるほどな・・・。 ナギさんの着ている服、一昨日と昨日も、真っ白な無地だったしな・・・。 まあ、服自体は着替えて別物なんだろうけど・・・。」

と、シロはひとり呟くように納得する。 その後、再びナギの所作を正面から捉えた映像を見ようとしたシロは、またも右手を使って映像の向きを変化させようとする。 そうすると、

「ああ、シロ。 今のシロなら、左手で映像を動かせるんじゃないの。」

と、サンゴが不意に話しかけてきた。

「ん・・・?」

『左腕の訓練ってことか・・・?』

と、不思議に思ったシロだったが、サンゴの言う通りに右手を下げた後、伸ばした左腕をゆっくり顔前付近まで持ち上げ、人差し指と親指を捻りこむ様に動かそうとする。 すると、

「そうじゃなくて。 左手を使わないで、左手で動かすの。」

と、サンゴがにこやかに話しかけてくる。 が、シロにはサンゴの言っていることが全く理解できなかった。 そのため、

「・・・サンゴ・・・。 言っていることが、よくわからんのだが・・・。」

と、シロはサンゴのいるであろう左側方向に顔を向け、困惑したように話しかける。 すると、

「左腕の機能よ。 ある程度の範囲なら、左腕自体を動かさずに遠隔操作ができるわ。 実際の左手を動かさず、頭の中だけで左手を使い、メガネ型端末内の映像を動かすように考えてみて。」

と、優しい口調でシロに話しかけてくるサンゴ。 だが、シロにはサンゴの言っていることがまだ理解できず、

「・・・そんな・・・。 左手を使わずに、左手で物を動かすなんて・・・。」

と、愚痴のような苦言を漏らす。 すると、左隣にいたサンゴは、シロの左手を両手で握り掴み、動かせないように抑え込んでしまう。 そして、

「さあ、シロ。 この状態で、左手でメガネ型端末内の映像を動かしてみて。」

と、シロに対し、間近でにこやかに話しかけてきた。 一方、シロは何が起きたのか確認するように、メガネ型端末を右手で頭上にずらし、目の前で起きていることを確認する。 すると、サンゴが両手でシロ自身の左手を握っているのが見て取れた。 サンゴに両手を握られてしまったシロは、以前、操機格納庫内でサンゴに両手を握られたことを思い出し、一瞬どきりとするも、

「・・・こんな状態で・・・、動かせって・・・言われても・・・。」

と、シロは少々照れたように苦言を言いながら、右手でメガネ型端末を元の位置に戻す。 そして、視界がメガネ型端末内へと切り替わり、一呼吸おき、

『・・・左手を動かす感じっていっても・・・。』

と、シロは困惑しながらも、左手の人差し指と親指を捻りこんだように意識してみる。 すると、メガネ型端末内の映像は、シロの意識したとおりの変化をする。

「うわーっ!」

その映像の変化を見たシロは、思わず悲鳴のような大声を上げてしまう。 そして、右手でメガネ型端末を振り払うように外した。 メガネ型端末を外したシロの顔面は、みるみる血の気が失せていき、瞳孔が開き、口も半開きのままになってしまう。

「大丈夫? シロ?」

と、サンゴがシロの体調変化に気付き、慌てて握っていた左手を離す。 サンゴは「人」視界で、シロの生体データ数値の内、呼吸と心拍数の数値が急上昇しているのを確認する。 そしてシロに向かい、冷静な口調で、

「シロ。 大丈夫だから、落ち着いて。」

と、座っていた姿勢から膝立ちになり、そのままシロに数歩近づこうとする。

「・・・ああ、大丈夫・・・。 ・・・ちょっと・・・驚いた・・・だけだ・・・。」

一方のシロは、荒い息使いのまま、近づいてきたサンゴに右手を掲げ、それ以上の接近を止めた。 片や、膝立ちのまま固まったようになっていたサンゴは、しばらくして、

「ごめんなさい。 こんなつもりじゃなかったのよ。」

と、少々うなだれ、珍しく反省したような話し方をしている。 一方、シロはそんなサンゴの姿を見て、

「はは・・・。 大丈夫だって・・・。 サンゴが悪いわけじゃないから・・・。」

と、乾いた笑い声を上げた後、近づいていたサンゴの右肩を左手で優しくぽんぽんと叩く。 そして、

「・・・なあ、サンゴ。 今日の映像加工は、中止にしよう・・・。 俺、やっぱり体調が良くないみたいだ・・・。 少し、疲れているのかな・・・。 午後は、ナギさんのところに行きたいし、午前中は、自分の部屋で休むよ・・・。」

と、血色が戻っていない顔色のまま、シロは明らかな作り笑いをしつつ立ち上がり、広間を出ていこうとしている。

「シロ。」

一方のサンゴは、心配そうな口調でシロに声を掛ける。 だが、シロは聞こえていないかのように、少し早足で広間を出て行ってしまった。


シロが落ち込んだような面持ちで広間を出て、寝室として使っている部屋の前まで来た時だった。 アムが、シロの寝室の扉からちょうど出てきて、

「シロ。 大丈夫ですか?」

と、シロに向かい、優しい口調で声を掛けてきた。 一方、突然声をかけられたシロは驚き、

「・・・うわぁ! ああ・・・アム・・・か・・・。 部屋、掃除してくれたのかい?」

などと、普段使わないような声掛けになってしまい、「人」でなくても気づくほど、シロの動揺は素振りに出てしまっていた。

「ええ。 掃除は終わっています。 ですが、お休みになるのでしたら、寝具を出しますか?」

と、アムは明らかに、シロとサンゴの広間でのやり取りを見聞きしている話し方だった。 が、シロは気にせず、

「・・・いや・・・。 部屋の椅子で、休むだけだから・・・。 ははは・・・。」

と、シロはアムが開いてくれている扉から、部屋の中へと入っていった。 そして、ゆっくりした足取りで部屋の奥にある古式ゆかしい座椅子に向かい、静かに腰掛ける。 その後は、座椅子に腰かけたまま、窓から見える宿の中庭を呆然と眺めている。 片や、シロの後ろを追うように、ゆっくりとアムも部屋の中に入って来るものの、シロの向かい側にある座椅子には座らず、シロの視界に入らないように、背後でそっと正座した。

いかばかりかの時間が経っただろうか。 暫く宿の中庭を呆然と眺めていたシロだったが、ふと、義手である左手を自分の目の前に持って来て、手を開いたり閉じたりを数回繰り返した後、

「・・・なあ、アム・・・。 アムは、左腕にこんな機能があること、知っていたんだよな・・・?」

と、シロは義手である左手を眺めたまま、背後にいるであろうアムに尋ねる。

「はい。 早々に、伝えておくべきだったのでしょうか?」

一方、アムは困惑したような、悲しげな声色で答える。 シロでさえ、今まで数回しか聞いた事が無い声色。 だが、その声色を聞いたのが、ここ最近だったのに気付き、

『・・・ああ・・・。 左腕を失って、目が覚めた時も、アムにこんな声を出させてしまったっけ・・・。』

と、左腕を失って、気が付いた時の泣き出しそうなアムの素顔と、その時の声を思い出しつつ、

「・・・え~っと・・・。 伝える、伝えないは、ともかく・・・。 こんな機能があるなんて、ちょっと驚いた・・・。」

と、アムの質問に対し、お茶を濁すような回答をするシロ。 続けて、

「・・・他にも、こんな便利機能はあるのかい?」

と、シロは左手を眺めたまま、優しい口調で背後のアムに問いかける。

「ええ。 いくつか、説明しなければならない機能があります。」

と、アムの口調もいつもの優しい口調に戻り、シロに回答する。 片や、アムはシロからの回答を待つが、シロからの回答は無い。 暫し、時が止まったような時間が流れる。

「・・・切ってくれ。」

アムが話し掛けて、いかばかりかの時間が経っただろうか。 シロがようやく口を開き答えた。

「『切ってくれ』とは、左腕の、どの機能でしょうか?」

と、アムはシロの回答が理解できないかのように、不思議そうに聞き返してしまう。 するとシロは、

「全部だ! 便利機能、全部必要ない! 普通の・・・人間の左手でいい!」

と、シロは踏ん切りをつけたように、自分の背面に座っているアムに対して笑顔で答え、左手を差し出した。


昼食を終えて、およそ一時間が経った頃。 シロは寝室として使っている部屋で、ナギから届いていた道着に着替えを済ませた。 当然、シロ一人で着替えられるわけもなく、アムに手伝ってもらっての着替えだった。 一方で、サンゴは着替えの手伝いに姿を見せなかった。

「・・・なんか、落ち着かないな・・・。」

普段着ている服との着心地があまりに違うため、身に着けている道着の襟元や、袴を何度も触って直してしまうシロ。 片や、着付けを終えたアムは、座った姿勢でシロの脱いだ服を畳みつつ、

「よくお似合いです。 ただ、筋力補助機能の無い服で、大丈夫ですか?」

と、「面」を付けた顔をシロに向け、心配そうな口調で問いかけてくる。

「・・・う~ん・・・。 まあ・・・、どうにかなるだろ!」

一方、アムの問いかけに対して少々悩んだ挙句、力強く答えるシロ。 しかし、シロにとっては、筋力補助機能の有無よりも、両手の手袋をはめるか、はめないかが、一番胸に引っかかっている点だった。

「・・・なあ、アム。 やっぱり、この手袋は、はめておいた方がいいよな・・・?」

と、シロはアムに振り向きながら両掌を差し出すように見せる。 ナギから渡された道着一式以外で、唯一付けている物。 シロが常に両手にはめている袖の長い手袋は、義手部分全体を隠すためのものだった。 左右そろってはめているのは、不揃いの違和感を出さなくするためだ。

「はい。」

一方、シロの差し出した両掌を見たアムは、冷静に言葉短く答える。 そして、アムの回答を聞いたシロは、

『・・・そうだよな・・・。 よくできているとはいえ、やっぱり、この左腕を見たら、驚くよな・・・。』

義手である左手だけを見た場合なら、人工肌の義手とはわかりづらい。 だが、左右の手を同時に見た場合、わずかな違和感がある。 そのため、シロが考えに考えた挙句、出した結論は、『手袋をはめたままにする。』だった。

『ナギさんなら、「取れ」なんて、無理強いはしないだろう・・・。』

そんなことを思いながら、暫し手袋をはめてある左手を眺めていたが、

「・・・よし! 行ってきます!」

と、踏ん切りをつけたようにアムに挨拶を告げ、部屋の扉から出て行くシロ。

部屋の外に出ると、「面」を付けたサンゴが部屋の扉脇に立っていて、

「あの、シロ。 私も、付いて行っていいかな?」

と、部屋から出てきたシロに向かい、遠慮したような声色で話しかけてきた。 さらに珍しく、胸元で両手をもじもじとさせている。 そんな姿のサンゴを見たシロは、

『・・・サンゴの態度・・・。 午前中に、俺を驚かせるようになってしまった事、気にしているのかな・・・。 こっちは、気にしていないのに・・・。』

などと考え、

「ああ! 映像の録画、よろしく頼むよ!」

と、午前中の事など何もなかったかのように力強く告げ、立っているサンゴの右肩を左手で優しくぽんぽんと叩く。 その後は、サンゴに先行し、別邸の玄関へ向かった。 それを聞いたサンゴも、

「わかったわ。」

と、安堵したように答え、シロの後を追いかけた。

玄関に到着したシロは、見たこともない履物が用意されているのを目にする。 振り向くと、サンゴの後方からアムも付いてきているのが見えたので、

「・・・なあ、アム。 これも、ナギさんが用意してくれた履物・・・『雪駄』だっけ?」

と、玄関に置かれている履物を右手人差し指で指さす。

「ええ。 雪駄という履物だそうです。 履き方は、着付け中に説明したとおりですが、わかりますか?」

と、アムはシロの少し後方で立ち止まり、優しい口調で問いかけてくる。

「まあ、なんとなく・・・。」

一方、アムに問いかけられたシロだったが、足に履いている足袋を見て、どう履くかは大体察しがついた。 そして、玄関にしゃがみ込み、どうにか雪駄を履いてみせる。 シロが雪駄を履くのを見届けたアムは、

「その履き方で合っていますね。 他の作法も、着付け中に説明した通りですので、間違えないように注意してくださいね。」

と、優しい口調で答えた。

「わかった! それじゃあ、行ってくる!」

と、アムに向かい、力強い挨拶をして別邸玄関を出て行くシロ。 サンゴもシロの後を追いながら外に出ると、玄関扉を静かに閉めた。


別邸を出てから中庭を通り、昨日、ナギと会った建物へ向かうシロ。 晴天の昼過ぎであるために日光を遮るものが無く、別邸を出た直後には、暑さに苛まれることになる。 そして、そのまま歩く速度を落とさず中庭を歩いていると、暑さのためか、はたまた緊張のためか、徐々に体中が汗ばんでくるのがわかる。

「・・・この季節、空調機能の無い服は、さすがに・・・つらいな・・・。」

と、シロは独り言をぽつりと呟く。 すると、

「何か言った?」

シロの後方、2~3メートルを開けて着いてきていたサンゴ。 シロの独り言を聞き取れなかったかのように問いかけてきた。

「ん・・・? なんだ? 聞き取れなかったのか?」

と、シロは立ち止まり、サンゴのいる後方に振り向く。

「ええ。 その服、マイクやスピーカー、というか、なんの機能も電源も付いていない、古い形式の服だからね。 アムが心配するのもうなずけるわ。」

と、別邸の中にいたころとは打って変り、いつもの口調に戻ったサンゴ。 シロのすぐ左隣に追いつきつつ話しかけてきた。

「・・・アムが・・・なんだって?」

一方、暑さのためか、シロは追いついてきたサンゴに対し、少々不機嫌そうに聞き返す。

「その服よ。 昨日も言ったけど、筋力補助機能も無いし、空調機能も無い。 さらに情報通信機能も無い。 大丈夫なの、シロ?」

と、サンゴは心配そうに話しかけてくる。

「ん・・・? なんで、そんなに心配するんだ?」

シロは、サンゴやアムが心配している理由がわからず、サンゴに聞き返すと、

「心配するわよ。 後ろから見ていても、シロの体の重心がずれているのがわかるわ。 まだ、その左腕に慣れていないんでしょ。 そして、慣れていない履物とは言え、いつもの服や靴に比べて歩く速度も遅い。 筋力が回復していない証拠。 さらに言えば、露出している肌面の温度や、体表面の発汗。 私の目で見た限りでも、体表面の温度が上がってきているのがわかるわ。 本当に大丈夫?」

と、サンゴの容赦ない言い方に、シロは愕然としてしまう。 だが、気を取り直したように、

「温度? ・・・大丈夫! あの、建物の中に入れば・・・。 昨日だって、建物内は、空調が効いていたし!」

と、シロは前方、わずかに見えている建物に向かってちらりと視線を向けた後、再びサンゴに視線を戻して力強く答える。

「そうね。 だったら、こんな直射日光の当たる場所からは、早々に立ち去りましょう。」

と言って、サンゴは小走りでシロを追い越すと、建物に一目散に向かって行く。

「ああ、待て!」

と、シロも履きなれていない雪駄に足を取られた挙句、筋力補助の無い道着ながらも、懸命にサンゴを追いかけて足早に歩いた。


昨日と同様、古めかしい建物の出入り口付近にたどり着いたシロとサンゴ。 出入り口の前では、黒い服の「人」が一体、シロを出迎えるように立っていた。

「・・・こんにちは。」

シロは少々乱れた呼吸と道着を直しつつ歩き、立っている「人」に対してにこやかに挨拶を告げる。 一方、たっている「人」は、シロとサンゴが目の前に来て立ち止まると、

「こんにちは。 お待ちしておりました。 少々お待ちください。」

と、にこやかな成人女性の声色で話しかけてくる。 昨日、椅子を準備してくれた「人」であろうか。 ここまで近づくと、「面」が固定された種類の「人」なのが、シロの目にもわかる。 そして「人」は建物の扉を開け、何やら中に声を掛けている。 すると、あまり間を置かず、建物内からナギが出てきた。

「お待ちしていましたよ、客人。 まずは中に。」

ナギはそう言って、扉を右手で押さえ、左手で建物の中に招き入れる仕草をした。

「こんにちは。 では、失礼します。」

シロはそう告げると、軽く会釈をして建物内に入る。 その後、玄関の土間で雪駄を脱ぎ、上がり框を越えて中へと上がった。 シロの後を追って、ナギ、サンゴと建物内に入り、最後は建物入り口で待ち受けていた「人」が建物内に入り、扉を静かに閉める。 土間から上がってきたナギはシロに近づきつつ、

「用意した道着・・・。 丈は、大丈夫そうだね。 だが・・・、客人、その手袋は・・・。」

と、シロはもっとも触れてほしくないことを真っ先にナギから指摘され、困惑してしまう。

「・・・取らないと、駄目でしょうか・・・。」

と、左前腕を右手で抑え込み、恐る恐るナギに聞くシロ。

「そうだね・・・。 私の立ち振る舞いを見ている分には問題無いが、『刀』を触るとなると、素手の方がいいのでね。 それとも、何か取れない事情でもあるのかな? ははは。」

と、ナギはシロの状況を全く知らないような口調で、笑いながら話しかけてくる。 一方、その笑い声を聞いたシロは、何か踏ん切りがついたように、

「・・・あ・・・の・・・。」

と言いながら、まずは右手の手袋を左手で取り去った。 そして、ゆっくりゆっくりと、左手の手袋も右手で取り去る。 取り去った両手分の手袋は、後ろに立っているであろうサンゴに対し、右手のみで振り向かずに渡そうとする。 片や、サンゴもシロが後ろに向けて手袋を差し出しているのを見て、察したかのように黙って両手袋を受け取った。 一方のシロは、サンゴが手袋を受け取ったのを確認した後、ナギに向かい、両手を差し出し、

「俺、左腕が・・・。」

『俺、左腕が義手なんです。』と、言いたかったシロ。 だが、色々な感情が折り重なり、言葉に詰まったようになってしまった挙句、『義手なんです。』の部分は、聞き取れないような小声になってしまう。

『・・・やっぱり、こんな体では、「刀」の扱い方を教えてもらうなんて、無理なんだろうな・・・。』

と、シロは俯きながら弱気に考えていた。 片や、ナギはシロが差し出した両手を見るや、

「・・・やっと、話してくれましたね、客人。 試すような事になってしまったのは、申し訳ない。」

と、言葉重く告げたナギは、シロに向かって深々と頭を下げる。 一方、シロは頭を下げたナギに驚きつつ、

「そんな・・・。 ナギさん、頭を上げてください。 やはり、知っていたのですか?」

と、ナギを覗き込むように少々頭を下げ、早口で話しかける。 そしてナギはシロの言葉を聞いた後、ゆっくりと頭を上げ、

「いえ。 知ってはいなかった・・・。 ですが、客人が宿に着いた時や、ここに入ってきた時、『体の線が良くないな』とは見ていたんです。 そして昨日、客人の左肩に触った時、『左腕のどこか、怪我をしているのかな。』と、感じました。」

と、シロに向かい、再び言葉重く話すナギ。 そして、シロが差し出している両手に視線を落とし、

「だが、客人。 その手で、『刀』は・・・。」

と、ナギは自分の腰帯に両手を当て、さらに少し屈みこむ様にシロの両手を眺める。

「握れます! いえ、握って・・・『刀』を扱えるようになりたいんです!」

と、差し出していた両手を拳に握りながら力強く答え、ナギを直視して真剣な面持ちを投げかけるシロ。 一方のナギも姿勢を正した後、シロの真剣な表情を見極めるように見つめる。

いかばかりかの時間が経っただろうか。

「客人・・・。 前にも言った通り、私は指導者の資格が無い・・・。 だが、それでもというのであれば・・・微力ながら、お手伝いさせていただこう!」

と、ナギは右手を腰に当て、力強く返事をした。 片や、ナギからの力強い返事を聞いたシロは、

「・・・ありがとうございます! ・・・よろしくお願いします!」

と、喜びの表情を浮かべた後、礼を込め、静かに頭を下げた。 そして数秒後、頭を上げたシロの表情は、再び真剣さを取り戻していた。


こうして、シロはナギの元で「刀」の扱いを学び始めるのであった。


エピソード2-2、主要登場人物「シロ」の後日エピソードでした。


続いて、エピソード2-3になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ