エピソード2-1
「ミライバナシ」、2巻相当分になります。
本巻は、各主要登場人物の短編になります。
遥か遥か、ミライの話。
人間たちは争いも無く、飢えることも無く、働くことも無い、
理想郷へたどり着きました。
遥かミライの話。
「そういえば・・・。 今日は、シロ対6号機の手合い日だったな・・・。」
操機工場側の門前。 虚ろな目を闘技場の方に向けながら、ゴウはぽつりと呟いた。 空は、周囲が薄暗くなるほどの厚い雲が覆っている。
『・・・すまないな、シロ・・・。 謝るどころか、黙って出て行って・・・。』
と、ゴウは心の中でシロに謝っていた。
総当たり戦3回目の手合い前日、ゴウはシロと口喧嘩のようになってしまった挙句、手合い当日は、シロの操縦している3号機を破壊しそうになったことを思い出す。
『・・・破壊しそうになった・・・。 いや・・・。 あの時・・・、俺は、3号機を破壊するつもりで、武器を振り上げてしまっていた・・・な・・・。』
その3号機対4号機の手合いから数日が経った今でも、ゴウは後悔の念に苛まれる。
『・・・確かに・・・ミリアから、「活躍を見せてくれ」と言われたが・・・。 俺は・・・、なんで・・・あんな事をしてしまったんだろう・・・。 もしかしたら、シロに、大怪我をさせてしまったかもしれないんだよな・・・。』
シロとの手合い後、操機主を辞めるつもりでいたゴウは、格納庫に戻るとすぐ、「操機戦管理」に、
『操機主を辞めたい。』
と、申し入れていた。 その後、自室に戻ってミリアに対して人払いを依頼した後、操機2号機の操機主レイにも、『操機主を辞める』と文字通知を送った。 だが、ゴウの通知に対し、返事はなかった。
その日の夜、ゴウは、「操機戦管理」から、遠地での休養を勧められる。 暫し考えたものの、
『・・・事実上、首切りって訳か・・・。』
と、自棄を起こしたようになってしまい、「操機戦管理」から勧められた休養を、すんなり了承したのだった。
「・・・それじゃあ、行こうか・・・。 ミリア・・・。」
と、闘技場がある方向に背を向け、ミリアのいる方に向かい、落ち込んだ口調で声を掛けるゴウ。 だが、
「『行こうか』、じゃありませんよ! なんですか、この乗り物は!」
と、ゴウに声をかけられたミリアは、凄い剣幕で怒っているようだ。 それもそのはず、ゴウが「操機戦管理」から遠地に向かうために用意してもらった乗り物が、『3輪のモーターサイクル』だったからだ。 正確には、『競技用2輪モーターサイクル』に、『サイドカー』を無理やり付けた車両である。
「いや・・・あの・・・。 『操機戦管理』がくれるって・・・。 それに、前から、2輪のモーターサイクルには憧れていたし・・・。」
ゴウは焦った表情と言い訳するような口ぶりで話し、どうにかミリアを言いくるめようとする。 だが、
「こんな車両に、ゴウを乗せるわけにはいきません! 私が『操機戦管理』に言って、4輪の『人』を手配するように申し入れます!」
と、ミリアは引き続き、かなり怒った剣幕でゴウに話しかけてくる。 一方のゴウは、久しぶりに聞くミリアの怒った声に、どこか懐かしさを感じてしまう。 しかし、放っておいたら、本当に「操機戦管理」に連絡を入れそうな勢いのミリアの声を聞き、
「まあ、ミリア・・・。 落ち着いて・・・。」
と、ゴウは何とかミリアをなだめようとする。 続けて、
「それじゃあ、ほら・・・公道は、ミリアの運転で・・・。」
と、ゴウは降参したようにミリアに話しかける。 その後、両手を胸前に差し出してミリアに向けると、差し出した両手を、そのまま3輪モーターサイクルに向けた。 片や、
「当たり前です! 人間が、公道で車両を運転することは禁じられています!」
と、ミリアは怒りが収まらないように、大声で話ながらゴウに詰め寄ってくる。 一方、詰め寄られたゴウには、黒い「面」下で怒った表情をしている、ミリアの素顔の幻が見えた。
結局、「操機戦管理」から受け取った3輪モーターサイクルに乗り、一般公道を走るゴウとミリア。 大型、中型、小型と、色々な形状の車型「人」が行きかう中、片側6車線道路の左端の車線を規定速度で走行することになる。 だが、ゴウの乗っている3輪モーターサイクルを避けるように、周囲の車両はかなりの間隔を空けて走ってくれている。
「・・・なあ、ミリア・・・。」
「駄目です。」
3輪モーターサイクルの運転席側に座りながらぼやいているゴウ。 ハンドルを握ってはいるものの、運転はさせてもらえない。 実際のハンドル操作をしているのは、サイドカー側に座っているミリアだったからだ。
「・・・なあ、ミリア。 ヘルメットや、この・・・操機主用の服みたいな『レーシングスーツもどき』を着た挙句、纏われつかれたくもない『モーターサイクル用セーフティベルト』も我慢しているんだし・・・。 運転、変わってくれないかな・・・。」
ゴウは、自身が座る座席のすぐ後方から伸びて、肩や両脇を包み込んでいるモーターサイクル用セーフティベルトを右手で触った後、ミリアに訴えかけるように、ヘルメット内のマイクを使って話しかける。 しかし、
「駄目なものは駄目です! 私だって、実際のハンドル操作はほとんどしていません。 速度、操舵は、全て『交通管理』が制御しているのをご存じでしょ!」
と、機嫌の悪そうなミリアの声が、ゴウのヘルメット内のスピーカーから聞こえてくる。
ミリアは、ゴウと3輪モーターサイクルに同乗して走り始めてから、口を開くとつねに機嫌が悪いような話し方をするようになってしまっていた。 今も、ゴウを見ず、「面」の付いた顔を正面に向けたまま話している。 片や、ミリアの機嫌の悪い声を聞いたゴウは、
「それじゃあ・・・、せめて・・・もう少し・・・速度を上げて・・・もらえませんか・・・ね。」
ヘルメットの下、気落ちした表情でミリアを見ながら懇願しつつ、3輪モーターサイクルのハンドル右側にある加速用スロットルを数回操作してみる。 だが、ヘルメット視界下部に表示されている速度を表す数値は、一向に変化しない。
「現在の速度、毎時50キロメートル。 『交通管理』が定めている、一般公道速度の上限で移動中です! 私にも、どうにもできません!」
ようやく、ミリアはゴウに「面」を向け、自身を見ながら話してくれたと思ったが、機嫌は依然として良く無いようだ。
「・・・あ~あ・・・。 操機や手合いの事を忘れ、気分一新出来ると思ったのにな・・・。 これじゃあ、せっかくの競技車両が台無しだ・・・。」
と、ゴウは運転席での極端な前傾姿勢によって、背中や腰付近に少々の痛みを感じ始めていた。 そのため、窮屈な前傾姿勢から背筋を伸ばそうと、不意に上体を起こしてしまう。 すると、
「ゴウ! 何をしているのですか! 危ないでしょ!」
と、サイドカーに座っているミリアが叫ぶと同時、モーターサイクル用セーフティベルトがゴウの体に接触し、ゆっくりと、極端な前傾姿勢に戻されてしまう。
「うわっ! なにするんだ、ミリア!」
さすがに、この行為はゴウも怒ったようだ。 ミリアを睨むように見ながら声を荒げる。
「重心を高くしないでください! 操舵に影響が出ます!」
一方のミリアも、ゴウに「面」を向けながら、声を荒げて言い返してくる。
「・・・えっ・・・? ああ、・・・すまない・・・。」
一拍後、どうやらゴウは、自分の取った行動が危険だったと気付いたようだ。 ミリアから視線を外し、しょんぼりした口調で謝罪してきた。
言い合いがあった後、ゴウはしばらく黙り込んでしまった。 そんなゴウの姿を見かねたかのように、
「疲れたのでしたら、休憩にしますか?」
ようやく、いつもの優しい口調で話してくれるミリアの声が、ヘルメット内のスピーカーから聞こえてくる。 すると、
「ん・・・? そうだな・・・。 休憩にしようか・・・。 なんか、雨も降りだしてきそうだし・・・。」
ゴウは姿勢を低く保ったまま、上空の黒い雲を暫し見上げた後、落ち込んだ口調でミリアの提案に同意した。
その後、ゴウを乗せた3輪モーターサイクルは、しばらく一般公道を走行し続け、最寄りの大型公園駐車場で休憩を取ることにした。 3輪モーターサイクルを駐車場に止めると間もなく、ゴウのヘルメットにぽつぽつと雨粒が当たりはじめる。
「ん・・・? あ~あ・・・。 降ってきちまったか・・・。」
と、ぼやくように呟くゴウ。 周囲を見渡すが、視界内に雨宿りできそうな場所は無く、雨を凌げそうな場所を探してもらおうと、ミリアのいる方に振り向いた時、
「ゴウ。 こちらで雨宿りしましょう?」
3輪モーターサイクルのサイドカーから降車していたミリアは、すぐ隣に止まっている車両に手を翳す。 そこには、「住居車両」としても使えそうな、大きめの6輪車両が停車していた。
「え・・・? 雨宿りって・・・どういうことだ、ミリア?」
一方、ミリアの話を聞いたゴウは、呆然とした表情でミリアに尋ねる。
「この車両、私が『管理』に依頼し、手配してあったものです。」
と、ミリアは冷静な口調でゴウに答える。
「・・・え~と・・・。 話がつかめないんだが・・・ミリア。」
片や、ゴウは両手を広げ、ミリアに再度の説明を求めようと不思議そうに尋ねる。 すると、
「さすがに、3輪モーターサイクルだけでの長旅は、ゴウの身体に影響が出ます。 ゆっくり休息できる場所は必要です。 少し秘密にしておこうかと思ったのですが、雨雲の動きが急に変わったので、思いのほか早くばれてしまいましたね。」
と、6輪車両に手を翳したまま、明るい口調で話すミリア。 だが、話をしているうちに、雨脚はさらに強くなり、
「ゴウ! とにかく、中に入ってください! この後、雨が強くなります。」
と、ミリアの口調が強めに切り替わり、6輪車両前方部にある出入り口の扉に右手を翳す。 同時に、6輪車両出入り口の扉がゆっくりと開く。 一方、相変わらず呆然とした表情でミリアの話を聞いていたゴウだったが、さらに雨の降りが強くなってきたので、
「・・・わかった・・・。」
と、落ち着いた口調でそう告げると、ヘルメットを取りながら、扉が開いている6輪車両内に入って行った。
6輪車両の中に入ったゴウは驚く。 車両内とは思えないほど、充実した豪華設備が揃っていたからだ。
「凄いな・・・、この車両・・・。 このまま、ここに住めるんじゃないかな・・・?」
と、少々驚いたゴウは、後を追って6輪車両内に入ってきたミリアに対して聞こえるように話した。 実際、住居車両で移動しながら暮らしている人間は多数いる。 そして、ゴウ自身も居住可能な大型車両を1、2回程度利用したこともあった。 が、ここまで豪華な設備の車両を見たのは初めてだった。 しかし、ゴウは一転して不安そうな表情になり、
「・・・それで、ミリア・・・。 この豪華な車両は、どうしたの?」
と、口調も不安そうになり、背後のミリアに向かって問いかける。 すると、
「先ほどもお話しした通り、この車両は、私が事前に『管理』に依頼して、私たちの後方から同行させていた車両です。 現在、この車両は、私の管理下にあります。 この車両本来の担当「人」は、お休みして頂いていますので、ゴウは遠慮なく使っていただいて大丈夫ですよ。」
と、ミリアは優しい口調で答えてくれる。 一方、ミリアの回答を聞いたゴウは、暫し車両内を見渡し、
「ふ~ん・・・。」
と、納得したように答えた後、続けて、
「・・・この車両も、『管理』がくれたの?」
ヘルメットを出入り口近くの棚に置き、6輪車両内をさらにきょろきょろと見渡しつつ、ミリアに不思議そうに尋ねる。
「いいえ。 さすがに、この車両は貸出です。」
と、6輪車両内を見渡しているゴウを追い抜き、車両内中間にある調理場に進みながら、冷静に答えるミリア。 調理場に着くと、冷蔵庫や棚から食料品を取り出している。 何かの料理を始めるようだ。
「ゴウ。 軽食でもどうですか? サンドイッチなら、すぐに作れますよ?」
と、食材を揃え、手際よく料理を始めようとしているミリアが、優しい口調でゴウに問いかけてくる。
「おっ? サンドイッチって、ここで作れるの?」
一方、ミリアに問いかけられたゴウは驚く。 興味がわいたように、ミリアのいる調理場付近に近づいていくと、
「ええ。 この車両、ここに着てもらう前に、ゴウの好みの食材を積んでおくように手配しておきましたので。」
ミリアはまたも優しい口調でそう告げ、冷蔵庫から出した肉の塊や、新鮮な野菜を掲げ、ゴウに見せた。
「・・・へえ・・・。 そうだな・・・、それじゃあ、2、3個、作っておいてもらえるかな・・・。」
と、食材を眺めて納得したゴウは、ミリアに向かってにこやかに話す。
「承知しました。」
と、ミリアはにこやかに返事をした後、調理に入ったようだ。 そして、ゴウはふと、ミリアの背後にある車外を映し出している画面を見ると、雨の降りがさらに強くなっており、さながら、嵐のようになってきている外の景色を映し出していた。
「・・・本降り・・・。 いや、嵐だな・・・。」
と、雨降りの様子を見たゴウはぽつりと呟いた。 だが、唐突に、
「・・・って、3輪モーターサイクル、どうしよう!? 雨ざらしになってしまう!」
と、外に置き去りにした3輪モーターサイクルの事を思い出し、慌ててしまう。 しかし、
「ゴウ、大丈夫ですよ。 3輪モーターサイクルは、この車両の格納場所に載せますので。」
と、ミリアが落ち着いた口調で答えると、ゴウが外を見ていた画面に、『6輪車両の後方で格納される途中の3輪モーターサイクル』の映像が映し出される。
「・・・おお、凄いな! この車両! あんなところに格納場所があるなんて!」
と、ゴウは驚きながら答える。 そして、6輪車両内に格納されていく3輪モーターサイクルの映像を見ながら、
「・・・この作業、全部ミリアが操作しているの?」
と、不思議そうに問いかける。
「ええ。」
片や、ミリアは調理を続けながら言葉短く答えた。
結局、ゴウは3輪モーターサイクルが6輪車両後方に完全に格納されるまで、映像を見続けてしまった。 その間に、ミリアの調理も進み、
「出来上がりましたよ、ゴウ。」
と、ミリアはゴウに向かい、にこやかに声を掛ける。
「おっ! 待ってました・・・。 ありがとう。」
一方のゴウはそう告げると、車両内調理場の反対側にある椅子に腰掛ける。 片や、ゴウが椅子に腰掛けると、ミリアは調理場を出て、ゴウが座っている前のテーブル上に、サンドイッチが載せてある皿を出した。
「飲み物は、冷たいお茶でいいですか?」
と、ゴウの脇に立ったミリアが聞いてくる。 だがゴウは、暫し考えこんだようになった後、
「・・・ミリア! 無糖の炭酸飲料!」
と、ゴウは少々大きな声でミリアに向かって告げつつ、右手を差し出した。 一方、ゴウからの回答に驚いたのか、ミリアは少し間を開けた後、
「ゴウ。 そういうものは、程々にしないと。」
と、小言を言うように返事をする。 口調も心配しているようだ。
「・・・いいだろ・・・。 そう・・・に携わっていた時には、飲んでいなかったんだし・・・。」
片や、ミリアの返事を聞いたゴウは、うっかり「操機」と言ってしまいそうになる。 だが、「操機戦管理」からは、『「操機戦管理」の管理外に出た場合、「操機」のことは、なるべく口に出さないようにお願いします。』と、言われていたのを思い出し、ゴウは慌てて口を噤む。 このことは、ミリアとも決め事をしていて、『「操機戦管理」の事を言いたい時は、ただ単に「管理」と言おう』と決めていた。 そして、ゴウは続けて、
「せっかくの2輪・・・いや、3輪か・・・の運転も台無しになったし。 憂さ晴らしってやつかな・・・。」
と、ゴウは懇願するようにミリアを見つめる。 そんなゴウの回答を聞いたミリアは、暫しの沈黙後、
「わかりました。」
と、諦めたような口調でそう言うと、調理場に戻っていき、冷蔵庫から炭酸飲料の入った容器を取り出す。 次に、炭酸飲料の封を開き、近くの棚からグラスを取り出し、中に氷を入れようとする。 だが、
「ああ、ミリア。 容器のままでいいよ。」
と、ゴウは注文を出すように、軽い口調でミリアに話しかけながら右手を向け直す。 一方、指示されたミリアは黙ってゴウの元に戻り、炭酸飲料の入った容器を、ゴウが差し出している右手に手渡した。 が、ふと、ミリアは何かに気付いたようで、
「ゴウ。 『管理』から、給金が出ていますね。」
と、優しい口調で話しかけてくる。 それと同時、サンドイッチが置かれている皿脇のテーブル上に、ゴウの『シェル』残高が表示された。
『シェル』は、この時代の世界共通通貨である。 一般的な支給品以外の、『嗜好品』、『高級品』を購入したい場合は、この『シェル』を支払う形で購入が可能となる。 また、『シェル』は支給品同様、定期的に支給される。 特定の労働や、自分で作成した品物の売買に対しても、『シェル』で支払いや取引をすることがある。
「えっ~!?」
と、ゴウはテーブル上に表示された「シェル」の残高を見て、一瞬驚いた表情を見せるものの、
「・・・って。 こんなもの、あったところで、何の役にも立たないさ・・・。」
と、冷めた表情と口調で答える。
「あら? でも、こうして嗜好品を買えたり、追加の『人』を購入出来たり、いろいろ便利じゃないのですか?」
と、ゴウの冷めた回答を聞いたミリアは、不思議そうに問いかけてくる。
「ああ・・・。 確かに、便利は便利だけど・・・。 嗜好品なんて、買わない方がいいものばかりだ・・・。」
と、ゴウは右手の炭酸飲料を少し掲げて話す。 続けて、
「追加の『人』だって、顔無し『人』や、人型以外なら、数体なら無償で支給してもらえる。 まあ・・・、高級な『人』を買うってのもあるが・・・。 俺は、必要ないかな・・・。」
と、引き続き冷めた表情と口調で話し終えたゴウは、ミリアを見つめて微笑んだ後、右手で持った炭酸飲料の容器に口を付け、一口飲んだ。 一方、ゴウの話を聞いたミリアは、
「まあ。 うふふ。」
と、嬉しそうな口調で言葉短く告げると、調理場に戻り、調理器具の後片付けを始めた。 一方、ゴウはミリアの黒い「面」下に、嬉しそうな表情を浮かべているミリアの素顔の幻が見えた。
暫く、ミリアの後片付けの様子や、雨脚が弱くなってきた窓画面を眺めつつ、サンドイッチを食していたゴウ。 だが、出されていたサンドイッチを食べ終え、炭酸飲料を半分ほど飲み終えると、今度は少々の眠気に襲われる。 椅子に座った状態のまま車両奥を眺めると、車両の最奥には、寝心地のよさそうな寝具があるのを見つける。 それを見つけたゴウは、座っていた椅子をゆっくり離れ、車両奥の寝具に近づいていった。 寝具に触れてみるとふかふかで、見た目通り寝心地も良さそうだ。 そしてゴウはふと、3輪モーターサイクルで前傾姿勢だった時の疲労を思い出す。 ゆっくりと寝具に腰掛けつつ、
「・・・なあ、ミリア・・・。 少し、横になってもいいかな・・・?」
と、ゴウは調理場にいるであろうミリアに、少々申し訳なさそうに話しかける。
「ええ。 ゆっくり休んでください。」
片や、3輪モーターサイクルのサイドカーに乗っていた時とは打って変わり、普段の優しい口調に戻ったミリアの声が、調理場から聞こえてくる。 ゴウは、そんなミリアの優しい口調の返事に対し、
『ミリアの機嫌、戻ったようだ・・・。 けど・・・。 俺が3輪モーターサイクルに乗っていること・・・。 よほど、不満だったのだろうか・・・。』
などと考えていると、昼間に見えた、『ミリアが怒っているような幻の表情』が、脳裏を過る。
『・・・だったら・・・、あの車両には、暫く手を出さないほうがいいのかな・・・。』
と、ゴウはそんなことを考えながら苦笑いしつつ、寝具に仰向けになった。
虚ろな意識から目覚めたゴウ。 自分が熟睡してしまっていた事に気付き、慌てたように起き上がる。
「どうしました? ゴウ。」
優しい声が聞こえてきた方向に向くと、寝具近くの椅子にミリアが座っていた。 一方、声を掛けられたゴウは、
「・・・あ・・・、いや・・・。 すまん。 ぐっすり、寝ちまって・・・。」
と、少々恥ずかしそうに右手で後頭部を掻きながら上半身を起こし、寝具に腰かけた状態になった。
「かまいませんよ。 何か急ぐ用事があるわけでもないですし。」
ミリアは引き続き優しい口調でそう告げると、椅子から立ち上がり、ゴウに近づいてくる。 続けて、
「まだ、休んでいてもかまいませんよ。 それとも、夕食にしますか?」
と、尋ねられたゴウは、ふと、車両内を見渡す。 すると、時計の時刻は18時を過ぎていた。 うたた寝する前にサンドイッチを食べ、その後は動かなかったゴウだが、少々の空腹を感じたため、
「・・・そうだな。 夕食で・・・。」
力無くそう告げると、寝具から立ち上がり始める。
「わかりました。」
片や、ミリアは優しい口調でそう告げると、調理場に向かって歩いていく。 一方、立ち上がり切ったゴウは体を伸ばした後、車両外を映し出している画面から、薄暗い窓外の映像を見る。 雨は止んでいた。 だが、車両を乗り換えた大型公園の駐車場からは、移動していないことに気付くと、
「・・・あれ? 移動していなかったんだ。」
ゴウは車両内をゆっくり歩き、先に車両内の調理場に入って行ったミリアに対し、不思議そうに尋ねる。
「ええ。 行先を決めていなかったので。 ゴウは、『管理』が指定した休養先には、なるべく行きたくないのでしょう?」
と、ミリアは優しい口調で答えた後、逆に、ゴウに向かって尋ねてくる。 すると、
「・・・ああ・・・。 でも・・・、最終的には、指定された場所に行かないと、駄目なんだろうね・・・。 もしかしたら、お迎えに来るかも・・・。」
と、冗談まじりでにこやかに答える。 一方、その話を聞いたミリアは、
「ふふふ。 わかりました。 いずれにしろ、車の走行中は、あの椅子に座っていただかないと。」
にこやかにそう言うと、ミリアは車両前方にある椅子に左手をかざす。 ミリアが手をかざした先の椅子を見て、ゴウは愕然とし、
「・・・ミリア・・・。 あの椅子・・・、セーフティベルト付きの椅子かい・・・?」
と、不満そうな口調でミリアに尋ねる。
「ええ。 セーフティベルト、付いていますね。」
ミリアが冷静な口調でそう告げると、手を翳した先の椅子からは、見覚えのあるベルト状のものが2本出てきて、ゴウに対して手を振って答えるように動いた。 一方、見覚えのある、いや、少し前まで3輪モーターサイクルで我慢しながら装着していたセーフティベルトが、6輪車両内にもあったのを見たゴウは、
「・・・。」
と、愕然として無言になり、俯いてしまう。
「そんな嫌な顔しないでください。 車両事故を考慮した場合、セーフティベルト付きの椅子が安全ですので。」
と、セーフティベルトに拒否反応を示しているゴウに対し、ミリアは諭すように答えた。
「事故って・・・。 車両事故なんか、起こるのか・・・? 事故が起きないようにするための、『交通管理』だろ・・・。」
と、愚痴のような言い方をしながら、調理場の反対側にある椅子に腰掛けるゴウ。 すると、
「そうですね。 ふふふ。」
と、再びにこやかな口調で答えたミリアは、調理場から出てきて、暖かいお茶をゴウの前にあるテーブル上に置いた。
夕食を取り終えたゴウは、調理場反対側にある椅子に座ったまま、テーブル上に周辺の地図を表示させ、向かうべき目的地を考えていた。 3輪モーターサイクルに乗っていた時も少々考えていたが、行く当てが思いつかない。
『・・・こんなことなら、いっそのこと、「操機戦管理」が指定した休養先に直行しても・・・。』
そんなことが脳裏を過る。 が、ふと、ミリアに行先を相談しようと思い、6輪車両最前列席に座っているミリアのもとへ向かう。
「・・・なあ、ミリア。 どこか・・・、行きたいところって・・・あるかな・・・?」
と、ゴウは車内を歩きながら、たどたどしい口調でミリアに問いかける。
「私は、特に行きたいところはありません。 ですが、ゴウが疲れているようですから、まずは、温泉で静養されては?」
ミリアがそう言い、車両の正面画面に左手を翳すと、画面全体に地図が表示され、近隣にあるいくつかの静養先候補が映し出される。
「温泉か・・・。 そうだな・・・。 『管理』のことも忘れたいし、近隣の温泉でも渡り歩いてみるか・・・。」
と、ミリアが座っている左隣の椅子に座り、正面画面に表示された地図を見て、ぼやくように答えるゴウ。 一方、ゴウのぼやきに反応するように、
「では、どの温泉に向かいましょう?」
と、ミリアは優しい口調で尋ねてくる。 片や、ゴウは正面画面に映されている静養先の候補を、漫然と眺めていた。 が、どこも同じように見えてきたのと、夕食後で思考力も落ちていたためだろうか、
「・・・まあ、手近な所から行ってみようか・・・。」
と、力無く話すのだった。
日は立ち、ゴウが「操機戦管理」の管理下を離れ、静養先巡りを始めてから6ヶ月近く経とうとしていた。 そんなある日。
「・・・さすがに、温泉巡りも飽きたな・・・。」
6ヶ月前と同じように、6輪車両の最前列席に座ったゴウがぼやく。 温泉や、その周辺の宿を巡りつつ、6輪車両で移動生活をしていたゴウ。 移動先では、のんびりと過ごす日もあれば、器具の整った場所で、体を鍛えて過ごす日もあった。
だが、『操機に携わる以前の生活に戻っている』のを徐々に感じていたゴウは、同時に不安も感じていた。
『そういえば、「操機戦管理」から、「こちらで指定した休養先に行ってください」の催促、こないな・・・。 俺は、このまま、以前の生活に戻ってしまうんだろうか・・・。 まあ、それでもいいか・・・。』
などと考えるゴウだった。 しかし、ふと、何かの拍子に「操機」のことや武具のことを思い出してしまい、「ハルバード」を持っているかの如く、何も持っていない手で素振りをしてしまうこともあった。 はたまた、別の時には、ミリアの事を『4号』と呼んでしまいそうになり、慌てて口を噤む場面もあった。
そんな月日が過ぎていた、ある日の午前10時頃、
「・・・ミリア・・・? いない・・・のかい・・・?」
体を鍛える施設から、自身が使っている6輪車両に戻ってきたゴウ。 空腹を感じた小腹を満たそうと、ミリアの名前を呼びつつ車内を見渡す。 が、ミリアの姿を見つけられないでいた。 一拍後、
「ゴウ。 何か、ご用ですか?」
と、服にある肩のスピーカーから、ミリアの優しい声が聞こえてくる。
「あれ・・・? ミリア、どこに・・・いるの・・・?」
と、ゴウが車内を見渡しながら尋ねると、
「私は車両外、後方で作業中です。」
再び、ミリアの優しい声が聞こえてくる。
『ん・・・? 車両の外・・・? 後方で、何をしているんだ・・・?』
と、疑問を感じたゴウは、車両の出入り口を出て、ゆっくりと車両後部へ向かった。 向かった先では、「面」を付けたミリアが、6輪車両の後方格納部に格納していた3輪モーターサイクルを取り出し、何らかの車両整備をしているようだった。
「・・・何をしているんだい、ミリア?」
と、ゴウは少し離れた場所から、ミリアに対して不思議そうに声を掛ける。 片や、ミリアはゴウの姿を確認すると、3輪モーターサイクルを整備していた手を止め、
「3輪モーターサイクルの整備です。 定期的に点検と整備をしないと、走行に影響が出ますので。」
と、冷静な口調の返事が返ってくる。
「へ~・・・。 そうなんだ・・・。」
一方のゴウは、全く興味が無いような返事をしてしまう。 すると、
「ゴウ。 機械というものは、点検と整備が大事なのですよ。 ご自分の車両なのですから、ゴウ自身でも整備してみては?」
と、ミリアに窘められてしまう。
「あはは・・・。」
片や、ミリアの話を聞いたゴウは、両手を肩高に上げ、降参するかのように苦笑いをして誤魔化した後、
「・・・そうそう! ミリア。 運動して、ちょっと小腹が減ったから、何か作ってくれないかな・・・。」
と、話を切り替えるように切り出すゴウ。 その話を聞いたミリアは、一拍後、
「わかりました。 果物類でいいですか?」
と、優しい口調で聞いてくる。
「ああ。 それでお願い。」
と、問いかけられたゴウは、機嫌がいいように即答する。 しかし、
『・・・う~ん・・・。 塩分が欲しかったけど・・・。 ミリアに窘められた後だし・・・、まあいいか・・・。』
などと考えていた。
「では、少々お待ちください。」
一方、ミリアは再度優しい口調でそう答えると、3輪モーターサイクルを6輪車両後部の格納部分に戻そうと、3輪モーターサイクルを遠隔で動かし、移動させ始める。 だが、
「ああ・・・。 ちょっと待って、ミリア。 ミリアの言う通り、俺も、3輪モーターサイクルの掃除くらいはしようかな・・・。 自分の物だしね・・・。 ははは・・・。」
と、ゴウは唐突に、格納されていく3輪モーターサイクルを引き留めるように右手を翳す。 片や、ゴウが格納を制止させようとする姿を見たミリアは、3輪車両の格納作業を止め、
「わかりました。」
と、冷静に告げ、3輪車両を元の位置に戻した。 続けて、
「果物類、ここに持ってきますか? それとも車内で食べますか?」
と、ミリアが冷静に聞いてくる。
「ああ・・・。 車内で・・・。」
と、ゴウは再び機嫌良さそうに答えると、
「わかりました。 それでは、少々お待ちください。」
と、再び冷静に告げたミリアは、6輪車両の出入り口へ向かって歩いていった。
「ふう・・・。」
と、立ち去って行くミリアの後ろ姿を見ながら、ゴウは一息つく。
『・・・そういえば、すっかり忘れていたな・・・。 3輪モーターサイクル・・・。 いや、2輪モーターサイクルか・・・。』
と、ゴウは目の前の車両を眺め、呆然と考えてしまう。
『う~ん・・・。 使っていなかったから、そんなに汚れていない・・・が、表面に少し埃があるか・・・。』
ゴウは、ミリアが残していった整備器具、掃除器具を使い、埃が目立っていた速度表示画面や、その周辺を掃除し始める。 暫く後、埃等が気になった部分の掃除を終えたゴウに、
「ゴウ。 軽食の準備、出来ましたよ。」
と、服の肩にあるスピーカーから、ミリアのにこやかな声が聞こえてきた。
「わかった!」
一方、話しかけられたゴウは、服の襟にあるマイクに向かって機嫌良さそうに返事をすると、6輪車両内に戻って行った。
6輪車両内に戻ったゴウは、車両正面画面に周辺の地図が表示されていることに気付く。
『・・・そうだった・・・。 次の行き先、考えないといけないんだった・・・。』
と、思ったゴウ。 そんな中、表示されている地図の一部に、ふと、気になる名称があり、目が留まった。
「・・・。」
と、ゴウは考え込んだように、車両正面画面を見つめて立ち止まってしまう。 一方、立ち止まってしまったゴウを心配したのであろうか、ミリアは車両内にある調理場から出ると、切りそろえられた果物類が載っている皿を左手に携え、ゴウのいる車両前方にやってきて、
「ゴウ、どうしました?」
と、ゴウに向かって果物類の乗った皿を差し出しつつ、不思議そうに問いかけてきた。 片や、ミリアに問いかけられたゴウは、
「・・・おお、ありがとう。 ・・・そろそろ、次の移動先を考えていたんだけど・・・ちょっと、気になる場所があってね・・・。」
と、ミリアが持ってきた果物類の一つを右手でつまみあげ、ゴウは気楽に答える。
「気になる場所?」
と、ミリアが復唱するように答えると、
「そう。 あれ。」
と、ゴウは左手で、車両正面画面に表示された地図の一か所を指し示す。 ゴウが左手を翳した地図の場所には、『サーキット場』と表示されていた。
「そこで、何をするのですか?」
と、ミリアは全く理解できていないかのような口調でゴウに問いかける。
「え・・・。 何をするって・・・。 せっかく、そ・・・じゃなくて、『管理』から2輪の競技用車両もらったんだし・・・。 いろいろな、競技・・・? スピードを争ったり、時間を争ったり・・・するというか、挑戦するというか・・・。 ここって、そういう競技が出来る場所なんだろ?」
ゴウ自身、車両競技には興味があったため、以前に、2輪モーターサイクルの競技について少々調べたことがあった。 そして、久しぶりに自身の車両を見たことと、『サーキット場』を見つけたことによって、ゴウは、
『車両競技に挑戦してみるのもいいな・・・。』
そう思ったのだった。 だが、いざ車両競技について説明しようとすると、だいぶ昔に調べた記憶を辿るため、たどたどしい説明というか、全く説明できない状態になってしまう。 片や、ゴウの話を聞いたミリアは、暫しの沈黙後、
「こんな危険なこと、ゴウにさせるわけにはいきません!」
と、凄い剣幕で怒り始めた。 どうやら通信を介し、車両競技について調べたようだ。
「え・・・。 まあ、危険と言えば・・・危険・・・かな・・・。」
と、ゴウは黒い「面」下で、怒っているミリアの素顔の幻が見えたため、視線を逸らし、お茶を濁すように答える。
『・・・まいったな・・・。 やっぱり、ミリアは俺が2輪モーターサイクルに乗るのは反対なのか・・・。 でも、この先、車両競技ができるような機会が、いつあるかわからないし・・・。 ここは、何とかミリアを説得したい・・・けど・・・。』
と、考えたゴウは、
「え~と・・・。 そうだ! 思い出した! 俺が、直接2輪モーターサイクルに乗って走らず、遠隔操作の『人』を使って走るようにも出来るんだけどね・・・。」
ゴウは、操機主の募集が行われる前に調べていた、2輪モーターサイクル競技に関する知識の一部をどうにか思い出した。 その知識を使い、何とかミリアを説得しようとする。 一方、ゴウの話に反応せず、再び沈黙するミリア。
「・・・あの・・・。 ミリアさん・・・?」
しばらく後、ゴウは沈黙してしまったミリアの機嫌を確かめるように、横目でミリアを見つつ、「さん」付けの優しい口調で恐る恐る呼びかける。
「わかりました。 ゴウが直接2輪モーターサイクルに乗らないと約束するのでしたら、ここに行ってもかまいませんよ。」
と、ミリアは暫しの沈黙を破り、渋々答える。
「おお! 約束、するする!」
と、ミリアの話に反応して視線を戻し、調子よく答えるゴウ。 そしてゴウは、ミリアの黒い「面」下に、苦笑いしているミリアの素顔の幻を見ていた。
ゴウは滞在していた宿泊地から6輪車両で出発し、数時間足らずの移動で、目的地であるサーキット場の駐車場に到着した。
「ゴウ。 サーキット場に到着しましたが、何をすればいいのでしょうか?」
ミリアは、6輪車両内の右隣に座っているゴウに向かい、冷静な口調で質問してくる。 一方、ミリアから質問を受けたゴウも、初めて来たので、当然、何をしていいかわからず、
「え~っと・・・。 受付とか、どうしたらいいか、調べてもらえるかな・・・ミリア・・・。」
と、ミリアを見ながら、自信なさげな表情と口調で指示を出す。
「わかりました。 少々お待ちを。」
片や、指示を受けたミリアは冷静な口調でそう告げ、しばし沈黙した後、
「ゴウ。 サーキット場内で使用する車両は、この6輪車両に積んである3輪モーターサイクルでいいのですか?」
と、ミリアもゴウに「面」を向け、確認をしてくる。
「え~と・・・。 さすがに、サイドカーの付いた、3輪モーターサイクルのままじゃね・・・。 2輪に戻して走りたいんだけど・・・。」
と、ゴウは苦笑いしながら答えると、
「わかりました。 では、作業場所と作業補助『人』を貸してもらいましょう。」
と、ミリアはゴウに向かい、冷静に告げてくる。 一方、
『・・・あれ? ミリア、随分と積極的に対応してくれてるな・・・。』
などと思いつつ、
「・・・ああ。 よろしく・・・。」
と、少々不安気味な返事をするゴウ。 再びの沈黙後、ミリアが、
「手配、完了しました。 あちらから入れるそうなので、車両を移動させますね。」
と、ミリアは優しい口調で告げると同時、サーキット場のとある一角に右手をかざして6輪車両を移動させ始める。 片や、余りに手際よく手配を進めるミリアに対し、ゴウは今まで車両競技に反対気味だったミリアが、どうして突然協力的になったのか、幾分心配になり、
「なあ、ミリア・・・。 俺が車両競技するの、反対じゃなかったのかい?」
と、思わず聞いてしまう。
「私は、ゴウの専属『人』です。 あまり反対してもしょうがないじゃないですか。 それに、この競技は、以前の物に比べれば、安全なようですし。」
と、ミリアは、黒い「面」越しにゴウを見つめながら楽しそうに話す。 それを聞いたゴウも笑顔になるのだったが、
『ん・・・? 以前のって・・・、「操機戦」の事か・・・? しかも・・・、「この競技は安全」って・・・?』
と、ミリアが言った一言が心に引っかかった。
ゴウとミリアは停車した6輪車両から降車し、サーキット場から借りた、車両整備場の一区画付近に到着した。 整備場内には、「面」が固定されている種類の「人」2体が待機していた。
早速、ミリアが6輪車両後部に格納されている3輪モーターサイクルを降ろす。 そして、誰も乗っていない車両は自走し、整備場内に入って来る。 待機していた「人」2体に加え、ミリアも車両の整備作業に加わると、まずは、3輪モーターサイクル車両のサイドカーを取り外す作業から始めることとなる。 一方、無言で進められる「人」同士の作業を見て、ゴウは一人取り残されたようになってしまい、サイドカーの取り外し作業を整備場の端で立ったまま見守っていた。
2~3分後、サイドカーが外され、美しい2輪モーターサイクルの一部が姿を現す。 その姿を見たゴウは、逸る気持ちを抑えられず、思わず近づいてしまいそうになる。 が、
「ゴウ。 これから、この2輪モーターサイクルをサーキット場で走行できるように調整、整備します。 まだ、しばらく時間がかかりますので、あちらで休んでいてはいかがですか?」
ゴウが2輪モーターサイクルに近づこうとしているのを制するかのように、整備の手を止めたミリアはゴウの前に立ち、整備場内から6輪車両を止めてある方向に手を翳しつつ話す。 片や、
「・・・え・・・。 まだ、時間がかかるんだ・・・。」
と、2輪モーターサイクルの調整に時間がかかることを告げられ、少々気落ちするゴウ。 だが、気を取り直し、
「・・・わかった。 それじゃあ、6輪車両の中で休んでいるから、調整が終わったら呼んでくれないか。」
と、ゴウはミリアに向かってにこやかに告げる。 すると、
「わかりました。」
と、ミリアは優しい口調で応じた。 一方、ミリアの返事を聞いたゴウは、
「それじゃあ、よろしくね!」
と、機嫌よく告げ、車両整備場を出て、6輪車両が停まっている方へゆっくりと歩いて行った。
6輪車両内に戻ったゴウは、車両内の調理場付近にある冷蔵庫に向かい、ミリアが作り置きしておいてくれたサンドイッチの一つを上機嫌で右手に取ると、調理場の反対側にある椅子に腰掛ける。 そして、手に取ったサンドイッチを一口頬張る。 パンに挟まれていたのは、薄く切った燻製肉と卵だった。 するとゴウは、自分の食べたサンドイッチの断面を見て、何故か、操機補4号から注意された時の思い出が、ふとよみがえってきた。
『あ~あ。 訓練室に食べ物持ってきちゃ駄目だよ。』
少々怒ったような口調で話す4号の声がゴウの脳裏に響いた後、その時の前後の記憶が鮮明に思い出される。
まだ、操機主の訓練が始まって間もないころだった。 うっかり寝坊し、4号と予定していた訓練時刻に遅れてしまったゴウは、ミリアが作ってくれてあったサンドイッチの一つを掴み、一口、二口と食べながら訓練室へと小走りで向かう。 訓練室の扉が開くと、室内中央では4号が待ち構えるように立っていた。 そして、
『あ~あ。 訓練室に食べ物持ってきちゃ駄目だよ。 せめて、栄養飲料くらいにしてもらえる。 ゴウ。』
と、4号から怒ったように注意された、懐かしい記憶。
『・・・そういえば・・・、あの時持っていたのも・・・この、燻製肉と卵のサンドイッチだったな・・・。』
と、ゴウは思い出していた。 そして、
『・・・そういえば、4号・・・。 どうしてるかな・・・。』
などと、操機施設で、満足のいく別れの挨拶を交わせなかった操機補4号の事を考えてしまう。 さらに、
『もし・・・、連れてこれていたら、ミリアと一緒に、2輪モーターサイクルの整備手伝いをしていたのかな・・・。 ふふ・・・。』
と、ミリアと4号が、一緒に2輪モーターサイクルを整備している姿を想像してしまい、ゴウは6輪車両内で一人含み笑いをしてしまう。
だがゴウは、急に自分が操機主を辞めようとしている状況を思い出し、
『・・・すまないな、4号。 俺、戻らないと思うぜ・・・。』
などと考えながら、ゴウは一人寂しく残りのサンドイッチを頬張った。
その後、サンドイッチを食べ終えたゴウは、暫し、ミリアからの『2輪モーターサイクルの整備完了』連絡を待っていた。 だが一向に連絡がこないため、小腹が満たされたゴウは椅子に腰掛けたまま、うとうととしてしまうのだった。
「・・・ゴウ。 ゴウ。」
唐突に呼びかけられたように聞こえたゴウは、びくりとして目を覚ます。 慌てて周囲を見渡すと、「面」と頭部覆いを外したミリアが、ゴウの座っている椅子のそばに立っていた。
「ゴウ。 3輪モーターサイクルから2輪モーターサイクルへの変更と整備、完了しましたよ。」
と、微笑みかけながらゴウに話しかけるミリア。
「ああ・・・、ありがとう。 すまない・・・。 ねちまった・・・。」
ゴウは自身が寝ていたことに気付くと、ミリアに謝りつつ、気だるそうに椅子から立ち上がる。 そしてふと、ミリアが「面」を外しているのを不思議に思い、
「・・・あれ? この車両の『人』は?」
起きがけのうつろな意識の中、ゴウはミリアに対し、不思議そうに尋ねる。
「この車は、現在も私の管理下にあります。 この車本来の担当『人』は、『お休み中』と、お伝えしませんでしたか?」
と、ミリアは不思議そうな顔をしてゴウを見ている。
「休み中って・・・。 だいぶ前・・・、この車両に乗り換えたころに聞いた話だった気がするけど・・・。 それじゃあ、今、この車は、ミリアが全部制御しているのかい?」
と、周囲を見渡しながら、ゴウはミリアに向かい、再度不思議そうに尋ねる。
「ええ。 なので、車内なら、『面』を外していても構わないですよね。」
と、笑顔で答えるミリア。 一方のゴウは、ミリアに言いくるめられているような感覚になりながらも、
『まあ、他の人間もいないし・・・。 「人」もいないから、いいか・・・。』
などと考え、気を取り直し、
「わかった。 この車内にいる時は、『面』を外していていいよ。 それじゃあ、出来上がった2輪モーターサイクルを見に行こうか。」
と、ゴウはミリアに向かって納得した口調で声をかけ、6輪車両から足取り軽く外へ出ていった。
程なく、ゴウとミリアは先ほどの車両整備場に着く。 整備場中央には、3輪モーターサイクルの時とは別物のような、美しい2輪モーターサイクルが置かれていた。
「おおっ! これだよ! これ! 俺が乗りたかったの!」
と、ゴウは興奮気味に2輪モーターサイクルを凝視する。 そして、車両の周りをぐるぐると歩きながら、屈んだり、覗き込んだりした後、
「それじゃあ、早速、試運転といきますか!」
と、ゴウは力強くそう告げると、嬉々として2輪モーターサイクルに跨る。 その後、左右の手袋を整えなおし、ハンドルを握って動かそうとすると、
「なにをしているのですか、ゴウ。」
と、ゴウの背後から冷静なミリアの声が聞こえてくる。 振り向くと、「面」を付けたミリアは、「面」が固定されている種類の「人」と共に立っていた。
「なにって・・・。 いや~・・・。 車両の整備が終わったし、試運転しようかなって・・・。」
と、ミリアに尋ねられて振り返ったゴウは、背後のミリアに向かって調子よく話しかける。 が、
「ゴウ。 試運転はこちらを使いますので、ゴウは降りてください。」
と、ミリアは自身の脇に立っている「人」に左手を掲げ、冷静に答える。 一方のゴウは、ミリアが手を翳した先の「人」をよくよく見てみる。 すると、自身が3輪モーターサイクル操作時に着ていた『レーシングスーツもどき』よりも、さらに丈夫そうな黒いレーシングスーツを着こんでいるのが見て取れる。 加えて、ミリアの言っていることが理解できなかったゴウは、2輪モーターサイクルから慎重に降り、ほうけたような顔になってゆっくりとミリアに近づいていき、
「あの~・・・ミリア? 何を言っているのか・・・理解できないんだけど・・・。」
と、不思議そうに問いかける。
「ですので、2輪モーターサイクルの試運転は、この『人』を使って行います。 ゴウはこちらに。」
ミリアは優しい口調でそう告げると、ゴウの右手を優しく握り、車両整備場からゆっくり連れ出そうとする。
「ちょっと・・・? ミリア? どこに連れていくんだ・・・?」
片や、ミリアに手を握られたゴウはあっけにとられ、手を引かれるまま、車両整備場を出て行く。
その後、ゴウとミリアは整備場裏側にある通路区画をゆっくり歩き、別区画へ向かうことになる。 数分歩き、閉じている扉の前に到着すると、
「さあ、中へどうぞ。」
ミリアがそう告げると、閉じていた扉が自動で開く。 そしてミリアに先導され、開いた扉から室内に入っていったゴウは驚く。 その室内は、模造武具置き場も体を鍛える器具も無いが、数ヶ月前まで見ていた、操機用訓練室と似たような雰囲気の部屋だったからだ。 さらにその室内奥には、操機用訓練室にあった、訓練用操縦席出入り口そっくりの扉が見える。
「・・・あの・・・ミリア・・・。 これって、そう・・・」
と、ゴウは思わず、『操機』と言いかけてしまいそうになる。 が、慌てて口を噤むと、
「これは、2輪モーターサイクルの、『遠隔操作部屋』になります!」
と、ゴウの言いかけた言葉を打ち消すように、わざと大声で話すミリア。 さらに、大きな身振りをし、右手で室内奥の出入り口扉に手を翳す。
「・・・遠隔・・・操作席・・・?」
一方のゴウは事態が呑み込めず、混乱し、ミリアに問いかけるように呟く。 すると、
「ゴウが2輪モーターサイクルを扱いたい様子でしたので、こちらを手配しました。 これなら、ゴウは安全に2輪モーターサイクルを扱えます。」
片や、ゴウの問いかけに答えるように、自信満々に答えるミリア。 自身の腰に両手をあて、満足するかのように頷きつつゴウに話した。
「・・・ちょっと、まってくれ・・・。 すまん・・・、ミリア。 やっぱり、ミリアが何を言っているのか理解できない・・・。 もう少し、詳しく説明してもらえませんか・・・?」
一方、両手を広げ、ほうけ顔のままミリアに話しかけるゴウ。 すると、
「『遠隔操作部屋』を使う2輪モーターサイクル競技であれば、ゴウは安全です。 この扉奥に、遠隔操作元の2輪モーターサイクルを模した車体があり、ゴウにはこれを操作していただきます。 そして、先ほど整備が完了した車両を遠隔で操作し、サーキット場内を周回してもらいます。 ゴウがこの部屋内で操作した情報は、先ほど、整備場にいたレーシングスーツを付けている『人』が受信し、実車の2輪モーターサイクル側を操作します。 ご自身でも以前に調べ、察しが付いているのでしょう?」
と、ミリアは手際よく説明する。 片や、ゴウはミリアの詳細な説明を受けても、いまだに状況を理解できない。 そんな状況のゴウを、ミリアは無視するかのように、
「まあ、実際に遠隔操作部屋に入っていただければわかると思います。 さあ、入ってみましょう。」
と、引き続きにこやかに話した後、ゴウの右手を握り、遠隔操作部屋の室内に誘うミリア。 操機訓練用操縦席そっくりの出入口に近づくと、扉は自動で開く。 明るく照らし出された室内の中央には、2輪モーターサイクルを模したような物が設置されていた。 さすがにここまでくると、ゴウも察しがついたようで、
「・・・まさか・・・、これに跨って、操れと・・・?」
と、青ざめたような表情と震えたような声でそう言いながら、ゆっくりと2輪モーターサイクルを模した乗り物に右手を翳す。
「そうです。」
一方、ゴウとは打って変わり、ミリアは機嫌の良さそうな声で答える。
「・・・ああ・・・。」
と、ミリアの返事を聞いたゴウは、愕然とうなだれながらため息をついた。 そして、
「・・・確かに、以前調べたから、こんな操作方法もあるのは知っていたけどさ・・・。 俺のやりたいのは、こんなのじゃないよ・・・。 ・・・自身でこうやって、2輪モーターサイクルを操作して、サーキット場内を周回したいんだけど・・・。」
と、ゴウはうなだれた状態から悲壮感漂う顔をミリアに向け、あたかも、2輪モーターサイクルを操作するような上半身の動きをして見せる。
「そんな危険なこと、許可できません!」
片や、ゴウの話と2輪モーターサイクルを操作する姿を見聞きしたミリアは、結構な剣幕で怒ったような口調になる。 続けて、
「それに、ここに来るとき、『ゴウが直接2輪モーターサイクルに乗らないと約束する。』と、言いましたよね!」
と、ゴウの間近まで近寄り、またも結構な剣幕で問いただしてくる。 一方、そんなミリアの剣幕を見たゴウは、
『・・・う~ん・・・。 ミリアを怒らせてしまったかな・・・。 これ以上怒らせるのは・・・まずいな・・・。』
と、咄嗟に察し、
「・・・え~と・・・まあ・・・、それじゃあ・・・今日は、取りあえずこれで・・・。」
一転、ゴウはたどたどしくそう言いながら作り笑いをし、2輪モーターサイクルを模した乗り物に近づく。 そして、設置された乗り物にゆっくり跨ると、ゴウの体には、車体後方から伸びてきたモーターサイクル用セーフティベルトが両肩と両脇下付近に覆いかぶさってきた。 もちろん、ゴウの体に接触はしていない。
「・・・こんなのでも、セーフティベルトは必要なの・・・?」
と、ゴウは恐る恐るミリアに問いかけると、
「ええ。 操作に集中しすぎて、車体から落ちないようにするための安全装置です。」
と、ミリアは冷静に告げる。 一方、ミリアの話を聞いたゴウは、暫し、鬱陶しそうにセーフティベルトを眺めた後、
「・・・で、この後はどうしたらいいのかな?」
と、ゴウはミリアに向き直り、再度、恐る恐る尋ねる。 すると、ミリアはゴウに近づき、胸部のポケットから取り出した品物を両手で差し出し、
「はい。 これを着けてください。」
そう言って、一見すると、ありふれたメガネ型端末形状のような物をゴウに手渡そうとする。
「ん・・・? これって、メガネ型端末だろ。 なんでこんな物・・・。」
しかし、ゴウが手渡されたメガネ型端末をよく見てみると、一般的な物より大きめのメガネ型端末なのに気付く。 とりあえず装着してみると、
「ああ・・・、これ、そう・・・」
『操機の「面」みたいだ』と、口にしてしまいそうになったゴウは、またも、慌てて口を噤むことになる。
その後、ゴウが装着したメガネ型端末が作動すると、確かに、操機用の「面」に近い動作をした。 目に対して直接映像が投射される範囲が、一般的なメガネ型端末よりも格段に広い。 そんな状況に慣れてきたゴウは、メガネ型端末を装着したまま遠隔操作部屋内を見渡しつつ、
「・・・へえ・・・。 よくできているな・・・。」
と、感心する。 よくよく考えれば、操機の操作で実現できている技術だから、他で出来ていても不思議ではない。
「では、ゴウ。 同期しますね。」
と、突然ミリアの声が、服にある肩のスピーカーから聞こえるように切り替わる。 その声を聞いたゴウは、
『えっ! 4号!?』
と、『操機を操作している時、4号に話しかけられた』かのように錯覚してしまったため、少々混乱してしまう。 慌ててメガネ型端末を頭上にずらし、自身の後方を見回してみるも、室内には誰もいなかった。 肩のスピーカーを使って話しかけてきたミリアは、どうやら遠隔操作機器がある室内から外に出て、そこから通信でゴウに話しかけているようだ。
『・・・そうだよな・・・。 4号が、ここにいるわけないか・・・。』
と、寂しく思った後、
「・・・ちょっと・・・ミリア? 同期するって?」
と、ゴウは襟のマイクを使い、不思議そうにミリアに尋ねる。 すると、
「同期ですよ。 整備場で、2輪モーターサイクルに乗車している『人』との同期です。 メガネ型端末を元に戻してください。」
と、ミリアは冷静な口調で話しかけてくる。
「ん・・・? ああ・・・。 わかった・・・。」
だが、ゴウは今一状況が飲み込めないながらも、うすぼんやりと返事をし、メガネ型端末を元の位置に戻した。 一拍後、ゴウのメガネ型端末内視界は、遠隔操作部屋内とは別の場所を映し出していた。 今、ゴウの視界に投射されている映像は、先ほどまでいた、2輪モーターサイクルを置いてある整備場のようだ。 そしてミリアの話も加味すると、どうやら、整備場にいた「人」視界だとゴウは気付く。 さらに上下左右を見渡すと、先ほど整備場にいた「人」が、整備の終わったゴウの2輪モーターサイクルに跨り、ゴウと同じ姿勢を取っているのがわかる。 すると、
「同期、完了しました。 確認をしますか?」
メガネ型端末内視界に映る整備場の映像を見入っていたゴウだったが、暫し後、再びミリアが尋ねるように聞いてくる。 しかし、
「そんな・・・。 確認しますかって言われても・・・。 ミリア、何を確認すればいいんだい?」
と、何をどう確認していいかわからないゴウは、うろたえ気味にミリアに尋ねてしまう。 すると、
「では、ゴウ。 自身の右手を、顔の前に出してみてください。」
と、ミリアから落ち着いた口調の指示がある。 一方、その声を聞いたゴウは、ミリアの指示通り、右手を自身の顔前に翳す。 そうすると、メガネ型端末から見える「人」の視界には、ゴウの右手位置と同じ顔前位置に、右手を翳している「人」の右手が見て取れる。 さらにゴウは、服に負荷圧がかかっていないので混乱しそうになるが、操機と同期していた時の感覚を思い出し始める。
「・・・あの・・・ミリア。 これ、そう・・・の操作とそっくりで、気持ち悪いんだけど・・・。」
と、ゴウは襟のマイクに向かい、自分の思った感覚を口にしてしまう。 すると、すかさず、
「あら。 気持ち悪いのでしたら、中断しましょう。」
と、にこやかに、あっさりとゴウに返事するミリアの声が聞こえてきた。 一方、『中断』と言われたゴウは、
『・・・まずい! 中断は、避けたい!』
などと焦り、
「・・・あ・・・。 いや! 大丈夫、大丈夫! もう慣れた! 平気、平気!」
と、自身が口に出してしまった体の不調を強く否定し、強がって見せる。 そして、
「それじゃあ、走行を始めようか!」
と、ゴウは力強く告げ、遠隔操作での走行を始めようとする。 だが、ミリアの発言の端々から、とあることに気付き、
「・・・え~と・・・。 ミリア、もしかして・・・、2輪モーターサイクルに乗車している『人』と、俺との中間制御をしているのかい?」
と、恐る恐る尋ねてみる。
「ええ。 余り気は進みませんが、ゴウがお望みのようなので。」
と、ミリアは事実を隠すような事はしなかったものの、不機嫌な口調で返答をしてきた。
『・・・気が進まないって・・・。 「人」にも、嗜好の感覚ってあるのか・・・?』
片や、ミリアの返事を聞いたゴウは、ふと、そんなことを考えながらも、
「・・・そっか。 少し、よん・・・ご・・・の気持ちがわかったかな?」
またしても、『4号の気持ちが』と言ってしまいそうになるが、寸でのところでゴウはうまくごまかし、ミリアに対して冗談めいた話をする。 すると、
「ゴウ。 その話は、やめた方がいいかと。」
と、ミリアは至って冷静な返答をする。 一方、ゴウはそんなミリアの冷静な口調の話を聞くと、
「・・・そうだな。 どこで誰が聞いているかわからないし、口止めされたもんな・・・。」
と、にこやかに話した後、続けて、
「それじゃあ、ミリア。 整備場から出てピットレーン内は、ミリアの操作でお願いできるのかな?」
と、ゴウは左手を上げてミリアに問いかけつつ、
『・・・ほんと・・・。 操機を扱うのにそっくりだな・・・。』
などと感じるのだった。
ミリアが遠隔操作で操っている2輪モーターサイクルは、ゆっくりした速度で整備場からピットレーン中央まで進んできた。 すると、ゴウのメガネ型端末内視界にも、薄曇りのサーキット場内が映し出されてくる。 ゴウは改めて、後方のピットレーンやサーキット本線内を見渡してみる。 だが、他に走行している車両の姿や音は無く、閑散としている。
「・・・ミリア・・・。 今日は、サーキット場内に・・・他の人間は・・・いないのかな?」
と、ゴウは周囲を見渡すのを続けつつ、不安そうな声でミリアに質問する。 少しの間があり、
「現在、このサーキット場にいる人間は、ゴウだけですね。」
と、ミリアからはさみしい回答が返ってくる。 それを聞いたゴウは、少々気落ちし、
「・・・そっか・・・。」
と、沈んだ口調で答えてしまった。 だが、
「・・・でも、まあ、貸し切りってことで、遠慮なく使わせてもらいましょう!」
と、すぐさま気分を切り替えたように答え、
「それじゃあ、まずは、ミリアだけで何周か走ってみてもらえるかな?」
と、ゴウはメガネ型端末内視界越しで、跨っている2輪モーターサイクルに対して話しかけるように告げる。 すると、
「えっ?」
ミリアからは、一瞬驚いたような返事がくるも、
「わかりました。 では、一旦、ゴウと車両を操作している「人」との同期を、視界のみにします。」
と、すぐさま冷静に答える。 一方、遠隔操作部屋のゴウには、特段の変化は無かった。 ミリアは続けて、
「では、1周、約4500メートル。 走行を開始します。」
冷静な口調でそう答えると、ゴウのメガネ型端末内視界の風景が流れ出す。 2輪モーターサイクルが走行を開始したようだ。
時速30キロメートル程度の速度でピットレーンを走行し、サーキット本線間近の停止線で一旦停止する。 その後、ピットレーン脇の左前方にある箱内に、緑色のランプが点灯すると、2輪モーターサイクルは加速を再開した。 再び、時速30キロメートル程度に達すると、サーキット本線に滑らかに入り込む。 その後、直線では時速120キロメートル程度まで加速し、サーキット場内を走行する2輪モーターサイクル。 そして、2輪モーターサイクルを操っている「人」視界で見えるゴウのメガネ型端末内映像は、数日前に走った公道と遜色がないほど、十分に迫力があった。 加えて、走行中の2輪モーターサイクルが発する特有の甲高い駆動音、風切り音、減速時のブレーキ音等々も、部屋全体から響き渡るように聞こえてくる。 ゴウは途中途中で、
「おお! 凄い、凄い!」
と、遠隔操作部屋内で大喜びする。
ミリアが遠隔操作する2輪モーターサイクルは、順調にサーキットを1周した後、もう1周、今度は時速60キロメートル程で走行し、ピットレーンを経て、車両整備場に戻ってきた。
「どうでした? ゴウ。」
2輪モーターサイクルを整備場中央で停止させたミリアは、冷静な口調で聞いてくる。 一方、その声を聞いたゴウはすぐさま、
「いや~! 凄い迫力だったよ! こんなので・・・と思っていたけど、これはこれで、凄いと思うよ!」
と、メガネ型端末から見える「人」視界映像を気に入ったようで、興奮気味に答える。 そして、
「で、今度は・・・?」
と、ゴウは興奮を押さえつつ、ミリアに恐る恐る問いかける。 すると、
「ええ。 ゴウが2輪モーターサイクルを遠隔操作で操り、走ってみますか。」
と、ミリアが冷静な口調で提案してきたので、
「おう! 待ってました!」
と、嬉々としてミリアの提案に応じるゴウ。 すると、
「2輪モーターサイクルの操作方法は、大丈夫ですよね?」
一拍置いて、ミリアが冷静に問いかけてくる。 片や、問いかけられたゴウは、
「大丈夫、大丈夫!」
と、余裕があるような回答をする。
「それでは、初めての遠隔操作でのサーキット走行ですので、ブレーキと姿勢制御は、私が補助します。」
と、再びミリアからの声が聞こえてくると、
「わかった!」
と、ゴウは力強く答える。
「では、再同期します。」
と、聞こえてきたミリアの声に対し、ゴウは服の負荷圧に耐えるように、体を強張らせてしまう。 すると、
「ゴウ、緊張しているのですか? 体中の筋肉が少し強張っているようですが。」
と、ミリアが不思議そうに問いかけてくる。 そんなミリアの声を聞いたゴウは、
『・・・そうだった・・・。 操機を操るわけじゃ・・・ないんだよな・・・。』
と思い、
「そうかな・・・。 緊張しているわけじゃないけど、つい、力が・・・。 ははは・・・。」
と、言い訳のように告げた後、ゆっくりと息を吐き、強張らせていた体の力を抜く。 その後は、服に負荷がかかっていない状態に違和を感じつつも、ゴウは自身の右手をメガネ型端末前に差し出した。 すると、寸分の狂いもなく、メガネ型端末内視界には、2輪モーターサイクルに跨っている「人」の差し出した右手が見えてくる。
「・・・さて・・・。 行きますか・・・。」
と、ゴウは少々緊張しながら、同期した遠隔操作の「人」を介し、跨っている遠隔操作元の2輪モーターサイクルを慎重に操作し始める。 そして、メガネ型端末内視界で周囲に注意し、ミリアの重心制御の手助けも借り、2輪モーターサイクルを整備場からピットレーンに進ませた。 その後、恐る恐る2輪モーターサイクルを加速させ、サーキット本線に入る手前の停止線に近づける。 すると、
「ゴウ。 停止線の前で一旦停止してください。 出来ますよね。」
と、ミリアから冷静な口調での指示が来る。
「・・・わかった・・・。」
一方のゴウは、2輪モーターサイクルを操作し、停止線で車両を止めるように操作する。 ミリアの操作補助もあり、ゴウの操る2輪モーターサイクルは、どうにか停止線直前で止まった。
「では、ピットレーン脇の左前方にある箱内に、緑色のランプが点灯します。 そうしたら、サーキット本線に入れる合図ですので、ゆっくり加速し、サーキット本線に入ってください。」
と、ミリアからは続けての指示がある。 しばらく待つと、ピットレーン脇の左前方にある箱内に、緑色のランプが点灯する。 それを確認したゴウは、
「・・・よし! それじゃあ・・・。」
と、少々震える右手で遠隔操作元の加速用スロットルを操作し、重心移動をさせてどうにかサーキット本線に入り込む。 その後は順調に加速し、カーブに差し掛かって減速を済ませた後、遠隔操作部屋にいるゴウが2輪モーターサイクル特有の重心移動動作をする。 すると、サーキット内で2輪モーターサイクルを操っている「人」もゴウの動きを追従し、転倒しないように重心移動の動作をする。 ミリアが見せてくれた走行に比べると、ゴウの走行は少々ゆっくりした速度だったが、どうにかコース外走行や転倒することなく、無事に最初のカーブを走り抜けた。
その後、ゴウは初めてのサーキット走行のためか、加速や減速に戸惑い、多数のカーブに苦戦しながらも、どうにか1周を完走する。
「はぁ・・・はぁ・・・。 どうにか、1周走り切った・・・。」
と、息も絶え絶えに話すゴウ。 そうすると、
「ゴウ。 車両整備場に戻る周回は、私が操作しますね。」
ミリアがそう伝えてくると同時、サーキット場内の2輪モーターサイクルは、ゴウの同期操作を離れてゆっくりとした動きに変化する。 続けて、
「初めての2輪モーターサイクルのサーキット走行にしては、上出来ですね。」
と、ミリアから褒められるゴウ。 片や、遠隔操作部屋内のゴウは、少々いい気分と照れたような表情になりながら、
「はぁ・・・。 はは・・・そうかな・・・。 ミリアが補助してくれたからじゃないかな・・・。」
と、右手で頭の後ろをかきつつ、照れ隠しするように答える。 すると、
「もう1周、周回してみますか?」
と、ミリアが冷静に尋ねてくる。
「おう! ・・・って、言いたいけど、ちょっと休憩してからね・・・。 これ、意外と、疲れるね・・・。 はぁ・・・。」
と、ゴウは弱気な発言をして乱れ気味の呼吸を整えると、セーフティベルトが外れてすぐ、遠隔操作元の2輪モーターサイクルを模した乗り物から降りてしまう。 その後、メガネ型端末を外して遠隔操作部屋を出ると、外の部屋にある休憩椅子に座り込んでしまった。
数分もすると、ミリアがゴウの休んでいる部屋に、保冷箱を携えて入って来る。
「ゴウ。 水分を補給してください。」
と、座っているゴウの目の前に立ったミリアは、優しい口調でそう言いつつ、冷水の入った容器をゴウの前に差し出す。
「おお、ありがとう。」
一方のゴウは、冷水の入った容器を差し出されると、嬉々として受け取り、素早く封を開け、一口、二口と勢いよく飲んだ。
「疲れましたか?」
ミリアは冷水の入った容器を手渡し終えると、ゴウが座っている休憩椅子の右側に腰を下ろしながら、優しい口調で訪ねてくる。
「ああ・・・。 まだ・・・、慣れていないせいもあるのかな・・・。」
と、ゴウは冷水の入った容器を見つめ、呆然と答えた。 しかし、
「でも、そう・・・じゃなくて、あれを初めて操作した時みたいな感じで、すごく楽しいよ!」
思わず『操機』と言ってしまいそうになったゴウは、慌てて言葉を濁しつつも、ミリアに向かってにこやかに力強く答えた。
「そうですか、良かったです。 休憩後も、走りますか?」
ゴウの返事を聞いたミリアは、再度、優しい口調で訪ねてくる。
「ああ、もちろん!」
と、ゴウはミリアに向かい、躊躇せずに力強く答えた。
その後も、ゴウは適度に休みを挟みながら、貸し切り状態のサーキットを遠隔操作で3時間ほど走り込んだ。
「ゴウ。 まだ、走りますか? 少々の疲労が見受けられますが。」
だいぶ日が傾き、辺りが少々薄暗くなり始めた頃だろうか、ミリアが心配そうな口調で尋ねてくる。
「はぁ・・・はぁ・・・。 そうだな・・・。 かなり走ったし・・・。 また明日のお楽しみってことで、今日はこれで終わろうか。」
ゴウは乱れた呼吸を整えつつそう言うと、長い直線の区間に差し掛かったとき、
「それじゃあ、ミリア。 整備場まではお願いしていいかな?」
と、ミリアに問いかける。 すると、
「わかりました。」
と、ミリアが早口で答えると、ゴウのメガネ型端末内視界は通常視界に切り替わり、サーキット内を走る2輪モーターサイクルの遠隔操作がミリアに移ったのを確認した。 ゴウはその後、自身の体からセーフティベルトが外れていくのを見届け、遠隔操作部屋内にある2輪モーターサイクルを模した乗り物からゆっくり降りる。 そしてメガネ型端末も外し、車両整備場に小走りで向かう。 整備場には椅子に腰かけているミリアの本体がいた。 暫く後、甲高い音を響かせ、2輪モーターサイクルが整備場に戻ってきた。 ゴウは戻ってきた車両を出迎え、
「いや~、楽しかったよ! それで、ミリア。 また明日も、この『人』にお願いできるのかな?」
ゴウは嬉々として2輪モーターサイクルに話し掛けた後、今度は車両を操作していた「人」に近づいていく。
「ええ。 しばらく貸していただけるように、手配してあります。」
座っているミリアの本体から声が聞こえてくるように切り替わると、椅子から立ち上がり、2輪モーターサイクルから降りた「人」に右手を翳して答えた。
「そっか・・・。 それじゃあ、明日もよろしくね!」
ゴウも立っている「人」に向かい、挨拶するように上機嫌で話し掛ける。 だが、ふと疑問を感じ、
「・・・なあ、ミリア。 ミリアはさっき、2輪モーターサイクルを操作している時は、この『人』を介して操っていたんだよな?」
と、ゴウは立っている「人」を不思議そうに一瞥した後、ミリアに向かって尋ねる。 すると、
「ええ、そうです。 正確には、遠隔操作部屋や操作元の機器を通じ、ゴウの動作を私が読み取った後、この『人』にゴウの動きを伝えていました。 ただ、2輪モーターサイクル自体も、いくらかは直接操作をしていましたが。」
と、冷静に答えるミリア。 片や、ミリアの回答を聞いたゴウは、暫し考えたようになった後、
「う~ん・・・。 なあ、ミリア・・・。 ここで、もう一度・・・、この『人』を操ってもらうことって・・・出来るかな・・・?」
と、ミリアに向かってたどたどしく質問する。
「わかりました。 少々お待ちを。」
と、ミリアは躊躇なく冷静に答える。 そして一瞬の間後、
「お待たせしました。 これでいいですか?」
今度は、2輪モーターサイクルを操作していた「面」が固定された「人」から、ミリアの声が聞こえるようになった。 一方で、元のミリアの本体は立ち尽くしたままになっている。 「面」が固定された形状の「人」からミリアの声が聞こえる状態に、ゴウは少々の違和を感じつつも、
「・・・なあ、ミリア。 この状態で、さらに俺との動作同期って・・・出来るのかい?」
と、ゴウは「面」が固定されている「人」と、立っているミリアを交互に見比べつつ、不思議そうに質問してみる。
「ここで、ですか? ええ。 出来ますよ。 ただ、遠隔操作部屋ほどの完全な仲介はできませんが。」
と、ミリアは気さくに答えてくれる。
「それじゃあ・・・、俺との動作同期、やってみてもらえるかな・・・。」
と、ゴウは再度、たどたどしい話し方でミリアに依頼しつつ、直立した姿勢を取る。
「わかりました。 では、同期しますね。」
冷静にそう告げると、ミリアの声色で話す「面」が固定された「人」は、ゴウとの間を少し開けて並列するように立ち、ゴウと同じ、直立姿勢となった。
「ゴウ。 同期、しましたよ。」
またも、「面」が固定された「人」からミリアの冷静な声が聞こえてくる。 すると、ゴウは突然、「ハルバード」を持っているかの如く両手を振り回す。 そうすると、寸分遅れず、「面」が固定された「人」も同じ動作をする。 片や、ゴウの突然の動作に対し、
「ゴウ。 何をしているのですか?」
と、立ち尽くしていたミリアの本体は、ゴウに黒い「面」を向け、少々不機嫌な口調で話しかけてくる。 一方、ミリアの本体が不機嫌な口調で話しかけてくるのを聞いたゴウは、「面」下の表情も不機嫌になってしまっているミリアの素顔の幻を見つつ、
「あ・・・。 い~や・・・ちょっと・・・その、冗談というか・・・あははは・・・。 ありがとう、ミリア。 もういいよ・・・。」
と言って、ミリアから不機嫌な口調で話し掛けられたのを必死に誤魔化す。 が、
『・・・う~ん・・・。 ・・・これって、操機の技術と・・・。』
などと、ゴウは珍しく真面目な表情でしばらく考え込んでしまう。 片や、その間と表情を察したのか、ミリアが、
「どうかしましたか? ゴウ。」
と、不機嫌な口調から一転、心配したような口調で問いかけてきた。 一方、問いかけられたゴウは、考えていたことを誤魔化すように、
「ん? ははは・・・いや・・・。 何でもない・・・。」
そう言うと、ミリアに向かって作り笑いをした。 その後、すぐに、
「それじゃあ、俺、先に車両に戻ってるから・・・。」
と、ゴウは6輪車両が停車してある方に手を翳し、小走りで車両整備場を出て行ってしまった。
周囲が薄暗くなり、サーキット場内は照明によって明るく照らしだされている。 そんなサーキット場内の車両整備場から出たゴウは、
『う~ん・・・。 2輪モーターサイクルの整備や後片付け、俺も手伝った方が良かったかな・・・。』
と、小走りを継続しつつ、車両整備場を振り返って少々反省する。 その一方で、
『・・・操機って、最新の技術って訳ではなく、この世界にある、ありふれた技術を使っているんだな・・・。』
と、そんなことも考えていた。 そして、またしてもゴウの頭に疑問が浮かぶ。
『・・・それじゃあ、どうして、あんなに大きな「人」を使って戦わせるのだろう・・・?』
ふと小走りを止め、歩きながら考えるゴウだった。
その日の夜、6輪車両内の寝具で横になっていたゴウは、昼間疑問に思った、『「操機戦管理」が、巨大な「人」を使うこと。』について、もう一度考えていた。
『操機補じゃなく、普通の「人」でも、人間の動作を追従出来るなら、なんであんな大きな『人』を使うんだろうか・・・。 『人間大の「人」に武装させ、戦わせる。』じゃ、駄目なんだろうか・・・。 それとも、操機は、何か別の使用目的があるのだろうか・・・。』
などと考え込んでしまう。 だが結局、結論は出ず、
「まあ・・・、『俺が考えてもしょうがない事』か・・・。 そうだろ、シロ・・・。」
と、ゴウはぽつりと呟き、深い眠りに落ちていった。
明けて翌日。 ゆっくりと朝食を取ったゴウは、10時を過ぎたころにようやくサーキット場の整備場に到着した。 昨日と同じ整備場に入ると、先に到着していたミリアと、「面」が固定された種類の「人」2体、さらにレーシングスーツを装着した「人」によって、ゴウ用の2輪モーターサイクルは、点検と整備を終えようとしていたところだった。
「ミリア。 車両の調子はどうだい?」
ゴウは車両整備場内の2輪モーターサイクルに近づきながら右手を上げ、屈んでいるミリアに対して気さくに話しかける。
「ええ。 整備は完了しています。 問題ありません。」
と、立ち上がって機嫌の良さそうな声で答えるミリア。 ゴウの到着に合わせるかのように、整備を完了させたようだ。
「それじゃあ、早速、出られるのかな?」
と、ミリアに対し、ゴウは明るい口調で尋ねる。
「わかりました。 準備しますので、少々お待ちを。」
再びミリアが機嫌のよさそうな口調で答えると、2輪モーターサイクルを整備していた「人」3体は最後の拭き掃除をしてから車両を離れる。 その後、レーシングスーツを装着している「人」は2輪モーターサイクルに跨り、整備場からピットレーンに向かって2輪モーターサイクルを移動させ始めた。 2輪モーターサイクルが整備場を出ていくと、
「では、ゴウも準備をしていただけますか?」
と、ミリアは遠隔操作用部屋がある方に左手を翳し、ゴウの準備を促す。
「それじゃあ、よろしく!」
ゴウは元気よく告げると、遠隔操作用部屋がある場所へ向かい、小走りで移動を始めた。
遠隔操作用2輪モーターサイクルがある場所に到着したゴウは、室内に入って専用のメガネ型端末を装着し、2輪モーターサイクルを模した乗り物に跨ると、セーフティベルトが両肩と両脇下付近に覆いかぶさってくる。
「ミリア。 こっちは準備できたよ。」
と、ゴウは襟にあるマイクに向かい、軽い口調で話し掛けた。 すると、
「わかりました。 こちらも準備出来ています。」
機嫌よく応答するミリアの声が、服にある肩のスピーカーから聞こえてくる。 そして、
「では、同期しますね。」
と、続けてミリアの声が聞こえてくると、ゴウのメガネ型端末を通して見えている視界が、2輪モーターサイクルに跨っている「人」の視界へと切り替わる。
「それじゃあ、今日もサーキット内寸前までは、ミリアの操作でお願いできるのかな?」
ゴウは、4号と操機を手合い場へ移動させているのを思い出しつつ、手慣れた調子でミリアに問いかける。
「わかりました。」
と、またも機嫌よく答えるミリアだった。 が、一拍後、
「おや? 今日は、私たち以外に、他の2輪モーターサイクルがいるようですね。」
と、不思議そうに告げるミリアの声が、肩のスピーカーから聞こえてくる。
「えっ! へえ~・・・。 昨日は、誰もいなかったのにね・・・。」
と、ゴウも不思議そうに声をあげる。 そして、ゴウはメガネ型端末内視界を介してサーキット内を見てみる。 すると、晴天のサーキット内には、ゴウ達の操る2輪モーターサイクルとは別形状の2輪モーターサイクルが1台、甲高い音を立て、ゴウのメガネ型端末内視界をかなりの速度で通過して行く一部が見て取れた。 その様子を見たゴウは、
「・・・っと、凄い速度だな・・・。 かなりの経験者なのかな・・・。」
と、自信を失ったように独り呟く。
「走行している2輪モーターサイクルは、今見えた1台です。 こちらと同じ、遠隔操作の『人』が操縦をしています。 外観は、こちらの車両と若干異なっているものの、2輪モーターサイクル自体の基本性能はほぼ同等です。 ですので、かなりの経験を積んでいる人間が、「人」を操作しているようですね。」
と、ゴウの呟きに答えるように、ミリアが事細かに説明してくれる。 一方、ミリアの話を静かに聞いていたゴウは、
「わかった・・・。 それじゃあ、経験者さんの邪魔にならないように、気をつけて走りますか・・・。」
と、ゴウが弱気な声でそう言った後、2輪モーターサイクルはミリアの操作でピットレーンをゆっくり走行し、サーキット本線と合流する通路に近づいて行く。 そして、サーキット本線に入る寸前の停止線で一旦停止すると、
「それでは、操作をゴウに渡します。 ランプが緑色に点灯したら、走行を開始してください。」
と、ミリアの冷静な声を聞いたゴウは、
「おう!」
一転して元気よく答え、ピットレーン脇の左前方にある箱内に注視する。 しばらく待つと、箱内は真っ暗な状態から、緑色にランプが点灯した状態になる。 それを確認したゴウは、ハンドルにある加速用スロットルを操作し、サーキット本線に進入していき、昨日と同等速度まで加速する。
「ゴウ。 なるべく左側を走行するようにして下さい。 このサーキットは右回りなので、速度の速い車両は右側を通ります。」
サーキット本線に入って早々、ミリアが冷静な口調で教えてくれる。 その指示に対し、
「了解した! 本当は、張り合って右側を走ってみたい・・・けど、何しろ、まだサーキットを走るのが2日目じゃね・・・。」
と、ゴウは嘆くように答える。
速度の速い車両に何度か追い越されつつも、何とか1周、2周と周回を重ね、5周目でクールダウンの周回を取り、そこからさらに5周走り終えたところで、
「一旦、整備場に戻るよ。」
ゴウはそう告げて後方を確認した後、サーキット本線からピットレーンに入る車線に進路を変える。 すると、
『ん・・・?』
進路変更をした時、メガネ型端末と自身の操作の若干のずれに違和を感じる。 が、低速の走行になったためか、その後の違和感は発生しなかった。 そのままピットレーン内をゆっくり進んで整備場に戻ってきた、ゴウの操る2輪モーターサイクル。 車両を整備場中央で止めると、ゴウ自身もメガネ型端末を取り外し、遠隔操作用2輪モーターサイクルから降りて室外に出ていく。 すると、出入り口の外側から少し先の室内に、ミリアが保冷箱を肩から下げて立っているのに気が付いた。
「おぉ・・・ミリアか・・・。 ふぅ・・・。 ちょっと・・・一旦、休憩・・・。」
と、深く息を吐き、少々疲れを感じたゴウは、遠隔操作部屋の室外にある休憩椅子に腰掛ける。 するとミリアが、
「ゴウ、冷水を持ってきていますが、いかがですか? もしくは、何か他の飲み物を用意しますか?」
と、冷水の入った容器を差し出しつつ、優しい口調で尋ねてきた。 片や、ゴウは喉の渇きを感じていたので、何らかの飲み物は飲みたかった。 そして、ふと、「炭酸飲料」を飲みたい気分になる。 しかし、
『・・・ミリアのことだから、他の飲み物を頼むと、「栄養飲料」をお勧めしてくるんだろうな・・・。』
などと考えたゴウは、
「ああ。 水でいいよ。」
と、栄養飲料を飲みたくなかったのもあり、ミリアから受け取った冷水の入った容器の封を手早く開け、勢い良く飲んだ。
冷水を飲んで一息ついたゴウは、2輪モーターサイクルがピットレーンに進入した時の違和が気になり、整備場にやって来た。 そして、整備場中央で停車している車両をかがみ込むように覗き込んでいると、
「どうかしましたか? ゴウ。」
と、後を付いてきていたミリアが不思議そうに問いかけてくる。
「ああ・・・。 ちょっと、ピットレーンに入る時、メガネ型端末と操作に違和を感じてね・・・。」
と、ゴウは自身の2輪モーターサイクルを覗き込んだまま、うすぼんやりと答える。 すると、
「わかりました。 点検しますので、少々お待ちください。」
ミリアがそう告げると、待機していた整備の「人」2体と、車両を操縦していた「人」も含め、3体の「人」が2輪モーターサイクルに群がるように点検と整備を始めてしまう。 一方、そんな光景をみたゴウは、
『・・・これは、時間がかかりそうだな・・・。』
などと考え、整備場内にある休憩椅子に腰かけた。
そして、暫く整備の様子を見ていたゴウの耳に、サーキット内を走っているのであろう、もう一台の2輪モーターサイクルの甲高い走行音が聞こえてくる。 ゴウが走り終えた後も、まだ走り続けているようだ。 一方で、ゴウは先ほどサーキット内を周回していた時、右側から追い越していく2輪モーターサイクルが気になっていた。 ゴウは服のポケットから取り出したメガネ型端末を弄びつつ、ゴウの右隣の休憩椅子に座ったミリアに向かい、
「・・・ミリア、ちょっと聞きたいんだけど・・・。 この端末で・・・中の・・・サーキット内の様子って見られるのかな?」
と、漠然と尋ねてみる。 すると、
「ええ、見られますよ。 いつも通り、装着して話しかければ、サーキット場内に設置されている、共有の各視覚装置を使用できるようになります。」
ミリアは優しい口調でそう答えた後、右手をサーキット場内に軽く翳した。 片や、ミリアの回答を聞いたゴウは、
「・・・へえ・・・。 それじゃあ、早速・・・。」
と言って、メガネ型端末を装着した後、
「サーキット場内の映像。」
と、にこやかに告げてみた。 すると、ゴウが装着したメガネ型端末内視界には、視聴可能な場所の候補が多数現れる。
「わわわ。 なんだ・・・。 こんなに沢山の視覚装置があるのか・・・。」
自分が思っていたよりも多数の視聴可能映像が出てきたため、ゴウは驚いてしまう。 暫し、多数の視聴可能な映像候補をみていると、その映像の一つに、常に動き続けている映像を見つける。 よくよく見てみると、走行中の2輪モーターサイクルを、上空の無人撮影機が追いかけて撮影している映像のようだ。 ゴウがその映像を注視していると、上空から2輪モーターサイクルを追いかけている映像が大写しになる。
『これ・・・。 今、走っている映像か・・・?』
ふと、ゴウは疑問に思う。 ゴウがさらに注視を続けていると、走行中の2輪モーターサイクルの速度や、各地点の通過時間などが表示され、詳細がはっきりと確認できる映像状態になった。
『おお。 今、走っている映像か・・・。 へぇ~・・・、上手だな・・・。 相当、走り込んでいるんだろうな・・・。』
自分とは比べ物にならない上手な2輪走行に、ゴウは映像を見ながら感心してしまう。
メガネ型端末を装着してから3周程、走行中の2輪モーターサイクル映像を見入ってしまっていたゴウ。 だが、走っていた2輪モーターサイクルがピットレーンから整備場内に入って行ってしまったため、残念そうにメガネ型端末を外し、深く息を吐いた。
「ふう・・・。 凄いな・・・。 『人』の扱いに慣れているのか、操作者の運転技術が優れているのか・・・。」
と、ゴウはミリアに聞こえるように呟く。 すると、ミリアもゴウの端末映像と同じ映像を見ていたのであろう、
「ええ。 上手ですね。 この車両を操作されている方は、長年、2輪モーターサイクルの操作に携わっている方なのでしょうね。」
と、ミリアも映像を見ていた感想を告げる。 どうやら、ゴウと同意見のようだ。
『・・・う~ん・・・。 どうやったら、あんなに上手くなれるのかな・・・。 たとえば・・・、このサーキット場で、走行方法を教えてくれたりしてないのかな・・・。』
などと、暫し考えたゴウは、再度、メガネ型端末を装着し、
「サーキット場内の提供事項を教えて。」
と、尋ねるように話しかける。 一方、ゴウの行動を見聞きしていたミリアは、一瞬、手を翳してゴウの行動を止めるような仕草を取る。 しかし、時すでに遅く、
「・・・へえ・・・。 なんか、いろいろあるんだな・・・。 おっ、あるじゃないか! 『2輪モーターサイクルの操作方法』、『上手な2輪モーターサイクルの走行方法』。 やっぱりあるんだな、こういう教習のようなもの・・・。 4輪車両も、教えてくれるのか・・・。」
と、ゴウはメガネ型端末内に表示された、『サーキット場内の提供事項』を見ながら感嘆する。 そして、暫し一覧を眺めていると、
「・・・あれ? この、『実車走行』って・・・。」
と、提供事項の一つがゴウの目に留まる。 暫し、『実車走行』と書かれている説明項目を黙読する。 すると、
「おお! あった、あった! これだよ! 俺のやりたかった、2輪モーターサイクルの走行! しかも、受付ている!」
と、自身がやりたかった事項を見つけ、大喜びのゴウ。 今にも実車走行に申し込みそうな勢いになっていた。 だが、
「やめてください、ゴウ!」
と、ミリアは急に荒い口調で声を上げる。 片や、メガネ型端末内の実車走行説明を読むのに集中していたゴウは、突然聞こえてきたミリアの荒々しい口調にかなり驚く。
「うわっ! って・・・どうした、突然、怒って・・・? せっかくこんなところに来ているんだし・・・。 サーキット内を、実際に走ってみたいし・・・。」
と、落ち着いたゴウはメガネ型端末を頭上にずらし、しょんぼりした声で答える。 どうやら、本気で実車走行を申し込むようだ。 一方、ゴウの話を聞いたミリアは、
「こんな危険なこと、ゴウにさせるわけにはいきません! それに、ここに来るとき、『ゴウ自身は直接車両を操作しない。』約束でしたよね?」
と、何時ぞやに発した台詞を再び告げてくる。 ミリアは本気で、ゴウが実車で走行するのを止めたいようだ。 ゴウに話しかけている語尾が、ミリアの本気のようなものを感じさせる。
「確かに・・・そうは言ったけど・・・。 ・・・でも、ミリア・・・。 ここなら、一般公道と違って、他の車両も無いし・・・。 ほら、単独走行って書いてある! サーキット内を一人で走るみたいだよ!」
と、ゴウは再度メガネ型端末を装着し直し、視界内に表示されている説明書きの一部を読み上げる。 その後はメガネ型端末を外し、両手を広げてミリアを説得するように話しかける。 だが、
「駄目です! 危険です!」
と、ミリアは即答で頑なに実車走行を拒否した。 そして、お互いに話し合いで解決しようとするも、意見は平行線をたどり、喧嘩寸前の言い合いが続き、
「・・・それじゃあ! 『俺が乗る2輪モーターサイクルを、ミリアが制御する。』でも、駄目かい!?」
と、ゴウは強い口調で妥協案を提示する。 片や、ゴウの勢いに対し、ミリアも察したのか、はたまた、
『このままだと、ゴウは「人間の権限」を使い、無茶なことをするかもしれない。』
そう判断したのか、暫しの沈黙後、
「わかりました。 ただし、1周だけですよ。」
と、根負けしたような口調で、渋々ながら首を縦に振る。 一方、ゴウは黒い「面」下で、苦笑いをしているミリアの顔の幻を見つつ、
「おお! ありがとう! やっぱり、ミリアは優しいな!」
と、大喜びで甘えるようにミリアにすり寄るのだった。
ミリアの手配により、ゴウは午後から自身の2輪モーターサイクルを使い、実車でサーキット内走行をすることになった。 昼食後、再び車両整備場にやって来たゴウとミリア。 そしてミリアが、『ゴウが、サーキット場内を2輪モーターサイクルで走れるように準備します。』と言ってから暫く後、
「来たようですね。」
ミリアはそう告げて整備場の出入り口に向かって行くと、自動で扉が開く。 すると、開いた扉から、1体の荷物運搬用六脚「人」が整備場内に入って来た。 六脚「人」は整備場内の休憩椅子付近で停止し、腹部を開く。 開いた腹部内は大きな収納箱になっており、付き添うように歩いていたミリアは、開いた収納箱から、中の荷物を取り出す。 取り出した物は、ヘルメットやレーシングスーツ等々、複数の品物であった。
「それでは、ゴウ。 この装備品一式を装着していただきます。」
ミリアはそう言うと、一旦手に持っていた複数のものを収納箱に戻す。 その後、
「まずは、これを。」
そう言い、改めてミリアがゴウに両手で差し出したのは、『操機主用の繋服』に似た意匠の、白い『レーシングスーツ』だった。 受け取った服を広げてみたゴウは、見た目が操機主用の服に似ていたため、
「これって、そ・・・の服?」
と、またも『操機』という言葉を出してしまいそうになり、慌てて言葉を濁す。
「いえ。 人間が2輪モーターサイクル競技をするとき、付けなければならない装備品の一つです。」
と、冷ややかに答えるミリア。 片や、ミリアからレーシングスーツを受け取ったゴウは、色々と触った後、
「へぇ~・・・。 一般道を走った時に着ていた、『レーシングスーツもどき』と、ちょっと質感が違うな・・・。」
と、触ってみた感想を告げる。 さらに、ミリアが六脚「人」の収納箱から取り出さなかった品物を覗き込んでみると、頑丈そうなグローブ、首周りに装着する防具に厚手のブーツも見えた。 いずれの品物も、一般道を走っていた時に装着していた物とは明らかに違う。 普通に見ただけではそんなに変わらないが、よくよく見て触ると、重量や表面素材の手触りなど、明らかに違いが分かる。
暫し後、ゴウはレーシングスーツに着替え終えると、ミリアから追加で手渡される肘当てや膝当て等の装備品の詳細な説明を受けながら、レーシングスーツ上に装着しなければならない品物を次々と身に着けていく。 やがて、ミリアが渡してくれたものを一通り装着し終えると、
「借り物ですので、各装備品の寸法が微妙に合わないかもしれません。 大丈夫ですか?」
と、品物を装着し終えたゴウを見ながら、ミリアが心配そうに問いかけてくる。 ゴウは手足を伸び縮みさせたり、体を捻ったりしてみた後、
「・・・うん・・・。 寸法は、大丈夫そうだね。」
と、機嫌よく返事をする。 すると、ミリアは再度収納箱から品物を取り出し始める。
「次は、首周りの防具とグローブ、ブーツです。」
ミリアはそう言うと、まずは手に持っていた首周りの防具をゴウに装着。 次にブーツを取り出し、ゴウに履き替えてもらう。 さらにグローブを取り出し、ゴウに手渡した。 品物を手渡されたゴウは、早速、グローブをはめ、まじまじと眺めて見る。 手の甲側や指の外側に、肘当てや膝当てと同様の素材が小さく、複数取り付けられ、グローブを装着した拳でお互いの両拳を軽く叩いても、特段の痛みは感じない。 そんな各種の保護具に、ゴウは驚く。
「凄いな・・・。 こんなにたくさんの保護具を身につけないと、危険なのか・・・。」
そう呟きながら、
『・・・そうすると、操機の操縦席って、相当危険なのかな・・・。 でも・・・、いつもは、操機主用の服とセーフティベルトだけだったしな・・・。』
などと、2輪モーターサイクルと、操機の操縦席を比較して考え込んでしまう。
「どうしました? ゴウ。」
一方、考え込んでいたゴウを見かねたのであろうか、ミリアがゴウに対し、不思議そうに問いかけてくる。
「ん? ああ・・・。 いや、なんでもないよ。 次の品物は?」
と、ミリアに話し掛けられたゴウは、催促するように右手を差し出す。 すると、
「最後は、頭部を保護する品物です。 まずは、これを頭に。」
ミリアはそう言いながら、ゴウが見慣れた品物を手渡す。 それは、操機搭乗時に使用していた、「頭部覆い」だけを切り出したような品物だった。
「・・・これ・・・。」
と、ゴウは何か言おうとしたが、今回は余計なことを言わず、黙して装着する。 装着し終えると、
「ゴウ。 ちょっと背中を失礼しますね。」
と、ミリアは冷静な口調でゴウに話しかけつつ、ゴウの背面に回り込む。 一方、話しかけられたゴウは、
「ん・・・? 背中・・・?」
と、不思議そうに返事をした後、手伝うように少々しゃがみ込んでミリアに背面を向けた。 片や、ゴウの背面に立ったミリアは、ゴウの背中側をごそごそと数秒いじった後、
「はい。 ありがとうございました。」
そう言い、ゴウの正面に戻ってきた。
「あの・・・。 ミリア・・・、何をしたんだい・・・?」
一方のゴウは、ミリアがいじった背面が気になっているらしく、ミリアがごそごそといじっていた周辺に右手、左手と、順に手を伸ばして触りながら尋ねてみる。
「レーシングスーツと頭部に被った品物を接続しました。」
と、ミリアからは冷静な回答が返ってくる。
『ああ、なるほどね・・・。 操機用の「頭部覆い」って、下着と一体になっていたしな・・・。 なにかしらの物理的な接続をしないと、この覆いのマイクやスピーカーが機能しないのか・・・。』
と、納得したゴウ。 次いで、ヘルメットを手渡される。 ゴウはヘルメットの向きを確認し、おもむろに頭部に装着してみる。 すると、
「・・・これも、一般公道の3輪モーターサイクルで使っていた物より、頑丈そうだね。」
と、ゴウは装着したヘルメットを右手拳で軽く叩いてみる。 叩いてみてわかったが、やはり3輪モーターサイクルで使用していたヘルメットとは、全くの別物のようだ。 非常に硬く、そして軽い。 一方で、ヘルメット内側は柔らかく、触り心地の良い素材で覆われているため、頭部覆い越しでも防具の硬さが苦にならない。 視界も、「面」やメガネ型端末と同じように、目に直接映像が投射されるため、視界が限られるようなことは無かった。
「え~と・・・、身に着けるものは、これで全部かな?」
と、ゴウはミリアに向かい、頭部覆いのマイクを使って問いかけてみる。
「ええ。 身に着けるものはこれで全部です。 後は、セーフティベルトが車両後方から伸びて、ゴウの両肩と両脇下付近に覆いかぶさります。」
と、ミリアは自身の両肩や、両脇の下を身振り手振りで指し印しながら答えた。
「・・・覆いかぶさるって言っても、3輪モーターサイクルの時と同じで、実際には身体と接触しないんだろ?」
ふと考えたゴウは、3輪モーターサイクルに乗っていた時や、操機を操作していた時のセーフティベルトを思い出しながらミリアに問いかけた。 もっとも、操機を操作したことのあるゴウにとっては、セーフティベルトがどのような動きをするか、いやというほど知っている。 操機が転倒した時等、操機主が負傷をしないように、体全体を安全な位置に移動して守ってくれる、頼りになる器具。
「ええ。 3輪モーターサイクルの時と同じです。 車両が転倒しそうな場合には、搭乗者が負傷しないように作動します。 もっとも、車両が転倒する前に、別の安全装置が作動しますが。」
と、にこやかな口調で答えるミリア。 そして、全ての装備品を装着し終えたゴウは、
「それじゃあ、実車の走行、お願いできますか?」
と、ゴウは頭部覆い内のマイクを使い、ミリアに向かってにこやかに話しかける。 すると、
「ゴウ。 本当に、実車でサーキット内を走るのですか?」
先程までとは打って変わり、心配そうな声色で尋ねてくるミリアの声が、頭部覆い内にあるスピーカーから聞こえてくる。 この状態になってもなお、ゴウが2輪モーターサイクルでサーキット内走行をすることを、とても心配しているかのようだ。
「ああ、お願いできるかな。 それに、ミリアも一緒だし、大丈夫だろ。」
一方のゴウは、そんなミリアの心配そうな声を気にもせず、ミリアに向かってにこやかに話す。 片や、そんなゴウの姿と声を見聞きしたミリアは、
「わかりました。 この2輪モーターサイクルは、先ほど点検と整備をしましたし、万が一に備え、タイヤも交換しました。 なので、車両の整備は万全です。 今度は私の準備をしますので、少々お待ちを。」
と、冷静にそう告げると、
「ゴウ。 この2輪モーターサイクルと私の調整をしますので、もう少々お待ちください。」
間を置かず、今度は2輪モーターサイクルからミリアの声が聞こえてくるように切り替わる。 一方で、ミリアの「人」本体は、整備場内の休憩椅子に向かってゆっくりと歩いて行き、やがて腰かけて動かなくなった。 そんな光景を見ていたゴウは、
『この光景・・・。 まるで、操機の格納庫みたいだな・・・。』
と、かつて操機格納庫で、4号と手合い前のやり取りをしているかのように、懐かしく思い出す。 片や、再び考え込んだようになっていたゴウを心配したのだろうか、ミリアが、
「どうしました、ゴウ? 先ほどから、なにか別の事を考えているようですが?」
と、2輪モーターサイクルから、ミリアが心配そうに問いかけてくる声が聞こえてくる。 それを聞いたゴウは、
「えっ? あの・・・。 ミリア・・・、どこからか・・・見ているの?」
と、ミリアの知能情報が2輪モーターサイクルに移ったのにもかかわらず、自身の姿を見られているように問いかけられたため、不思議に思って整備場内をきょろきょろと見回しながら聞いてしまう。 すると、
「ええ。 この2輪モーターサイクルにも視覚装置は付いていますし、整備場内にも視覚装置はあります。 見るだけなら、私自身の本体にある視覚装置を使うこともできます。 それに、頭部を覆っている装置によって、ゴウの脳波は赤裸々です。」
と、2輪モーターサイクルから、再度ミリアの冷静な口調での回答が返ってくる。 そして、
「それでは、ゴウ。 考え事は、解決しましたか?」
と、続けてミリアが聞いてくるので、
「・・・いや~・・・。 たいした事、考えていたわけじゃないんだ・・・。 それじゃあ、出発しようか・・・。」
一方、ゴウは苦笑いをして答え、2輪モーターサイクルに跨ると、すぐさまモーターサイクル用セーフティベルトがゴウの両肩、両脇を覆ってくる。 そして、
「整備場を出て、ピットレーンからサーキット内本線に入るまでは、ミリアが操作をしてくれるんだよね?」
と、ゴウは頭部覆い内のマイクを使ってミリアに問いかける。
「わかりました。」
と、今度は頭部覆い内にあるスピーカーから、ミリアの冷静な応答が聞こえてくる。
そして、ゴウに指示されたとおり、ミリアはゆっくりした速度で2輪モーターサイクルを動かし始め、整備場内からピットレーンへの移動を開始する。
「ゴウ。 『実車走行は1周だけ』という話でしたが、周回は全部で3周になります。 準備のための1周、本走としてゴウが操作する1周、整備場に戻るための1周という流れです。」
整備場を出てピットレーンに入ると、ミリアはゆっくりした速度で2輪モーターサイクルを操作しつつ、ゴウの頭部覆い内にあるスピーカーから冷静な口調で話しかけてくる。
「わかった!」
と、ゴウは軽い口調でにこやかに答えた後、
「それで、本走の前後周も、俺が操作出来るのかい?」
と、続けて尋ねる。 すると、
「ええ。 ただし、走行状態が危険であると判断した場合は、直ちに私が操作を変わりますので、ご了承ください。」
と、冷静に答えるミリア。
「ああ、わかった・・・。」
片や、ゴウは再び軽い口調で答えた。
その後、ゴウの乗る2輪モーターサイクルはピットレーンをゆっくり進み、サーキット内本線に侵入する少し手前の停止線で一旦停止し、
「では、ゴウ。 車両の操作を全てお渡しします。 遠隔操作時と同じように、前方左側にあるランプが緑色に点灯したら、サーキット本線に侵入してください。」
と、ミリアが冷静な口調で指示を出すと、2輪モーターサイクルが、ふと、軽くなったように感じられた。 操作の全てが、ゴウに渡ったようだ。 そしてサーキット本線への侵入が許可になった合図、『ランプの緑色の点灯』を確認したゴウは、
「・・・それじゃあ・・・。」
ゴウは少々震えた声でそう言うと、2輪モーターサイクルのハンドル右側にある加速用スロットルを操作し、速度を徐々に上げつつサーキット本線に侵入する。
サーキット本線に入り、2輪モーターサイクルの速度を上げたゴウは、遠隔操作部屋で操作していた時や、公道を走っていた時の感覚とまるで違うことに気付く。 なにより、空気の流れが重く感じられるし、2輪モーターサイクルの挙動に合わせ、自分の体にかかる荷重負荷も、公道とは比べ物にならないほど感じる。
『・・・なるほど・・・。 これは、危険だな・・・。』
と、自身の心拍数が跳ね上がっているのを感じるゴウ。 さらに、
「ミリア! 確認だけど、他の車両っていないんだよね!」
ふと、自分が置かれている状態に気付かされたゴウは、万が一、他の走行車両がいた場合、迷惑を掛けたら危険だと思い、咄嗟にミリアに話しかけて確認してしまう。 すると、
「ええ。 現在、サーキット内は、ゴウの操作しているこの車両しか走っていません。」
と、頭部覆い内スピーカーからは、ミリアの落ち着いた口調の返答が聞こえてくる。 一方、それを聞いたゴウは、
「そっか! それじゃあ、他の走行者に迷惑かけるようなことはないんだね!」
ゴウが強張った口調で答え終えると、ピットレーンから出てすぐの直線が終わり、角度のきついカーブを無事に走り抜ける。 速度はミリアが制限をしているようで、見通しのいい直線でも時速100キロメートルを、カーブの手前では、30キロメートルを超えることがない。 落ち着いてきたゴウは、さらにサーキット内を加速、減速、右カーブ、左カーブと、2輪モーターサイクルを操作して進む。 1周目も終盤に来た頃、操作に慣れてきたのであろうか、ゴウが、
「なあ、ミリア! 2周目は、もう少し速度を出してもいいかな!?」
と、力強く尋ねる。 ところが、
「ゴウ。 初めてのサーキット走行ですし、今回は、あまり速度を出さない方が良いかと。」
と、ミリアは冷静な口調でゴウの行動を引き留める。 一方、ゴウは反論しようとしたが、
「う~ん・・・。 ・・・そうだよな・・・。 わかった。 今回は、最高速度100キロメートルで我慢するよ・・・。」
と、おとなしく答えた。
そして2周目。 1周目の走行によって、実車の2輪モーターサイクルの挙動がわかってきたゴウは、加速、減速、左右カーブの対応を、1周目より正確に行う。 あっという間に2周目の走行が終わり、3周目、整備場に戻る周回となってしまった。
「・・・もう、終わりか・・・。 走り足りない・・・。」
と、ゴウは残念そうに一人呟く。 当然、その呟きにはミリアが反応し、
「ゴウ。 今日は、ここまでにしませんか。」
と、冷静に終了を勧めてきた。
「え~・・・。 体力的には、まだ、大丈夫なんだけど・・・。」
片や、ゴウは2輪モーターサイクルを操作しながら不満そうに答える。 続けて、
「なあ、ミリア。 もう1周・・・と言うか、3周? お願いできないかな・・・?」
と、ゴウはミリアに頼み込むように話す。 だが、
「ゴウ。 少し疲れが出ていますよ。 明日にしませんか?」
ゴウにせがまれたからであろうか、ミリアは優しい口調で妥協案を提示してくる。 それを聞いたゴウは、
「それじゃあ、明日!? 明日ならいいんだね!」
と、2輪モーターサイクルを操作しながら大喜びしてしまう。 すかさずミリアが、
「ゴウ! 今は、2輪モーターサイクルの運転に集中してください! 転倒してしまいます!」
と、ミリアはきつい口調で大喜びするゴウを窘める。
「えっ!? ・・・ああ、すまない・・・。 喜びすぎた・・・。」
一方、ミリアからきつい口調で注意を受けてしまったゴウは、改めて2輪モーターサイクルの運転に集中し直した。
整備場に戻る周回を走り切ったゴウは、ピットレーン経由で無事に整備場に戻ってくる。 自身を覆っていたセーフティベルトが自動で外れ、整備場中央で2輪モーターサイクルから降りるゴウ。 そしてヘルメットと頭部覆いを外し、ミリアの本体が腰掛けている休憩椅子の隣に向かい、ゴウも腰を下ろした。 その一方で、整備場脇に待機していた整備の「人」2体が、すぐさま2輪モーターサイクルの点検と整備に取り掛かる。 ゴウがそんな光景を暫し眺めていると、ミリアの知能情報も2輪モーターサイクルから本体に戻ってきたようで、
「ゴウ。 やはり、少々疲れが出ていますね。 大丈夫ですか?」
と、ミリアはゴウに「面」の付いた顔を向けつつ、心配そうに問いかけてきた。 「人」視界で、ゴウの生体データ監視機能の一部を使い、数値を見ているのであろう。 一方のゴウは、ミリアの「面」下に、心配そうな表情をしているミリアの素顔を思い浮かべながら、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ああ! 大丈夫、大丈夫! 楽しかったよ!」
と、ゴウは荒い呼吸をしながらも、ミリアに向かってにこやかに笑顔で答えた。
「はぁ・・・。 でも・・・さっきも言ったけど、1周・・・と言うか、3周しか走れないのは、少々物足りないけどね・・・。」
ゴウは呼吸を整えながらそう言うと、両肩を落とし、下を向きながら残念そうな表情で話した。 呼吸は依然として荒いものの、レーシングスーツ内の空調機能のおかげで発汗量は抑えられている。
「そうですね。 連続で走行できればいいのですが、この後、別の人間が走行するようで、サーキット内が、他者の走行不可になってしまっています。」
と、ミリアの口から、この後のサーキット内使用状況を聞かされる。 すると、
「えっ! 他の人間が走るの!?」
と、驚いた表情でミリアを見返すゴウ。
「ええ。 3時間程、サーキット内を借り切っていますね。」
ミリアは淡々と答え、椅子から立ち上がる。 そして、いつの間にか準備してあった保冷箱へ近づき、中から冷水の入った容器を取り出す。 その後、ゴウに近づき、冷水の入った容器を差し出しながら、
「ゴウ、冷水でいいですよね?」
と、優しい口調で問いかけてくる。
「ああ。 水で構わないよ。 ありがとう。」
一方、ゴウは力の抜けた声でそう言うと、ミリアから冷水の入った容器を受け取る。 封を開け、一口、二口と勢い良く冷水を飲んだ後、
「・・・ふう・・・。 ところで、ミリア。 これからサーキット場内を走行するのって、どんな人なんだろうね・・・。 もしかして、有名な人かな・・・。」
ゴウは心身ともに落ち着いてきたようで、右手に持つ冷水の入った容器を眺めた後、ミリアに向かって不思議そうに問いかける。 すると、
「午前中、私たちと同じように、『人』で走行していた方がいました。 なので、その操作をしていた方では?」
と、ミリアからの返答は曖昧だった。
「う~ん・・・。 走行者の名前って・・・、当然、わからない・・・よね・・・?」
と、ミリアの回答を聞いたゴウは、ぼやくように問いかける。 ゴウ自身も、名前が公表されてないのは予想していた。 が、あえてミリアに質問してみる。 すると、
「ええ。 走行者の名前は、伏せられていますね。」
一拍後、残念そうに話すミリア。 その答えを聞き、ゴウは、
「・・・そうだよね・・・。」
と、がっかりした表情で答える。 しかし、
「・・・そうだ! その走行者がサーキット内を走っている時、見学なら出来るかな!?」
と、ゴウは突然閃いたように、目の前にいるミリアを見上げ、少々興奮気味に問いかけてみる。 すると、
「ええ。 安全な位置からなら、走行者の見学は可能ですよ。 メガネ型端末を使えば、ここからでも走行の見学をできますよ。」
そう言って、ミリアは自身の胸ポケットにしまってあったメガネ型端末を右手で取り出し、ゴウに向かい差し出す。
「いやいや・・・。 こういうのは、直接、自分の目で見ないと!」
片や、ゴウは力強くそう告げ、両手を胸前で交差させ、ミリアの提案を拒否する態度をとる。 その後は、足取り軽く整備場から出てピットレーンを超え、サーキット本線とピットレーンを仕切る壁際に向かってしまう。 だが、
「ゴウ! そこは危険です! 安全に見学できる場所に案内しますので、少々お待ちください!」
と、ミリアから強い口調で警告の言葉を浴びせられてしまう。 一方、ゴウは、
「え~・・・。 ここが一番迫力ある見学場所だと思ったのに・・・。」
と、ミリアに振り向きつつ、拗ねるような口調で答えた。
レーシングスーツから私服に着替えたゴウは、ミリアに先導され、サーキット場の長い直線区間を一望できる高い位置の見学室に来た。 場所は、車両整備場の上部に設置されており、数分歩いた後、エレベーターを使って到着する。
「・・・う~ん・・・。 さっきの場所より・・・迫力的には劣ってそうだけど、眺めはいいし、しょうがないか・・・。」
と、巨大な画面に囲まれた見学室内を眺め終えたゴウは、あきらめ気味にぼやく。 一方、ミリアはそんなゴウのぼやきが聞こえていたのであろうか、
「ゴウの安全を考えると、この場所での見学になります。」
と、ミリアが優しい口調で説明を終えると、見学室内の各画面は、まるでガラスに切り替わったように、外の風景を明るく映し出す。
「・・・おお・・・。 凄いな・・・。」
と、見学室内画面の切り替わりを見たゴウは、少々驚いたように呟く。
「さあ、そちらの席に座ってください。」
ミリアはそう言うと、ゴウを座り心地のよさそうな椅子がある場所に案内する。 片や、ゴウはミリアに案内された椅子にゆっくりと腰かける。 腰掛けてから、各画面に映るサーキット内や、他の見学室を見渡してみる。 が、ゴウの視界内には、動いている人間どころか、動いている「人」の姿すら見えない。
『やっぱり・・・。 ここも・・・他に誰もいないんだな・・・。』
などと考えてしまうゴウ。 少々寂しい気持ちになりながらも、見下ろすように前面画面に視線を向けた。 その時、ゴウが座っている見学室の真下にある長い直線区間を、2輪モーターサイクルが凄まじい速度で通過していく映像が映し出される。 ゴウは通過していく2輪モーターサイクルの速度に驚きながら、
「っと・・・。 凄い・・・速度だな・・・。 ミリア。 あの車両、本当に人間が操作しているんだよね?」
と、後方で飲み物の用意をしていたミリアに対し、愕然とした表情と口調で問いかける。
「ええ、そうです。 今、サーキット内は、あの人間の方が走行しているため、他の人間や「人」の走行が不可となっています。」
と、ゴウに暖かいお茶を差し出しつつ、優しい口調で答えるミリア。 そしてゴウがお茶を受け取ると同時、ゴウが見ていた前面画面の一部に、サーキット内を走行している2輪モーターサイクルを上空から追跡している映像も表示される。
「・・・あれ・・・? この2輪モーターサイクル、車体が大きいのかな・・・?」
暫し、前面画面に写された映像を見ていたゴウは、違和を感じてふと呟く。 よくよく見てみると、走行している2輪モーターサイクルの車体が大きいのか、操作している人間が小柄なのか、ゴウには、2輪モーターサイクルと人間の大きさ比率が不自然に見えた。
「その2輪モーターサイクルを操作している方、女性のように見受けられますが。」
と、ゴウの疑問に答えるように、右後方で立っていたミリアが答えてくれる。 一方、ミリアの回答を聞いたゴウは驚き、
「ええっ! 女性って! いや、女性が、こんな競技を・・・? しかも、この速度で!?」
と、前面画面の映像に見入ってしまう。 そして、前面画面の映像に付加されている速度表示。 一時的には、ゴウが単独走行していた時の倍以上の数値が表示される時もある。
ゴウが見入っていた2輪モーターサイクルは、5~6周を走ると一旦整備場に戻り、数分後には再びサーキット場内を走行し始める。 そして再度、周回を重ねる。 そのようなことを繰り返していた。 一方、しばらくの間、そんな光景を見ていたゴウは、
『いったい、どんな人間が操作しているんだろう・・・。』
と、2輪モーターサイクルを操作している人間に興味を持ちはじめ、
「・・・ミリア。 この・・・2輪モーターサイクルを操っている人間に、会えるかな・・・?」
と、前面画面に映し出されている2輪モーターサイクルを指さしつつ、たどたどしい口調でミリアに話を切り出す。 すると、
「整備場に行けば、お会いできると思います。 ですが、会ってどうするつもりですか?」
と、ミリアはゴウの行動意図が理解できないように、不思議そうに問いかけてくる。
「ええと・・・。 どうやったら、そんなに早く・・・いや、上手にかな・・・? 走れるのか、聞いてみたくてね・・・。」
と、ゴウは照れたような口調で、ミリアに向かい答える。
「それでしたら、そろそろ整備場へ向かった方が良いかと。 恐らく、『5~6周走って整備場に戻る。』を、繰り返しているようですので。 間もなく5周目で、整備場に戻ってくると思いますよ。」
と、ミリアは冷静に答え、整備場がある真下に向かって右手を翳した。 片や、ミリアの話を聞いたゴウは、それに従うように見学室の椅子から立ち上がり、
「おお! ありがとう、ミリア。 それじゃあ、ちょっと行ってくるね・・・。」
と、ミリアに向かって右手を振りつつ答え、見学室から足早に出て行った。
『いったい、どんな人間が操作しているやら・・・。 どんな練習をすれば、早く走行・・・いや、上手く走行できるようになれるのか、聞かないと・・・。』
などと考えながら、ゴウは足取り軽く見学室から車両整備場へと向かう。
程なくして、ゴウは自分たちが使っていた整備場に着く。 車両整備場はいくつかあるので、ゴウはピットレーンに面していない整備場裏側の通路から、各整備場を見て回り始める。
ゴウが整備場裏側の通路を歩き進んで行くと、シャッターが上がっていて、使用している雰囲気のある整備場が見えてくる。 だが、通路側からは出入り口の扉が閉ざされているため、整備場内部は見えない。
「・・・え~っと・・・。 こんにちは・・・。」
ゴウは一歩踏み込み、自動で開いた整備場裏側の出入り口付近から挨拶をした後、内部を恐る恐る覗いてみる。 ゴウの見える範囲では、整備場内は誰もいないように見えた。 しかし、さらにもう一歩踏み込んで内部をよく見てみると、唯一、整備場の休憩椅子に座っている、黒い「面」と黒い服を装着した「人」がわずかに見て取れた。
『・・・あっ・・・。 「人」がいる・・・。 なら、ここの整備場は、使用しているんだよな・・・。』
そう思ったゴウは、整備場裏側出入り口付近から数歩後退して通路に戻り、
『・・・まだ、周回中なのかな・・・。』
と、サーキット内の音に耳を澄ませてみる。 すると、2輪モーターサイクル特有の甲高い音が、僅かに遠く聞こえる。
『戻ってくるかな・・・。 5~6分待ってみるか。 それで駄目なら、またの機会に・・・。』
などと考えたゴウは、とりあえず整備場内の裏側通路で、立ったまま2輪モーターサイクルの戻りを待つことにした。
程なく、サーキット場内での周回を終えたのであろうか、2輪モーターサイクル特有の甲高い音が近づいてくるのが聞こえてくる。 ピットレーンを経由して、整備場に戻ってきているようだ。
『・・・おっ・・・。 戻ってきたようだな・・・。 それじゃあ・・・ちょっと失礼だけど・・・。』
ゴウは立っていた位置から数歩歩き、自動で開いた出入り口から、整備場内がわずかに見える位置に移動する。
しばらくすると、整備場内には、ゴウの車両とは異なる形状の2輪モーターサイクルが現れた。 そして、それに搭乗している、白いレーシングスーツを着た人間。 その姿を見たゴウは、
『う~ん・・・。 操縦者・・・。 身長がちょっと低いか・・・。 けど、俺の見た目だと、男性なのか、女性なのか、見分けがつかないぞ・・・。 ミリアは、どうやって見分けたんだ・・・?』
という疑問が頭に浮かぶ。 その後は、操縦者が2輪モーターサイクルを降りたら声を掛けてみようと、整備場裏側の出入り口からさらに中に入り、立って待っていた。 だが、暫くの間待つも、一向に2輪モーターサイクルから降りようとしない人間。
『・・・どうしたんだろう・・・。 なにか、あったのかな・・・。 それとも、俺に気が付いて、降りられないのかな・・・。』
と、ゴウは暫く見守りながら考えていた。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 2輪モーターサイクルに乗っていた人間は、踏ん切りを付けたようにゆっくりと車両を降りた。 そして、ヘルメットを装着したまま、休憩椅子のある方向に向かって行き、座っている「人」と小声で手短に何か言葉を交わす。 その後、人間は急に向きを変え、ゴウが立っている方向とは異なる出入り口を使って整備場を出て行こうとする。 それに気づいたゴウは、
『おっと・・・。 別の出入り口に向かってしまったか・・・。』
などと考え、自分とは離れた方向に向かって行こうとしている人間を呼び止めようと、
「あの! こんにちは! ちょっと、話を聞かせてもらってもいいですか?」
と、整備場内に立ち入り、少々大きな声で人間に話しかける。 一方、話しかけられた人間は立ち止まりつつ、びくりと驚いたように体を引きつらせる。
『ん・・・。 なんだろう・・・。 そんなに、驚かせるようなことしたかな・・・。』
片や、声をかけたゴウは、驚かせるつもりが無かったのに、相手が非常に驚いた様子に見えたため、
「ああ・・・。 ごめん、ごめん・・・。 驚かせるつもりはなかったんだ。 少し、2輪モーターサイクルの話を聞きたくてね・・・。」
と、おどけたように両手を広げ、優しく人間に声を掛ける。 一方の人間は、ゴウに振り向かず、立ち尽くしたまま話を聞いている。
暫しの時間が経っただろうか。 立ち尽くしている人間の返事を待っていたゴウだが、ふと、背後に何かの気配を感じて振り向く。 するといつの間にか、椅子に座っていた「人」が、ゴウの背後まで音もなく近づいていたのだった。 そして、ゴウを取り押さえようとしているかの如く、左手をゴウの右肩付近に伸ばしている。 ゴウはそんな「人」の急な行動に驚きつつ、
「なにを・・・」
『なにをするんだ!』と、振り向きながら「人」に向かって声を荒げ、伸ばしてきている左手を振り払おうとする。 だが、それを制するように、
「まって!」
今度は、立ち尽くしていた人間から大きな声が聞こえてくる。 一方、その声を聞いたゴウは驚愕する。 大きな声に驚いたのと同時に、聞き覚えのある声でもあったためだ。
「えっ!? その声・・・?」
と、ゴウは恐る恐る大声を上げた人間に振り向く。 すると、立ち尽くしていた人間は、ゆっくりとヘルメットを外し始め、
「・・・あの・・・。 ひさし・・・ぶり・・・です。 ゴウ・・・。」
と、ヘルメットと頭部覆いを外しきった人間は、少々頬を赤らめ、ゴウに向かい、たどたどしく話しかけてくる。 片や、ヘルメットと頭部覆いを外した人間を見たゴウは、凍り付いたように動けなくなる。 やがて一言、
「・・・レイ・・・。」
エピソード2-1、主要登場人物「ゴウ」の後日エピソードでした。
続いて、エピソード2-2になります。




