エピソード1-3
エピソード1-2からの続きです。
昼食。 ゴウとレイは、ミリアが作ったサンドイッチと新しい飲み物を前にしていた。 サンドイッチの具材には、薄く切った燻製肉、ゆでた卵を和えたもの、新鮮な野菜類が挟まっている。
「・・・落ち着いた?」
ゴウがレイに優しく語りかけると、レイは下を向いたままだが、ゆっくりとうなずく。
「・・・それにしても・・・。 なんで、俺なんかのところへ相談に来たんだ・・・。」
ゴウはレイから視線を外し、外の風景を映している室内壁に向かってぽつりと呟く。
「・・・迷惑・・・だったかしら・・・。」
と、ゴウの呟きに反応し、下を向いたまま、か細く答えるレイ。
「いや・・・。 迷惑ってことは無いけど・・・。 こういうことは、う~ん・・・。 マリナはともかく・・・、シロの方が、親身になって考えてくれそうな気がするけどね・・・。」
と、ゴウは照れくさそうに右手で頭の後ろをかき、レイに向かって答える。
「・・・ゴウ・・・。 あなた・・・、私やマリナ相手の手合いだと、手加減してくれているでしょ・・・。 優しいのよね・・・。」
と、レイは下を向いたまま、ゆっくりと答える。 一方、レイの話を聞いたゴウは、焦った表情になるのと同時に、手加減しているのがばれた恥ずかしさからか、顔が赤くなってしまう。 どうにか話を逸らそうと考え、室内を色々と見回した後、目の前のサンドイッチに目線を落とし、
「ごほん・・・。 あ~・・・。 それじゃあ、食べようか。 せっかくの料理がさめて・・・。 まあ、さめても大丈夫な料理なんだけどね・・・。」
ゴウは何事もなかったかのように軽く咳ばらいをし、淡々と話した後、自分の前にあるサンドイッチの一つを手に取り、口いっぱいに頬張って食べる。 頬張った分を食べ終えたゴウは、
「・・・これ、ミリアの得意料理でね。 俺も好きで、よく作ってもらっているんだ・・・。」
と、手に持った食べかけのサンドイッチを皿に置き、右手をかざしてにこやかに説明する。 続けて、
「・・・もし、よかったら、今度作ってくれないか・・・?」
と、ゴウは首を傾け、下を向いてしまっているレイの顔を覗き込むように話しかける。 すると、
「・・・私、作り方・・・が・・・。」
一方、下を向いていたレイは、顔を覗き込んできたゴウと視線が合ってしまい、びくりと体を震わす。 そして、再びゴウから視線を外し、辛うじて聞こえるか聞こえないかの声で答えると、
「ああ、大丈夫。 作り方はミリアが・・・」
レイの話に反応し、平然と即答するゴウ。 だが、言いかけた途中ではっとなり、
「ごほん・・・。 作り方を調べるのだって、料理の一つ!」
と、再び軽い咳払いをした後、ゴウは自信満々に胸を張って答えた。 片や、話しかけられたレイは俯いていた顔を上げ、少し微笑むと、自分の前に置かれているサンドイッチに恐る恐る手を伸ばす。 ゴウと同じ料理だが、レイの前にあるものは、切りそろえられている大きさが違っていた。 ゴウの皿のサンドイッチは大きく三角形に切られているのに対し、レイの皿のサンドイッチは小さく四角形に切りそろえられている。 レイは手近な一つを掴み、口に運ぶと、
「・・・美味しい・・・。」
と、手に取ったサンドイッチの三分の一ほどを食べ終え、微笑みながら呟く。
「・・・そうか、良かった!」
レイの呟きを聞き、ゴウも微笑みながら答える。 そして、
「・・・で、どこへ出かける?」
と、ゴウは改めて真剣な表情でレイを見ながら話しかける。
「えっ!?」
一方のレイは、口に右手を当てながら驚いた表情で一言答えた後、
「出かけるって・・・、本気で手合いをさぼる気でしたの?」
と、続けて答えた。
「あれ・・・? 俺は、さぼる気満々だったんだけど・・・。」
そう言ったゴウの顔が、真剣な表情から、みるみるうちに焦った表情に変わっていくのがレイには見て取れた。
「そうね・・・。 手合いをさぼるのは・・・やめておく・・・わ・・・。 でも・・・。」
レイはそこまで話すと、一旦ゴウから視線を外す。 だが、再びゴウを見つつ、
「・・・たまに、ここへ来てもよくて?」
と、か細く告げる。
「え~と・・・。 うん・・・。 まあ、それで良ければ・・・。」
レイと視線が合ってしまったゴウは、焦った表情を隠そうと、レイからの視線を外し、返事になっていないような返事をするのが精一杯だった。
「・・・ありがとう・・・。 ゴウ・・・。」
今度はレイが視線を外すように下を向き、再びか細く答える。 が、下を向いたレイの顔には、自然と微笑みが浮かんでいた。
「おう!」
片や、レイに視線を戻し、右手親指を掲げて自信満々に答えるゴウ。 そして、その返事に応えるように顔を上げたレイは、ゴウがとても頼もしく見えた。
翌日。 2号機対6号機の手合い日となった。 手合いの開始は15時。
その1時間ほど前の14時頃、ゴウは2号機区画へと向かっていた。 各区画連絡通路を通って角を曲がり、2号機の区画出入り口付近に近づくと、区画出入り口に人影が見える。 更に近づきながらよくよく見て見ると、黒い「面」と頭部覆いを付け、黒い服を着ている、がっしりした体格の「人」が出入り口内側に立っている。 昨日、レイから話を聞いた、レイ専属の「人」、バースであろう。
「こんにちは。 え~と・・・。 バースでしたっけ? レイの手伝い『人』の?」
と、どうにかレイ専属「人」の名前を思い出したゴウ。 近づきつつ、気さくに挨拶をして話しかけると、
「はい、ゴウ。 レイへなにか御用でしょうか?」
軽く会釈をした後、初老男性のような落ち着いた声で返答をしつつ、ゴウに訪問の目的を尋ねるバース。
「・・・え~っと・・・。 事前に連絡していなかったんだけど、レイに会えないかなと・・・思ってね。 手合い前だから、止めといた方がいいかな・・・?」
結局、昨日の午後、ゴウとレイは訓練室に行ったものの、武具選択の話はせず、お互いの思い出話などをして時が過ぎてしまった。 その後、レイは夕食前には自分の区画へ戻っていった。 ゴウは、『レイの区画まで送ろうか?』とも言ったが、丁重に断られてしまう。 ただ、送り届けを断った時、レイの表情は明るさを取り戻しているように見て取れた。 なので、ゴウ自身さほどの心配はしていなかった。
だが、日が明けて2号機の手合い日となり、やはりレイの事が気になり始めたゴウ。 居ても立っても居られず、レイのいる区画、2号機区画に来てしまっていた。
「少々お待ちください。 レイに取り次ぎますので。」
バースは手慣れた口調で話した後、静かになる。 通信でレイに連絡をしているのだろう。
「お待たせしました。 レイから、『案内するように』との指示がありました。 レイのいる操機格納庫までご案内します。」
しばらくすると、バースは冷静にそう告げ、左手を操機格納庫の方向にかざした。
「いや・・・。 格納庫なら、一人でも行けるけど・・・。」
ゴウはそう言いつつも、バースの身振りから、
『これ・・・、バースは、格納庫まで付いてくる・・・かな・・・。』
などと考えてしまう。 が、
「これは、失礼しました。 では、どうぞお通りください。」
バースはそう言うと、ゴウの目前に立っていた状態から右手側に一歩ずれ、再び左手を格納庫の方向にかざす。
「ありがとう。」
片や、バースに向かい礼を告げたゴウは、2号機の格納庫を目指して再び歩き始める。
暫し後、ゴウは前を向いて歩きながらも後方の音に集中し、自身の足音以外に聞き耳を立てる。 が、自身の足音以外に聞こえてくるものは無く、後ろからバースが付いてくる気配は無い。 しかし、
『・・・付いて・・・こなかった・・・か・・・。 でも、バースは・・・俺が真っ直ぐ操機格納庫に向かっているか、どこかで見張っているんだろうな・・・。』
などと、ゴウは2号機の格納庫に向かいつつ、通路内壁を見渡しながら考える。
『格納庫というか・・・、ここの建物内、共有の視覚、聴覚装置は至る所にあるし・・・。 共有の視覚、聴覚装置が無いのは、各個人用の部屋くらいだからな・・・。』
一方、レイは遅い昼食を取り終え、格納庫で15時開始予定の対6号機手合い準備を進めていた。 手合いの組み合わせ上、3号機との手合い以来でかなりの日数が経っている。 昨日は、眠りにつくまで、精神的にも肉体的にも良好な状態になれるか不安だった。 しかし、一晩寝て目覚めてみると、心も体も、2~3日前よりかなり良くなっていると感じられた。
『・・・昨日、ゴウに会ったのが・・・影響しているのかしら・・・?』
と、操機操縦席前のレイはそう思い、
「2号。 私の体調を教えて。」
と、機体頭部付近に向かい、2号に対して指示を出す。 すると、間を置かず、操機主用服の肩スピーカーから、
「はい。 心拍数、呼吸、体温、その他、生体データの数値は正常な範囲です。」
と、2号から冷静な口調の回答がくる。 2号は既に機体に知能情報を移し、操機補状態となっている。 機体頭部にある視覚装置から2号が見ているのか、格納庫内の視覚装置から他の誰かが見ているのか、レイは何かしらの視線のようなものを感じていた。 だが、現在、格納庫内は操縦席付近にいるレイと、2号の「人」本体が格納庫壁際に立っているだけで、他の整備士達はいない。 いつもながら、早々に機体の整備は完了している。
「わかりました・・・。 ありがとう。」
と、にこやかに安堵した口調で答えるレイ。 続けて、
「・・・あの・・・ゴウ・・・は?」
『見られている』ような視線を感じた影響だろうか、今度は襟のマイクを使い、恥ずかしそうにか細い口調で2号に尋ねる。 ゴウが2号機区画内に来ているのは、先ほどバースから連絡をもらっていたので把握はしていた。 が、いまだに格納庫内に姿を見せていない。 レイはゴウの居場所が気になってしまい、ついつい2号に聞いてしまった。
「ゴウは後1分ほどで、ここ、格納庫内に到着する予定です。」
各号機の区画が同じ作りである以上、迷うことはないと思っていたが、2号からの回答を聞いて、レイはほっとする。 そして、今度こそ手合いに集中しようと、
「2号、機体の準備は完了しているわよね?」
と、確認のため、再度2号に話しかけると、
「はい。 すべて完了しています。」
と、2号は冷静に答えてくれた。 が、やはりレイは格納庫出入り口付近が気になっているようで、2号からの回答が耳に届いているかは怪しかった。
「よう!」
2号が答えてくれてからあまり間を置かず、唐突に、ゴウの声が格納庫上部の通路付近から聞こえてくる。 レイが格納庫内を見上げると、上部通路の手摺にもたれかかり、自身と機体を眺めているゴウの姿を見つける。
「ごきげんよう! ゴウ!」
その姿に向かい、大きく右腕を振り、自身も驚くくらいの大きな声で挨拶をしてしまうレイ。 慌てて襟のマイクを使い、
「どうかしまして?」
と、わざとらしく落ち着いた口調で話しかける。 一方、
「君が一人で手合いをさぼるんじゃないかって、心配になって見に来たんだけど・・・、取り越し苦労だったみたいだね・・・。」
ゴウも軽く右手を振りながら襟のマイクを使い、冷やかすように軽い口調で答えた。
「まあ! 私が、手合いをさぼるわけないでしょ!」
片や、ゴウにからかわれたように言われたのが気に障ったのだろうか。 レイは少々不機嫌になった様子で強がってみせる。 一拍置いて、
「・・・あの・・・。 ゴウ・・・。 下に・・・降りてきては・・・。」
一転、今度はレイがたどたどしくゴウに話しかける。 だが、
「いや、やめておくよ。 手合い開始時刻まで、時間的な余裕がなさそうだし、レイも色々と準備があるだろ。」
と、ゴウはそう言い、レイの申し出をあっさり断ってしまった。 暫し後、
「・・・そう・・・ですか・・・。 では・・・。」
ゴウの応答を聞いたレイは、切ない表情を浮かべつつ通信を切った。 そしてゴウのいる格納庫上部通路付近を数回見上げた後、名残惜しそうに2号機の操縦席内へ入っていく。
「・・・せめて・・・」
『手を・・・握って・・・ほしかった・・・。』
と、切なそうな表情のまま、そんなことを思うレイだった。 が、
「なにか言いましたか?」
突然、2号の冷静な声が操縦席天井付近から聞こえてくる。 その声に、レイは焦ってしまい、
「・・・えっ!? ・・・あ・・・の・・・? 私、何か言っていましたか!?」
と、ようやく自分が何か呟いてしまった事に気づく。 そして自身の顔全体が、みるみるうちに真っ赤になっていくのを実感した。 間をおかず、
「レイ。 呼吸、心拍数が急上昇しています。 大丈夫ですか?」
と、2号はレイの生体データの数値変化を素早く感知し、冷静に報告してくれる。
「・・・だい・・・じょうぶ・・・。」
一方のレイは、真っ赤な顔を隠すように、俯きながらたどたどしく答える。 そしてゆっくり操縦席中央に立つと、セーフティベルトが両肩、および両脇の下から胸部付近にかけて、直接接触しないようにレイの体を包み込んだ。 すると、
「・・・ちょっと・・・、よりかかるわよ・・・。」
と、レイは僅かに周囲に聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟く。 同時に、つま先を浮かせ、ゆっくりと壁に寄りかかるように重心を移した。 片や、2号はレイの僅かな声を聞き逃さず、
「はい、どうぞ。」
2号の優しい声が操縦席天井付近から聞こえてくるのと同時に、壁に寄りかかるように重心を移していたレイの体は、セーフティベルトが優しく包み込むように受け止めてくれた。 そして、レイは俯き気味のまま、
「・・・開始位置までは・・・お願い・・・。」
と、再び呟くように2号へ指示を出す。 その後は、虚ろな表情で考え込んでしまう。
『・・・独り言を・・・聞かれて・・・しまった・・・。』
レイは、「人」とはいえ、2号に独り言を聞かれたのを恥ずかしく思っていた。 どうにか落ち着こうと思い、深呼吸を数回した後、頭部覆いと「面」を取り出し装着する。
「機体を起こします。」
2号の声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくるように切り替わると、操縦席扉が音も無く閉まり、機体が立ち上がるための手順が開始される。 同時に、2号は機体とレイとの一部の同期も取り始めたようだ。 レイの「面」視界が機体目線へと切り替わり、格納庫上部通路にいるゴウの姿が、レイの「面」視界内に入ってくる。
『ああ・・・。』
「面」視界内に映る微笑んだゴウの姿を見つめていると、レイは再び、少々の切なさを感じてしまう。 ところが突然、レイの「面」視界内は、ゴウの姿を大写しにした映像でいっぱいになる。
「な、な、何!?」
突然変化した視界に驚き、混乱したようになってしまうレイ。 踵に体重をかけていて慌てたため、重心を崩して転倒しそうになるも、寄りかかっていたセーフティベルトに支えられてどうにか転倒は免れた。
「レイ。 ゴウの姿を確認したいようなので、大写しにしました。」
一方、気を利かせてくれたかのように、変わらず冷静に答える2号。
「2号! 戻しなさい! 今すぐ! 早く!」
片や、レイは声を荒げ気味で2号に指示を出す。
「わかりました。」
と、2号が冷静に答えてから一拍置いて、レイの「面」視界内は通常の機体視界に戻った。 再び落ち着こうとするレイだったが、声を荒げて指示を出したためか、ゴウの大写しの映像を見たためか、心拍数や呼吸が速くなっているのに気付く。 すると、今度はその速い呼吸に反応するように、頭部覆い内や服内、操縦席内の空調機能が作動しているのに気づく。
「レイ。 服内と操縦席内の温度を調整しますね。」
またも、冷静に告げる2号。 そんな2号の声を聞いたレイは、全てを2号に見透かされてしまっているように思え、
「・・・。」
と、何も答えることが出来ずに落ち込んでしまい、「面」を外し、顔を伏せて操縦席床に座り込んでしまった。
「レイ。 間もなく手合い開始位置ですよ。」
いかばかりかの時間が経っただろうか。 頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる冷静な2号の声。 一方、操縦席床で座り込んだままだったレイはどきりとし、
「えっ!? ・・・ありが・・・とう・・・。」
と、伏せていた顔を上げ、またも焦った声でどうにか応答する。 改めて操縦席内正面画面を見ると、闘技場中央、手合い開始位置目前なのが見て取れる。
『・・・落ち込んでいる場合じゃないわね・・・。 手合いに集中しないと!』
気持ちを切り替えたレイは、座り込んだ体勢から、床に置いていた「面」を右手で拾い上げる。 そして2号が補助してくれるセーフティベルトを利用し、ふかふかに調整された床から立ち上がった。
「手合い開始位置に着きました。」
レイが「面」を着け直すと、2号が冷静な口調でそう告げ、「面」視界内が操機目線に切り替わる。 空にはかなり厚い雲が一面にあり、日差しは無い。
「開始時刻の15時まで、まだ15分ほどあります。 6号機は、まだ来ていません。」
と、2号が先んじて現在の状況を報告してくれた。
「わかったわ。」
レイはそう答えると、自分が手合い用の装備を選んでいなかった事に気付く。 「面」視界を通して機体左右の前腕付近を見てみると、機体は対3号機戦の時と同じ、右手に「メイス」、左前腕に「ミディアムシールド」を装備しているのが見て取れた。
「武具は、3号機手合い時と同じものを選択しておきました。」
と、再び報告してくれる2号。 レイは、2号が使い慣れていない武具を選択したのではないかと心配したが、
『今日の相手は6号機だし、対3号機手合い時と同じ装備なら・・・何とか・・・。』
と思い、
「ありがとう、2号。 それじゃあ、同期を。」
と、優しい口調で告げた。
「わかりました。 機体との同期を開始します。」
2号が冷静な口調で告げると、レイの操機主用服に負荷圧がかかり、操縦席床も固い感触に変化する。 セーフティベルトは定位置に移動し、レイは機体との同期が完了したのを感じ取った。 暫し後、
「6号機、出てきました。」
再び、2号が冷静に告げる。 一方、レイの「面」視界内映像にも、エレベーターで地上に出た6号機が、闘技場へゆっくり向かってきているのが見て取れる。 6号機の後ろには、武具を所持していない5号機も見える。 視線を6号機に戻し、6号機の武具を注視するレイ。 自身の目視では、「ショートソード」、「スモールシールド」を装備しているように見えた。 が、
「2号、6号機の武具は?」
と、自身の判断力に自信がなかったレイは、2号に再確認を頼む。 すると、
「当初支給の、『ショートソード』、『スモールシールド』です。」
と、2号からは冷静な口調での回答が来る。 その回答が、自身の判断と同一だったので、
「ありがとう・・・。」
と、2号に優しい口調で答えた後、レイは自身の判断力が正しかったことを確信し、安堵する。 そして安堵した感覚のお陰で、全身が少し楽になったように感じた。
6号機が闘技場の手合い開始位置に到着すると、あまり間を置かずに、
「では、本日の手合いを始めましょう。 対戦は、2号機対6号機。 なお、不測の事態に備え、5号機に待機をしてもらっています。」
と、レイの頭部覆い内スピーカーから、「操機戦管理」管理者の声が聞こえてくる。 暫し後、
「では、構えて。」
と、再び聞こえてくる「操機戦管理」管理者の声。 一方、その声を聞いたレイは、「ミディアムシールド」を機体正面に掲げ、「メイス」は腰下にだらりと下げると、右足を半歩ほど引いた姿勢を2号機に取らせる。 片や、6号機は「スモールシールド」と「ショートソード」の両方を機体正面に掲げ、いつも通り、防御重視の姿勢を取る。 両機の構えが整った後、一拍置いて、
「始め!」
と、「操機戦管理」管理者が手合いの開始を告げる。 開始直後は、2号機、6号機、双方共に動かず、睨み合いの時間となってしまう。
『・・・今回も、向こうから攻めてくることは無さそうね・・・。 なら!』
しばらく6号機の出方を伺っていたレイだが、今回も6号機から攻めてくることは無いと感じ取る。 すると、掲げた「ミディアムシールド」は機体正面に維持したまま、右手の「メイス」を更に後方に引き、6号機へ向かって足早に踏み込み始める。 そして、武具を振り抜くのに絶好な位置へ到達すると、防御姿勢のまま固まってしまっている6号機に対し、
「やーっ!」
と、掛け声一閃、「メイス」を自機の右側から大振りに振りかぶり、頭部右脇を通り抜ける軌道で振り下ろす。 2号機が振り下ろした「メイス」の重い一撃は、6号機が機体正面に掲げている「スモールシールド」上部に轟音を立てて命中。 その打撃は凄まじく、防御重視だった6号機の「スモールシールド」をあらぬ方向に向けてしまった挙句、機体重心すらも簡単に崩し、その場でかがみ込むような体勢となってしまう。 間髪入れず、レイは6号機が体勢を立て直すよりも早く、振り下ろした「メイス」を腰脇に戻し、突き攻撃を繰り出す。 狙いは、かがみ込んで無防備になってしまっている6号機の頭部顔面。 一方の6号機は、機体の体勢と重心を立て直すのが精一杯のようで、「スモールシールド」を掲げ直すのが間に合っていない。 無防備に「メイス」の突き攻撃を受けた6号機は、顔面防具から鈍い音を響かせた後、轟音を立てながら、ゆっくりと仰向けに倒れこんでいく。 やがて、転倒して動かなくなると、
「6号機、転倒しました! 『とどめ』を!」
珍しく、2号が強めの口調で助言をしてくる。 しかし、
「だめよ! 私は、『「とどめ」を取る勝ち方はしない』と言ったでしょ!」
レイも強めの口調で2号に反論すると、『とどめ』を取らず、2号機は機体正面を6号機に向けたまま、数歩ほど素早く後退してしまう。 が、レイは動かなくなった6号機を見て、
『損傷させた手応えはあった・・・。 6号機、降参する・・・でしょ・・・。』
と、6号機から離れた後は待機姿勢を取りつつ、6号機の降参を期待してしまう。
しかし、レイの期待とは裏腹に、6号機は転倒後間もなく、仰向けに転倒している体勢から右手に握っている「ショートソード」を手放すと、すぐに立ち上がろうと上半身を起こしてくる。 そして右腕を器用に使って立ち上がると、手放した「ショートソード」を右手で拾う。 更に拾い上げた「ショートソード」を機体正面に掲げ、素早く手合い再開の動作を取った。
「・・・。」
『立ってきた・・・。 すぐに・・・。』
片や、6号機の手合い再開動作を見たレイは、予想以上に素早く立ち上がってきた6号機を見て、呆然となってしまう。
「レイ。 手合いを再開しないのですか?」
6号機が手合い再開の動作を取ってから数秒経っても、レイは呆然となり、何の反応もしなかった。 そのことを心配したかのように、2号が冷静な口調で問いかけてくる。 すると、レイはその言葉にはっと気づき、
「・・・えっ? ・・・えぇ・・・。」
と、辛うじて虚ろな返事をした後、機体正面に「ミディアムシールド」を掲げ、6号機の左腕を注視しつつ手合い再開に応じる。 一拍置くと、6号機は2号機の手合い再開所作を確認したかのように、手合い開始時同様、「ショートソード」と「スモールシールド」を機体正面に掲げ、防御重視の姿勢を取った。
一方のレイは、
『6号機・・・。 「スモールシールド」への打撃で、左腕の肘関節がかなり損傷しているはずなのに・・・、降参しなかった・・・。 それとも、損傷が軽度だったの・・・? 総当たり1巡目の手合いで、あれだけの損傷をしたなら、いとも簡単に降参していたのに・・・。』
などと、注視していた6号機の左腕から徐々に視線が外れ、『今までと違う6号機の行動』を考え込んでしまう。 さらに、考え込んでしまった影響か、無意識なのか、機体正面に掲げている「ミディアムシールド」が徐々に下がり始めてしまった。
そして、2号機の左腕が下がり切った時、6号機は防御姿勢のままだが、2号機に猛然と詰め寄り始めた。 そのまま、6号機が「ショートソード」の間合いに入りそうになると、
「レイ!」
と、2号は危機迫る口調で叫ぶ。 すると、
「えっ!?」
2号の声によって、間近に迫る6号機と、下げてしまった「ミディアムシールド」に気付いたレイは、慌てて「ミディアムシールド」を機体正面に掲げ直す。
『・・・こちらが盾を下げた行為に反応・・・いや、防御を解いたのに反応したの・・・?』
と、レイが深く考えている間もなく、6号機は更に詰め寄り、2号機が掲げた「ミディアムシールド」に対し、「ショートソード」を振り上げ、斬りつけてきた。
片や、レイも応戦するように、6号機が掲げている「スモールシールド」目がけ、「メイス」を振り上げ、殴打する。 結果、2号機と6号機は、「メイス」、「ショートソード」をお互いの盾で防いでいる、組み合ったような状態となってしまった。
暫し、互いの武具が擦れあう音が闘技場内に響いていたが、
『やっぱり・・・。 6号機。 右腕と比べて、左腕の押しが弱い!』
自身の服負荷圧から、6号機の左腕損傷を確信したレイは、
「ふん!」
と、「メイス」に掛けていた力を瞬間的に強め、6号機をいとも簡単に2号機左脇に往なしてしまう。 片や、往なされてしまった6号機は、押し込んでいた2号機が突然目の前からいなくなり、よろよろと数歩ほど前進してしまった挙句、無防備な背面を2号機に晒してしまう。
レイはその瞬間を逃さず、「メイス」を振り上げ、6号機背面に回り込んでから踏み込む。 狙いは、6号機後頭部。
「えいっ!」
再び、レイの掛け声と共に振り下ろされた2号機「メイス」の一撃は、6号機の後頭部に命中。 鈍い音が闘技場内に響き、後頭部防具の一部装甲が変形するほどの打撃を受けた6号機は、更によろよろと1歩、2歩と前進した後、今度はうつ伏せ状態で倒れこんでいく。
「2号。 6号機の損傷状況は?」
再び轟音を立てて転倒した6号機を正面に捉え、2号機を数歩ほど後退させる操作をしたレイ。 6号機の損傷状況を、2号に落ち着いて問いかけると、
「6号機。 左肘関節相当部が大きく損傷している模様。 後頭部側は装甲が大きく変形し、かなり損傷した状態。 機体本体の稼働に影響が出ているかもしれません。 顔面部は装甲の損傷のみ。 転倒時に損傷した胸部と背面部装甲は、表面に傷がついた程度。」
と、冷静な口調の回答が返ってくる。 だが、2号の回答を聞き終わるのとほぼ同時に、6号機はまたも早々に立ち上がろうと、右手の「ショートソード」を手放す。 そして、うつ伏せ状態から今回も素早く起き上がり、手放してしまった「ショートソード」を拾い上げると、機体正面に「スモールシールド」を掲げて手合い再開の動作を取る。 その後は「ショートソード」も機体正面に掲げ、三たび防御姿勢で対峙する。
『どうして・・・立ち上がってくるの・・・。』
レイは、執拗に素早く立ち上がる6号機の姿を見ていると、ふと、苛立ちのような感情が不意に頭を過り、心をざわつかせる。 が、
『ふぅ・・・。 いけない・・・。 冷静にならないと・・・。』
レイは一呼吸置き、自身の心を落ち着かせた後、再び「ミディアムシールド」を機体正面に掲げ、6号機の手合い再開に応じる。 間を置かず、2号機は6号機に再び踏み込んで行く。 そこから、
『6号機。 左腕を使えなくすれば、降参する!』
そう考えたレイは、防御姿勢のまま固まってしまっている6号機の「スモールシールド」に向かい、「メイス」の連続打撃を浴びせはじめた。 一方、2号機の連続打撃を「スモールシールド」に受け続けても、防御姿勢を崩さず、身動き一つしない6号機。 2号機の「メイス」による打撃を受ける度、6号機の「スモールシールド」は鈍い音を立て、徐々に変形していってしまう。
8撃目、9撃目と、2号機は連続して打撃を与えた後、ひときわ大きく「メイス」を振りかぶり、6号機の「スモールシールド」めがけて振り下ろす。 片や、ひときわ大きな音を立てて「メイス」の強打を受けてしまった6号機は、「スモールシールド」がある左腕を機体正面で維持することが出来なくなったようで、機体左脇へと「スモールシールド」が下がってしまう。 するとレイは、機体左側をまったく防御することが出来ていない6号機に対し、更に詰め寄り、
「はぁ・・・はぁ・・・。」
『このっ!』
乱れた呼吸を気にもせず、6号機に対して恨みでもあるかのような感情を湧き上げ、またも「メイス」をひときわ大きく振りかぶり、真上から振り下ろす。 狙は、6号機の頭頂部。 辺りに鈍い音が響き渡り、頭頂部に「メイス」の一撃を受けた6号機は、またも頭部防具の一部装甲が変形するほど損傷してしまう。 そして轟音とともに、闘技場地面にゆっくりと前かがみに倒れていく。
「レイ! 今度こそ、『とどめ』を取ってください! レイの生体データ数値が不安定になっています! 早めの決着を!」
と、2号が強めの口調で再度の助言をしてくる。 だが、
「はぁ・・・。 はぁ・・・。 ・・・。」
心を落ち着かせたレイは、乱れた呼吸を整えただけで、2号には応答せず、『とどめ』も取らず、またもや機体正面を6号機に向けたまま、数歩ほど歩いて後退するだけだった。
『「とどめ」で手合い終了とするのは、「人間を討ち取った」のと同じ意味になってしまう・・・。 それだけはしたくない・・・。 6号機・・・。 お願い・・・降参して・・・。』
6号機から離れ、機体正面に「ミディアムシールド」を掲げた後、レイは再び6号機の降参を期待してしまう。 そして、
『・・・そうじゃないと・・・さっきからの・・・嫌な・・・感覚が・・・。 お願い・・・早く手合いを切り上げたいの・・・。』
とも考えてしまう。 レイは少々の頭痛を感じ、そのうえ、自身の情緒が不安定であることにも気づき始めた。 もし、情緒が不安定になると、
『また・・・あの・・・攻撃衝動が・・・出てしまう・・・かも・・・。』
と、レイ自身、過去に少し思い当たる節があるからだ。
しかし、レイの願いとは裏腹に、状況は進行してしまう。 6号機はまたも前屈みに転倒していた体勢から、右手に握っている「ショートソード」を手放す。 その上、損傷している左腕も使って闘技場地面に両手を付き、立ち上がろうと、ゆっくり上半身を起こし始めてしまった。
『・・・どうして・・・。 どうして・・・? どうして!』
痛みに耐えて起き上がろうとしているかのような6号機の姿を見たレイは、心の中で何かが外れてしまった。
「・・・どうして立ち上がって来るの!」
レイは取り乱したように叫んだ後、両手と左膝を使って起き上がりかけている6号機に力強く歩み寄る操作をする。 そして無防備な6号機の後頭部目がけ、「メイス」を目一杯の速度で振り下ろした。 片や、起き上がり途中だった6号機は、無防備な体勢で後頭部に打撃を受けたため、轟音を立て、不格好な体勢で再び地面に寝かせられることとなってしまう。 その後も、二振り、三振りと、無慈悲に6号機の後頭部付近に「メイス」を振り下ろす2号機。 「メイス」が振り下ろされるたび、闘技場周囲に鈍い音が響き渡る。
2号機は、いったい何度、「メイス」を振り下ろしただろうか。 かなりの時間、闘技場内に鈍い音が響き渡った後、
「それまで。」
と、「操機戦管理」管理者が手合いを止めた。 それと同時に、無防備に打撃を受けつつも、何とか起き上がろうと闘技場地面に両手をついていた6号機だったが、力尽きたように両腕が伸びてしまい、動かなくなる。
一方で、手合い終了の声を聞いてもなお、「メイス」を高々と振り上げてしまう2号機。 闘技場地面に転倒している6号機の後頭部へ、さらに攻撃を続けようとしているようだ。
「レイ。 何をしているのですか? 手合いは終わりました。 レイ!」
2号の声が聞こえていないかのように、レイは6号機への攻撃の手を止めようとしない。 そして、またも「メイス」を目一杯の速度で振り下ろそうとした瞬間、2号機は突然脱力したように重々しい音を立て、右膝を闘技場地面に着く。 そのまま前方に倒れそうになりつつも、どうにか不格好な体勢で動きが止まる。 「操機戦管理」が、2号機と操機主の同期を強制的に解除したようだ。
「レイ! 操機との同期は解除されています! 手合いは終わりました! レイ、手を止めてください! レイ!」
片や、2号機操縦席内。 2号が強めの口調で心配そうに話しかけているが、操縦席のレイは、何かに取りつかれたかのように武具を振り上げ、振り下ろす操作をし続けている。
「レイ!」
2号が一段と強い口調でレイの名を叫ぶと、セーフティベルトがレイの両肩付近から両腕付近に接触し、身動きをさせないようにまとわりつく。
「・・・レイ! 聞こえていますか!? レイ!」
一方、拘束されたようになってもなお、レイは右腕を動かそうと力を込めていた。 が、少し間をおいて、頭部覆い内スピーカーから、2号が強い口調で自身の名を呼びかけていることをぼんやりと感じ始めた。
「はぁ・・・。 はぁ・・・。 ・・・えっ・・・? 2号・・・? ・・・わたし・・・? なに・・・を・・・して・・・?」
乱れた呼吸を整えつつ、はっと我に返るレイ。 そして自身の「面」視界から、操縦席内正面画面の映像を見る。 その映像は、闘技場地面にうつ伏せで動かなくなっている真っ黒な6号機の姿だった。 だが、足元から徐々に頭部に視線を移すと、そこには、容赦なく頭部を破壊された、無残な姿があった。 複合炭素銀鋼の装甲もさすがに変形してしまい、6号機頭部は押し伸ばされたように潰れてしまっている。
「はぁ・・・。 はぁ・・・。 ・・・あっ・・・、・・・あ・・・。 ・・・私・・・これ・・・わたし・・・が・・・。」
まとわりついたようになっていたセーフティベルトが両肩、両腕付近の接触を解くと、レイは「面」越しながらも右手を口にあて、脈絡の無い声を上げた。
『・・・これが・・・。 もし、・・・相手が人間であったら・・・。』
レイは目の前の状況を頭の中で想像して置き換えてしまうと、自身の攻撃的な一面に戦慄し、血の気が引いてしまう。 その後、左手も口に当てようとした時、
「レイ! どうしてしまったのですか!? しかも、起き上がろうとしている機体に攻撃するなんて・・・」
と、2号が強い口調で話しかけてくる。 が、その話の途中で、
「わかってるわよ!」
と、レイは取り乱した半泣き状態で悲鳴のような大声を上げ、2号の話を遮った。
「操機戦管理」からは、『手合い中、起き上がろうとしている機体に攻撃してはいけない。』という決まりは告げられていない。 だが、『起き上がろうとしている機体には、攻撃をしない。』と、レイも含め、マリナ、シロ、ゴウと4人で、『操機戦』が始まる当初に内々で決めたことだった。
その決め事を、自ら破ってしまった。 『自身の攻撃的な一面への忌避』と、『後悔の念』が重くのしかかったレイは、頭を抱え込んでしまう。 その後、再び、操縦席床へ崩れるように座り込んでしまうのだった。
対6号機との手合い終了後、格納庫整備台に戻ってきた操機2号機。 「人」整備士達は機体の損傷箇所確認や、整備、点検に取り掛かり始めている。 そんな中、格納庫内の休憩椅子付近では、ゴウが操縦席から出てくるレイを待っていた。 だが、機体が整備台に格納され、操機主が乗り降り可能な状態になっても、操機2号機の操縦席扉は固く閉ざされてしまっている。 レイが操縦席から出てくる気配は、一向にない。
『・・・あんな手合いをした後じゃな・・・。』
ゴウは2号機格納庫を訪れた後、手合いが終わった後のレイを出迎えようと、自分の区画には戻らなかった。 上部通路から格納庫床面に降りると、休憩椅子に腰掛け、「面」を使って2号機対6号機の手合い中継を見届けていた。 ただ、「人」操機主の6号機を相手とした手合いとはいえ、手合い終了間際から終了後の、『立ち上がり中の機体に攻撃する行為』や、『過剰なまでに相手機体を破壊する行為』、『手合い終了後も相手機体に攻撃しようとする行為』は、ゴウ自身も、『やり過ぎだ』と感じてしまう。 そのためか、レイが操縦席から出てきた時、なんと声をかけたらいいか迷っていた。
『・・・だめだ・・・。 レイに掛ける言葉が見つからない・・・。』
今まで見聞きした色々な事を考え、思い出していたが、いい言葉が見つからない。 立ち尽くしたように2号機操縦席を見上げつつ、暫し考えに集中してしまったゴウは、まるで自分だけが時間の流れから取り残されたかのようになってしまった。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 いつの間にか、2号機格納庫に来ていたバースが、ゴウの元へゆっくりと近づいてくる。 そして、ゴウの左脇に立ち、
「ゴウ。 レイが操縦席から出にくいのかもしれません。 ここは一旦、お引き取りいただけますか。」
と、落ち着いた口調で促してくる。 一方、ゴウはバースを無視し、操機2号機の操縦席前に行って、
『レイ! 俺だ! 開けてくれ!』
と、熱意あふれる声で、レイに呼びかけようかと考えてしまった。 が、
『・・・やっぱり・・・顔は・・・合わせづらい・・・か・・・。』
とも考えてしまう。 暫し苦慮したゴウは、バースに従い、一旦自身の4号機区画に戻る結論を出す。
「・・・それじゃあ、レイが下りてきたら、俺に連絡を入れるように伝えてくれるかな・・・。」
ゴウは落ち込んだ口調と表情で、バースに向かって言い残すと、ゆっくりと2号機格納庫出入り口に向かって歩き始めた。
「かしこまりました。」
落ち着いた口調で丁重に答えたバースの声は、ゴウの耳に届いていたのであろうか。 ゴウからの反応は無く、俯き気味で2号機格納庫を出て行ってしまった。
その後も、レイは操縦席から出てくる気配が無く、時間だけが過ぎていく。 2号が感知しているレイの生体データ数値は、呼吸が浅く遅く、心拍数、血圧も少々低下してしまっている。
2号は知能情報を本体に戻し、「人」の姿で2号機操縦席前にやって来た。 ゴウを見送っていたバースも、少し遅れて2号機操縦席前にやって来る。 そしてお互い、黒い「面」を付けている顔を見合わせるバースと2号。 「人」同士で、会話のような通信をしたのであろう。 一拍置いて、
「レイ。 操縦席の扉を開けますよ。」
2号の冷静な声が、レイの頭部覆い内スピーカー、および操縦席天井付近から微かな音で発せられる。 その後、2号が操機2号機の胸部装甲を右手で触ると、胸部装甲の一部がゆっくりと動きだし、操機操縦席内が露になった。 すると、操縦席床には、糸の切れた操り人形のように座り込んでしまっているレイの姿があった。 セーフティベルトは座り込んでいるレイが床に倒れないよう、背中側から接触してレイを支えている。
そんなレイの姿を見たバースは、柔らかくなっている操縦席床に少々足を取られつつも、レイへ足早に近寄り、
「レイ! 大丈夫ですか?」
と、切羽詰まった口調で話しかける。 だが、レイからの返事や反応は一切無い。
「失礼します。」
バースは穏やかな口調でそう言うと、操縦席内のセーフティベルトと連携して、レイを優しく腰の高さに抱え上げる。 そして整備台平面に待機させていた六脚型の救急搬送「人」を操縦席内に呼び寄せ、搬送用寝具の上にレイを優しく寝かせた。 さらに、バースは寝かせたレイの上に毛布を掛け、顔から「面」をそっと外してあげるのだった。
翌日の昼前頃。 訓練室の広間中央で、「ツーハンドソード」の扱い方を訓練していたシロ。 昼食が近いので、午前中の訓練を切り上げようと思い始めていた。 そんな時、突然、頭部覆い内スピーカーから、通話通信の呼び出し音が聞こえてくる。 その後、
「シロ。 ゴウが尋ねて来ていますが、どうしますか?」
と、アムの声が聞こえ、優しい口調で尋ねてくる。
「えっ・・・。 ゴウが・・・?」
『こんな時間に、何の用事だ・・・?』
と、「ツーハンドソード」を振るう手を止め、不思議に思ったシロ。 しばし考えた後、
「・・・わかった。 食事部屋に通してくれないか。 すぐ行く。」
と、冷静に応答し、アムからの通話通信を切った。 さらに「面」と頭部覆いを手早く左手のみで外し、
「3号! すまないが、午前の訓練はここまでにしてもらえるか!」
と、休憩椅子に座っている3号に対して大きな声で告げる。 その後は、手にしていた「ツーハンドソード」を模造武具置き場に戻し、訓練室を出て、食事部屋へと早足で向かった。
食事部屋に入り、アムがいつも客人を座らせる席に近づいて行くシロ。 そして、その席に白い操機主用服を着た、ゴウらしき人影を見つけると、
「よう! ・・・どうした? ゴウ。 こんな時間に尋ねてくるなんて。 明日の手合いについてでも・・・って、どうしたんだ、その顔!?」
と、ゴウに近づきながら、気さくに話しかけていたシロだったが、ゴウの顔を見るなり驚いてしまう。 血の気が引いた青白い顔、ぼさぼさの髪、目の下はたるんで薄黒くなってしまっている。
「・・・ああ、シロ・・・。 レイの事を考えていたら、眠れなくてな・・・。」
と、シロに話しかけられたゴウは、覇気無く返事をする。 その後は、シロから目線を外すと、床にでも話しかけているように下を向き、
「・・・俺・・・。 昨日の15時頃、2号機の操機格納庫にいたんだ・・・。」
と、『昨日の手合い開始前から手合い終了後に、2号機格納庫内で起こった事の経緯』や、『その前日の事』も含め、重い口調でぼそぼそと話し出した。 そして、ゴウはレイの事を昨日一晩中心配していたためか眠れず、血色の悪い顔をしているようだ。
一方、シロはゴウが座っている対面の椅子に腰掛け、真剣な表情で話を聞き入っていた。 ゴウの話から、レイがかなり疲弊していたことを感じ取り、しばらく考えた後、
「・・・昨日の手合いは見ていたよ。 立ち上がろうとしている6号機に殴りかかったり、過剰に攻撃したり・・・と、ちょっとやりすぎだなと思って見てはいたけど・・・。 そんなことがあったのか・・・。 ただ、レイ本人に会えないんじゃなあ・・・。 どう対処していいか・・・。」
と、回答に苦慮しつつも、かろうじてそう答えた。
「ここに来る前にも、レイの区画に寄ったんだが、『レイの体調が良くない』と、バースに止められ、レイには会えなかった・・・。」
一方のゴウは、相変わらず下を向き、か細い声で話を続けた後、黙ってしまった。 片や、話を聞き終えたシロも下腹付近で両手を組み、沈黙してしまう。 二人が沈黙してしばらく後、
「・・・手合いの日程・・・。 当初に思っていたより、結構きついからな・・・。 体調不良だってあるだろ。 俺だって、常に好調ってわけじゃないし・・・。」
と、シロは一人呟くように話す。 シロ自身ですら、肉体的にも、精神的にも、疲れが取れていないのを、ここ最近感じてきていた。 だがシロは、ふと、直近の対2号機手合い前に聞いた、『レイの明るい声』を思い出す。 その記憶から、ゴウを元気づけようと、
「・・・でも、レイはきっと大丈夫だよ。 何なら1、2戦、手合いを休んでもいいんじゃないか。 『操機戦管理』が、何か言ってくるとは思えないし。」
と、レイを心配しているゴウへの配慮をせず、軽い口調で平然と告げる。 さらに、シロ自身が『17号に対して過剰に心配してしまった事』も思い出し、
「・・・まあ、ゴウがレイの事を心配してもしょうがないだろ。 ははは。」
と、まるで他人事のように、笑い飛ばしながらゴウに話しかけた。 だが、その言葉は、さすがにゴウの癇に障ったようだ。 突然、
「・・・お前なあ! 仲間が悩んで・・・いや、倒れているかもしれないんだぞ!」
ゴウは唐突に、シロとの間にあるテーブルの上を両手で叩き、荒い口調で怒りをあらわにする。
「・・・仲間って・・・。 俺たち、競争相手・・・だろ・・・。」
一方、ゴウの反応とは真逆に、啞然と答えるシロ。 『仲間』と言ったゴウの言葉に、大きな違和を感じていたからだ。 シロにしてみれば、ゴウ、レイ、マリナ、全て手合い相手、競争相手だと思っていた。
「・・・そうか! お前に相談した、俺が間違っていたようだ!」
しばらく後、ゴウは再びそう怒鳴ると同時に、シロを睨みながら急に立ち上がる。 一拍置いて、ゴウは睨みつけていたシロから視線を外し、部屋の出入り口へ、足早に向かって行ってしまった。 しかし、食事部屋の扉が自動で開いたものの、ゴウは部屋を出る間際に急に立ち止まり振り向く。 そして、再びシロを睨むように視線を合わせ、
「明日の、俺とお前との手合い・・・」
そう告げた後、食事部屋を出て行った。 片や、シロはあっけにとられたように、座ったまま、部屋を出ていくゴウを見ていた。 が、ゴウが部屋を出る際に発した言葉の最後は、距離が離れていたためか、上手く聞き取れなかった。
「・・・なんだったんだ・・・? ゴウは・・・。」
結局、シロはゴウが尋ねに来た真意を理解できず、頭の中が混乱しているだけだった。 だが、
『「心配してもしょうがないだろ」は・・・、ちょっと言い過ぎたか・・・。』
そう後悔するのと同時に、自身の発言が、何か厄介ごとを生み出してしまった感覚があった。
シロがゴウを追いかけて謝罪するか、暫し考えていると、
「失礼します。」
と、シロの服にある肩スピーカーから、アムの声が聞こえてくる。 数秒もせず、「面」と頭部覆いを付けたアムが、トレイに2つの飲み物を載せ、シロが座っている場所に向かって、ゆっくりと歩み寄って来る様子が見て取れる。 シロとゴウの飲み物を届けに来たようだ。 そんなアムを見たシロは、
「・・・なあ、アム・・・。 レイの・・・2号機操機主の体調って、わかるかい?」
と、困ったような面持ちと口調で、近づいてくるアムを見ながら尋ねる。 が、
『・・・確か・・・、操機主各個人の状況、情報は、「操機戦管理」や「人」経由では、教えてもらえなかったような・・・。』
と、シロは記憶していた。 しかし、念のため確認してみるかと思い、アムに尋ねたのだった。
「シロ。 『人』は、仕えている以外の人間に対し、個々人の情報詮索をすることが禁じられています。 それはここでも同じで、『人』が、各操機主個人の状況、情報を詮索することは、禁止となっています。」
と、テーブル近くに到着したアムは、優しい口調でシロに告げてくる。 片や、シロは、アムからの回答がシロ自身の記憶していた内容と同一だったので、
「・・・そうだよな・・・。」
と、気落ちした表情で、独り言のようにそう呟いた。
『・・・なら・・・、無駄かもしれないけど・・・。 直接、レイの区画に行ってみるか・・・。』
少々考えていたシロは、気持ちを切り替え、意を決し、
「アム・・・。 ちょっと、2号機区画に行ってくる・・・。」
テーブル上に暖かいお茶を出し終えたアムを横目に、重い口調で告げると、椅子から立ち上がって食事部屋を出て行く。 とりあえず、シロは現状を確かめるべく、レイのいる2号機区画へ向かうことにする。
各区画連絡通路を通って角を曲がり、シロは2号機区画出入り口付近に到着する。 そうすると、2号機区画出入り口の区画内側には、予想通り、黒い「面」と頭部覆いを付けた「人」が、シロの進路を塞ぐように立ち尽くしている。 そして、それを見たシロは、
『さっきのゴウの話から察すると、レイの専属「人」、バースか・・・?』
などと考え、少し離れた場所から右手を肩の高さで軽く振り、挨拶をしながら2号機区画出入り口にゆっくりと近づき、
「やあ、バース。 レイに取り次いでもらえないかな。 シロが面会を求めているって。」
と、2号機区画出入り口でシロの進路を塞ぐように立つバースに、明るい口調で話しかけた。
「これは、シロ。 ですが、誠に申し訳ございません。 レイは体調が優れませんので、お会いすることができません。 お引き取りいただけますか。」
一方のバースは軽い会釈をした後、シロに向かって丁重な返答をする。 片や、レイとの面会をあっさり断られてしまったシロは、
「・・・そうか・・・。 なあ、バース。 ゴウも・・・さっき来た?」
すぐに引き下がるのも気が引けたが、シロは会話を続ける取っ掛かりを見いだせずにいた。 回答をはぐらかされると分かっていながらも、バースに質問してみると、
「その件については、回答できません。」
案の定、あっさりとバースに回答を拒否されてしまう。
「・・・わかった。 それじゃあ、レイに、『体調が良くなったら、シロに連絡してくれ』と、伝えてくれ・・・。 あと、レイに、『お大事に』とも伝えてくれ・・・。」
シロは少々落ち込んだ口調と表情でバースに言い残すと、2号機の区画出入り口から早々に引き上げることとなってしまった。
一方、シロの部屋を後にしたゴウは、自身の4号機区画に戻ってきていた。 レイへの心配に加え、シロとの意見の食い違いまで生じてしまったため、ゴウの内心は落ち着かない。
『ええぃ・・・。』
もやもやした心のぶつけどころを見つけられず、ゴウは訓練室に向かった。 訓練室出入り口の扉が自動で開き、ゴウは訓練室内に険しい表情のまま入って行く。 訓練室奥の休憩椅子には、黒い「面」と頭部覆いを付けた4号が座っていた。
「おかえり、ゴウ。」
と、訓練室に入ってきたゴウに、いつもと変りなく、気さくに声を掛ける4号。
「・・・。」
片や、ゴウは険しい表情を浮かべたまま、4号に返事をせず、ずかずかと模造武具置き場に向かい、模造武具の「ハルバード」を掴み取った。 武具を手に取ると訓練室広間に向かい、頭部覆いも「面」も着けず、乱雑に「ハルバード」の素振りを始めてしまう。
「あのね、ゴウ。 少し休んだ方がいいよ。 寝てないでしょ。」
4号は休憩椅子から下りてゴウに近づき、「ハルバード」の素振りをしている外側から心配そうに声をかける。 が、
「・・・。」
一方のゴウは、4号の声が聞こえていないかのように、「ハルバード」の素振りを続けている手を止めようとしない。
「ゴウ、聞いてる? ねえ、ゴウ。 『面』も着けようよ。 危ないよ。」
と、恐る恐るながらも、再びゴウに声を掛ける4号。 だが、
「うるさい!」
ゴウは突然「ハルバード」の素振りを止め、4号に向かって怒鳴りつけた。 続けて、
「おまえ・・・」
『お前に何がわかる!』と言いかけてしまう。 しかし、4号の付けている黒い「面」を見て、ゴウは急に我に返って怒鳴るのを止め、
『4号は・・・「人」・・・。』
「・・・。」
そう考えて暫し沈黙した後、4号から気まずそうに視線を外したゴウは、手に持っていた模造武具の「ハルバード」を床に叩きつけると、無言で訓練室から足早に出て行ってしまった。
訓練室を後にしたゴウは、4号が追いかけてくるかと思い、時折、自身の背後を気にしていた。 しかしながら思惑は外れ、4号が追ってくる気配はない。 が、その後も、ゴウは4号から逃げるかのように、4号機区画通路を足早に歩いていた。 そんな時、不意に息が上がったような息苦しさを感じてくる。 歩みを止め、通路の壁にもたれかかって息を整えようとしたゴウは、ふと、後悔の念にさいなまれる。 とうとう、4号にも当たり散らしてしまった自身に嫌気がさす。
『はぁ・・・。 はぁ・・・。 ・・・4号に・・・悪いこと・・・しちまったな・・・。』
暫しそう思っていると、今度は突然、目がくらむような感覚に襲われる。
「・・・うぅ・・・。」
身体の異常を感じ取ったゴウは、自分の部屋で休もうと、左手で頭を押さえつつ、右手を通路壁にあてがってゆっくりと歩き出す。 だが、目のくらむ感覚はひどくなり、数歩歩くも、しゃがみ込んで歩けなくなってしまう。 そこへ、
「ゴウ! 大丈夫ですか!?」
と、叫ぶような声が聞こえてくる。 その声が聞こえた先、自室のある通路の方から、「面」と頭部覆いを付けたミリアが駆け寄って来てくれているのが、ゴウのくらむ視界越しにぼんやりと見える。 片や、しゃがみ込んでしまっているゴウにたどり着いたミリアは、ゴウの左半身を力強く支え、立ち上がらせた。
「・・・ああ・・・。 ありがとう、ミリア・・・。」
と、ミリアが付けている黒い「面」に向かい、か細い声で礼を告げるゴウ。
その後はミリアの介添えで、ゴウはどうにか自室の寝具までたどり着いた。 一方、ミリアはゴウが寝具にたどり着くと、
「ゴウ。 生体データの数値、良くないですよ。 ゆっくり休まれては。」
と、心配そうな口調で告げる。
「・・・そうだな・・・。 ・・・すこし、休むよ・・・。 ・・・人払いで頼む・・・。」
片や、寝具で横になったゴウは、付き添ってくれたミリアを見上げ、再びか細い声で言葉少なく伝えた。
「わかりました。 後、何か栄養のあるものを作りますので、摂取してください。 昨日の昼以降、何も食べていないじゃないですか。 それとも、湿布栄養剤を使いますか?」
ミリアは再び心配そうな口調で告げると、
「・・・いや・・・。 起きたら・・・、食べるよ・・・。」
と、ゴウはまたもか細い声でどうにか答えた。 一方、その回答を聞いたミリアは、
「わかりました。」
と、優しい口調で告げ、ゆっくりと部屋の出入り口から出て行った。
部屋内で一人になったゴウは、寝具上で自身の部屋の天井を見つつ、
『・・・ミリアは・・・いつも優しいな・・・。』
ふと、そんなことを考えてしまう。 すると、ゴウの脳裏には、「面」と頭部覆いを外したミリアの笑顔がよぎった。 幼い頃からのゴウの記憶の中に、ミリアがいないことはなかった。 そんなミリアの笑顔を思い浮かべていたら、いらいらしていた心がすっと落ち着いてきたように感じる。
そして、ゴウは改めて、シロや4号とのいざこざを思い出してみる。 今回のことは、一方的に自分が悪かったなと思い、
『・・・シロや、4号には・・・後で・・・謝らないとな・・・。』
と、少々虚ろな意識の中でそう考えた。 やがて、レイのことも思い出すと、
『レイのことは、落ち着いて・・・考えるか・・・。』
そう思い、ふと、目を瞑り考える。
『レイは・・・恐らく精神的に追い詰められていて、寝込んでしまっているのだろうか・・・。 単に、会うのが気まずいだけなのだろうか・・・。 このままだったら、ここを出て行ってしまうのだろうか・・・。』
と、ゴウは色々な考えを巡らしてしまう。 昨日の夜と同じだった。 昨晩は、レイのことを考え続けていて寝付けないまま、気が付いたら朝になっていた。
『・・・また、このまま・・・ねむれない・・・のか・・・』
そんな虚ろな意識の中、ゴウは部屋の周囲が薄暗くなっていくのにかろうじて気付く。 ミリアが照明を操作しているのだろうか。 やがて部屋の照明は完全に消え、暗闇に包まれる。 ゴウもそのまま意識が暗闇になり、眠りに落ちていった。
『・・・ゴウ。 ゴウ。』
虚ろな意識の中、ゴウは呼ばれている気がした。
「ゴウ。」
いや、呼ばれていた。 ゴウはゆっくり目を開くと、「面」と頭部覆いを外したミリアが、目の前で微笑みながら覗き込んでいる。 そんなミリアの「人」特有の整った素顔を、暫しうつろに眺めてしまうゴウ。
「起きましたか? ゴウ。」
ミリアに優しい口調で告げられ、ゴウは自身が寝ていたことに気付くと、
「・・・寝ていたのか・・・? 俺・・・。」
ゴウは横になっていた寝具上で僅かに体を起こし、ミリアに尋ねる。
「ええ。 熟睡でしたよ。」
片や、ミリアはゴウの顔を覗き込んでいた体勢を戻し、微笑みながら答えた。
「・・・今、何時だ・・・?」
横になった状態から寝具脇にゆっくりと足を下ろし、ゴウは寝具に腰掛けた状態となった。 暫し後、朦朧とした意識でミリアに尋ねると、
「夕方、18時03分です。 ゴウが睡眠不足のようでしたので、食事より睡眠を優先しました。 その代わり、夕食は栄養豊富なものを多めに作りましたので、たくさん食べてくださいね。」
と、ミリアはゴウが腰掛けている寝具の左隣に腰掛けながら優しく答える。
「なあ、ミリア・・・。 俺・・・」
一方、ゴウは隣に腰掛けたミリアに向かい、何か言いたげに話しかけようとする。 が、
「ゴウ。 まずは食事にしましょう。 お話はその後。 ね。」
片や、ミリアはゴウの話をにこやかに遮ってしまう。 その後、ミリアは頭部覆いと「面」を付け直し、ゴウの右手を両手で握ると、優しく食事部屋へと誘った。
その日の夕食。 ゴウはいつもより多めの食事をかき込むように食べ、腹がいっぱいになっていた。
「栄養も不足していたようなので、急遽、肉料理にしたんですけど、足りたかしら? それとも、何か別の料理も作りますか? あるいは、果物類などいかがですか?」
と、ゴウの前にあるテーブル上に暖かいお茶の入った器を置き、優しい声で問いかけてくるミリア。
「・・・いや・・・。 腹いっぱいだ・・・。 ごちそうさま・・・。」
と、差し出されたお茶の入った器を虚ろに眺めつつ、ゴウは満足げに答えた。 昨日の昼食以来、何も食べていなかったゴウは、かなりの空腹になっていた。 が、空腹から多めの食事を食べた影響だろうか、はたまた、早食いをしてしまった影響なのだろうか、胃が落ち着かない。 横になりたい気分だった。 その後は、腹部付近を右手でさすりつつ、
「・・・。」
と、ゴウは下を向いて黙り込んでしまう。
「それで、お話はなんでしたっけ?」
と、話を切り出せないでいるゴウに対し、ミリアはお茶を出した位置から動かず、話を切り出すも、
「え・・・。 うん・・・。」
ゴウはミリアから視線を外したまま話しだそうとするが、言葉にできないでいた。 すると、ミリアはゴウが座っている席の反対側にある椅子に腰掛けつつ、
「レイのことですか?」
と、心配そうに話しかけてきた。 片や、話したいことをミリアから的確に言い当てられてしまったゴウはどきりとし、思わずミリアを凝視してしまう。 しばらく後、
「・・・ああ・・・。 よく・・・わかった・・・な・・・。」
と、気まずそうな表情でようやく重い口を開く。 しかし、その後はミリアを凝視していた視線を逸らし、自分の足元に視線を落としてしまう。 すると、
「私たち『人』は、この区画内で起きていることなら、ほぼ、見聞きして把握できています。 ただし私の場合は、ゴウが直接関係する事柄しか扱えませんけど。」
と、明るい口調で答えるミリア。 ゴウも「人」の性能を理解しているつもりだったが、ミリアの口から改めて「人」の性能の凄さを告げられ、思い知らされる事になる。
「・・・そうなんだよ・・・。 レイが・・・6号機との手合い後、連絡が取れなくなっちまって・・・。 それで、心配になってシロに相談しに行ったんだ・・・。 それなのに、シロのやつ! 薄情っていうか・・・。」
一旦落ち着いたゴウは、ミリアに視線を戻し、昼前にシロとひと悶着あった経緯を話し始める。 が、次第に感情が高ぶったような口調と表情になってしまった。 一方、ゴウの話を黙って聞いていたミリアは、暫し間を取った後、
「そうですか。 でも、私もシロの言動の方が理解できますね。」
と、冷静に答えると、突然、「面」を外してテーブル上に置き、頭部覆いも上部からゆっくりと外し始めてしまう。
「えっ!?」
片や、ミリアの返答に愕然とするゴウ。 ミリアは自分を理解してくれていると思っていたのに、裏切られたような気分になってしまう。
「いいですか、ゴウ。 操機戦は、仲良し同士の馴れ合いではありません。 今、ゴウの周りにいる人間は、友達ではなく、競争相手です。」
頭部覆いを外しきり、「人」特有の整った素顔でゴウを見つめながら冷静に話すミリア。 一方のゴウは、ミリアにこうも見つめられてしまうと、反論しづらい状況になってしまう。
「・・・わかった・・・から・・・。 とりあえず、『面』を付けてくれないか。 誰か来たらどうする・・・。」
とにかく、ミリアの顔を隠さないと冷静な判断が出来ないと考えたゴウは、少々気まずいような声と表情で、ミリアに「面」を付けるように促す。 が、
「大丈夫ですよ。 扉は施錠しました。」
ミリアは優しい口調で告げると、食事部屋の扉を一瞥した後、ゴウに向き直ってにこりと笑う。 恐らくミリアの言う通り、食事部屋の扉は施錠されたのだろう。
「なっ・・・。」
片や、ミリアの話を聞いたゴウは、自身の目論見が崩れ去り、脱力するように再度下を向いた。 だが、少しだけ気持ちが落ち着いた状態になっていることにも気付く。 ミリアの素顔を見たからだろうか。
「そう・・・だな・・・。 なんだか、しばらくこうしてミリアとゆっくり話をする機会もなかったな・・・。 ここに来てから・・・。」
ゴウは落ち着いた口調と表情でそう言うと、顔を上げ、ミリアの瞳を見て話し始める。
「ただ・・・競争相手・・・っていうのは、俺にはどうも受け入れられなくてな・・・。 こんな所で出会ったんだし、もう少し、こう・・・仲良くできないかなって・・・。」
と、ゴウはテーブル上に出されていたお茶の入った器を手に取り、話を続けた。
「では、ゴウ。 あなたは、どうして操機戦の操機主候補に応募したのですか?」
唐突に、ミリアは冷たい口調と表情でゴウに質問を投げかける。 すると、
「それは・・・あんな・・・生きているか・・・死んでいるか、わからないような生活を変えたかったから・・・だけど・・・。」
と、ゴウは即答気味に答える。 そして、ここに来る前の生活を少し思い出した。 毎日、ミリアに起こされ、働くこともなく食事を取り、寝る。 何の目標も目的も無く、ただそんなことを繰り返す日々。
「ゴウ。 仲良くもいいですが、ここで活躍できなければ、またあの生活に戻ることになりますよ。 それでもいいのですか?」
と、再び冷たい口調と表情でそう問い質して来るミリアに対し、
「・・・戻る・・・。」
再び愕然となったゴウは、ぽつりと呟くのが精一杯だった。 その後は、ミリアの冷たい視線に耐えられず、再度、視線をそらす、合わせるを繰り返すだけとなってしまう。 何度目かにミリアを見たとき、悲しげな表情をしているように見えたのは気のせいだろうか。 しばらく後、
「・・・ただ・・・。 活躍するのと、みんなで仲良くするのは、両立出来ると思うんだが・・・。」
ミリアへの反論、言い訳、駄々をこねているだけかもしれないが、ゴウは、現時点で自身が理想とするせめてもの思いをミリアに訴える。 が、
「出来るかもしれません。 しかし、今ではないです。」
と、ミリアは冷静に言い切った。 一拍置くと、ミリアは突然、自身の胸前で両手を組み、
「それでしたら、ゴウ。 明日の3号機との手合い、ゴウの大活躍を私に見せていただけませんか。」
続けて放たれたミリアの懇願するような言葉と表情と仕草に、ゴウはどきりとする。
「3号機・・・との手合い・・・で、活躍・・・?」
どきりとした半面、ゴウは違和も感じた。
『ミリアが・・・こんなこと・・・言うか・・・?』
と、心の中ではそう思うものの、
「ああ・・・わかった・・・。 明日の3号機・・・シロとの手合いね・・・。 ・・・と、ごちそうさま・・・。」
とにかく、今は一旦ミリアから離れたいと思ったゴウは、たどたどしいながらも返事を適当に取り繕う。 そして手に持っていたお茶の入った器をテーブルの上に置き、そそくさと立ち上がると、食事部屋の出入り口へ足早に向かった。 だが、ふと、ミリアが扉を施錠したことを思い出し、
「あの・・・ミリア・・・。 扉の・・・鍵・・・」
と、ゴウがミリアに向かって言葉を発するのと同時に、食事部屋出入り口の扉は、ゴウが自動で開く範囲に入っていないにも関わらず、自動で開いた。
「・・・ありがとう・・・。 訓練室へ、行ってる・・・。」
そう言いつつ、ゴウは開いた扉から出て行く。 が、食事部屋の扉が閉まる間際、ゴウは食事部屋内を一瞬振り返り見る。 すると、ミリアがいつもと違う表情で微笑みつつ、頭部覆いを付け直している仕草が見て取れた。
『さて・・・。 ミリアには訓練室へ行くって言ったから、一応、訓練室へ行かないとな・・・。』
などと考えつつ、ゴウはゆっくりした足取りで訓練室に向かっていた。
『しかし・・・。 訓練室、4号がいると・・・話がややこしくなりそうだが・・・。』
そうこうしているうち、ゴウは訓練室の扉前に到着してしまう。 自動で扉が開く範囲に入り、開いた扉から訓練室内をゆっくり覗き込む。 しかし、視界内に4号の姿は見えず、ゴウはひとまず安堵する。 とりあえず、訓練室奥の休憩椅子に向かって早歩きで移動し、4号がいないか再度周囲を見渡した後、休憩椅子に腰掛けた。
『・・・う~ん・・・。 頭が追いつかない・・・。』
レイの事すら忘れそうになるくらい、ゴウの思考内は、『シロとの不義』、『4号との不義』、『ミリアの突飛なお願い』と、情報過多になってしまっていた。 まずは落ち着いて、4号の居場所を確認しようと、
「4号・・・。 ここにいなければ、自分の部屋か・・・。 いや、格納庫だよな・・・。」
そう思い、背中の頭部覆い内にしまっていた「面」を取り出し、頭部覆いを装着する。 その上から「面」を着け終えると、ゴウの視界は、「面」を通して見える映像の視界に一瞬で切り替わる。 もっとも、今の段階では、「面」装着前の裸眼視界と何ら変わらない、訓練室内風景が見えている。
「格納庫内の映像。」
ゴウがそう呟くと、「面」視界内映像は変化し、4号機格納庫内を9箇所から撮影している映像に切り替わった。
『さて、4号は・・・休憩椅子か・・・?』
いつも手合い時に、4号が決まって「人」本体を座らせている格納庫内の休憩椅子がある。 ゴウは9箇所の映像のうちの一つが、その場所付近を映し出しているのに気付く。
『・・・いたいた。 やっぱり、休憩椅子に座っている。』
ゴウが9箇所を映していた映像の中から、4号の映っている映像を注視していると、その映像は「面」視界内全体に切り替わる。 そして、身動き一つしない4号を暫し見ていたゴウだったが、
『4号は・・・、新しい機体の調整作業中・・・か・・・。』
そう判断すると、「面」を取り去って休憩椅子に置き、頭部覆いも外し、
『やれやれ・・・。 暫くは、ここで『現状への対応』を考える時間が持てそうだな・・・。』
そう思うと、ゴウは目を瞑り、暫し考えにふけるのだった。
「4号、来てくれないか。」
ゴウが訓練室にこもって1時間ほど経った頃だろうか。 襟のマイクを使って4号を訓練室に呼んだ。 しばらくすると、「面」と頭部覆いを付けた4号が訓練室にやってきて、
「どうしたの? ゴウ?」
と、訓練室奥の休憩椅子に座っているゴウの元にゆっくりと近づいた後、少々心配そうな口調で問いかけてくる。
「明日の手合い・・・。 3号機・・・シロに勝ちたいんだ! 何か作戦はないか?」
と、近づいてきた4号に、ゴウは真顔で話しかける。
「作戦って、ゴウは勝ちたいの?」
一方、ゴウの目の前に立った4号は、不思議そうな口調で、質問に質問を返すように答える。 すると、
「ああ、勝ちたい! 明日の手合いだけは、何としても勝ちたい!」
座っているゴウは、膝上にある右手を力強く握りこんで答えた。 片や、その答えを聞いた4号は、暫し後、
「そうなんだ。」
と、気落ちしたような、しょんぼりしたような声で答える。 「面」を付けているため表情は読み取れないが、語尾を聞いたゴウには、4号が黒い「面」下で、しょんぼりしているような表情の幻が見て取れた。
「・・・4号・・・、どうかした・・・」
しばらく後、ゴウは4号のしょんぼりしたような声と幻の表情が気になり、心配そうに話しかけるが、
「ゴウ! 手合いで使う新しい武具、両手用の『ハルバード』に決めたの?」
と、4号はゴウに話しかけられているのを遮るかのように、一転して元気な口調で無理に質問をしてきた。 片や、話を遮られたゴウは、少々戸惑いつつも、4号の質問に答えることにし、
「・・・あ・・・ああ・・・。 明日の手合いは、『ハルバード』で行く! それで、4号! これから訓練用操縦席で、明日の3号機の動きを予測してくれないか?」
と、ゴウも4号につられたように元気な口調で答えると、訓練用操縦席を一瞥した後、4号に視線を戻し、右手で4号の左肩をぽんぽんと優しく叩く。
「わかったよ、ゴウ。 それじゃあ、準備するから、ゴウは中に入っていて。」
そう答えた4号は間をおかず、休憩椅子に座っているゴウの左隣に素早く腰掛け、動かなくなった。 一方、4号が座るのを見届けたゴウは、休憩椅子から立ち上がると、訓練用操縦席に向かう。 そして4号に指示された通り、訓練用操縦席に入って行き、操縦席中央に立ってセーフティベルトに背中を向けた。
「まずは、『面』を着けてね。」
と、4号の明るい声が訓練用操縦席天井付近から響く。 ゴウは4号から指示された通り、頭部覆いを被り、「面」も装着し終える。 すると、セーフティベルトがゴウに直接接触しないように、両肩、および両脇の下から胸部付近にかけて体を包み込んだ。 「面」視界内映像も、早々に仮想機体目線に切り替わる。 ゴウが辺りをぐるりと見回すと、「面」視界内の仮想空間は、数回だけ仮想機体訓練で使用したことのある、広大な閉鎖空間中央に立っているように見える。
「よ~し。 4号、準備できたぞ。」
と、準備が整ったゴウも明るい口調で答える。
「まずは、『ハルバード』の使い方を確認しようよ。 仮想機の右手に、『ハルバード』を持たせるよ。」
と、4号の明るい声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくるように切り替わる。 一方、ゴウは視線を右手に落とすと、仮想機体の白い右手に『ハルバード』が握られている。 自身の右手を「面」視界内映像と同じ位置に持っていくと、操機主用服の右腕と右手袋に負荷圧や重さを感じ始めるようになる。 やがて、右腕全体が機体と同期したときの感触に切り替わった。
「それじゃあ、全身を仮想機体と同期させるよ。」
4号が引き続き明るい口調で告げると、服全体に負荷圧がかかり、訓練用操縦席床も柔らかい感触から固い感触に切り替わる。 ゴウは自分自身が操機になったような、いつもの感覚を得た。
「昨日、模造武具を振り回した時にわかったと思うけど、慣れないうちは、あまり大きく振り回さない方がいいよ。」
と、4号に警告されると、ゴウも模造武具の「ハルバード」を振り下ろして手を痛めた時のことを思い出し、
「わかった! 注意する!」
そう言うと、ゴウは右手のみで持っていた「ハルバード」の柄に左手を添え、両手で正面に構えた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 ふう・・・。 さて、『ハルバード』の使い方も大分わかってきたし、そろそろ対3号機の疑似戦にしてくれないかな。」
ゴウが訓練用操縦席に入って、いかばかりかの時間が経っただろうか。 仮想機体で「ハルバード」の振り方を訓練していたゴウが4号に話しかけると、
「ゴウ、休もうよ。 少し疲れが出ているよ。」
と、4号は心配そうな口調で休憩を進めてきた。 それと同時に、仮想機体との同期が外れ、服の負荷圧も無くなる。 確かに、ゴウ自身も少し息が上がっているのを感じるし、手足の筋肉も張っているようだ。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 4号。 訓練を始めてから、どれくらいの時間がたった?」
ゴウは息を整え、「面」と頭部覆いを外しながら4号に聞くと、
「1時間33分だよ。」
と、4号の声が訓練用操縦席天井付近から響き渡る。 一方、それほどの時間が経過した感覚の無かったゴウは、
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・そうか・・・。 少し・・・休む・・・か・・・。」
と、乱れている息を整え、少し疲れたような声で答えた。 そして、ゴウの声に呼応したようにセーフティベルトが外れ、ゴウは訓練用操縦席出入り口から外に出ていく。 扉外から数歩先には、飲み物容器を携えて立っている4号の姿が見て取れた。
「はい。 ミリアから、差し入れの栄養飲料。」
4号は明るい口調でそう言うと、ゴウに近づき、良く冷えた栄養飲料の入った飲み物容器を差し出す。
「あー・・・。 ありがとよ・・・4号・・・。」
一方、落ち込んだ口調で答えるゴウ。 なぜなら、ゴウはこの栄養飲料の味が、好みの味ではなかったからだ。 だが、こうもおすすめされては、飲まないわけにはいかない。 飲み物容器を左手で受け取り封を開けると、味わわないように一気に喉に流し込む。
「・・・。」
疲れていれば味も変わるかなと思ったゴウだったが、やはり好みの味ではなかった。 飲み終えた後、少々不機嫌そうな表情で無言になり、空になった飲み物容器を左手に持ったまま、4号の背後にある休憩椅子に向かおうとする。
「ゴウ。 栄養飲料の空容器、ちょうだい。」
ゴウと4号がすれ違う間際、4号はゴウの前に両手を差し出し、明るい口調で告げる。 片や、ゴウは4号が差し出している両手の上に、空の飲み物容器を無言で置いた。 その後は、不機嫌そうな表情でゆっくり歩き、
「はぁー・・・。」
と、休憩椅子にたどり着き腰掛けると、深いため息をついた。 空の飲み物容器を受け取った4号も、ゴウの後を追いかけ、ゴウの左隣の休憩椅子に腰掛ける。 すると、
「3号機! 明日の手合いの装備は、『ツーハンドソード』だよ!」
4号が椅子に腰掛けてすぐのことだった。 「面」を付けた顔を正面に向けたまま、元気な口調で唐突なことを言い出す。
「・・・へぇ~・・・。 って、何っ!?」
一方、明日の3号機装備内容を急に言われたため、ゴウは4号が話した内容を一瞬理解できずにいた。 一拍置いて、4号が話した内容を理解したゴウは、左隣に座っている4号を凝視し、
「・・・4号!? 明日の3号機装備、わかるのか!?」
と、焦った口調と表情で問いただす。
「わかるわけじゃないけど、3号機はここ何回かの手合いで、『ショートソード』を両手で使うことが多かったからね! それと、4号機に新装備があるから、当然、3号機も新装備で来る確率が高いよ!」
と、相変わらず4号はゴウを見ず、正面を向いたまま、元気な口調で話している。
「そうか・・・。 ただ、相手の装備がわかったところで、操機戦の場合は、有利になるかといえば、そうでもないだろうしな・・・。」
ゴウも4号から視線を外し、険しい表情になりつつ正面を向いて話した。 そして、ゴウは考え込んで沈黙してしまい、4号もつられたかのように沈黙してしまう。 しばらく後、
「・・・一応、今までの3号機の動きを元にして、3号機が『ツーハンドソード』を持った場合を想定した仮想の手合い・・・。 やっておくか・・・。 4号! この後すぐ、準備できるか!?」
と、考えを纏めたゴウは、4号に向かい力強く問いかける。 すると、
「準備はすぐに出来るよ。 だけどね、ゴウ。 今日は、もう休んだら? これ以上の訓練は明日の手合いに響くし、勝てる手合いも勝てなくなるよ。」
4号もようやくゴウに黒い「面」を向け、優しい口調で話をする。
「そうか・・・。 ・・・そうだな・・・。 お前がそう言うんだったら、今日の訓練は・・・終わりにするか・・・。」
と、4号に向かいながら微笑んで話していたゴウ。 が、その後、急に真顔になり、
「・・・4号。 昼間は・・・」
翌日。 シロは朝食を早々に済ませ、訓練室に向かった。 訓練室の扉が自動で開くと、「面」と頭部覆いを付けた3号が、いつも出迎えてくれる訓練室広間中央で立っているのが見て取れる。
「おはよう。 随分と察しがいいな、3号。」
シロは訓練室内に入り、3号に近づきながら冷やかすように話しかけると、
「おはよう、シロ。 シロが食事を終えたら、ここに来るのはお見通し。」
と、3号も冷やかすように返してきた。
「さて! 今日の、4号機・・・ゴウとの手合い! 無礼が無いように、少しでも武具の訓練をしようと思う!」
3号の前まで来たシロは、胸を張りつつ両手を腰に当て、声を張って告げると、
「了解!」
3号もそれに応じるように両手を腰に当て、声を張って答えた。
「それじゃあ時間もないし、いきなり訓練用操縦席で・・・。」
シロはそう言いつつ、昨日、「人」整備士に作ってもらった「ツーハンドソード」の模造柄部分を右手に持ち、左前腕の模造籠手の位置を確認しながら訓練用操縦席に入って行く。 「ツーハンドソード」用模造柄は、両手で扱うため、紐を手首に括り付けるようにはしなかった。
「なあ、3号。 こんな付け焼き刃の訓練でも、他人から見たら、『ツーハンドソード』をかっこよく扱っているように見せられているのかな?」
シロは背中を向けてセーフティベルトの前に立ち、訓練用操縦席天井付近を見上げ、ふと思った疑問を3号に問いかけた。
「無理ね。 数日で、武具の扱いが出来るなんて思わない方がいいわ。 大昔の人間は、一生をかけて一つの武器を習得したとか、出来なかったとか。 そんな話は、いくらでもあるわ。」
と、3号の声が訓練用操縦席天井付近から響いた。 それ以上に、シロの心へも響いた。
『・・・人生を賭けても、習得出来ないんだ・・・。 これ・・・。』
シロは覆いかぶさってくるセーフティベルトの邪魔にならないように、少々両腕を上げつつも、右手で握った模造柄を見つめてしまっていた。 が、
「まあ、かっこよく使えているかはともかく、自身の武具で自身の機体を殴らないように、武具の大きさだけでも覚えてね。 それじゃあ、始めるわよ!」
3号が急かすように話しかけると、シロは慌てて頭部覆いと「面」を装着しはじめた。
シロと3号が対4号機の訓練を始めてから、3時間ほど経過した。 その間、休憩は多めに取っていたが、
「訓練は、ここまでにしましょう。 これ以上は、本番の手合いに影響が出るわね。」
と、3号が訓練を終了させようとすると、
「はぁ・・・はぁ・・・。 わかった・・・。」
乱れた呼吸を整えた後、シロも訓練終了に同意し、白い「面」と頭部覆いを外して訓練用操縦席から外に出て行く。 すると、
「はい、栄養飲料。」
と、訓練用操縦席すぐ外に立っていた3号が、良く冷えた栄養飲料の入った容器をシロに両手で差し出す。
「ふぅ・・・。 おお、ありがとよ。」
一方、シロは3号から容器を右手のみで受け取り、ゆっくりと休憩椅子に向かい腰掛け、
「後は、まあ・・・。 全力で頑張るか!」
と、シロは後ろを付いてきていた3号を見て、明るい口調で声を張って話しかけた。 が、
「違うぞ、シロ。」
片や、3号はシロを見つめるように黒い「面」を向け、否定してくる。 続けて、
「シロ、全力はだめだ。 少し力を抜け。」
そう話す3号。 気のせいか、シロには、声色や口調も、いつもの3号とは違うように聞こえる。
「・・・お、おう・・・。」
『まただ・・・。 いつもの口調と違う3号・・・。』
いつぞやにもあった、いつもの3号とは違う声色と口調の変化。 少し戸惑いながらも、返事をするシロだった。
今回の3号機対4号機手合い、開始時刻は15時。 そして手合い開始1時間前の14時、シロは自身の格納庫へとやってきた。 3号は既に操機補として準備ができているようだ。 「人」整備士達のいない格納庫内で、休憩椅子に座っている3号の「人」本体だけが見て取れる。 シロは整備台備え付けのエレベーターを使って整備台平面に上がり、内部が露になっている機体操縦席前まで来ると、
「準備はいい? シロ。」
と、操機主用服の肩スピーカーから、3号の明るい声が問いかけてくる。 その声を聞いたシロは、ふと、機体の頭部から足先までの全体を眺め、機体左前腕が今までと違うのに気付き、
「ああ。 そっちも、準備は万全だな。」
と、機嫌よく答える。 操機3号機の左前腕には、模造武具と同じ形状の「ハンドシールド」が既に取り付けられているのが見て取れた。 そして、機体から少し離れた右側には、機体の脚の長さを優に超える、長大な操機用の「ツーハンドソード」が準備されている。
「よし! それじゃあ、行きますか!」
2つの変更点を確認したシロは満足げに声を上げ、操縦席に入っていく。 操縦席内中央に立ち、振り向いて操縦席正面を向くと、操縦席扉が音も無く閉まるのと同時に、右肩をぽんぽんと優しく叩くいつもの感覚がある。 振り向かずに両腕を肩の高さまで上げると、セーフティベルトがシロの両肩、および両脇の下から胸部付近にかけて体を包み込んだ。 シロはセーフティベルトが服と絡んでいないかを確認した後、
「3号、いつもと同じで頼むよ。」
と、3号に落ち着いた口調で指示を出しつつ、操縦席床に座り込む。
「了解。 まずは、機体を立たせるわね。」
3号が冷静な口調で応答すると、機体が立ち上がるための手順が開始される。 数分程度で機体が完全に直立の姿勢になったのと同時に、整備台から少し離れた右側に置かれている『ツーハンドソード』も、柄を上部にして直立にせり上がってきた。 機体が直立になって暫し後、重々しい歩行音を響かせ、整備台からゆっくりと歩き出す操機3号機。 数歩歩いて「ツーハンドソード」がせり上がっている地点までくると、歩行を停止して、右逆手で「ツーハンドソード」の柄を握り、引き抜く。 その後は、左手のみで柄を握って持ち手を替える。 3号はそのまま操作を続け、機体を地上に出るエレベーター上までゆっくり歩かせ、左膝を床につけると、しゃがんで機体を安定させた。
斜めにせり上がって行ったエレベーターが地上面に着くと、機体は再び立ち上がり、手合い開始位置に向かって進んでいく。 シロは操縦席で前方から左右、後方と、操縦席内画面を見渡してみる。 が、4号機はまだ地上に出てきていないようだ。
天候は、分厚い雲によって日差しが遮られるほどの曇り。 だが幸い、風は無風に近く、操機戦を行うには申し分のない条件だ。
「・・・さて・・・。 だいぶ早く着いたな・・・。」
機体は10分程ゆっくりと歩き、早々に手合い開始位置へと到着してしまう。 シロは再度、何の変化もない操縦席内画面を見渡し、ぼやくように呟くと、
「そうね。 格納庫を出るの、ちょっと早すぎたわね。」
と、3号もシロの呟きに賛同するように答えた。
「・・・3号。 手合い開始まで、まだ20分以上あるし・・・、このまま座って待つよ。」
しばらくの間、闘技場周囲や4号機のエレベーター地上出入り口の方を見ていたシロだったが、何の動きも変化も無いようなので、引き続き座って待つ判断をした。 落ち着いた口調で3号に指示を出すと、
「了解。」
と、3号は優しい口調で答えてくれた。 暫し緊張から解放されたシロは、ゆっくりとセーフティベルトにもたれかかり、体を預ける。 そして「面」と一緒に模造柄を自身右脇床に置くと、目を閉じてしまう。 あたかも、瞑想しているような姿になるシロだったが、
「寝るなよ。」
と、3号が心配そうにぽつりと言った言葉が、操縦席天井付近から聞こえてくる。 すると、
「・・・わかってるよ・・・。」
目を閉じたまま、シロもぽつりと言い返した。
「シロ。 4号機、出てきたわよ。」
いかばかりかの時間が経っただろうか。 操縦席天井付近から響き渡る3号の声。
「おっ・・・うわっ!」
その声に驚いたシロは、座った姿勢から重心を崩して倒れそうになる。 が、シロ自身が操縦席床に両手をつくのと、3号が操作しているセーフティベルトに支えられ、どうにか倒れるのを免れた。
「・・・すまん。 やっぱり、うとうとしちまった・・・。」
シロは慌てて自身の右脇に置いてあった「面」と模造柄を拾い上げた後、頭部覆いと「面」を左手のみで雑に装着し、体勢を立て直してどうにか立ち上がった。 3号もセーフティベルトを使い、シロが立ち上がるのを補助してくれる。
「謝らなくても大丈夫よ。 こっちは、シロの生体データを把握しているのよ。 『寝ているな』と、わかっていたわ。 だけど、手合い前にうたた寝できるようなら、今日は大丈夫ね。」
シロはセーフティベルトが自身の体を支えていた状態から、体から僅かに離れた通常位置に移動していくのを眺めていた。 同時に、3号が皮肉っぽく話しているのも、「面」下で不機嫌そうな面持ちをしながら聞いていた。
その後、「面」と頭部覆いの装着状態に違和を感じたシロは、模造柄を右手で持ちつつ、頭部覆いと「面」を再度装着し直す。 「面」視界内映像に再度切り替わると、シロは手合い開始位置に近づいてくる4号機を、操縦席内画面でまじまじと見る。 4号機は機体右側に棒状の武具を担ぎ、左前腕には3号機と同じ、「ハンドシールド」を付けているのが見て取れる。
「・・・棒状の武具・・・。 3号、あれは『スピア』か?」
4号機が右腕側で担いでいる武具は、「スピア」のように見え、そう判断したシロ。 だが、不安に思い、3号にも確認させると、
「いえ。 あれは『ハルバード』ね。 あの柄の長さだと、両手持ちの『ハルバード』だわ。」
と、3号からの冷静な回答がくる。 一方、3号の回答を聞いたシロは、4号機が右腕側で担いでいる武具の穂先側を注視してみる。 すると、
「・・・なるほどな・・・。 武具の穂先部分から少し下の方に、何か付いてるな・・・。」
そう呟く。 暫し4号機が右腕側に担ぐ武具を眺めていたが、3号が気を利かせてくれたかのように、武具の穂先側が「面」視界内に拡大表示される。 その映像を見たシロは、「スピア」のような鋭い穂先の近くに、「アックス」のような短く分厚い刃が付いているのを確認できた。
「ゴウにも新装備がきたのか・・・。 こりゃ、想定外だな! 3号、何か助言をもらえるか?」
シロは早くも降参気味のような声を上げ、3号に縋りつこうとする。
「『ハルバード』の使い方だけど、見ての通り、形状の似た『スピア』のように、叩きつけるか、振り回してくる戦い方が考えられるわね。 最初は、『ハルバード』の間合い外に回避しつつ、隙を見つけたら間合い内側に入り、攻める好機を伺いましょ。」
と、3号は冷静な口調で助言してくれる。 その助言に対し、
「ん・・・? 『ハルバード』だと、突き攻撃もあるのでは・・・?」
と、シロは3号に対し、不思議そうに聞き返すと、
「突き攻撃は、動いている相手に対して命中させるのは難しいわ。 4号機に新しい武具が届いた時間を考えると、ゴウの『ハルバード』訓練時間はそんなに取れていないと予想できるわね。 4号機、今回の手合いでは、恐らく、振り回し攻撃が主体になるはずよ。」
と、落ち着いた口調で答えてくれる3号。 一方、シロは3号の回答を聞き、
「・・・なるほどな・・・振り回しが主体か・・・。 こっちは、距離を取って・・・。 わかった! 実行できるかどうか怪しいが、ありがとよ。 それじゃあ、同期を。」
と、暫く考えた後、3号に礼を告げ、機体との同期指示を出した。
『・・・さて。 いつものゴウなら、そろそろ通話通信がくるはずだが・・・。』
シロはセーフティベルトが服と絡んでいないか、もう一度確認した後、機体との同期を進めつつ、ゴウからの通話通信を待った。 前回、前々回の3号機対4号機の手合い開始前。 機体が闘技場の手合い開始位置への移動中、ゴウからは、明るい口調の通話通信があったのを思い出す。 だが、今回は何の通信もなく、4号機は3号機の目の前、手合い開始位置に立ってしまった。 少し遅れ、武具を所持していない5号機も、手合い開始位置から離れた待機位置に到着する。 今回の救援機であろう。
『・・・通信無し・・・か・・・。』
シロはゴウから通信が無い事に戸惑いつつも、前日の口喧嘩のような言い合いを思い出し、嫌な感覚を覚えた。 そして、
『・・・どうする・・・。 こちらから、通信を入れるか・・・。』
と、シロが自分からゴウに通話通信を入れようか迷っているうち、手合い開始時刻になってしまったようだ。 「操機戦管理」管理者が、手合いの進行を開始する。
「15時になりました。 本日の手合いを始めましょう。 対戦は、3号機対4号機。 なお、不測の事態に備え、5号機に待機をしてもらっています。」
シロは「操機戦管理」管理者の声に合わせるかのように、目の前の4号機、待機位置にいる5号機、周囲を飛行している複数の小型無人撮影機と、目線のみで順に眺めていると、
「では、構えて。」
間をおかず、再度、「操機戦管理」管理者の声が聞こえてくる。 その声に応じたように、目の前の4号機は肩幅程度に足を開く。 そして、担いでいた「ハルバード」の穂先をゆっくりと右上にし、機体正面に両手で構えた。 一方、シロはいつものようにお辞儀をした後、模造柄を力強く握り、「ツーハンドソード」を中段正面に構え、右足は一歩引いた姿勢を取った。 が、
『・・・と・・・、「少し力を抜け」・・・だった・・・か・・・。』
ふと、午前中に聞いた、3号の助言を思い出すシロ。 力強く握りしめていた模造柄の握りを若干緩める。 そして数秒置いて、
「始め!」
と、「操機戦管理」管理者が手合いの開始を告げる。 それと同時に、4号機は正面に構えていた「ハルバード」を、胸前で素早く水平に構え直す。 間髪入れず、3号機に向かって猛然と走り込み、武具の間合いに入ると、右から左に横一閃の大振り攻撃を繰り出してきた。
「下がって! シロ!」
3号から怒声が飛ぶのとほぼ同時に、シロは慌てて後方に素早く退く操作をする。
「くっ!」
退いた後の機体姿勢を辛うじて保ちつつ、シロは「面」視界内映像で4号機の「ハルバード」穂先が、3号機の数センチ手前、空を切り裂きながら通過して行くのを目の当たりにした。
「あっぶね! ・・・あいつ・・・。」
4号機の・・・ゴウの気迫を感じる本気の一振り。 もし、『機体に直撃していたら』を考えると、シロはゴウに文句を言いたかった。 だが、ゴウは容赦ないようだ。 右から左に振りぬいた「ハルバード」を、今度は上段に高々と掲げ、真上から振り下ろそうとしているのが見て取れる。
『3号の予想通り、振り回し攻撃か・・・。 後退の一手だな!』
機体を4号機に向けつつ、シロはさらにもう数歩、3号機を大きく後退させる操作をする。 そうすると、3号機のすぐ目の前に、4号機の「ハルバード」斧刃部分が轟音とともに地面に突き刺さる。 一拍置いて、地面に突き刺さった「ハルバード」を力強く引き抜き、不敵な様子を漂わせ、機体正面に構えなおす4号機。
『力を抜いている場合じゃないな! 全力で対応しないと!』
片や、一呼吸おき、武具の柄を力強く握り締め、「ツーハンドソード」を機体正面から右脇横向きに構えなおす3号機。
一方、4号機は3号機が武具の構えを変えたのを見届け終えると、再び右からの大振りを繰り出す。 そして再度、上段からの振り下ろし攻撃。 大振りだが、確実に3号機を狙っている。
「くっ・・・。 どうしちまったんだ・・・、ゴウは!? 新しい武具が・・・そんなに・・・嬉しい・・・のか!?」
操縦席で回避後退の操作ばかりしているシロは、苦しそうに叫ぶ。
結局、3号機は4号機の振り回し攻撃に対し何もできず、4号機に主導権を取られたまま、闘技場の壁を背にしないように回避後退をしつづける。 だが、大振り、振り下ろし攻撃、大振り、振り下ろし攻撃と、4号機に何度も同じ攻撃手段を繰り返されると、シロも次第に苛立ちを覚え始める。
『単調な攻撃を、何度も・・・何度も! どうにか止めないと・・・。』
「・・・なあ、3号。 あの振り下ろし攻撃・・・、『ハンドシールド』で・・・受け止められそうか?」
懸命に後退の操作をしつつ、シロが3号に問いかけると、
「止めた方がいいわね。 あれだけの速度と重量の武具を受け止めたら、『ハンドシールド』が壊れるどころか、左腕が使えなくなる可能性があるわ。」
と、冷静に答えてくれる。
「・・・そうだよな・・・。」
わかってはいたが、3号に提案を却下され、途方に暮れるシロ。 だが、
「4号機の振り回し攻撃の速度、だいぶ落ちてきているわね。」
と、不意に3号から冷静な助言がくる。 それを聞いたシロは、4号機の「ハルバード」振り回し攻撃をよくよく見てみる。 すると、確かに、手合い開始時に比べ、振りが遅くなってきているように見える。
「ならば!」
叩きつけてくる「ハルバード」を一寸手前にて躱し、地面に突き刺さった「ハルバード」の柄に向かい、「ツーハンドソード」を素早く振り下ろす3号機。 鈍い音が周囲に響き渡ると、3号機の「ツーハンドソード」は、地面に突き刺さった4号機の「ハルバード」を引き抜けないように押さえつけていた。 そのまま機体を踏み込ませつつ、「ハルバード」の柄に沿って「ツーハンドソード」を滑らせるシロ。
「このまま!」
そう叫び、狙うは4号機の頭部。 だが、その剣戟を見越していたように、4号機は左前腕の「ハンドシールド」で、3号機の「ツーハンドソード」を重々しい音を立てて受け止めた。 武具と各機体の両腕が絡み合い、力比べのようになってしまった3号機と4号機。 しばしの間、どちらも引かず、力をぶつけ合う状況になってしまう。
「はぁ・・・はぁ・・・。 くっ・・・。」
と、シロの息が荒くなり始めると、
「シロ! 一旦離れて! 体勢を立て直した方がいいわ!」
と、3号から強い口調の助言が来る。 が、
「はぁ・・・はぁ・・・。 『離れろ』って・・・言われても・・・な・・・。」
と、力比べになっているシロにとっては、4号機を突き放す糸口が見いだせないでいた。
「『ツーハンドソード』に掛けている力を少しずつ緩めて! 力を緩めれば、4号機は「ハンドシールド」で受け止めている「ツーハンドソード」を振り払おうとするはずよ。 その間に、力の釣り合いが崩れるから、一気に後退して!」
と、3号から、再度、強い口調の助言が来る。それに対し、
「はぁ・・・はぁ・・・。 わかった・・・。 やって・・・みる・・・。」
シロはそう言うと、力比べ中の苦しい体勢ながらも、「ツーハンドソード」に掛けている力を徐々に減らしていく。 さらに、4号機左前腕の「ハンドシールド」にも目を向け、操機主用服から伝わってくる両腕の圧力加減にも集中する。 そして一瞬、シロは両腕の圧力加減が緩んだように感じた。 その隙を逃さず、大きく後退する3号機。 片や、4号機は「ツーハンドソード」を受け止めていた「ハンドシールド」で3号機を殴ろうとしていたのか、左前腕を大きく外側に空振りしたような状態になり、少々体勢を崩した。 だが、4号機はすぐに体勢を整え、再び「ハルバード」を機体正面に構えるも、後退した3号機を追わず、立ち尽くしてしまっていた。 一方のシロも、大きく後退した後、再度「ツーハンドソード」を右脇横向きに構えたまま、乱れた息を整えなおす。 そのため、攻めに転じることが出来ず、動けなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・。 ゴウ・・・。 さすがに・・・息切れか・・・?」
と、乱れた息を整えながら、「面」下でわずかに微笑み、ゴウに対して問いかけるかのように呟くシロ。
そこから暫しの睨み合いが続く。 が、シロの呼吸が落ち着くより早く、ゴウの呼吸は落ち着いたのであろうか。 またも4号機は3号機に向かい、大きく踏み込んでくる。 そして武具の間合いに入ると、再度、「ハルバード」を右から左に振り抜く大振り攻撃を繰り出してきた。
「はぁ・・・。 はぁ・・・。 くっ、また大振りかよ!」
と、シロはゴウに対して届かない文句を言う。 ただ、4号機は先ほどと違い、武具を右から左、左から右への振り回しのみに切り替えたようだ。 またも闘技場の壁を背にしないように、後方に退きつつ、4号機の攻撃を躱す3号機。
『後ろに退いた時の機体重心制御・・・。 足を下ろす位置・・・。 3号が補助してくれているから、どうにか機体の姿勢を崩さず、4号機の攻撃を躱し続けられている。 だが・・・。』
と、シロは回避ばかりでは埒が明かないのを感じてきていた。
「はぁ・・・はぁ・・・。 3号! こうなったら、一か八か、ゴウの・・・4号機の攻撃を止めてみる!」
シロは再び呼吸が苦しくなる中で決断し、そう叫ぶと、
「わかったわ! けど、こちらの機体に、『ハルバード』斧刃部分や、槍状の穂先部分が当たらないように止めてね!」
と、3号も強い口調でシロに助言する。 シロは右脇横向きに構えていた「ツーハンドソード」左右の握りを素早く逆手に変え、3号機左側から来る「ハルバード」の柄部分に対し、狙いすました一撃を放つ。 重苦しい音が闘技場内に響くと、3号機の「ツーハンドソード」が4号機の「ハルバード」柄を捉え、振り回し攻撃を止めたのだった。 シロは4号機の振り回し攻撃を止めた勢いを保ったまま、
「どう・・・だっ!」
と、大声で叫びながら、4号機に向かって一気に詰め寄る。 一方の4号機は、「ハルバード」を持つ両腕を目一杯伸ばし、3号機の接近を懸命に防いでいる。 またも力比べの状況になりそうだったが、あまり時間をおかず、今回は3号機が4号機によって、徐々に押され始める。
「はぁ・・・はぁ・・・。 くっ・・・右手の向きが・・・良くないのか・・・。 押し負けて・・・。」
シロは「ツーハンドソード」の柄に目一杯の力を込めていた。 だが、次第に4号機から押され始め、弱音を吐いてしまう。 今の状況での力比べは、4号機に分があるようだ。
「なあ、・・・3号。 この状況で・・・押し返せないのは・・・俺とゴウの筋力差も・・・関係してるんだよな・・・?」
と、シロは力比べ中の苦しい体勢にもかかわらず、もがくように3号に話しかけると、
「そうね。 操機である程度の身体能力の差を打ち消しているけど、完全に身体能力の差がなくなるわけじゃないからね。」
と、3号は冷静に答えてくれた。 その間も、3歩、4歩と、4号機に押し込まれてしまう3号機。
『・・・ゴウは・・・何がしたいんだ・・・。』
シロはふと、『ゴウが、どうして3号機を押している』のかを考えたが、4号機の押し込みに耐えるのが精一杯で、深く考えを巡らせることが出来なかった。 その間にもじわじわと押し込まれ、後退する一方の3号機。
「シロ! まずいわ! 後ろに5号機!」
と、突然、3号が声を荒げて叫んだ。
「なにっ!」
シロは4号機の攻撃を躱すのと、押し込まれているのに気を取られ、いつの間にか、後ろに5号機がいる位置へ動かされてしまったことに気付いていなかった。 咄嗟に後方を見てしまうのと同時に、「ツーハンドソード」の柄に込めていた力が一瞬ゆるんでしまう。 一方の4号機はその瞬間を逃さず、じわじわと押していたのをやめ、体勢を少し低くすると、猛然と押し込んできた。
「しまっ・・・」
シロは言葉になっていない声を出す。 だが機体両足の踵は滑ってしまい、下半身の踏ん張りだけでは4号機の押し込みを止められなくなってしまっていた。 90メートル~100メートルほど、ずるずると押し込まれてしまう3号機。
「3号! 5号機を移動させ・・・」
咄嗟に大声で3号に指示を出そうとしたシロだったが、4号機の動きの方が速かった。 4号機は両手を自分の機体側に一瞬引き寄せた後、思い切り伸ばし、「ハルバード」を使って3号機を力強く突き飛ばした。 3号機の機体両足踵が少しだけ闘技場地面から浮くと、棒立ちだった5号機に対して、背中から激突してしまう。 3号機は複雑な轟音と共に、5号機を巻き込みながら闘技場地面に倒れこんでいく。 結果、5号機は仰向けに転倒し、3号機は5号機の左胴部に寄りかかるように、闘技場地面に倒れこんでしまっていた。
「・・・いてて・・・。」
操機が倒れた衝撃は、さすがに操縦席内の操機主にも影響が出る。 シロはセーフティベルトによって、両肩から両脇の下を強めに圧迫された痛みに襲われたまま立たされていた。
「シロ! 無事!?」
と、3号の切羽詰まった声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「・・・ああ・・・。 なんとか・・・。」
と、弱々しい口調で答えるシロ。 操機主用服は機体との同期状態から、負荷圧が無く、機体との同期が外れた状態になっているので、両肩や両脇以外に痛みなどは感じない。 操縦席は振動吸収機構で吸収しきれなかった少々の揺れに襲われたが、地面との水平は保たれていた。
一拍置いて、シロは機体が倒れた拍子に閉じてしまった目をゆっくり開く。 すると「面」を通して見える操縦席内正面画面には、恐ろしい光景が映し出されていた。 間近に立つ4号機は、「ハルバード」の柄尻側を右手のみで握り、高々と上空に振り上げ、シロに・・・3号機に向かって振り下ろそうとしている映像が映し出されていた。
『この武具の振り上げ方・・・、「とどめ」じゃない! 攻撃される!』
4号機が高々と振り上げている武具を見たシロは、咄嗟に感づき、一気に血の気が引く。
「やめろ!・・・」
シロがそう叫ぶも、無慈悲に振り下ろされてしまう4号機の「ハルバード」。 シロは咄嗟に両手で自身の頭部を守ろうとする。 再度、操縦席は振動吸収機構で吸収しきれなかった少々の揺れに襲われ、同時にシロも再び目を閉じ、しゃがみ込んでしまった。 一拍置いて、
「5号!」
3号の驚きの声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくると、シロは目を開け、急いで周囲を見渡す。 すると、シロの「面」を通して見える操縦席内画面には、『「ハルバード」の斧刃部分が、胸部に突き刺さってしまっている5号機』の映像が映し出されていた。
「・・・ゴウ! 何してるんだ!」
再び一拍置いて、5号機が4号機から攻撃された状況だけは認識できたシロ。 操縦席で怒声を上げて叫んだ後、続けて、
「3号! 機体を立たせろ! 早く!」
と、3号にも荒い口調のまま指示を出す。 一方、シロに言われるより早く、機体を立たせようとしていた3号。 機体を素早く立ち上がらせると、手放してしまった「ツーハンドソード」を右手で拾い上げ、4号機から大きく間合いを取った。 操縦席ではシロも立ち上がると、手放さなかった模造柄を両手で握り直し、右脇横向きの構えを取る。 ほぼ同時に、3号機も「ツーハンドソード」を右脇横向きに構えた。
「同期したわよ!」
3号から早口の応答を聞きつつ、服に負荷圧が戻り、「面」視界も操機目線に戻ったのを確認したシロ。 セーフティベルトも通常位置に戻り、両肩から両脇付近の圧迫感から解放された。
片や、3号機が立ち上がるのを待っていたかのように、4号機は5号機胸部に突き刺さっていた「ハルバード」を、右手のみで力強く引き抜く。 そして、引き抜いた「ハルバード」の穂先を、不敵に3号機へ向ける4号機。
「はぁ・・・はぁ・・・。 3号! いったいどうなっているんだ!? なんで5号機が攻撃されている!?」
シロはまだ一部混乱し、『なぜ5号機が攻撃されたのか』を呑み込めていない。 4号機の動きを警戒しつつも、荒い口調で3号に問いかける。 すると、
「私たちの機体は、5号機の左胴部に寄りかかるように座り込んでいたわ。 その後、4号機は私たちの機体に向かって武具を振り下ろしてきたの。 その時、5号機が私たちの機体を払いのけたのか、かばったのか、5号機が私たちの機体を突き飛ばしたのよ。」
3号が困惑したように告げると同時に、シロの「面」視界内左上一部には、5号機が3号機を突き飛ばした時の映像が再生され始める。 上空の撮影機から撮った、録画映像のようだ。 5号機は3号機を左腕で突き飛ばした後、その場から動かなかった為、4号機の「ハルバード」振り下ろし攻撃を機体胸部に受けてしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・わかった・・・。」
シロは呼吸を整えた後、静かな声で答えた。 その声に反応したように、「面」視界内左上で再生されていた映像は消える。 しかし、『わかった』とは言ったものの、まだ状況をよく理解できていないシロ。 だが、
『今は・・・、目の前の・・・4号機に集中しないと・・・。』
と、目の前の4号機を睨みつけ、「ツーハンドソード」の柄からゆっくりと左手を外す。 そして「ツーハンドソード」を右脇横向きに構えたままだが、左前腕の「ハンドシールド」を僅かに胸前へ掲げ、手合い再開の意思を表す3号機。 一方の4号機は、「ハルバード」の穂先を3号機に向けたまま、微動だにしない。 3号機が左手を「ツーハンドソード」の柄に戻すと、闘技場内は時が止まったようになる。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 どちらが先に動いたか判別がつかないほど、3号機、4号機とも、同時に相手の機体めがけて走り込む。 3号機は「ツーハンドソード」を右脇横向きに構えたまま突進。 4号機は「ハルバード」の穂先を3号機に向け、左手を前に、右手を後ろの両手持ちにして突進してくる。
『・・・左腕が使えなくなる・・・』
4号機が「ハルバード」を真っ直ぐ構えて突進してくる姿を見たシロは、唐突に3号の言っていたことを思い出す。 すると、
『・・・なら!』
シロは急制動をかけ、突進中の機体を停止させると、「ツーハンドソード」の柄から左手を外す。 そして、「ハルバード」の穂先に対して「ハンドシールド」を掲げ、機体本体は僅かに右へ避けた。 一方で、「ツーハンドソード」は突進してくる4号機に対し、右手のみの突き攻撃で応じる。
「・・・!」
言葉にならない声を上げ、狙うは4号機の首部喉元付近。 激しく激突する両機。 複雑に響く轟音。
「それまで。」
闘技場に響き渡った音が静まり返った後、一拍置いて、「操機戦管理」管理者が手合いを止めた。
4号機は、3号機の「ツーハンドソード」が首元に突き刺さってしまっていた。
3号機は、4号機の「ハルバード」を左前腕の「ハンドシールド」で受け止めたため、「ハルバード」穂先に、ちぎれ飛んだ3号機の左腕がぶら下がってしまっている。
そして、胸部を破壊され、仰向けに倒れたまま、微動だにしない5号機。
壮絶な光景が、闘技場内にあった。
ふと気が付いて目を開くと、シロは見慣れた天井を見上げていた。 どうやら、自室の寝具で寝ているようだ。 何が起きたか分からず、頭が混乱している。
周囲をゆっくり見渡してみると、「面」と頭部覆いを外したアムが左側のすぐ近くに座り、心配そうな表情でシロ自身を見つめていた。
「シロ。 大丈夫ですか?」
と、目覚めたシロを気遣うように話しかけるアム。
「・・・ああ・・・。 ・・・なあ、アム。 『面』を付けてなきゃ・・・だめだろ・・・。」
と、アムから視線を外し、覇気の無い声でシロは答えた。 片や、シロに指示された通り、寂しそうな表情をうかべつつ、「面」を背中の頭部覆い内から取り出した後、頭部覆い上部側から装着し始めようとするアムだったが、
「・・・え~と・・・。 アム、やっぱり・・・『面』と頭部覆いは外してていいよ。 ここ、俺の部屋だろ・・・。」
シロは寝ている姿勢を左向きに変えつつ、床にでも話しかけるかのようにアムに話しかける。 すると、アムは装着しようとしていた頭部覆い上部を背中に戻し、「面」も背中側の頭部覆い内に戻した。
「・・・アム・・・。 ・・・何が・・・どうなった・・・?」
一拍置いて、寝具の上で仰向け寝の姿勢に戻ったシロがアムに問いかけると、
「手合い終了時、シロは操縦席内で、過換気による失神状態に陥りました。 3号が処置を施し、現在は自室にて、安静にしていただいているところです。」
相変わらず、アムは心配そうな表情と口調でシロを見つめながら話す。 一方、シロは徐々に事の経緯を思い出してきた。
『たしか・・・。 4号機と相打ちのような状態になり、手合い終了の声を聞き、そこから意識が遠のいて・・・。』
と、天井を見上げながら、思い出せる範囲の記憶を辿っていた。 暫し後、
「・・・そうか・・・。 なあ、アム。 今、何時だ・・・?」
シロは自分の部屋の照明や壁の映像が、夜を表しているのに気が付いていた。 だが、正確な時間はわからなかったため、ゆっくりした口調でアムに問いかけると、
「今は、21時3分ですね。」
と、アムが優しい声で時を告げる。 続けて、
「今日は、このまま安静にしていてくださいね。 何か軽めの食事でも取りますか? それとも、栄養満点の湿布栄養剤にしますか?」
と、優しい口調と表情で話すアム。 が、『湿布栄養剤~』の部分には、アムがシロに対し、明らかに皮肉を込めた口調で話しているのが感じられた。
「・・・湿布は・・・勘弁してくれ・・・。 そうだな・・・。 なにか・・・暖かいものを・・・。」
と、弱々しく湿布栄養剤を否定するシロ。 シロ自身、皮膚吸収の食事は大嫌いであった。
「では、野菜を刻んだスープにしましょう。 すぐに準備しますので、待っていてくださいね。」
アムはシロが見ていないにもかかわらず、優しい声で告げた後、微笑みながら椅子から立ち上がる。 そして、頭部覆いと「面」を付けつつ部屋を後にした。
一方、立ち去って行くアムを横目で見送ったシロは、部屋に一人きりとなる。 暫し呆然とするも、やはり4号機との手合い結果が気になってしょうがない。
『3号を・・・呼ぶか・・・。 手合いの詳細を聞きたいし・・・。』
などと考えると、シロは仰向けに寝たまま、襟のマイクを使おうと、右腕を動かす。 だが、
『・・・安静にしていてくださいね。』
ふと、アムの優しい声が、再度、シロの脳裏に響く。
『・・・アムに・・・心配させてもな・・・。 明日にするか・・・。』
そう思ったシロは、襟のマイクから右手を放し、ゆっくり目を閉じる。 あまり間を置かず、浅い眠りに引き込まれるのだった。
「・・・シロ・・・ ・・・どうして・・・」
呼ばれている? 女性の声? うつろな意識でシロは辺りを見渡す。
『・・・後ろだ。 真後ろから・・・声が聞こえる・・・。』
シロは声が聞こえてくる方向に振り向く。 すると、見て取れたのは、黒い服、華奢な体型の後姿。 「人」のようだ。 首をうなだれて両膝を同じ方向に曲げ、横座りのように座っている。
「・・・シロ・・・ ・・・どうして・・・」
どうやらこの悲しげな声は、座っている「人」が発しているようだ。
「え~と・・・。 どなたでしょう・・・?」
シロは座っている「人」の正面にゆっくりと回り込んだ。 しゃがみこみ、座っている「人」の顔を覗き込むと、白い「面」を付けているのが見え、シロは一瞬どきりとする。 一拍置いて、
「・・・17号・・・かな・・・?」
と、シロは座っている「人」にしゃがんだ姿勢のまま尋ねた。
「・・・シロ・・・ ・・・どうして・・・」
一方、座っている「人」から反応は無く、悲しげな口調で同じ言葉を何度か繰り返した後、白い「面」は誰にも触れられることなく外れ、ゆっくりと床に落ちて転がっていく。 その後、「人」は右手で頭部覆い下部をゆっくりと外し始める。 やがて、頭部覆い上部も外しきり、
「・・・どうして・・・助けてくれなかったの・・・」
力なく、悲しげにそう告げると、うなだれていた頭を僅かに上げ、「人」の顔が露わになる。 整った「人」特有の女性の顔。 前髪の隙間からシロを見つめる、うつろな瞳。 そして真っ黒でまっすぐな髪の毛が、床に溢れるように接する。
『・・・17号・・・だよな・・・。』
シロには頭部覆いを外した「人」が、かつて一度だけ見た、「人」操機主17号の素顔のように見て取れた。
が、間を置かず、「人」の頭部から赤いものが顔に流れてきた。 血だ。 更によく見てみると、左腕も肩から切断されたように無くなっている。 左腕の切断箇所からも流れている鮮血。 やがて座り込んでいた「人」は、泣き出しそうな血まみれの顔でシロをみつめながら、シロの顔に血まみれの右手を力なく伸ばしてくる。
「・・・う・・・うわっー!」
そんな光景を見たシロは、恐怖を感じ、血の気が引いて叫び声を上げてしまう。
そして、血まみれの「人」の右手がシロの顔に触れそうになった瞬間、シロは意識がはっきりして起き上がった。 部屋の寝具で寝ていて、夢を見ていたようだ。 部屋や操機主用服の空調機能が追いつかないほど汗をかいているし、呼吸も荒く、頭痛もする。 あまり間を置かず、「面」を付けたアムが慌てた様子で部屋に入ってきて、
「シロ! 大丈夫ですか!?」
と、心配そうに尋ねながらシロに近づき、半身を起こしていたシロの背中を右手で支えてくれた。
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・ああ・・。 ちょっと・・・へんな・・・夢を・・・みて・・・。」
翌日。 朝食中も、昨晩の夢が頭の中で鮮明に繰り返され、シロは食べている食事の味がわかりづらくなっていた。
『・・・なぜ・・・夢の中の「人」を、17号だと思ったのだろうか・・・。』
シロが昨晩の夢で、もっとも気になっている部分だった。
『・・・昨日、手合いの救援に来ていた5号機には17号が搭乗していて、なにかあったか・・・。 いやいや、ただの夢だよな・・・。 それにしても・・・あの「人」の顔・・・17号だった・・・か・・・?』
そんなことを考えながら、朝食を味わわず、掻っ込むように食べるシロ。 昨晩は頭痛が酷かったため、夕食やアムが作ってくれたスープを食べなかった。 なので、腹は減っている。 くわえて、今日中に確かめたい用件も頭の中で考えていた。 そのため早食いになり、更に食事の味をわかりづらくしてしまう。
「シロ。 もう少し、ゆっくり食べないと・・・」
シロが食事を始めてしばらく後、いつもの食べ方と異なる早食いが気になったかのように、アムが小言を言い始める。 が、話し始めたのも束の間、
「ごほっ・・・ごふ・・・。」
と、シロは食事を喉に詰まらせ、咳き込んでしまう。
「ほら、やっぱり。 大丈夫ですか、シロ。」
と、アムは小走りでシロに近づき、背中を優しくさすってくれる。
「・・・げほ・・・。 ・・・ああ・・・。 ありがとう、アム・・・。」
朝9時。 食事を取れば体調も良くなるかなと思っていたシロだったが、さすがに昨日の手合いでの疲れが取れていないようだ。 全身の筋肉が張っているし、体もだるい。 加えて、頭痛も少し残っているように感じる。 だが、気を取り直し、
『あまり歩き回りたくないし・・・。 まずは3号と、昨日の手合い反省会・・・だな・・・。』
と、朝食中に考えた今日の予定を、頭の中で再確認した。 さっそく、襟のマイクを使い、
「3号。 今から訓練室で、昨日の手合い反省会を出来るかな?」
と、話しかけた。 すると、
「わかったわ。 訓練室で待ってる。」
と、3号は素っ気ない返事であっさり通信を切ってしまった。 一方、通信を切られたシロは、
『・・・3号・・・。 俺のこと、あまり心配していないのだろうか? それとも、服の生体データ監視機能を使い、体調のことを知っていて、あんな風に言っているのだろうか・・・?』
そんな寂しさと疑問が頭をよぎりつつ、お茶の最後一口を飲み終え、食事部屋の席から立ち上がって訓練室へと向かった。
訓練室の扉が自動で開き、中に入って行くシロ。 すると訓練室中央、3号はいつもの出迎え位置で、「面」と頭部覆いを付けて待ち構えるように立っていた。
「よお! おはよう!」
シロは無理をして、覇気のある口調で挨拶する。 さらに、作り笑顔で右手を力強く顔の高さまで上げ、3号に向かい手を振った。 すると、
「おはよう。 体調、良くないでしょ。 休んでいた方がいいんじゃないの?」
と、3号はシロに近づきながら、呆れたような口調で返事をしてくる。
「・・・知っていたのか・・・。」
返事を聞いたシロの顔からは笑顔が消え、不貞腐れた顔と口調になり、立ち止まって3号が近づいてくるのを待っている。
「知っているも何も、その服を着て、この区画内にいれば、シロの体調は赤裸々だからね。 でも、安心して。 私の権限だと、シロの個人部屋は感知対象外だから。」
片や、3号はシロに近づきつつ見上げ、いつもの冷やかす時の口調で話しかける。
「わかったから・・・。」
そんな3号の返事を聞いたシロは、呆れた口調から一転、
「なあ・・・。 反省会の前に、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・。」
と、真面目な口調に切り替わる。 顔も神妙な面持ちになった。
「なに? 聞きたいことって?」
一方、3号はシロの変化を気にもせず、平然と聞き直して来る。
「その・・・。 17号って・・・、『人』・・・つまり、機械だよな・・・?」
シロは直前まで聞き方を悩んでいたためか、3号への質問がたどたどしい聞き方になってしまっていた。
「機械って、酷い言い方ね。 『人間ではない』と、言うべきね。」
と、両手を腰に当て、機嫌を損ねたような口調で答える3号。
「ああ、そういう・・・酷い言い方をするつもりじゃなかったんだ・・・。 すまん。」
片や、不機嫌そうな3号を見たシロは、申し訳なさそうに謝ると、3号を通り越して訓練室の奥に向かい、休憩椅子に腰掛けた。
『夢はやっぱり夢だよな・・・。 「人」が血を流すなんて・・・。』
そう思いつつ、シロは3号から視線を外し、照れ隠しのように右手で頭をかいて誤魔化そうとしている。
「それで、17号がどうかしたの?」
シロを追いかけてきた3号は、休憩椅子に座ったシロの前に立つと、不思議そうな口調で問いかけてきた。
「ん? ああ・・・。 そういえば、昨日、17号と酷い目にあったよな。」
と、シロは気になっていた案件の一つを3号に聞こうと、昨日の手合いについて話し出す。
「5号機と交錯した件?」
と、シロの話に対して、詳細を聞き直してくる3号。
「そうそう・・・。 17号も、3号機が迫ってくるのが見えてるのだから、避ければいいのに・・・」
と、訓練室内中空をながめ、呆れた口調で話していたシロに対し、
「5号機を操っていたのが17号だったかは、わからないわよ。」
と、3号はシロの話を遮るように答えた。
「・・・って、何だって!?」
一方のシロは、3号の放った言葉に混乱し、目の前に立つ3号を呆然と見つめてしまう。
「救援用に待機していた5号機のことでしょ。 救援用なら、操機主は搭乗していないでしょうね。 まあ、実際は私たち操機補にも、昨日、5号機がどんな状態で救援に来ていたか、わからないけどね。」
3号は冷静な口調で平然と答え、シロはますます混乱する。 だが、シロは数呼吸置き、冷静になり、
「・・・なあ。 3号は、他の操機補や17号とかとの繋がりって、本当に無いのか?」
シロは何度か同じような質問をしているのを承知で、3号に再度問いただす。
「シロが思っているほど、私たち操機補同士は繋がっていないし、情報共有もしていないのよ。 手合いや訓練の結果情報を『操機戦管理』に送ってはいるけど、『操機戦管理』からの情報はほとんどないわ。 『操機戦管理』から私が得られる情報は、操機主であるシロも閲覧できる程度の情報くらいしかないわね。」
と、冷静に話す3号。 シロは以前に聞いた回答を復唱されているように感じた。 しかし、3号の話から、『操機戦管理』と聞き、
「・・・なら、『操機戦管理』に、直接聞いてみるか・・・。 昨日の手合いの件で、聞きたいこともあるし!」
シロは踏ん切りを付けたように告げると、座ったまま、背中から白い「面」を取り出した後、頭部覆いと「面」を装着する。 そして、
「『操機戦管理』を出してくれ。」
と、頭部覆い内のマイクを使い、「操機戦管理」を呼び出した。 程なく、黒い服と黒い「面」を付け、「人」の姿をした人物の立ち姿映像が、シロの「面」視界内に映し出される。
「これは、シロ。 どうしました?」
「面」視界内で数メートル先に現れた「人」は、中年男性のような声で、シロに対して穏やかに話しかけてきた。
「昨日の3号機対4号機の手合いで発生した事象について、いくつか質問をしたい。」
と、いつになく気を張って話し始めるシロ。 体調不良が嘘のようである。
「どうぞ。」
一方、立ち姿だった「人」はシロに向かって右手を差し出し、物腰穏やかに答える。
「まず、3号機と5号機の交錯について。 3号機との接触が予測できた時点で、なぜ5号機を退避させなかった?」
と、シロは気を張った口調を変えずに質問する。
「3号機と5号機の交錯については、こちら、『操機戦管理』の落ち度です。 申し訳ありません。 今後は『救援機待機位置の見直し』や、『手合い中の操機が特定範囲内に侵入した時点で、救援機は範囲外に移動する』等、対策を講じます。 対策について詳細が決まりましたら、改めて操機主各人に連絡します。 よろしいですか?」
と、立ち姿に戻り、淡々と答える「操機戦管理」の「人」。 謝罪を口にしてはいるが、シロにとっては誠意のある謝罪を感じ取れなかった。 しかし、
『・・・対策を取るというなら・・・。』
と、「操機戦管理」の対策には納得し、一拍置いて、
「・・・わかった。 次。 4号機の攻撃が、転倒中の5号機に当たった件。 4号機の攻撃が5号機に当たるとわかった時点で、4号機の稼働を止めるべきだったのではないか?」
と、次の質問に移った。 が、焦っていたわけでも興奮してきたわけでもないが、シロの口調は少々早口になってしまう。
「あの時点で4号機の稼働を止めた場合、3号機が一方的に有利な状況になるため、4号機を停止させませんでした。 今後は、先ほどお話しした対策を取りますので、このような事態は今回限りだと判断します。 よろしいですか?」
再度、淡々と答える「操機戦管理」の「人」。
『・・・4号機の稼働停止に関しては、これ以上問い詰めても無意味か・・・。』
と、『4号機停止の件』をそう判断したシロ。 再び一拍置いて、
「・・・わかった。 では、次! 昨日、救援で来ていた5号機に、17号は操機主として搭乗していたのか!?」
と、次の質問に移り、今度は強い口調で「操機戦管理」に問いかけた。
「その件については、回答できません。」
と、またも淡々と答える「操機戦管理」の「人」。 片や、質問があしらわれてしまったシロは、納得がいかない。 そのため、
「なぜ!?」
と、「操機戦管理」の「人」に食い下がった。 だが、
「救援機の詳細情報は、手合いを行う各操機主に、『必要な情報ではない』と判断しているからです。 よろしいですか?」
『く・・・。』
「操機戦管理」に、『各操機主に、必要な情報ではない』と言われてしまうと、シロは反論が思いつかない。 座っている膝の上で、悔しそうに右手を強く握りしめた後、
「・・・では、最後。 最近、操機の大きな損傷が目立つが、操機主・・・つまり、人間の安全は確保できているのか?」
最後は冷静になり、ゆっくり落ち着いた口調で問いかけるシロ。
「操機は、事前に集めた情報を元に設計されています。 さらに、不具合や強度の見直しも、随時実施しています。 よろしいですか?」
シロはこの質問に対し、「操機戦管理」の「人」が自信満々に答えているかのように感じ取れた。
「・・・わかった。 質問は以上です。 ありがとう。」
シロは「操機戦管理」の「人」に礼を言うと、軽くお辞儀をするように頭を下げた。
「では。」
「操機戦管理」の「人」も穏やかに挨拶をし、シロの「面」視界内から姿を消した。
「面」と頭部覆いを外したシロが周囲を見渡すと、いつの間にか、すぐ左隣りの休憩椅子に3号が座っていた。 シロは3号の膝上に白い「面」をゆっくり置いた後、深くため息をつき、
『・・・はぁ・・・。 5号機の件・・・。 納得できる回答では・・・なかったな・・・。』
などと考え込んでしまう。 暫し後、気を張っていた状態から解放されたシロは、疲労感が一気に襲ってくる。 徐に、左隣に座っている3号の黒い「面」を見ながら、
「・・・なあ、3号。 昨日の手合い反省会、午後からでもいいかな? なんだか・・・疲れが増してきたよ・・・。」
「操機戦管理」と話していた時とは打って変わり、シロは力無い口調と表情で話す。 その後はうなだれてがっくりと肩を落とし、床と睨めっこになってしまった。
「りょうかい。」
と、3号は右手をそっとシロの左肩に置き、ゆっくりと優しい口調で了承してくれた。
訓練室から引き揚げたシロは、午前中、自室の寝具で休息することにした。 そのためか、昼前近くに起きると、筋肉の張りも幾分和らぎ、残っていた少々の頭痛も解消したように感じる。
昼食。 シロは自分の食事部屋で昼食をとり終えると、気分もすっかりよくなり、体も軽くなったように感じる。 そのため、
『体の調子も良くなったようだし・・・。 先に、各格納庫に行っておくか・・・。』
と、食後のお茶を飲みながら、今日中に確認したい用件の順番を思い出していた。
『3号には申し訳ないが、手合い反省会前に、ゴウとレイと17号に会って、色々確かめたいことを・・・。 ゴウとは昨日の手合いの件だから、話が長くなりそうだな・・・。 レイは・・・。 まあ、会えればお見舞いか・・・。 17号は、お顔を拝見させてもらえるかどうか・・・。』
と、シロは椅子に座りながら中空を見つめ、考えを巡らす。
『・・・まずは、17号からかな。 で、レイ、ゴウの順番でと・・・。』
考えがまとまると、シロは席を立ち、
「アム、ごちそうさま。」
と、アムに声を掛けつつ食事部屋を後にした。
各区画連絡通路を暫く歩き、まずは5号機区画にやって来たシロ。 角を曲がり、5号機区画への出入り口が少し先に見えてくると、予想通り、背の高い人影が区画出入り口内側で待ち受けているように見える。 黒い服、黒い「面」、高い身長。 操機補5号だ。
「やあ、5号。」
5号が声を掛けてくるより早く、シロは5号に対して右手を軽く振り、挨拶をしながら近づいて行く。
「シロ。 なにか御用ですか?」
5号の3メートルほど手前で立ち止まったシロに対し、5号は区画内奥に進む進路を塞ぐように立ち、シロに冷静な口調で話しかけてくる。
「あ~・・・。 17号に会えないかな?」
大きな体の5号を睨むように見上げ、シロは単刀直入に切り出す。 すると、
「17号は、現在、調整作業中です。 代わりに、私がご用件を伺いますが?」
と、微動だにせず、淡々と答える5号。 一方、5号の回答を聞いたシロは、
『この時間に・・・調整・・・ね・・・。』
などと、復唱気味に考えてしまう。 だがシロは、「人」である5号が嘘を言っているとは思わなかった。 睨み気味だった顔に作り笑いを浮かべつつ、
「そうか・・・。 17号に会いたかったんだが・・・調整作業中か・・・。 それじゃあ、また来るよ・・・。」
と、残念そうに告げると、回れ右をして5号機の区画出入り口から立ち去ろうと歩き出す。 が、突然、
「・・・そうだ! 5号! 昨日の手合い時、ぶつかって悪かったな!」
5~6歩離れた場所から振り向き、シロは5号に向かって再び話しかけると、
「いえ。 シロが謝ることではないかと。」
と、相変わらず微動だにせず、冷静に答える5号。
「そういえば、昨日の救援時、17号って操縦席にいたのかい?」
シロは唐突に、右拳で自身のみぞおち辺りを軽く叩きながら5号に質問すると、
「その件については、回答できません。」
と、午前中に聞いたような台詞を、再び聞くこととなってしまった。
「あはは・・・。 ・・・だよな・・・。」
シロは再度、自分のみぞおち付近を2、3回軽く叩き、更にひきつった作り笑いをした。 その後、見送りをしているかのように立っている5号に、腰の高さで右手を数回振り、作り笑顔で5号機区画出入り口を立ち去って行く。
『・・・ああ・・・。 疲れが・・・ぶり返しそうだ・・・。』
5号に背を向けたシロは、作り笑顔から一転、疲れた顔に戻ってしまう。 そして、5号機区画から各区画連絡通路を介し、今度は2号機区画に向かって歩いて行った。
角を曲がり、2号機区画への出入り口が少し先に見えてくると、この区画出入り口内側にも、黒い服に黒い「面」を付け、がっしりとした体格の「人」が立っている。 レイ専属の「人」、バースであろう。
「やあ、バース。」
5号の時と同じ、シロは少し離れた場所から右手を軽く振り、にこやかに挨拶をしつつ近づいて行く。
「シロ。 なにか御用ですか?」
バースも会釈で応対しつつ、2号機区画出入り口内側で、シロの進路を塞ぐように立っている。
「ああ。 レイのお見舞いに来たんだが、会えるかな?」
シロは心配そうな口調でそう言いつつ、バースの3メートルほど手前で立ち止まった。
「申し訳ありません。 レイはまだ体調が優れず、お会いするのは控えて頂きたいのですが。」
と、今回も、丁重なお断りを受けてしまうシロ。 だが、
『確か・・・明日は・・・、2号機対5号機の手合い日だったよな・・・。』
ふと、そんなことを思い出し、
「レイは、明日の5号機との手合いに出られそうなのか?」
再度、心配しているように、バースに尋ねる。 しかし、
「その件については、回答できません。」
またもや、「人」からお決まりの回答を返されてしまうシロ。 顔も引きつり笑いになってしまう。
「あはは・・・。 それじゃあ、レイに、『お大事に』と伝えてくれ・・・。」
シロは引きつった笑顔のまま無感情に告げ、腰の高さで右手を数回振ると、ここでも区画出入り口外側で回れ右をすることとなってしまう。 そしてゆっくりした足取りで2号機区画出入り口から立ち去り、最後の目的地である4号機区画に向かった。
『さて・・・。 ゴウには、聞きたいことが山ほど・・・。』
険しい表情で歩きながら、シロは考えを巡らす。 昨日の手合いで、『3号機を5号機にぶつけた』件、『倒れた機体への容赦ない攻撃』。 シロは、自分なりにゴウの行動を理解しようとした。 だが、ゴウの行動は、いずれもシロの考え及ぶ範疇に収まらず、結局、
『・・・なぜ、あんな行動を取ったのか・・・。 本人に聞くしかない。』
という結論になり、4号機区画にやってきた。
角を曲がり、4号機区画への出入り口が少し先に見えてくると、4号機区画出入り口内側にも、先ほどから見慣れた光景があった。 黒い服、黒い「面」を付けた、華奢な体型の「人」が出迎えのように立っている。 恐らく、ゴウ専属の「人」、ミリアであろう。 シロは、ゴウの専属「人」であるミリアには、何度か会ったことがあった。 なので、
「やあ、ミリア。」
3度目も同じような距離で離れた場所から右手を軽く振り、気さくに挨拶をしながら近づいて行く。
「シロ。 なにか御用でしょうか?」
一方、お辞儀をしてシロの挨拶に明るい口調で答えるミリア。 すると、シロはミリアのすぐ手前で立ち止まり、
「ゴウに会いに来たんだ! 取り次いでもらえないか!」
昨日の手合いでの件もあるためか、シロの口調は一転して少々荒くなってしまう。 両手を腰に当て、ミリアに言葉を投げかけた。
「申し訳ありません。 ゴウは、昨日の手合い後から体調が良くありません。 御用でしたら、私が伺いますが。」
シロから強めの口調で迫られたためか、ミリアは少々怯えたような構えを取るも、直ぐに姿勢を整えて回答する。
『・・・これは・・・。 あからさまに・・・会うのを拒否されているのか・・・。』
一方、シロは考えを巡らせ、暫しミリアの黒い「面」を凝視する。 さらに、暫し後、
「・・・ゴウと直接話がしたいんだ! 部屋に行かせてもらうよ!」
踏ん切りを付けたシロは険しい表情になり、強い口調で告げると、ミリアの脇を早歩きですり抜け、勝手に区画奥に進んで行ってしまう。
「ああ、だめです! シロ!」
ミリアは脇をすり抜けたシロを小走りで追いかけ追い越すと、再びシロの前に立ちはだかった。 片や、進路を遮られてしまったシロ。 だが、シロも懲りずにミリアの脇を再度すり抜け、区画の奥に歩いて行く。
「シロ! だめです~!」
区画奥に歩いていくシロをどうにか止めようと、再度追いかけてきたミリアは、シロの腰に後ろからしがみ付いて引き留める。 ここまでされては、さすがにシロもお手上げである。
「・・・わかった・・・。」
シロは観念したように立ち止まり、ゆっくりした口調で告げると、腰に巻きついているミリアの両手を優しく外す。 その後、回れ右をして、足取り重く4号機区画出入り口の外側まで戻っていく。
「では、ミリア。 ゴウに、『シロに連絡をしてくれ』と、伝言を頼めるかな?」
4号機区画出入り口外側に戻ったシロ。 改めて、険しい表情でミリアを見ながら依頼をすると、
「わかりました。 ゴウに伝えます。」
一方のミリアは、何事もなかったかのように優しい口調で答えた。
「・・・それじゃあ、よろしく・・・。」
シロは背中越しに右手を頭の高さで振り、4号機区画から立ち去った。
『・・・結局、誰とも会えず、何もわからない・・・。 ・・・無駄な時間だった・・・のか・・・?』
と、4号機区画から自分の3号機区画に向かう各区画連絡通路上、シロは途方に暮れ、通路壁にもたれかかりながら考え込んでしまった。
いかばかりかの時間が経っただろうか。
『・・・こんな所で考えていても、それこそ、時間の無駄か・・・。 自分の区画に戻って、3号と昨日の手合い反省会を・・・。』
と、今日の予定を思い出したシロ。 再び重い足取りで歩き出し、自分の3号機区画出入り口に戻っていく。 角を曲がると、ふと、今日何度となく見た光景が、目の前に広がっているのに気づく。
『ん・・・? ・・・人影・・・か? ・・・黒い服・・・?』
区画の出入り口まではまだかなりの距離があるが、どうやら、「人」が3号機区画出入り口付近に立っているのが見て取れる。
『・・・あれ? アムが出迎えに着ているのか・・・? 呼んだ覚えは無いが・・・。』
困惑しつつも、シロは人影が見える3号機区画出入り口に歩いて行く。 すると、
『違う! アムじゃない!』
ある程度の距離まで「人」に近づいたシロは、区画出入り口外側で立っている「人」が、アムでは無い事に気づく。 がっしりした体格の黒い服。 そして白い「面」。
「・・・18号・・・?」
6号機の「人」操機主18号が、3号機区画出入り口の外側で、区画内への進路を塞ぐように立っている。 18号の立ち姿に、なぜか恐怖を覚えるシロ。 困惑が混乱となり、心拍数が急上昇しているのを自身でも感じ取ることができる。
『なんなんだ・・・。 なんで、18号がここにいる・・・。 とりあえず落ち着け、落ち着け・・・。』
シロは自身に言い聞かせるように考えつつ、区画出入り口に向かって歩く速度を落とさずに進む。 片や、シロの進路を塞ぐように立ったまま、微動だにしない18号。
『後・・・5、6歩で18号とぶつかる。 手前で止まる・・・か・・・。』
シロはやむを得ず立ち止まろうとした時、18号は向かって左側に1歩ずれた。 さすがに無視するわけにもいかず、シロは立ち止まり、脇に避けた18号に声を掛けようとする。 18号に対して対峙するように体を向けると、
「やあ、18号。 何か御用ですか?」
いつも通り右手を軽く振りつつ、先ほどから幾度となく聞いた言葉を使い、18号の白い「面」に向かい、シロは作り笑顔で問いかける。
「・・・。」
一方、18号からの回答は無い。 双方共に動かず、暫し沈黙の時間が経過する。 その沈黙を破るように、シロは自身の区画内奥から複数の足音が近づいてきているのに気付く。 横目での視界に入ってきたのは、小走りで近づいてくる黒い服、黒い「面」の「人」が2体。 3号とアムのようだ。
そして視線を正面に戻すと、シロが目にしたのは区画通路の壁であった。
『えっ!? ・・・18号が・・・消え・・・た!?』
混乱しつつも区画出入り口の反対側を見ると、この区画から、歩き立ち去ろうとしている18号の後ろ姿が見える。
「・・・なんなんだ・・・あいつ・・・。」
立ち去って行く18号の後ろ姿を見たシロは、少々安堵し、うかつにも小声で呟いてしまう。 しかし、相手が「人」だと気付き、
『・・・しまった・・・。 聞かれた・・・な・・・。』
そう思い直した。 そして、シロは18号の背中を見つめながら、
『どうする・・・。 人間として・・・、18号に、「何をしに来た」か・・・問いただすべき・・・か・・・。』
自身の心音が聞こえている思考のなかで、シロは決断できずにいた。 『人間の権限』を使い問いただせば、「人」である18号は、ここへ来た目的を正直に話す。 だが、徐々に遠ざかる18号の背中。
「シロ! 大丈夫!?」
シロが18号に声を掛けるか決断できないでいる中、区画奥から来ていた3号が、シロの手前で心配そうに声を掛けつつ立ち止まった。 アムも数歩遅れて到着する。 シロはそんな2体の姿を見ると、
「ああ・・・。 ちょっと、予想外の来客がな・・・。 で、心拍数急上昇。」
と、すぐ近くで立ち止まった3号とアムに対し、落ち着いた口調でおどけて見せた。
「何をしに来たのかしら。 18号は。」
3号も18号の背中を眺め、不機嫌そうな口調で呟く。
「・・・さあな・・・何しに来たんだろうな・・・。 そうだ! 3号。 18号に、『何をしに来た』か、通信で聞いてみて・・・って、互いに通信出来ないんだっけ。」
と、シロが冷やかすように3号に話すと、
「シロ。 わざと言っているでしょ。」
と、3号は黒い「面」をゆっくりとシロに向け、シロに対しても不機嫌そうな口調で返事をしてきた。 シロは自身を見上げている3号の「面」下に、不機嫌な表情をしている3号の素顔の幻を見つつ、
「・・・すまん、すまん。 さあ、3号。 戻って、昨日の手合い反省会をしよう。 アムも戻ろう。」
と、落ち着いた口調で謝ると、自身の区画内に入り、3号の右肩を左手で軽くぽんぽんと叩くのだった。
エピソード1-4に続きます。




