エピソード1-2
エピソード1-1からの続きです。
その後のシロの記憶は曖昧だった。 「操機戦管理」から『手合い終了』を告げられた記憶もなく、ふと気が付くと、操縦席内正面画面には、格納庫内の景色が映し出されていた。 柔らかく調整されている操縦席床に座り込んでいたシロは、「面」を外そうとするが、右手首に括り付けていた紐付きの模造柄が邪魔をする。 呆然と紐を見つめた後、先に模造柄と結びついている右手首の紐を無気力に外し、模造柄を操縦席床に置く。 その後、「面」も無気力に両手で外して模造柄が置いてある隣に置くと、頭部覆いを外し始めた。 それと同時に、操縦席出入り口の扉がゆっくりと開いていく。 開いた扉の向こう側には、黒い「面」と頭部覆いを付け、冷水の入った容器を両手で抱えた、「人」の姿の3号が立っていた。
「大丈夫?」
操縦席内のシロに近づき、心配そうな口調で話しかけてくる3号。 シロが俯き気味に頭部覆いを外しきると、体を覆っていたセーフティベルトも外れ、天井付近に退いていく。 3号が話しながら操作しているのであろう。
「こちらで確認した限り、今日の手合い中、頭部を含め、シロの体に影響がでるような力量負荷はかかっていないわ。 でも、念のために医療検査を手配したわ。 受けてもらえるかしら。」
3号はシロの前にしゃがむと、黒い「面」を付けた顔で覗き込みながら、引き続き心配そうな口調で話しかける。 その後、冷水の入った容器をシロの前に掲げたが、
「・・・なあ・・・。 ・・・なにも・・・できなかった・・・な・・・。」
一方のシロは、3号の声が聞こえていないかの如く、俯いて座り込んだまま、力なく悔しそうに呟く。 しばらく後、
「・・・。」
3号は珍しく何も答ないまま、冷水の入った容器をシロが座っている右脇にそっと置き、操縦席内からゆっくりと出て行ってしまった。
3号が立ち去ってから、いかばかりかの時間が経っただろうか。 シロはゆらりと立ち上がる。 そして操縦席床に置いてある冷水の入った容器には手を付けず、無表情で下を向いたまま、操縦席内からゆっくりと外へ出て行く。
「人」整備士達が格納庫内や整備台平面を行きかう中、背中を丸めてとぼとぼと歩き、整備台備え付けのエレベーターに乗り込む。 格納庫床面に降りると、再び背中を丸め、格納庫出入り口へ向かってとぼとぼと歩いていた。
が、シロは、突然怒ったような、悔しそうな表情をして左前腕に着けていた模造籠手を右手で乱雑に外す。 そして歯を食いしばって頭上に大きく振り上げ、格納庫床に叩きつけようとした。
「・・・。」
暫し後、シロは床に叩きつけるのを躊躇すると、模造籠手を右腕で抱えて再び無表情にもどり、背中を丸め、とぼとぼと格納庫を後にした。
シロはそのまま自室に直行する。 部屋に入り、模造籠手を自室の床に手放した後、寝具へと向かい、力なくうつ伏せに倒れ込んでしまう。 しばらく後、寝返りを打って仰向けになると、両手を頭の後ろに枕代わりにして目を瞑る。
「・・・マリナもレイも・・・、どうして・・・あんなに戦えるんだ・・・?」
仰向けになってから暫く後、シロは一人で呟きながら自問していた。
『勝ちたいから・・・。 選ばれたから・・・。 手合い相手を倒したいから・・・。 訓練の成果を見せたいから・・・。』
どれも違うように思えた。 答えが出ない。
「・・・考え方を・・・変えるか・・・。」
と、再び呟くシロ。
『自分はどうして戦えない・・・? 武具が違うから・・・。 真面目に訓練をしていないから・・・。 真面目な訓練ってなんだろう・・・? 操機・・・。 手合い・・・。 そもそも、俺は、なんでここにいるんだっけ・・・?』
と、色々と考えを巡らす。 暫し後、
「・・・そうだ・・・。 ・・・あの暮らし・・・。 それが嫌で、操機主の募集に応募したんだった・・・。」
シロはふと、半年ほど前までの自身の暮らしぶりを思い出す。 寝て、起きて、食べて、寝て、それの繰り返し。 毎日、毎日、毎日、何の変化もない生活。 その一方で、絵を描くのも、歌を作るのも、農作物を育てるのも自由。 勉強するのも自由。 怠けるのも自由。 そんな生活。
だから怠けてばかりいた。 それでも、暖かくて腹いっぱいの食事が与えられ、清潔な服と、快適な寝床も保障されている。 そして「人」。 自身の身の回りのことを全てやってくれる。
「・・・何不自由のない生活・・・か・・・。 俺には、あの暮らしの方が・・・あっているのかな・・・。」
シロはふと、元の暮らしを懐かしく感じてしまう。 続けて、
「こんなことで悩むなら・・・、いっそのこと、操機主なんて・・・やめてしまっても・・・。」
と、シロは頭の中で天秤に掛ける。
『操機主をやめて、元の生活に戻る・・・。 か、それとも・・・。』
『元の生活』と、『今の操機主としての生活』が、天秤の各左右皿に置かれる。
いかばかりかの時間が経っただろうか。
『・・・手合いに負けて、「どうしたらいいんだろう」って考える方が、人間らしい生活・・・なのか・・・な・・・。』
シロの天秤は、『今の操機主としての生活』に傾いた。
『なら・・・、次は・・・。 今日の手合いを見直すか・・・。』
シロは寝具からゆっくりと起き上がり、手合い後に3号といつもしている流れを思い出そうとする。 手合いが終わった後のけだるい体を無理して動かし、枕元近くに置いてある予備の白い「面」を掴んだ後、まずは訓練室へと向かうことにした。
訓練室出入り口付近に到着すると、自動で開いた出入り口の扉の端から、シロは室内をそっと覗き込む。 だが、いつも3号が出迎えてくれる訓練室広間中央には誰も居らず、室内は無人のように見える。
「・・・3・・・号・・・?」
と、弱々しく室内に呼びかけるも、3号からの返事は無い。
『3号は・・・格納庫で機体の修理か・・・調整作業中なのだろうか・・・。 ちょっと待ってみるか・・・。』
などと考えたシロは、3号から何か反応があるか、訓練室外側の壁に寄りかかって待つことにした。 が、しばらく待つも、訓練室内や、服にある肩スピーカーからはなんの反応も応答も無かった。 そのため、
『・・・仕方ない・・・。 一人で進めるか・・・。』
と、踏ん切りをつけ、
『え~っと・・・。 いつも、3号と手合い反省会をする時は・・・。』
などと、シロは過去の記憶をたぐりつつ、訓練室内に入り、訓練用操縦席に向かう。 そして訓練用操縦席中央に立ち、頭部覆いと「面」を装着すると、
「・・・今日の手合い。 2号機対3号機の手合い時映像を再生してくれ。」
と、シロは頭部覆い内のマイクを使って指示を出す。 そうすると、「面」視界内には、先ほど行われた2号機対3号機の手合い映像が再生され始める。
シロは訓練用操縦席床に座り込み、何度も何度も映像視点を切り替え、手合いの映像を見直していた。 が、
『・・・はぁ・・・。 見れば見るほど、いいとこ無しだな・・・。』
3号がいないので、再生映像内における各機体の行動を変化させることは出来ない。 が、どこを変化させても、3号機の劣勢状況が変わるようには思えなかった。
『・・・なら・・・。』
ふと、別の考えが浮かんだシロは、「面」と頭部覆いを外し、立ち上がって訓練用操縦席を出て行く。 今度は模造武具置き場に向かい、模造武具の「ショートソード」を手に取る。
「まずは、武具を手に馴染ませるか・・・。」
と呟き、その後は訓練室の広間中央に向かう。 そして手合いの疲れが残っているにもかかわらず、再び頭部覆いと「面」を装着し、模造武具の「ショートソード」で素振りを始めるのだった。
一方、2号機対3号機手合い終了後の2号機格納庫内。
『・・・また、相手機体を・・・壊して・・・しまった・・・。』
レイは、3号機の頭部や左腕を大きく損傷させてしまったことを後悔していた。
『刃の無い「メイス」だから、相手機体の損傷を減らせると思ったのだけど・・・。 今日の3号機・・・。 あれでは、「ショートソード」を使用している時より、損傷状態が酷いように見えるわね・・・。』
レイの直近数手合いは、相手の機体を激しく損傷させて手合い終了となる状況が多かった。 なので、新しい武具が支給されると、
『刀身の無い武具である「メイス」を使えば、相手機体の損傷を減らせるように出来る。』
そう思っていた。 だが、今日の手合い結果を見ると、レイの当初の思いとは真逆の結果になっているように感じてしまう。 そのため、機体が格納庫整備台に収まってもなお、レイは「面」や頭部覆いを取らず、セーフティベルトに体を預けたまま、
『他の操機主・・・マリナ、シロ、ゴウは、相手機体を壊してばかりいる私の事を・・・どう思っているのだろうか・・・。』
などと、操縦席内で色々と考え込んでしまっていた。 そこに、
「レイ。 大丈夫ですか? 操縦席の扉、開けますよ。」
と、冷静な口調で話す若い女性の声が、レイの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 操機補2号の声だ。
「ええ・・・、大丈夫よ。 ちょっと考え事を・・・。」
と、レイが頭部覆い内のマイクに覇気なく答えると同時に、操縦席出入り口の扉がゆっくりと開く。 その後、操縦席内に入って来た、「面」と頭部覆いを付けた「人」の姿の2号を見て、レイは自身が着けている白い「面」と頭部覆いをゆっくり外す。 すると、レイより少しだけ身長の低い2号は、レイを暫し見上げるようにした後、
「レイ。 顔色が優れませんね。 呼吸数、血中酸素濃度も低いですし、その他の生体データ数値もよくありません。 次の手合い、対6号機戦は暫く先ですので、ゆっくり休まれては?」
と、2号は冷水の入った容器を両手で差し出し、心配そうな口調で話しかけてくる。 片や、レイは一瞬、2号の黒い「面」下に、心配そうな表情をしている2号の素顔の幻を見つつも、
「・・・そうね。 ゆっくり・・・休むわ・・・。 ありがとう・・・。」
と、2号から視線を外して僅かに微笑み、優しい口調で答える。 そしてセーフティベルトに寄りかかっていた重心を戻し、操縦席から出て行こうとする。 が、
「レイ。 頭部覆い、着けたままの方が呼吸は楽になります。 頭部覆いから送り出される酸素濃度量を調整しますね。」
2号はレイとすれ違う直前、冷水の入った容器をレイに向けて差し出したまま提案をしてくる。 一方、それを聞いたレイは歩みを止め、外していた頭部覆い下部を装着し直し、
「・・・わかったわ・・・。 ありがとう・・・。」
と、再び覇気なく答えた。 その後、2号の脇をすり抜け、操縦席出入り口からゆっくり出て行こうとする。 が、
「レイ! 水分を補給してください! あと、体調のことは、レイの専属「人」であるバースに引き継ぎますので・・・」
と、冷水の入った容器を差し出したまま、心配そうに話し続ける2号。 その声は、レイに届いているのであろうか。 レイは差し出されていた冷水の入った容器を受け取ることも無く、俯き気味に沈黙したまま、ゆっくりと操縦席から出て行ってしまった。
2号機との手合い翌日。 3号機区画内、朝の食事部屋。 シロは朝食の時間を遅くした挙句、その後の食休み時間を必要以上に取っていた。
『・・・なんか・・・3号に会うの・・・。 気まずい・・・な・・・。』
と、昨日の手合い後、操縦席内で情けない姿を晒してしまった事を思い出し、シロは3号に会うのを躊躇していた。 しばらくすると、
「あら? シロ。 3号が訓練室で待っているのでは?」
シロが飲み終えて空になった茶器に、暖かいお茶をつぎ足しに来たアムが不安げに問いかけてくる。 が、
「・・・。」
窓に映る映像情報を注視しているように装ったシロは、アムの問いかけに答えなかった。 その後、お茶をつぎ足したアムは、シロの元を無言で去っていく。 しばらくして、つぎ足されたお茶を見たシロは、アムの言っていた、
『3号が訓練室で待っている・・・』
が、ふと、頭をよぎる。
「・・・そうだよな・・・。 操機主で頑張ると決めたんだから・・・。」
シロは自分自身に言い聞かすように呟くと、間近に準備しておいた模造柄と模造籠手を手に取り、足取り重く訓練室へと向かった。
訓練室前に到着して出入り口の扉が自動で開き、訓練室内広間中央を見てみると、そこには「面」と頭部覆いを付けた3号が出迎えるように立っている、いつもの光景があった。 シロは3号の姿を見てしまうと、再度、昨日の情けない姿を見られたのを思い出してしまい、気まずい気分となってしまう。 ゆっくりと3号に近づいていくが、視線は外し気味で、
「・・・おは・・・よう・・・。 なあ、3号・・・。 その・・・機体は・・・、どうなった・・・?」
と、たどたどしく挨拶をした後、自身の機体の事を問いかけた。 3号が自身を見上げている姿を見ていると、シロは急に自身の機体の損傷状況が心配になってきたからだ。 更によくよく考えてみると、昨日の手合い終了後から今日ここに来るまで、自身の損傷した機体をまったく気にしていなかった。
「おはよう、シロ! 機体は新品と交換になるわ。 今回の損傷状況だと、次の手合いまでに修理と機体調整が間に合わないかもしれないからね。 良かったじゃないの、シロ! 新品よ、新品!」
一方、弾んだ声で挨拶をした後、上機嫌な口調で話しを続ける3号。 だがシロには、どこか悲しげな表情で話している3号の「面」下の素顔が、幻のように浮かんで見える。 そして、新品という3号の言葉が気になり、
「・・・そうか・・・。 ・・・なあ、機体なんだけど・・・。 壊しすぎると、何か問題が・・・出てくるのかな・・・?」
再度、3号にたどたどしいながらも恐る恐る聞く。 シロは最近の手合いで機体を激しく損傷させていることが多く、後ろめたさを感じていたため、ふと、聞いてみたくなった。
「何かとは?」
片や、3号はシロに近寄りながら、質問の具体的な内容を求め、冷静に聞き直してくる。
「例えば・・・、操機の運用から・・・外される・・・? とか・・・。」
シロは自身が最も心配していることを、3号に対して素直に質問してみる。 すると、
「確かに、手合い1回ごとに1機全壊しているようなら、『操機戦管理』から何か言ってくるかもしれないわね。 だけど、今やっているのは試験運用だからね。 ある程度、『壊す』『壊れる』は織り込み済み。 まあ、気にする必要ないわよ。」
と、3号は軽い口調で答えてくれる。 一方、3号の話を聞き、少し気が楽になったシロは、
「・・・なるほどね・・・。 ・・・試験運用ね・・・。」
と、ひとまず安堵し、僅かに微笑みつつ一人呟いた。 が、
「とはいえ、故意に『壊す』ようなことはしないでね。 例えば、毎回毎回、機体を犠牲にした相打ちのようなことばかりしていると、それこそ、『操機戦管理』から、『操機主の剝奪』が告げられるかもしれないわよ。」
と、3号は軽い口調から一転、からかいつつも脅すようにシロの呟きに答えた。
「ああ・・・。 わかったよ・・・。 それで・・・、新しい機体は、いつくるんだ?」
シロはようやく3号の黒い「面」に視線を合わせ、何かを期待するように微笑みながら問いかける。 が、
「今日の夕方には、格納庫に到着する予定よ。 だけど、変な期待はしないでね。 今までの機体とまったく同一の新品機体が来る予定だからね。」
3号はシロが考えていたことを見透かしていたかのようだ。 先手を打ち、シロに釘を刺すように答える。
「・・・そうか・・・。 機体に何か変化があるといいなって思ったんだが・・・残念だよ・・・。」
片や、3号の話を聞いたシロは肩を落とし、少々落胆する。 だが、一呼吸置いて、急に胸を張り、
「それじゃあ、新しい機体を壊さないように、頑張って訓練するか! ところで3号は、前に、『訓練用操縦席の仮想機体なら、操機主側の操作もできる』って言っていたよな。 3号の操機主操作で、俺と仮想機体同士の模擬手合い訓練に付き合ってくれないか?」
一転、シロは気を取り直し、威勢のいい声で3号に突飛なことを言い出す。 暫し後、
「ええ、出来るわよ。 ただ、私が仮想機体の操機主操作をするのはいいけど、人間対操機補じゃあ、機体操作、特に攻め手には雲泥の差が出るわよ。 それでも良ければ、操作をするけど?」
と、3号はシロを見上げ、困惑した口調で答えた。 一方、話を聞いたシロには、3号が「面」下でも困惑した表情で話をしている幻が見受けられる。
「えっ!? そうなのか・・・?」
と、シロは少し驚いたように、3号に聞き返すと、
「そうもなにも、5号機や6号機の手合いを見ていればわかるでしょ。 あの動きで良ければ、仮想機の操機主操作をするけど?」
今度は3号の「面」下に、呆れた表情で答えている幻が見受けられるシロ。 そして3号に言われた事を考え、過去の5号機や6号機の手合いを思い出してみる。
『・・・言われてみれば、確かに・・・ぎこちない動きをしていたよな・・・。 それでも、防御は何とか形になっていた・・・。 が、攻め手は・・・、何もない空間に武具を振るったり、距離感の誤った攻撃を繰り出したりと、酷かったような・・・。』
と、5号機や6号機の手合い時の動きを、暫し思い出していた。 だが、
『・・・でも、3号なら、もしかすると、5号機や6号機と違う動きをしてくれるのでは・・・。』
と、微かな望みを託し、
「まあ、それでもいいから・・・。 ちょっと訓練用操縦席で、仮想機体による模擬手合い、お願いできないかな?」
と、3号を見据え、頼み込むように問いかける。 一方、珍しくやる気を出しているシロに対し、両手を腰に当て、『断りにくくなった人間』のように考え込んでしまう3号。 しばらくすると、
「わかったわ。 それじゃあ、準備をするから、訓練用操縦席に入っていて。」
と、3号はあきらめたかのように了承の返事をする。 その後、訓練室内にある休憩椅子に向かい、腰掛けた。
片や、シロは3号が休憩椅子に歩いて行くのを暫し眺めていた。 3号が休憩椅子で動かなくなったのを見届けると、シロは訓練用操縦席へ向かい、中に入る。 訓練用操縦席中央に立つと、一旦、左手でまとめて持っていた模造柄と模造籠手を床に置く。 そして、両手を使って頭部覆いと「面」を手早く装着した後、模造柄と模造籠手を拾い上げた。 左前腕に模造籠手を装着し、右手に模造柄を持つと、右肩をぽんぽんと優しく叩くいつもの感覚がある。 振り向かずに両腕を肩の高さまで上げると、セーフティベルトがシロの両肩、および両脇の下から胸部付近にかけて体を包み込んだ。 同時に、シロは切り替わった「面」視界内映像に注視する。 「面」視界内は雲一つない青空で、『見渡す限り荒野』のような風景が見て取れる。 そんな仮想空間をゆっくり見回していると、とある方向に、真っ黒な塗装の操機を見つける。 その機体はシロに向かって重苦しい音を立てつつ、ゆっくりと近づいて来ている。 そして、いつもの手合い開始位置と同程度の間合い、シロから60メートルほど離れた位置で立ち止まる、真っ黒な操機。 おもむろに見上げ、両肩を確かめると、機体番号『3』が付番されているのが見て取れる。
『・・・真っ黒な・・・3号機!?』
驚いたシロは、仮想空間内に立つ真っ黒な操機3号機を暫し見入ってしまう。 すると、
「シロ。 心拍数が少し高いけど、大丈夫? 準備を始めるわよ。」
と、心配そうに問いかけてくる3号の声が、シロの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「あ・・・。 ああ・・・。」
一方、問いかけられたシロは、仮想空間内とはいえ、真っ黒な操機3号機を見た衝撃からか、うすぼんやりと返事をするのが精一杯だった。
「まずは、シロの仮想機体への同期からね。」
片や、冷静にシロと仮想機体の同期作業開始を告げる3号。 すると、シロの操機主用服に負荷圧がかかり、「面」視界内も視点位置が高くなる。 仮想機体の操機目線に切り替わったようだ。 訓練用操縦席の床も、闘技場地面と似ている固い感触に切り替わる。 3号は続けて、
「次に、武具。 『スモールシールド』は、私がシロの仮想機体左前腕に装着させるわ。 『ショートソード』は目の前に出すので、所持してもらえるかしら。」
再び3号が冷静に告げると、シロの左腕が少し重くなる感覚がある。 視線を落としてみると、仮想機体の白い左前腕には、「スモールシールド」が装着されていた。 その後、シロが視線を正面に戻すと、目の前には、仮想機体用の「ショートソード」が浮かんでいる光景を目にすることとなる。 シロは目の前に浮かんでいる「ショートソード」柄の位置と、自身が掴んでいる模造柄の位置を重ね合わせる。 すると、右腕にも「ショートソード」の重さが伝わってきた。
「よし! こっちの準備は万全だ!」
自身の動きが仮想機体と完全に同期したのを感じ取ったシロ。 元気よく返事をし、視線を正面に戻すと、目の前の真っ黒な仮想機体も、右手に「ショートソード」、左前腕に「スモールシールド」の装着を済ませていた。
「武具は、お互い同型の『ショートソード』と『スモールシールド』ね。」
またも3号の冷静な声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくると同時に、対峙している真っ黒な仮想機体は、装備している「ショートソード」と「スモールシールド」をシロに見せつけるように向ける。 その後、「スモールシールド」と「ショートソード」を機体正面に掲げ、右足を一歩引いた姿勢を取った。 片や、真っ黒な仮想機体に武具を向けられたシロは、
『・・・仮想空間内とはいえ、武具を向けられると、なんか・・・少し怖いな・・・。』
と、危機的な不安を感じたため、
「・・・なあ、3号。 今、見えている真っ黒な機体。 3号が操作している機体なんだよな?」
と、シロは右手で握っている模造柄を握り直し、確認するように尋ねる。
「そうよ。」
シロの問いかけに対し、言葉短く冷静に答える3号。 その声を聞いたシロは、
「わかった。」
と、安心したように言葉短く答えた。 しばらく後、
「それじゃあ、開始の合図は、シロが出してもらえるかしら。」
と、3号が優しい口調で話しかけてきたので、
「わかった!」
と、再び、言葉短く答えるシロ。 その後、シロの操る仮想機体は、3号の操る真っ黒な仮想機体に対して律儀にお辞儀をした後、「スモールシールド」を機体正面に掲げ、「ショートソード」は腰下で構え、剣先を真っ黒な機体の喉元付近に向ける。
『これは仮想空間で、目の前の真っ黒な3号機は、3号が操る仮想機体・・・。 だけど・・・仮想空間とわかっていても、手合い前は・・・ちょっと緊張するな・・・。』
シロは再度、目の前の真っ黒な機体が、『3号の操作している仮想機体』だと自身に言い聞かせるように考える。 そしてゆっくりと息を吐き、緊張をほぐした後、
「・・・それじゃあ、始め!」
と、実機での手合い時と同様、シロは仮想機体での手合い開始を告げた。
『3号は、「5号機や6号機に近い動きでもよければ・・・」みたいなことを言っていたな・・・。 なら、攻め手は少ないはずだ。 少し様子を見てみるか・・・。』
シロは冷静に考え、まずは守りに徹して様子を見ることにした。 すると、白い仮想機体と真っ黒な仮想機体、お互いの動きが無いまま、時間だけが流れていく。
『う~ん・・・。 やっぱり、攻め手が少ないどころか、攻撃してこない・・・。』
3号なら、『5号機や6号機と違う動きをしてくれる』と、僅かに期待していたシロだったが、がっかりと落胆する。 思い描いていた、『手合いの攻防を模した仮想機での訓練』とは、かけ離れた状況となってしまった。 だが、
『・・・仕方ない・・・。 考え方を変えよう・・・。 それじゃあ、俺の「攻め手の訓練」に変更するか・・・。』
そう判断したシロは、
「3号! こっちから攻める! 攻撃を防いでみてくれ!」
と、シロは元気よく3号に伝える。
「わかったわ。」
3号が言葉短く答えると、真っ黒な仮想機体は、正面に掲げていた「スモールシールド」と「ショートソード」を機体側に引き寄せ、一段とこわばったように防御を固める。
一方、シロは「ショートソード」を振り上げ、真っ黒な仮想機体に素早く走り寄る。 そして真っ黒な機体が正面に掲げている「スモールシールド」に切りつけ、「ショートソード」に切りつけと、シロはそれほど早くない剣戟を何回か繰り返す。 軽い打撃音を仮想空間内に響かせ、シロの剣戟を器用に捌く、3号の操る真っ黒な仮想機体。 防御は見事なものである。 シロは不意に、真っ黒な仮想機体右前腕に対して狙いすました剣戟を繰り出すが、真っ黒な機体は素早く反応し、「スモールシールド」でしっかりと防御する。 その後も数回剣戟を繰り出した後、シロは一旦攻め手を止め、機体正面を真っ黒な仮想機体に向けたまま数歩ほど後退し、
「それじゃあ、もう少し、攻め手を早くしていいか?」
と、3号に冷静な問いかけをする。 そうすると、
「おう。」
3号が言葉短く答え、真っ黒な仮想機体は再びこわばったように防御を固める。 片や、シロは3号からの変わった返事にも気づかず、再び距離を詰めると、「ショートソード」の振り下ろす速度を早め、攻撃を再開する。 今度は剣戟だけではなく、突き攻撃なども交えた挙句、頭部や左右腿部、胴部といった場所にも攻撃を広く分散させている。 仮想空間内に響く音が重々しい音に変わると、3号の操る真っ黒な仮想機体は、次第にシロの攻撃を「スモールシールド」で防ぎきれなくなり、機体装甲に攻撃が当たるようになってきてしまった。
『・・・やっぱりか・・・。 ある程度の速度以上で攻撃されると、操機補は防御できないようだ・・・。 ・・・これ以上は・・・一方的な攻撃になって、「攻め手の訓練」としても無意味か・・・。』
暫く攻撃の操作を続けていたシロだったが、そう判断し、
「はぁ・・・はぁ・・・。 これまでだな! 大体わかった! ありがとよ!」
シロは再び攻め手を止めて後退すると、3号に仮想手合いの終了を告げる。 その後は乱れている息を整え、模造籠手を左前腕から外して模造柄と一緒に床に置き、「面」と頭部覆いを外す。 そしてセーフティベルトが外れると、シロは模造柄と模造籠手を左手で拾い上げて抱え込み、訓練用操縦席からゆっくりと出て行った。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 無茶なことにつき合わせて悪かったな・・・。」
シロは休憩椅子に座っている3号の本体に近づき、息を整えつつ謝るように話しかけた。
『「操機主の操作が出来る」と言っても、防戦一方じゃな・・・。 3号からも攻撃が出来ると、「手合いの訓練」としてよかったんだが・・・。』
そう考えるシロ。 どうやら、操機補はこの手の訓練には向かないようだ。 すると、3号も椅子から立ち上がってシロの正面に回り込み、
「お役に立てなくてすまないわね。」
と、シロを見上げ、申し訳なさそうに答える。
「はぁ・・・。 いや・・・。 少しは、模擬手合いというか・・・、実機手合いに近い、いい訓練になると思ったんだがな・・・。」
息が整ってきたシロは下腹付近で両指を組み、目を閉じながらぼやくように呟いた。 だが暫し後、目を開くと、また何かを思いついたように3号を眺め、
「・・・そうだ! それじゃあ、直接、『模造武具で殴りあう訓練』ってのはどうだ?」
シロは嬉々としてそう言うと、模造武具置き場に速足で向かって行き、模造武具の「ショートソード」を2本手に取る。 そして再び速足で戻ってくると、シロはにこにこしながら右手に持っていた「ショートソード」の1本を3号に手渡した。 だが、模造武具の「ショートソード」を受け取った3号は、すぐさま「ショートソード」の刃相当部分を持ち、
「あのね、知っていてやっているの?」
と、3号は「ショートソード」の柄でシロの右手をつつきながら、呆れた口調で問いかけてくる。
「ん・・・? 何のことだ?」
一方、シロは不思議そうに答えた。 3号がなぜこんなことをしているのか、思い当たる節が無い。
「『人』は、武器のたぐいの保有、使用は禁止! まして、人間に対して武器を持って殴りかかるなんて、論外!」
と、3号はシロを軽蔑しているような、厳しい口調で答える。
「あっ! ・・・すまん。 忘れてた・・・。」
シロはすっかり「人」の禁止事項を忘れてしまっていた。 いや、3号を完全に人間と思って接してしまっていた。 3号が付けている黒い「面」と頭部覆い、そして黒い服を着ているのをまじまじと見てみると、3号が「人」であることを改めて思い知らされる。 シロは申し訳なさそうな表情になると、3号が差し出している模造武具の「ショートソード」をゆっくりと受け取った。
「さて・・・、どうしたものかな・・・。 訓練の妙案が思いつかない・・・。」
そう呟いたシロは途方に暮れ、3号が先ほどまで座っていた休憩椅子に向かうと、模造武具「ショートソード」と模造柄、模造籠手をゆっくりと休憩椅子に置き、自身もその椅子に座り込んでしまった。
「マリナやレイ、ゴウに訓練を申し込むのも違うと思うし、どうしたらいいんだろう・・・。」
と、訓練のいい案が思いつかず、天を仰ぐようにぼやくシロ。
「やっぱり、地道に武具の取り回し訓練をするのと、過去の手合いを見直すのが一番じゃないの。」
3号もシロの左隣りに座り、無難な回答を冷静な口調で提示してくれる。
「・・・そうだな・・・。 まずは昼食を終えたら、過去の手合いをもう一度、最初から見直すか・・・。」
シロは弱々しい口調で答えつつ、両手を頭の後ろで組み、休憩椅子の背もたれに体を預け、
『・・・努力ってやつか・・・。』
と、訓練室天井を見上げて苦々しく思っていた。 が、
「シロ。 やる気を出しているところに水を差すようで申し訳ないけど、昼食を終えたら、医療検査を受けてね。 まだ受けていないでしょ。」
と、隣に座っていた3号は、シロの脇腹付近を心配そうにさすりつつ話しかけた。
その日の午後。 昼食を食べ終えたシロは3号に付き添われ、操機格納区画から少し離れた場所、『操機の工場』と言われている区画内にある、『医療施設』へ行くこととなった。 シロが対2号機手合い時に受けた衝撃や力量負荷によって、身体に影響が出ていないか検査をするためだ。
シロと3号は、小型4輪車両「人」で移動することになる。 そして、操機格納区画から医療施設へ移動している途中、
「操機の工場か・・・。 間近で見るのは初めてだな。 こんなに大きいのか・・・。」
曇り空の下、シロは車両内画面に映る巨大な建物を見て少々驚く。 続けて、
「なあ、3号。 この・・・操機の工場って、これだけじゃあないんだろ?」
と、「面」と頭部覆いを付け、シロの左隣に座っている3号に向かい問いかけると、
「『これだけ』とは?」
3号はシロの質問の意図をくみ取れなかったのか、冷静な口調で聞き直してくる。
「ああ・・・。 え~っと、この建物の地下にも、工場の区画って広がっているんだろ?」
シロはそう言うと、車両内画面に映る建物へ向かって手をかざした後、その下側の地下部分に向かっても手をかざす。
「そうね。 詳しくは話せないけど、地下にも工場区画があるわ。」
と、冷静な口調で答えてくれる3号。
そんな他愛もない会話のやり取りをしていると、工場区画を進んでいた小型4輪車両はゆっくりと停止し、
「さあ、着いたわ。 医療施設よ。」
と、3号はシロを見上げ、優しい口調で話しかける。 同時に、3号の体を覆っていた車両用セーフティベルトは自動で外れ、シロを覆っていたセーフティベルトは、シロが車内で立ち上がるのを補助した後に外れていく。 左右両側の乗降用扉が自動で開くと、3号は素早く降車し、シロのいる右側に早足で回り込む。 シロもそれに合わせるようにゆっくり降車すると、目の前には、壁面の一部分に両開きの扉がある、巨大な建物があった。
3号に先導され、シロは自動で開いた両開きの扉から建物内に入って行く。 すると建物内には、「面」が固定され、黒い服を纏った「人」が一体だけ、シロを待ち構えるように立っている。
「シロ。 この後は、あの『人』の案内に従ってね。 それじゃあ、いってらっしゃい。」
3号は明るい口調でシロに話しかけ、右手を高々と振って送り出す。 一方、
「お・・・おう・・・。 いって・・・きます・・・。」
明るく広々とした通路上の真ん中、ぽつんと立つ「面」が固定された種類で人間形状の「人」。 その立ち姿に、少々の恐怖を感じてしまうシロ。 3号に向かって引きつった顔で手を振りつつ、緊張しているように声を詰まらせて答えた。
その後、シロは「面」が固定された「人」の案内に従い、建物内で各種の医療検査を受けることとなった。 全ての検査が終わり、結果が出るまで3時間ほどかかっただろうか。 医療検査の結果は、『異常無し』であった。
再び小型4輪車両に乗り込み、医療施設から3号機区画に戻るシロと3号。 3号機区画に到着したころには、すでに夕食の時刻が近くなっていた。 そのため、
「もう、こんな時間か・・・。 今日の午後訓練は・・・無しだな・・・。」
3号機区画内の食事部屋前。 シロは残念そうな口調で3号に告げる。 すると、
「わかったわ。」
と、3号は冷静に返事をすると、格納庫に向かう通路を歩いていってしまった。
その日の夕方。 シロが夕食を済ませた後の食事部屋内。 食後のくつろぎ中だったシロだが、服にある肩スピーカーから唐突に通話通信の呼び出し音が聞こえてくる。 3号からの通話通信だ。
「・・・どうした、3号。 こんな時間に・・・?」
と、襟のマイクを使い、だらけた声で応じるシロ。 片や、
「新しい機体が格納庫に届いたわ。 見に来る?」
3号の機嫌のいい声が聞こえてくると、それに同調するように、近くにあった窓の映像が切り替わり、3号機格納庫の一風景を映し出す。 映し出された格納庫内映像をよく見てみると、真新しい操機が整備台に横たわっている映像だと分かる。
「・・・わかった。 見に行くよ。」
シロは3号に落ち着いた口調で答え、通信が切れると、食事部屋を出て操機格納庫に向かった。
格納庫内に入ると、整備台内には、上半身を起こした姿勢になっている真新しい操機が見える。 機体の周囲には、まだ数人の「人」整備士たちが作業をしていた。
そんな中、機体足元付近に近づき、装甲表面を冷静に凝視するシロ。 一見したところ、前の機体との違いは見いだせなかった。 が、よくよく見てみると、白い機体の装甲表面に傷が一切無いので、ようやく新品の機体と確認できた。 その後、整備台平面を見上げてみると、操縦席扉は開いていて、内部が露わになっている近くに、体の小さな「人」が立っているのが見える。
『・・・いたいた・・・。 3号だ・・・。』
体の小さな「人」が黒い「面」と頭部覆いを付けていたため、その「人」を3号と判別したシロは、整備台備え付けのエレベーターを使って整備台平面に上がり、体の小さな「人」に近寄っていく。 片や、シロが真後ろ付近まで来た時、待っていたかのように振り向いた3号。 格納庫内の視覚装置を使っていたのか、自身の服の視覚装置を使っていたのか、シロの動きを逐次見ていたようだ。
「来たわね。 御覧の通り、新品よ。」
と、3号は左腕を広げ、新品の機体にかざしながら嬉しそうに言った。
「3号の言っていたとおり、外見は変わりなし・・・だな。 操縦席に入っていいか?」
一方、シロは3号から視線を移して機体の頭部付近を見上げた後、今度は操縦席出入り口の扉付近に近づき、中を覗き込みながら3号に尋ねる。 すると、
「ええ、大丈夫。 ただ、機体の稼働確認は、もうちょっとだけ待ってね。」
3号がそう答えると、操縦席への進路をシロに譲るように横に一歩ずれる。 片や、進路を譲られたシロは、僅かな光源を頼りに、薄暗い操縦席内に目を凝らしながら進んで行く。 シロが操縦席に入ると、操縦席内が明るく照らし出されるのと同時に、各画面に格納庫内の風景が映し出される。 操縦席内をゆっくり見まわしてみると、以前と全く同じ操縦席内の風景、同一形状のセーフティベルトが、操縦席天井付近から垂れ下がっているように見て取れた。
「なあ、3号! セーフティベルトだけでも、使えるようにできないか!?」
シロが口に右手をあて、大きな声で操縦席の外にいる3号に聞くと、
「服に通信機能があるんだから、そんな大きな声出さなくてもいいでしょ。 ちょっと待ってて。」
と、シロの服にある肩スピーカーからは、3号の少々不機嫌な声が聞こえてくる。 暫し後、
「準備できたわ。 操縦位置に立ってもらえるかしら?」
一転して、3号の冷静な声が操縦席天井付近から聞こえてくるように切り替わると、天井付近に固まったようになっていたセーフティベルトはゆっくりと下りてきて、シロを誘うようにぱたぱたと動き出す。 3号がシロを冷やかすつもりで動かしているのであろう。 一方、そんな光景を呆れた表情で暫し見ていたシロだったが、無視するかのようにセーフティベルトに背中を向けて近づく。 すると、ぱたぱたと動いていたセーフティベルトは動きを止め、両肩、および両脇の下から胸部付近にかけ、体に接触しないようにシロを包み込んだ。 その後、少し体を捻ったり、両腕をぐるぐると回したりと動いてみる。 だが、セーフティベルトはシロの身体に一切触れず、体の動きを阻害しなかった。 シロは自身の体を包んでいるセーフティベルトを満足げに眺めつつ、
「よし! 今まで通りだな。 これで次の・・・。」
と、機嫌よく一人呟いていた。 が、ここへきて、シロは次回の手合い相手を確認していなかったことにようやく気付く。
「次の相手は5号機ね。 『操機戦管理』から通知が着ていたでしょ。」
今度は3号の声がシロの耳に直接聞こえてくる。 声の聞こえる方に向くと、3号はいつの間にか操縦席内に入ってきていて、セーフティベルトの確認をしているシロの姿を眺めながら答えてくれていた。
「おお・・・、そうか。 ありがとよ・・・。」
と、呆然と答えるシロ。 その後は暫し、黒い「面」と頭部覆いを付けている3号を眺めていたが、
『5号機・・・。 対「人」か・・・。 いつかは「人」も、人間を超える手合いをするようになる・・・のかな・・・。』
ふと、そんなことを考えてしまうシロだった。
翌日。 午前中、対2号機の手合い反省会を済ませたシロと3号。 午後からは、1号機対5号機の手合いを訓練用操縦席で見ることにした。 やはり、5号機の動きは攻め手を欠いているように見え、結果は1号機が一方的に攻め勝った。
次の手合い、4号機対6号機も、6号機が序盤から防戦一方となり、1号機対5号機とほぼ同じような手合い内容となる。
『「操機戦管理」は、何がしたいのだろう・・・。 みじめに負ける、「人」を見せたいのだろうか・・・。』
人間相手に一勝もできない、「人」が操機主の5号機、6号機。 そんな状況を見せられたシロは、「操機戦管理」が何を目指しているのか、理解できなかった。
『人工知能同士の戦闘行為を見て、人間が感情移入するとも思えないし・・・。 最終的には、人間対人間のみの操機戦にするつもりなのだろうか・・・。』
シロは、自身の範疇を超えた考えがあるのを理解しているつもりだった。
『まあ・・・「操機戦管理」は、「操機戦は勝ち負けではない」って言っているし・・・。 ・・・これ以上、「人間対『人』が手合いをする意味」について、考えてもしょうがない・・・か・・・。』
4号機、6号機が闘技場から去っていくのを見届けながら、訓練用操縦席のシロはそんなことを考えていた。
手合い無しの日をはさみ、3号機対5号機の手合い日となった。 手合いの開始時刻は15時。 結局、今回も3号機への新しい武具支給は無かった。 だが、シロは気を取り直し、新品の機体操縦席に入り込む。
『14時30分を過ぎたか・・・。 機体の事前確認も終わったし・・・。 早いけど、闘技場に向かうか・・・。』
と、操縦席で現在の時刻を確認したシロは、
「3号。 すこし早いけど、いつもので頼むよ。」
と、軽い口調で3号に指示を出すと、ふかふかに調整された操縦席床に座り込んでしまった。
「了解。」
3号が言葉短く答えると同時に、操縦席出入り口の扉が音も無くゆっくりと閉まる。 次いで、セーフティベルトがシロの背後に回り込み、背もたれ代わりの位置に移動した。
整備台が動き、機体が直立姿勢になると、ゆっくりと歩き出す操機3号機。 数歩歩き止まると、「スモールシールド」が左前腕に装着され、「ショートソード」は一旦右手で柄を持った後、刀身部分を左手で握って持ち替えた。
「武具の装備、完了。 エレベーターに移動するわね。」
3号の冷静な声が操縦席天井付近から聞こえてくると、機体は重々しい歩行音を響かせ、エレベーター上にゆっくりと到着する。 その後、左膝を床につけ、しゃがんで機体を安定させた。
操機3号機がエレベーターに乗り、曇の少ない晴れ間の地上に出ると、真っ黒な塗装の操機5号機は、早々に手合い開始位置に立っていた。 操縦席内画面越しに、そんな光景を見ることになったシロは、
「・・・5号機・・・。 準備、早いな・・・。」
と、呆れ口調でぼやく。 そして、画面に映し出されている5号機をよくよく見てみると、3号機と同じ形状の武具、「ショートソード」と「スモールシールド」を装備しているように見えたため、
『ふう・・・。 今回、武具の有利不利で悩むことは無さそうだな・・・。』
と、一安心する。 機体形状等もいつも通りで、表面塗装が真っ黒な点を除けば、見た目では3号機との違いが見つけられなかった。 3号機が立ち上がり、闘技場に向かって歩き始めて5~6分ほど経っただろうか。 操縦席内正面画面の端には、エレベーターで地上に出てきた、武具を持たない6号機が表示される。 そんな操縦席内画面を呆然と見ていたシロだったが、ふと、
「・・・なあ、3号。 まだ時間もあるし、5号機の『人』操機主・・・17号だっけ・・・? 通話通信、出来る・・・かな?」
と、突飛な事を思いつき、操縦席天井付近に向かい、たどたどしいながらも3号に指示を出してみる。 すると、
「了解。 繋ぐわよ。」
と、冷静な口調で対応してくれる。 シロは、『5号機への通話通信接続要求』に対し、
『あれ・・・。 「やめておけば」とか、否定的なことを言ってくると思ったんだが・・・。』
と、3号は何かしらの不満、若しくは、引き留めるような事を言ってくるかなと思っていた。 だが、5号機に対し、案外素直に通話通信を繋いでくれた。 数秒もたたず、
「5号機と通話通信を繋げたわよ。」
と、3号からは早々に冷静な応答が返ってくる。 5号機側も、通信を拒否しなかったようだ。
「こんにちは! 17号!」
シロはだらけた着座姿勢から、座ったままだが少々姿勢を正し、明るい口調の挨拶で切り出すと、
「こんにちは。 シロ。」
冷ややかな、いや、3号やアムよりも更に感情が乏しいように感じる、若々しい女性の声がシロの服にある肩スピーカーから聞こえてくる。 操機5号機の「人」操機主、17号の声だ。
「久しぶりの手合いだな!」
と、機嫌よく話しかけるシロに対し、
「そうですね。」
と、一言だけで冷ややかに応答する17号。 その後、シロは暫し反応を待つも、17号からはなんの反応も無かったため、
「・・・前回の1号機との手合い。 だいぶやられていたけど、大丈夫だったかい?」
と、心配そうに自ら話を切り出した。 それに対し、
「大丈夫です。」
再び、一言だけで冷ややかに回答する17号。 その後に再度、シロが暫し待つも、17号からはなんの反応も無かったため、
「・・・あの・・・負けが続いているけど・・・?」
再度、聞きづらそうに自ら話を切り出す。 すると、
「大丈夫です。」
と、三たび、一言だけで回答する17号。
「・・・あはは・・・。 それじゃあ・・・今日は、お手柔らかに・・・。」
乾いた笑い声を上げ、話題が尽きてしまったシロは、会話を切り上げようとすると、
「では。」
17号は最後まで冷ややかに一言だけで答えた後、シロの服にある肩スピーカーは静かになった。
『・・・これって、会話になってないよな・・・。 止めとけば・・・よかったか・・・。』
と、シロは後悔の念に駆られる。 ふと、操縦席内正面画面を見上げると、5号機との通信は切られていた。 3号が止めてくれたのであろう。
「・・・なあ、3号。 なんて言うか・・・。 17号の感情表現の無さ・・・? これは、17号の個性ってやつなのかな・・・?」
と、シロは3号の声が聞こえてくる操縦席天井付近を見上げ、困惑したように問いかける。 が、
「私に聞かれても、困るわね。」
と、3号も困惑しているかのように、答えになっていない返事をしてくる。 そんな回答を聞いたシロは、
『なんだよ・・・3号・・・。 素っ気ないな・・・。』
などと、3号から満足のいく回答を得られなかったため、八つ当たり気味に、
「・・・まあ、考えてもしょうがない内容のようだから・・・、目の前の手合いに集中しますか・・・。」
と、一人寂しく呟く。 そして、操縦席内画面で機体が手合い開始位置に到着したのを確認すると、左前腕に模造籠手を着け、頭部覆いと「面」の装着をゆっくりと始める。 最後に模造柄から繋がっている紐を右手首にゆっくりと括り付けた後、柄を握りこみ、
「・・・それじゃあ・・・、俺が立ち上がったら、同期を開始してくれ・・・。」
と、シロは冷めた口調で3号に指示を出す。
「了解。」
と、3号は冷静な口調で答える。 その後はセーフティベルトに手伝ってもらいながら立ち上がり、直立の姿勢を取るシロ。 すると、シロの着ている操機主用服に負荷圧がかかり、「面」視界も操機目線に切り替わる。 操縦席床も固い感触に変化し、セーフティベルトが定位置に動くと、
「同期、完了したわよ。」
と、3号からの報告を聞き、シロと機体との同期が完了する。
「おう。」
シロは言葉短く答えつつ、「面」視界の確認を兼ねて左右を見渡すと、救援用の待機位置には、3号機の後方を歩いていた6号機が到着していた。
「では、本日の手合いを始めましょう。 対戦は、3号機対5号機。 なお、不測の事態に備え、6号機に待機をしてもらっています。」
3号機、5号機、共に待機姿勢に入ってしばらく後、「操機戦管理」管理者は、聞きなれた口調で手合いの進行を開始する。
「では、構えて。」
いつもの声を聞き、いつものようにお辞儀をすると、「スモールシールド」を機体正面に掲げ、「ショートソード」は腰下に構える3号機。 間をおかず、
「始め!」
と、「操機戦管理」管理者が手合いの開始を告げる。
『今回も、まずは様子見で・・・。』
手合い開始と同時に、シロは前回の対2号機戦同様、「スモールシールド」は機体正面に掲げたまま、「ショートソード」も腰下から機体正面に掲げ、防御重視の姿勢を取る。 対して、ほぼ同じ構え、「ショートソード」と「スモールシールド」を機体正面に掲げ、防御を固める姿勢となった5号機。 睨み合いの様相になりそうだったが、
「・・・根比べは・・・、分が悪いよな・・・。」
両機が動かなくなり、いかばかりかの時間が経っただろうか。 シロがぽつりと呟く。 相手は「人」である。 「人」が待ったら、永遠に待つであろう。
『・・・このままだと、5号機から攻撃してくることはなさそうだし・・・。 もしかして、防御を解いたら、5号機から攻撃してくるかな・・・。』
「人」操作の機体であると思い、余裕が出てきたのであろうか、シロは突飛なことを思いつき、正面に掲げていた「ショートソード」と「スモールシールド」を一旦機体脇に下ろす。 そして5号機右手に握られている「ショートソード」に最大限の警戒をしながらも、無防備に、ゆっくりと5号機へ歩み寄り始めた。
「何をしているの、シロ! やめなさい!」
3号の少々怒ったような声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 だが、シロはその声が聞こえていないかのように、無防備な状態で5号機に近づくのを止めない。
一方、無防備に歩いてくる3号機を見た5号機は、一旦「スモールシールド」を機体脇に下ろして攻撃的な構えを取る。 更に、歩き近づいてくるのを止めない3号機が武具間合いに入ると、5号機は「ショートソード」を素早く真上に振りあげ、3号機めがけて振り下ろしてきた。
『狙われているのは・・・、頭部!』
そう見切ったシロは、機体を操作し、5号機の剣戟を「スモールシールド」で受け止めようと、咄嗟に左前腕を頭上付近に掲げる。 寸でのところで防御はどうにか間に合い、3号機の「スモールシールド」は重苦しい音を立て、5号機の剣戟を受け止めた。
「おお~。 攻撃してきた。」
と、冷やかすような口調で呟くシロ。 そんな呟きに対し、
「ふざけているの? シロ!」
と、3号はまたも怒ったような口調で話しかけてくる。 その声を聞いたシロは、
「ああ・・・。 すまん・・・。」
と、無感情に口先だけで謝罪する。
そんなやり取りをしている間に、「ショートソード」を自身の機体側に引き戻した5号機は、3号機に向かい、今度は突き攻撃を繰り出してくる。 狙いは、3号機の胴下部。 片や、再び重苦しい音を立て、「スモールシールド」での防御が間に合う3号機。 続けて5号機は、3号機の右手、左前腕の盾連結部、胸部中央と、狙いすました連撃を繰り出してくる。 だがシロの操る3号機は、その全ての攻撃を、「スモールシールド」で難無く受け止めた。 そして、5号機が連撃の手を緩めた隙を突き、
「それじゃあ、今度はこちらから!」
シロは力強く叫ぶと、今度は3号機が5号機の頭部を狙って突き攻撃を繰り出す。 ところが、いつもの5号機なら、「スモールシールド」を翳して防御するはずだったが、今回は「スモールシールド」を使わず、機体全体を素早く右に動かし、攻撃そのものを回避した。
「避けた?」
シロが覚えている限りでは、5号機、6号機とも、攻撃を回避するような行動を取った記憶は無かった。
『少し賢くなったのか・・・? なら、遠慮なく!』
そう思ったシロは、「スモールシールド」を機体正面に素早く掲げ、
「うぉー!」
と、5号機に向かって突進する。 一方、突然走り寄ってきた3号機に対応し、5号機も3号機の突進攻撃を受け止めようと「、スモールシールド」を掲げはじめる。 だが、3号機が間近から素早く走り寄ってきたためだろうか、5号機は「スモールシールド」を機体正面に掲げるのが間に合わず、重苦しい音をたて、3号機の突進攻撃を食らってしまった。 そこから踏ん張ることも出来ず、ふらふらと体勢を崩し、轟音を立てて仰向けに転倒してしまう5号機。
「あっ・・・。」
片や、『5号機は避ける』と思って突進したシロだったが、突進攻撃が5号機を直撃し、さらに転倒までさせてしまい、困惑する。 『とどめ』を打つことすら頭の中から吹き飛び、機体正面に5号機を捉えたまま、即座に数歩ほど後退した。 一方、転倒してしまった5号機はあまり間をおかず、仰向けに転倒した状態から「ショートソード」を手放し、ゆっくりと起き上がり始めた。
「3号! 5号機の損傷状況、わかるか!?」
シロは転倒させてしまった5号機を心配し、焦った口調で3号に聞くと、
「突進攻撃で損傷した箇所はほぼ無いわね。 転倒による影響も、背中の装甲表面に傷がついた程度に見えるわ。」
と、3号は冷静に答えてくれた。
「そうか・・・。 わかった・・・。」
シロも冷静さを取り戻し、安堵しながら答える。 その一方で、
『・・・どうした、5号機。 さっきの連撃や、素早く避けたのは、まぐれか?』
弱々しく起き上がっている途中の5号機に対し、心の中では強い5号機を期待してしまうシロ。
暫し後、完全に立ち上がりきった5号機は、手放した「ショートソード」を拾い上げた後、「スモールシールド」を機体正面に掲げ、3号機に向かい、手合い再開の意思を表す動作をした。 だが、その後はシロの期待とは裏腹に、「ショートソード」と「スモールシールド」を機体正面に掲げ、再び防御に集中した姿勢となってしまった。
「・・・。」
片や、防御に集中する姿勢を取った5号機に対し、シロは何か言いたかったが、言葉にならなかった。 「面」下でもどかしそうな表情を浮かべつつ、5号機の手合い再開動作に応じ、「ショートソード」を胸前に掲げる操作をする。 その後、「スモールシールド」を機体正面に掲げ、「ショートソード」は腰下で低く構える、シロの操る3号機。
両機とも睨み合ったまま、暫しの時が流れる。 シロはその沈黙を破り、唐突に、
「・・・3号・・・。 『スモールシールド』、左前腕から外してくれ。」
と、落ち着いた、そして冷静な口調で3号に指示を出す。 すると、
「りょうかい。」
何か言いたげな口調だったが、素直にシロの指示に従い、ゆっくりと答える3号。 その声を聞いたシロは、操縦席で模造籠手の付いている左腕を自身の体から遠ざけるように、肩の高さまで真っ直ぐ、ゆっくりと真横に持ち上げる。 左腕が地面と平行になると同時に、3号機の左前腕に固定されていた「スモールシールド」は外れ、地面に転がっていく。 辺りには、「スモールシールド」が闘技場地面に落ちた時に立てた、重々しい音が響き渡る。
「スモールシールド」が闘技場地面に落ち、動かなくなったのを目線のみで確認したシロ。 左腕を体脇に戻し、右手の「ショートソード」をだらりと地面に向け、再び、ゆっくりと5号機に歩み寄ろうとする。
一方、3号機の「スモールシールド」が外れていくのを呆然と見入ったようになっていた5号機は、3号機が近寄り始めると、何かに気付かされたかのように動き出す。 防御に集中していた体勢から、再び「スモールシールド」を機体脇に下ろし、攻撃的な構えを取る。 更に、僅かに引いていた右足を力強く踏み込む勢いを利用し、無防備に近寄ってくる3号機に向かって突き攻撃を放ってきた。 狙いは、3号機喉元付近。 片や、3号機は地面に向けていた「ショートソード」を素早く払い上げ、5号機の突き攻撃を弾き上げる。 だが、5号機は払われた「ショートソード」をそのまま機体左側に引き戻し、がら空きになった3号機右胴部に向かい、横一閃の薙ぎ払いを出してきた。 一方、右腕を払い上げてしまった3号機は、さすがに防御する間もなく、胴部への剣戟を食らってしまう。 金属同士が激しく擦れる音が響く中、胴部に攻撃を受けた3号機操縦席内は、振動吸収機構で吸収しきれなかった微かな揺れがシロに伝わる。 同時に、セーフティベルトがシロの体を素早く、しっかりと包み込んで支えた。
『くっ・・・。 だが、この程度・・・なら・・・。』
そう判断し、少々ふらついた3号機を数歩後退させ、体勢を立て直すシロ。 そして機体正面を5号機に向けたまま、更に数歩ほど後退し、
「3号、胴の損傷は?」
と、早口で3号に問いかける。 すると、
「胴の装甲部分が大きく損傷。 けど、機体本体に影響は無し。」
3号からの応答を聞き終えたシロは、セーフティベルトが自身の体から離れたのを確認すると、三たび3号機を5号機にゆっくりと歩ませる。 そして右手の「ショートソード」を頭上に大きく振り上げ、
「ふん!」
と、目一杯の速度で振り下ろす。 狙いは、5号機頭部。 すると、5号機は「スモールシールド」を使って剣戟を受け止めず、左足を右足後方に大きく引き、剣戟を避けた。 一方、「ショートソード」の大振り剣戟を外されてしまった3号機は、振り下ろした勢いを止めることが出来ず、武具で闘技場地面を叩いてしまう。 大きな音が辺りに鳴り響くと同時に、一瞬、機体は硬直したようになってしまう。 同時に、
「くっ・・・。」
と、操縦席のシロも、服の負荷圧によって、一時的に体を固定されたようになってしまっていた。
片や、5号機は3号機の硬直したような一瞬を逃さず、3号機に踏み込み、再び「ショートソード」で突き攻撃を繰り出してきた。 狙いは、姿勢が低くなっている3号機左肩から腕の付け根付近。 大きな音が周囲に響き渡り、左腕付け根付近に突き攻撃を受けた3号機は、体勢を崩しつつ轟音を立て、機体が闘技場地面に座り込むように、腰から倒れこんでしまう。 同時に3号機操縦席では、振動吸収機構で吸収しきれなかった微かな上下の揺れが発生していた。 だが、今回も素早く反応したセーフティベルトによって、シロへの揺れの影響は皆無となった。 一方で、下半身の服負荷圧が無くなり、機体と下半身の同期が切れたのを認識したが、
『まだだ!』
シロは機体が地面に座り込んだ体勢なのを承知で、服の負荷圧が残っている右腕を目一杯伸ばし、
「くっ!」
と、苦しそうに叫びながらも、突き攻撃を放った。 狙いは、目の前に見える5号機の左足首。 甲高い音が鳴り響き、座り込んだ状態の3号機が放った突き攻撃は、5号機の左足首装甲をとらえる。 一方、不意に左足首を突かれた5号機は、転倒を防ごうと、よろよろと数歩後退し、重心と体勢を整えなおそうとする。
「立て! 急いで!」
後退する5号機を見たシロが3号に早口で指示を出すと、シロの全身の服負荷圧が一旦切れ、「面」視界も通常視界に戻る。 片や、左足首を狙われた5号機は焦ったのであろうか。 後退して重心を取り戻したのにもかかわらず、闘技場地面に座り込んだ3号機に追撃することをせず、またも「ショートソード」と「スモールシールド」を機体正面に掲げ、防御姿勢で固まってしまった。 その隙に、左腕を器用に使い、5号機に一瞬背中を見せながらも、どうにか立ち上がった3号機。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 3号、損傷状況は?」
シロはセーフティベルトが自身の体から離れたのを確認すると、模造柄を正面腰下に構えた姿勢を取りつつ、またも早口で問いかける。
「攻撃を受けた左腕付け根付近の装甲がかなり傷ついたわ。 けど、機体本体には達していない。 それ以外の『ショートソード』、右手、腰も問題無し。 同期を戻すわね。」
3号も早口で答えてくれたのを聞き終えたシロは、「面」視界と服の負荷圧が戻り、立ち上がった3号機との再同期を感じる。 続けて、
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。 5号機。 左足首の損傷は?」
と、再同期した全身の感触を確かめながら、5号機の損傷状況を3号に確認する。
「5号機の左足首。 装甲にかなりの傷をつけたけど、機体本体には達しなかったわね。」
と、3号の応答を聞きつつ、シロは自身の呼吸が少し荒くなっていることに気づく。 しかし、3号が操縦席内と操機主用服の温度湿度を調整してくれているのであろう、汗はほとんど出ていない。
『・・・呼吸を・・・整えないと・・・。 ・・・少し間合いを・・・取るか・・・。』
そう判断したシロは、対1号機戦や対2号機戦の時同様、「ショートソード」を両手で握ると、機体正面腰下に構え、剣先を5号機の喉元付近に向ける。 そしてゆっくり、1歩、2歩と後退する3号機。 対して、変わらず「ショートソード」、「スモールシールド」を機体正面に掲げ、防御姿勢の5号機。 またも、暫し睨み合いの時が流れる。
「今度こそ!」
睨み合いから先に動いたのは3号機だった。 呼吸が落ち着いたシロは、両手で握った「ショートソード」を上段に高々と掲げ、5号機に詰め寄る。 更に、シロは5号機に避けられないよう、先ほどより深く踏み込み、
「うぉー!」
そう叫びつつ、「ショートソード」を振り下ろす。 狙いは、5号機が掲げる「スモールシールド」中央。 片や、今度は3号機の大振り剣戟を回避せず、「スモールシールド」で受け止めた5号機。 3号機の「ショートソード」と5号機の「スモールシールド」がぶつかり合い、けたたましい音が闘技場内に響き渡る。
そこからは一瞬、5号機の動きが早かった。 3号機めがけて繰り出される、5号機「ショートソード」の突き攻撃。 狙いは、またも左肩から腕の付け根付近。 その突き攻撃を見たシロは、
『止めないと!』
瞬時にそう判断すると、両手で握っていた「ショートソード」から咄嗟に左手を外し、「スモールシールド」の無い左前腕を翳して受け止めようとする。 鈍い音が響き渡ると、5号機の「ショートソード」は3号機の左前腕装甲を貫通し、左前腕部に深く突き刺さった。
それと同時に、5号機の動きが完全に止まってしまう。 3号機左前腕に刺さってしまった「ショートソード」を引き抜こうともせず、力なく、呆然と立ち尽くしているようになってしまった。
『どうなってるんだ・・・。』
シロはそう考えながらも、「ショートソード」が左前腕部に刺さったまま、残った右手の「ショートソード」を使い、身動き一つしない5号機の首元を無慈悲に突いた。 一方、鋭い音を立てて突き攻撃を首防具に受けてしまった5号機は、右手の「ショートソード」を力なく手放し、仰向けにゆっくりと倒れていく。 闘技場内に轟音を響かせ転倒した後も、身動き一つしない5号機。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
『・・・なにが・・・起こった・・・?』
状況を理解できず、荒い呼吸を整えながら困惑するシロ。 暫し後、
「3号・・・。 5号機は・・・どうしたんだ? 大丈夫なのか?」
と、心配そうな口調で3号に聞くと、
「5号機、機体自体は大丈夫なように見えるわね。 操機主の17号に異常が発生したのかしら?」
3号からは冷静な口調ながらも、問いかけるような報告が来る。そのすぐ後、
「それまで。」
と、「操機戦管理」管理者から、手合い終了を告げる声も頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 一方、シロは引き続き状況を理解できず、呆然としてしまう。 そこに唐突に、
「シロ。 あとはこちらで操作するわね。」
と、3号が明るい口調で話しかけてきた。 同時に、シロの操機主用服は負荷圧が無くなり、「面」視界も通常視界に戻り、機体との同期が外れたのを感じ取った。 数秒置いて、3号機は右手の「ショートソード」を自機の後方に手放し、左前腕部に刺さっていた5号機の「ショートソード」を、不快な音を立ててゆっくりと右手で引き抜く。 その引き抜いた「ショートソード」も、自機の後方に手放した。 3号が操作しているのであろう。 各「ショートソード」が闘技場地面に落ち散る都度、重々しい音が響き渡る。 闘技場内に響いた音が静まり返ると、
「格納庫に戻るわよ。」
と、3号が再び明るい口調でシロに話しかける。 が、シロからの応答はない。 再度、3号が、
「シロ?」
と、不安そうに呼びかけると、
「・・・ああ。 ちょっと待ってくれ。 5号機と・・・17号・・・。 無事か、確認しなくても・・・いいのかなって・・・」
などと、シロがたどたどしく返事をしようとしていた。 だが、
「5号機の機体は致命的な損傷を受けていない。 多分、5号側で制御出来るわ。 17号の事は、シロが関与する部分ではないわね。」
と、明るい口調でシロの話を遮る3号。 それに対し、
「・・・いや・・・だけど・・・」
と、シロも食い下がる。 が、
「シロ。 シロが心配してもしょうがないでしょ。」
と、3号は再度、明るい口調でシロの話を遮って答えた。 暫しの沈黙後、
「・・・わかった・・・。」
シロは3号の話に納得していなかったが、渋々ながらも応じる。 が、
『「人」は・・・やっぱり機械なのか・・・。 冷たいんだな・・・。』
ふと、そんなことを感じてしまう。 しかし、その気持ちを悟られないよう、切り替えたかのように、
「・・・それじゃあ、格納庫まで頼むよ。」
改めて、3号に対しては、明るい口調で指示を出す。 一方で、操縦席内画面に映し出されている、倒れたままの5号機を心配そうに眺めてしまう。 すると、
「了解。」
と、いつもの明るい口調で答える3号に、シロは人間と「人」との違いを感じていた。
自身の操機格納庫に戻ってきたシロだったが、5号機の事が気になって仕方がない。 操縦席から出た後、3号から手渡された冷水の入った容器を手に持ったまま封を開けず、無言で整備台を下りていってしまう。 その後は自身の部屋に戻るわけでもなく、格納庫内の休憩椅子に座り込み、頭部覆いと「面」を装着したまま、闘技場の録画映像を見入っていた。
3号機が闘技場から去って暫く後、5号機は自力で起き上がり、闘技場出入り口に向かって引き上げている様子が、シロの「面」視界内で録画映像として再生されている。 置き去りにされていた「ショートソード」や「スモールシールド」は、6号機が全て回収していた。
『5号機の・・・この動き・・・。 ・・・多分、機体は17号ではなく、5号が動かしている・・・。』
録画映像を見ていたシロは、何の根拠も無かったが、ふと、そんなことを感じた。 さらに、
『そうすると・・・17号は・・・大丈夫なのか・・・?』
などと勝手に自問し、暫し考え込んでしまう。 そして、考えても答えが出ないでいると、次第に居ても立っても居られなくなり、「面」と頭部覆いを乱雑に外し、
「3号! 5号機・・・17号のことが心配だから、様子を見てくる! 3号機の損傷箇所確認は、戻ってきてからで!」
シロは操縦席付近に立っている3号に対して大きな声でそう告げた後、冷水の入った容器を休憩椅子に置き、「人」整備士達が行きかう合間を走り抜け、格納庫を出て行ってしまう。
手合いの疲れが残っているにもかかわらず、各機の区画連絡通路を走りながら進み、6~7分程でシロは5号機の区画出入り口に到着する。 だが、暫し5号機区画出入り口で立ち止まり、息を整えつつ、出迎えの無い区画内に入るかどうかを躊躇していた。 が、
『・・・勝手に入るのは・・・良くない・・・よな・・・。 いや! 17号が心配だ!』
そう考えて結論を出すと、シロは勝手に5号機区画内の奥に向かい、走って入って行ってしまう。 区画内は1号機区画から6号機区画まで、同一な作りになっている。 そのため、シロはすんなりと5号機の操機格納庫にたどり着けた。
自動で扉が開いた格納庫出入り口から格納庫内に入って行くと、5号機は上半身を起こした状態で整備台に格納され、「面」が固定された「人」整備士達が機体の損傷状況を確認している最中だった。 整備台に格納された5号機を少し見上げると、操縦席扉は開いていて、内部には誰もいないのが見て取れる。 そんな光景を見たシロは、近くにいた「人」整備士の一人に歩み寄り、
「5号機操機主の17号。 どこに行ったかわかるかい?」
そう尋ねる。 片や、シロの質問に対し、とある方向に左手をかざす「人」整備士。 同時に、シロの服にある肩スピーカーからは、
「あちらです。」
と、無感情な中年男性の声が聞こえてくる。 シロは「人」整備士が手をかざした先を見ると、格納庫壁際の休憩椅子がある場所を指している。 そこには、うなだれたように休憩椅子に座る人影が一体。 その傍らで、座っている人影を見守るように立つ、もう一体の人影があった。 座っている「人」は黒い操機主用服に白い「面」を付けている。 「人」操機主17号だ。 「人」操機主17号と18号は、「人」であるにもかかわらず、白い「面」を付けている。 この操機施設内のみで装着を許可された、専用の品物だ。 すぐ近くで見守るように立っているのは、黒い「面」と頭部覆いを付けた、操機補5号だ。
「ありがとう。」
17号の居場所を教えてくれた「人」整備士に礼を告げた後、休憩椅子に座る17号に小走りで近づくシロ。 ところが、近寄るシロを察知していたかの如く、5号がシロと17号の間に割って入るように立ちはだかる。
「シロ。 何か御用ですか?」
大きな体格の操機補5号。 シロより頭一つ分以上の身長差がある。 黒い「面」をシロに向け、落ち着いた青年男性の声で、丁寧に尋ねてくる。
「・・・ああ。 17号になにかあったのか、心配で様子を見に来たんだ。 17号、やっぱり調子が良くないのか?」
5号の黒い「面」の付いた顔を見上げた後、休憩椅子にうなだれて座っている17号に視線を向けるシロ。 5号とは対照的に、17号はシロより小柄で、体の線は細い。
「御心配には及びません。 これから点検をしますので。」
5号は再度、丁寧な口調でシロに答える。 だが、そんな5号を無視するように、
「17号。 だいじょうぶ・・・」
と、シロは左に半歩ずれ、無理矢理17号に話しかけようとしていた。 だが、
「さあ、17号! 行きましょう!」
5号は再度シロと17号の中間に立った後、大きな声で17号に話しかけ、シロの視界と声を17号から遮った。
一方、5号に声を掛けられた17号は無言で立ち上がり、シロに反応することなく、5号と一緒に操機格納庫出入り口に向かってゆっくりと歩いて行ってしまう。
「・・・だいじょうぶ・・・なの・・・か・・・?」
シロは立ち去って行く17号の背中を見ながら、呟くように問いかけるも、誰も答えてはくれなかった。
5号機格納庫内でのやり取りに納得がいかないシロ。 不貞腐れたような顔とゆっくりした足取りで、自身の3号機区画内に戻ってきた。 格納庫に到着すると、出入り口の扉が自動で開き、そのすぐ内側で待ち構えていたのは、冷水の入った容器を抱え持った3号だった。
「どうだった?」
3号は冷水の入った容器をシロに向かって掲げ、わざとらしく聞いてきた。
「『どうだった』・・・って・・・。 どうせ、全部見聞きしていたんだろ・・・。」
一方、3号が掲げている冷水の入った容器を受け取りつつ、不機嫌な面持ちでシロがぼやくように答えると、
「17号の心配もいいですけど、少しは、ご自分の機体の心配もしてもらえませんかね?」
3号は背後にある操機3号機を左手親指で指しつつ、シロと同じような口調でぼやくように話す。
「・・・ああ、そうだな。 左腕、また壊してしまったからな。 機体の状況、教えてくれないか。」
と、3号にぼやくような口調で話しかけられたシロは、「人」整備士達が取り付いて作業している自身の機体を眺める。 そして気を取り直し、3号に微笑みながら話しかけると、
「左腕は、肩部分を含めて再度、全部交換ね。 装甲の交換は、左胸部と胴部、それと背面腰部。 あと、武具で地面を強打してしまったので、右腕全体の調整と確認。 『ショートソード』と『スモールシールド』も交換ね。」
3号も振り返って機体を見上げ、冷静な口調で現在の3号機の状態をざっと説明してくれた。 その後は、再度シロに黒い「面」を付けた顔を向けると、
「それと! 『スモールシールド』を故意に外した件は! 明日! 詳しく伺いますので!」
一転、3号は明るい口調の大声になり、シロに言い迫ってくる。 一方、シロは迫って来る3号の「面」下の素顔が、笑顔で怒っているような表情になっている幻を見つつ、
「・・・はは・・・。」
と、3号から一歩下がり、両手を降参するかのように掲げ、苦笑いでその場を取り繕った。 一拍置いて、
「まあ、今日は早く休みなさいな。 疲れたでしょ。」
と、今度は優しい口調でシロに話しかけてくる3号。 片や、そんなことを言われたシロは、体中が疲れているのを一気に感じ、
「・・・そうだな・・・。 結構、疲れたな・・・。 すまないが、先に部屋で休ませてもらうよ・・・。」
そう言うと、シロは冷水の入った容器の封を開いて一口飲んだ後、ゆっくりと格納庫を後にした。
その日の夕方。 夕食を済ませたシロは、相変わらずだらけた姿勢で寛いでいた。 しばらくすると、調理場から暖かいお茶をトレイに携えたアムが出てくる。 シロはそんな姿を目線で追っていたが、目の前にアムが来た時、ふと、あることを思いつき、
「・・・なあ、アム。 アムは武具って使えるのかい?」
と、「面」と頭部覆いを付けたアムへ唐突に話しかける。 一方、唐突に話しかけられたアムは、黒い「面」をシロに向け、
「お話ししていることが、よくわかりませんが?」
と、優しい口調だが、頭上に疑問符がついたような返答をする。 そして、シロが座っている前のテーブル上にお茶の入った器を置こうとしていたが、その手を一旦止めた。 片や、アムの返答を聞いたシロは、
「・・・そうか・・・。 それじゃあ、今から一緒に訓練室に行って、試してみよう!」
シロは嬉々としてそう言うと、だらけた姿勢から突然立ち上がってアムに近づく。
「ちょっと!? シロ!? 何を言っているのですか!? 何処へ連れていくのですか・・・」
アムはお茶の入った器をテーブル上に置くと、その手をシロに引かれ、食事部屋から連れ出されてしまった。
訓練室に到着すると、3号の姿は室内に無く、シロとアムだけとなった。
「あの、この部屋では、私は掃除くらいしかお役に立てませんが。」
訓練室に連れてこられ、おどおどと戸惑うアム。 一方、戸惑っているアムを横目に、模造武具置き場へと向かうシロ。 模造武具置き場から小ぶりの模造武具「ダガー」を手に取り、アムの元に歩きで戻ってくると、
「これ、持てる?」
シロは優しい口調と表情でそう言うと、アムの右手をシロ自身の左手で持ち上げ、右手に持っていた模造武具の「ダガー」を無理矢理握らせた。 すると、
「シロ。 私たち『人』は、武器類の保有、使用を禁じられています。 模造武具に関しても同様です。」
アムは冷静な口調で告げると、握らされた模造武具の「ダガー」をすぐさま自身の両掌に置き、シロに返そうと掲げる。 そんなアムの仕草を暫く見ていたシロだったが、突然、
「人間として命ずる。 武器の所持を許可する。 アム、武器を構えて。」
穏やかな表情から一転、シロは急に真剣な表情と命令口調になり、アムに武器の所持を促す。
「わかりました。」
片や、感情が一切消えたような口調で答えたアムは、ゆっくりと右手に「ダガー」を握る。 その後、ゆっくりと、シロのいる反対側に「ダガー」を掲げ、身構えた姿勢となった。
暫し、アムの立ち姿を見ていたシロだったが、気のせいか、シロには、模造武具の「ダガー」を握っているアムの右手が、小刻みに震えているように見えてきてしまう。
『・・・ちょっと・・・酷いことをしてしまったか・・・。』
そんなアムの姿を見たシロは、少々反省し、
「・・・すまん・・・。 アム・・・。 模造武具を返してくれ・・・。」
と、アムに謝罪しながら自身の右掌を差し出した。 一方、シロの言葉を聞いたアムは、模造武具の「ダガー」を構えている姿勢を解き、再び「ダガー」を両掌に置いた後、ゆっくり振り返ってシロに差し出し、
「なぜ、このようなことを?」
と、心配そうな口調でシロに尋ねる。 すると、シロはアムから模造武具の「ダガー」を受け取り、
「う~ん・・・。 今日の5号機との手合いで、ちょっと・・・。 5号機の操機主、17号は『人』って話だから、気になることがあって・・・。 『人』が武器の保有や使用を拒否するなら、17号は、どうやって武具使用の意思・・・のようなものをたもち続けているのかな・・・って、疑問に思ってね・・・。」
と、困ったような、迷ったような口調でそう告げた。 その後、シロはアムから受け取った「ダガー」を模造武具置き場へ戻しに歩いて行く。 そしてアムの元に戻ってくると、
「17号、18号は、『人』でも操機の操作ができるように、特別に設計されているとの情報ですが。」
と、アムは自分の知り得ている情報をシロに話す。
「・・・そうなんだけど・・・。 手合いで止まった5号機が気になってさ・・・。 手合い終了後、5号機の格納庫に行ったんだけど・・・17号の様子・・・変だった・・・。 もしかしたら、武具所持の意思・・・のようなものに不具合でもでたのかなと思って、色々試してみようかと・・・。」
シロは訓練室内の中空を見つめ、手合い後の事実と心の内をアムに明かす。 しばらくすると、
「この件は、シロが心配しても、解決できないのではありませんか?」
と、3号と同じような、冷静な答えをアムからも出されてしまったシロ。 気まずい表情をしつつ、
「・・・ああ。 手合い終了後、3号も言っていたよ。 『心配してもしょうがない』ってね・・・。」
シロ自身にも、この件が愚痴のようになっているのはわかっていた。 このことは、アムにもシロが愚痴を言っているように受け取られたようだ。 そして、シロがしばらく考えたようになっていると、
「それでしたら、私から、『操機戦管理』に、『17号、18号は、操機主として不適格だから、人間と交換してください』と、申し入れますね。」
と、アムは唐突なことを冷静な口調で言い出した。 一方、それを聞いたシロは、ゆっくりと落ち着いた口調で、
「待て、待て、待て。」
と、アムに向かって両手のひらを肘の高さで掲げ、止めさせようとする。
「違うのですか?」
片や、アムはすました口調でシロに聞き返す。
「・・・まあ、アムの言う通り、人間に交代してもらえれば、この件は解決するのだろうけど・・・。 実際、申し入れたところで・・・。」
『聞き入れてもらえないのは、わかっている。』
そう考えたシロは、アムへの話を途中で切ってしまった。
そうこうしているうち、シロ自身、アムに言いくるめられているのか、正論を言われているのか、頭が追いつかなくなってしまう。 すると、
「操機はまだ試験運用の機械です。 不具合なんて、山ほどありますって。 それとも、その不具合一つ一つを、シロが全て解決していくのですか?」
と、アムは明るい口調で平然と答えた。 一方、そう言われたシロは、暫し考えた後、
「・・・うん・・・、そうだよな・・・。 わかった! アムや3号の言う通りだ! 『心配してもしょうがない』!」
と、笑顔で納得したように答える。 が、
『・・・でも・・・本当にそうなのだろうか・・・。』
と、心の中では、まだ僅かな引っ掛かりが残っていた。 だが、シロはにこやかに左手を訓練室出入り口の方向に掲げ、
「悪かったな、訓練室まで来てもらって。 さあ、部屋に戻ろう!」
と、シロはアムに申し訳なさそうに話しかける。 片や、アムは軽く頷き、
「はい。」
と、明るく答え、シロとアムは訓練室出入り口に向かって行った。
翌日。 朝食を取り終え、食後の休憩をしていたシロのところに、突然、3号から文字の通知が届いた。
『朝食後、格納庫に来るように。』
休憩していた場所から一番近い窓に表示された文字通知に対し、内容を表示させる操作をしたシロ。 簡素な文字通知を読み終え、
『なんだ・・・? 格納庫って、機体になにかあったのか・・・。 直接、通話で話してくれればいいのに・・・。』
と、不思議に思う。 そして、現在の時刻を確かめると、
『時間・・・、ちょっと早いけど・・・、3号が急かしているようだし、格納庫に行くか・・・。』
そう思ったシロは、食後の休憩を切り上げ、格納庫へと向かった。
格納庫出入り口の扉が自動で開くと、出入り口から数メートル先には、「面」と頭部覆いを付けた3号が、シロを出迎えるように立っていた。
「おはよう、シロ! お待ちかねの品物が届いたわよ!」
嬉々とした口調でシロに話しかけながら、3号は格納庫内のとある一画に左手を翳す。 シロは3号が手を翳した先を見てみると、昨日までは何も置かれていなかった広大な空間に、訓練室で見た模造武具をそのまま操機用の大きさにした武具類が、所狭しと並べられているのが見て取れた。
「・・・お~あ・・・。」
3号への挨拶も忘れ、魅了されたような表情になりつつ、シロは言葉になっていない声を上げる。 そして巨大な操機用武具が置かれている一画へ、何かに引き寄せられるように、ゆっくりと近づいて行く。
「マリナの1号機が持っていた『ロングソード』・・・。 レイの2号機が持っていた『メイス』・・・。 あっちには、大きな剣、槍形状の武具、大小の斧・・・。 盾も、色々な大きさや形状の物がいくつもある! 訓練室にあるのと・・・同じ・・・だ・・・。」
シロの笑みが止まらない。 ついには小さな子供のように、はしゃいで新しい武具類を見て回っている。
「ちなみに、機体もなぜか新品が届いていて。 って、聞いているの? シロ?」
説明を続けていた3号の声は、シロの耳に届いていないようである。 暫し後、はしゃぎ回って武具類を見ているシロの服にある肩スピーカーから、
「シロ! 少し落ち着いて!」
と、少々声を荒げて話しかけてくる3号の声が聞こえてくる。 すると、
「・・・えっ・・・? ・・・ああ、すまん・・・。」
シロはそう言うと、ようやく3号から話しかけられているのに気付き、恥ずかしそうに左手で後頭部をかきながら、3号の近くに戻ってきた。
「さて、もう一度言うわよ! 機体は新品が届いているわ! 稼働確認はするの!?」
と、3号は引き続き、荒い口調でシロに尋ねる。
「機体が新品!? なんで?」
一方、シロは驚きながらも3号に聞き返す。 そうすると、
「『操機戦管理』からは、『機体を新しくした理由』について、詳しい説明は着ていないわね。」
と、3号はようやく落ち着いた口調に戻って答えてくれた。
「・・・前の機体、何か不具合があったとか・・・か・・・?」
シロは右手で自身の顎付近を触り、考え込んだような表情で仮定の話を始める。 すると、
「そうかもしれないし、違うかもしれない。 まあ、『操機戦管理』が機体を新品に変えたのには、『操機戦管理』なりの理由があるのでしょ。 で、新しい機体の稼働確認。 するの?」
と、3号はシロの話を切るように答えた。 仮の話をしてもしょうがないということなのだろうか。
「・・・ああ、確認ね・・・。 操縦席に行ってもいいか?」
と、考え込んでいたシロは、3号からの問いかけに対し、苦笑いしながら答える。
「ええ、大丈夫。 操機補側の稼働確認は、ほぼ完了しているから、操縦席、使えるわよ。」
と、答え終えた3号が機体に左手を翳すと、上半身を起こしている機体の操縦席扉が自動で開き始めた。 片や、操縦席扉が開ききったのを見たシロは、「人」整備士達がいない格納庫内をゆっくり歩き、整備台備え付けのエレベーターで整備台平面に上がり、操縦席に向かう。
「・・・なあ、3号。 ・・・機体の外見は・・・相変わらず、変わっていないな・・・。」
整備台平面で白い機体の各箇所を見て歩いている途中、シロは襟のマイクを使い、ふと、3号に話しかけた。 一方、3号は立ち話をしていた位置から動いていないようで、
「そうね。 『外見を変えるのは、時間がかかる』からかもね。」
と、3号の回答が、シロの服にある肩スピーカーから聞こえてくる。
「・・・え? どうゆうことだ?」
3号の回答に疑問を持ったシロ。 操縦席に入ろうとしていた歩みを止め、襟のマイクを使って3号に聞き返すと、
「装甲の形状を変えると、機体全体の強度を見直すことになるわね。 重量配分も見直すことになるし。 あと、あまり関係ないけど、稼働時間にも影響が出るかもしれないわ。 そして一番の問題は、『操機主の安全を守れるか』ね。 これらを全部満たすように機体の外見を変えるとなると、かなりの模擬試験的な時間が必要なんじゃないかしら。」
と、3号が詳細に答えてくれた。
「ああ・・・。 なるほどね・・・。」
『一応、俺たち・・・操機主の安全を考えてくれているのか・・・。』
と、シロは納得してしまった。
その後、シロは操縦席で粗方の『操機主用の操縦席内稼働確認』を済ませ、3号が立っている場所に戻ってきた。
「うん・・・。 問題無しだな。 何も変わっていない。」
シロは両手を広げておどけたようなしぐさを取り、3号にちょっと皮肉っぽく答える。 すると、
「それでは、お待ちかねの武具選択といきますか。 と、言いたいところだけど、見てわかる通り、今回支給された操機用武具は、訓練室に人間用の模造武具が全てあるのよ。 なので、ここで武具を選ぶより、訓練室で模造武具の感触を確認しながら選ぶのはどうかしら?」
と、3号が提案してきたので、
「・・・なるほど・・・。 そうだな・・・。 この格納庫内で機体を起こして、武具を持たせて・・・振り回して・・・じゃあ、ちょっと狭そうだ・・・。」
シロも格納庫内に置かれている武具類から機体、格納庫内全体と、順に眺めながら3号に答えた。 格納庫内は結構な広さがある。 だが、新しい武具が所狭しと並べられているのに加え、操機が立ち上がって武具を振り回すとなると、些か手狭ではある。
「それじゃあ、先に訓練室へ行っていてね。 私も後から行くから。」
3号は優しい口調で告げると、機体が格納されている整備台に向かい、動かなくなってしまった。 残っている機体の稼働確認を再開したのであろうか。
「・・・では、後ほど訓練室で。」
シロは動かなくなった3号の背後から声を掛け、格納庫を後にした。
訓練室に到着したシロ。 模造武具置き場前に来ると、改めて置き場内にある武具類をまじまじと見て、
『・・・うん! 3号の言っていた通り、格納庫に置かれていた操機用武具と同一のものが、全て揃ってる!』
と、気がはやり、少々興奮してしまう。
まずは1号機が使っていたのと同じ、「ロングソード」を手にしてみる。 過去にも何度か持ってみたが、今、実機の手合いで使っている「ショートソード」とあまり変わらないので、すぐに使いこなせそうだなと思った。 「ロングソード」を元の位置に戻すと、間近には、いつも使っている「ショートソード」や、アムに持たせた、刃渡りの短い「ダガー」も置かれているのが見て取れる。
シロが次に手にしたのは「メイス」。 2号機が使っていた武具だ。 剣の類と違い、刃の部分がないため、向きを意識する必要が無く、扱いやすそうだ。
「アックス」は武具の中では比較的小型だ。 「メイス」と同じく、重さを利用する武具だと3号が言っていたのを思い出した。
「スピア」。 短い刃と長い柄の武具である。
「ハルバード」は、「スピア」の先端付近に、「アックス」の刃部分が付いたような形状になっている。
シロが色々な模造武具を手に取り触っているうちに、
『剣類、斧類、槍類、斧槍類には、柄が長く、両手で扱った方が使いやすい、大型の武具もある。』
と、過去に3号が説明してくれたのを思い出す。 そんな多種多様な模造武具類を見ていると、
「・・・はあ・・・。 ・・・いざ、操機用の新しい武具がきてみると、何を使っていいか・・・悩むもんだな・・・。」
と、シロは笑顔ながらも軽いため息をつき、一人呟いてしまう。
暫し後、再度、1号機が使っていたのと同一形状の模造武具「ロングソード」を手に取り、訓練室広間中央に移動して素振りをしてみる。 縦に振り、横に払いと、数回素振りをすると、
『うん。 ・・・思った通り、「ショートソード」と変わらないな・・・。 ・・・いや、若干重いから、長時間の手合いになると、疲れるか・・・。』
と、右手に持った「ロングソード」を見つめつつ感じた。
模造武具置き場に戻って「ロングソード」を元の位置に戻すと、今度は「メイス」を右手で持ち、再び広間中央に向かうシロ。 またも、縦に振り、横に払いと、数回素振りをすると、
『3号の言っていた通り、先端付近に重いものがあるように感じる・・・。 その影響か・・・、素振りだと、「メイス」に振り回されているみたいになるな・・・。』
と、シロは「メイス」に対してはあまり良い感触が無く、早々に模造武具置き場へと戻った。
次に試したのは「アックス」。 三たび、縦に振り、横に払いと、数回素振りをすると、
『う~ん・・・。 この武具も、刃の付け根付近に重りのようなものが入っているのか・・・。 だけど、武具の全長が短いおかげで、「メイス」のように振り回されることはないか・・・。 ただ、刃の向きがあるから、それを意識しないといけないのか・・・。』
と、「アックス」にもいい感触が持てず、これも早々に模造武具置き場へ戻すこととなった。
その後、「スピア」、「ハルバード」と素振りをしてみたが、『これだ』という感触の武具はなかった。
そうこうしているうち、3号が訓練室に入ってきた。 模造武具置き場前で固まったように武具類を睨んでいるシロに近づきつつ、
「だいぶ悩んでいるようね。」
と、冷やかすように話しかけてくる。 一方、シロは近づき話しかけてきた3号を、にこやかに一瞥した後、
「そうだな・・・。 目移りというか、それぞれ一長一短があるようで・・・。 なあ、3号。 3号のおすすめは?」
遂には自身で使う武具を決められず、3号に選択させるような話し方をするシロ。 そうすると、
「『おすすめ』って、そんなものは無いわよ! 自分で決めなさい!」
3号は少し前のめりになりつつ、露骨に怒っているような声でシロに言い放つ。 が、続けて、
「次の対4号機手合いまで時間はあるんだし、ゆっくり選んだら。」
そう話す3号。 口調は呆れ気味だが、穏やかな声色に戻った。 一方、3号の話を聞いた後、黙ってしまったシロ。 暫く後、
「・・・いや。 例えば、この『ハルバード』の扱いを上達させたいと思った場合、使いこなせるようになるまで、かなりの時間が必要になると思うんだ。 だから、扱いが上手くなりたい武具を早めに決め、その分、訓練時間を多くとりたい。」
と、シロは模造武具の「ハルバード」を手に取り、3号を見ながら反論するように告げる。
「だったら、無理して新しい武具なんて選ばず、今まで通りの『ショートソード』でいいのでは? 使い慣れているでしょ。」
3号は模造武具置き場に置かれている「ショートソード」を指差し、呆れた口調でシロに答える。
「確かに、使い慣れてはいるけど・・・。 う~ん・・・。 結局、『ショートソード』か・・・。 こっちの『ロングソード』だと、マリナと同じだし・・・。」
片や、シロは「ハルバード」を模造武具置き場に戻しつつ、再度、マリナの1号機が使っていたのと同じ形状の「ロングソード」を右手で取り出した。 さらに左手では、いつも使っている「ショートソード」も取り出す。 ただし、シロはこの「ロングソード」を使うのがいささか不満のようだ。 暫し、比較するように見比べていたが、右手の「ロングソード」を目の前に掲げ、眉間に皺を寄せ、固まったように「ロングソード」を見続けてしまう。
「ちなみに、選んだ武具を使い続ける必要はないんだからね。 手合い毎に武具を変えても構わないのよ。 マリナは、その『ロングソード』が気に入ったようだけど。」
と、3号はシロに話しかけているが、シロは自身の手に持っている「ロングソード」、「ショートソード」も含め、今度は模造武具置き場においてある複数の模造武具と睨めっことなってしまっている。 3号の声がシロの耳に届いているかは怪しい。
いかばかりかの時間が経っただろうか。
「だったら、両手で使う、『ツーハンドソード』はどう? 5号機との手合いで盾を捨てたくらいだし。」
模造武具類と睨めっこになってしまっているシロを不憫だとでも感じたかのように、3号は模造武具置き場の中にある大きな剣、「ツーハンドソード」を指差しながらぽつりと言った。
「ん・・・? これ・・・か・・・。」
シロは手に持った「ロングソード」、「ショートソード」を模造武具置き場に戻すと、3号が指差した先にある模造武具の「ツーハンドソード」を取り出す。 そして両手で柄をしっかり握りしめ、3号がいるのとは反対側に向かって数歩歩き、一回、二回と縦方向に素振りをしてみる。 今まで「ショートソード」を無理矢理両手で扱っていた時は、柄を両手で握り込むようになってしまっていた。 だが、「ツーハンドソード」は柄が長く、右手、左手とも別々に柄を握れるようになり、違和感がなくなったような気がする。
「うん・・・。 これ・・・、良さそうだな。 ちょっと、これで訓練してみるか。」
シロは素振りをしていた手を止め、3号に微笑みながら答えた。 が、
「まあ、せっかく盾の話も出たことですし! 『ツーハンドソード』の訓練を始める前に!昨日、『5号機との手合いで盾を外した』件! 詳しいお話を聞かせてもらいましょうか!」
と、3号は厳しい口調でシロに話しかけながら、ゆっくりと詰め寄っていく。
「う・・・。」
一方、3号に詰め寄られたシロは、自分の下腹付近に「ツーハンドソード」の柄を立てかけて手を放し、両手を肩まで上げて降参したような構えをしてみせ、
「ああ・・・。 その件は・・・午後からゆっくりと、話し合いませんかね・・・? 3号さん・・・。」
と、シロは焦った表情で3号から目線を外し、珍しく『さん』付けで呼んだ。 すると、
「では! 昨日の5号機との手合い反省会は! 午後から! ここ、訓練室で!」
と、引き続き厳しい口調で話す3号。 片や、自身の目前まで3号に詰め寄られたシロは、ちらりと見た3号の「面」下の整った素顔が、怒った表情になっている幻を見つつ、
『やっぱり、「スモールシールド」を外したのはまずかったか・・・。 とりあえず、話をそらそう・・・。』
などと考えを巡らせ、
「・・・なあ、3号! 『ツーハンドソード』の装備だと、盾の類は持てないのかな!?」
シロは左前腕に盾を持っているかのような動きをしながら、わざとらしく大きな声で3号に問いかける。
「盾? 使えなくはないけど、手で支える盾類と、『ツーハンドソード』を同時に持つと、両方共に使いづらくなるわよ。」
3号は穏やかな口調に戻ってそう告げると、模造武具置き場からいつも使っている「スモールシールド」を取り出した。 そして両手で掲げ、シロの左前腕に装着させようと近づいてくる。
「おお、ありがとよ。」
シロは3号が掲げている「スモールシールド」を受け取り、自分の左前腕にしっかり装着、固定させた。 その後、シロは「ツーハンドソード」を持ち直し、再度、3号から数歩離れて素振りを再開する。 「ツーハンドソード」を縦に振り下ろす時は問題ないが、真横に薙ぎ払おうとすると、「ツーハンドソード」の柄が「スモールシールド」の淵などに当たり、扱いにくい。 一方で、盾である「スモールシールド」をしっかり固定させようとすると、盾内側の握りを掴むこととなり、「ツーハンドソード」の柄を両手で掴めなくなる。 「ツーハンドソード」と「スモールシールド」を両方機能させるのは困難に感じられた。
「なるほどな・・・。 この、『ツーハンドソード』を使う場合、盾類による防御は捨てることになるのか・・・。」
と、シロは左前腕にある「スモールシールド」を眺めながらぼやくと、
「そう悲観することもないでしょ。 『ツーハンドソード』を持ちつつ、盾類も持てる装備があるわ。」
3号はそう言うと、再び模造武具置き場に行き、籠手に小ぶりな盾類が一体化しているような盾、「ハンドシールド」を取り出してシロに見せた。
「へえ・・・。」
シロは一通りの模造武具を見てはいたが、有効な使い方を見いだせなかった武具の一つが「ハンドシールド」だった。 この程度の防御面積の盾では、籠手と大して変わらないように思えたからだ。
シロは左前腕の「スモールシールド」を外して近くの床にそっと置くと、3号から「ハンドシールド」を受け取り、左前腕に装着してみる。 左腕全体がそれほど重く感じるわけでもなく、他の盾類のように、盾の内側に握りが無い。 籠手に付いている盾の部分がそれほど大きくないため、「スモールシールド」と「ツーハンドソード」を同時に持った時のように、「ツーハンドソード」の取り回しが不便になることもなさそうだ。 左腕自体を大きく振り回してみても、装着している感触に違和感は無かった。
シロは三たび3号から少し離れ、本格的に「ツーハンドソード」を上下に振ってみた。 次に右から左へ払い、左から右へも薙ぎ払ってみる。 突き、下から上への切り上げなどの剣戟も出してみた後、素振りを続けつつ左前腕に装着した「ハンドシールド」を眺め、
『なるほどな・・・。 「ツーハンドソード」を振り回しても、柄が盾に当たらないように、形状が考慮されているのか・・・。』
そう思い、
「良さそうだな・・・。 3号! 昼くらいまで、この武具で少し振りや扱いの訓練をしてみる! ありがとよ!」
と、シロは素振りをしながら、少し離れた場所に立つ3号に告げる。
「良かったわ。 それじゃあ、私も、このままシロの訓練に付き合いましょう。」
一方、3号は素振りを続けているシロに向かい、優しい口調で返事をする。
「ん? 新品の機体はいいのか?」
片や、3号の思いがけない返事を聞いたシロは、素振りをしていた手を止め、不思議そうに聞き返すと、
「ええ。 新品だし、私がやらなければいけないことはだいたい終わっているし。 残りの細かなことは、シロが今晩寝ているうちにでも済ませておくわよ。」
と、3号は冷静に答えた。
「あれ・・・? 3号・・・。 『人』と言えど、12時間以上の連続労働は、いろいろとまずいんじゃなかったっけ・・・?」
シロはふと、「人」に対する取り扱いの決まり事を思い出した。 あまり詳しくは覚えていないが、そのうちの一つに、『「人」を何時間以上、連続で働かせてはいけない。』とかなんとかという、決まり事があったのを思い出す。 片や、シロの話を聞いた3号は、
「おやおや。 心配してくれるのかい?」
と、突然、年配者のような口調で喋り出す。 シロのことをからかっているようだ。 一方、シロは模造武具の「ツーハンドソード」を左腰に納めたような姿勢を取り、
「ああ。 そりゃあ、3号は今のところ、俺の・・・。」
と、嬉々として話していた。 が、突然、言葉につまってしまう。
「おれの?」
片や、3号はまだからかっている口調でシロに聞き返す。
「・・・。」
すると、シロは無言で3号と真反対に向き、右手のみで頭部覆いと「面」を素早く器用に装着する。 その後、左腰に納めたようになっていた「ツーハンドソード」を両手で持ち、黙々と上下、上下と素振りを始め、3号の問いかけには答えなかった。 一方で、
『・・・3号は、俺の・・・「配下」? 「管理下」? 「保護下」? ・・・なんなんだろう・・・。』
と、シロは「面」下で照れくさそうな顔をしつつ、武具を振りながら自問するのだった。
昼食を取り終えたシロは、午前中に3号と約束した通り、訓練室へと戻った。 訓練室内に入ると、壁際の休憩椅子に「面」と頭部覆いを付けた3号が座っているのを見つけ、シロはその左隣りへと腰掛け、
「・・・さて、なにからお話ししましょうか?」
と、隣に座っている3号を見つつ、観念したように落ち着いた口調で話を切り出す。
「昨日の5号機との手合い。 どうして、手合い中に『スモールシールド』を捨てたの?」
3号は隣に座ったシロをゆっくり見上げ、重々しい口調だが、単刀直入に聞いてきた。 片や、話を聞いたシロは、しばらく考えたようになった後、
「・・・どうして・・・って・・・。 5号機・・・17号の実力を見てみたかった・・・からかな・・・。」
と、3号から視線を外し、正面を向いたまま訓練室中空を眺め、思い出すように答える。
「実力?」
一方、3号はシロの回答に納得がいかないらしく、困惑した口調で聞き直してくる。
「・・・そう、実力・・・。 『人』操機主が操る5号機、6号機。 両機共に人間相手では全敗・・・。 って、そういう言い方は良くないのかもしれないけど、実力が出せてないような気がするんだ・・・。」
と、シロは「人」操機主に対する思いを3号に伝えた。
「その考えと、『スモールシールド』を捨てたのは、何か関係があるの?」
片や、シロの話を聞いた3号は、疑問が深まったように問いかけてくる。
「俺が防御姿勢を解いて無防備になったら、5号機は攻撃に転じてきただろ。 隙を見せれば、17号は攻めに転じてくれると思ったんだ。」
と、シロは3号に視線を戻しながら話す。 続けて、
「5号機、6号機とも、防御は大したものだ。 だが攻撃は、それほどでもない・・・。 だから、もっと攻撃の学習をすれば、5号機、6号機、共に、俺たちと対等に戦えるようになると思うんだ。」
と、シロは話を締めくくった。 片や、身動き一つせず、シロを見上げ、その話を聞いていた3号。 暫し後、
「そうか。 だが、5号機、6号機の『人』操機主、17号、18号をあまり過小評価しない方がいい。 2体は、操機の手合い専用に作られた『人』だからな。」
と、突然、3号の声色と口調が変わったように聞こえたシロ。 合わせて、3号の言ったことも理解できなかったため、
「ん? 過少・・・?」
と、聞き直そうとするも、
「それと、盾類を捨てるような行為は、今後控えてもらえないかしら。 もっとも、『ハンドシールド』を使うようになったら、捨てることはできないけどね。 なにせ、『ハンドシールド』は機体の各前腕に固定されるからね。」
と、シロの疑問に答えず、話を続けた3号。 一方、話を聞いていたシロには、声色と口調がいつもの3号に戻ったように感じた。 3号の声色や口調が変化したのは、自身の聞き間違いかと思い、
「・・・それなら、次戦は・・・いっその事、『ツーハンドソード』のみ、『ハンドシールド』は無しでいきますか・・・。」
シロは諦めたような口調と表情で話した後、座ったまま腰下に両手を上下で揃え、「ツーハンドソード」を構えるようなそぶりを見せた。
「シロがそれを望むなら、私は止めないけど。」
片や、シロの話を聞いた3号は、少々不満そうに答える。
「・・・いや。 次の手合い、『ハンドシールド』は装備していくよ。 なにしろ、4号機との手合いだからね・・・。」
一転、シロは真剣な口調と表情で話す。 操機4号機。 次の手合いは、ゴウが相手となる。 対2号機の手合いでは、降参していたゴウだったが、その次の対6号機手合いでは、優勢に戦っていたのを思い出す。
「なあ、3号。 ちなみに、明日の手合いは?」
と、シロは唐突に3号へ尋ねると、
「明日は、その4号機と1号機の手合いね。」
と、3号は明るい口調で答えてくれた。
「おお、1号機と4号機の手合いか・・・。 なら明日は、しっかり、俺の『次戦の予習』をさせてもらうとしますか・・・。」
そう言って席を立つシロ。 向かった先は、訓練用操縦席。
「なあ、3号。 仮想機体で、『ツーハンドソード』を持った操作訓練をしたいんだが、お願いできるか?」
シロは訓練用操縦席扉近くに立ち、3号に振り向きつつ右手親指で訓練用操縦席の扉を差す。
「了解。 中に入って待っていて。 準備するから。」
一方、休憩椅子に座ったまま、シロの動きを追っていた3号だったが、シロからの指示に対して明るい口調で答える。 その後、姿勢を正し、正面を向いて動かなくなった。
「準備できたわよ。」
間を置かず、訓練用操縦席出入り口の扉が自動で開き、今度は訓練用操縦席内から3号の声が聞こえてくる。
『・・・やれやれ・・・。 「待ってる」間もないな・・・。』
呆れたような気持ちになりつつ、訓練用操縦席に入っていくシロ。 だが、
「けど、仮想機での訓練前に、昨日の対5号機の手合い反省会。 残りの部分をやるわよ。」
と、3号の冷静な声が、訓練用操縦席天井付近から振ってくるのだった。
明けて翌日。 1号機対4号機の手合い開始時刻、15時が間近となった。 シロは訓練室の訓練用操縦席内で、3号と一緒に座って手合いを見ることにした。 3号が気を利かせたかのように、訓練用操縦席床はふかふかとなり、セーフティベルトを背もたれ代わりにしてくれてある。 正面画面には、闘技場の中継映像が映し出されている。 映像位置は、1号機と4号機が同時に見える映像位置。 これも、3号が気を利かせて選択してくれたようだ。
薄曇りの空の下、両機とも既に手合い開始位置に到着している。 そして武具は、1号機が変わらず「ロングソード」と「ラージシールド」。 4号機の武具も変わらず、最初から支給されている「ショートソード」と「スモールシールド」だった。
「あらら・・・。 4号機は、新しい武具の支給がまだなのか・・・。」
と、シロが沈んだ口調でぽつりと言うと、
「そのようね。」
と、3号の声が訓練用操縦席天井付近から響き渡る。 3号は、訓練用操縦席内のシロから少し離れた左側に、「面」と頭部覆いを付けた「人」本体を置いているものの、どうやら手合いの中継は、訓練用操縦席に知能情報を移した、操機補状態で見ているようだ。
「3号・・・。 操機補状態で・・・見ている・・・のか?」
と、シロは3号の声が聞こえてくる天井付近を見上げ、確かめるように問いかける。 すると、
「ええ、そうだけど。 知能情報を本体に戻して、隣に座った方がいいかしら?」
と、3号が冷やかすように言ってきた。
「いや。 それはいらない。」
と、シロが即答したのにもかかわらず、離れた場所に座っていた3号の本体は突然立ち上がると、シロに向かってゆっくりと歩き近寄ってくる。 そして、シロのすぐ左隣に腰を下ろした。
「・・・いらないって、言ったのに・・・。」
一方、シロはすぐ隣に座った3号の本体を鬱陶しそうに見つつ、嘆くように呟く。
「そう言わないで。 あ、何なら、アムも呼ぶ?」
と、3号は完全にからかい状態になってしまっているようだったので、
「3号! この手合い、集中して見たいんだ! おふざけはやめてくれないか!」
と、シロは珍しく真剣な口調で3号に指示を出す。 だが、
「りょうか~い。」
と、3号は変わらず、ふざけた口調で答えた。 一拍置いて、背もたれ代わりになっていたセーフティベルト上部側の一部が動き出し、突然、シロの両肩をほぐし始める。 それと同時に、
「手合い開始まで、マッサージしてあげよう。」
シロの隣に座った3号の本体は、黒い「面」をシロに向け、引き続きふざけた口調でそう答えた。
「始め!」
程なく、1号機対4号機の手合い開始となった。 手合いが始まると、おふざけ状態だった3号もさすがにおとなしくなり、無言で1号機対4号機の手合いを見ている・・・いや、分析しているのであろうか。
手合いの進行は、序盤こそ1号機、4号機、共に一進一退の攻防となるも、中盤以降は1号機の「ロングソード」が4号機の「スモールシールド」を躱し、徐々に4号機装甲に当たりだす。 装甲を貫通し、機体本体にまで達しているような剣戟も見受けられる中、ついには、1号機が4号機の右手を捉える。 右手に剣戟を受けた4号機は、武具を握れなくなってしまったのであろうか、「ショートソード」は闘技場地面に落ち、乾いた音を立てて転がっていく。
「それまで。」
間をおかず、「操機戦管理」は手合いの終了を告げた。
「・・・やっぱり、1号機・・・マリナが強いのだろうか・・・。」
手合い終了後、シロは顎に右手を当て、考え込んだような面持ちで手合いを見た感想をぽつりと告げた。
「そうね。 武具の扱いというか、操機の扱いというか、操機戦に関して、マリナは他の操機主より頭一つ抜け出ているようね。」
と、隣に座っていた3号も黒い「面」をシロに向け、渋い口調で答える。 手合いの感想についても、シロと同感のようだ。
「・・・さて、マリナとの次戦は暫く先だからいいとして・・・。 4号機の動き、どう見えた。 3号?」
シロはすぐ隣の3号を見据え、訓練用操縦席内正面画面に映る映像に右手をかざして問いかける。 映像は、「操機戦管理」が手合いを止めた時の1号機対4号機、そのままが映し出されている。
「対2号機の手合い時と、あまり変わらないようね。」
と、冷静な口調で告げる3号。 そして正面画面には、今行われた1号機対4号機の手合いと比較するように、2号機対4号機の過去に行われた手合い映像が並んで表示され、共にスローモーションで手合い開始の状態から動き出す。 3号が映像や画面を操作しているのであろう。
「・・・。」
片や、暫し正面画面の比較映像に見入っていたシロだったが、
「ん・・・?」
ふと、何かに気が付き、
「・・・3号、直近の4号機対6号機の手合い映像も映せるか?」
と、3号に向かい、不思議そうな口調で指示を出す。
「了解。」
3号が冷静に答えると、正面画面には、4号機対6号機の過去手合い映像も表示され、再び、手合い開始の状態からスローモーションで再生を始めた。 そして、またも比較映像に見入ったようになってしまうシロ。 かなりの時間、比較映像を見入っていたが、
『ゴウの・・・4号機の動き・・・。 6号機相手だと、攻め手が違うように見える・・・が、気のせい・・・か・・・?』
などと、少々の違和を感じ始める。 そのため3号に向かい、徐に、
「・・・なあ、3号・・・。 4号機対6号機の手合い、どう見える?」
と、大雑把に問いかけてみる。 すると、
「対6号機戦での4号機剣戟速度、明らかに速いわね。」
と、3号は間をおかず、冷静に答えてくれた。 その回答に対し、シロは映像から感じていた違和感の原因が分かりかけ、
「・・・そうか! 3号! 俺と4号機との過去手合い映像も出せるか!?」
と、大きな声でさらに指示を出す。
「了解。」
3号はまたも冷静な口調で答える。 すると過去の3号機対4号機手合い映像も、正面画面に追加で映し出される。
「・・・これ、4号機と2回目に手合いした時の映像か?」
しばらくの間、追加された映像を険しい表情で見入っていたシロ。 が、追加された映像が1つだったので、シロは3号に問いただすと、
「ええ、そうよ。 4号機との2回目の手合い映像。 1回目も出す?」
と、3号は冷静に告げてきた。
「いや、1回目はいい。 それよりこの映像から、4号機の剣戟速度を教えてくれ。 3号機対4号機の2回目手合い時、4号機の剣戟速度は?」
と、シロは画面を睨むように凝視し、真剣な口調で指示を出す。
「今期の対6号機手合い時と、ほぼ同じね。」
3号が冷静に告げると、比較結果を正面画面に提示してくれた。 3号機対4号機の手合い時、4号機が「ショートソード」で剣戟を放った時の映像と、4号機対6号機手合い時に、4号機が「ショートソード」で剣戟を放った時の映像。 比較しやすいように、左右に並べて表示してある。 4号機の剣戟速度は、2つの映像内ともほぼ同じ速度だった。 そして、先ほど行われた1号機対4号機の手合い映像とも比較すると、明らかに剣戟速度が違うことが分かる。 先ほどの1号機対4号機手合い時、4号機が放った「ショートソード」の剣戟速度は、明らかに遅い。 その後も複数個所で映像を比較したが、1号機対4号機の手合い時、4号機の剣戟速度は遅いままだった。
『・・・ゴウ・・・は・・・、マリナやレイ相手だと、遅い剣戟・・・つまり、手加減をしていたってことか・・・?』
と、シロはゴウに対し、強い不信感を抱いた。 ただ、手加減がわかったところで、それが『試験運用中の操機戦』に問題があるかといえば、問題は無いようにも思える。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 正面画面を厳しい表情で見つめていたシロは、
『・・・ゴウは・・・俺に対しては全力・・・。 ならば、俺も、それに答えるだけか・・・。』
そう決意すると、やる気を出すように右手を強く握りしめ、
「・・・わかった! ありがとよ、3号!」
シロはにこやかに力強く告げると、隣に座っている3号本体の右肩を左手でぽんぽんと優しく叩いた後、セーフティベルトに手伝ってもらいながら立ち上がる。 その後、
「なあ、3号! 少し休憩したら、ここ・・・訓練用操縦席で、仮想機での『ツーハンドソード』操作訓練に付き合ってくれないか?」
と、3号に向かい、再度、にこやかに力強く問いかける。
「了解。」
3号も立ち上がった後にシロを見上げ、明るい口調で答える。 そして、シロ、3号とも、訓練用操縦席から出て行くのだった。
翌日の朝。 操機4号機の操機主であるゴウは、朝食を食べ終え、自身の訓練室に向かっていた。
『やれやれ・・・。 昨日のマリナ、容赦なかったな・・・。 損傷箇所の確認をしていないし・・・、あとで格納庫へも行かないと・・・。』
などと、苦笑いを浮かべながら機体の損傷状況を心配していた時、突然、操機主用服にある肩スピーカーから、通話通信の呼び出し音が聞こえてくる。 操機補4号からの呼び出し音だ。
「おはよ~。 どうした、4号? 今、訓練室へ向かっているぞ。」
ゴウは訓練室へ向かっていた歩みを止め、4号からの通話通信に対し、襟のマイクを使って明るく応じる。
「おはよう、ゴウ! 『操機戦管理』から、操機用の新しい武具が届いたんだ! 格納庫に来てみてよ!」
と、ゴウの服にある肩スピーカーからは、年少男児のような、澄んだ明るい声が聞こえてくる。
「おっ! やっと俺にも来たか! 待っていたんだよ・・・。 すぐそっちへ行くから、ちょっと待っていてくれ!」
ゴウは嬉々として4号からの通信に答える。 そして通信を切ると、訓練室に向かっていたのを止め、格納庫へ向かって勢い良く走り出した。
軽く息を切ったゴウが格納庫出入り口近くにたどり着くと、扉は自動で開く。 そして格納庫内に入って行くと、黒い「面」と頭部覆いを付けた操機補4号が、ゴウを出迎えるように待ち構えていた。
「おはよう、ゴウ! 今朝、『操機戦管理』から届いたんだよ。 武具の種類は、訓練室にある模造武具と同じ。 操機用に大きくなっているけどね。 それと、新品の機体が届いているよ。」
と、小柄な体格の4号は、ゴウを見上げて明るい口調で話しかけている。 が、
「お~・・・。 す~げ~・・・。」
ゴウは4号越しに見える新しく支給された操機用武具に、目が釘付けとなってしまっている。 一方、4号は、自身の声がゴウの耳に届いていないのを察したかのように、
「ねえ! ゴウ、聞いてる? 機体、新品だから、稼働確認しようよ!」
と、4号はゴウの右手を引っ張りつつ、再度ゴウに話しかける。 すると、
「4号! 次の手合いは少し先だし、武具の確認を先にしないか!?」
と、ゴウは少々興奮した様子で4号に答える。 新しい武具が気になって仕方がないらしく、どうにも武具を見て回りたいようだ。
「うん、わかったよ。 それじゃあ、先に武具を見ようか。」
一拍置いて、4号はゴウのわがままを聞き入れたようだ。 ゴウを見上げながら明るく答え、届いたばかりの武具が置いてある一角へと小走りで先行していく。
「いや~・・・。 どれもこれも、大きいな・・・。 大巨人用・・・。 いや、操機用か。 ははは。」
と、ゴウも笑いながら4号の後を追い、広い格納庫内の武具が置いてある一角へと、ゆっくり入って行く。 そして色々な武具に触れながら見回っていると、
「ゴウ。 武具は動かないように固定してあるけど、あまり触らないでね。」
4号はゴウに対し、突然、警告をするように話しかける。 すると、
「・・・ん・・・?」
一方のゴウは不思議そうに声を上げ、
『・・・確かに、しっかり固定されているとはいえ・・・、万が一にも、固定されている武具が動いたら・・・。』
などと、4号の話を聞き、操機用武具が動いて転がってしまった時の事を考えてしまい、
「・・・なるほど・・・な・・・。 なあ・・・、やっぱり・・・離れて・・・見ないか・・・。」
と、操機用の武具に触っていたのを急にやめた。 更に、不安そうな声と表情になり、4号に声を掛けつつ、辺りを注意深く見回して安全そうな方向を見つけると、その方向へ向かい、武具を置いてある一角を足早に出ていく。
「わかったよ、ゴウ。 少し離れて見るんだね。」
片や、4号もゴウの後を追いかけ、足早に武具を置いてある一角から出ていく。 その後、ゴウと4号は格納庫内をしばらく移動し、格納庫内全体がほぼ見渡せる格納庫上部通路にやってきた。
「ここからなら、安心して眺められるな。 さ~て、どれを使うか・・・。」
と、ゴウは通路の手摺にもたれかかり、各武具を興味津々に眺めはじめる。 そして頭の中では、眼下にある色々な武具を持った操機4号機の姿を想像していた。
「・・・やっぱり・・・、大巨人といえば、大型武器だよな・・・。」
暫し後、ゴウは大きな武具が置いてある一角を眺めながらぽつりと呟く。
「大型武器って、両手を使用する武器のこと?」
ゴウの右隣に立っている4号は、ゴウの独り言に答えるように見上げながら話す。 続けて、
「大型っていうか、両手用の武具は、盾以外の武具で大体あるよ。 剣、斧、槍、などなど。」
と、4号が説明を続けている最中、ゴウは眼下に広がる武具の一つに目が止まる。
「あれは?」
と、ゴウは目についた武具を右手で指差す。 片や、4号はゴウの指差した先の武具を見据え、
「あれは、『ハルバード』だよ。」
と、武具の名称を告げた。 そして武具に向けていた「面」を再びゴウに戻すと、
「『スピア』の先端に、『アックス』の刃先を足したような形状になっている武具なんだよ。 訓練室にも、同じ形状の模造武具が置いてあったでしょ。 で、左の小ぶりなのが片手用、ゴウが指さした柄の長いのが両手用だよ。」
と、説明を続けた。
「模造武具か・・・。 ここに来た時、最初に何回か触ったきりだな・・・。」
と、ゴウは訓練室に置いてある模造武具をすっかり忘れていた。 4号の黒い「面」に視線を合わせ、思い出したように答える。 すると、
「それじゃあ、これから訓練室に行ってみない!? ここにある武具は、訓練室に同じ模造武具が揃っているし!」
と、4号はうきうきした声で話し出す。 ゴウを訓練室へと誘っているようだ。
「そうだな・・・。 訓練室は、いつも、筋力強化運動と、雨の日の走り込み用にしか使っていないし・・・。 武具の選択も兼ねて、たまには操機主らしい、武具訓練でもしてみるか・・・。」
そう言いつつ、ゴウは右手を拳にし、笑顔で4号の目前にかざす。 一方の4号も、ゴウがかざした右拳に答えるように、自分の左手を拳にする。 そしてお互いに拳を軽く殴った後、ゴウ、4号、共に訓練室へ向かって歩き出した。
訓練室近くまで一緒に来たゴウと4号。 訓練室出入り口が近づいてくると、4号は唐突に走り出し、
「わ~い!」
と、嬉しそうに叫びつつ、ゴウに先行して訓練室内に入って行ってしまう。 そんな4号の姿を見ていたゴウは、
『ははは。 まるで、年少の子供だな・・・。 わざとはしゃいでいるように見せているのか? それとも、ただ単に嬉しい反応なのか・・・。』
などと、4号の行動を考えながら、追いかけるように訓練室へ入って行く。 そして室内に入ると、普段は近寄らない模造武具置き場に向かう。 すると、4号はゴウを出迎えるように、両手用の武具が多く収納されている模造武具置き場の一角に立っていた。
「・・・さて。 『ハルバード』も気になりますが、他の武具もちゃんと扱ってみますか・・・。」
4号に案内されたかのように、両手用の武具が多く収納されている模造武具置き場前に来たゴウは、置かれている武具類をゆっくりと一通り見定めた後、一番手近にあった両手用の模造武具、『ツーハンドソード』を手に取った。
「ふ~ん・・・。」
手に取った「ツーハンドソード」を目の高さまで掲げ、まじまじと見定めた後、ゴウは訓練室の広間へ向かい歩き出す。 広間中央に着き、模造武具を振り回しても問題無いのを確認した後、ゴウは「ツーハンドソード」の柄を両手で握る。 そしてゆっくりと上段に振りかぶり、振り下ろす。 再度、上段に振りかぶり、振り下ろす。 数回振ってみたところで右から左へ、左から右への薙ぎ払いをして、最後に正面に突きを出してみた。 その後、「ツーハンドソード」を暫し眺め、
『・・・これ・・・、片手で扱えないか・・・?』
と、疑問に思ったゴウは、「ツーハンドソード」の柄から左手を外し、今度は右手のみで振りかぶる。 だが、刀身が長い影響か、片手で頭上に振りかぶり振り下ろすと、上手に「ツーハンドソード」を制することが出来ず、ふらついた剣筋となってしまった。
『・・・軽いとはいえ、さすがに両手を使って支えないと駄目か・・・。』
ゴウはぱっとしない表情で模造武具置き場に戻ってくると、「ツーハンドソード」を模造武具置き場内の所定位置に戻す。
次に目が行ったのは模造武具の「ツーハンドアックス」。 「アックス」と比べて柄の部分が長くなっており、刃の部分もかなり大型化されている。 ゴウは「ツーハンドアックス」を模造武具置き場から持ち出し、再び広間中央へ歩き出した。
「なんだ? どう使うんだ? これ?」
広間中央に到着し、「ツーハンドソード」のように柄の最下部を持って振り上げようとしたゴウ。 だが、軽量な模造武具とはいえ、さすがに「ツーハンドアックス」の柄最下部を持って振り上げようとすると、武具の重心が不安定になってしまった。 何かおかしいと感じ、
「4号! これ、どうやって使うんだ!?」
と、模造武具置き場前から動いていない4号に向かい、ゴウは大きな声を上げて叫ぶ。 すると、
「刃に近い部分にどちらかの手! 柄の中央部分に反対の手を!」
と、4号は元居た模造武具置き場前から広間中央に少し近づき、大きな声で答えてくれる。一方、4号の話を聞いたゴウは、左手を刃のすぐ下の柄に下側から握り、右手を柄中央部で上から握る。 そして、4号に持ち方の確認をしてもらうため、「ツーハンドアックス」を頭上に掲げ、
「こうか!?」
と、再び大きな声で尋ねる。
「そうそう。 それで左から右に払ってみて。」
片や、4号はゴウの握り手を確認すると、ゴウへ向いたまま後ろ歩きで後退しつつ叫んだ。
「よし!」
と、ゴウは意気込み良く、4号に言われた通りに「ツーハンドアックス」を左から右に薙ぎ払ってみる。 が、刃部分が少し重くなっているためか、薙ぎ払った後に少々よろよろと重心を崩してしまうゴウ。 だが、そんなことは気にせず、左右の手を入れ替え、右から左へも薙ぎ払ってみた。
「なるほどね・・・。」
ゴウは再び数回素振りをして感触を確かめると、模造武具置き場前に戻り、「ツーハンドアックス」を所定位置に戻す。
次にゴウが手にしたのは、模造武具の「ツーハンドスピア」。 片手用の「スピア」より柄の部分が長く、武具全体がゴウの身長を超える長さがある。
「刃先は長くないんだな。 そして簡素。 で、どう使うんだ?」
と、ゴウが4号の方向を向きながら聞くと、
「突くのが主の武具だからね。 構えは『ツーハンドアックス』と同じ。 で、刃先で突く。」
4号は身振り手振りで突く動きを見せつつ、「ツーハンドスピア」の扱い方を説明してくれる。 それを見聞きしたゴウは、三たび広間中央に移動し、4号から教わった素振りをしてみるが、
「・・・これ、突く以外の使い方は!?」
突きの動作を数回繰り出してみた後、ゴウは4号に困ったような声で尋ねる。
「柄の長さを生かして、上から下に叩きつけるとか! 左右に払うとか!」
再び、4号が身振り手振りで武具の使い方をゴウに伝える。 片や、4号の身振り手振りを見たゴウは、おもむろに「ツーハンドスピア」を頭上に振り上げ、振り下ろそうとする。 が、寸でのところで、
「・・・ん? ああ・・・。 振り回す時は、柄の下の方を持つのね・・・。」
と、「ツーハンドスピア」を振り上げ振り下ろそうとすると、柄尻が胸に当たりそうになったため、慌てて持ち手を変える。 一通りの素振りを試したゴウは、模造武具置き場に戻り、「ツーハンドスピア」を所定位置に戻した。
そして、今度は柄が長い方の模造武具「ハルバード」を取り出し、
「どれ・・・。 いよいよ、お待ちかねの・・・。」
ゴウはそう呟くと、右手のみで「ハルバード」を携え、微笑んだ表情でまたも広間中央に歩いていく。
「持ち方は、『ツーハンドアックス』や『ツーハンドスピア』と同じだよ。 武具の先端部に『アックス』の刃部分が付いているから、上手く使ってね!」
再び、模造武具置き場付近で身振り手振りによる「ハルバード」の使い方を伝える4号。 だが、今度はゴウを冷やかすような口調になっている。
「『上手く使ってね』って・・・。」
一方、4号の声を聞いたゴウは、微笑んだ表情から一転、困惑したような表情に変わり、広間中央に立った。 そして「ハルバード」を「ツーハンドスピア」と同じように構え、力強く突きを放つ。 その後、柄尻に両手を移動させ、上段に大きく振り上げた後、先端部にある「アックス」の刃部分を下向きにして振り下ろす。 だが、先端の「アックス」部分の重量が思いのほか重く、振り下ろしの速度が速くなってしまったゴウは、「ハルバード」で訓練室広間床を強打してしまう。 訓練室内に鈍い音が響くと同時に、ゴウの両手には、訓練室床を叩いてしまった衝撃が、模造武具の「ハルバード」を通じて伝わってくる。
「痛って!」
悲痛な声を上げ、「ハルバード」を手放して跪くゴウ。
「あ~ぁ。 大丈夫? ゴウ?」
その光景を見た4号は、小走りでゴウに近寄りつつ、心配そうな口調で声をかける。
「衝撃の数値からだと、手、痛かったでしょ。 ちょっと休憩しようよ。」
と、跪いてしまっているゴウの正面にかがみ込み、引き続き心配そうに話しかけた。 その後、4号はゴウの両手を手に取って見回し、ゴウが装着している操機主用服や手袋から、ゴウの手に伝わった衝撃の力量数値を「人」視界で再確認し、大きな怪我をする数値では無いのを確かめると、
「立てる?」
と、黒い「面」をゴウに向け、顔を覗き込みながら優しく尋ねた。
「ああ・・・。 大丈夫だ・・・。」
片や、ゴウは苦しそうに答えながらも、どうにか自力で立ち上がる。 そして、両手をさすりながら休憩椅子に向かってゆっくり歩き、手を使わずに腰掛けた。 椅子に腰掛けてもなお、手をさすっている。 よほど痛かったのだろう。
「・・・なるほどね・・・。 使いこなすには、時間が必要だな・・・。 だが、シロとやりあうまでには、何とかしたいな・・・。」
と、ゴウは少々悔しそうに呟く。 一方、訓練室床に置きっぱなしになっていた「ハルバード」を模造武具置き場に戻してきた4号は、ゴウの右隣に座りながら、
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。」
と、優しい口調で話しかけ、再びゴウの両手を手に取り、今度は優しくさすってくれる。
「・・・あはっ・・・。 お前にそんなことされてもな・・・。」
と、ゴウは苦笑いをして4号に話しかけた。
そんな時、通話通信の呼び出し音がゴウの操機主用服にある肩スピーカーから聞こえた後、
「ゴウ。 2号機操機主のレイが尋ねて来ています。 どうしますか?」
続けて聞こえてくる、聞きなれた若い女性の優しい声。 ゴウの専属「人」である、ミリアの声が聞こえてきた。
「ん・・・? レイが?」
と、少々驚いた口調で言葉短く答えたゴウ。
『なんだろう・・・。 尋ねられる理由が、思い当たらないが・・・。』
と、暫し考えた後、
「・・・わかった。 それじゃあ、すぐに戻るから、それまで応対をお願いできるかな。」
と、ゴウは襟のマイクを使い、落ち着いて依頼する。 すると、
「承知しました。 食事部屋の来客用テーブルへ案内しておきます。」
と、ミリアは冷静に返事をして通話通信は切れた。
「あ~あ。 お客さんじゃしょうがないか。 お邪魔虫は消えますよ~。」
片や、ミリアからの通信を聞いていたのであろうか、4号は座っていた椅子から立ち上がってゴウの目の前に立つ。 そして黒い「面」と頭部覆いを手早く取り去った後、冷やかすようにゴウへ言い放った。
「こら・・・。」
一方のゴウは、照れ隠しのためだろうか、痛めた右手を無理に握って4号の頭を軽く小突こうとする。 すると、4号は両手を開いて掲げ、頭部付近でゴウの右拳を止め、
「ははは。 それだけできるなら、手は大丈夫だね。」
と、明るい声と「人」特有の整った笑顔で答える。 おふざけが止まらないようである。
「・・・ははは・・・。 それじゃあ、新品の機体確認は、午後からでいいな?」
右拳を止められてしまったゴウも苦笑いをした後、椅子から立ち上がり、落ち着いた口調で4号に尋ねる。
「わかったよ。 こっちは操機補用の機体確認を進めておくね。 じゃあねー。」
4号が明るい口調でそう言うと、ゴウに右手を振った後、小走りで訓練室を出て行こうとする。 すると、ゴウは何かに気付いたようで、走り去っていく4号の背中に向かい、
「4号! 格納庫、誰も行かないと思うけど、人間が来るのを感知したら、「面」を付けろよ!」
と、大きな声で呼びかける。 一方、4号は走っていたのを急停止し、ゴウに振り向き、
「うん、わかったよ! ゴウ!」
4号も大きな声で返事をした後、再度右手を振り、走り出して訓練室から出て行った。
「・・・さて・・・。 俺も、・・・と・・・。」
静かになった訓練室内。 ゴウは室内をぐるりと一瞥した後、ゆっくり歩きながら訓練室を出て、自身の部屋へと向かった。
自身の食事部屋に戻ってきたゴウは、室内を見回す。 すると、外の風景を映し出している壁近くの来客用テーブルで、椅子に座っているレイの姿を見つけた。 テーブル上には、お茶の入った器が置かれているようだ。 ミリアが用意してくれたのだろう。
「・・・やあ、レイ。 来てくれて嬉しいよ。」
ゴウは座っているレイに近づきつつ、にこやかに話しかけると、
「ごきげんよう、ゴウ。 貴方がこんな時間から訓練室に行っているなんて、新しい武具でも支給されたのかしら?」
と、近づいてくるゴウを見て、明るい口調で挨拶を返すレイ。 一方、レイの話を聞いたゴウは、
『あれ・・・? どうして、新しい武具支給の事を知っているんだ・・・。』
と、不思議に思いながらも、
「・・・いや~・・・。 さすが、レイ。 鋭いね・・・。 ははは・・・。」
と、レイが座っている椅子の反対側付近に到着すると、頭の後ろを右手でかき、立ち尽くしながら誤魔化すように笑っていた。 一拍置いて、
「・・・まあ、貴方の部屋なんだし、まずは座ったらどう? ゴウ。」
と、レイは右手をかざして対面の椅子に座るように、ゴウに対して優しい口調で促した。 片や、促されたゴウは頭の後ろに右手をあてたまま、左手で椅子を引き、ゆっくりと腰掛ける。
「・・・それで、武具が支給された時、『操機戦管理』からなにか連絡がありまして?」
ゴウが対面の椅子に座ると、レイはテーブル上に置かれたお茶の器にそっと手を添え、ゴウに問いかけてきた。
「いや。 連絡とかは特に無かったけど。 どうかした?」
ゴウはレイの質問に対して即答する。 「操機戦管理」から連絡が無かったのは事実だし、誤魔化してもしょうがないと判断したからだ。 そんな時、ゴウの服にある肩スピーカーから、通話通信の呼び出し音が聞こえた後、
「ゴウ。 飲み物をお持ちしましょうか?」
と、ミリアの声が聞こえてきた。 どうやら、ミリアはこの食事部屋内にある調理場から、ゴウに通話通信をしているようだ。 そのことを察したゴウは、
「ちょっと失礼。」
と、レイに前置きした後、レイから視線を外して自身の襟のマイクを使い、
「ああ。 お願い。」
と、小声で優しく答える。
「失礼します。」
間を置かず、ミリアの声が食事部屋内にある調理場の方から聞こえてくる。 黒い「面」と頭部覆いを付けたミリアは、広い室内を迷いなくゆっくりとゴウの元に近づいてくる。 ゴウとレイが使っている来客用テーブルの前に来ると、携えていたトレイから、レイが使用しているのとお揃いのお茶の入った器を優しく手に取る。 そして、ゴウが座る側の来客用テーブルに、お茶の入った器をそっと置き、
「他の飲み物が良ければ、お持ちしましょうか?」
と、ゴウにそっと問いかける。 だが、
「いや、これでいいよ。 ありがとう、ミリア。」
と、ゴウはそばに立つミリアを見上げ、微笑みながら落ち着いた口調で答えた。 一方、ミリアは軽くお辞儀をしつつ、
「失礼しました。」
と、優しい口調で告げた後、再び室内をゆっくりと歩き、調理場内に戻っていった。
「・・・それで、操機用の新しい武具が来た時の話だっけ? 4号は、『今朝届いた』って言っていたけど・・・。」
片や、少しの間、ミリアを見送っていたゴウは、レイに視線を戻し、問いかけられていたことについて話を再開した。
「・・・そうですか・・・。 それで、使いたい武具は決まりましたか?」
と、レイは落ち着いた口調で別の問いかけをしてくる。
「いや・・・。 それが、まだ決まっていないんだ・・・。 さっきまで訓練室で、4号と一緒に色々と試してはいたんだけどね・・・。」
ゴウは両手を広げ、おどけた仕草をしつつ答えると、
「・・・あの・・・。 それでしたら、私も、ゴウの武具選択を手伝いましょうか?」
レイは出されているお茶の入った器を手に取り、口をわずかに付けるか付けないか程度の量を飲んだ後、ゴウに微笑みつつ提案をしてくる。
「おお! それはありがたい! それじゃあ、昼食は、ここで一緒に食べないか? で、午後から、武具の件を訓練室で!」
と、ゴウはレイに向かって微笑みながら、喜んで答えた。
「ええ。」
一方のレイも微笑み、言葉短く返答する。 そうすると、
「それじゃあ、ちょっと失礼・・・。」
再び、ゴウはにこやかな口調で前置きした後、レイから視線を外し、襟のマイクを左手で囲む。 そして、レイに聞こえないように、小声で、
「4号。 午後から新しい機体の確認予定だったけど、取り消しで・・・。」
と、4号に通話通信を入れる。 すると、ゴウの服にある肩スピーカーからは、
「わかったよ、ゴウ。 まぁ、こうなると思って・・・」
と、からかっているような4号の声が、ゴウのみに聞こえる肩スピーカーの機能を使って聞こえてくる。 すると、4号が話している途中にもかかわらず、ゴウはにこやかな笑顔のまま、冷静に通話通信を切ってしまう。 そして、
「・・・あはは・・・。 ちょっと、4号と・・・ね・・・。」
と、少々引きつったような笑いをしてレイを見たあと、独り言のような話をする。 その後、気を取り直し、再度襟のマイクを使い、にこやかな口調で、
「さて・・・。 ミリア、昼食なんだけど、一人分追加できるかな?」
と、今度はミリアに通話通信を入れる。 するとこちらも、
「わかりました。 レイとの会話は聞いていました。 こうなると思い、すでに一人分の食事を追加手配済み・・・」
そこまで聞いたゴウは、またもにこやかな笑顔のまま、冷静に通話通信を切ってしまった。 この通話通信も、レイには聞こえていないはずだが、まるで聞かれていたのを隠すように、
「あはは・・・。 『人』ってのは、察しが良すぎて困っちまうな・・・。」
と、再び苦笑いをしつつもレイに両手を広げ、おどけて見せた。 そんなゴウの姿を、暫し微笑みつつ見ていたレイだった。 だが、
「・・・ゴウは・・・。 いつも・・・明るいですね・・・。」
そう切り出すと、レイは突然、消沈した面持ちで目を瞑ってしまう。
「・・・レイ・・・。 どうした、突然・・・。」
片や、急に変化したレイの表情を見たゴウは、自身のレイへの対応が良くなかったのだろうかと思い、おどけた表情から一転、驚いた表情で答える。
「・・・私・・・、なんだか・・・疲れて・・・しまいまして・・・。」
レイは力なくゆっくりと下を向き、お茶の器に添えていた両手も膝の上に置いてしまった。 一方のゴウは、驚いた表情から真剣な表情に変わり、レイを見守っている。
「・・・戦って、休み・・・。 ・・・戦って、休み・・・。 なんだか・・・私、ついていけなくなってきましたわ・・・。」
しばらく後、レイはゴウに聞き取れるか聞き取れないか程度の小声で話す。 一方、そんな言葉を聞いたゴウは、
「・・・レイ・・・。」
と、一言返すのが精一杯だった。 再び、しばらく後、
「・・・以前の・・・。 毎日、変化のない生活も嫌でしたけど・・・。 ここの生活も、私には・・・、合わないのかもしれませんね・・・。」
レイは、再びゴウに聞き取れるか聞き取れないか程度の小声で話した後、沈黙してしまう。 片や、話を聞き終えたゴウには、俯いて沈黙してしまったレイの肩が小刻みに震えているように見えた。 その後は、真剣な表情でゴウも沈黙してしまう。
二人が沈黙してから、いかばかりかの時間が経っただろうか。 今度はゴウから、
「・・・レイ・・・。 そうか・・・。 それじゃあ、レイは明日、6号機との手合いだったよな。 さぼって、どこかへ気分転換しに出かけないか? そうしたら、俺も、次の手合い・・・シロとの手合いをさぼるよ!」
ゴウは明るい口調でそう言いながら、椅子から力強く立ち上がる。 そしてレイの方に向かって歩き、小刻みに震えているレイの右肩に優しく右手を置く。
「・・・ゴウ・・・。」
そう言いながら、目を開いてゆっくりゴウを見上げるレイの目には、うっすら光る粒が見て取れた。
エピソード1-3に続きます。




