電車でのひと時
シーツの取り込みも後少しまで減ると、少し余裕が出来たので練習場の方へと視線を向けてみると、丁度数人の練習風景が見えました。換気の為か熱気の為かは不明ですが、扉は常に全開放なので中が良く見えます。
「タツミ君はどれかな~。見るのは大会以来だな~。」
私は久しぶりに見るタツミ君の剣道を楽しみにしていた。そしてすぐに彼を見つける事に成功した。相変わらずの剣閃と迷いなく打ち出される切り落としと言う技の特性が私を魅了する。
流石に相手は推薦で入学した大学生達ですから。この前の試合の様に上手には決まりませんが、タツミ君はそれでも諦めずに工夫しながら一本を取ろうとしているのが良く解りました。
自分の道を一直線に描いて、尚且つ相手の攻撃はその一撃で逸らしながら攻撃する攻防一体の一撃だ。私は何と言うかそれに生き様みたいなモノを感じてしまうのはちょっと変わっているだろうか?
恋も同じではないだろうかと考えてしまう。相手に真っ直ぐ向かって行って、邪魔する相手を薙ぎ払ってでも前に進み、そして意中の相手を仕留める。
何と言うか、説明しがたいが、とにかく私は全てをひっくるめて彼の生き方を知ってみたいと思ったのを思い出す。
「相変わらず綺麗な剣道だな……、でも綺麗とは違うかしら? 強引とも言えるんだけど……何かが凝縮されたモノを感じるのよね。」
私は見惚れて独り言を呟く。
「へぇ、ヒジリちゃんは彼の剣道から惚れたのか、面白い順番ね。」
急な声をかけられて慌てて横を見ると、いつの間にか叔母さんが立っていた。
「大丈夫、お母さんには言わないでおいてあげるから。まぁ残りは私が運ぶからゆっくり見てなさい。今日は特別よ。」
そう言って叔母さんは残りのシーツを持って階段を降りて行きました。う~ん、何か弱みを握られたようで何か複雑な気分ですが、まぁ今はじっくりと堪能することにしよう!
そう思って、振り向き直すと今度は別の異様な物を目にしたのだ。それは多分……いや間違い無く、あのお兄さんだろう。
相手の剣を全て手首の返しだけでいなして、そして体勢を崩したところで一撃を瞬時に繰り出す。もはや芸術にしか見えない。そしてタツミ君とお兄さんの剣道を見比べたら99%の人はお兄さんの剣道を絶賛するだろう。
「何だろう? 確かに芸術的なんだけど……心に響かない。」
しばらく見ていると、確かに初手でフェイントを入れて相手が動いたところを崩して打ち込む。教科書に出て来るようなお手本なのだろう。
そして途中で私は気が付いた。お兄さんの剣道は主役しかいないのだと。
「剣道って相手との気合や技術での打ち合いと思っていたけど、お兄さんの剣道は相手の存在が薄すぎるんだわ。だから何と言うか熱量がぶつかり合う様な物を感じないのね。」
私は妙に背筋が寒くなるのを覚えた。アレは剣道とは何か違う次元の物にしか見えなかった。少なくともタツミ君の剣道を見てから色々と動画を見てみたが、お兄さんの剣道は異質に感じた。
何と言うか相手が諦めているのが悪いのか、もしくわお兄さんが強すぎるのが良く無いのか私には理解できませんでした。
「見てて、心が躍らない。むしろお兄さんもその環境に飽き飽きしている様にも見えるわ。でも周りは芸術的な面しか見て無くて気が付いてない?」
多分、誰も気が付いてないのでしょう。タツミ君の姿も見えなくなったので私は見学を止めて階段を降りて叔母さんの元へと向かいました。
「さて、気分を切り替えて帰りのお楽しみタイムね。」
今日の仕事が終わり、駅のホームへとゆったりと歩を進めた。ここ数日で解ったが、仕事が終わる時間とタツミ君が帰される時間がほぼ一緒なのだ。なので毎日帰りの電車は一緒なのだ。
「もぉ~、む~り~。」
相変わらずの大きめの独り言を言っていつもの椅子に座る。私もいつもの椅子の位置だ。ここ毎日同じなのに彼はこちらに気付く様子も無いのが少し不服だが、疲れ切っているのでは仕方ありません。
本当に、誰か友達が居ればこの風景を向かいのホームから写真に撮ってくれとお願いするのに! 私はぼっちだから無理だ! これほど悔やまれる事は初めてです!
「いい加減、友達の一人でも作れるようにならないとなぁ……。」
そう呟くと、タツミ君がこっちを振り向いたのに気が付いた。
あ、やばい。変な人と思われちゃう! 急に独り言であんなこと言ったら、絶対変わり者と思うじゃ無いの!
そう考えた瞬間に私は帽子を深くかぶり直して顔を見られないようにした。
「悩み事ですか、お互い大変ですねぇ。」
ぇ? これって私に話しかけて来ている? な、なんて答えれば良いのかしら?
「あ、あああ、あの、スミマセン。ひ、独り言なので気にしないで下さい。」
ああああー! 初の会話がこれってどうなのーーーー!!!
「いや、大丈夫ですよ。俺もたまに独り言でも言わないとやってられない時も有りますから。」
おや? 何か同意されてしまいました。これは会話継続のチャンスなのでは? そう思っていると無情にも時間切れを告げる、電車の到着のアナウンスが流れて来た。
「あ、電車が来ましたね。」
そう言って立ち上がると会話はそこで終わったのだった。そしてタツミ君は先に電車に乗り込んでいった。私も後を追いかけると、彼は珍しく空いていた席に座ったと思いきや速攻目を閉じてしまったのだった。
これ、起きれるの? 大丈夫かしら? 少し離れた位置でみていると、すぐにタツミ君は寝息をたて始めたて、電車の揺れに合わせて頭が力無く揺れていた。
さて、どうするか。
取り敢えず、いざとなったら偶然に起こすキッカケを作る為にも近くに寄る事にしよう。
次の駅で人の移動に紛れて彼の目の前に移動した。完全に寝ている様だ、停車の振動で起きた様子も無い。
うーむ、うつむいて寝ているので寝顔が見れません! 実は少し楽しみにしてたのに!
しかし、次の駅に着くとタツミ君の隣の席の人が立ち上がって降りて行きました! 私は普段は見せない様な素早い動きで遠慮無く隣に座らせて頂きました!
何という偶然でしょうか! 初めて帰りの電車で座れただけでなく、タツミ君の隣に座れるなんて! これはちょっと興奮してしまいます!
いや、少し落ち着くのよ。
まずはこれでタツミ君が寝過ごしそうになったら自然に揺らす感じで立ち上がって起こすのも有りね。いざとなったら、どうやって起こすかを考えておきましょう。
そんな事を悶々と考えていると肩に何か重みが掛かるのを感じた。そしてちょっと汗のニオイを感じる。
「あ……。」
現状を頭が理解すると同時に声が出てしまったがすぐに声を止める。タツミ君のゆらゆらしていた頭が私の肩の上に乗っかって来たのだ。
これは、ヤバイ! 何と言うか思考回路が回らない! ほんのり汗のニオイが漂って来るけど、何と言うか不快なニオイでは無かった。
上手く言えないが頑張っている人の汗と言うのだろうか? むしろ何と言うか心地良いと言えば大袈裟だが、気にならない汗のニオイと言えばいいのだろうか?
え? そこで変人を見る様な目で見るの辞めて貰えますか? ほら、よく言うじゃないですか、本能的に相性が良い人のニオイは気にならないと言うか好ましく思えるって言うじゃないですか。多分ソレです。
次の駅に着くと人が入れ替わります。そして新しく入って来た女子高生と思わしき人達が私達を見て小声で呟いているのが聞こえます。
「ねぇ、見て。あの子達いい感じね~。」
「本当、青春って感じで良いわね~。」
知らない人が見たらそうでしょうね。普通は知らない人同士なら女の子の方が嫌がって相手を起こしますからね。
私もタツミ君以外の男の人だったら肩を動かして起こします。と言うか全力で逃げます! しかし今はこの時間を堪能させて貰いましょう。
そして、ふと気が付きます。今ならスマホのインカメで写真をとってもカップルと勘違いされるから問題無く一方的なツーショットを撮れるのではないか?
よし、これは千載一遇のチャンスだ! そう思ってスマホを自由の効く方の手で取り出して消音モードでスマホを見るふりをしながら写真を撮ります。
「あら、あの子ったら寝顔でのツーショット撮ってる。可愛いわね~、気持ちは良く解るわよね~。」
「そうね~。中々そんな機会無いでしょうからね。」
先程の人達ナイス! これで不審者と疑われる事無く寝顔だけどツーショット写真をGETです!
そして私達が降りる前にその女子高生達は降りて行きました。ラッキーです。これで私が先に一人で降りても不審がられる事は無くなりました!
そして私達が降りる駅に到着しました。私は肩に乗ったままの彼の頭を自然に外して立ち上がりました。タツミ君は急に支えを失って目を醒まして、駅名に気が付いて慌てて駆け降ります。
「あ、あの。スミマセンでした。」
後ろからタツミ君の声がしましたが、恥ずかしいのでそのまま駅のホームを出て家路を急ぎました。今日は追いかけ調査は無しですね。最終日までに家が解れば良いのですから。
そして私はスマホを取り出して先程の写真を見返しては、他の人には見せられない様なだらしない笑顔をして帰ったのでした。