終話 人見知りと自己評価の低い人の変化
「なぁ、ヒジリ。」
「どうしたの? タツミ君」
俺とヒジリは相変わらず俺の自宅のリビングで勉強会をしていた。キッチンには兄さんが鼻歌を歌いながら紅茶を入れている光景が見える。ちなみに母さんはパートに出て、父さんはパチンコに行っている。今現在家に居るのは3人だけだ。
「大会の時の……」
「タツミ君、その話は長くなるから期末試験が終わってからにしましょうって言ったよね? 今回も成績がヤバいんだよ?」
「ハイ……勉強頑張ります。」
あの時のセリフの事を聞こうとするが、当日は祝勝会とレン達の尾行で話す時間が全く取れなかった。翌日に聞こうと思ったら来週に迫った期末試験が終わってからと言われてしまったのだ。
「はっはっは、ずっと気が付かない愚弟よ、こういう時は女性の意見に従うのが正しいんだよ。そもそも家とかでそういう話題を振るのが間違えている。」
馬鹿にするような表情で紅茶を差し出て来るが……気付いていたのに黙っていた兄さんも中々の問題だと思うのだが?
「お兄さんもその話題を蒸し返さないで下さい。」
「おっと、これは失礼。では勉強頑張ってくれ。俺は出掛けて来る。」
そう言って兄さんは玄関から外へと出て行った。何とも言えない気まずい空気が流れている……いや、気になって勉強に身が入らないんだけどね!
「タツミ君、ペースが落ちてるよ? 今回は絶対に赤点を取らせないんだからね?」
ヒジリもそれに気が付いているのか俺に気合を入れ直して来るのだが……
「どうしたの? 何か解らない問題が有った?」
「いや、何と言うか……初めて会った頃に比べてハッキリと物を言うようになったなぁと思って。最初はもっとこう、オドオドしていたと言うか遠慮し過ぎていたと言うか……」
「え? あ、あれ? そ、そう……かな?」
俺の言葉に少し戸惑う様子でヒジリが困り出してしまった。
「あ、いや。悪い意味で言ったんじゃなくて、良い意味で変わって来たなと思ったんだ。」
「そ、それは……」
ヒジリが顔を赤くして黙ってしまった。俺が不思議そうに見ているとヒジリが諦めた様な表情をする。
「昔はタツミ君と最初会った頃よりも、もっと酷い人見知りだったんだよ? 自分から積極的に話しかけられない所は変わって無いけど、こんな風に普通に会話するのも苦手だったの。」
「そうなのか? 確かに会話は苦手そうに感じたがそこまでには感じなかったが?」
確かにヒジリはどちらかと言うと受け身的な所は感じていたが、勉強を教えてくれる時等はむしろ積極的に動いていた記憶が有る俺からしたら意外な言葉だった。
「元々ね、私って病弱だったから子供の頃は仲間に入れてもらえない事が多かったの。子供の頃って運動の遊びが多いじゃない? そうしていたらいつの間にか一人になってたんだ。」
うん? 何かヘビーな子供の頃の話が始まった気がするが……こういう時は黙って聞く事に徹しておこう。
「そうしていたらね、段々と他の人達が嫌いになっていったんだ。どうせ私とは一緒に遊んでくれない。調子を崩すと面倒だから最初から誘ってもくれない。だったら期待しない様に一人で居ようって。」
俯きながら語るヒジリを俺は黙って見ていた。最初の頃の話下手は気になっていたが、そう言う過去が有ったからだったのか。
「そのうちにね、神様が居るのなら何で自分をこんな体にしたのか? って良くある悲劇のヒロインみたいな思考になっちゃっててね……今思うと努力しないのに何でも手に入るのが当たり前と思っている子供だったなって思っちゃうんだけどね。」
俺も何となくだが気持ちは理解出来た。でも何と言うか俺に比べてヒジリの方が大変だったのはすぐに理解出来た。だから本当は聞きに徹するべきだったが言葉が出てしまった。
「そんな事は無いさ、子供の頃はそんなものさ。俺だって兄さんみたいになれるって信じてたのに現実を知ってひねくれたんだからな?」
「ふふ、ありがと。でもね、私とタツミ君の違いはね努力し続けたかどうかなんだよ? 私は自分の殻に閉じこもって外の世界を妬んでいただけ。タツミ君は届かないと知っても追うのを諦めなかった。」
優しい表情で語りかけて来るヒジリに何とも言えない気持ちになる。それは過大評価し過ぎだと言いたかった。
「そんなワガママでどうしようも無い私がね、偶然行った剣道の試合で先生に『剣道は相手に勝つ事が目的じゃ無い、自分に勝つのが目的だ』って言われて自分の小ささに気付かされたの。」
そこで先生の言葉が来るんかい! ってツッコミは入れないでおこう。確かに大事なのはその部分だし。今なら俺も意味が分かるから。
「そんな時にタツミ君の試合を初めて見て、一直線で真っ直ぐな剣道を見て感動したの。そこからだよ、私が自分もあんな風に真っ直ぐに生きたらどんなに素晴らしいんだろうって思ったのは。」
う~ん……真っ直ぐと言うか……それしか手段が無かったとは今更言えない。あの当時は本当に駆け引きが出来なかったからな。
「でね……その……もう気付いているとは思うんだけど……その時からコッソリと色々調べてたんだ……」
そしてヒジリはその後の経緯をゆっくりと話してくれた。
俺の試合を隠れて見る為に補助員をやったり、ナギとレンに知り合って友達になった事。バレンタインの事や中学時代からの色々な行動を隠さずに話してくれた。電車での寝ている俺とのツーショット写真の話を聞いた時は流石に驚いたが。
そして偶然にも俺から話しかけられて知りあえた時は緊張と嬉しさで大変だった事なども素直な感情を話してくれたのだった。
「流石に……気持ち悪かったよね?」
全部話し終わった後のヒジリは不安そうな表情をしていた。自分の行動がストーカーに近い物だと思っているのだろう。
「いや、そんな事は無いさ。ヒジリの行動のお陰で俺も変わることが出来たんだからな。」
「私の行動で? タツミ君が変わったの?」
不思議そうに小首をかしげている。そうか、この件はヒジリには言って無かったか。
「俺はヒジリが思っている様な強い奴じゃないさ。知ってるだろうけど兄さんと言う理想に届かなくて、勝手に自分に絶望して惰性で続けていただけなんだよ。」
「でも……」
ヒジリはフォローしようとしたが、すぐに今はちゃんと話を全て聞く時と理解したのか黙って俺の方をしっかりと見据えて来た。
「あの当時の『切り落とし』も見かねた兄さんが教えてくれた技なんだよ。だから偶然の出来事だ。」
俺は自分の両手の剣道タコを見ながら少し懐かしくなった。
「辞めたくても辞めれなくて……ただ考えなくて済む様に素振りをくり返していた結果があの時だったんだ。応援はされても兄さんの弟としての期待が透けて見えるものばかりだったからな。」
「自分を見られてないと思ったのね。常にお兄さんの弟としてしか見られてないと。」
俺は頷いて肯定するとあの当時の気持ちを伝える。
「そんな時に俺宛にチョコと手紙が届いたのは。『あなたの剣道を応援してます。』短い一言だったけど初めて俺を見てくれていると感じたんだ。正直色んな意味で嬉しかったのを覚えている。」
ヒジリを見ると意外だったと言わんばかりの表情だった。
「そこから誰かが見てくれているなら恥ずかしいマネは出来ないって気持ちと、もしかしたら恋に発展するのか? って気持ち半分の考えから頑張っていたんだ。そんなに純粋過ぎる程じゃない。」
「でもケガしても頑張ったのは?」
「あの時は……意地だったな。絶対にバレンタインの子……ヒジリに会うまでは続けないといけないと言う思いが8割かな? 後の2割はよく解んがやらなければと思っただけだな。」
「でも今だったら残り2割の感情が理解出来たんでしょ?」
そこまで言うと俺も自分で残り2割の気持ちに今は気付いているのが自覚できた。ヒジリもそれを感じたのだろうか意地悪そうな表情で質問してきた。
「そうだな、どうしようもない程嫌いなのに辞めれない。結局は剣道が好きだったんだよな。それに気付くのに随分と時間が掛かった。レンとの試合で楽しいって事を思い出せたよ。」
「辞めなくて良かったね。」
微笑むヒジリを見ていると、この3年程に起きた事は奇跡や運命みたいなものに思えてきた。本当に些細なキッカケで俺達二人は変われたのだと理解出来た。
「全部ヒジリのお陰だよ。本当に偶然の積み重ねで俺達は良い方向に進めたと実感するな。」
「違うよ、奇跡や運命なんて無いと思うんだ。だってどう泣いても喚いても現実は変わらない。当たり前の……ただ何となくの一歩を進み続けれたんだから変わったんだよ。」
「当り前の一歩の繰り返しか……そうだよな。結果だけ見たら凄い事に見えるけど、俺達は進み続けたから変われた。動かなくなっていた自分を変えたんだな。」
「うん、確かに出会った人のおかげも有るけど、自分の努力を簡単な言葉で片付けちゃいけないと思うの。だから『ただ何となくの一歩の積み重ね』なんだよ。」
午後の穏やかな日差しがリビングに射しこんで来た。そこに居るヒジリがとても幻想的に見える程に綺麗な光景に変わった。
「この流れで言うのもズルいかも知れないけど一歩進もうと思う。」
「え?」
ヒジリが空気を察したのか緊張した面持ちに変わった。俺も緊張した顔をしていると思う。
「俺はヒジリのお陰で人生が前向きになれた、感謝しきれない。ただそういう感情を抜きにしても伝えたい事が有る。」
しばしの沈黙の後、俺は意を決してずっと思っていた気持ちを飾らない真っ直ぐな言葉で伝えた。
「ヒジリ、俺と付き合ってくれ。ずっと隣に居て欲しい。一緒に一歩づつ歩んでくれないか?」
「わ、私なんかで良いの? ここ、こんな変わり者なのに?」
ヒジリは困惑半分、嬉しさ半分の表情をしながら両手がどうしたら良いか分からずにあたふたしていた。
「ヒジリじゃなきゃダメなんだ。こんな情けない俺で良ければ宜しくお願いします。」
そう言って俺は手を差し出す。
「わわ、私で良ければ、ここ、こちらこそよろしくお願います。」
ヒジリはどもりながらも返事をしてくれた。そしてそっと俺の手を握ってくれたのだった。
ああ、人の手って暖かいんだな。心が癒されると言うか何かに満たされて行く感じがする。そしてただゆっくりとした時間が流れていくのだけを心地良く感じた。
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こうして私がタツミ君を初めて見た日から3年半が過ぎ、本当の意味で私達は知り合うことが出来ました。時間が掛かり過ぎたとは思いますが、この時間が有ったからこその結末だったと思います。
人との出会いで少しづつ人は良い方向へと歩き出せると言う事を知る機会になりました。時間をかけて私もタツミ君も成長できたと思います。
お互いの情けない所、恥ずかしい過去、心の醜い部分も知り合えたと思います。
でもそれ以上に相手の素敵な所や、本人も気付いていない魅力を知る事が出来ました。そして短所を受け入れて成長を遂げれたと思います。
私達の関係は始まったばかりですが、この関係が素敵に成長して育つことを願ってこの物語を終わりたいと思います。
これを読んでくれたアナタに良き出会いと、素晴らしい一歩が踏み出せますように。
本編は完結になります。
後書きがございますので、
お手すきの方は良ければそちらも宜しくお願いいたします。




