負けたとしても
タツミ達の祝勝会は程なくして終わった。日が沈んで少し肌寒い風が吹き始めた頃、レンが急いで走っている姿が見えた。誰の元に向かっているのかは明白であった。待ち合わせの場所はいつもよく待ち合わせに使う駅近くの公園だ。
いつもの場所で、いつも通りに、そしていつもの挨拶で声を掛ける。
「待たせたな。」
「慣れてるわよ。たまには私より早く来れないの?」
既に待っていたナギは、いつもの様に内心は思っていないのに少しだけ不満げな表情をしてレンを迎えた。
「ナギが早すぎるんだよ。お前いつも何分前行動してるんだよ? 頑張っても絶対に先にいるんだが?」
「そんなの内緒だわよ。女を待たせない様な行動を心掛けなさい。」
何度繰り返したか解らないやり取りは二人の中で習慣化していた。この他愛もないやり取りも常に楽しめる事が大事と二人とも思っている様だった。
「何も変わらないな。俺達のやり取りも。」
「あら? 表面上は変わらないけど内面的に変える為に呼び出したんだわよね?」
ここからはいつもと違うやり取りが始まる。
いつもはすぐに二人はじゃれ合う様に会話を始めるが、今日ばかりはいつもと違う雰囲気で二人はベンチに座って静かにしていた。
ただその静けさは気まずい沈黙では無く、感慨にふける様な心地良い静けさだった。
「負けちゃったわね。」
しばらくしてナギが呟くとレンは静かに頷いた。
「ああ、人生最高の動きだったんだがな。」
「そうね、今まで見て来た中でも最高の試合だったわよ。」
二人の会話は穏やかな空気のまま進んで行く。その中には悔しさや後悔と言った感情は感じられずに、まるで素敵な映画を見終えた後に言葉にならない物を共有しているかのようだった。
「不思議だよな、負けて悔しく無いんだぜ? 俺って変なのかな?」
「負けて悔しがるってのは全力を出し切れてなかったからだわよ。今回は練習から全てにおいて全力を出し切った結果で負けたのだから後悔が無いって事だわよ。だって私も何故か悔しく無いんだもの。」
「せめてナギ位は悔しがってくれよ。俺の代わりに。」
「レンが悔しがってないのに私が悔しがってどうするのよ? それよりも最後の一撃が納得できているからでしょ?」
ナギの言葉を小さな声で肯定する。そして月が見えて来た夜空を見上げると、そっと肩に重みが掛かったのに気が付くが敢えて言葉は発さなかった。
「最後の攻防は過去最高の動きだった。俺もタツミもな。」
「うん。」
ナギは言葉をどう紡いで良いのか悩みながら発しているレンを焦らせない様に、ただ静かに肯定する。
「最後の最後の瞬間で、時間がゆっくりに感じたんだ。まるで全てがスローモーションだった。その中で俺とタツミの竹刀を振り下ろすだけの行動に色んなモノを感じたんだ。不思議だろ?」
「うん。」
「面白いんだぜ? タツミが俺の竹刀を切り落としで逸らすのが分かったから全力で力を逃がさない様にしていたんだ。でも逸らされた。」
「そうね。」
ナギもレンが見てい空を見上げると綺麗な三日月が空に浮かんでいた。
「本当にあの月の様にタツミの剣閃が光って見えた。俺と違って逃げなかった分の差なのだろうな。俺の剣閃はそこまで届かなかったんだと思う。」
「今はもう逃げてないでしょ?」
「ああ、逃げないし目を背けない。だってあんなに楽しい感覚を味わえたんだからな。」
「剣道やってて『楽しい』って言葉を初めて聞いたわね。」
ナギはクスクス笑いながら振動がレンに伝わって行く。その揺れを心地良さそうにしてレンの顔は明るいものになっていた。
「ああ、初めてだ。いつもは悔しいとか、何で負けた、どうして勝てない! とかばっかりだったのに。またあの楽しい舞台に早く立ちたいと思ってしまう。ワクワクが止まらないんだ。」
「ふふ、剣道の基本の『自分に勝つ』って事がやっと出来たと言う事だわね。」
「そうだな、きっとそうなんだと思う。勝ち負けよりももっと大事な事に今頃気付いたんだろう。これもタツミが居なかったら味わえなかったかも知れないけどな。」
「良いライバルで親友が居て良かったわね。」
「ああ、俺には勿体無い位の親友だよ。」
会話が終わると二人は再び余韻に浸る様に静かになった。そしてナギはレンの顔が真っ赤になっているのを横目で見ながら、次に発されるであろう言葉を待っていた。
「な、なぁ、ナギ。」
「なあに?」
レンはいつもと違う穏やかで優しい返事にさらに緊張を高めている様だった。
「あ、そ、その……きょ、今日の月は綺麗だな……うん。」
再び沈黙が少し流れる。そして今度はナギが顔を赤くしながら意を決した様に言葉を発した。
「ふふ、そうね。きっと今ならきっと手が届くでしょう。」
そう言うとそっとレンの手を握る。
「全く、ストレートに表現出来ないのは相変わらずだわね。」
「わ、悪かったな……何と言うか性格は急に変えられないもんでな。でもよく返し言葉まで知ってたな?」
「レンの事だから素直に言わないと思ったから勉強しておいただけよ。それとも『死んでもいいわ』の方が良かった? 今日のレンの姿を見たら今の返し言葉の方がピッタリでしょ?」
秋の夜風が優しく吹くと少しだけ二人は距離を詰めた。レンは負けたと言う表情で肩に乗っているナギの頭に自分の頬を寄せた。
「今はお前の手に届いた。次はもっと先へ手が届く様に背中を押してくれ。」
「良いわよ。私はバシバシ押して行くわよ? もう二度とレンが自分を諦める事の無いようにね。」
「もうカッコ悪い所は見せねぇよ。」
そう言うと少しの間を置いてからレンは気合を入れ直した。
「よし! 背中を押してもらったから頑張るか! これ以上腰抜けやヘタレと言われるのは御免だからな!」
そう言うと、ゆっくりとレンは立ち上がり少し驚いた表情のナギの前に立つと深呼吸をした。
「ナギ、ずっと前からお前が好きだ。だから俺の側に居てくれ。お前が居れば俺はどんなことでも頑張れる。困難にも立ち向かえる。だから俺と付き合ってくれ。」
レンはそう言って手を差し出すと、月明かりに照らされたナギの頬に綺麗な雫が一筋流れていくのが見えた。
「ふふ、何かプロポーズみたいな言い方だわね。でも嬉しい。初めてレンが好きって言ってくれて。返事はもちろんイエスだわよ。むしろ私の方が側を離れないから覚悟しなさい。」
ナギはレンの手を握って立ち上がると抑えきれなくなった思いを表現するかの様に力一杯レンに抱きついた。
「ああ、離れないでくれ。」
レンも優しく抱きしめ返すと再び静かな時間が流れたのだった。
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「やっと言った様ね。流石にここまで来てヘタレるのは無かった様で安心したわ。」
「いや、俺も最初焦ったが……次会った時は鳴海と呼んでやるか。腰抜けは卒業だな。」
「ユキちゃん! 声を静かに! 聞こえたら危ないよ。ソウタさんも下手に動かないで下さい。」
「取りあえずこれ以上は無粋だから早く撤収しよう。流石にレンに見ていたのがバレて恨まれたく無いからな。」
「そ、そうだね。私もナギちゃんに恨まれたく無いから、そろそろ帰ろうか。」
少し離れた所に潜伏していた4人組がその光景を満足そうに眺めていたのに二人が気が付くのは、翌日に念の為にナギがヒジリに誘導尋問をして引っかかった時だった。
ナギ曰く、
「ヒジリちゃんのストーカースキルは異常だから居るかもと思ってた。」
と警戒されていたヒジリだった。もちろん、新人戦前日の覗きもバレて3人揃って屋上で説教されたのは言うまでも無い。




