誰も居ないからこその本音
ユキとソウタは会場の外に出て自販機で飲み物を買った後、近くのベンチに座っていた。先程のまでとは打って変わってユキの表情はいつもの通りに戻っているが、ソウタはむしろ心配そうな顔をしている。
「急にゴメンナサイね。恥かしい所を見せちゃったわね。」
「いや、不意にそう言う事を知ったら普通はそうなるだろうが。別に無理しなくていい。どうせ今なら聞かれてもただの通行人だけだろうしな。」
ソウタは辺りを見回すと、少なくとも今回の当事者たちが居ない事を確認する。
「ふふ、何かソウタさんって最初のイメージと違って意外と真面目なのね。」
ユキその様子を見て配慮に感謝しつつも、最初の出会った時のインパクトとの差を感じて可笑しくなって笑いだした。
その様子を少し安心した表情で見ながらソウタはジト目で文句を付け始めた。
「意外って何だよ? 俺はいつでも真面目に向き合っているんだぜ。ただ周りはそう思ってくれて無いだけだ。本人がどう考えて行動しても、結局は周りがどう見ているかが全てだ。勘違いされやすい奴ほど損をしやすい世の中だ。」
「あ、でもホラ。ギャップが有った方が魅力的に見えると思うわ。ソウタさんの良い所って事にならないかしら?」
少し拗ねた表情になったソウタを見て、今度はユキが慌ててフォローを入れる。
「それを言うならユキもじゃ無いのか? 普段から人一倍に明るく振舞っているのは何か理由が有るんじゃないのか?」
急な返しにユキの表情が一瞬だけ強張る。
「何でそう思うの?」
「何となく、ユキと俺は似た者の感じがするからだ。勘違いされやすいとか、それを利用して自分を誤魔化すところとかな。」
「べ、別に……そんな事……」
ソウタの指摘に言葉を詰まらせてしまうが、ハッキリと否定する様子は無かった。
「ヒジリちゃんやタツミ君から話は聞いているが、随分とポジティブな思考と行動をしていると聞いた。」
「ええ、後悔の無い生き方をするって決めてるから。悩んで動けなくなりよりも少しでも動いて前に進むって決めてるの。」
今度は迷わずに自分の意見を伝える。その様子を見てソウタは逆にヤッパリかと言う目でユキを見ていた。
「少しだけ説教しようか。あ、これは仏教用語での教えを説くと言う意味でだ。」
真面目な眼差しが向けられてユキは少し緊張しながらも頷く。
「ユキは今の生き方は『慢心』が過ぎる気がする。『慢心』とは何か解るか?」
「普通に考えたら、自信過剰って事じゃないかしら?」
少し考えたユキが自信なさげに答えを出すと、ソウタはゆっくりと首を横に振ると説教を続ける。
「一般的にはそう思うのだろうが、『慢心』とは自分の心を焼いてしまうモノだ。」
「自分の心を焼く? 自分で自分を苦しめると言う事かしら?」
「そうだ、『慢心』とは『自慢』・『我慢』・『卑下』を指す。ユキはこの時点で何か心当たりは有るか? 出来れば言葉に出した方が良い。そうでないとまた自分の心を焼く事になる。」
ソウタの話を聞いたユキはすぐに押し黙ってしまった。この時点でどう言う事かを察した様だった。
「そうね、私の場合は『卑下』よね……自分が足りてないと思うからこそ良くなろうとしてるわ。でもそれのどこがダメなの?」
最初は絞り出す様に、そして最後には荒くなった言葉で問いかける。しかしソウタは即座に首を横に振ってそれを否定する。
「違う、ユキの慢心は『我慢』だ。」
「え? 我慢?」
意外そうな表情になったユキを見ながらソウタは説明を続ける。
「ユキはさっき『失恋の相談に乗ってもらえるか』と聞いたが、失恋に対して何を相談するつもりだった?」
「え? そ、それは……私の行動の何がダメだったのかとかアドバイスを貰えたらとか……。」
「それを自身を『卑下』していると思ったのだろうが、違う。理由を付けて世の中の理不尽を無理矢理にでも納得しようと『我慢』してるのが真実じゃ無いのか?」
ソウタの言葉を否定できないまま、ユキはまさに目からウロコが落ちる様な表情に変わっていく。
「簡単に言うと、『卑下』とは努力した自分を否定する事だ。今のユキは理由を付けて自分を『我慢』させようとしている。それでは自分の慢心からの欲が『煩悩』になって、得られないと言う煩悩が『貪欲』が身を焼いて苦しくなるぞ?」
「貪欲?」
「欲しいと言う煩悩が、自分の心を醜く焼いてしまうんだ。それが『貪欲』の意味さ。だからそうなる前に『我慢』を辞めて見る事だ。」
「難しい事を言うのね、でも我慢を辞めるってどう言う風にやるのよ?」
ユキは納得しつつも疑問を投げかけるが、ソウタは立ち上がると慣れた様に話を続ける。
「簡単だ、感情を吐き出せ。そして立ち止まって周りを見て見ろ。」
「それは愚痴を言えって事かしら?」
「チッチッチ! 愚痴とは違うな。愚痴とは貪欲に身を焼かれた人が真実を知らないまま発する言葉の意味だ。そうなる前に自分の素直な感情を吐き出してスッキリするのが良いのさ。身を焼く炎を外に出してスッキリしてしまえば良いのさ。」
「つまりは素直に感じたままの感情を溜め込まないで話す事で、自分をストレスから守れって事かしら?」
ユキが何となくこう言う事かな? と言った表情で答えるとソウタは満足そうに頷いた。
「周りを見れば青い空、自分の時間を捧げて何かに打ち込んで来た青年達! ぶつかり合う感情! 世界にはこんなに素晴らしくも魅力的なモノで溢れ返っている。」
大袈裟な身振りをしながらソウタは言葉を続けている。演技臭さが出て来てユキは可笑しくていつの間にか笑っていた。
「そんな沢山の事の中のたった一つの嫌な事で視界を狭めるな。もっと素敵な恋が待っているかも知れない、良縁に恵まれるのはまだ後かも知れない。」
「ふふ、そうね。恋のレースで勝つのは一人だけ。剣道と一緒ね。だから負けた悔しさを吐き出してもっと色んなモノを見てみるわ。」
「そうだ、勝ち負けは絶対に存在する。だけど負けたからこその今の自分が有る場合もある。今は不幸に思えても本当の意味で幸福を理解出来るのは死ぬ時に自分の人生を振り返った時だけだ。今の不幸が先の幸福につながる事だって有るんだからな。」
不器用にも励ましてくれている事に気が付いたユキは立ち上がってソウタの近くによると深々と礼をした。
「ありがとうございます。ソウタさんって良い人なのにモテない理由が何となく解りました。」
「え? 今の話で何でそうなるんだ?」
複雑そうな表情でソウタはユキを見ると、何か吹っ切れた様な表情をしているのが理解出来た。
「要するにタツミ君と縁が無かった私は、もっと良い人を見つけてヒジリちゃんよりも私の方が幸せになると思えば良いわけよね? 当然それは他人が見た評価じゃ無くて、私がそう思える事が大事って事でしょ?」
「ああ、そうだ。目の前の小さな不幸に囚われるな。もっと先にある大きな幸福を見据えて生きる事が大事だ。だから悔しい時は悔しがれ。泣きない時は泣け! 立ち止まっても良いから、真っ直ぐ前に進める準備をすればいいんだ。」
ソウタは笑顔で親指を立てながら返事をする。
「今時、そのポーズはダサいです。」
少しバカにするような目で笑うユキだが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「じゃあ、今日の大会が終わったら少しばかり付き合ってもらっても良いかしら? 我慢する前に吐き出す相手が居ないといけないしね。まさか穴を掘れとか言わないでしょ?」
「ああ、良いぜ。どれ位のお話かは知らないが、甘い物でも食いながら自分の気持ちをスッキリさせるのに付き合ってやるよ。もちろん、大人の奢りでな。」
ソウタはそう言って会場の方へと歩いて行くとユキも数歩遅れて付いて行くのだった。




