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半歩の差

 翌日の放課後、俺とレンは一足早く道場へと急いだ。


 俺達の目的は一致してるのが言葉を交わさなくても理解できた。そして道場にはそれを察していたとばかりにソウタさんが既に待ち構えていたのだった。


「ほう、昨日よりはマシな面構えになったか?」


「お陰様でね、だからこそアンタには徹底的に付き合ってもらいますよ。お願いします!」


 レンが昨日とまでは違う眼光でソウタさんを見ながら一礼する。


「だったら最低限『アンタ』じゃなくて『八雲さん』か『颯太さん』と呼べ。そこは礼儀作法だ。」


 苦笑しながらも少し嬉しそうなソウタさんが注意する。


「ハイ! では『八雲コーチ』お願いします!」


 少しばかりへそ曲がりな返事をしてレンは足早に着替えに行く。俺は遅れて礼をしてから付いて行った。




「相変わらず素直じゃ無いんだな?」


「ふん、それ位の反骨心が無いとダメだろ。絶対に見返してやるからな!」


 こういう時は良い子ちゃんぶっているレンが随分と態度が変わったものだ。いや、これが本来のレンの性格だったな……負けず嫌いで相手を見返してやるんだと息巻いて練習に励む様な奴だった。


「フッ、何か懐かしいな。」


「何がだ?」


 レンは不思議そうな表情をしたが、自覚は無いのだろうか? いや、心や考え方の根本が変わればそうなるのか。いや、初心を思い出せばと言った方が正しいか。


「いや、お前のそんな言葉を聞いたのが小学生以来だなと思ってさ。」


「ああ、もう良い子ちゃんぶった考えは捨てた。俺はあの頃に憧れた姿を本気で追うと決め直した。後1年も無い時間だが、後悔の無いようにすると決めた。」


 レンの表情は昨日までと全く違っていた。本当に恋の力なのか、ナギの後押しが原因なのか解らないが、燻ぶっていた感情が燃え直したと言った感じを受けた。


「だから、タツミも燻ぶった感情を最後のインハイまでは燃やそうぜ。後ろ向きな感情は後回しだ! 全てに全力を注ぎこんで終わってから一緒に懐かしもう!」


 何で俺まで巻き込まれているのかな? いや、後ろ向きな感情が無いとは言い切れないからその通りでは有るのだが。


 今のレンを見ていると、あの頃の自分達を思い出す。ただ理想に追い付けると信じてた子供の頃を感情を。


「そうだな、今は前向きにただ燃えよう。グダグダ考えるのは全てが終わってからだ! 後悔だけはしない様に、後少ししか無い時間を気持ちを入れ替えてやるか!」


 俺達は子供の頃に良くやっていた拳を合わせて気合を入れ直した。


「まぁ、タツミは勉強も気持ちを入れ替えて頑張らないといけないけどな。」


「おい、この雰囲気でそれを言うか?」


 照れ臭くなったのかレンは少し茶化したが、何かとても心につかえていた物が取れた雰囲気だった。



「早くしろ! わざわざ早く来たって事は特別に稽古つけて欲しんだろうが!」



 ソウタさんの声で俺達は慌てて更衣室を出たのだった。



――――――――――――――――――――――――――――




「よーし、今日はここまで! 整列!」


「「「ありがとうございました!」」」


 稽古の終わりの礼を済ませると、俺とレン以外は全員更衣室へと移動し始めた。


「……やる気が有るなら面を付けろ。コーチ、時間延長大丈夫ですか?」


「ああ、21時までは大丈夫だから20時半迄には終わらせてもらえれば。」


 俺とレンがそのままソウタさんを見ていると、ため息混じりに追加稽古を承諾してくれた。元々察していたコーチはすぐに快諾してくれた。


「1時間ちょっとか、ここからは高校生用じゃない練習だ。ついて来いよ?」


 いつものふざけた様子ではなく、大学での稽古の時と同じ真面目な表情だ。つまり、ここからは全力のソウタさんとの稽古になる。


 そもそも兄さんと同レベルなのだ、普通に全力を出されたら俺達一般レベルの高校生では稽古にすらならない筈だ。


 俺とレンは意味を理解して固唾を飲むが、正直、緊張よりも期待が上回っていた。


「全国トップレベルとの本気での稽古……元々俺達の目標はそこだったんだ。願ったりかなったりですよ!」


 気合を入れたレンが先に面を付けて前へと歩み出した。俺もすぐに準備して動けるようにしておく。



「さっき迄とは違って本気で行くぞ、折れるんじゃないぞ?」


 蹲踞(そんきょ)の姿勢をして、お互いに立ち上がるとソウタさんは念を押す様に言った。


「それでこそ越えなきゃいけないんです。お願いします!」


 立ち上がると同時にレンから打ち込みを掛けた。今日の稽古でも待ちをせずに攻める剣道をしていたので、やはり自分の殻を破ろうとしているのは感じていたのだが……



「遅い! 重心をもっと前にしろ!」


 打ち出そうとした瞬間にソウタさんの竹刀が、まさに電光石火のごとくレンの面に吸い込まれて行った。レンもあまりの早さに茫然としているのが見えた。


「コレがトップレベルの本気……」


「何だ? 一本だけでもう心が折れたか?」


「いいや! 簡単に届かないからこそ意味が有るんだ! まだまだお願いします!」


「ふん、腑抜けから腰抜け位には戻って来たか。後は口だけ小僧になるなよ!」


 今度も間合いを詰めるとレンからの積極的な攻撃が始まる。しかしどれもこれもソウタさんが速度で更に先を行く。レンや、兄さんの様に返し技など使わずに真正面から叩き潰していくのだ。


「もっと気持ちを鋭く! 集中しろ! 全体を見てる余裕が有るなら相手を撃ち抜く一点に集中しろ!」


「は、ハイ!」


 何度も面を打ち合ったり、軽い駆け引きの後の即断の一撃を打ち合い続ける。


 既に10分は経過している。肩で息をしながら相手を見据えるレンを久しぶりに見た気がする。いつもはカウンター狙いの待ちだから息が上がる事なんて稀だからだ。


「よ~し、もう少しだ! その先に到達しなきゃいけない! タツミ君もしっかり見てろ! 君も同じモノを目指しているんなら理解しなくてはいけないからな!」


 ソウタさんの声に俺も息をのんで二人の姿を見続ける。何度見てもレンの動きよりもソウタさんの方が半歩速い。出だし云々では無く、純粋に速いのだ。


「辛いか? 休むか?」


「その言い方は、上を目指すならここを越えなきゃいけないんでしょ! やりますよ!」


「良い返事だ! だったら来い!」


 再び連続した打ち合いが始まる。スポ少の頃に大人の先生が無理矢理にでも手を出させる為に間合いを詰め続けるのを思い出す。


 レンの動きを止めない様に絶妙な間合いにソウタさんが即座に詰めるのだ。そして考えるよりも反射的に体を動かせている。


 それが更に5分ほど続くと、流石にレンの足がもつれて転んでしまった。体力の限界なのだろう。


「よし、交代だ! そこの見学者、鳴海の面を取って水分を取らせてくれ。」


 ふと周りを見ると、レンとソウタさんの稽古を他の部員は帰らずに見守っていたのだ。


「「はい!」」


 部員達は立てなくなっているレンを引きづって場外に運ぶと、動けなくなったレンの面を取った。カッコつけながら冷静に試合を決める。そんな雰囲気からかけ離れたレンの姿に驚きを隠せてない部員達は様々な声をかけながらスポーツドリンクを手渡していた。


「さぁ、今度はタツミ君の番だ。行くぞ。」


 ソウタさんは面を取って水分補給を素早く終わらせると再び構えて準備をした。この人現役引退して長いのに、高校生よりも段違いに体力有るって……コレが兄さん達レベルの強さか。


 これに追い付く? 無謀なのか? いや、答えは最後までやり切ってからだ!


「お願いします!」


 今度は同じような光景が俺とソウタさんとで繰り返されると、レンも他の部員達もその光景を固唾を飲んで見守ってくれていたのだった。



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