ナギの応援
この回は少しだけ視点が変わりますのでご容赦ください。
「ハイ、二人ともお疲れ様。」
ヒジリが申し訳なさそうに俺とレンにスポーツドリンクを渡して来た。
「少し早く買ったから、温くなっちゃった。ゴメンね。」
「そんな事無いよ、ありがとう。ホラ、レンも。」
「ああ、すまない。」
ナギが目の前に居てもレンの調子は戻らない様だ。むしろナギの方が何かを察している様子が見える。
「ちょっと、ヒジリちゃん、ユキ、タツミ君と先に行っててもらって良いかしら?」
「え? 解ったけど……じゃあ先に駅に向かっているわね。」
ユキはすぐに察したらしく、俺とヒジリに視線を送る。俺達は頷いてその場を去る事にした。
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「で? 私に何か言う事が有るわよね?」
「え? 急に何を言ってるんだ?」
「アンタ……これ以上のだんまりは私でも怒るわよ?」
3人が去って行ったのを見届けたナギはレンの方を向いて真剣な眼差しで問いかけたが、レンはただ困惑している様子だった。
「何と言うか……ゴメン。稽古が終わってからの会話、全部聞こえてたわよ。何で昨日の人が居るのか不思議だったけど。」
レンは天を仰いで右手で顔を覆った。
よりによってナギに聞かれてしまった。自分の知られたくない本音が聞かれてしまったのが気まずかったのだろう。
「聞いてたのか?」
「ゴメン、まさかあんな真面目な話をしているとは思わなかったわよ。」
レンは手を外してゆっくりと歩き出すと、ナギもそれに合わせて少し後ろを歩き出した。
9月の夕暮れは何処からか鈴虫の声が聞こえ始めていた。
「幻滅したか?」
「誰によ?」
「言い訳だらけで向き合わずに逃げていたって聞いたろ?」
「あら、そうなの?」
「そうだ、お前にもタツミにもちゃんと正面から向き合わずに逃げていたんだよ。」
「知ってるわよ。アレだけ言ってるのに告白の一つもしないんだもの。私だってそこまでバカじゃ無いわよ。」
「何で変わらずに俺に話しかけれるんだ? 今日の話聞いたんだろ? 昨日の情けない姿を見ただろう? 俺はお前が思っている様な男なんかじゃ無いんだよ。」
レンは苦しそうな表情で振り返ってナギに問いかけた。
「見たわよ。そして全部私が知っているレンそのものだったわよ。」
「知ってた……だと?」
「ええ、そうだわよ。前に言ったわよ? レンの剣道は攻めっ気が無さ過ぎるって、覚えてない? まぁ理由までは深く考えなかったけど、そう言う事だったのね。ある意味納得したわよ。」
いつも通りの表情でナギは人差し指を立てながら話し始めた。その様子にレンは呆気に取られている。
「それに恋愛でのヘタレさ加減なんて今更よ。むしろ急に迫って来たら熱でも有るんじゃないかとか、偽物とか疑ってやるわよ。今更反省する様な事なの? いや、反省はした方が良いわね。」
「どっちだよ!」
「だったら! ヘタレを卒業するなら言い訳なんかしないで自分の言葉で言ってみなさいよ。」
ナギが真面目な表情でレンを見ると暫くの静寂が辺りを包んだ。
「お、俺は……」
「いや、待ちなさい。言葉の前に行動ね、私よりもずっと先に約束していた人に行動で示してからだわね。」
意を決してレンが何か言おうとしたが、ナギはそれを少し早口になりながら止めた。
「先の約束……」
「そうよ、タツミ君は親友なんでしょ? そして先約だわよね? だったら順番的にどっちが先かは明白だわよね?」
レンは困惑の目をしているままだが、それを許さないと言ったナギの視線が突き刺さっていた。そしてよく考える様に大きく深呼吸してレンは一つの答えを出した。
「そうだな……新人戦まであと少し、最後のインハイ予選まで1年も無い。」
「そうね。もう少ししか時間は無いわね。」
「時間は無いが……意識が変わらなきゃ生き方は変わらないよな。」
「ええ、タツミ君との約束の時間はそんなに長くは無いわね。」
少しづつだがレンの目にはしっかりとした意思が灯り始めているのをナギは感じていた。そしてそれを後押しする。
「時間が無いけど、諦める言い訳にする?」
「いや、もう辞めだ。言い訳も後悔もしたく無い、言われてハッキリ気付いたよ。こんな自分のままじゃ俺は俺を好きになれない。」
「そうね、自分を好きになれない人が他人を好きになれる訳が無いわよね?」
ナギの声はいつものふざけた感じでは無く真剣さが伝わって来る。レンも同じだ、今が自分にとっての生き方の分岐点なのだと気付いているのだ。
「ナギ、今から俺は自分が後悔しない様に行動する事にする。」
「そうしなさい。でも約束の順番は守ってからだわよ?」
まるで、今の勢いで告白させないといったナギの表情に、レンは自分が手玉に取られている事を感じながらも悪くは無いと言った表情をしている。
「ああ、見ててくれ。俺は自分の殻を破ると決めた。それが出来たら次の行動もすると決めた! だからそれまでの時間を俺にくれるか?」
ぼかした言葉だが、それでもナギに伝わるには充分な返事だっただろう。瞳を潤ませているのが見える。
「ええ、出来るだけ早くしなさいよ? もし先約が果たせてない様なら首を縦には振らないわよ。」
精一杯の強がりと頑張れと言うエールを込めた言葉を何とか吐き出すと、レンも大きく頷いて強い意志を秘めた目でナギを見つめていた。
「少々癪だが、あの嫌味ったらしいコーチを利用させてもらうさ。新人戦で少しは変わって見せるさ。」
そう言うと、レンはナギの手を引いて駅の方へと歩き出した。
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(何であそこまで言ってそうなる! 告白は!?)
(いや、話の流れからしたら妥当じゃないかしら?)
(そうだね、あそこで告白もちょっと違う様な気がするものね。)
遠く離れた物陰から3人がコッソリと見ていた。もちろんヒジリのストーカースキルを駆使して見つからない位置を上手に見つけていた。
(二人も動き出したね、先回りして駅に向かいましょう。ついて来て。)
ヒジリが小声で二人を促すと3人は静かに移動を開始する。余りの手際の良さに二人が驚いている表情にヒジリは気付いていなかった。
「な、なぁ。ヒジリってこう言うの得意のなのか?」
「私も実際に見るのは初めてだけど……まさかここまでとは思わなかったわ。」
ユキは自分の事も含めて調べ上げていたヒジリの行動力に感心すると同時に、実は諜報員とかが天職なんじゃないかと本気で思っていた。
「よし、ここまで来れば追い付かれても不自然じゃないね。」
駅までの道のりの半ばに到着すると、移動ペースをいつもより気持ちゆっくりに落とした。
「何でここでいきなりゆっくり歩き出すの?」
「ん? だってこのペースで歩いてたら追い付かれても不自然じゃ無いし、心配しながらゆっくり歩いてたって言い訳できるでしょ? それにあまり急いで息を切らしていても余計に不自然になるじゃない。」
当然の様に言うヒジリにタツミとユキは呆れた表情をしていた。
「凄いな、普段からここまで先を読んで行動してるのか?」
「えへへ、ちょっとこう言うのには慣れててね。でも普段からここまで考えている訳じゃ無いからね?」
褒められたと勘違いしているヒジリを挟んで二人は歩幅を合わせながら息を整えた。
「ヒジリちゃん、それ誉め言葉じゃ無いと思うんだけど?」
「え?! そ、そうなの?」
驚いたヒジリはタツミの方を見ると、言わなければ良いのにと言う表情をしていたのに気が付いて顔を赤くしながら俯いてしまう。
「いや、どっちかと言うと感心したって方が大きいか。俺もこれ位考えて行動出来れば剣道でも違った動きが出来るのかな? と思ったんだよ。」
タツミは誤魔化し半分、本音半分で答えた。
親友が殻を破ろうとしている姿を見て。自分も今のままではダメだと言う焦りを感じていたのだろう。そんな心中のタツミは茜色の空を見上げながら帰路に着いたのだった。




