臨時コーチ
『なぁ、ヒジリ。あの後のナギの様子は大丈夫か?』
『やっぱり少し……私とユキちゃんの前ではいつもよりも明るく振舞おうとしてたけど、無理してるのが露骨に解っちゃったかな。』
『やっぱりか……まぁ計画通りとは言え、あそこで「好きだ!」と啖呵を切る度胸がレンに有るとは思えないしな……。』
『何言ってんのよ? そんな事したらただの公開処刑じゃ無いの。むしろあの場では無くて、すぐにナギをどこかに連れてって告白したら良かったのよ!」
『ユキちゃん……そういう行動が取れる位なら、こんな大掛かりな計画立てないよ……』
『確かにそれもそうね。』
『まぁある意味、ソウタさんの想定した通りになったな。後は第2段階に入るけど、俺が一番気まずいんだよなぁ。』
俺は明日からの計画の続きに少しばかりの溜め息を漏らしながらヒジリ、ユキとグループチャットをしていた。
『が、頑張って! ここでボロを出さない様にね?』
『そうそう、頑張って知らんぷりしてなさい。後はソウタさんが何とかしてくれるはずだから。』
『ボロを出さない様に頑張るよ……』
そして色々と確認し直して俺は眠りについた。
そして翌日の放課後になり、俺は部活にを顔を出すと良く知った顔がそこに居る事に気が付いた。本当に兄さんのゴリ押しでこんな事まで実現するんだから大したものだと呆れてしまった。
「ん~お前が今のエース候補か、宜しくな。俺は八雲 颯太だ。」
「え? あ、はい。宜しくお願いします。」
目の前には稽古の準備をしているソウタさんが居た。初対面ぽく挨拶して来てくれたけど……ここはもう流れに任せてしまおう。
「あ!? アンタは!?」
少し後から入って来たレンの声が道場内に大きく響いたのが聞こえた。
だろうね、俺でも同じリアクション取るが自信ある。昨日の今日で再会だからな。
「ん? ああ、お前は昨日の腰抜け小僧か。」
その一言に怒りの表情を浮かべてレンが迫ろうとするが、すぐにコーチから声が掛かる。
「鳴海! 早く着替えてこい! 今日から新人戦まで特別コーチに来ていただいているんだ、時間が勿体無い。」
「え? 特別コーチ?」
レンが間の抜けた表情をして唖然としていると、ソウタさんはレンの横にいつの間にか立って肩を軽く叩いた。
「そう言う事だ、予想外だったが……剣道の中身まで腰抜けじゃない事を祈ってるよ。」
「な!?」
「ホラ、早く着替えてこい。昔とは言えインハイ優勝者の稽古が受けれるんだぞ? 時間が勿体無いだろう?」
「は? アンタがインハイ優勝者?」
嫌味ったらしくソウタさんがレンを煽ってる……知っている内容だとは言え心臓に悪い雰囲気だ。コーチはニヤニヤして黙認してやがる……コレってコーチにも全部話し通っているのか?
「そう言う事だ、弱い奴ほど良く吠えるとは言ったもんだ。早く準備しな、相手してやるよ。」
ソウタさんが上座の方へ行ってウォーミングアップを始めた。それを見てレンも着替えに更衣室へと向かって行った。
「何なんだよあの野郎は! 人の事を腰抜け腰抜けとしつこいにも程がある!」
着替えながらレンが悪態をついているが、こんなレンを見るのは久しぶりだ。いつもはもう少し冷静を装った言動をしているから、周りの皆も意外そうな顔をしていた。
「まさか、昨日会った人とこんな所で会うなんてな。取りあえず稽古は冷静になれよ?」
「タツミに言われなくても分かってる。俺はいつも冷静だ!」
絶対に冷静じゃ無いだろうが……よっぽど昨日のナギの件での腰抜け呼ばわりが堪えていたのだろうか? とは言えども……後輩たちどころか同級生まで今のレンのイライラオーラにビビってるこの状況は宜しく無いな。
「遅いぞ! さっさとウォーミングアップ始めろ!」
着替えて出ていくと同時にソウタさんの怒声が響いた。俺達は急いで防具を準備してウォーミングアップを始めた。
一応ソウタさん名誉の為に言うが、大学での稽古に混ぜて貰った時のソウタさんは皆に優しく、ひょうきんで締める所は締めるメリハリがしっかりしていた良い部長だった。今の状態は演技が入っているのは明言しておきたい。
そして基礎稽古が終わり、総当り稽古が始まった。最初から狙っていたのか、ソウタさんとレンは最後に当たる状況になっていた。
そして稽古が始まると、ソウタさんとの久しぶりの手合わせをする事になった。
初手から上段の構えからの面を撃つとソウタさんは華麗に受け流しながらこちらにぶつかって来る。
「久しぶりに見たが良いな! とても良く成長している! ケガして半端な物を見せられるかと思ったが前より技術も心も成長している様だな!」
「ありがとうございます! 折角なので一撃位は良いのを決めさせて貰いますよ!」
今の俺は器用な駆け引きは出来ないので、一直線に相手の竹刀を切り落としで撃ち抜くか相手よりも早く撃ち込むと言うスタンスで稽古を続けた。
久しぶりのソウタさんとの稽古は指摘が鋭く、適切で何よりも理解しやすかった。昔の合同稽古の時も面倒見良く指摘してくれていたのを思い出して懐かしくなったのは言うまでもない。
「よし! 次!」
コーチの声が響いて礼をして位置を移動する。ソウタさんとレンの稽古が始まろうとした。
「コレで丁度1週だな? 最後は少し長めに行くぞ! その後小休止を取る!」
ソウタさんの声が響いてコーチが頷く。そして合図と共に稽古が始まった。
「さぁ、来いよ。腰抜け小僧。」
「そっちこそ、攻めるのは苦手ですか? 女を口説く攻めだけは得意のようですけど?」
口で牽制し合っているが相変わらずレンのスタイルはカウンター待ちの構えだ。ソウタさんは呆れた表情をしているのが防具越しでも分かる。
ん? 俺? 人数が奇数なので休み番です! なので二人の稽古が丁度目の前で見れているんだな。
「本当に腰抜けだな……剣道だけじゃ無くて全てにおいてか。」
「挑発しても無駄ですよ。」
「挑発じゃない、だったらお前のご自慢のカウンター型の剣道を叩き潰してやるよ!」
余りにも動かなくてコーチも不安そうだったが、ソウタさんは一気にレンを攻め立て始めた。
流石に実力はソウタさんの方が圧倒的に上だ。レンはすぐに受けきれなくなってドンドンと撃ち込まれて行く。
「早い!」
「早いんじゃなくてお前が動かなさすぎるだけだ! 戦う気が無いなら剣道を辞めろ!」
罵声を浴びせながらもソウタさんは次々とレンを竹刀を捌き、逸らし、撫で下ろして的確に一本を決め続けていく。
「受けてばかりでどうやって勝つ気だ!」
「うるさい! 俺の剣道はこうやって勝つんだ!」
レンは狙いすましたかの様に面への一撃を受け流して胴へと撃ち込もうとする。しかし、ソウタさんの竹刀は受け流されるのを想定しており、すぐに足捌きで半歩引いて開いた面へと竹刀を落ち降ろしていた。
「な!? 完全に流したのにそれよりも速い!?」
「追い詰められて咄嗟に出す剣で今まで勝って来たのか。相手が弱くて良かったな。だが本質が見える側から言わせれば、そんなのは腑抜けた死んだ剣だ。何も怖くはない。」
ソウタさんは再び挑発したかと思うと構えを解いて、無防備にレンの前へと進んで行く。
「バカにしているのか?」
構えもせずに打ってくれと言わんばかりの状態で間合いに入ってる。
「バカにされたく無けりゃ打てよ? 無防備の相手にも打ち込めない腰抜けが。」
そう言って間合いが近づいて行く。レンの構えた竹刀がソウタさんの喉元に当たると、レンは少しづつ後方へと下がるがソウタさんもそれを追いかけて前へと出る。
「ホラホラ! この状態で突き一つ打てないのか! 情けないにも程が有るな!」
「う、うるさい! ちゃんと剣道をしろ!」
「剣道をしてねぇのはお前だろうが!」
ソウタさんの一喝でレンが尻餅をついて倒れてしまった。
それを見たコーチが止めの合図を掛けた。各自が定位置に戻り礼をする中、レンは暫く立ち上がれずにうずくまって居たのだった。




