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帰り道

「はいよ! B定食3つとカレーライス2つ!」


「カレーライスの24番と25番の方ー! 出来上がりましたー!」


 食堂には午前の稽古が終わった人達と、厨房の中からの気合の入った声で溢れかえっています。私は初日と言う事も有り出来上がった食事をカウンターで受け渡す係をしています。


 他にも同じ中高生らしき人達が見えるので、多分私と似た感じの臨時バイトのようですね。


 私は白い三角巾と白い割烹着を着て肩まで伸びている髪を束ねて作業をしていた。皆似たような格好をしています。うん、これではタツミ君が見たとしても、学校では私と気が付かれないと思います。


「カレーライスの24番です。」


 番号札を出されて、私はカレーライスを相手に渡そうとすると、その目の前にはタツミ君が立っていた。不意を突かれた私は言葉がどもってしまう。


「あ、は、ははは、はいカレーライスです。」


「ありがとうございます。」


 そう言って彼は丁寧に軽くお辞儀すると、疲れた顔で受け取って自分の席へとフラフラと歩いて行く。


「し、心臓に悪いわね……。」


 心臓のドキドキが止まらない。急に視線の先に現れられると反応に困ってしまう。


「次ー! A定食2つ上がったよー!」


 すぐさま次の料理が出来上がって来る。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると仕事に戻った。


「A定食14番と15番の方ー!」


 私は仕事に集中しながらもタツミ君の姿を横目でチラチラと追いかけていたのは言うまでも無りませんね。ここ数日視界に収めていなかったので良い目の保養になります。


 午後になるとすぐに夕飯の仕込みと、お昼に出た大量の食器の洗い物が始まった。家の手伝いでやっていたので、洗い物自体は問題無くこなすことが出来たが仕込みの手伝いは大変でした。


 まずは包丁の扱い方が家庭科の授業でやった事のあるレベルだったので、玉ねぎの切り方から始まり、野菜や肉の切り方などを叔母さんの指導の下ミッチリと仕込まれました。


「うんうん、包丁の扱いはスジが良いね。これなら味付けなんかの基礎を教えてあげれば素敵な奥さんになれるよ。相手の胃袋を掴むのが家庭円満の秘訣だからね。」


 そう言って叔母さんは教え込む気満々の表情を浮かべて来ました、確かにそのうち手作り弁当を屋上で二人で食べるとか憧れるなぁ……。


 これはいい機会ですね! しっかりと勉強させてもらいましょう。お母さんは心配性だからあんまり教えてくれないし。


 そして叔母さんの料理指導を受けながら夕方になり、夕飯の配膳を作業をこなすと本日の一日目が終了した。

 




「お疲れさまでしたー。」


「ヒジリちゃん、家に着いたら連絡の一報は寄越すのよ?いいわね。」


「解ってます。それに電車だから大丈夫ですよ。」


 そう言って叔母さんに手を振りながら駅に向かう。大学だけあって駅からの利便性も考慮されて建設されたのだろうか、徒歩10分程で最寄り駅に着いた。


「しかし、大声を出してばっかりで喉が痛いな……、明日からはシーツとかの洗濯も有ると言ってたからもう少し忙しくなるのかな。」


 そうやって呟きながら三角巾で変になった髪型をごまかす為の帽子を深くかぶり直しながら今日の事を振り返る。


 そしてホームの4席並んだ連結椅子の一番端に腰を掛けて電車を待っていると、反対側の端に一人の男性が腰を掛けて大きなため息をついていた。


「初日でこれかよ……、後9日も体が持つのか?」


 聞き慣れた声がして来た。まさか!?


「これって寝たら、電車寝過ごす自信あるわ。」


 すぐに声の主が解ったが、振り向く度胸は私には無かった。


 結構大きめの独り言だったな。タツミ君お昼の時も疲れ切った顔してたから余程疲れているんだろうな。横顔を見たいけど、今は取りあえず声を聞くだけにしておこう。


 そう言えば、朝の時に電車と言ってたような? これはもしかして最寄り駅を調べるチャンスなのではないでしょうか!?


 ん? だからストーカーじゃ無いって。


 そうして間もなく電車がやって来ると、私達は並んで電車に乗る。程よく混んでいる車内は座る場所が無く、乗り込んだ位置的に並んでつり革に手を伸ばす。


 この部分だけを切り取れば、傍から見てたらデートっぽく見えるのかな? 


 ダルそうにしているタツミ君の表情が夜の電車の窓ガラスに映って見える。この光景をしばらくの間一人で楽しませてもらった。


 この光景を写真に撮ってスマホの待ち受けにしたいものだと思うが、流石にそれは写真を取ったらただの不審者過ぎるよね? 解ってます。やりませんから。


 そして私が降りる駅が来た。タツミ君は降りていないのでこの先の駅か、残念。そう思っていると、タツミ君も同じ駅で降りたのだ。


 あれ? もしかして小学校の学区は違うけど意外と近いのかな? そう思って彼が駅を出るまでは少し離れて後ろを追跡する。


 駅を出ると彼は私の家とは逆の方向へと歩いて行く。う~む、どうしようか。追いかけるべきか否か。皆ならどうします?


 私の選択肢は今日は最初の曲がり所まで見送る事にします。一応フラフラの様ですから大丈夫かどうかを見届けましょう。


 そして最初の曲がる所まで見届けてから、初日から遅くなっては親が心配するのでここで終わりにして帰宅しました。








「ただいまー。」


「おかえり。どうだった? 体調とか仕事で他の人に迷惑かけなかった?」


 玄関で心配そうに待っていたお母さんが開口一番に質問してきた。心配性だなとは思いつつも、小さく頷いて返事をしました。


「大丈夫、今日は配膳とかだけだったし、明日からは洗濯も有るようだけど叔母さんがちゃんと付いてくれるって。」


「そう、良かった。調子が悪くなったらすぐに叔母さんに言うのよ?」


 私は軽く返事をしてお風呂へと向かう。何だかんだで汗だくになってました。決して緊張からでは有りませんよ。いや、確かに結構緊張しましたけど。


 しかし、今日は想像以上の一日だった。思いがけずに出会えた事もだが、意外と同じ駅圏内と言う事実が発覚したのも嬉しい誤算だ。


 お兄さんの情報を集めれれば程度だったが、残り9日でどこまで彼を知ることが出来るのか、より楽しみで仕方がない。


 そして翌日、朝の電車はどうやら一緒では無い様だった。まぁ、朝は通勤通学用で1時間に5~6本走っているので被る可能性はやや低めだろう。ラッシュ時間以外はもう少し減って1時間に3本程度なので会える可能性も上がって来る筈です。


 そして二日目のアルバイトが始まるのでした。

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