夏休みの始まり
ーーーーーーーーーーー工藤家ーーーーーーーーーー
「タツミ、今年の夏休み合宿の稽古日程を伝える。尚、拒否権は無い。」
兄がダイニングテーブルに両肘ををつきながら両手を組む。そして口元を組んだ手で隠しながら真面目な顔で言って来た。
少し待て。声まで渋くしやがって、お前はどこぞの司令官か?
「おい、ちょっと待て。何で参加する事になっているんだ?」
リビングでテレビゲームをしていた俺がいつの間にか巻き込まれている事に気が付いて抗議する。
何の演出をして楽しんでいるんだ? このクソ兄貴は。
「ん? どうせ暇だろう? 現役大学生と一緒の稽古なんて中々贅沢だと思わないか? 今なら3食昼寝付き! 風呂ベットも完備だぞ!」
「勝手に暇人扱いするなよ! と言うか合宿なら後半は普通だろうが! むしろ無かったら大問題だ!」
何で中2が大学生と合同合宿をしなきゃならないんだよ! 確実に死亡フラグが見えるわ! 流石に今回は絶対に拒否だ!
「残念ですが、中総体県大会で2回戦負けのタツミ君には拒否権は有りません! さぁ! 兄と共に剣の道を極めようではないか!」
「どこのアニメのキャラだ! 断る! そもそも勝手に部外者が参加なんて出来ないだろうが。」
「残念! コーチの許可は取って有りますので! 将来のエースに先行投資しておきましょうよ? って言ったら快諾してくれたぞ!」
「どっちもクソだな!」
俺の叫びが家に響くと、寝室から親父が出て来た。
「龍一、流石に中学生が寝泊りはダメだ。日帰りで帰って来させなさい。」
親父!? ツッコミどころが違う! むしろ毎日帰って来る方が大変だよ?
「仕方ない、父さんが言うならそうするか。早朝の10キロのランニングと夕食後の腕立て腹筋、スクワットの各30回の10セットは無理か。」
「かなりデスいトレーニングだな!? それを中学生にやらせようとするなよ!」
「では合宿は3日後から10日間だから、それまでに宿題はある程度終わらせておけよ?」
兄さんは涼しい顔で部屋へと戻って行くと、親父は俺の肩をポンと叩いて「頑張れ」とだけ言って散歩と言う名のパチンコへ出て行った。
「親なら止めろよ! ったく、せめて夏祭り前に終わるのが救いか……。」
そう言ってぼやくが、既にこの合宿参加を言われた時点で確定事項になっていると思ってしまう自分も嫌だ。兄は無茶ぶりはして来るが、人の限界ギリギリを見る力は有るので無理はさせないのだ。
それでも兄の実績に追い付かない自分に歯痒くるなるし、兄もそれを察してくれているのか機会をくれているのは判る。結局、今回の合宿も受けてしまうだろう。
「あーあ、夏っぽい青春がしたいなぁ……、部活一辺倒じゃ色気が無いわ。」
一人残されたリビングで虚しくゲームを続けながら呟いた。
部活に青春を掛けるのも悪くは無いけど、こう色気とワンセットで欲しいです。片方だけじゃ物足りないです! 贅沢を言っているのは承知だけどな!
----------------------------火神家-----------------------------
「ヒジリ、あなた夏休みの予定はどうなっているの?」
「え、夏祭りに行こうと思った位だけど、何かあった?」
急に母に夏休みの予定を聞いてきました。珍しい、いつもは二人とも仕事で忙しいからと言ってお盆過ぎの家族旅行以外の予定を聞いて来る事も無かったのに。
「実はね、叔母さんからヒジリに10日程アルバイトをしてみないかと言われたのよ。」
「アルバイト? 私が?」
「そう、お手伝いと言う名目で。叔母さんも常にいるから聖に何か有ってもすぐに対応してくれるしね。」
両親とも私の体質を気遣ってはいるが、現状でどれ位の社会生活が送れるのかの確認も有ったのでしょうね、私も調査と言う(ストーキング)予定が無かったので了承しました。
「解ったけど、何をするの?」
「近くのS大学って所で、剣道部の合宿が有るらしいのだけど、その炊事とか洗濯のお手伝いだって。もちろんご飯付きでね。」
「剣道部の合宿のヘルプなのね、S大学って確か……。」
「そうそう、ここら辺じゃ強いって有名らしいわよ。確か工藤君って子が入ってからは個人戦は連覇してるとかって言っていたわね。」
もしかして、タツミ君のお兄さんかしら? これはある意味調べるチャンスなのではないだろうか?
「解ったわ、いつから行けば良いの?」
「あなた、普通は給料とかから聞くモノじゃ無いの? まぁ構わないけど三日後からよ、それまでに宿題を進めておきなさいね?」
「解った! すぐに取り掛かるわ!」
私は食い気味に母に返事をした。確かに普通は時給とか日給を確認するのが先なのだろうが、私の興味は既に別の物に移っていたからだ。
それにバイト代と言う軍資金は散歩と言う名の調査ために多いに越したことはないでしょう。
また、夏祭りでタツミ君達を捜索する際に買い物しているフリをしながら付いて行く(ストーカーでは無いと言っておきます)のにも使えるだろう。
こうして、私はその日を楽しみにしながら宿題をさっさと片付けるのでした。
本音はタツミ君と一緒に勉強会と言うのも楽しそうだなぁと思ったけど、それはいつか未来で必ず実現させるのを目標にします。
彼よりは良い成績を維持して、こう、何と言うか手取り足取りではないけど、教える側でリードしてやるんだ! ん? 別に普通の妄想ですよね? 異論反論は受け付けませんよ。
一緒の高校とか、大学目指して二人で頑張るとか燃えるシチュエーションじゃないですか!? 密室で二人きり!
静かな空間で教えながら、ふとした瞬間にお互いの視線が合わさって見つめ合う二人……、
あ、これ以上は自主規制しておきます。
って、いつか現実になるのだろうか? そっちも頑張らないとなぁ……。
相も変わらず、私は妄想にふけりながら机に向かい合うのでした。