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その後……

―――――――――――工藤家―――――――――――


「ただいま~。」


「おかえり、晩御飯要らなかったわよね? 誰と食べて来たの?」


 家に帰ると母さんが早速会話を振って来た。珍しく兄さんもリビングに居てスマホを弄っていた。いつもなら部屋に籠っている筈なのに。


「ああ、レンと一緒に食べて来た。反省会みたいなモノも含めてね。」


「そう、それで今日の試合はどうだった?」


 興味津々で聞いて来るけど……兄さんの時とは違うんだから、そんな期待の視線を送られても困るんだが。


「決勝トーナメントの準決勝で負けてインハイはお預けになったよ。まぁ個人戦は俺が出る枠なんて無いから以上だ。」


「そう、残念ね。でも準決勝まで行ったのなら凄いじゃない。」


 俺がぶっきらぼうに言っても母さんは優しく返して来るが、俺は一番この瞬間が嫌いだ。嫌でもコンプレックスを刺激される。


 恐らく兄さんもそれを分かっているのか、大会の日は必ずリビングで帰りを待っている。俺が一人でイラつかないようにする為だろう。


「で、お前の戦績はどうだった? 先生には出ると聞いてるが?」


 少し嫌味ったらしい表情で聞いて来るが、少しでもヘイトを自分に向けさせる事で俺のストレスを発散させようとしているのが手に取る様に分かる。敢えて嫌味を言いながらも諭す様な言い方をしてくる。


「3試合出て2勝1敗だよ。ヤッパリ段々と対策されるな。もう少し対応力を上げないといけないと思ったよ。」


「そうか、自己分析もしっかりできているなら成長したな。それで肘はどうだ? 痛まないか?」


 そう言って兄さんは俺の立ち上がると俺の両肘の様子を手に取って確認して来る。本当に良く出来た兄さんだよ……何と言うか自分の小ささを感じるには十分な程に。


「大丈夫だよ。でも念のためアイシングはしたいからタオルと保冷剤を使うよ。」


「そうだな、試合は稽古と違った負荷が掛かるからな。念の為にアフターケアはしっかりしておけ。しかし構えを変えて最初から勝ち越すとは、中々腕を上げたんじゃないか?」


 俺が冷蔵庫から保冷剤を出してタオルに巻いていると兄さんは肩を叩きながら褒めて来るのだが、俺にとっては嫌味にしか聞こえない。


「そうだな、兄さんの指導のお陰だよ。ありがとう。」


 精一杯の笑顔を作って返事をする。兄さんは本当に賛辞を述べているだけなのだろうが、俺の心は何とも言えない黒い感情が纏わりついているのが理解できる。


 兄さんなら余裕で勝ち上がるだろうし、個人戦も出てインハイに行っていた。それも1年生の時からだ。


 格が違うのは解っている。先輩達も過度な期待も無く、俺個人の力量を見て工藤龍一の弟ととしてではなく、工藤辰巳として接してくれているのも解っている。


 俺が勝手に比べて、勝手に嫉妬しているだけなんだ。それは理解している。


 でも感情が納得してくれない。


 同じ家に生まれた兄弟なのに、何故にここまで違うのか? 同じ人間になる訳も無いのは解っているのだが、もう少し近い才能をくれても良いのでは無いのか?


 そんなどうしようもない身勝手な考えが思考を支配してしまう。


「あんまり無理すんな。負ければ悔しくて当たり前だ。そう言う感情はキッチリ消化しろよ? 仕方は人それぞれだがな。ただ、悔しがらない人間は成長しない、だからお前はまだまだ成長するさ。」


 そんな俺の様子を兄さんは悔しがっていると勘違いして肩に手を当てながら慰めて来た。


「ああ、そうだな。ちょっと部屋で休むよ。」


 俺は絞り出す様に声を出して部屋へと向かった。心配そうに見ている母さんには申し訳ないが、やっぱりこれ以上、今は兄さんとは話したく無かった。






「はぁ~、やっぱりどう考えても俺の考えがクソだよなぁ……。」


 ベットにダイブして独り言をつぶやく。自分が勝手に嫌って、妬んで、無い物を人のせいにしている。何と自分が醜いバカなんだろうと思う。


 普通にインハイ予選でこの成績なら満足して良いものだろう。でも見えている頂があるならどうしてもそれを目指すのは人習性なのだろう……その身が焼かれるとしても。




ピロン




 自分の感情を持て余していると不意にスマホが鳴って視線を移した。ヒジリからのメッセージだった。


『今日はご馳走様でした。気を使わせてごめんなさい。』


 取り敢えず既読を付けてしまったので返信しないと行けない。別にごめんなさい何て言わなくても良いのに。


 いや、普通はありがとうと言うところをごめんなさいと言う事は、人見知りだからこその発言なのかもしれない。


 自己肯定感が低くて自信が持てない。だから人との付き合いを人一倍怖がるのでは無いだろうか? だからつい謝る癖が付いてしまっているのでは無いだろうか?


 そう思うと俺もヒジリも似ているのでは無いのかと思ってしまった。いや、違ったら申し訳ないな。勝手に相手に失礼な事をしてはいけないな。


『謝らないでくれ、俺のわがままだから気にしないでくれって。それこそ付き合ってくれてありがとう。』


 メッセージを送りながら、髪飾りが似合っていると言った時の覗き込んで来た時の顔を思い出してしまい、少し照れ臭くなってしまった。


『今日の試合、レン君もだけど、タツミ君の試合もカッコ良かったよ。』


 ヒジリは俺の試合見てたのか? まぁお世辞だろうけどな……一応お礼位は返さないとな。


『ありがとう。でも剣道の試合何て見ていても分からなかっただろ?』


『剣道はナギちゃんに付き合わさせて何度も見てたからちゃんと分かるよ? 理解した上で言ってるからね?』


 ん? そう言えば確かナギがレンの試合を見に来てたとか言ってたな? 友達なら一緒に来てたと言うことか。  


『ちなみに兄さんの試合も動画か何かで見た事あるかい?』


 自分で何を聞いているのだろうか……


『見た事あるけど……私はタツミ君の一直線の様な剣道の方が好きかな?」


『冗談だろ? 兄さんの方の試合が芸術の様で見応えあるだろうが?』


 自分の中の卑屈さを相手にぶつけている気になって来る。本当は言いたくないのにメッセージを打つ指が止まらない。


『お兄さんの試合は確かに芸術の様に見えるけど……何と言うか、情熱のぶつかり合いみたいの物を感じないの。でもタツミ君の試合は剥き出しの情熱を叩きつけている感じがしたよ。私はそう言う泥臭いと言ったら失礼だけど、そっちの方が好きだな。』


 情熱を叩きつけている? ああ、そうか。確かにそうだ。俺は自分への苛立ちを相手に叩きつけているのは間違い無い。


 そんな感情が好きだと言うヒジリが少し面白くなりつい笑ってしまった。


『泥臭い方が好きなのか?』


『そうだね、綺麗事じゃない純粋な感情な気がして好きかな?』


 ああ、そうか。泥臭くても良いのか。そう思えた瞬間に何か胸のつかえが落ちた気がした。


『ありがとう。久しぶりに素直に賛辞を受け入れられたよ。』


 そう返事をして俺は風呂に入るべく起き上がる。


 そうだな、泥臭く醜く足掻くのが俺の人生なのだろうな。でもそれでもいいと言ってくれる人が居るなら良いじゃないか。


 もっとそう言う人もいるだろう。少しだけ視野が広くなれた気がした。


 さあ、明日からも泥まみれで努力しようじゃないか。

 

 

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