2人の試合 ヒジリ視点
ついにインハイ予選の試合が始まりました!
先に出場しているレン君の試合は、相変わらずの受けの上手さで相手の攻撃を誘ってカウンターの要領で『後の先』を取って華麗に勝利を決めています。
一見するとタツミ君のお兄さんの様なスタイルに見えますが、お兄さんはフェイントを入れて相手の動きを誘ってのカウンターですが、レン君はじっと動かないのです。
隙無く、静かな湖面の様に構えて相手ににじり寄って行く。そして相手が耐えきれなくて打ち出したところへのカウンターと言う形です。
「しかし不思議ね、レンの場合は相手が先に打ち出してるのにそれよりも早く攻撃を返せるなんて。」
ナギちゃんが『後の先』の剣速差が気になったようですね。私も最初はそうだったので調べた事が有りました。
「先に打つ側は脳内命令で考えてから打ち出すのと、後から打つ側は反射神経で撃ち返すからどうしても後出しの方が早いらしいよ?」
「先生、意味が理解できません。もうちょい詳しくお願いします。」
ナギちゃんが混乱している。確かこれって中学の理科で出て来たような……? 後でレン君に言って勉強させないと。
「要するに咄嗟に打ち返す方が、考えて打ち出すよりも速度が速いって事だよ。」
「何となく解ったわ。流石ヒジリちゃんね。」
本当に解ったのでしょうか? たまにこう言う所が不安になります。
ナギちゃんは得意科目は強いのだが苦手科目は全くダメなのです。
得手不得手がハッキリしてるので赤点対策は簡単に出来るのですが……特に生物は苦手で、逆に物理は得意なので、今の話は苦手分野ですね。
「さて、今度はタツミ君の試合が始まるわね。ヒジリちゃんどうぞ。」
「ありがとう、ではゆっくりと見てみるね。」
そう言うと補助員の仕事をコッソリと交代して私は視線を試合場へと移します。去年のインハイ予選以来の試合ですから期待が高まります。
審判の開始の合図と共に、タツミ君が竹刀を上段に構える。私はいつもと違う構え方にまず驚かされた。
左手でしっかりと頭上に竹刀を構え、右手は添えるだけの様にしている。さらに普通は右足が前なのだが、左足が前になっている。本当にすぐに振り下ろせる状況の構えだ。
「上段の構えって普通は高身長の人向けの構えの筈だけど、タツミ君の身長は平均的よね。」
一般的な話を思い出して、つぶやいてしまう。私の悪い癖です。他の補助員さん達の視線に気が付いて自分の担当の試合場に視線を戻して愛想笑いをした後、すぐに横目でタツミ君を追いかけます。
相手がどこに打とうか悩んでいる様子が見えます。上段の構えをする人は全くいない訳では有りませんが結構少ないですからね、試合をしたことが無い人は最初は困るでしょう。
そして相手が意を決して打ち出そうとした瞬間、物凄い速さでそれよりも早く相手の面をタツミ君が打ち抜けていったのでした。
次の瞬間、審判3人の旗がキレイに上がるのが見えました。
そして二本目が始まります。相手は意を決したかのようにガラ空きの胴を狙い、それこそ捨て身の勢いで打ち込んで来ましたが、それよりも早くタツミ君の竹刀が相手の面をキレイに捉えたのでした。
「速さが以前と全然違う。まさに電光石火の様な一撃ね。」
「うん、何あの反応速度?人間のモノなの?」
隣りから声がして視線を移すとナギちゃんまで見ていました。ちょっとお仕事の方は大丈夫!? 慌てて自分の会場を見るとまだ小競り合いが続いて進捗は無かったようで安心した。
「ナギちゃんまで見てどうするのよ!? ビックリしたじゃない!」
「ごめんごめん、あまりにも1本目が早過ぎてつい見ちゃった。」
まぁ私も横目でレン君の試合を少しは見てたから大きく言えないが、確かに試合が一瞬で決まり過ぎて文字どうりあっと言う間に終わってしまった。
「明らかに以前よりも剣速が早い上に一撃必殺感が凄いわね、どんな練習したらああなれるのかしら?」
ナギちゃんも同じ事を感じた様です。流石に毎回補助員をやっているのでそこそこ二人とも剣道を見る目は養ったつもりですが、それを入れてもあの速さはかなりのモノだと言えました。
そして試合は進み、団体決勝トーナメント前で試合コート数が減ったので、補助員がお休みになりました。おかげでじっくりと最後の試合を見ることが出来ました。
タツミ君は初撃がダメだった場合はどうなるのだろうと見てましたが、初撃を失敗してもすぐに手首と肘を上手く使って防御や構えの姿勢にすぐに戻っていました。
「1年もこの為だけに練習してきたって感じね、他の上段の構えの人との練度が全然違い過ぎるわね。」
冷静に観察する様にナギちゃんが批評しています。私もおおむね同意見です。どれほど練習したら1年も経たないうちにここまでの技量を身に付けられるのでしょうか?
「そうね、放課後も長期休みもずっと練習に費やしていたという位だから、本当に血のにじむ様な練習だったのかも知れないね。」
剣道のスタイルは変わってしまっていたけど、それでもひたすらに真っ直ぐな感情が伝わる試合だった。
ここまで何かに打ち込める情熱をただ純粋に羨ましいく思い、そして見ている者の背中をピンと伸ばしてくれる様な気持ちにさせてくれます。あの頃に見た光景は変わらずに目の前に有りました。
みんな少しづつ変わっていくけど、この情熱と感情はあの日のまま何も変わらずにいる事を久しぶりに感じることが出来たのでした。
さぁ、では後はナギちゃん誘ってタツミ君達と合流ですね。
何と言うか、色んな意味で段々と緊張して来ました。上手く私は立ち回れるでしょうか? でもここを乗り切ればこの後は比較的に立ち回りやすくなるので気合を入れて望みます!
でも本音は緊張しまくりで逃げ出したいです! 人見知りな私が裏で動くなんて不向き過ぎます!
さっきは偉そうな事を言いましたがヤッパリ逃げ出したいです! 緊張します! 緊張し過ぎて胃がキリキリして来ました。誰か変わって上手く立ち回ってください!




