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焦りの代償

――――――――――工藤家―――――――――――――



 今年の夏は猛暑だ。うだるような暑さで昼間はセミすら鳴かない様な有り様だ。部屋の中でクーラーをつけていても窓際の日光が熱く感じる程だった。


 俺は静かに一人リビングで買って来たばかりのゲームを遊んでいた。


「さて、今年の夏は高校の合宿か? それともうちの大学の方に来るか? と言うか来るよな?」


「兄さん、暑苦しいから顔近づけるな。 高校で合宿やる所なんて少ないだろうが。」


 悪魔の様な声が部屋に響く。こんな暑苦しい時に、暑苦しい兄さんから、暑苦しい合宿のお誘いが届く。本当にお願いだから一人暮らしをしてください! そしたら逃げる方法を考えれるのに!


「この暑さでやったら熱中症確定じゃ無いのか? 流石に朝夕限定じゃ無いと下手すりゃ死人が出るぞ?」


「安心しろ、そこは大丈夫だ。昼は冷房の効いたトレーニングジムでの筋トレとランニングマシーン等でのフィジカルトレーニングだ。稽古は朝夕の涼しくなってからだから安心しろ。」


「本気で行きたくねぇ……。俺、高校の方の部活に参加して来るから大丈夫なのでお構いなく。」


 そう言って俺はリビングから自分の部屋へと逃げ様とするが、そんな俺を兄さんが逃がす訳が無かった。


「親父~、タツミも高校生になったから合宿の宿泊OKだよな?」


「分かりました! 行くから泊りだけは勘弁してください!」


 朝と夜のメニューも追加されたら体壊します。と言うかどうせ断ってもあの手この手で強引に連れて行くのは目に見えてるので、ダメージの少ない方を選んだ方が無難なのだ。


「最初からそう言えよな。本当は泊まり込みでミッチリと鍛えたいのを我慢してるんだからな?」


 兄さんが勝ち誇ったように笑いながら自分の部屋へと戻って行く。いい加減一人暮らしをしてくれと切実に願っているのも事実だったが、今回は少し事情が違った。


 高総体では流石に先輩の壁の厚さを思い知る事になった。


 普段の稽古でも先輩達とはいい勝負が出来たとしても勝ち切る事は難しかった。経験の差なのか執念の差なのかは解らないが、まだ俺には足りない物が有ると痛感していた。


 もしかしたらこの合宿で足りない何かを見つける事が出来るんじゃないかと淡い期待を胸にしていたのも事実だった。


 もし先輩達を超える為に必要な物を見つける事が出来なければ新人戦も補欠だろう。


 それでは試合を見てくれているかも知れないバレンタインの子に会えなくなるかもしれないと言う別の恐怖感に襲われていたのも事実だった。


 なので、実は兄さんからの合宿のお誘いは元々半分は受ける気でいたのが事実だった。




---------------------------------------------------------


 しかし現実はそんなに甘く無いし、思った通りにもならない事を俺はよく知っている。


 そして今それは現実に降りかかっている事を俺は不思議な程冷静に受け止めていた。




「これは、右肘はテニス肘を発症してるね。」


 俺は合宿途中で肘の痛みで竹刀が握れなくなり、現在病院で診察を受けていた。


 合宿数日目で打ち込んだ時に時折痛みが走る様になっていた。そしてそのまま無理に続けていたら素振りの衝撃でも激痛が走る様になり、竹刀を握れなくなったのだ。


「えっと、どれ位で治るんですか?」


「8割がたの人は半年から1年位で良くなるはずだが、無理に力を入れないように。無理をする程治りが遅くなるからね。」


 整形の医者が淡々と事実を告げて来る、半年から1年も出来ないのは流石に困るのだが、それを言おうとしたら医者が先に言葉を続ける。


「今無理をしてずっと続けられなくなるよりも、今は他のトレーニングをして基礎作りをしなさい。君はまだ1年生なんだから。最後の大会が近い学生ならブロック注射で誤魔化してあげるが君は先が長いんだ。」


 流石に医者だけあって、この手の患者をたくさん見て来たのだろう。説得の仕方が端的で冷静だ。俺は素直に頷いて診察室を出た。




「辰巳、大丈夫? 何だって?」


 待合室に行くと母さんが待っていた。ケガの話を聞いてすぐに来てくれたらしい。


「テニス肘だってさ、少なくても半年は肘は痛くない様に使えって。」


「半年も……、ごめんね。お兄ちゃんをもっと止めるべきだったわね。」


 母さんが別に悪い訳では無い、あの兄貴だ。どうせ俺を連れて行っただろう。


 むしろ問題なのは勝手に帰宅してから自主練をしてオーバーワークにした俺が悪いのだと思う。兄さんには帰ったらゆっくり休めと念を押されていたのに。


 結局は少しでも早く強くなって試合であの人に見てもらいたい。そんな気持ちの焦りばかりが優先してオーバーワークになってしまったのだ。


 剣道は心を鍛えるスポーツでも有るのに、流石にこの行動の結果は未熟だとしか自分でも言えなかった。だから母さんが気に病む事など無いのに。


「別に誰のせいでも無いよ、俺が勝手にオーバーワークをしただけだから。兄さんにはちゃんと休めと言われてたのに勝手にバカやっただけだよ。」


 そう言って病院を出て家へと帰った。


 一人で焦った結果がこれか。


 人の忠告は聞いておくものだと痛感しつつも、自分の体の事さえ分かっていない事が情けない。これからどうするかを考えながら一人ベットに横になる。


 まずは部活の先生と部長に連絡して。

 そしてレンにも伝えないとな。

 ああ、兄さんにも伝えておかないと。

 明日から何しようかな。推薦が厳しくなるなら勉強かな。

 あ、そもそも俺って部活ダメになったらどうなるんだ?

 ん? 色んな意味でこの状況は不味いんじゃないか?


 スポーツ特待の生徒が部活出来なくなったらどうなるんだ!? これって本気でヤバいんじゃないか? 


 スマホで調べてみるが学校によって違う様だ、コレならいきなり退学とかは無いだろう。しかし最悪マネージャーをやる感じになるのかな……?


 って、それだとダメじゃん! あの子に会えなくなるのが確定してしまう! 俺の青春の微かな望みなのに! クラスも部活も暑苦しんだよ!? 俺の青春が灰色で終わってしまう!


 こういう時に何とかしてくれそうな人と言えば……やっぱりあの人しか居ないか。


 俺は諦める様に兄さんへと電話をしたのだった。



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