第9話:未知のエネルギー
じんじんとした痺れが残る腕をさすりながら、俺は慎重に拳を握ったり開いたりしてみる。少しは動くようになったが、完全に元通りというわけにはいかない。
「……しかし、何だったんだ、あの痛み……?」
フィクスのバーの奥、薄暗いソファに腰掛けながら、俺はさっきの出来事を振り返る。手の平に走った鋭い衝撃、感電したかのような痛み。そして、マナ結晶に触れた直後にそれが起こった。次の瞬間、はっとしてポケットからスマートフォンを取り出す。
「やばい……時間!」
この世界に来てから、俺とエルは警察に身柄を拘束されていた。しかし、一時的に解放されていたものの、夜までには戻らなければならないという条件付きである。俺はスマホの画面を点けて時間を確認しようとした。
その瞬間、スマホの画面が一瞬だけ充電中のマークを表示した。
「……は?」
思わず二度見する。もちろん、充電なんかしていない。なのに、充電中のアイコンが一瞬だけ表示されたのだ。
「何だ、それは?」
向かいに座るフィクスが俺の手元を見て目を細めた。
「ああ、これはスマホっていう道具で、日本……俺のいた世界では、これを使って遠くの人と話したり、色んな情報を調べたりするんだ」
「ほう? 念話のようなものか?」
「念話………?っていうか、そもそもこの世界に電話はあるのか?」
俺の問いに、フィクスとエルが顔を見合わせる。
「……デンワ? 聞いたことがないな」
「……知らない言葉。」
エルが首を振る。
「マジかよ……」
電話すらないとなると、ネットもないってことか?
「デンキ……」
エルが思い出したようにつぶやく。
フィクスは怪訝そうに首を傾げる。
「まったく聞いたことがないな。何だそれは?」
「えっとな……電気ってのはマナみたいなエネルギーの一種で、俺たちの世界ではあらゆるものに使われてる。このスマホもそうだし、明かりだって電気でつけるんだ」
そう言って、俺は店内を見渡す。バーの照明は、ろうそくやランプではなく、天井の小型魔導灯が淡く光を放っていた。そういえば、この世界では光源もマナで賄われてるんだった。
「なるほどな……」
フィクスが腕を組み、興味深そうに俺を見つめる。
「となると、その“デンキ”とやらは、お前の世界特有のものだな?」
「ああ、でもさっきの感電したような痛みと、スマホの充電中の表示……もしかしたら、俺の体が電気に似た何かを発したんじゃないか?」
俺の仮説に、フィクスとエルは驚いた表情を浮かべる。
「マナの影響かもしれないな。お前の服や持ち物が、この世界にとっては異物であると同時に、マナと結びつくことで未知の作用を生み出したのかもしれん」
「……もしかして服の静電気か、、あり得るな」
俺がこの世界に来てから、色々と謎めいたことが起こっている。マナと電気が交わることで、俺の体に何らかの異常が起きているのかもしれない。
「ふむ……ちょっとその“すまほ”とやらを貸してみろ」
フィクスが手を伸ばしてきた。
「あ、ああ……」
少し躊躇しつつも、俺はスマホを差し出す。フィクスはそれを興味深げに観察し、ボタンを押したり、画面を指でなぞったりしている。
「これは……面白いな。未知のエネルギー源を手に入れたようなものかもしれん」
そう呟くと、フィクスはニヤリと笑い、俺のスマホをそのままポケットにしまった。
「お、おい!? 何してんだよ!」
「これはしばらく預からせてもらうぞ。もっと詳しく調べる必要がある」
「ふざけんな! 俺のスマホだぞ!」
「これも自由の対価みたいなもんだ、諦めろ。いずれ返す。それまでの間、お前たちはこれを持っていろ」
そう言って、フィクスは俺とエルに二枚のカードを差し出した。
「……これは?」
「身分証だ。お前とガキの戸籍を保証するためのものだ」
俺は半信半疑でカードを手に取る。それは硬質なプレートで、見た目はクレジットカードのようだった。先ほどの男の名前や年齢が刻印されているが顔写真は俺のものになっていた。
「これで、お前たちは堂々と外を歩けるようになる」
「……マジかよ」
戸籍なしの状態から一気に身分証を手に入れられるとは思わなかった。
「じゃあ、俺たちはもう奴隷扱いされない?」
「ああ、少なくとも法的にはな」
フィクスは不敵に笑う。
「さて、ここでの話は終わりだ。今後、何かあれば俺から連絡する。今日はひとまず解散だ」
こうして、俺とエルはフィクスのバーを後にすることになった。
「……とりあえず、警察に戻らないとヤバいな」
俺は夜の街を見上げ、ため息をついた。