第8話:手に馴染む力
悠馬の手の甲からじんじんと痛みが広がっていく。フィクスはその様子を見て満足げに頷いた。
「まあ、そんな顔をするな。すぐに慣れる」
フィクスはそう言い放つと、手早く消毒薬を取り出し、悠馬の手の傷を洗い流し、店を後にした。
その後、エルは俺の横に座り、献身的に包帯を巻いていく。細い指先が器用に布を操り、しっかりと固定していくのを悠馬はぼんやりと見つめた。
「ありがとう、エル」
俺は静かに礼を述べる。しかし、エルは軽く首を振った。
「いいの。……わたしの方が、何倍も助けてもらったから」
エルは涙目で微笑む。その表情には、まるで亡くなった姉と自分を重ねるような切なさが滲んでいた。俺は言葉を返せなかった。ただ、彼女の手の温もりを感じることで、エルの想いを受け止めるしかなかった。
そんな中、フィクスが戻ってきた。無造作に扉を開け、足を踏み入れる。
「おお、腕の調子はどうだ?」
フィクスの軽い調子に、俺は思わず睨みつける。
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」
俺は若干苛立ちながらも、痛みが落ち着いてきたこともあり、淡々と答えた。
「……まあ、なんとか無事だ」
「ならいい」
フィクスはそう言うと、悠馬の包帯を巻いた手を見つめた。
「傷を見せてみろ」
俺は一瞬警戒するも、大人しく手を差し出した。しかし、次の瞬間、フィクスは懐から小さな黄色の石を取り出し、悠馬の傷口に無理やり押し込んだ。
「ぐあっ!」
突如襲い掛かる激痛に、悠馬は思わず叫び声を上げる。
「やめて!」
エルがフィクスに飛びかかろうとするが、彼はそれを片手で軽く制した。エルは歯を食いしばり、必死に悠馬を助けようとするも、その体は震えていた。
フィクスは意に介さず、さらに小さな黒い石を取り出すと、それを悠馬の手の傷口に押し込む。
「じっとしてろ」
威圧的な声に、二人は動きを止めた。しばらくすると、悠馬の手の甲から黄色い光がゆっくりと溢れ出す。
「なんだ……これは……」
俺は息を荒げながら、震える声で問うた。
「そいつは『マナの結晶』だ。さっきの男の死体から取り出したやつさ」
「マナの……結晶?」
フィクスはまるで俺の反応を楽しむように口元を歪める。
「戸籍とは関係ないが、俺の仕事を手伝ってもらうために、お前にマナを持たせたかった。それだけだ」
「だから、ナイフを突き立てたのか?」
俺が息を荒げて問い詰めると、フィクスは肩をすくめて呟く。
「あれはただの趣味だ」
エルは震える手で俺の腕を握りしめている。彼女の瞳には恐怖と混乱が入り混じっていた。
やがて俺の手の光は静かに収まり、痛みも次第に引いていった。息を整えながら、フィクスを睨みつける。
「……で、これは一体どう使うんだ?」
「簡単だ。手に力を込めて集中しろ」
フィクスの言葉に半信半疑ながらも、俺は右手に意識を集中させた。すると——
「っ……!!!」
突如、右腕に激しい電流が走るような痛みが駆け巡った。まるで感電したかのような衝撃に、思わず地面に膝をついてしまった。
その様子を見たフィクスは、眉をひそめる。
「……妙だな。こんな反応は普通しねぇんだが」
フィクスは興味深そうに悠馬を観察する。
「お前の体、少し普通と違うのかもしれねぇな」
エルは俺の背中をさすりながら、心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫……?」
俺は荒い息をつきながら、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、たぶん……な」
しかし、右腕にはまだビリビリとした違和感が残っていた。この世界の“マナ”というものが、俺にとってどんな影響を及ぼすのか、それはまだ未知数だった。