第73話:旅は道連れ⑥
俺たちは夜の舗装されていない道を歩きながら、目的の倉庫へと向かっていた。月明かりが雲間から漏れ、荒れた道を青白く照らしている。足元の小石が靴の下でかすかに音を立て、周囲の森からは夜行性の生き物たちの鳴き声が聞こえてきた。空気は冷たく、吐く息が白い霧となって消えていく。
横にはドラド、後ろにはアークとザークがついてきている。彼らの足音は各々の歩き方を表していた。ドラドの足音は軽やかで、まるで地面を愛でているかのよう。アークの足音は慎重で規則的、そしてザークの足音は力強く地面を踏みしめている。
「本当に戦うつもりなのか?」
俺は隣を歩くドラドに問いかけた。声に含まれる疑問は、単なる確認以上の意味を持っていた。昼間の温泉での会話や、こいつの持つ緑のマナの力について、まだまったく掴めていない。フィクスのように実力を隠しているのか、それとも単に戦うことに向いていないのか。彼の本質は謎に包まれたままだった。
夜風が二人の間を通り抜け、ドラドの長い髪を揺らした。彼の緑の瞳が月明かりを受けて、不思議な光を放っている。
「俺が、戦えないと思うか?」
ドラドは笑いながら、両手をポケットに突っ込んだまま俺の方を見た。その笑顔には余裕があり、どこか俺を試しているようにも見えた。彼の姿勢はリラックスしていたが、その背後には何か隠された力が潜んでいるように感じられた。
「いや、ただ……お前ら緑のマナを持つやつは、どっちかっていうと管理側にいるイメージが強いからな」
実際、ヴィクトールは街の運営に関与し、研究所を管理し、奴隷制度を認識しながらも、それを現実として受け入れていた。彼の眼差しには冷淡さがあり、「システム」を維持することが全てだった。俺の心の中では、緑のマナを持つ者たちは秩序の守護者であり、同時に冷酷な支配者でもあるという矛盾したイメージが形成されていた。
だが、ドラドはヴィクトールとは違い、犯罪者を取り締まり、自分の手で治安を維持しているように見える。彼には民衆への親近感があり、どこか反骨精神すら感じられた。同じ緑のマナを持ちながら、なぜこれほどの違いがあるのか。
振り返ると、アークとザークが小声で何かを話し合っていた。彼らの表情は真剣で、時折こちらを見る視線には期待と不安が入り混じっていた。この二人もドラドを信頼しているようだが、今夜の行動に対しては緊張感を隠せないようだった。
「俺たちは長い年月を経て、マナの真価に気づいてしまったんだよ」
ドラドは意味深なことを言いながら、ふっと笑った。月明かりが彼の横顔を照らし、その表情には何か深い経験から来る確信のようなものが浮かんでいた。真価——その言葉が俺の心に引っかかる。
「まあ、詳しくは……実際に見てから考えろ」
そう言って、俺の肩を軽く叩く。その手の温もりは親しみを表しているようでいて、どこか試すような感触があった。
この緑のマナを持つ男が何をしようとしているのか、俺にはまだ理解できなかった。彼の行動原理、彼の能力、彼の目的——全てが謎に包まれている。そして何より、俺自身の能力をどこまで見抜いているのかも不明だ。心の奥底で、俺はドラドに警戒心を抱きながらも、彼の力に引き寄せられていることを感じていた。
しばらく歩き続け、目的の倉庫がある高台の手前まで来ると、俺たちは物陰に身を潜めた。夜の闇に溶け込むように、四人は息を潜めて倉庫を観察した。風がやみ、一瞬辺りが静まり返る。
廃倉庫はボロボロの外観をしているが、扉はしっかりと閉ざされており、わずかに窓の隙間から中の灯りが漏れている。錆びた金属の匂いが風に乗って運ばれてきた。時折、中から男たちの荒々しい笑い声や怒鳴り声が聞こえてくる。強盗たちは警戒心を解いて、おそらく略奪品を分け合っているのだろう。
俺は後ろを振り返った。アークは短剣を手に持ち、ザークは大きな拳を握りしめている。二人の表情には決意が浮かんでいた。
「さて、どう攻める?」
俺はドラドに小声で相談した。
倉庫の中にどれほどの敵がいるのか、武器を持っているかどうかもわからない。正面から攻め込むのは危険すぎる。俺は頭の中で様々な作戦を巡らせていた。
ドラドはしばらく倉庫を見つめ、その後ゆっくりと俺たちの方を向いた。彼の顔には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「俺が奇襲をかける。お前らは、その間にうまく中の奴らを片付けろ」
「奇襲? 具体的にはどうやって?」
俺は疑問を投げかけた。彼の言葉だけでは、どんな奇襲なのか想像できない。アークとザークも首を傾げている。
「んー、そうだな。まあ、今から見せてやるよ」
そう言うと、ドラドはゆっくりと地面にしゃがみ、右手を地面に触れた。彼の指が土を優しく撫でるように動き、まるで大地と対話しているかのようだった。
すると、彼の腕が緑色の光を放ち始めた。その光は淡く、しかし確かな存在感を持って周囲を照らす。マナの波動が空気を震わせ、地面からは微かな振動が伝わってきた。
ドラドの表情は集中し、額に汗が浮かんでいる。彼は何かを呼び起こしているのだ。
――次の瞬間。
**ズズン……ッ!**
大地が揺れ、倉庫の建物全体がわずかに傾いた。まるで生き物のように地面が蠢き、倉庫の基礎部分を押し上げている。金属がきしむ音、木材が軋む音が夜の静けさを破った。
「なっ……!?」
俺は思わず目を見開いた。
まるで地震が起こったかのように、廃倉庫が傾き、その影響で倉庫内のものが崩れ落ちる音が響き渡る。ガラスの割れる音、金属のぶつかる音、そして何より、中にいる男たちの驚きの声が聞こえてきた。
月明かりの下、倉庫が徐々に左側に傾いていく光景は、現実とは思えないほど非日常的だった。ドラドの顔には集中した表情が浮かび、その緑の手には神秘的な光が宿っていた。
「おいおい、本当にやりやがったな……」
ザークが驚きながら呟く。その声には敬意と恐れが混じっていた。アークも息を呑み、ドラドの能力の大きさを目の当たりにして、言葉を失っている。
倉庫の中からは慌てた声が飛び交い、数人の男たちがドアを開けて外へと飛び出してきた。彼らの顔には恐怖が浮かび、何が起きたのか理解できない様子だった。武器を持っている者もいたが、それを使う余裕はなさそうだった。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「倉庫が……!?」
混乱する強盗たちの姿を見て、すかさずアークとザークが動き出した。彼らの動きは素早く、強盗たちが状況を把握する前に攻撃の体勢に入った。
「行くぞ!」
二人は素早く駆け出し、それぞれの武器を手に持って強盗たちに飛びかかる。アークの短剣が月明かりを受けて輝き、ザークの拳が風を切る音が聞こえた。
一方で俺は、その場に立ち尽くしていた。
倉庫が傾いたのはドラドの能力によるものだ。
緑のマナを持つ人間が、ただの管理者ではないということを、俺は今、はっきりと理解した。彼らは大地そのものを操る力を持ち、周囲の環境を思いのままに変えることができる。これが緑のマナの真価なのか——自然を支配する力、創造と破壊を司る力。
俺の心は複雑な感情で満ちていた。驚き、畏怖、そして微かな恐れ。もし、こんな力を持つ者たちが世界を支配しているとしたら……。
考えを巡らせる間にも、アークとザークは強盗たちと交戦していた。彼らの動きは息を合わせたように流れるように連携し、強盗たちを次々と倒していく。
「おいおい、呆けてる暇はねえぞ」
ドラドは俺に向かって笑いかけた。彼の額には汗が流れ、少し息が上がっているようだったが、その目は活力に満ちていた。大地を操る力を使ったことで、多少の疲労はあるようだが、それ以上に戦いへの興奮を感じているようだった。
「俺が作った隙、無駄にする気か?」
その言葉に、俺は我に返った。彼の能力に圧倒されていた自分を恥じ、すぐに任務に集中する。
「……っ!」
ハッとして、俺は右手に微弱な電流をまとわせ、すぐに強盗たちに向かって駆け出した。青白い光が夜闇に浮かび上がり, 俺の姿を幻想的に照らす。
俺が何を見せつけられようと、戦わなければいけないことに変わりはない。今は目の前の敵を倒すことに集中しなければ。そして、いつか——ドラドの言う「マナの真価」が何なのか、理解する日が来るかもしれない。
夜風が強く吹き、戦いの音が周囲に広がっていった。
更新時間開いてしまい、申し訳ありませんでした。。。
しばらくは毎話夜に更新にしていく予定です。