第6話:残りの椅子
男の背中を追いながら、俺たちは貧民街の外れにある古びた建物へと足を踏み入れた。扉をくぐると、そこは誰もいないバーのような空間だった。埃っぽい空気が立ち込め、カウンターの奥には酒瓶が並んでいる。しかし、明らかに長いこと手入れがされていないことがわかる。
男はカウンターの奥へと入り、棚の奥に隠されていたグラスを取り出しながら言った。
「まずは自己紹介といこうか。俺の名前はフィクス。おまえらが探している業者ってのは、まあ、俺のことだな」
フィクスはグラスを机に置き、軽く息をついた。
「お前ら、戸籍が必要なんだろ?」
俺は緊張しながらも頷く。そして、一つだけどうしても気になっていたことを口にした。
「さっきの通報の話……どういうことだ? あの男は、俺が殴れば警察に自動で通報されるって言っていたが……」
フィクスはニヤリと笑った。
「それは事実だ。戸籍持ちが暴行を受ければ、マナが反応して自動で通報される仕組みになってる。だがな、それを無効化する手段もある。俺は裏で仕込んでいて、通報が及ばないようにしていたんだ」
「じゃあ、最初からあの二人を……?」
「そういうことさ」
フィクスはグラスに酒を注ぎながら続ける。
「元々、あの二人は俺が始末して戸籍を使う予定だった。だが、お前が男のほうを潰してしまったおかげで、俺は女一人始末する形になったってわけだ」
フィクスの言葉に、エルがびくりと肩を震わせる。俺も喉が詰まりそうになった。
「……男のほうは、もう死んだのか?」
俺の問いに、フィクスは肩をすくめて言う。
「さあな。だが、あのまま放置しても死ぬだろうし、すでに仲間が処分しているはずだ」
フィクスは酒を一口飲み干した後、こちらを鋭く見据えた。
「さて、話を本題に戻そう。男のほうの戸籍は、お前が倒したんだから、そいつを使ってやるよ」
「……!」
俺は息を飲んだ。それはつまり、俺はもうこの世界の人間になれるということだ。だが、すぐに疑問が浮かぶ。
「じゃあ、エルの戸籍は?」
フィクスはゆっくりと椅子に座り、肘をついて俺たちを見た。
「女のほうの戸籍は、こっちで処分したからな。その分の対価は、お前たちに払ってもらう必要があるな」
俺は拳を握りしめながら考える。何を差し出せばいいのか。
フィクスは続ける。
「金でも、労働でも、あるいは……別の何かでもいい。お前たちが何を差し出せるのか、考えてみろ」
エルは不安そうな目で俺を見つめていた。俺は心の中で決断を迫られていた。