第49話:村八分③
翌朝――。
「本当にありがとう、おばあさん」
「ご飯も、お布団も、全部……ありがとう」
俺たちは昨夜泊めてくれた老婆に深く感謝しながら、家を後にした。
「いいのよ、いいのよ。またいつでもおいで」
老婆はにこにこと笑いながら、俺たちを見送ってくれた。
その優しさに、エルは少し名残惜しそうにしていた。
「ユウマ……またこの村に来たいね」
「……そうだな」
俺は曖昧に笑って頷いた。
確かに、この村の人々はどこか温かい。
それは、今まで俺たちが見てきた街とは大きく違っていた。
だが、シグルドの手がかりは未だに見つからないままだ。
俺はため息をつきつつ、エルと並んで村の中を歩き始めた。
「おや、今日も働き者だな」
村の畑では、数人の農民たちが白い粉のような肥料を撒いている。
粉が空中に舞い上がり、ゆっくりと地面へ降り積もる。
俺は特に気にすることもなくその光景を眺めていたが――
エルがぴたりと足を止めた。
「……ユウマ」
「ん?」
「……あの肥料……」
エルの声が微かに震えていた。
「どうした? 何か気になるのか?」
エルはしばらく言葉を選ぶように口をつぐんだ後、小さく首を横に振った。
「ううん……気のせいかも……」
気のせい、と言いながらも、エルの表情はどこか不安そうだった。
俺は気にはなったが、本人が何も言わない以上、無理に聞き出すのもよくない。
とりあえず、俺たちはそのまま歩き続けた。
その後、昨日と同じ店に向かい、朝食をとることにした。
店主は俺たちを見るなり、目を細めて笑った。
「おう、お前たち。昨日はいいマナを提供してくれたな」
「マナは食事代の代わりになるって話でしたからね」
「助かるよ。せっかくだし、今日も少しだけ補充していってくれないか?」
店主の頼みに、俺たちは頷いた。
昨日と同じようにマナ貯蔵庫に手をかざす。
俺が先に電流を流すと、貯蔵庫の光がわずかに明るくなった。
続けてエルが手をかざすと――
「おお……!」
村人たちが一斉に息をのむ。
エルのマナが流れ込むと、貯蔵庫が強い青い光を放った。
村人たちはざわつきながらも、どこか安心したような表情を浮かべた。
「よかった……この子たちのマナは大丈夫だ……」
「うむ、いいマナの色だ……」
村人たちはそんなことをひそひそと話している。
俺は少し違和感を覚えたが、特に口を挟むことはしなかった。
「ありがとうよ。ほら、飯を食ってけ」
店主の言葉に従い、俺たちは朝食をとることにした。
今日のメニューは、昨日と同じく野菜がたっぷり入った天ぷらうどん。
出汁の香りが食欲をそそり、俺もエルも無言で箸を進めた。
エルもさっきの違和感を気にしつつも、目の前の料理には素直に喜んでいたようだった。
「……おいしい」
「そうだな」
俺も一口食べる。
うん、うまい。
出汁がしっかり染みていて、野菜の甘みが広がる。
この村の料理は素朴で、どこか懐かしい味がする。
エルも安心したように食事を進めていたので、俺は少し安堵した。
食事を終えた俺たちは、村を散策しながらシグルドの手がかりを探すことにした。
「ユウマ……今日はどうするの?」
「もう少し村を見て回るしかないな。昨日は結局何もわからなかったし」
すると、エルは小さな声で呟いた。
「……さっきの肥料……」
「肥料?」
「……マナの気配がしたの……」
その言葉に、俺の動きが止まる。
「マナ……?」
「うん……」
エルは顔を青ざめたまま、かすれた声で続ける。
「普通の肥料じゃない……あれは……多分マナが混ざってた……」
俺は、一瞬だけ何かの聞き間違いかと思った。
しかし、エルの顔は本気だった。
(マナが含まれた肥料……?)
そんなもの、今まで聞いたことがない。
そもそも、マナは人間の生命力を象徴するもののはず。
それがなぜ肥料に――?
俺の脳裏に、ある記憶が蘇る。
ヴィクトールの研究所。
暴漢が管に繋がれ、マナを吸い取られていた光景。
(まさか……)
俺は息をのんだ。
もし俺の考えが正しければ――
(人間を、肥料にしている……?)
「……っ」
そんなことが本当にあり得るのか?
だが、ヴィクトールの研究所を見た後なら……十分に考えられる。
俺は無意識のうちに、先ほど畑で肥料を撒いていた光景を思い返した。
白い粉末状の肥料。
あの中に、本当にマナが含まれているとしたら――
いや、それどころか、もしそれが『人間』だったとしたら――?
俺の先ほどの食事を思い出し、胃の奥がひっくり返るような感覚を覚えた。
(だが、証拠はない……ただの考えすぎかもしれない……)
俺は考えを振り払うように首を振った。
仮にそうだったとして、今すぐにどうこうできる話じゃない。
エルが心配する必要も、仮に事実だったとしてそんなことをエルに知らさられる訳がない。
(まずはシグルドを見つけることが先決だ)
俺は無理やり気持ちを切り替え、エルの方を見た。
彼女は、俺の様子には気づかずに、村の景色を眺めている。
「ねぇユウマ、あそこに大きな木があるよ」
「……ああ、本当だな」
俺はエルに微笑みかけながら、再び歩き始めた。
だが、心の中では、静かに警戒心を強めていた。