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第36話:緑の男②



男の演説を聞いたあと、俺たちは人混みから抜け出し、路地裏へと足を踏み入れた。


「……なんなんだ、あいつ」


思わず苛立ち混じりに声が漏れる。


エルは俺の横で少し心配そうに俺の顔を覗き込んでいたが、俺が今どんな気分か察したのか、あえて口を挟まなかった。



さっきの演説を思い返す。


「我々の街の未来のため、マナをもっと積極的に活用していきましょう!」


壇上の男は、誠実そうな口調でそう語った。


「現金でのやり取りは、もはや時代遅れです。我々は、マナによる経済活動を促進することで、より効率的かつ公平な社会を築くことができます」


街の人々が頷き、賛同の声を上げる。


「マナは、すべての人間が持っているものです。そして、マナを持っている者同士が適切に活用することで、我々の街はさらに発展できるのです!」


綺麗ごとばかり並べやがって。


だが、その話のどこにも貧民街や戸籍を持たない人間の存在が入っていなかった。


——つまり、マナを持たない人間は、そもそも彼の言う「社会の一員」にすら入っていないのだ。



そんなの、街の平和でもなんでもない。


それに、あの男——緑のマナを持つ男は、まるでマナこそが全てだと信じて疑わないような口ぶりだった。


「ユウマ……」


「悪い、ちょっとフィクスに話を聞いてくる」


俺はそのままエルを連れて貧民街へ向かうことにした。



フィクスのバーに到着すると、そこにはいつものようにザークとアークがいた。


「おっ、ユウマ。もう家に飽きたのか?」


ザークが酒瓶を片手に軽口を叩く。


「馬鹿言え。ちょっとフィクスに話がある」


「話? だったら今奥の部屋で暇そうにしてるぜ」


ザークが顎で示した奥の部屋に足を向けると、フィクスはソファに腰を掛け、グラスをくるくる回していた。


俺たちの姿を見つけるなり、ニヤリと口角を上げる。


「おやおや、まさかもう故郷が恋しくなったのかい?」


「そんなんじゃない。聞きたいことがある」


「ほう?」


フィクスはグラスを傾け、俺の顔を覗き込む。


「さっき、広場で演説をしてるやつがいた。緑のマナを持ってた」


「……へぇ、それはまた興味深い話だな」


「そいつは、マナをもっと積極的に使えって言ってた。現金よりマナが重要だって。で、そいつの話には、前提に貧民街のやつらがまったく出てこなかった」


俺は拳を握りしめる。


「つまり、アイツらにとってマナを持たない人間は存在しないも同然ってことか?」


フィクスはしばらく黙っていたが、やがて愉快そうに笑った。


「はは、まあ……緑の連中はな、マナが大好きなんだよ」


「……大好き?」


「そうさ。マナを持ってる人間と持ってない人間がいるだろう? で、アイツらは『持っている側』の世界を守ることしか考えてない」


フィクスはグラスを置き、俺を見据えた。


「だから、マナを持たない人間なんて、最初から見えてないんだよ」


俺の中で、何かが腑に落ちた気がした。


エルがずっと生きてきた貧民街——そこに住む人々は、戸籍が、マナがないからこそ虐げられていた。


そして、それを当然のこととして受け入れさせようとしているのが、あの演説の男なのかもしれない。


「……なるほどな」


「で、どうする?」


フィクスが楽しげに俺の顔を覗き込む。


「俺に何かをしろって話じゃない。ただ……」


俺はゆっくりと息を吐いた。


「俺は、この世界をもっと知る必要がある」


「ほう……随分と積極的になったな」


「別にそっちの世界に深入りしたいわけじゃない。ただ、知らないままにしておくのが危険なだけだ」


俺がそう言うと、フィクスは愉快そうに肩をすくめた。


「ま、好きにしな。だが、言っとくぞ」


「……なんだ?」


「お前がどんなに調べても、"緑のマナを持つやつら"の本質は変わらねぇよ」


俺はフィクスの言葉を噛み締めながら、バーを後にした。



エルと二人、夜の街を歩く。


「ユウマ……その、さっきの話……」


「……ああ。あいつらがどんなやつか、ちゃんと知っておいたほうがよさそうだ」


俺は小さく頷いた。


エルはどこか複雑な表情をしている。


「私は……マナを持たない人が、もっとどこでも暮らしやすくなればいいなって思ってた。でも、あの人は……」


「少なくとも、そういう考えはなさそうだな」


エルは悲しそうに目を伏せる。


「でも……だからこそ、私も知りたい。ユウマと一緒に、この街のこと」


俺は彼女の言葉に目を見開いた。


エルは、俺と同じことを考えていた。


「……ああ。一緒に調べてみよう」


俺たちは、再び歩き出す。


この街を知るために。

そして、俺たちが生きるために。

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