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第23話:日常と建前



「俺はザークっていうんだ、よろしくな」


 部屋に入るなり、双子の片割れは軽く手を上げてそう名乗った。


 初対面のときは無言を貫いていたくせに、随分とあっさり自己紹介するじゃないか。俺はまだソファに沈み込んだまま、うっすらと目を開けてザークの顔を見た。エルは俺の隣に座ったまま、一言も発さずにじっとしている。


「……ザーク、ね」


 口に出してみたものの、特に感慨はない。ただ、こうして面と向かって名乗られると、こいつも単なるフィクスの手駒ってだけではないような気がしてくる。


「で、なんの用だ?」


 俺は疲れた声で聞いた。正直、体力が残っているわけでもないし、精神的にもまともに話せる気がしない。そんな俺の態度に気を留めることもなく、ザークはにこやかに話し始めた。


「いやー、昨日はすごかったな。まさかお前があんなふうにキレるとは思ってなかったぜ。オレ、最初は『こいつ本当に戦えるのか?』って思ってたんだけどよ、最後のあれはなかなか衝撃的だったぜ」


 ……喋るな。


 俺は今、あの光景を思い出したくないんだよ。


「それにしてもさ、お前、最初に会ったときより随分と雰囲気変わったよな。こっちの世界に馴染んできたっていうか、なんつーか……」


「うるせぇよ」


 つい苛立ちが口を突いた。ザークは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにケラケラと笑い出す。


「悪い悪い。でもさ、そんだけ話せる余裕があるなら大丈夫そうじゃね?」


「……ふざけんな。どこが大丈夫に見えるんだよ」


 俺は頭を抱えながら、ザークを睨みつけた。


 こいつ、あの時は全然喋らなかったくせに、なんでこんなに口が軽いんだ?


「……お前、こんなに喋る奴だったのかよ」


 俺が半ば呆れたように聞くと、ザークは「お、気づいた?」と得意げに笑った。


「実はさ、ボスに言われてたんだよ。『初対面の時は口を挟むな』ってな。だから、最初は黙ってただけで、普段はこんな感じなんだわ」


 やっぱりフィクスの指示だったか。


 あの男ならそういう「演出」くらい仕掛けてくるだろうなとは思っていたが、改めてこう言われるとイラつく。


 しかも、ザークはまだ話し足りないのか、さらに続ける。


「それにさ、ボスから『様子を見てこい』って言われたんだよ。せっかくの未知のエネルギーが使い物にならなくなるのは困るから、ってな」


 未知のエネルギー。


 俺のことをそんなふうにしか見てないってことか。


 それは……わかってた。わかってたけど……


 吐き気がこみ上げる。


 フィクスは俺を"人"として見ていない。あくまでも便利な道具、実験材料、未知の可能性を秘めた興味深い研究対象。


 そういうものとして、利用しようとしている。


「……お前も、それに従って様子を見に来たってわけか」


 俺はできる限り冷静な声を作った。


「んー、まあそうだけど? でも正直、オレ自身はお前がどうなろうとそんなに興味ねぇんだよな。ただ、放っとくとマジで使い物にならなくなりそうだったから、気分転換に誘いに来たってわけ」


「気分転換?」


「おう。せっかくだし、貧民街の様子でも見に行くか?」


 ザークは何気なくそう言った。


 だが、その瞬間——


「ふざけないで!!」


 怒声が響いた。


 エルだった。


 彼女はザークを睨みつけ、ソファから立ち上がる。


「なんでそんな……軽い気持ちで……! 何が『貧民街の様子でも見に行くか』よ!」


 エルの怒りはもっともだ。


 あの夜、俺があんなことになったのに、ザークはまるで他人事のような顔をしている。それどころか、気晴らし感覚で「貧民街に行こう」と言い出す始末だ。


 だけど、ザークはそんなエルの怒りなど気にする様子もなく、肩をすくめた。


「まあまあ、そう怒るなって。別に俺はケンカしに行こうってわけじゃねぇよ。ただ、どうせこのまま家にこもっててもしょうがねぇしな」


 エルはまだ怒りを収められないようだったが、俺はザークの言葉に少し考え込んだ。


 ……確かに、このまま家でくすぶっていても何も変わらない。


 けど、街に出ればまたあのカフェみたいな光景を目にすることになるかもしれない。


 それなら……


「……わかった」


 俺はソファからゆっくりと立ち上がった。


 エルが驚いたように俺を見上げる。


「ユウマ……?」


「行ってみるよ。出てみるのも、悪くはない」


「でも……!」


「大丈夫。お前が見たくないなら無理にとは言わない。俺は……少し外の空気を吸いたいだけだ」


 俺の言葉に、エルは不安そうに唇を噛んだが、やがて小さく頷いた。


「……じゃあ、私も行く」


 その返事を聞いたザークは満足げに手を打った。


「よし、決まりだな!」


 貧民街に到着すると、驚くことにそこは何も変わっていなかった。


 あの夜、あんなことがあったというのに——


 住人たちはいつも通りの生活を送っていた。


 ボロボロの服を着た子供たちが遊び、路地裏には物乞いが座り込み、煙草の煙をくゆらせながら語り合う男たちがいる。


 まるで、何もなかったかのように。


 俺はこの光景に衝撃を受けた。


 あれほどのことがあったのに、街は静かに日常を続けている。


(……これが、この世界の「当たり前」なのか)


 俺は静かに息を吐いた。


 そんな俺の横で、ザークがふと立ち止まる。


「お、ボスから念話だ」


「……また何か?」


「んー、仕事の報酬を用意してるらしいぜ」


「……報酬?」


「ああ。何かは知らねぇけどな。楽しみにしとけよ」


 ザークは意味深な笑みを浮かべる。


 俺はそれを聞いて、嫌な予感を覚えた。


(報酬……何が来るんだ……?)



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