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第14話:ここは異世界

 翌朝、俺は早くに目を覚ました。昨日の疲れが残っているかと思いきや、意外にもスッキリとした気分だった。

 

 ソファから起き上がり、軽く伸びをする。エルはまだ寝ていた。俺はキッチンへ向かい、適当にコーヒーを淹れることにする。


 この世界のコーヒー豆は見た目も香りも日本のものとほとんど変わらなかった。もしかすると、こっちの世界の農業技術も日本と似たようなものなのかもしれない。


 カップに注ぎ、ソファに座ると、エルが目を覚ましたようだった。ベッドの上でぼんやりと瞬きを繰り返しながら、こちらを見てくる。


「……おはよう」


 俺がそう声をかけると、エルは目をこすりながら小さく頷いた。


「おはよう……」


 その声には、どこか安堵の色が含まれていた。


「どうした? まだ眠いか?」


「ううん……ただ、起きてすぐ、ユーマがいたから……よかった」


 彼女は昨日のことをまだ引きずっているのかもしれない。俺がいなくなってしまうかもしれないという不安が、相当なものだったのだろう。


 俺はエルの頭を軽く撫でると、彼女は少しだけ目を伏せた。


「今日は少し街を見て回ろうと思う。一緒にどうだ?」


 俺の言葉に、エルは驚いたように顔を上げた。


「……街に?」


「ああ。昨日は外に出る気になれなかったけど、そろそろこの世界のことをもう少し知っておきたいしな」


 俺の提案に、エルは少し考え込むように視線を落とした。


「……私は、行かないとダメ?」


「いや、無理にとは言わない。ただ、俺もまだこの世界のことをよく知らないから、一人で行くのは少し心細いんだよな」


 そう言うと、エルは迷いながらもゆっくりと頷いた。


「……なら、一緒に行く」


「ありがとう。じゃあ、朝飯食べてから行くか」


 

 ◇◇◇


 朝食を軽く済ませた俺たちは、アパートを出て街へと向かった。


 まずはスーパーやコンビニを回ったが、やはり無人の店舗が多い。支払いは現金かマナの買取方式が主流で、レジすらない店もある。


「やっぱり店員がいる店って少ないんだな……」


 俺は周囲を見回しながら呟いた。


「そう……働いてる人は、少ない……」


 エルも小さく答えた。


 それならば、人が働いている店に行けば何か分かるかもしれない。そう思い、俺はカフェに行くことを提案した。


「せっかくだし、カフェにでも入ってみるか」


 エルはその言葉を聞いた途端、小さく震えた。


「……カフェ……?」


「ああ、働いてる人がいるだろうし、何か分かるかもしれない」


 俺が何気なく言ったその言葉に、エルは明らかに動揺していた。しかし、俺と離れるのが怖いのか、拒否はしなかった。


「……うん」


 

 ◇◇◇


 カフェに入ると、俺はまずその雰囲気に少し安心した。レジの向こうにはエプロン姿の店員が立っている。やはりこの世界でも働いている人間はいるのだ。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね」


 店員の女性が俺たちを笑顔で迎えた。その笑顔は一見、普通の接客に見えた。


 しかし——。


(……何か変だ)


 接客の態度が、日本の店員よりも異様に丁寧すぎる。そして、その笑顔の奥に、怯えを隠しているような違和感を覚えた。


 俺たちは席に案内され、メニューを確認し、ドリンクを注文する。その間も店員の態度は異様に丁寧だった。


 そして、俺はふと横を見る。


 エルが肩を震わせていた。


「エル、大丈夫か?」


「……うん」


 小さな声で答えたが、明らかに怯えている。


(なぜ、ここまで?)


 違和感を抱えたまま、俺は店内の様子を観察した。


 周囲の客たちは普通に談笑している。しかし、店員の動きを見ていると、妙な緊張感が伝わってくる。


 そして——。


「申し訳ありません!」


 突然、店員の声が響いた。


 見ると、店員が俺の前にドリンクを運んできた際、手が滑って俺の服に少しこぼしてしまった。


 俺が反応する前に、店員は青ざめた表情で頭を深く下げる。


「す、すみません! 本当に申し訳ありません……!」


 その様子は、単なるミスを謝る態度ではなかった。まるで命乞いをするように、震えながら何度も頭を下げる。


「いや、別にそこまで……」


 俺が言い終わる前に、周囲の客たちが一斉に反応した。


「おいおい、なにやってんだよ」


「こぼすなんてありえねえだろ」


「お仕置きが足りねえんじゃねえか?」


 客たちは楽しそうに笑いながら、店員を罵倒し始めた。


 そして——誰かが突然、店員の頬を思い切り叩いた。


「っ……!」


 店員の小さな悲鳴。


「この怠け者が。客の服を汚すなんて、どういうつもりだ?」


 その言葉に、店員は震えながら何度も謝罪を繰り返す。


 俺はその光景を呆然と見つめていた。




(……まさか)




 今さらながら、ようやく気が付いた。


 この店員——奴隷なのか。


 その瞬間、俺の隣でエルが小さく震えていた理由を理解した。


 彼女はこの光景を知っていたのだ。


(……なんて世界だ)


 俺は拳を握りしめ、目の前の光景に言葉を失っていた。



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