第12話:与えられた初仕事
深夜、俺はフィクスのバーへと足を運んでいた。
バーに到着するとカウンターの奥でフィクスが一人酒を飲んでいた。俺の姿を見つけると、彼はニヤリと笑い、わざとらしく声をかけてくる。
「ターレス・ユウマ君、夫婦生活はいかがかな?」
「……せめて兄妹とか、もうちょっとマシな関係にできただろ」
俺は軽く睨みながらカウンターの前の席に座る。もちろん、フィクスが適当に戸籍を用意したわけじゃないことはわかっている。おそらく様々な事情を考慮した結果、俺たちが夫婦という設定になったのだろう。エルがあまり気にしていないようなのがせめてもの救いだ。
フィクスは楽しげに笑いながらグラスの中の酒をくるくると回す。
「まあ、そんなに怒るな。お前らの身分証明を完全なものにするために、そうするのが一番都合が良かっただけだ。それに、エルちゃんが意外としっかり者で助かるだろ?」
「……まあ、それは否定しないけど」
共同生活を始めて数日。エルは口数こそ少ないが、家事をきちんとこなしてくれるし、俺がマナの扱いに慣れるための練習をしているのを黙って隣で見守ってくれている。あの時、俺がエルを連れて逃げると決めたのは正解だったと今では思う。
さて、今日は一体どんな仕事をさせられるのか。フィクスのバーに呼び出されたということは、何かしらの仕事を命じられるのだろう。俺は少し身構えながら、彼の次の言葉を待つ。
「さて、本題に入ろう。今日お前にやってもらうのは――貧民街のマナ貯蔵庫を満タンにしてもらうことだ」
「……は?」
一瞬、耳を疑った。もっと殺しの依頼とか、ヤバい仕事を言い渡されるのかと思っていたが、まさかのマナ補充。予想外の指示に拍子抜けしてしまう。
「それだけ?」
「それだけだ。ただし、ちゃんと満タンにしろよ。それに、お前の『デンキ?混じりのマナ』がどんな影響を与えるか、少し検証したいってのもあるしな」
フィクスは酒をあおると、カウンターの向こう側からすっと立ち上がる。
「さあ、行くぞ。時間がかかるからな」
俺は軽くため息をつきながら、仕方なく彼の後を追った。
◆
フィクスに連れられて辿り着いたのは、貧民街の外れにあるマナ貯蔵庫だった。
「デカっ……」
俺の目の前にあったのは、大型トラックほどの大きさの箱型の施設。表面にはマナの供給口らしきものがいくつも取り付けられており、近づくと微かにマナの波動を感じる。
「これを満タンにするのかよ……」
「そういう仕事だ」
あっさり言われてしまい、俺は肩を落とす。これを満タンにする頃には朝になっているんじゃないか……?
とはいえ、やるしかない。
俺は右手を供給口に当て、意識を集中させる。マナを流し込む感覚には少しずつ慣れてきたが、俺の場合、マナを放出するときにどうしても電気が混ざってしまう。貯蔵庫が壊れたりしないだろうかと少し不安になりながらも、慎重にマナを流し込んでいく。
……しばらく続けていると、案の定、右腕にビリビリとしたしびれが走る。最初の頃よりは制御できるようになってきたものの、長時間マナを放出し続けるのはかなりの負担がかかる。
「おい、ユウマ。速度が落ちてるぞ」
「……お前な、やる側の苦労も考えろ……」
文句を言いながらも、俺はマナの放出を続けた。
どれくらい時間が経っただろうか。気づけば空が白み始めていた。俺の右手は完全に感覚がなくなり、最後の力を振り絞って貯蔵庫へマナを送り込む。
「……っ、終わった……」
その場に仰向けに倒れ込み、大きく息をつく。フィクスが貯蔵庫の計測装置を確認し、満足げに頷いた。
「ふむ、壊れてはいないな。だが、やはりマナと一緒に放出される電気には何かしらの影響があるようだな。これは興味深い」
「興味深いじゃねえ……こっちは息も絶え絶えだぞ……」
俺の抗議をよそに、フィクスは淡々と仕事を終えたことを告げる。
「よし、今日の仕事はここまでだ。また呼ぶからな」
俺は力なく手を振り、ふらふらと立ち上がる。
◆
帰路につくころには、右手のしびれは限界を迎え、ほとんど動かせない状態だった。これはしばらく使い物にならなさそうだな……。
左手でなんとか鍵を開け、部屋の扉を押し開ける。
「……っ」
扉を開けると、目に飛び込んできたのは、顔をぐしゃぐしゃにし、静かに泣いているエルの姿だった。