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第11話:始まる新生活


 それから数日が経った。


 ターレス・ユウマとしての新しい生活は、ひとまずは安定している。アパートの一室で、俺とエルはなんとか生活を維持できていた。元々部屋に残っていた現金が少しあったおかげで、今のところは食いっぱぐれることはない。


 エルはベッドを、俺はソファを寝床として使っている。初めてここに来た日のことを思えば、状況はだいぶマシになった。エルも特に不満を言わないし、俺もそれほど気にしていない。寝る場所があるだけありがたい。


 この日、俺は食料の買い出しのためにスーパーへ向かっていた。エルはまだ家にいる。戸籍を得たとはいえ、マナを持たない彼女を無理に連れ出すのも気が引けるし、必要なものは俺ひとりで買ってくることにした。


 スーパーに入ると、日本とほとんど変わらない店内の光景に改めて驚かされる。照明は蛍光灯……ではなく、マナの光源によって明るく照らされている。陳列された食品や日用品の並び方も、俺の世界と大差ない。カートやレジの仕組みまで、見覚えのあるものだったが店員などはいなく基本的にどこの店も無人で営業されていた。


 大きな違いを上げるとすれば、違うのは決済方法くらいだ。


 ここでは、現金かマナを買い取ってもらう形での決済が主流になっている。マナの売買は一般的で、マナを換金する機械まで設置されているのだから驚きだ。しかし、電流が走る俺のマナの特性上、安易に使用するべきではなさそうだ。紙幣もあるにはある、この世界での通貨は"円"ではなく"(とおり)"と呼ばれていたが、そこまで主流ではないらしい。


「あくまでマナがあれば最低限は生きていける……ってことか」


 買い物を済ませた帰り道、俺はふとフィクスの言葉を思い出した。彼が話していた「念話」についてだ。


 この世界には電話がない。だが、その代わりに「念話」というものが存在している。相手の顔を思い浮かべて意識を集中させるだけで、言葉を伝えられるというものだ。


 試しにやってみたものの、俺にはまったく感覚がつかめなかった。エルにも聞いてみたが、「マナがない自分にはわからない」と一言だけ返された。もしかすると、俺にはまだ念話を使うためのコツが足りていないのかもしれない。


 さらに驚いたのは、この世界のテレビの仕組みだった。


 放送局のカメラマンが、テレビを管理するマナ装置に念話を送ることで映像が映し出される仕組みらしい。要するに、カメラマンの目がカメラ代わりとなり、放送自体が念話を利用したリアルタイムの配信なのだ。そのためドラマや映画といった録画放送がないというのは残念だが、技術的には十分発展していると言っていいだろう。


 買い物を終えて帰宅すると、部屋のドアを開けた瞬間、エルがこちらを見た。


「……おかえり、ユウマ」


 彼女は、共同生活を始めてすぐに一緒に買った服を着ていた。シンプルなワンピースだが、奴隷寸前だった頃に比べると、その姿はかなり印象が変わった。顔色も、以前より幾分か良くなっている。俺に対しても多少は懐いてくれているのか「ユウマ」と呼んでくるようになった。


「ただいま。冷蔵庫に入れておいてくれ」


「……うん」


 俺が買い物袋を渡すと、エルはそれを受け取ってキッチンへ向かう。俺はソファに腰を下ろし、ため息をついた。


「……なあ、そろそろマナ貯蔵庫に補充しないとダメそうだよな?」


 俺の問いに、エルは頷く。


「……うん。あと1日くらいで空になると思う」





………アパートに帰った初日の夜のこと、


部屋の隅には、壁に埋め込まれた小型の装置があった。近づいてみると、スリットの入った金属板のようなものがついている。


「これに、マナを送り込めばいいのか?」


「……そう」


 エル曰く、照明をはじめとしたマナを動力とする家の装置は、すべてこのマナ貯蔵庫と呼ばれる装置にマナをためておくことで稼働するとのことだった。


 試しに、俺は装置の給油口のような箇所に手をかざした。


 次の瞬間——ビリッ、と電撃のような感覚が腕を走った。


「……っ! くそ、やっぱりか……」


 以前と同じ、あの痺れるような痛みだ。だが、今回はなんとか耐えながらマナを送り込んでみる。


 ——ピッ。


 装置のランプが点灯した。


「……入った?」


「……うん」


「……よし」


 どうやら、マナの供給自体は成功したらしい。腕のしびれは残るものの、生活のためには避けて通れない。家に帰ったその日以降、俺はしばらくの間、マナの扱いやこの腕の状態について、体当たりで実験を繰り返す日々を送ることになった。




 そんなある夜——。


 エルは先にベッドで眠りについた。俺もソファに横になり、そろそろ寝ようと目を閉じたその時だった。


『……仕事の時間だ』


 突然、脳内に声が響いた。


「……っ!?」


 思わず飛び起きる。


 聞き覚えのある低い声の主は、フィクスだった。


『驚くな。これが念話だ』


「……まさか、いきなりできるとは……」


『お前ができたんじゃない。俺が送っただけだ』


「……なるほど」


 どうやら、念話は相手から一方的に送ることも可能らしい。とにかく、フィクスが呼び出してきたということは——


『今すぐ来い』


 そう言い残し、フィクスの声は消えた。


「……仕事、か」


 俺は静かに立ち上がり、寝ているエルを起こさないように部屋を出た。


——新しい生活が、次の段階へと進もうとしていた。



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