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女王様小説集

ちっちゃなバイキング

作者: 平井敦史

「あああああ! もううんざり!!」


 マルグレーテはベッドの上で手足をばたばたさせながら、そう叫びました。

 ここはノルウェー王国の都オスロの王宮。

 北欧ほくおうの夏のおだやかな日差ひざしが、窓辺から差してきます。


 マルグレーテは、海をへだてたデンマーク王国から、去年お嫁入よめいりして来たばかりです。

 旦那様であるノルウェー王は、ホーコン六世といい、今11歳のマルグレーテより13歳も年上で、王様としてのお仕事でいそがしく、あまりマルグレーテと遊んでくれません。


 そして、マルグレーテはマルタという女の人から、来る日も来る日もおきさき教育を受けているのでした。

 おきさきとしてのたしなみから、政治のこと、そしてキリスト様の教えについて。

 マルグレーテはけっしてお勉強がきらいなわけではなく、きびしいマルタ先生のことも尊敬してはいるのですが、やっぱり毎日毎日だと嫌気いやけもさそうというものです。


「そうだ。わたしこのお城のこと、まだよく知らないのよね」


 マルグレーテはベッドから起き上がり、ぽんと手を叩きました。

 

「おきさきたるもの、お城のことはすみずみまで知ってなくっちゃ。うん、これもだいじなお勉強だわ」


 思い立ったらても立ってもいられず、マルグレーテは部屋を飛び出しました。



「そういえば、お城の下に降りる階段があったっけ。あれってどこにつながっているのかしら?」


 以前、お城の地下に降りていく階段を見つけたのですが、その時は、近付いてはいけないと見張りの兵士に止められたのです。


 そこへ行ってみると、見張りの兵士は他のところを見回っているようで、ちょうど誰もいません。

 これさいわいと、マルグレーテは石造いしづくりの階段を降りて行きました。


 かりりの窓からかすかに光は入ってきているものの、薄暗うすぐらくて気味の悪い階段を、マルグレーテは怖がりもせずにとっとことっとこ降りて行きます。

 どれくらい降りて行ったでしょうか。ようやく階段が終わると、そこは船着ふなつになっていました。


「わあ、すごい! これ、バイキング船よね?」


 マルグレーテが歓声かんせいを上げます。


 それは細長く優美な曲線で形作かたちづくられた船で、毛織物のが張られ、両脇にはそれぞれ十数本のオールが取り付けられていました。


「この船で世界中の海を渡り歩いていたのね。素晴らしいわ!」


 マルグレーテは感動しながら、船をすみずみまで観察します。

 そんな彼女に、突然声がかけられました。


「やあ、かわいいおひめ様。私の船に興味がおありかな?」


「わっ! びっくりした!」


 マルグレーテが振り返ると、そこには一人の男の人が立っていました。

 背が高くてとてもたくましく、鉄のくさりを編んだよろいを着て、どんぐり型のかぶとをかぶっています。


「まあ、あなたはバイキング? でもかぶとつのはついていないわね」


「あっはっは。つのつきのかぶとなんてのは、南の連中のかんちがいだよ。本物のバイキングはそんなのかぶってやしないのさ」


「へえ、そうなのね。それにしても、あなたとてもきれいな髪をしているのね」


 その男の人の、腰のあたりまで伸ばした髪の毛は、本物の黄金おうごんのようなさらさらの金髪でした。

 王宮の女の人でも、これほどきれいな髪の持ち主はそうそういません。


「ありがとう。おほめいただいて光栄ですよ、おひめ様」


「どういたしまして。わたしはおひめ様じゃなくっておきさき様だけどね」


 そう言って、マルグレーテは胸を張ります。


「それは失礼、小さなおきさき様」


 きれいな髪の男の人の謝罪を、マルグレーテは淑女しゅくじょらしくおおらかに受け入れました。

 けれど、次の瞬間には淑女らしいつつしみ深さをほうり出して、マルグレーテはきれいな髪の人に頼み込みます。


「ねえ、きれいな髪の人。わたしこの船に乗ってみたい! いいでしょ?」


「はっはっは。おやすいご用だよ」


 きれいな髪の人はにっこり笑って、マルグレーテの手を引き、バイキング船に乗せてくれました。

 そして、いつの間にか何人もの男たちが、船に乗り込んでいました。

 皆、くさりを編んだよろいにどんぐり型のかぶとといういで立ちで、中には熊の毛皮を羽織はおっている者もいます。


「えっと……。この人たちは?」


「もちろん私の子分たちだよ。さあ野郎ども! 船を出すぞ!」


「おう!!!」


 いせいのよい返事とともに、男たちはいっせいにオールをぎ始めました。

 船はあれよあれよという間に沖に出て、振り返るとオスロのお城が小さく見えます。


「うわぁ、はやはやい!」


 マルグレーテがはしゃいでいるうちに、船は細長い入り江を抜け、広い海に出ました。

 はるかかなたには、彼女の故郷であるデンマークのユトランド半島が見えています。


 マルグレーテのまぶたの奥に、両親の顔が浮かびました。

 お父様お母様はお元気かしら、と気になります。


「さて、どちらへ行こうか? ユトランド半島沿いを南に行けば、シェラン島を過ぎてドイツ、さらにはロシアだ。西へ行けば、ブリテン島、さらには大西洋にまで出て行けるぞ」


 きれいな髪の人が言いました。

 マルグレーテが生まれ育ったお城があるシェラン島は、もっと南の方。ここからはまだ見えません。


「西へ行きましょう」


 マルグレーテはそう答えました。

 お父様お母様には会いたいけれど、会ってしまったらもう二度と離れたくなくなってしまうと、自分でもわかっていたので。

 今のマルグレーテは、デンマークのおひめ様ではなく、ノルウェーのおきさき様なのですから。


 船はますます速度を上げて、真っ青な海を進んでいきます。

 はるかかなたに、大きな島が見えて来ました。


「あれがブリテン島?」


「そうだ。その向こうはもう大西洋だよ。けど、さすがにそこまで行くと帰るのが遅くなってしまうからね。そろそろ帰ろうか。」


「あ……、それもそうね」


 何も言わずに来てしまったので、きっとみんな心配していることでしょう。

 マルグレーテは急に心配になってきました。


「大丈夫だよ。私の船は速いからね。せっかくだから、帰りは少し北を回ろうか」


 きれいな髪の人が手をあげて合図あいずすると、船は大きく舳先へさきをめぐらせます。

 西からの風をに受けて、船がぐんと速度を上げると、ほどなくして、スカンジナビア半島の西岸せいがんが見えてきました。


 巨大な氷河ひょうがが長い年月としつきをかけて大地を削り、そうしてできた谷間に海水が入り込んでできあがったフィヨルドの入り江。

 上の方に白い雪を残した山々と、北欧ほくおうの短い夏に生命いのちの限りを尽くすかのように芽吹めぶく草木の緑。その山すそに深く入り込んだ、夏の陽光をあびてサファイアのようにきらめく海。


「きれい……」


 マルグレーテはそうつぶやいたきり、息をすることすら忘れて、その景色けしきに見入っていました。


「ねえ……。バイキングって、いつもこんな景色けしきを見ているの?」


「はは、もちろん季節によって景色けしきはがらりと変わるのだけどな。すごいだろう?」


「ええ、すごい。本当にすごいわ! 決めた! わたし、バイキングの女王になるわ!」


 マルグレーテが両手を握りしめてそう言うと、きれいな髪の人は愉快そうに笑いました。


「はは、そいつは頼もしいや。期待しているよ、小さなおきさき様」


「うん!」


 そんな話をしているうちに、バイキング船はスカンジナビア半島の南西のはしを回り、オスロの入り江へと入っていきます。

 そして、お城の船着き場につくと、きれいな髪の人はマルグレーテの手を取り、船から降ろしてくれました。


「ああ、楽しかった! また会えるかな、きれいな髪の人?」


 マルグレーテがたずねると、きれいな髪の人は謎めいた笑みを浮かべながら言いました。


「さあ、どうだろうね」


 え、ここに来ればいつでも会えるんじゃないの? とは、マルグレーテは思いませんでした。

 彼らが普通の人間ではないということは、何となく察していたからです。


「そっか。でも、きっとまた会えるわ」


「はは、そうだね。私も期待しておくよ」


「うん」


 マルグレーテは手を振って男たちに別れを告げると、一度も振り返らずに、階段を上っていきました。



 マルグレーテが戻ってみると、お城では大騒ぎになっていました。


「どこへ行っていたんだ、マルグレーテ。心配したんだぞ」


 年の離れた旦那様で国王陛下でもあるホーコン六世が、ほっとした表情でそう言い、教育係のマルタはものすごく怖い顔をしています。

 それ以外にも、王国の重臣じゅうしんたちやマルグレーテの世話係たちが、おろおろしながら陛下の顔色をうかがっています。


「ごめんなさい」


 マルグレーテは謝りました。

 皆に心配をかけてしまって申し訳ない、というのは本当の気持ちです。


「で、どこに行ってたんだい?」


 旦那様にそうたずねられ、マルグレーテは正直に話しました。


「バイキングの船? いやいや、たしかにあの階段の下は船着き場になっているが、今ではもう使われていないし、船もつないでないはずなんだが」


「きれいな髪の男ですと? そのような者、この城におりましたかな?」


 みな首をかしげて不思議がっていましたが、大臣の一人がおそるおそるといった様子で口にしました。


「それはもしや、ハーラル美髪王びはつおう陛下ではございませんでしょうか?」


「そんな馬鹿な……」


 ハーラル美髪王びはつおうというのは、400年以上も前のバイキング時代の人で、はじめてノルウェーを統一したとされている人物です。

 ノルウェーを統一するまで髪の毛を切らないと誓いを立て、その誓いをたした後に髪を刈り整えると、その髪がとても美しかったので、そんなあだ名がついたと言われています。

 信心深いキリスト教徒であるマルタは、バイキングを野蛮人だと思っているので、顔をしかめています。


「さあ、マルグレーテ様。バイキングのことなど忘れて、お勉強をいたしましょう」


 マルタにうながされ、マルグレーテははぁいと元気よく返事しながら、見えないようにぺろっと舌を出しました。


 ノルウェーの夏はまだまだこれからです。




  †††††


 ノルウェー王妃・マルグレーテ=ヴァルデマーズダッター。のちのマルグレーテ一世。

 ノルウェー,デンマーク,スウェーデン三ヶ国の摂政を兼ね、北海ほっかいに君臨することとなる未来を、今はまだ誰も知らない――。



――Fin.

【大人の方のための作品解説】


●マルグレーテ一世 1353~1412

 本作の主人公。エストリズセンちょうデンマーク王国の国王・ヴァルデマー四世の次女として生まれ、10歳の時ノルウェー王・ホーコン六世にとつぐ。

 ドイツを中心とする商業都市の連合体であるハンザ同盟、およびそれを後ろ盾とするスウェーデン王・アルブレクトと対立。父、夫、息子との相次ぐ死別という悲劇に見舞われながらも、したたかに立ち回り、ついにはノルウェー,デンマーク,スウェーデン三ヶ国による「カルマル同盟」の盟主として、北海ほっかいに覇を唱えるに至る。


 詳しくは零(@zero_hisui)様のツイッター漫画をご参照のこと。

(ttps://twicomi.com/manga/zero_hisui/1551037833829183488)

(ttps://twicomi.com/manga/zero_hisui/1551038063463112704)


 あと拙作『女王様はロマンの塊~古今東西女性君主列伝~』第29話「マルグレーテ一世」もよろしくね^^;


 なお、本作のエピソードは100%作者の創作である。というか、おとぎ話なので。



●ハーラル(ハラルド)美髪王びはつおう 850頃~930頃

 ノルウェー最初の統一王とされる人物。

 ノルウェー全土を統一するまで髪を切らないとの誓いを立て、その実現後に髪を刈り整えると、それが大変美しかったので、「美髪王びはつおう」と呼ばれるようになった、との伝承がある。

 北欧がキリスト教化される以前の、いわゆるバイキング時代の人物であり、その配下の一部は狂戦士ベルセルクであったとも伝えられる。

 本作の「きれいな髪の人」と何か関係があるのかは不明(笑)。



●バイキング(ヴァイキング)

 西暦800年~1050年の、いわゆるバイキング時代に、西ヨーロッパ沿海部を荒らし回った、バルト海沿岸およびスカンジナビア半島を拠点とする武装集団。

 実際には交易民としての性格も強かったと考えられる。

 キリスト教を受け入れ、また進出した先々で土着していき、1200年代頃までにはほぼ姿を消した。

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マルグレーテ一世の事績が気になる方は、こちらをお読みください。
『女王様はロマンの塊~古今東西女性君主列伝~』第29話「マルグレーテ一世」
― 新着の感想 ―
すっごく勉強になりましたし、楽しいお話でした╰(*´︶`*)╯♡
2025/01/31 00:03 退会済み
管理
 マルグレーテちゃんの大冒険!  可愛い童話で、拝読してワクワク・ドキドキ・ホッコリした気持ちになりました。  お話の背景になっている史実も興味深くて、とても面白かったです!
ノルウェイでバイキング船できれいな髪ときたら、美髪王に違いない! あれっでもデンマークからきたマルグレーテっていつの時代の人……? と思っておりましたら、なんとあのマルグレーテ一世でしたか! あの、と…
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