別れ-それぞれの向かう先
この後暫くは、国全体が後始末に追われる事となる。王権復興派が中心となって全ての政府組織を解体&再編成、更に戦後復興と、やる事は山積みだ。
現国王には今後王家の権威を取り戻す方向に進む事を伝え、お喜びはいただいたものの、実際王の体調は相当思わしく無い様で、一刻も早い新女王への体制移行が急務という認識が首脳陣の中で共有されようとしていたさ中、とんでもない事実が発覚したのだ。
そもそも国を挙げてドタバタしている中で、新女王について、護衛、教育、スケジュール調整、身の回りの世話など、ケアの部分が全く何もされている様子が無いし、その計画も立てられていなかった。ほったらかし…と言うか、その担当に誰一人割り振られていなかったのだ。担当の割り振り、特に王城内の人員配置はブロンゾ氏が担当していた筈だが…。と言うかそもそもコイーズ次期女王の姿が何処にも無い! その所在を確認する為ブロンゾ氏を問いただそうとしたが、ブロンゾ氏自体が何処にいるのか全く捕まらない、次期女王の専任護衛役のペールも何処にも居ない、何ならペールの連れていた召喚魔とうるさいカラスも全く見かけない。
現状事務方のトップで、実質国家運営の最高責任者であるコバック氏は、こと此処に及んで事態の深刻さに気付き、そこからは更なるドタバタが王城中心に巻き起こるので有った。
「次期女王は、新女王は何処におわすーっ!」
首都、ミリードを離れ、更に副首都のキミリードをも過ぎた街道沿い、人里もほぼ見なくなり、実質的な国の影響下から抜け出た辺りで、一台の幌馬車がそれまでの速力を緩め、長旅モードに移行する。豪華では無いが、丈夫で性能の良さそうな2頭立ての馬車に、随伴する護衛の騎馬戦士が2人。
護衛の1人、初老の男性が全員に声を掛ける。
「もう、此処まで来れれば大丈夫だろう。すぐそこに水場が有る、そこで少し休憩にしよう。」
彼の提案に沿い、街道から脇に少し入った場所に馬車と馬を停め、泉で馬を休ませる。真っ先に 馬車からフラフラと出て来た中年の線の細い男が草むらに分け入り、盛大にリバースしている。
「いやあ、先生すまんね。この馬車は軍用なんで、頑丈でスピードも出るんだが、その分乗り心地は犠牲になっててね。コイーズ様もお疲れでしょう。」
初老戦士が続けて馬車から降りて来た少女にも声を掛ける。
「もう"様"はよして下さいブロンゾ大隊長。私はもう自分の役目から逃げ出した身です。もうただのコイーズです。」
「そう言われたら私だってもう隊長でも何でも無い、ただのブロンゾおじいさんですよ。」
「大隊長をおじいさん…はちょっと呼べないです。」
もう一人の年若い護衛戦士がそう言いながら寄って来る。その肩の上に、カラスと、俺。
「ネビルブも大怪我したばかりだし、傷に障らないか?」
「はっはっは、アタシゃあ魔法生物ですクワらな。やわな生ものとは"出来"が違うでクエよ。」
「そう…か。生もの? そう言えばボニーもすっかり元通りだな。」
若い戦士…ペールが俺に対して語り掛ける。そう、俺は今肩乗りサイズに戻っている。何かもうこっちの方が生き易い。
「元通り? ボニー君も怪我をしたのかい? …まあ、あのガリーンとサシで渡り合ったんだからなぁ、無事なら奇跡か。何か偶然奴の持ち過ぎだった魔道具が暴発したとか? 全く運が良かった。」
と、ブロンゾ氏。公的にはそういう事にしてあるのだ。さすがに全部鵜呑みにはしていない様だが。
「でも、残して来た人達が心配で無いと言えば嘘になります。コバックさん、きっと困ってますよね。やっぱり全部放り出してしまうのは無責任だったんでは…?」
コイーズが浮かない顔だ。馬車の乗り心地のせいでは無い。
「…気にする必要は無い…とまでは言えないが、そもそも貴方が全ての責任をしょい込むのは間違ってる。私自身、貴方とペールがつましくも平穏に生活していたのを見ていて、いずれこの姉弟に国なんてものを背負わさなければならない事を、心苦しく思っていた。思えば貴方達には生まれてこの方贅沢どころか身を潜める様な生活を強い、最後には親まで奪ってしまった。貴方がこんな国に義理立てする謂れなど、全く無いのだ!」
悔恨に満ちた表情で言い放つブロンゾ氏。正直俺もコイーズに今更国をしょって立ては酷だと思ったし、勝手な話だとも思っていた。
そしてあの決戦の日、置物扱いで戦場のど真ん中に引っ張り出され、案の定襲われて、命の危機に…。その挙げ句に自分を巡っての敵味方の凄惨な殺し合いを目の前で見せられ、自分はとてもこんなところには居られないと弱音を吐いたコイーズに対して、
「だったら…逃げちゃおうか?」
と、提案したペール。最も彼女を理解している血を分けた弟は、その本心を言葉で聞くに至り、彼女の心が限界である事を悟ったのだ。
二人から相談を受けたブロンゾ氏は、さっきの発言の様に感じていた事も有ってか、手放しでとは言わないが、逃げ出す事には大筋で賛成してくれた。が…
「だが、逃げると言っても何処へ? という問題が有る。キミリード位では逃げた事にもならんだろう。出来れば国外といきたいが、さすがに私でも国外には伝手が無い。当ても無く出て行った所でまともな生活が出来ないだろう。そもそも入れてくれる国が有るかどうか…。」
それでもいいとさえ姉弟は言うが、さすがに荒波に放り出す様な話には難色を示していた。そこで俺がある事を提案したのである。
「や〜あ…、面目無い。乗り物どころか研究室の外に出るのさえ久しぶりでね。我ながら情け無い。うっぷ….」
「大丈夫ですかコンロイ先生、未だかなり顔色が悪そうですが、ザキラムまではこの何倍も遠いですよ。」
「そう…ですよねぇ…。」
「まあ、この後はそこまでのスピードは出しません…が、道は悪くなっていくだろうしなぁ。」
「うへぇ…」
絶望的に旅慣れていないコンロイ氏をペールが脅かす。それをブロンゾ氏がフォローしようとして、失敗。
「お二人共先生を苛めてどうするんですか? ザキラムに入ってからは先生が頼りなんですよ!」
コイーズに叱られ肩をすくめるペールとブロンゾ氏。
そう、俺が提案したのはザキラムへ行く事、そしてその案内兼口利き役としてコンロイ先生を連れて行く事だ。もちろんコンロイ氏にとってもこの提案は渡りに船。準備期間全く無しの日程で慌てさせはしたが、元々大した持ち物も無かったコンロイ氏、提案の次の日の出発に準備を間に合わせて来た。但し体の方は全く準備は出来ず、今のこの有り様なのである。まあ、この旅は2〜30日に及ぶらしいので、嫌でも慣れるだろう。
「それにしても、先生はザキラムの出身だったんですね。魔法の先生ですから不思議でも無いけど。」
と、ペール。
「うん。でもそれももう30年以上前の話だからね。それ以来便りも出していない。不義理もしてるし、受け入れて貰えるかどうか。まあ、貰えたとしても…、怒られるだろうなぁ…。」
「うん、多分あんたの姉さんは怒ると思うな。でもあんたを見捨てはしないと思う。誠心誠意謝るより他無いんじゃないかなぁ。」
一体どこまで知っているんだという顔で俺を見ながらも、深く頷くコンロイ氏。
「あ、もちろん君達の事は責任持って何とか受け入れてもらうよ、土下座してでもね。パンプール魔法学園には多分未だ伝手が有る。あそこで学生として、或いは職員として受け入れて貰える様に働き掛けるつもりだ。私自身、あそこでどうしても片付けなくてはならない宿題が有るし…。」
実はコンロイ氏の言う"宿題"が既に存在しない事を彼には伝えていない。その件が片付いた事を知ったからおめおめと帰って来たという流れにしたくないのだ。何ならその件を何とかするつもりで決意も新たに帰って参りましたとっくに解決済みだよはああァ⁈ぽかーん、という流れが理想かな…。
「…じゃあ、俺はここまででお別れだ。元気でやってくれ、ペール、コイーズ。幸せにな。2人の事、宜しく頼む、ブロンゾさん、上手くやってくれ、コンロイ先生。」
俺が宣言すると、空気が変わる。
「やっぱり、一緒には行ってくれないのか、ボニー?」
「ねえ、一緒にザキラムへ行って一緒に暮らそうよ。」
涙が出そうな程嬉しいペールとコイーズの申し出だが…。
「すまない、俺は、あそこに戻る訳には行かないんだ…。」
多分俺の人生を通しても、最も俺の事を慕ってくれた人を、俺は裏切ってしまっている。正直もう、合わせる顔が無い。
「彼にも何か事情が有るんだろう。寂しいとは思うけど、彼の決意は固い様だ。笑って送り出してあげよう。」
経験からか、色々と察してくれているコンロイ先生がそう諭すと…、
「そうだよな、頼り過ぎてごめん。俺達、頑張るよ。ボニーも元気でな!」
「…そうだね。何度も助けてくれてありがと…。恩返しできなく…ごめ…」
最後は言葉にならないコイーズ。
「ありがとう。じゃあな!」
俺は言い捨てる様に叫ぶと、来た道と逆方向に飛び出して行く。これ以上2人の顔を見ていると…やばい。ネビルブも何か簡単に挨拶して追い掛けて来る。こいつも寂しいとか思うんだろうか、姉弟から感謝を伝えられ、難しい顔をしていたが、それきり軽口が影を潜めている。
逃避行のさ中故、大声で呼び掛けこそしないが、千切れる程手を振っているコイーズ、ペールと先生も後ろでそれより少し大人しめに手を振る。ブロンゾ氏だけがやや腑に落ちない顔でこちらの方を見ている。そう言えばあの人だけは俺をただの召喚魔だと思ったままなんだったっけ。
引かれまくる後ろ髪を引き千切る勢いで、やや早めのスピードでその場を後にする俺達。4人の姿は程無く森の陰に見えなくなる…。