いざ、ガリーンとの決戦
目的地としていた元老院議会本部に背を向けて俺が今向かおうとしている先、そこに見えて来たのは、無惨に破壊された馬車の側、コイーズを守り奮戦するペールと、何とか牽制しようとして回りを飛び回るネビルブの姿だ。そして既に傷だらけのペールが必死で退けている黒ずくめの襲撃者、余計な装飾を外しほぼ全身黒一色の出立ちではあるが、間違いない、映像で見たガリーンその人だ。てっきり本部施設の一番奥でふんぞり返っていると思ったら、いつの間にか敵陣のど真ん中に出没し、こちらの本丸を的確に狙ってきた敵の親玉。さすが謀略担当。チキショウッ、油断したぜ!
やはりペールでは役不足か、奴の剣捌きによろめいている隙に、ガリーンの剣がコイーズを捉えようとする。間に合わないか⁈ 俺のそんな絶望的な見通しを。しかしあいつが覆した。
「クエーッ!! 」
「おわうっ!」
ガリーンの顔めがけて突っ込み、そのまま嘴で攻撃し続ける、そう、ネビルブ。その隙にコイーズは何とかその場を逃れる。
「こぅのっ、ジャマだ!」
キレたガリーンの剣の一閃。
「クワーッ!! 」
「ネビルブー!」
はらはらと地面に落ちるネビルブ。だがお陰で誤爆の心配が無くなったので、チャンスとばかりガリーンにサンダーをぶっ放す!
「うおぉ!」
ガリーンを捉えるエボニアム・サンダー。しかし、奴を驚かしはしたものの、期待した効果を示さない。そうこうする内その場に到着した俺は、弾丸のごとくの勢いのままガリーンに体当たり! さすがにすっ飛ぶガリーン。俺は慌ててそのままネビルブに取りすがる。
「おい! おい! ネビルブ、しっかりしろ!」
「やあ…ボニー様、アハハハハ…アタシ、何やってるんでクエかね。何をはっちゃけて、四天王様に突っ掛かったりしたのやら。ハハ…あほクワ…。」
「いいや良くやった! 良くやったぞぉネビルブ! だから…、勝手に死ぬなぁ!! 」
「ハハ…大げさでクエよボニー様。アタシが人助けなんかで死ぬキャラですかって…。」
そんないつもの軽口が、さすがに今は弱々しい。ペールとコイーズが心配気に寄って来る。
「こいつを頼む。そして、離れててくれ!」
「分かった…、ボ…ボニー?」
請け負ってくれたペールだが、反応が微妙だ。それではたと気が付いたが、ゴーレム戦で筋力を増大させた時、俺自身が少しサイズアップしていたのだった。今は子犬位のサイズになっている。それはまあともかく、今はガリーンをどう撃退するかだ。見れば丁度すっ飛ばされた先で立ち直り、こちらに戻って来ようとしているところだ。性懲りも無く目はコイーズを狙っている。俺はサンダーをその足元に打ち込んでその歩みを止め、そのまま奴の目の前に立ち塞がる。
「貴様は…、報告に有った弟の召喚魔か…? …違う…、貴様、エボニアム!」
「…はて、何のことやら。」
「とぼけるな! 何だその"なり"は、危うく騙されるところだったわ!! 」
うむ、さすがにバレた。もう後には引けない。相手は魔王四天王の1人だ。ザキラムのビオレッタ並みの実力だとすれば苦戦は免れないだろう。だが、コイツだけは許せない!
「貴様今度は何の気まぐれを起こしてわしのビリジオンにちょっかいを掛ける、国なんて物に興味は無かったんじゃないのか⁈ 全くもって忌々しい!」
そう吐き捨てると、唐突に距離を詰めて来るガリーン。コイツ早っ! 奴のやや小ぶりな剣が一瞬で目の前に。避けられない! そう判断した俺は、"避けない"事を選択した。俺の肩口の突起で敢えて奴の剣をまともに受け止めると、そのままホールド。そして力を込める。パキィッと、乾いた音を立ててへし折れるガリーンの剣。さすがになまくらでは無かった様でこちらも無傷では済まなかったが、最小限の被害に留めたとは言えるだろう。
ちいっと舌打ちして距離を取り直すガリーンに向かい、エボニアム・サンダー本気版を放つ。それはあっさりガリーンを捉えるが、やはり効果を発揮しない。そして今回は分かった。俺の魔法は何か特殊な装置により阻害されている。そのメカニズムも効力も不明なので、対処法も不明。実質魔法は封じられたと言っていいだろう。ではどうする? と俺が考えている間にガリーンがまた別の武器を取り出す…って、ピストル⁈
パァンッ!…と破裂音を響かせ、筒状の部分から小さな塊が飛び出す。って、やっぱりピストルじゃん! ピストルの弾を避けるのはさすがに骨だ。小刻みに動いて狙いを撹乱しようとするが、それでもたまに掠められる。どういう仕組みか奴のピストルは弾数が異常で、精度は高く無さそうだがとにかく数を撃ってくる。明らかにもう2桁撃った筈だ。そしてとうとう肩口に直撃を喰らう俺。硬さ故、皮膚を貫通こそしないが、衝撃だけはまともに貰い、きりもみで吹っ飛ばされる羽目になる。そして何より無茶苦茶痛い! さっき剣撃を喰らったのとおんなじとこだし…。
ただ一つ気付いた事が有る。俺は別に奴にスピードで負けている訳では無い。ただ奴のフェイントを交えたトリッキーな動きに目が慣れていないだけなのだ。そして奴は今、ピストルを狙って撃つ必要から、動きに専念出来ているとは言えない。となれば方針は決まって来る。奴には魔法攻撃が通じない。奴の動きに喰らい付いて、肉弾戦を仕掛ける、これしか無い。ピストルへの対処は…痩せ我慢する!…という作戦(?)である。
そうなると、まあ、こうせざるを得ないよな…、皆んなにもバレちゃうだろうけど。俺はここで突然ムクムクと大きくなり始める。蓄積してあった魔力を今度は逆に体組織に戻していく。骨になり、皮膚になり、筋繊維になり…。一回り、二回り、大きくなっていって、いつしかすっかり元の大きさに戻った俺。これならピストルで撃たれても吹っ飛ばされる事は無いだろう(痛いけど)。そんな俺の姿を見て目をまん丸にしているペールとコイーズの視線が痛い。
戦闘が再開した。相変わらず無造作にピストルを撃って来るガリーン。俺は肉弾戦を目指して距離を詰めて行く。的は大きくなったし距離も近いとあって弾丸はバンバン当たる。だがそこは予定通り"痩せ我慢作戦"発動だ! いてていててて…。そして遂に奴に組みつき、ピストルを持つ手を掴んで捻り上げる。
「ぎょえぇっ!」
思わずピストルを取り落とすガリーンだが、直後にスルリと抜け出して、再度距離を取る。俺も追いすがるが、奴の逃げ足は早い。
逃げ際、腰元に下げていた鞭状のものを振るい、それは俺の左足に絡み付く。そして次の刹那、左足に電流が走る! いや比喩じゃない、本当に走ったんだ! 鞭に仕込まれていた機能だろう。それが数秒。鞭自体が焼き切れ、俺の左足が使い物にならなくなった。未だ下半身全体が痺れているし、左足は炭化しているかも。
俺は急ぎ魔力を総動員し足を治しに掛かる。その隙に距離を取ったガリーンは懐から別のピストルを取り出す。どんだけ魔道具を隠し持ってんだよ! 今度のピストルから発射されるのはエネルギーの塊の様な弾で、余り真っ直ぐ飛ばないし、スピードも遅い。が、コイツが当たるとちょっと痛いでは済まない。皮膚を溶かし、中まで食い込んで来る。何発も喰らうとやばい。しかも奴め、こっちが動けないのをいい事に、離れた場所からバンバン撃ってきやがる!
「ボニー!」
コイーズが心配の声を上げている。こんな"なり"になっても心配してくれるんだ…。
俺は体内の魔力を更に総動員し、足の回復を最優先させる、エネルギー弾の命中を最小限に抑えながら…。湯気を立てて回復する左足、2分程度か…。
動ける様になったと確信した瞬間、まだタカを括っているガリーンに、いきなり前触れなく接敵、面食らう奴の鼻面めがけて渾身の鉄拳! 避けようとするガリーン、その顔面を捉え損ねた俺の拳は奴の首筋を掠めるに留まる。そのはずみで奴が纏っていたマントみたいなのの留金が吹き飛び、ハラリとマントが外れて落ちる。
「しまっ…!」
ガリーンの反応からマントが何らかの役割の有る物だったのが分かる。そしてこれまで奴が纏っていた魔力的な違和感が消え失せたのも感じた。もしや!と思い、咄嗟にエボニアム・サンダーを放つ。
「ぎああ〜っ!! 」
やはり、あのマントが魔法を阻害する魔道具だった様だ。今回は明らかに効果が有る!それでも奴がまだ立っていられるところを見ると、保険で別の魔法阻害アイテムを未だ隠し持っているのかも知れない。でもこっちは魔法の完全な遮断までは出来ていない様で、明らかにダメージを受けているガリーン。フラフラと後ずさるそのさ中、奴が手に持つピストルが突然暴発!
ッパアァンッ!!
「ずおぉっ!」
直後、今度は懐辺りで何かが炸裂!
ボゴオォン!!
「どはあぁ!」
更に左の腰辺りで何かが強い光を発して破裂した。
パシャアァン!!
「でひやあぁ!」
どうやらさっきのサンダーの影響で、奴の隠し持っていた魔道具に込められていた魔力が軒並み暴走を起こしているらしい。そしてマントが外れた事で見える様になった奴の背中のしょい子が明らかにヤバそうなスパークを始める。
「うわわわわ…。」
慌てふためいてしょい子を下ろそうともがくガリーン。しかし未だ銃の暴発のダメージが有って指先等上手く動かせない様で要領を得ない。焦れば焦る程固定する紐が解けず、当々しょい子は臨界を迎える。そして遂に…。
ドゴオオオーンッ!!
辺り一面を巻き込む程の爆発! 俺は慌ててコイーズとペールを後ろに庇う。飛んでくる爆風、肉片、砂や土埃、そして爆発力の源となったであろう大量の魔力の奔流が襲って来る。それらに耐える事暫し…。
爆炎の収まった時、そこに有ったのは大地に転がるガリーン"だったもの"。既に下半身と、頭部の一部のみになってしまった魔王四天王の同志の姿で有った。
最後の爆発の時、吹き出したエネルギーの中に俺のものだったと思われる魔力がかなり混じっていた。という事は、最後に爆発したあの"しょい子"が、マントで吸収した俺の魔力を貯めておくタンクの様な物だったのだろう。だが魔力を貯めておける状態に変換するのはマントの方の機能だったのかも知れない、活性化したままの魔力をダイレクトに取り込んだ為、中に貯めて有った魔力までひっ掻き回されて、大暴発、という状況だったと推測する。
とにかく、これで戦いは決したと言っていい。
「やりましたでクエな、ボニー様…。」
コイーズの腕の中のネビルブが迎えてくれる。さっきよりは随分ましな顔色だ。
「ボニー…でいいのか? 朝とはもう別人…ていうか別物なんだけど…。」
未だ絶賛当惑中のペールが掛ける言葉に困っている様子。
「て言うか、エボニアム様…とか?」
続いておずおずとコイーズ。
「…ボニーでいい。お前達にはそう呼ばれたい…。」
それは、この体の正体エボニアムではない、その"中身"である俺自身の願いが溢れ出た言葉だった。
「…うん、分かった、ボニーちゃん…。"ちゃん"はもうさすがに無理かしら。」
そう言って笑うコイーズ、後ろで色々納得した顔で頷いているペール。ああ、俺はこの姉弟には幸福になって欲しいと心から願う。
その間に、何処から様子を伺っていたのか国王軍総大将のコバック氏が騎馬で現れ、ガリーンの頭部を拾い上げ、戦場中にガリーンの死を触れて回る。それにより、ガリーン派だったビリジオン貴族共がとっとと降伏したり元魔王軍の連中がしれっと逃亡したりで、あっさり戦線が崩壊する元老院軍。戦火も一気に収まり、呆気ない程の幕切れだ。
やがてコイーズの居る本陣に、コバック氏やブロンゾ氏を始め主だった国王軍の面々が戻り、勝ちどきを上げる。その頃になってやっとミリードの衛士隊が戦場に駆け付けるが、全てが終わっている事を知り、目的を失った烏合の衆と化す。市街への被害も思いの外少なく、市民も安堵の表情だ。