立ちはだかるゴーレム・セブン
そして遂に当日を迎える。内部の手引きが有るので割とスムーズにブロンゾ大隊長の部隊も合流し、早駆けで進行する一行。そして王城近くを通り過ぎ、王城より立派と言われる元老院議会本部を包囲する王権復興派の面々、彼等は今や国王軍を名乗っている。
一方議会本部を守るのは、正規軍の一部と元魔王軍の精鋭部隊。数の上では国王軍の方が優ってはいるが、正規兵や私兵に、ほぼ素人の市民の義勇兵が入り混じり、いかにも寄せ集めなのは否めない。最も戦えそうなのはキミリードの衛士隊だが、そもそもガリーン側であるミリードの衛士隊はキミリードの倍以上の規模なのだ。数字で見れば負け確。
だが、なぜか今ここにミリードの衛士隊の姿は無い。俺はちょっとほくそ笑む、思った以上に上手く行った様だ。そう、ある偽情報により、今頃彼等はずうっと町外れの魔法研究所の方を取り囲みに行ってしまっている筈だ。思いのほか多くそっちへ回ってくれた様で、衛士隊の制服を相手側にほとんど見かけない。
元老院議会本部に向かい、先ず代表で有る天上魔法研究室室長、と言うか法務大臣のコバック氏が宣言する。
「我々は、今や消滅寸前のビリジオン王家の権威を取り戻すべく立ち上がった! 国王がご病床にあるのをいい事に国政に力ずくで食い込み、更にこれを牛耳らんとする元老院と、その代表であるガリーン議長の速やかな退陣を要求するもので有る! 我々は新たに現国王の直系、モウス皇太子の実子にして現国王の実の孫、コイーズ様を新たなビリジオン王国女王にいただき、女王を中心とした王国体制への回帰を目指すものである!! 」
そう言い終わったコバック氏に対し、返答の代わりに矢が射掛けられて来る、雨霰と。慌てて護衛の者の大楯の陰に隠れるコバック氏。ちなみにコイーズは陣の中央に鎮座する立派に飾り付けられた馬車の中、此処にVIPが居ますよと示威しながらの置き物だ。俺とペールはその護衛。
コバック氏への"返答"を皮切りに、戦闘が始まる。議会本部へと侵入を試みる国王軍。これを阻止せんとする元老院軍。正門に魔法が飛び、門は徐々に破壊されて行く。国王軍は敢えて多面攻撃をせず、正面突破一本に絞り攻撃を集中する。やがて門は破壊され、国王軍が突入を開始せんとする、と、そこへ元老院軍の守備隊が駆け付け、いよいよ乱戦模様に。
突入経路の問題から、乱戦の中心は大きく分けて3箇所、正面玄関は当然として、搬入搬出用の通用口、そして飛行能力の有る魔族中心に、2階のバルコニーだ。元々窓等の少ないこの国特有の建築様式の問題も有り、それ以外の侵入経路は無視出来るレベルで有る。時々火の手が上がる事は有るが、魔法的な防火対策が施されているのか、建物に燃え広がる事は無い。
3箇所の突入経路の内、通用口には正規軍が、バルコニーには魔王軍がそれぞれ守備に当たっている。そして正面玄関は、少数精鋭、と言うか数人で守っている。ただその数人と言うのが…。全身にゴツい金属鎧を纏った巨漢の兵士達…いや、あれは、ひょっとしてロボット? いやいやそんな訳…。
「ありゃアイアンゴーレムでクエ。それが1、2、3…6体、そして真ん中の一回りデカいのがミスリルゴーレムでクエ。ゴーレム・セブンってやつですな。魔道具士のガリーンの十八番でクエ。」
と、お馴染みネビルブの解説。此処はもう数がどうとかの問題ではない。こちらの兵士達の攻撃は蚊が刺す程の効果も上げている様子が無いし、ゴーレムが腕を一振りすれば10人近くの味方兵士が吹き飛ばされている。文字通り鉄壁の守りだ。
突入作戦は完全に手詰まり。このままではこちらの戦線は程無く崩壊するだろう。
俺達と共にコイーズの馬車の守りに付いていたブロンゾ大隊長は、この事態に動き出す。
「ペール! 此処はお前に任せたい。私はあのゴーレムの相手をする。いいか、姉さんは何としても守れよ!」
「はい、もちろんです!」
力強く答えるペール。
「それとすまんが、出来ればボニーには一緒に来て貰いたい。」
と、突然俺にお声がかかる。確かにあのゴーレムとやらは簡単に何とかなる相手では無いだろう。ペールの方へと目をやる俺。
「頼めるか、ボニー?」
と、ペールの言葉を受け、少しヤキモキしていた俺は俄然その気になる。
「任しとけ!」
そう言って請け負うと、ネビルブは留守番で残し、ブロンゾ大隊長と共にゴーレム戦の現場に駆け付ける。
先ずはゴーレムの一体にサンダーを放って見るが、余り効果を発揮している様には見えない。やっぱりロボットって訳じゃないから回路がショート…とはならないらしい。
とりあえずアイアンゴーレムの一体に接敵、頭の周りをクルクル飛び回って牽制を試みるが、俺を大した脅威と感じていないのか、鬱陶しがってくれさえしない。ブンブンと腕を振り回してはその度数人の味方兵士が吹っ飛ばされている。こりゃいかん…、そう思った俺は本気モードのエボニアム・サンダーを見舞う。目も眩む様な激しい稲妻がゴーレムを襲う。それでも意に介した様子すら無く暴れ続けるゴーレム。だがサンダーの当たった辺りは熱で真っ赤に光っていた。効果が無い訳では無い! と確信した俺は、今度は一点に集約したサンダーを奴の右肩の辺りに叩き込む。赤く光り、火花を散らし、やがて溶け始め、遂には肩から先、右腕全体がもぎ取れ、轟音と共に地面に落下して動かなくなる。俺はそのまま狙いを今度は左肩へ。さすがにもう俺を無視出来ないと感じたか、残った左腕で俺を攻撃して来るが、片腕ではバランスが取りづらい様で。腕をでたらめに振り回してはよろけて自分がクルクル回ってしまっている。そうこうする内に左腕も溶け落ち、攻撃手段を失ったそのゴーレムは全く脅威では無くなっていた。俺の勝ち!
でも、まだ6体の内の1体、効率が悪過ぎる! 手間取っている間にこちらの戦力は既に半分以下、戦線は瓦解していると言って良い。これじゃ駄目だ。雷撃ではあれを無力化しきれない! 何か無いか? 相手は鉄の塊、だとすれば何が有効か、イメージするんだ!
とりあえず一つ思いついた事は有るがやった事がない。先ずはなるべく具体的に頭の中にイメージを作って行く。そして、それを実現させるべく魔力を練って行く。イメージは学校の化学の実験…。
「全員そこを離れて!」
俺がそう叫ぶ。
「全員、距離をとれ!」
察してくれた大隊長の重ねての号令で、味方兵士達が全員10歩程後ずさる。その機を逃さず魔法を発動。俺の頭頂部の角の間から、今度は霧吹き状の水分が飛び出す。それはゴーレム達に降りかかり、白煙を立て始める。そう、これは強烈な酸の霧だ。ミスト・ハリケーンとでも呼ぼうか。鉄製のゴーレムは苦しみこそしないが、その全身は見る見る赤黒く変色し、動きは目に見えて鈍くなって行く。やがては動く度軋む様な音を立てて、最後には虫が止まりそうなレベルにまでスローに。あまりの動きの鈍さにほとんど脅威で無くなってしまったアイアンゴーレムは、残った一般兵士達にお任せする事にした。
こうなると残るはミスリルゴーレムのみ。この伝説級の硬度と安定性を持つ金属の身体は物理攻撃をほぼ受け付けないだけで無く、腐食もほとんど起こらず、結局ハリケーンもこいつだけには効果が無かった。
と、突然ミスリルゴーレムの顔の真ん中に有るレンズ状の器官から、俺に向かってビームが放たれる!
「おうあっ!」
慌てて避けるが、少し翼の端が蒸発した。何だコイツ、ロボでもない癖に、目(?)からビームかよ! まあ、ビームでは無く魔力を純粋なエネルギーに変えて放っている様だが。何とこの怪物の相手をここまでブロンゾ大隊長が1人でこなしていたと言うから驚きだ、凄いなこのベテラン衛士。まあ、俺を脅威と感じてくれたか、ビームがこちらを向いてくれているので助けにはなっているだろう。
とは言えビームが発射されてから避けるのは結構ギリギリだった。だが、まずゴーレムの目がこちらを向いてからビームが発射されるというプロセスに気付けば、要は奴の視線に入らない様にすれば良い訳で、それが分かってからは避けるのはかなり楽になった。徐々に距離を詰めていく事も出来たので、俺は奴に肉薄し、遂には後ろを取る。奴は頭をこちらに回そうとするが、奴の動きそのものは機敏とは言えず、俺はその頭の後ろ側に取り付くに至る。此処なら当然ビームが飛んで来る事は無く、手足の方は大隊長の相手で忙しいので、事実上此処は安全地帯だ。
さて、とは言えコイツに対して魔法で有効打を与えるのは難しい。電気もダメ、酸もダメ。火も風も余り効果的なイメージは無い。そうなると単純な力技でとなるが…。
と、言う事で、俺は奴の頭に全身で抱き付き、足を踏ん張る。自分の筋繊維に魔力を流し、筋力を嵩上げして行く、セルフ・ドーピングである。最初は俺を振り回していたゴーレムの頭部は、やがて動きを取れなくなり、誰もいない空しか向けなくなって、作動音だけをウインウインと立てていたが、俺が更に力を入れて行くと、遂にはミシミシと嫌な音を立て始め、さすがのミスリルゴーレムも手で俺を払い落とそうともがき始める。だがその努力は奴にとって事態を悪化させる結果となった。奴の手に掴まれ、引き剥がされようとした俺は、その力をも利用して更に奴の頭を、引っ張り寄せる。そして遂に…
めりめりめり…バキーンッ!
むしり取れる奴の頭部。奇しくも俺の体ごと自分の頭を手で掴み上げる格好になるゴーレム。その核は頭部の方に有った様で、機能を停止して轟音と共に倒れる奴の体。弾みで俺が手を離したので、ごろごろと転がり出る奴の頭部にブロンゾ氏が剣を突き立て止めを刺す。何とか奴の手から逃れ出た俺に、「やったな。ボニー!」と声を掛けてくるブロンゾ氏。
さぁ、いよいよ突入だ、と未だヨタヨタと抵抗を続けるアイアンゴーレムの間をすり抜け施設内に消えて行くブロンゾ氏。俺もすぐその後に続こうと思った、その時!
「ボニー様!」
遠くで良く知る声が俺を呼ぶのが聞こえた。これは…ネビルブか? 猛烈に嫌な予感を感じた俺は即取って返し、コイーズの居る馬車へ最速で駆けつけんと飛ぶ。そしてそこで見た光景は…。