開戦前夜、前へ行く者、行けぬ者
ペール姉弟が組織の保護下に入り、俺は今日は単独行動だ。やって来たのは召喚魔法研究室。そこにはコンロイ先生とミントが待っていた。
「ボニー君!」
俺を見つけて駆け寄って来るコンロイ先生…と、ミント。
「ペール君のお姉さん、結局見つかったのかい? 今日はペール君は?」
「2人とも無事だ、怪我もしていないし、その点は安心してくれ。」
俺の答えにほっとした様子になる先生と、ミント。
「ただ、詳しくは言えないが、未だ危険に晒されているんだ。だから今は2人共あるところに匿って貰っている。暫く此処には来られないかも知れない。」
「いやあ、取り敢えず無事ならいいんだが…、詳しい事情は…、聞いてはいけないんだろうね。」
「すまない。あの姉弟には敵がいるんだ、今そいつ等を何とかするべく動いている。それまで表に出て来れないんだ。」
俺はごく断片的に、核心を外した説明をする。ある程度察してくれるコンロイ先生だが…、
「えー、でもぅ、気になりますー。無事ならお顔を見たいですし…。会うくらいは出来ないんですかー?」
ミントは納得せず、情報を求めて来る。
「暫く会うのは難しいかなぁ、あとちょっと…、4日後の国王生誕祭の後なら、何とかなるかなあ。」
「国王様のご生誕祭ですか? その時に何か有るんですかー?」
「なな…な〜に、みんな集まって、ちょっとしたお披露目…いや、お祭りをやるんだよ。」
「お祭り? わあぁー、是非参加したいですー。わたしもコイーズお姉さんにお慶びを申し上げたい。どこで催されるんですかあー?」
「いやぁ、これ以上は本当にご勘弁だ。又報告に来るよ。それじゃあ!」
「あああ〜、ボニーさぁんー!」
報告の義理は最低限果たしたし、俺の見立てに関して確信が持てたという事で、その日はこれで退散した俺。その後はペール姉弟のケア、というか話し相手をやりながら過ごす。
次に召喚魔法研究室にやって来たのは実にXデーである国王生誕祭の前日の早朝だった。「その後どうだい」程度の挨拶で終わったコンロイ先生と違い、やはりミントはグイグイ来る。
「わたしもお祭り出たいですー。迷惑は掛けませんからぁ、場所とか教えて下さいよー。」
「いや、お祭りって言ったけど、食べたり飲んだり踊ったりの楽しいやつじゃないからね。」
「ペールさん達の顔を見られるだけでもいいですよー。参加したいですー。」
俺は苦笑しながらその場を去ろうとする。但し今日はゆっくりと。案の定外まで追いかけて来るミント。
「ねーぇ、教えて下さいってばー。」
ここで俺は振り返り声をひそめる。
「絶対人に言っちゃ駄目だぞ。コンロイ先生にもだ。」
ミント、口を塞ぎ、期待の目で顔を寄せて来る。
「実は他でも無い、会場は此処、この研究所内で行われる。とある研究室が丸々祭りの主催者なんだ。そしてそれがいよいよ明日って訳さ。」
「この研究所の中ですか? えーでも召喚魔法研究室ではお祭りの噂なんて無いですよー?」
「それは、コンロイ先生の微妙な立場ってのを鑑みてやらないと。蚊帳の外なのも仕方ない話さ。」
「なるほどー。」
さすがに大事だ。動きも大きいし、全く秘密裏という訳にも行かない。ミントもこのところの研究所内の慌しさに、何も感じていない訳は無い。
「じゃあ、ペールさんや、コイーズさんも、実はこの研究所の中に居るんですかー?」
「ああそうさ。そして明日のお祭りには出て来る。此処には沢山の人が集まる筈さ。」
「…ふーん、そうなんですかー。」
ミントの反応が少し悪くなる。何かもう別の方に気が行っている風だ。この後の段取りでも考え始めたのだろう。俺は用は済んだと考え今度こそその場を去る。
そして向かうのは此処とは別の街外れに有る、とある貴族の屋敷。丁度何の変哲も無い荷馬車が入って行くところだ。他にもこんな街外れの屋敷には不似合いな程の訪問客が続々とやって来ている。俺は荷馬車の上に着地し、そのまま荷馬車ごと納屋へと入って行く。納屋の中で出迎えたのは、納屋には不似合いな武装した男達、鎧の立派さから一般兵では無いだろう。その内の1人は知った顔だ。荷馬車に積まれた木箱には蓋は無く、山積みの野菜が載っている。が、上の方に載った野菜を退かすと中蓋が現れ、それを開けると、人が出て来た。
「コイーズ様!」
知った顔の男が駆け寄って、彼女の手助けをする。
「有難うございます。」
「とんでもございません、コイーズ様。」
その間に隣の箱も開けられ、そちらからはペールが自力で出て来る。
「お久しぶりです、大隊長。」
「やあペール君、元気だったかい? 君もねボニー君。」
キミリード衛士隊本部のブロンゾ大隊長その人である。
「大隊長お一人で来られたのですか?」
周りを見回しながらペールが質問する。
「ああ、ここへはね。他のキミリードの同志達はこの街の外で潜伏させているよ。」
明日の決起に向け着々と人員は集まりつつ有る様だ。
この後コイーズとペールは屋敷の中へ通され、立派な客室が当てがわれる。屋敷の主は、他ならぬ天上魔法研究室のコバック室長その人。王国では法務大臣の立場に有るらしい。ガリーン議長が就任して最初期に手を付けたのか法務関係。お陰で今の彼は完全にお飾りの扱いなのだそうだ。
部屋で暫しの休憩時間となる。すぐにまた明日の為の身支度で忙しくなるだろう。ここまでの疲れも有ってか、コイーズが浮かない顔だ。
「疲れたかい、姉さん。」
「もちろん…、疲れてるのは間違いないけど、私だけ疲れてる訳じゃ無いし…。」
姉の表情から何かを察したペール。
「やっぱり…不安かい?」
「…こんな突然、明日からお前が国のトップに立つんだなんて言われても、そんな勉強をして来た訳じゃ無いし、覚悟だって無い。て言うか、わたしどちらかと言えば世間知らずよね。多分自分では何にも出来ないわ。」
「それは…、皆んなフォローしてくれるだろうし。ブロンゾ大隊長や、僕だって…。」
「…かもね。だけど、急に自分がしなくちゃいけない事がどっさり増えた、でも、どうやったらいいのかは分からない…って、不安よ…。」
「う…ん…。」
「そして、そんな何も出来ないわたしなんかを祭り上げる為に、一体これからどれだけの人が命を落とす事になるのか…、そんな沢山の命の重さまで、わたし背負い切れ無い…。」
「………」
何か言ってやりたいペールだが、国の首長の仕事についてのアドバイス等出来る訳も無い。実は俺には出来て然るべき…なんだけど、うん、無理。
そんな話をしていると、コイーズの身支度をしにゾロゾロとメイド達が入って来る。もちろん外に放り出されるペールと俺。行き場を無くして屋敷内を彷徨っていると、ブロンゾ大隊長に呼び止められる。コイーズの様子を聞かれ、たった今の話を素直に告げるペール。
「…無理も無い。ガリーンの情報網に掛からない為にとは言え、コイーズ様にはここまで何一つ明かして来なかった、青天の霹靂と感じていらっしゃるだろう。あんなうら若い女の子1人に背負わせるには余りに話が大き過ぎる。」
黙って頷くペール。彼はそれより更に年若いのだが。多分元の俺よりも。
「お前もお姉さんを助けてやってくれ、コイーズ様の一番の味方になってやってくれ、今後彼女がどういう選択をするとしても…な。」
「は…はい。はい? はい。」
何か含みの有る大隊長の言い方に、やや戸惑うも、賛意を示すペール。俺には少し、大隊長の言わんとしている事が分かる気がするが。それにしても彼等を見ていると、俺が今まで"魔族"に対して持っていたイメージが崩れて行くのを感じる。結局は環境なのかもなあ…。
この後直ぐ大隊長は街の外に待機させた自分の部隊の元に戻り、ペールは"新王女"の護衛部隊からお呼びが掛かったので自動的に俺もそこに組み入れられる。着々とその準備は整って行く…。