コイーズの帰還と反乱決起
俺はそのまま飛んで研究所施設上空に入り込む。そこで改めて見回すと、コイーズの名を呼びながら歩き回る複数の人影を見付ける事が出来る。あ、あれはミント嬢、あっちは…、コンロイ先生じゃないか! あの人まで駆り出されてるのか、ほんとに人が良いなあの王子。
何人か他にもコイーズを探して回っているらしき者達がいる。見た事ない顔だが、外にいた多分調査部の連中とは様子が違う、少なくとも探し方に関しては多分素人だろう。まあ、同じく素人の俺の単なる印象だから当てにはならないが…。
お、あそこに居るのはネビルブ、と、いう事は…、居た! ペールだ。遠目にも狼狽えっぷりが分かる、半泣きになってひた走る少年。俺はその走る先に有る狭い路地に降りて待ち構え、やって来た彼に小さく声を掛ける。
「ペール!」
気付いて立ち止まり、俺を見つけてハッとなるペール。
「あ!」
「待て! 声を立てるな。黙って先ずは俺の説明を聞け!」
元々走り回って呼吸もままならぬ状態のペールは素直に黙る。
「まずコイーズは無事だ。すぐこの近くにいる。そして今回彼女は一度攫われた。攫ったのはこの国の調査部の連中だ。指示したのはガリーン議長、敵は国そのものと思っていい。この場所は既に敵の監視下だ、どこに敵の目や耳が有るか分からない。」
俺は最低限必要な事実だけを極力簡潔に伝えた。ペールは素直に黙ってそれを聞いているが、ホッとしたり深刻な顔になったり…、最後は物問いたげな表情だが今は我慢して貰うしか無い。
「とりあえずコイーズの所に案内するから、俺の後をそっと付いて来てくれ。あとネビルブ。」
「クワ?」
割と近くに控えていたネビルブが返事をする。
「お前は今日の捜索はもう終了して大丈夫だと…、そうだなあ…、コンロイ先生にだけ伝えてくれるか」
「はあ…、了解クエ。」
そう言って飛び去って行くネビルブ。
俺は何者かの気配が無いかに細心の注意を払いながらペールを先導する。俺の動物的な知覚をフルに研ぎ澄ませば、相手が余程優秀な捜索者で有ったとしても、まず出し抜かれるという事は無い。
「ところで捜索していた面子に見慣れない顔が有ったが何者だい?」
「ああ、実は今回姉さんの姿が見えなくなった事を最初に気付いて僕に知らせてくれたのは近くの家族寮に住んでいる方だったんだ。入り口ドアが不自然に開けっ放しで中に誰も居なかったって事で、こりゃおかしいって知らせてくれたんだ。未だ僕は授業中だったんで、コンロイ先生やミントも協力してくれて、その人の方でも何人も協力者を呼んで来てくれたんだ。本当に感謝してる。」
いやいや…、おかしいだろ。確かにドア開けっ放しで無人って変だけど、だからって越して来たばかりの家庭の心配をして、しかもその家族にピンポイントで即日連絡が行って、更にこの人数の協力者がポンと集まるって…、どんだけ親切空間なんだよ⁈
思うに彼等がコイーズを擁して王家の復権を目指す一派という連中なのかも知れない、ずっと陰から姉弟を見守っていたのだろう…と、俺は推測した。この魔法研究所はそういう勢力が寄り集まった場所で有り、ブロンゾ大隊長がここに姉弟を寄越したのはたまたまでは無いのかも…とも。
さて、あえて正門前を避け、塀をよじ登って研究所の敷地を出ると、恐らく誰にも見咎められる事無くペールをコイーズの隠れる納屋まで連れて来る事に成功した。大声を立てるなよと念を押して納屋にペールを招き入れ、そこで姉弟の感動の再会シーンが繰り広げられるのだが、俺は半分気を利かせて席を外す。そしてもう半分の理由、どこへどうやって2人を逃すかの手筈を早急に整える必要が有るのだ。
俺は急いで研究所施設内に戻り、既に落ち着いて打ち合わせている件のご近所の協力者達の元へと降り立つ。突然降って来た怪しい妖精の姿にそれ程驚く者は居ない。確信した、やっぱりここに居る連中はペール一家の事に関して事情通だ。
「ここに居る者たちの中で、一番指導的な立場の方はどなたか?」
俺はかなり不躾にその場に問う。ざわつく協力者達。そんな中、やや落ち着いた感じの男が進み出て来る。
「我々は新しくここに来たばかりの仲間を心配して集まった有志の者達だ。だから立場はみんな一緒だよ。お姉さんは無事見つかったのかい?」
穏やかに彼は答えるが、白々しい言い訳を聞いてやってる暇は今は無い。
「コイーズは無事だ。だがもう退っ引きならない状況だと言うのは分かるだろう、腹を割ろうじゃないか! あの姉弟には早急に更に身を潜めてもらわなきゃならない、コイーズはもう、ガリーンに見つかっちまったんだよ!」
俺の言葉に更にどよめく一同。
「ガリーン…様に見つかったも何も、あの姉弟の何をガリーン様はご存知だというんだね?」
先程の男、穏やかさがややなりを潜めたか。
「要らん希望は捨てるべきだな。全部だよ。奴はコイーズの出自を全て把握している。」
またもどよめく一同、目の前の男から穏やかな表情は消え、何かを思案する様子になる。俺は更に重ねて伝える。
「今回コイーズを拉致したのはガリーンの手の者だ。俺は奴の言葉を直接聞いた、と言うか奴の口から全てを聞いたんだ。奴はコイーズを公開処刑して貴方達の希望を挫く気だと言ったんだよ。」
さすがに俺がここまで言うと、一同は言い訳を辞めて協議を始めた。あまり時間は無いからな! その間俺はネビルブに質問する。
「先生と、ミント嬢はどうした?」
「コンロイ先生はアタシの報告を此処に居る連中に伝えて、後はミントを女子寮まで送ってから自分も帰ったクエ。一応ペールのお姉さんは大丈夫そうなのかと聞かれたんで、ボニー様が付いてるとだけ言っときましたでクエ。」
「なるほど、上出来だ。ミント嬢も素直に帰った訳だな。」
「まあ、元々あの娘は余り真剣に探している様にも見えませんでしたグワな。」
そんな話をしていると、先程の男が協議を終えてやって来る。
「姉弟は暫くの間我々の集会場所の一つで匿おうと思う。長期間暮らしていただくのには適さない場所だが、多分もうそう長い期間身を隠していただく必要は無かろうと思う。」
そう提案して来る。もちろん否やは無い。分かったと答え、ネビルブに伝言役を頼み、俺は一旦ペール達の元へと戻る。
戻って見ると、先程の納屋の中、寄り添って眠ってしまっている姉弟の姿が有った。そりゃまあ、色々有り過ぎたしね、疲れ切っていても仕方が無い。でもまだ安心し切るのは早いんだぞ。まあ、今日一晩は見守っといてやろうか…。そうして俺は、納屋の屋根に陣取って夜明けを待つ。実際夜の間は特に動きは無かったのだった。
夜明けと共に慌ただしくなる。まず姉弟が起き出したので、昨夜支援者達に繋ぎを付け、保護を頼んだ事を伝える。何やら最初ペールがコイーズに対し敬語を使う様になったのだが、コイーズが「気持ち悪い」と猛抗議、即刻止めさせていた。
どうやらペールの方はコイーズの生まれの秘密を多少は聞かされていた様で、コイーズを守るのがお前の役目だ、と、事有るごとに言い含められていたのだそうだ。支援者の存在までは知らなかった様だが。
衛士隊の調査部員らしき人影の数が増えて来て、最早一刻の猶予も無いかと思われて来た頃に、ネビルブの知らせが来た。受け入れ準備が出来たとの事だ。程なく研究所から見てこの農場と反対側辺りで騒ぎが起きる。かなり遠いが何か諍いが起きているのは分かる。慌ててそちらに様子を見に行こうとする調査部員共。これは…なるほど陽動か!
ネビルブによれば支援者達は研究所内で待っているとの事。この機を逃さず俺達は昨日ペールが辿ったルートを真逆に戻って、注意深く研究所内に侵入した。ネビルブの仲立ちにより無事に支援者の使者と合流を果たす。
連れて行かれたのは何と研究所の施設内、天上魔法研究室とある区画。研究室そのものが事実上の王権復興派の拠点となっているそうだ。確かに神の奇跡を代行するという天上魔法の系統がこの国、と言うかこの大陸で積極的に研究が為されるという状況には違和感が有る。なんたって"魔大陸"である。と言う訳で、ここが傀儡施設で有るという事実は納得だ。
言った通り居住に適している訳では無いが、隠れ潜むにはこの研究所の閉鎖的な環境は持って来いだろう。
「ご不便でしょうがコイーズ様とペール君には此処で暫く身を隠していただきたいのです。恐らくもう僅かな期間で済むはずです。我々は程無く行動を起こします。その時にはコイーズ様には我々同志の旗印として立っていただきたいのです!」
昨日の話し合いの時から主に前に出て来ていた男、コバック氏というらしいが、実際この研究室の室長という役職の方だそうだ。彼が発した中々踏み込んだ発言に、姉弟はもちろん、周りにいた者もにわかにざわつく。ここは研究室内の会議室で、我々とコバック室長以外にも、数人の"同志"が同席している。構成員の規模は分からないが、此処にいるのはその中でも主だった立場の者達だろう。そのうちの1人が異を唱える。
「時期尚早では無いですか? まだ協力者の数も充分とは言えません。ガリーン議長派の手勢は元魔王軍の精鋭ですし、議長自身が武闘派では無いとは言え四天王の1人。今やビリジオン王家を見限りガリーン議長にしっぽを降っている貴族も多い有り様ですし、議長を追い落とすにはもっと同志を増やしてからの方が…。」
「その同志を増やす試みだがもうすっかり頭打ちになってしまっている。今や完全に議長に先手を打たれている状況だ。正直その手の裏工作に関してあのガリーン議長を出し抜くのは容易では無い。今後は寧ろ逆にこちらの手勢が刮ぎ取られる事態の方が増えて来るかも知れない。しかもコイーズ様の存在が知られてしまった以上、じっくり腰を据えてと言う訳には行かなくなった。ともすればコイーズ様に危険が及ぶ。此処も直ぐに見つかってしまうだろう、今迄の歴代拠点がそうだった様にな。」
現実を突きつけるかの様な室長の指摘に一同は黙るしか無い。そんな中、おずおずとペールが口を開く。
「すみません、僕達の…所謂その…味方の手勢ってどれくらいなんでしょうか。」
これに室長が答える。
「君達に対してほとんど我々の存在すら秘密にしていたからね。それは申し訳無い。我々は王権を昔の様に取り戻そうという王権復興派と呼ばれている組織だ。昔から王国内で力の有った王侯貴族がその中核になっている。ここにガリーン議長の国家運営自体に不満を持つ勢力、反ガリーン派と呼ばれる、こちらは平民が中心となる組織が合流して、今の規模になっている。大体ビリジオンの元々の戦力の半分程度が我々の味方だ。それに対しガリーン議長派は彼が魔王軍から連れて来た精鋭部隊を中核に、元々王国でいいポジションに居なかった落ち目の貴族や、魔王に恐れを成した者が従いつつ有り、数だけ見てもこちらに迫る規模になりつつある状況だ。元のビリジオン戦力の3割程が流れたかな。それ以外の勢力は我々とガリーンの争いに対しては静観を決め込むつもりの連中。ここを引き込もうとしていた訳だが、ガリーンの手も回っていて、正直手詰まりだ。因みに首都ミリードの衛士隊本部は既にガリーンに掌握されている。」
「キミリードの衛士本部もガリーン側なのですか?」
「あそこは我々側だ。と言うかガリーン派に組み込まれるのを嫌った者達がキミリード側に集まっている。キミリード衛士隊本部のブロンゾ大隊長は我が組織の中心メンバーでもあるんだよ。」
遂にその名前が出た。やはりブロンゾ大隊長がペール達に親切だったのは、優しいからだけの理由では無かったんだ。ある意味腑に落ちた。ペールも心なしか嬉しそうだ。
「それで、いつ決起されるおつもりでしょうか?」
遂に核心の質問に踏み込むペール。場の緊張も最高潮だ。
「…現国王の誕生日が実は5日後なのだ。候補日として検討していた内で最も早いのがその日という事になるが、どうだろうか。」
又も一気にざわつくその場の一同。
「今迄も何度かの候補日を時期尚早と延期して来ましたが、今回はいよいよ…。」
「ああ、決行だ。先に伸ばすメリットは今回はもう無い。コイーズ様に全てを明かしてご協力を賜るというプロセスもなし崩しに済まされてしまったしな。」
活気付く一同。「いよいよ決起の時か。」「この日をどれだけ待ったか。」と、血気にはやるものや、「本当に大丈夫なのか?」「まだ準備として出来る事が有ったのでは無いか?」と、不安を口にする者もいる。だが結局明快な異論は出ず、5日後決起は決定した。
俄かに慌ただしくなる同志一同。キミリードも含め、全協力者への迅速且つ極秘の通達に始まり、綿密な作戦立案と決定、更にその通達と忙しい。そんな中、俺は例のコバック室長にある提案をする。情報が不確実なのでやや難色を示されたが、悪くなることは無いだろうという事で、消極的に承認となった。となれば、早速実行だ!