大脱走
俺の提案を受けたコイーズ、一瞬フリーズ。はたと顔を上げ、鳩豆な顔になって俺を見る。結構間が開いてから、やっと一言。
「帰る?…え、え、どうやって⁈ 」
ほんの数秒前までの打ちひしがれた表情も、絶望感でいっぱいの空気もスコッと消し飛んでいる。
「もう知りたかった事は大体分かったし、こんな不愉快なところに長居は無用さ。とっとと帰ろう。」
口をパクパクのコイーズ、返す言葉が出て来ない。
「ああそうそう、これは返しておく。」
俺は入り口際の棚の陰から隠しておいた物を取って来て彼女に渡す。
「あっ、これ…。」
あのヒスイのペンダントである。さっき例の元暴漢だった係官がコイーズを抱えて運ぶのに忙しかった時、隙を見てくすねておいたのだ。
「じゃ、ちょっと準備をして来るから待っといで。」
「あ、ちょ、何処へ⁈ 」
猛烈に物問いたげなコイーズを残し、やはり覗き窓から外へ出る俺、目を付けていた場所へと向かう。施設のど真ん中辺り、外部から最もアクセスしづらい位置に有る部屋、武器の保管庫だ。そこにはもちろん大量の武具が置かれている、立派なもの、ごついもの、凶悪そうなもの、どう使うか良く分からないもの、いろいろ並んでいる。その中に何度か見た事の有る道具、魔力電池が大量に置かれている棚が有る。先の偵察で目を付けていた場所だ。
これと同じ物を俺は今までに2度見ているが、あまり良い印象は無い。特に最初の時は、その取り回しの悪さを身に染みて知る事になったものだ。そして今回はその事を利用する。
俺はそこに並ぶ魔力電池の中の特に効果のヤバそうなものを選び、俺の魔力を少し流し込んでやる。すると目論見通り臨界に達して怪しい光を放ち出す電池達。
目的達成と見るや、俺は即座に回れ右、コイーズの元へ。すると後方から突然の轟音が響き、施設全体が一瞬跳ね上がる様な衝撃が来る。元々不安定な道具である魔力電池、そのギリギリの安定を崩してやった事で、蓄積された魔力を制御し切れず崩壊、これが連鎖的に起きての大爆発、といった具合だ。しめしめとほくそ笑みながら地下牢へ急ぐ。
その後も爆発は連鎖して起き続け、火の手も上がり、あちこちから怒号や悲鳴が起こってたちまちパニック状態に。羽虫などに構っておられる者も無く、最短でコイーズの元に戻る事が出来た。
「お待たせ! 準備は万端だ。とっととずらかるぞ!」
「ちょっと、ボニーちゃん、何が起きてるの⁈ この騒ぎは何⁈ 」
「心配するな、全部俺の仕業だ!」
と、胸を張る俺。
「いや、威張られても…、心配はするでしょこれじゃ…、出るってどうやって、わたしは小さくなんてなれないわよ…、あ〜っ、突っ込みが追い付かないィ!! 」
かなりテンパっている様子のコイーズ。う〜ん、ここから出る方法ね。俺はニョキニョキっとばかりサイズを手の平くらいまで戻すと、扉に向かってご存知エボニアム・サンダー、やや本気バージョン。これで扉の鍵…というか扉そのものが吹き飛んだ。当然物凄い音がしたが、この状況では気にする者も居ないだろう。
「ほら、出られる様になったぞ。さ、行こう。」
「…………!! 」
もう言葉も出ないコイーズだが、素直に付いては来る。
俺は前もって当たりを付けておいたルートを進む。ギリギリまで地下を行って、地上階に出るのは外来広間、各種相談窓口が並んでいて一般市民も多く出入りしている処に出られる、フロアの角に有る階段だ。そこなら衛士で無くても目立たないし市民の目も有る。元々人通りは少ない最下層フロア、ただの平民の女の子1人を見咎める事に労力を裂こうという者も無く、決して早くは無いコイーズの足だが道行きは順調だった。
だが、目的の階段を目の前に、俺達を追って来た一団が有った。あの暴漢グループだ。そして既に判明した通り奴等は訓練を受けた工作員、姿が見えたと思ったら一瞬で追い付かれ、とても逃げ切れないと悟ったコイーズは立ち止まって身構える。
「危ねえ危ねえ、あんたには逃げてもらう訳には行かねえんだ、俺達の首が飛ぶ。このどさくさ、さすがにあんたの仕業って訳じゃねえよな? だがお陰でここの保安はガタガタだ、上手い事隙を突いたもんだぜ。ま、別の施設に移送するんで、来てもらうぞ。」
先頭の、あの元暴漢Aがコイーズににじり寄って来る、その目の前に、俺はスッとホバリングで立ち塞がる。
「お、おめえ…、小さなナイト君じゃねえか! こりゃ驚いた、生きてたんだな。へへ…、そこを退きな、さもなきゃ今度こそ確実に仕留めて3枚におろすぜ!」
そう凄みながらAは刃物を取り出す…、あれ、その刃物…、最初に俺を攻撃したやつじゃん、あれもう切れないぞ、物持ちいいなおい。そしてもちろん退いてなどやらん!
「馬鹿めが、せっかく拾った命を!」
「ボニーちゃん、逃げてっ!! 」
コイーズの悲鳴に近い叫びをよそにその場で動かない俺に、元暴漢Aは刃物を振り下ろす。それを素手のグーパンで受け止める俺。元々傷んでいた刃物はパキーンッと乾いた音を立ててへし折れる。
「な…⁈ 」
何が起こったか良く分からない表情の元暴漢A。だがすぐに柄だけになった刃物を放り出し、今度は素手で俺に殴りかかって来る。やぶれかぶれの攻撃ではなく、ちゃんと訓練された体術のパンチだ、大振りにならぬ鋭いパンチ、だが避けられない程じゃ無い。俺はパンチを寸前でかわすとカウンター気味に奴の横っ面を蹴り飛ばす。体格差が有り過ぎて吹っ飛ばすまでいかないが、ひっくり返って立てなくなる元暴漢A。
後ろで様子見していた元暴漢の仲間達が慌てて加勢に駆け付けようとするその足元に数発のサンダーを叩き込む。怯む元暴漢達。
「ななな…何なんだこいつは⁈ あんなの喰らったら…。」
「おい、これ、情報に有ったワーウルフを瞬殺したっていう雷撃なんじゃ無いか⁈ 」
「馬鹿な! あれは弟の召喚魔の話だろう、だから弟の留守を狙ったんじゃねえか!」
「な…何か情報違いが有ったんだ。ワーウルフの奴等みたいに皆殺しにされるぞ!」
すっかり恐慌をきたす元暴漢達。ダメ押しで俺が角の間でバチバチッと雷をスパークさせると、ひえ〜とか叫びながらこけつまろびつ逃げて行ってしまった。
「さ、急ごうか。」
俺はすぐに切り替えてコイーズを促し、まだ動けないでいる元暴漢Aをそこに残して階段へと走る。
3フロアほどを駆け上がると地上階、予定通りの一般外来広間だ。そこはもう阿鼻叫喚の様相で、狙い通りコイーズを気に留める者は居ない。我先にと表に出ようとする人の波に敢えて乗り、雪崩れ出る様に建物から飛び出し、既に機能していない正門守衛所の正面を通り抜け、あっさりと施設からの脱出を果たす。
後ろを見ると、火の手の上がる本部施設からは未だ多くの人が吐き出され続け、何かの爆発が起きる度に悲鳴が上がる。ちょっとやり過ぎたかな?
とりあえず俺達はそのままその場を急いで離れ、なるべく裏路地等を使って郊外の魔法研究所を目指す。若い女性の一人歩きには余り向いていない道では有ったが、要らんちょっかいをかけて来るごろつき共はことごとくエボニアム・サンダー脅かしバージョンで撃退してやった。
そうして何とか半日以上も歩き続け、ようやく魔法研究所が見える所までやって来た。もう辺りはとっぷりと暗くなっている。俺は空腹も有ってかなりヘトヘトのコイーズを、研究所に隣接する農家の納屋に連れて行くと、ここで隠れている様に言い含める。
そうした後、空から研究所周辺の様子を探る。すると案の定、あの暴漢達と同業の者と思われる人影があちこちに有る。ここは完全にマークされている。まあそりゃ当然か、向こうの方が機動力は上だし、もう既にコイーズが脱走した事も情報が回っているかも知れない。向こうの体制は時々刻々と厚くなっていくだろう。
ここからは時間との勝負だ!