黒幕の登場とコイーズの秘密
息もせず、心臓も止まり、冷たくなって行く俺の体を抱えたまま、留置場の様な場所に監禁されるペールの姉、コイーズ。これまでも何度も怖い目に会って来たらしい彼女は今の所気丈に振る舞ってはいる。
「暫くここで大人しくしていろ!」
そう言い捨てて、その場を去って行く、ここまで彼女を攫って来た暴漢共。足音は遠のいて行き、留置場に1人残されたコイーズに静寂が訪れる。ここまで恐怖と友人を殺された悲しみに1人で耐えて来た彼女だったが、意地を張る相手も居なくなると、襲って来た感情に堪え切れず涙しそうになる。
「泣かなくてもいい。絶対に俺が助けてやる。」
と、俺が唐突に彼女の手の中から声を掛ける。
「ボニーちゃん! え、生きてたの⁈ 」
飛び上がらんばかりのコイーズ、すまんね、俺、最近嘘つきなんだ。
「本気で死んだふりをしてたのさ。息も止めて、心臓も止めて…、完璧だったろ?」
「心臓も止めてって…普通出来ないよ、本気にも程が有るよ!」
大いに文句を言うコイーズ、でも…、
「ああ…、でも良かった、ほんとに良かった。」
改めてその目からあふれる涙は嬉し涙の様だった。
「まあ、良かったとばかりも言っておれない状況かな。そもそも此処はどこなんだろうな。」
「そうね。強盗団のアジトって感じじゃ無いよね。むしろ強盗を捕まえておく施設みたい。」
コイーズのその感想には同感だ。と言うか、俺はこことそっくりな作りの施設を見た事も入った事も有る。かつてペールが勤務していたキミリードの衛士隊本部だ。
「ちょっと、外の様子を見て来る。」
「え、見つかっちゃうよ?」
「なあに、俺には死んだふり以外にも特技はあるのさ、ほうら。」
「え…ええええー⁈ 」
シュルシュルシュル…てな感じで俺は小さかった身体を更に縮めて行く。元の半分…3分の1、4分の1…。最後には羽虫位の大きさになった。
「な、これなら見つからなそうだろ?」
そう言うと、驚き呆れて言葉も出ないコイーズをその場に残し、覗き窓から留置場の外へと飛び出す。
外へ出てみると、やはりここはミリードの衛士隊本部であった。規模はキミリードの本部の3倍程度、設備も装備も遥かに充実している。だが基本的な作りはやはり同じで、逃走ルートの確認も割とすぐに済んだ。
コイーズが連れ込まれたのはその中の調査部の区画、つまり暴漢共の正体は国の調査部に属する調査員という事になる。コイーズ・ペールの姉弟に降りかかる受難の影にこの国の闇が有る、そんな俺の漠然とした予感が当たってしまった訳だ。その理由も、多分もうすぐ分かる。
ざっと回って戻ってみると、丁度コイーズが何処か別の場所に移されようとするところだった。俺は羽虫サイズのまま、不安でいっぱいの表情で歩くコイーズの肩口にこっそりと滑り込む。
「ただいま。ここからは俺も一緒だ、もう心配要らない。」
小声でコイーズの耳元に話し掛ける、てきめんに彼女の緊張が和らぐのを感じる。今回真相を知るためとは言え彼女を囮にした様なものだ、だから何としても守り抜いてペールの元へ返さねばならないぞ。
連れて来られたのは会議室の様な部屋、その最奥にクリスタルの柱の様な物が鎮座している。そしてその真正面となる席に座らされるコイーズ。周囲にも多数の座席が有るが、今はほとんど埋まっていない。彼女を連れて来た係官は彼女を座らせてすぐ、部屋の入り口際まで戻って待機の姿勢をとる。
そのまま暫く待つ。すると突然、コイーズの目の前のクリスタルにぼうっと映像が浮かび上がって来る。どうやら…、人だ。魔族の様だが、随分色素の薄い肌、細長くて捻れた角、神経質そうな顔、ギラついていながらも落ち着きなく動き、臆病にさえ見える目つき、ガタイはいいとは言えないが、それをカバーするべく大分虚勢を効かせた服装、そんな男の姿が映し出される。
「ガリーンさま⁈ 」
コイーズの驚きの声。え、こいつがガリーン? いきなり本丸⁈
「やあ、初めまして。自己紹介は不要かな? 君がコイーズさんだね。」
「は…はい。」
口調は丁寧なのに妙に聞く者を苛立たせるガリーンの声に反射的に答えるコイーズ。
「なるほど…、確かに面影が有りますねぇ。さて、そのペンダントは貴方の物で間違い有りませんかね?」
「は?」
いつの間にかコイーズの傍らに来ていたあの暴漢達の1人が手にした物を見せつけて来る、緑色の宝石、あのヒスイのペンダントだ!
「それは! 大事な母の形見なんです。返して下さい!」
「もちろん大事だろうねぇ、これはね、コイーズさん、有る事を証明するのに必要な物なんだよ。石の中に何かの紋様が浮かび上がって来るだろう、それはビリジオン王家の正式な紋章なんですよ。」
種明かしを楽しむかの様に愉快そうに話すガリーン。色々とこいつの思惑通りなんだろう。
「何でお母さんがそんな物を? ただのメイドだったはず…。」
「もちろんただのメイドが下げ渡される様な代物では有りません、これは"みしるし"なんですよ。メイドである貴方の母親は預けられただけ、元々貴方自身がたまわったものです。」
「わたしが? それってどういう…?」
「ここまで言っても分かりませんか、貴方は王族に連なる血をお持ちだという事ですよ。もう少しはっきり言いましょうか? 貴方の父親はモオス元ビリジオン皇太子その人なんです。」
「え⁈…、まさか、そんなはず…」
大混乱のコイーズ。俺も想像を超える真相に頭の整理が追いつかない。
「た…確かにモオス皇太子の隠し子がいるなんていう噂は有りましたけど、皇太子がお忍びで街に出て街の女性との間に子供を設けたっていう話だったはずでは…?」
「いやあ〜、その偽情報には我々も随分踊らされたものですな。雲を掴むがごとくの調査を散々させられた挙句、結局は最も身近な城付きのメイドに手を出して孕ませただけだったっていうね。享楽王子にも困ったものですなぁ。」
「………」
ショックでもう言葉も無いコイーズ。
「貴方の母上のご懐妊をモオス様は大層お喜びだった様ですが、正妻で有るイトラ皇太子妃様には秘密にしようとしていた様ですね。でもイトラ様は最初からモオス様の女癖を警戒していたんで即刻バレたんですな、それですぐに母上殿とそのお腹の子の抹消を秘密裏に画策した様でね、母上殿が命の危険に晒される様な事態が何度も有った様ですよ。そこでモオス皇太子は自分付きの衛士隊に内密に母上殿の保護を依頼され、当時皇太子の護衛小隊の小隊長だった貴方の養父殿が隠密に母上殿を自宅に匿った、という事です。いやあ〜、ここまで全て秘密内密隠密…、後で情報が出て来ない出て来ない。当時の関係者と思われる者を何人も拷問してやっとここまで調べ上げましたよ!」
話していて興奮して来たか、ハイテンションで語り続けるガリーン。彼の異常性が端々に見え隠れる。
「貴方の母上が姿を消した直ぐ後ぐらいですかねぇ、私も元老院議長として丁度この国の内政に関わり始めましてね、最初に皇太子夫妻の不正な公金横領の解明に着手したんですが、あと少しで追い詰められるところまで来て、彼等が国外へ逃亡するのを許してしまったんですな。そして不幸にもご夫妻は逃亡中にロック鳥とかいう魔物に襲われて悲惨な最後を遂げられたんですねぇ。」
そう言いながらうすら笑いのガリーン、全て奴の掌の上で起きた事なのだろう。
「…父は…、どうして死んだんでしょう? 母は?」
わなわなと震えながら搾り出す様に質問するコイーズ。
「それが実はですね、私の国家統治に対する反抗勢力というのがこの頃ぐらいから出て来る様になりましてね、その中心に近い立場に貴方のご養父様がおられたらしいという情報が有りまして、余り好ましく無い人物という事で、あえて少人数でこのロック鳥の討伐遠征に出て頂いたんですが、返り討ちに会ってしまったんですな。で、哀れ一家の大黒柱を失った彼の家族を保護下に置こうとしたんですが、姿を隠してしまったんですよねぇ。」
「…結局全てあなたの陰謀なんじゃ無いんですか?そもそも砂漠に棲む魔物のロック鳥がなぜこんな森林地帯に…。母は…お母さんはどうなったんですか⁈ 」
既にキレて興奮状態のコイーズ、相手が映像でなければ詰め寄っていたかも知れない。
「いや〜あ、あれは失敗だったね〜ぇ、ある時から突然皇太子妃から目の仇の様な扱いを受ける様になった皇太子付きのメイドが1人、忽然と姿を消したと。そしてその件に関わっているという情報の有ったのが既にマークしていた皇太子の護衛小隊隊長。ここまで分かった時点で貴方の様な方の存在の可能性について疑うべきだったんでしょうな。だがこの時はその小隊長本人が件のメイドは処分した、と周りに話していたのを信じてしまいましてね。ところが彼の死後、その奥方を捉えて見れば、何の事はないそのメイド本人じゃぁ無いですか。こりゃあじっくり話を聞かなくちゃならんと思ったんですがね、残念至極な事に間抜けな刑務官が目を離した隙に窓から身を投げられてしまったんですな。いやあ〜、なんで地下の牢獄でなく西の塔のてっぺんに有る幽閉場を使ってしまったか、迂闊でしたな〜ぁ。」
ここまで話を聞いて、ガックリとその場でへたり込むコイーズ、ひょっとしたら…とわずかに抱いていた希望が微塵に砕け散ったのだ。さすがに俺も掛ける言葉が無い。
「お陰で貴方にお会い出来るまでに5年も費やしてしまいましたよ。弟君が功績で勇名を馳せてくれたお陰で気付けたのですが、それが無ければもう何年か掛かっていたでしょうねぇ。あ、一応いっときますと、弟君は時期的に見てお母上とご養父殿のお子さん…、単なる平民の子ですよ。何の価値も無いね。」
この一言で、俺は完全にこいつの事が大嫌いになった。
「それで、この後わたしはどうなるんですか?」
問い掛けるコイーズ、氷の様な落ち着いたトーンだ。
「ああ…、もちろんご両親に会わせて差し上げますよ。今までご苦労されていた分、あちらでご存分に甘えるといいんじゃないですかねぇ。お父上など2人もいますし。何なら弟君もすぐそちらに送って差し上げますよ。」
コイーズが今まで見た事も無い様な険しい目でガリーンを睨んでいるが、それがガリーンには愉快でしょうがない様だ。
「貴方には私の統治に反逆する一派の希望を挫く役割を担って頂きたいんですよ。きゃつらは貴方を祭り上げて今はほとんど権威を失っている王家の復権を目指しています。要である貴方を失えば、元々烏合の衆ですからな、求心力を失って早晩空中分解と相成る事でしょう。ですから貴方が亡くなったという現実をなるべく多くの者に見せ付けてやらねばならない訳です。」
「公開処刑…という事ですか?」
「ひゃっひゃっひゃ…、察しがいいですな。広く国中に告知した上で中央広場に処刑場を特設して30日後位に取り行おうと考えていますよ。まあなるべく苦しまずにサクッと逝ける方法を取りますんでご心配無く。それではいずれその時まで…。」
ここまでを実に愉快そうにまくし立てたガリーン、その後すぐクリスタルの光は失われていき、ガリーンの映像も消えていった。
体中に入っていた力が一気に抜け、その場でうなだれるコイーズ。そこへ後方に待機していた係官がやって来ると、両脇から抱える様にして彼女を連れ出し、そのまま地下へ降りて行く。そして恐らく話の中に有った地下の牢獄とやらまで連れて来られ、そこに閉じ込められるコイーズ。
「その日になるまでここで大人しく過ごしていろ。」
そう言い捨てて、係官達はとっとと帰って行く。そうすると、あまり他に人の入っていない区画なのか異常な程の静けさの中だ。
余りにも一気に明かされた数々のショックな事実、悲しい現実。それらに寄ってたかった打ち据えられ、更に彼女自身に下される最悪の結末を宣告されて、その場にしゃがみ込み、絶望感に打ちひしがれた顔で下を向いてうなだれたままのコイーズ。
そんな彼女の視線の先の床の上にスッと降り立った俺、そして、軽い感じで声を掛ける。
「さあ、そろそろペールの所へ帰ろうか! 」